僻目のジャズナイト日記

 しばらく前から右目の飛蚊症がひどくなり勝手が悪かった。飛蚊症はたぶん3歳くらいからずっと患っていて、最初は病気だとは思わず空を眺めていると毛糸屑みたいなものや、おたまじゃくしの卵、じゃなかったカエルの卵みたいなものが目に浮かんできて、視線を動かすと一緒に後をついてくるのが子供ごころに面白かった。これが目の病気であることは高校生になって初めて知ったが、一生治らないことと歳を取ると失明する可能性(合併症などで)があることも知って、ややショックだった。まあ、それでも治らない(治療法が無い)ならしょうがないと思っていたし、別段日常生活にさほど支障があるわけではないのでほったらかしにしていた。しかし、今回のやつは強烈でもう明らかに右目の半分くらいの所まで柱(まさに蚊柱)みたいな影が見えるし、毛糸屑もこりゃ集めたらミトンの手袋くらいは縫えるんじゃないかと思えるほどだった(大げさだな、笑)。

 それに伴ってか、頭痛もひどく僕の頭痛はたいてい低気圧の影響だと思うのだが、この所のピーカンの天気にも関わらず頭痛が痛い、いや頭痛続きで頭が痛いというくらい思考回路も分裂していた。頭痛の原因の一つは例の選挙であって、投票というのはとりあえず国民の義務だから白票を投じることも立派な義務の行使だと考えるワタクシ、当然公民館に行って投票しました。その時の会場の閑散としていること、こりゃ投票率は悪いだろうなと思っていたら案の定。それでも日曜の夜8時、あ、恒例の『八重の桜』はしっかり見てから選挙速報を見ていたら時計が夜の8時を示した瞬間、地元の保守党の議員の当選確実が出た。多分、我がポンニチで一番早い当確だったのではないか。ま、そりゃ結果は見えていたけど、と思いつつ速報見ていると、だんだん怒りがこみあげてきて、ふざけるなバカ野郎、てことはなにかい、お前ら国民は今後はアメリカ様の言うとおり狂牛肉を食べて、農薬まみれの野菜も食べて、それで体壊しても一般大衆は病院にも行けない。国民皆保険なんてのは砂上の幻、保険証出しても治療は受けられない。そうそう明治の文明開化の時代に不平等条約だ、関税自主権だ、やれ治外法権だなど大騒ぎして郷土の偉人、小村寿太郎先生の努力でようやく権利を回復し解決したあの時代にさかのぼりたいのか、コノヤロと怒りが加速してくる。

 原発はどんどん再稼働だ、地震が来ても平気の平左、やばくなったら海に流せ、我がポンニチには「水に流す」という表現もあるじゃないか、貧乏人は放射能で体を変えて生き延びろということか。ましてや、チョサッケンとかいう某美国に都合のいい権利の主張が始まり、クソネズミの帝国主義者ども、ネズミ―ランドの一派がぶいぶい言わせて、ジャングル大帝はライオンキングのパクリだ、なんて言い出しかねない世の中を支持する国民が過半数いるってどういうことだ、などと考えるとまあ頭は痛くなるは、怒りは収まらないは、そのうち目の前が真っ暗になって来たので寝た。頭痛と飛蚊症はひどくなるばかりだった。

 そしてようやく眼科で眼底検査をしてもらい、網膜はく離やその他の心配するような病気ではないと言われた。ただ目の奥で出血した跡があり、今現在何処かで出血しているかを調べたが、どこにもないので以前何かの拍子で血管が切れて出血していたのではないか、念のために薬を出すので1週間様子を見てその後再検査すると言われた。大変残念だったのは、やはり飛蚊症は治らないということ。それと原因は華麗、違った、カレイ、でもなく加齢、つまりジジイになったので眼球が縮んでしまい、それで飛蚊症がひどくなったと説明された。しかしながら左目はまだまだヤングとも言われ、やはりレフト・イズ・ライトだ、などとわけのわからない理屈を自分でこねて、その日はそのまま帰った。医者が心配しなくていいといいながらも、もし飛蚊症の症状がひどくなったり右目の違和感が強くなったらすぐ来いと言ったのが少し気になって、ネットで調べたら眼底の出血って結構バイヤーな病気が多いのでやや気にはしていたが、まあ右目が見えにくくて勝手が悪いだけだから放置していた。どちらにしても日曜日はジャズナイトがあるし、その翌日が運よく休みを取れていたので、その日に眼科に行けばいいと思っていたのだ。

 日曜日のジャズナイトは万全の態勢で臨んだ。惜しむらくは、Y尾君のネゴシエーション不足で、前回一緒に香月さんのライブを見た、おねいさん二人組をこのイベントに誘いきれなかった事だ。この小さな田舎町で、どうして同じ週の土日にかたや野外の音楽イベント、かたや街中で歩行者天国にした夏祭りなど企画するのか。観光が大事な産業である我が地元の、夏場の観光の目玉を何故バッティングさせるのか。これ、どんなに小さな社会でも必ずある、縄張り争いというか権力争いじゃないのかね。というのも、僕が参加するジャムナイトはイベントの頭に地元ローカルテレビ局の名前がついている。つまり冠付イベント。そして、もう片方の夏祭り、その名も「まつり えれこっちゃみやざき(どうでもいいけど、何とかならんかこのセンス。書いてもしゃべっても恥ずかしい)」は、名前こそ出てこないがやはり地元の古くからのテレビ局が応援しているのだ。おっと、それより大変なことは、何とこの21世紀の我がポンニチで、僕の地元は民放のテレビ局が2局しかないのだ。どうだ凄いだろう、エヘン。

 とにかく、おねいさん二人は夏祭りの踊りに参加する、もちろん浴衣を着てということなので、心情的にはそちらに行って一緒に踊って、ストーンズの「ダンス・リトル・シスター」などをバックに流しながら親睦を深めるということも一瞬考えたが、いやいやそこはそれ、男には男の付き合いがある。祭りもいいが、ズージャの祭りはもっといいじゃないか、去年も一昨年も素晴らしい生演奏が聴けたじゃないかということで、Y尾君と高校時代の同級生と一緒にジャズナイトに行くことにした。とりあえず当日は現地直行組もいたが、僕とY尾君はバスセンターで待ち合わせて、併設しているショッピングセンターで飲み物や食べ物を買い込んでいくことにした。日曜日の午後、家族連れの買い物客が賑わうショッピングセンターの一角で、買い物カーゴにリュックや荷物を詰めて、缶チューハイを飲んでいるオヤジ二人が、今年のライブはああだ、こうだ、今年のジャズナイトのオープニングは陽太のグループだから絶対時間に遅れちゃいかんぞ、ライフタイムの時は開演時間を間違えていたから30分は聴き損じた、などとグタグタ言ってたらバスの時間になった。

 先ほども書いたが、この日は街の中心部は歩行者天国になっていたため、バスもいつものルートを大きく迂回して会場に向かった。街の外側を回っていくのだが、それでも駅から中心部に沿った道路には浴衣を着た若いおねいさん達や、それに並行して歩いている若いあんちゃん達、あれはペーパータトゥーに間違いないとか、なんやあの小汚いひげは、お前はトラヒゲか、などとバスの窓から若いお兄さんに対して毒づきながら、それでもいいな、羨ましいな、健全な青少年たちは「祭りだ祭りだファッションファッション(by 一風堂)」と盛り上がっている。それに比べてこちらはズージャなどというメリケンの音楽を聴きにわざわざ街外れに向けてバスで走っているなどと考えるとちょっと悲しいものがあったが、仕方ない。これが私の選んだ人生だ、などと声に出してはとても言えないことなどをぼんやり考えていた。

 会場には同級生のS尾君夫妻が先に着いていた。メールでどちらか先に着いたほうがステージに近い場所を確保しようと約束していたので、さっそく合流し近辺にいた人々に「ここは我が国古来の領土であるから、速やかに移動するように。あ、そこのカップルは可及的速やかにワタクシの目の前から消えるように。あ、いや、おねいさんだけなら、そこにいてもいいが、兄ちゃん、あんたはだめ。排他的経済水域から移動するように。なに、そういう態度を取るともう海上保安庁だけの問題じゃなくなるぞ、この野郎、出すぞ、ジエータイを」的な態度でビニールシートを広げた。会場に着いたのは17時前だったが、それまでの連日のギラギラ太陽は影をひそめ、ぼんやり薄曇りの天気。風も潮風が時々拭いていい感じだった。トンボもたくさん飛んでいて、そういう自然の景色を見ながら、それでも時々モニターから流れる大音量のCMなども愛でつつビールを飲み枝豆をつまんだ。

 オープニングに登場したのはEJQ、EARTHDAY JAZZ QUINTETである。地元都城でOLDEARTHというライブハウスを経営しているドラマーの古地克成が率いるクインテット。ベースとピアノは関戸夫婦、パーカッションに谷口潤実、そしてサックスに我らが宮里陽太である。6月にライフタイムでこのグループでのラストライブ、じゃないか、宮里陽太グッドバイライブを見たが、演奏も熱いしお客さんも熱い良いライブだった。小林市に住んで音楽活動をしてきた宮里陽太が、この夏から横浜に引越し今まで以上に音楽活動に専念するわけだ。昨年、山下達郎のツアーメンバーに選ばれた時から予想されていたことだが、やはり地元から離れるのは我々ファンとしてはちょっとさびしいものがある。しかしまあ、人生至る所に青山ありだ。これは洋服の青山は全国チェーンで日本中どこにでもあるという意味では全然ない、そんなことは分かってるか(笑)。



 ライフタイムの時は古地さんのMCも比較的多く、メンバーもお喋りに参加したが今日は挨拶抜きでガンガンやってくれた。前回の演奏も良かったが、この日の演奏はそれ以上だった。お客もノリノリで、僕たちの斜め前に陽太のファンだと思われる若い男女のグループがいたが、演奏の終わり近くになると全員総立ちで踊っていた。そうそう、ステージの最前列に小学生くらいの男の子と女の子、それを引率してきたお父さんという雰囲気の3人組がいた。ディレクターズチェアを3脚並べて座って見ている。子供のうちからジャズなど聴かせていると碌な人間にはならない、こともないな。宮里陽太は子供の頃から父親の聴くジャズのレコードに囲まれて育ち、立派なサックスプレイヤーになったわけだから。この日、陽太のお父さんもどこかでこの演奏を見ていたはずだ。会場で会いましょうと約束していたが結局会えずじまいだった。携帯に電話を頂いたときは既に会場を後にされていた。久しぶりに聞いたその声はやはりどこか寂しそうだったが、成長していく我が子に対する期待も感じさせる話だった。

 EJQの演奏が終わると、次は大野えりグループである。ベースは米木さんなので応援するつもりでZEK3のTシャツを着て声援を送ったが多分分からなかっただろうな(笑)。さて、この大野えり、ルパン3世のテーマなどでおなじみの人で、ライフタイムのマスターが気に入ってるのか、結構宮崎でライブをやっている。宮崎市以外でもお寺やいろんなところで出張ライブをやっている。で、あるのだがワタクシ不覚にも彼女が大学の先輩、しかも学科も同じエーブン科の先輩だとはとんと知らなかった。彼女は73年度生なので確実に2年間くらいは同じキャンパスに存在した時期があったと思われる。もっともあちらは軽音で当時からジャズをやっていたので、文化団体連盟傘下のサークルにいた別館族の僕のアンテナには入ってこなかった。大学の先輩でジャズ関係というと向井滋春がすぐ浮かぶのだが、大野えりは知らなかったな、お恥ずかしい。



 さて、その大野えりだがボーカルが素晴らしいのは当然として、ピアノが実に面白い。片倉真由子というそのプレイヤー、こちらも調べてみたら洗足学園出身、てことは陽太の後輩になるのか。ちょっとファンキーなカッコいいフレーズをガシガシ弾く女性でした。あ、ルックスがどうこうじゃないからね。あくまで純音楽的な興味です、ハイ。一緒に見ていた友人たち全員が彼女のピアノはいい、もう一度ゆっくり聴きたいと話しているうちに山中千尋トリオが出てきた。こちらはバケモノでした。いやいやルックスはかわいらしい山中嬢ですが、こと演奏になると容赦はしない。片倉真由子がガシガシだとしたら、山中千尋はグァランドウスーンドテドテというか、みじかびのきゃぷりきとればすぎちょびれ、すぎかきすらのはっぱふみふみ、分かるねぇ、分かる分かるてなもんであった。いやー、やはり紅毛碧眼人がたむろしているヌーヨークなんてところで細腕一本でヤノピで暮らしている人は違うな~と感嘆することしきり。

 そして、次はフュージョン大会というか本田俊之率いるバーニングウェーブにプリズムの和田アキラがゲストというゴージャスな顔合わせ。本田がMCで話していたが、彼がまだ20代、てかこいつオレの1コ下だからほぼ同世代なんだけど、多分79年のフェニックスジャズインに出ていた。タイガー大越や神崎オンザロードなんかも出ていて、多分その時のコンサートのテーマがクロスオーバーだったと思う。この次に出てくる渡辺香津美も出ていたと思う。まあいかにも彼らしい電気のズージャだったけど、正直ワタクシの心には沁みてこないのよ。ジャズ評論家のオヤジの顔が嫌いだったという先入観もあったかもしれないし、いわゆるサラブレッドの人なんだよね。オレはどっちかというとアラブ・レッドの方だったから、どうにも合わんな。

 ということで次の渡辺香津美と沖仁の演奏も、そのテクニックの凄さに圧倒されるものの、どうにも我が胸に響いてこない。二人でユニゾンで弾く「スペイン」なんかは真夏の定番といえばそれまでだけど、本当に物凄い演奏でアコギ2本だけの演奏がチックコリアとRTFよりも迫力があるとすら感じた。まあ分かりやすい例えで言うとアラン・ホールズワースとスティーブ・ハウが一緒に演奏するようなもんだな。え、分かりにくいか、近頃はプログレファンというのは居らんのか。などとしょうもない愚痴を書いたが、最後のMJQは感動モノでした。まさかこの歳になってモダンジャズカルテットが聴けるとは、などというボケはさておき、マンハッタン・ジャズ・クインテット。モノホンのズージャを聴かせてくれた。デビッド・マシューズの左手だけのピアノはオレの心にグサッと来たね。最後のアンコールで山中千尋が彼のフォローをしていたのも健気で良かった。ということで今年のジャズインは意外にもピアニストが全員良かったというのが結論。そうそう、オープニングを飾ったEJQのピアニスト、関戸敬子さんも普段のイメージとちょっと違うけど白いステージ衣装で陽太や古地さんに負けずガンガンやってましたな。



 終わりに、今回のエントリーは書きはじめが選挙前の7月21日で、アップが8月5日という体たらく。話も全然まとまらないが、とりあえず真夏の夜のジャズ話はこれで終了。目の方は継続治療中ですが、大したことはないみたいです。

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コメント

飛蚊症

 飛蚊症、私も半年ぐらい前に同じことを言われました。「加齢によるもので、一生つきあうものです。ただ、気にならなくなるようにはなります。」そのとおりで今は全く気にならなくなりました。
 私は職業柄この時期ゆっくりとすごしています。ふだんはなかなかいけないライブにも行くことができます。七月の終わりにセンチメンタルシティロマンスを磔磔でみました。デビュー40周年とのこと、すごいなぁと思いました。

お、guevara129さん、お久しぶりです

そうですか、guevara129さんも飛蚊症ですか。お互い、寄る年波には勝てませんな~。センチのライブ、良かったでしょうね。僕は最近、センチのギタリストだった告井の一人ビートルズの演奏が気に入って、YOU TUBEなどで聴いています。また、一時期は夏になるとセンチメンタル・シティ・ロマンスがはっぴいえんどを全面カバーしているアルバムを必ず聴くことがありました。バスドラの音と「ゴー」という掛け声で始まる「はいからはくち」を大声で歌うと、いかにも夏って感じになったんですね。ちなみにSgt.Tsugei's Only One Bandの演奏はこちらです。
http://youtu.be/jTV7zIZJYPs
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