お年賀話

 気がついたら年末年始の休みも終わり、いつもの日々が戻ってきた。この休みの間は珍しく誰からも夜の街へのお誘いがなく、じっと家で過ごしていた。もっともせっかくの連休だから、本も読もう、動画も見よう、あまり聴いていなかったCDも聴こうなどと考えるだけで、実行が伴わない。なんだかんだで大掃除だとか買い物だとか初詣だとか、雑用が重なり結局落ち着いて時間を過ごしたのは元日の朝くらいであった。前日のボクシングの試合の興奮もあったし、紅白も「ヨイトマケの唄」をしみじみしながら見ていたので、当然起きたのは9時過ぎ。お神酒を飲んで、雑煮を食べて、かさばる新聞を眺めているうちに郵便の来る時間。そう、年賀状である。学生時代や若かった頃は、年賀状など虚礼である、あんなもの出さなくても同志友人諸君とは鉄の団結をしているから大丈夫だ、郵政省の売上貢献などする気はない。などと突っ張っていたおかげで、昔お世話になったあの人や、ほのかな恋心を抱いた光り輝く少女たちの住所も連絡先もすっかり判らなくなり、いわゆる空白の20年というものを作ってしまったのは自業自得である。

 まあ、日ごろからネットはバカと暇人のものだ、などと悪口ばかり書いているが、それでも昔の友人知人たちと再会できたのはネットのお蔭であり、ええと拙blogを始めたのは2006年だったので、その頃から少しずつ学生時代の友人知人後輩諸君の消息も分かるようになり、年賀状もきちんと(分かる範囲で)出すようになった。大学時代は今更だがDRACというサークルに僕は所属しており、その当時の友人知人・先輩後輩連中の消息はFBである程度分かるものの、FBに一切ノータッチという諸君もいて、そういう人たちとは年に1回だけの年賀状交換が結構貴重である。そしてその日に届いた年賀状の中にS堂君といって、確かここでも何度か書いたことはあると思うが、僕が6回生の時の1回生だった男からのものがあった。背が高くてメガネをかけていて、とにかく酒を飲むとか夜に誰かの下宿に集まるという時は、必ずRCの『ラプソディ』を持って参加するという後輩だった。その彼が、拙blogの「過去への旅路」の百万遍からの続きを楽しみにしていると年賀状に書いてくれて、こりゃどうもお世辞でも嬉しい。というか、ワタクシ、血液型はA型で長男、典型的なおだてりゃ豚も木に登るタイプ、つまり褒めたりあやしたりすると、もう頭が高くなる、ふんぞり返る。何でもやる。その反対に、ちょっとでも批判されるとすぐシュンとなり、いじける。もうどうでもいいや、どうせオレなんか刺身のつまよ、ハンバーグに添えられたひからびたパセリよ、等とひねくれる。だから応援コメントとか拍手機能は最大限に活用したほうがいい、なんちゃって(笑)。

 分かった、S堂君。続きは必ず書く。少なくとも最終日の話、泊まっていた堀川から今出川通りを出町、百万遍、銀閣寺と進み、そして白川通りを北上して高野、一乗寺、修学院とレンタサイクルをかっ飛ばし、帰りは川端通りをひたすら走った話は、写真とともに近日中にアップすることを約束しよう。男に二言は無い。しかも僕は九州男児だ。ウソと坊主の頭はゆったことがない、などとどの口がいうのだ(笑)。

 それで、年賀状であるが筆不精な人間というのはいて、あえて名前は挙げないがチキンスキンミュージックが大好きだという某79年度生など、松の内の間に年賀状が届いたことが無い。それでも彼は律儀に年賀だと言って、CDとかDVDとか毎年送ってくれる。先輩方の中でもデューク先輩のようにわざわざ年賀状が遅くなるなんてコメントくれる立派な人もいるが、お隣の鹿児島に所属する(単身赴任で今は福岡にいるから、鹿児島に住んでるとは書けないな)同じ英文科だったT原さんはあかん。とんとあかん。3.4年くらい前は、まだミミズののたくったような字で「今年こそはオンナコドモ抜きに呑みたいですね」などと、女性問題解放なんたらかんたらという人たちに聞かれると怒られること間違いないメッセージを年賀状に書いてきたりしたこともあったが、ここ最近は全くもって音無しの構えであった。

 そのT原さんから3日の日に突然メールが届いた。あ、あの人はPCメールは仕事でしか使わないので携帯メールなのだが、その文面がこうだ。

件名:謹賀
今年は一緒に飲みたいものです。土建屋の年になり、物価もあがる。格差は拡大。若者の決起はどうした!!

 相変わらず「飲みたい」といかにも薩摩の人間らしいことを書いている。そして後半は昨年の選挙結果へのいら立ちが見て取れる。実はこのメールには布石があり、僕が昨年の12.16の選挙速報をテレビで見ているときに、T原さんはどんな気持ちでいるかとメールしたら「シラケる選挙や」と珍しく返信がきたのだ。今回の年賀メールが来たのは15時くらいだったが、ちょうど異音のタワレコでCDを物色していたので、気がつかず1時間後くらいに返事を送った。

Re:謹賀
遅くなりましたが、あけおめです。アベノミクスとは大阪は阿倍野区で流行るお好み焼きかと思いましたが、そうではないようです。宮崎では中山ナリアキ思想で武装した若者が東国原に続けと決起しています。ところで××(T原氏のご子息)のFACEBOOKの日記は三回に一回はラーメンの写真がアップされます。血は争えませんね(笑)。

 そういえばこのT原さんからは学生時代に麻雀で厳しく鍛えられた。とにかく僕の1回生の前期の間はやるたびに金を巻き上げられた。勝負を始める前に「なんや、また月謝払いに来たんか。お前月謝は大学だけでええのに」などと嫌味なことをいい、もちろん麻雀もいやらしいくらい強かった。何しろ必殺技がリーチ一発ツモ四暗刻という訳のわからない鬼ツモの人だった。もっとも理論武装もしっかりしており麻雀新撰組の小島武夫の信奉者だった。革命的麻雀主義者同盟、通称革雀同などという麻雀セクトをサークルで作って悦に入るような人だった。ちなみに他には毎週金曜日の研究会のあとに安いレートで麻雀する金曜日麻雀同盟、通称金麻同(きんまんどう、音声で聞くと麻雀を禁じるみたいだ)とか、やたらリーチをかけて裏ドラを期待するドラ共闘会議全国委員会(つったってメンバーは一人だけだ)、とか民主青年麻雀同盟、通称民麻同(みんまんどう、カッコわりー、みんじゃんどう、ならまだましだったか)などという嫌われセクトもいた。しかし、なんといっても最強を誇ったのは赤色麻雀軍、通称赤雀軍(せきじゃんぐん)だった。なにしろ、オレとT原さんの2人が組んだので最強コンビだったのだ。まあ、回りからはボス交だとか野合だとか言われたが(笑)。

 そんなバカな遊びを一緒にしていた先輩だったので、戻ってきた返事はこうだった。

件名:同志××君(僕の実名)
まさに偉大な指導者でその正統性を受け継ぐものの革命的実践と言える。
麺は暑い(ママ)うちに喰えこそが革命的製麺同盟の思想
マルチャンと連帯し危機的状況を打破し新たなる地平を切り開く時天下一品断固支持

 ああ、このオッサン変わってないな。と思いつつ、僕も全く進歩のないメールを送るのだった。

Re: 同志××君
いや天下一品は京都修整主義者(ママ)の陰謀にはまりスターリニスト的変節を遂げてしまい麺は丼に三分の二スープはどろどろであればいい辛子味噌こそ革命的カラシニコフの面影は残しているもののネギ取り放題という革命の原点を忘れ階級的堕落に陥っています今こそ、うまかっちゃん一点突破主義を批判し造反有理のアベックラーメンを全ての若き野郎共の食卓へ

 さすがにもう返事は来ないだろうと思ったら、実にシンプルな返事が来た。

Re:Re: 同志××君
新党ラーメンが第一結成急務

 こりゃとことん付き合うか、と性懲りもなく返事を書くワタクシ。しかし、こうやって書くと連続してメールのやり取りをしていると思うかもしれないが、僕も多分T原さんも飲み食いしたりテレビやPCを見たりしている合間でやっているので、1時間に1メールくらいのペースである。しかも、アルコホルを摂取しているのは間違いないため、だんだん支離滅裂になっていくのだ。

Re:Re:Re:同志××君
いや野合して日本ラーメン未来の党となり、挙げ句は分党してしまう危険性が高い。やはりラーメン主義者同盟略称ラーメンブントの再建が急務かと…。

 さて、このメールにはどんな返事が来るかと待っているうちに眠くなり、そのまま寝てしまった。多分、T原さんもそうだったのだろう。返事はついに来なかった。しかし、読み直してみると、幾つになってもバカだな~、オレ。ということで、ようやく普段の調子を取り戻しつつある今日この頃です。本年もバカバカしい話しか書けませんが、どうぞご贔屓に。



スポンサーサイト

コメント

こっちでもついでにあけおめ。

さても、ネットが無ければ私はdrac-obさんの存在を知る由もなかったわけでして。
ところで、WOWWOWで、「ネオ・ウルトラQ」が始まるらしいです。残念ながらウチは加入してないんでDVD待つしかないんですけどね。
私も今ウルトラQのリスペクト小説なんぞ書き始めましたが、シンクロニシティを感じます。

そーなんですよ、川崎さん(古っ!!)

もっと正確に言うと2ちゃんに燐さんがリンク貼っていたのを、僕が怖いモノ知らずでクリックしなければ、多分存在を知ることは無かった可能性大です。当時はまだネットのことは良く分からず、blogの管理人というのは相当ITスキルの高い人、HTMLタグなど全てそらんじている人という認識だったので、そういう理系の知識を持ちつつ、エントリーの内容は硬軟織り交ぜた素晴らしいお話、とりわけ何かに怒り狂った話は相当に面白いと思い、散々迷ったけどおずおずとコメント入れた次第でした。

あれから幾星霜。まあ、お互い無事で何よりです。あまり無理せず、かといって怒りは忘れず、今年もぼちぼち行きましょう。

紅白は

ヨイトマケの唄まで観て 寝ました。男の格好で歌ったのには ビックリしましたね。やはり この曲は身をただして歌わねば と思ったのでしょうか。「黒んぼの色男」の歌詞から テレビでメケメケを観れないのは 残念です。アベックラーメン、食べましたよ。豚骨至上主義者には これですなあ。

昨年義父が亡くなったため今年は年賀は控えております。不幸があった故のハガキを出していないので、申し訳ございませんでしたって不精にもほどがありますね。そもそも一昨年引越しの際に転居のハガキは出していないは、昨年年始もあえて年賀状を出さなかったこともあり、今年僕あてに来た年賀状は引越し後の住所を知っている2通(先輩ふくめ)のみでした。まぁここまでくれば来年からはメールに完全移行しようかと考えております。
ということで、今年は年賀なしですが、よろしくお願い致します。

アベノミクスとは

阿倍野のお好み焼き?のくだりで笑いました。20年以上前ですが、東住吉区今川在住時、阿倍野経由で西成によく行ってました。しかしメールのやり取りイイですね(笑)

そうそう

年賀状もどきを1月11日頃発送します。確か2年前の返信もかねて(汗)無精お許しください。

メケメケはスネークマンショーの

ファーストで加藤和彦がドクター・ケスラー名義で歌っていたのが印象的でした。しかし、紅白の「ヨイトマケ」は強烈な印象を残しましたよね。つまらない言葉狩りで消されていった歌も数多くありますが、天下の紅白で「ヨイトマケ」が歌われるようになったというのは、1歩前進でしょうかね?しかし、今の若い人たちに「土方」と言っても通用しないのでは。漢字だけだと「ひじかた」と読まれる危険性大です。そういえば、星飛雄馬が星雲学園の入試面接で父親の職業を聞かれ、「日本一の日雇い妊婦、ちがう人夫です」と答えたのは、子供心に衝撃でした。しかし、クソIMEのやつは「にんぷ」と入れて変換したけど、「人夫」は出てこない。自主規制かっちゅうの!!

ああ、不幸ごとがあったわけ

そりゃしょうがないというか、年賀出さないのは当たり前だな。しかし、確か引越しの件は、こちらからブツを送ったら転居先不明と宅急便から連絡があり、たまたまその直前に君から送ってもらったCDか何かの包装紙に新しい住所が書いてあって分かった。間一髪というか、まあその手の連絡くらいはちゃんとしておけよな(笑)。

年賀に拘らないので、また面白そうなブツがあったら頼みます。

こういうバカなやり取りを

学生時代は嫌になるほどやってました(笑)。以前、カセットテープを整理していたら、ちょうどこの麻雀セクトごっこをしていたときの録音が残っていて、僕の下宿に酔っぱらったサークル員の連中が集って、それぞれの麻雀セクトのアピールをして、それを聞いてる連中がヤジを飛ばして邪魔をするというまさに集会もどき。こんなことを夜中に下宿でやっていたから、周りの人たちから冷たい目で見られていたんだろうな、反省。

あ、ズトさん

お気を使わないでください。転居の知らせも年賀欠礼の知らせもスルーする後輩がいますので、全然平気です(笑)。
非公開コメント

プロフィール

drac ob

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索