古本市の戦利品 

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 自分の番号が呼ばれるまで、しばらく時間があったので図書館の内外をぶらぶら散歩。若松監督の本は結局もう一度読み直したくなり、貸し出しを延長してもらった。少し空腹だったので、移動販売の車の所に行きフランクフルトを注文。パクつきながらあたりを眺めていると、風船を持った親子連れが多い。今日は市民文化祭なる催しを行っていて、ジャグリングとか体験英会話とか親子の紙芝居とかやってるらしい。まあ、そういうことを喜ぶ子供もいなくなったので、通り過ぎる親子連れを微笑ましく眺めていた。チンピラみたいな父親がめんどくさげに3歳くらいの子供を連れて歩いていたが、子供が転びそうになると慌てて抱き寄せる。何となく視線が合ってしまったが、随分照れ臭そうにしていた。いいんだ、いいんだよ、そんなもんだよ、親子ってのは、などとフランクフルト1本分の優しさで頷いたりしていた。

 そのうちに時間が来て、ようやくテントの中に入れたが人の流れがあり、あまりじっくり本を探すことができない。しょうがないから回遊魚よろしくぐるぐるぐるぐる何回も巡回して面白そうな本を探す。しかし、そういう流れを阻害する物体が必ず何か所かあって、見上げると必ずと言っていいくらいオババが仁王立ちしている。それはまあ、いいとしてひどいのになると本箱を置いてあるテーブルに、自分の読みたい本を広げて立ち読みしている。そりゃ気になる本は手に取ってパラパラやるのは、当然の行為であるが熟読するなよこんなところで。だいたいどの本も1冊100円か、事前に不要な本を持って行っておけばチケットをくれるから、ほとんどタダみたいなもんだ。気になるなら手に取って買えよ、クソババアと大声で(心の中で)叫んでやった。

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 1時間ほど巡回し、入手した本は下記の通り。今江祥智『明るい表通りで』~イラストが長新太である。タイトルを見て『オン・グリーン・ドルフィン・ストリート』を連想し、表紙を開くと『…1960年、日本が新しい時の流れに一歩をふみだそうとしたその時代がジャズのしらべにのって鮮やかに描かれる』と書いてあった。面白そうななのでゲット。佐藤愛子『血脈・下』~当然、上下揃って入手したかったが、上巻が見当たらず下巻のみ。サトウハチローという国民的詩人がいかにだらしのない人間だったか、その父親の、こちらも国民的大作家だった佐藤紅緑も、これまたいかに女性関係がだらしなかったか(裏山、いやなんでもないったら)。確か、僕が足のけがで入院していた前後にNHKでドラマ化されてずっと見ていた。唐沢寿明が実に良かった。20世紀少年のケンジよりはるかに良かった。本田靖春『私たちのオモニ』~こんな時代だからこそ、もう一度本田靖春を読んでおきたい。『我、拗ね者として生涯を閉ず』は、あまりに痛々しくて最後まで読めなかった。硬派のノンフィクション作家って、良く考えると最近いないよな、などと考えて手に取った。

 柴田翔『されど われらが日々―』~高校生の時に文庫で読んだ。やたら挫折とか敗北とかいうイメージで、とにかく暗い小説だなという印象だった。「斬鬼の念」という表現があるが、それを単体で「斬鬼、斬鬼」という使い方を、この小説だったかもう1篇のほうだったかで知った。いわゆる60年安保世代の人だが、その後のゼンキョートー世代のように大声で「われわれわぁ~」という所が無くて良い。しかし、この小説の題名が『されどわれらが日々』ではなく、『されど われらが日々―』だとは知らなかった。つまり、スペースと全ダッシュも題名に含まれるということ。新潮現代文学シリーズの71巻目。ロウ紙というかパラフィン紙で包まれているハードカバーなど、今の世の中ではお目にかかることが無い。それはいいのだが、本に手あかが全くついてなくて、さらに中に注文カードと新潮社新刊案内が入っていて、よく見ると1979年7月号の波の広告が書いてあった。ん、オレが大学5回生の頃に出された本なのか。面白くなって、リーフを開くと新刊で紹介されている本が檀一雄の『火宅の人』や、水上勉の『金閣寺炎上』、会田雄次の『リーダーの条件』など。重版では阿川弘之の『米内光政』、円地文子の『食卓のない家』、吉行淳之介の『夕暮れまで』などがあった。夕暮れ族っていましたな~。あの方々は何処に消え去ったのか。ビフォアバブルの時代のあだ花だったのか。しかし、注文カードなどがそのまま入っているということは、この本の所有者は一度もページを開かなかったのか。所有してしまい安心したのか。一番嫌な想像は万引き本ではないかという判断だが、紙箱の背表紙が日焼けしてそのほかは焼けてないから長期間書棚に入ったままだったんだろう。心配するな、オレがしっかり読んでやるからと本に声をかけた。

 文庫は2冊入手した。まずは、『ちくま日本文学全集 色川武大 1929-1989』~非常に良心的な文庫の日本文学全集だった筑摩書房の1冊。僕は阿佐田哲也名義の方が好きだが、あれは色川さんが演じたもう一人の自分なんだろう。麻雀小説で一斉を風靡した人だが、もともとは寄席や喜劇映画、ミュージカルなどに大変な造形のある人だ。何かのエッセイで実は席亭になりたかったと書いてあった。僕と同世代で麻雀を知っている人間で、この人のお世話にならなかった人はいない筈。麻雀新撰組とかイレブン麻雀とか、麻雀の暑いが熱い時代だった。そういえば、この間タモリのコマーシャルを見ていたら、カメルーンの人たちが映っていて、その人だまりの後ろの方でバシッと牌を叩く音がした。4人で麻雀をしているのだ。そうか、カメルーンは麻雀打ちがいるのかと嬉しくなった。もう1冊は保坂正康の『昭和良識派の研究』。さきほど、硬派のノンフィクション作家がいなくなったと嘆いたが、どっこい保坂正康がいた。感情を入れず、淡々と事実関係を描き、時々に自分自身の考えや疑問を提示するルポは読みごたえがある。『農村青年社事件:昭和アナキストの見た幻』を読むまで、ああいう事件があった(功を焦った権力主義者のデッチアゲだが)ことは知らなかった。不勉強である。しかも大学の大先輩である。もっとも大学の先輩だからと無批判に受け入れるのは愚の骨頂だと最近知ったが。

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 この間、全巻読破した山田風太郎の明治小説全集に森まゆみが山田風太郎にインタビューする企画ものがオマケとしてついていた。御大風太郎先生を上手にヨイショしつつも、作品の背景や無意識の意図を引き出す、なかなかに面白いインタビューだった。ということで、森まゆみ『大正美人伝 林きむ子の生涯』~林きむ子、決して消臭剤のキムコを考案した人ではなく美顔水の考案者である。大正三美人の一人と言われたらしいが、全然知りません。世の中知らないことだらけである。よくもまあ、今まで大手を振って歩けたものだ。己の無知に恐れ入る。こんなことだから生活能力が無く妻子からも小馬鹿にされるのだ。反省しよう。本の帯に林きむ子を彩る人々とあって、適当にピックアップすると九条武子、三角寛、頭山満、杉山茂丸、星亨、与謝野晶子、平塚らいてう、嘉納治五郎、三船久蔵、松井須磨子、野口雨情、宮城道雄、中山晋平など。いったいどんな人物なんだと興味津々である。

 森まゆみと何故かイメージが重なってしまう中野翠『ムテッポー文学館』~1986年から94年までの読書目録がメインではあるが、明治から昭和までの有名作家の作品論や作家論が収録している。キャッチコピーは『草枕』から『マディソン郡の橋』まで、だってよ。今、ぱらぱらと黙示を見ていたら、なんと「風太郎ワールドに見せられて」という項目があり、作家・山田風太郎氏との対談が20ページ強あった。チラ見したら『戦中派不戦日記』のことも話している。うーん、読まねばの娘であるが、しょうもないWebをやっている時間を削減して読書の時間をしっかり取ろう。所詮、『ウェブはバカと暇人のもの』(by 中川淳一郎)なんだから。そして、最後の1冊はなんと五木寛之・井上陽水『青空ふたり旅』~ペップ出版って今もあるのだろうか。わりと青春向けの作品を多く出版していた印象がある。この本も陽水の同名タイトル曲、あっちは『ひとり旅』だが、から拝借してきた企画だろう。二人とも九州出身で麻雀は下手だが、やたら強い。リーチかけると裏ドラが必ず乗るとか一発でツモッてくるタイプらしい。なるべく卓を囲みたくない、いや一人ならいいけどこういうタイプが二人いると場が荒れて筋もワンチャンスも関係なく、ブンブンブンブンの力任せの勝負になる、あ、何の話だ。奥付を見ると昭和51年である。しかも初版が1月で三版が3月。つまり僕が大学1回生、修学院で初めて迎える冬から春の季節に出されている。その当時、一世を風靡した二人の対談を今読むとどんな感じだろうか。楽しみである。

 車谷長吉『世界一周恐怖航海記』~何故か縁のない作家っていませんか?僕にとっては村上春樹とか、この車谷長吉がそれにあたる。多分、読んだら絶対面白いと思うのだが、なんとなく手が伸びないというか、接する機会が無かった。実は森見登美彦も以前はその一人だった。シチュエーションは京都の左京区あたりで、四畳半の貧乏学生が登場する話が多いから、すぐに読んでもいいはずなのに何故か書店で平積みされている『夜は短し、歩けよ乙女』も少し立ち読みし、よっぽど買おうかと思ったけど、なんとなく買いそびれてそのままになった。もちろん、その後に『太陽の塔』の文庫本を読んでしまいそのほかの作品も続けて読んでファンになったのだが。まあ、老後の楽しみに取ってあるという言い訳を自分にしてって、いったい誰に言い訳しているのだオレは。M・スコット・ベック『平気でうそをつく人たち』~タイトルを見て、この国の最高権力者の顔が浮かんだのは僕だけではないと思う。しかし、どうして、いったい、平気でうそがいえるのだ。ホラはいいよ、ホラは。僕も好きだし、僕のエントリーの多分98%はホラで出来てると言われても怒りはしない。しかし、うそは確かに人生に必要ではあるが、平気で、自己を正当化するために、他人を落としいれるために、自分だけが利益を得るために、そして、理由などなくただ単に快感を得たいからと平気でうそをつく人間のなんと多いことか。まあ、心理学大好きの紅毛碧眼人の書いた本なので、どこまで真実を突いているか分からないが、とりあえずジャケ買いならぬ、タイトル買い。

 以上12冊、あれ、1冊足りない。あと1冊は文庫のマンガだった。まあ、そちらはここに書くようなものでもないので端折る。この12冊プラス貸出期間を延長した1冊の合計13冊をバッグに入れて、充実した気持ちで家に向かった。まさか、昼ごはんのあと、配偶者とリターンマッチで再登場するとは夢にも思わずに。

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コメント

後編がたのしみですね(笑)

いろいろ欲しくなって困る~(笑)保坂正康『昭和良識派の研究』いいですね、かさまなそうだし。これ以上かさむとやばいです、わたすんち。てか農村青年社事件って、無料の「ちくま」に連載されてたんじゃなかったでしたっけ。興味ありました。

いやいや、後編というほどのものでもなく

昼飯食った後に、まだ4冊分の交換券があったので配偶者を連れてリターンマッチに行ったわけですが。しかし、なんですな、配偶者に「オレは午前中目一杯楽しんだから、4冊で悪いが好きな本取ってきたら」などといいながら、実際またもやテント内に入ると「あれ、これ見落としてた」とか「いやいやこれは見逃せんだろ、実際」とか「うむ、どうしてもというときは100円出せばいいんだよな」などと唸り、結局もう3冊自分用に使ってしまい、気の小さい男だと言われてしまった、チクショー。
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