マーマレード興亡史 松原健遺稿集その1

 先日、自宅に届いたマーマレードだが、どういういきさつでそのミニコミに関わるようになったかとか、どんなメンバーだったかという話を書くべきだと思った。ただ、それを先に書いてしまうと、妙な先入観と言うか、僕の悪い癖で話を面白おかしく加工してしまうので、それぞれの人物のイメージが違って伝わるのもどうかと思い、今回は僕にとって忘れられない友人である松原健君(残念ながら今は彼岸の国の住民だが)の、原稿をしばらくアップしていきたい。僕のショウモない原稿を読みたいなどという奇特な人はいないと思うが、リクエストがあればアップすることもしないわけではない(こういう時、ニホンゴの二重否定と言うか、言い回しって便利だよね、一瞬どっちか分からない、ダンコン世代には余計分からないだろう、笑)。おっと、おちゃらけはそれくらいにして、彼の遺稿集というつもりで、先ずは記念すべき創刊準備号からの記事を以下に書いていきます。

シリーズ・日本のロック・アルバムを追って-1-
『ライブ村八分』-見てる方はエエなあ-

 僕らが、この世に生を受けると同時に、その死は始まる。生と死の相克、そして、やがて極めて予定調和的な一つの死が訪れる。そう、それは単に一つの死に過ぎない。
 僕らは生まれた瞬間から、死者としての生を生きるのであり、そんなとき、自らの死の確認が一つの出発点となるだろう。

 村八分というロック・バンドがあった。数々の伝説とともに、その名は異様な響きをもって僕らに迫る。69年から73年まで、全共闘運動の興亡を背景とする京都激動の時代と生死をともにした彼ら。そんな彼らの唯一のアルバムが西部講堂での最後のコンサートのライブであったのも何か象徴的である。この圧倒的な二枚組アルバムは「生存者」としての自己を捨てた異形の男達の僕らへのアジテーションである。
 レコードのA面に針をのせると同時に、チャ―坊が観客に向かって発する「うるせえッ!」という叫び声にど肝をぬかれる。そして、始まるはストーンズを思わせるギター・リフの「あッ!」 チャ―坊はマイクに向かって吠える。



     俺のこと解る奴いるけェ!
     解る奴いるけェ、俺のことォ!

     俺はかたわ、かたわ者…
     心の醜い、かたわ者…

 僕は未だこの曲を超える日本のバンドの演奏を知らない。自らは何ら為すところもなく、ただ幾許かの金と引換に、それ自体で完結した(実際にはこの世に「完結」するものなど何一つとしてあり得ない!)時と空間をむさぼりに来る無責任な見物人達を突き離し、かたわ者-異者としての自己を表明し、それでも尚、俺のこと解る奴いるけェ、とうたう。一見、自家撞着の如きこのような姿勢こそが村八分の真に純粋なロック性なのであり、更には全ての表現者に問われるべき本来的な姿勢なのである。
 彼らの演奏は続く、「夢うつつ」という曲…。

     日曜日の朝早く御所の中で夢うつつ
     ここで、ここで夢うつつ
     日曜日の昼下がりうすらぼんやり独り言
     むかし むかし独り言
     夢 夢うつつ ここは夢の中

 昔読んだニュー・ミュージック・マガジンに、記者が村八分の連中と数日間行動をともにしたとき、彼らはほとんど言葉を口にせず、チャ―坊だかフジオだかがわずかに「夢…」とつぶやいただけだった、と書かれた記事があった。「夢」は彼らの演奏の主要なコンセプトの一つである。それは少年少女達が希望に瞳を輝かせて語る「夢」ではなく、まさに現実そのものの中の「夢」なのである。即ち、夢を夢として知覚するとき、それは既に「夢」ではなくなるように、現実を夢として認識するとき、それは「現実」ではなくなる。これは最初に書いた「死者」としての自己の確認でもある。そして、そこからの突破口はどこにあるのだろう。
 云うまでもなく、彼らはそれを自分達の聴衆に求めた。彼らは僕らにもこの「死の確認」を、そして彼ら自身は無自覚であった真の「生」への解放のためのいわば「思惟」の自殺を要求したのである。それは同時に実に日本的な怨念、僕らを今ここに在らしめているところの「歴史」に対する怨念に満ちていた。だから彼らは、音楽的にかなりの部分をストーンズに負っていたにもかかわらず、彼らの音そのものに内在する「他者性」、そして歴史意識の確かさに基づいた現実認識という点で、未だあてどないブルーズ衝動を抱きつづけるストーンズより、はるかに時代的に先んじていたバンドだったと云えるだろう。
 何度も云うようだが、彼らは常に僕らとの「共犯関係」を求めてきたのであり、演奏者-聴衆という関係性を拒絶しつづけてきたのである。そのためにこそ、チャ―坊の「なんもよう云わんのか…」「見てる方はエエなァ…」などの揶揄的言動はあったのである。
 アルバムの最後は唯一のスタジオ録音の「序曲」。「弾かないギタリスト」と云われたフジオのギターは、その無類のテクニックにもかかわらず、他の饒舌なギタリスト達のようにむやみに走り廻ることを敢えてしない。単調なフレーズと退屈な曲展開が延々とつづく。そして、この空白を埋めるのは僕らであるはずだった。だが、彼らの「孤立」は彼ら自身を自然消滅へと追いやってしまった。だから彼らのためにも、僕は遅ればせながら僕自身の「序曲」を奏でてゆかねばならないだろう。
“マラっ子”
マラっ子写真



 最後の“マラっ子”というのは、彼のペンネームである。謂れは、そのうち書くかもしれない。今、読み直してみても、短い文章の中に鋭く光るものを感じる。決して愛想のいい男ではなかったが、笑うと妙に幼い感じがした。ただ怒りの対象に対しての言葉は辛辣でそういうときの彼の目つきの鋭さはちょっとタジタジとなることがあった。そういえば、彼と約束したイベントの準備をすっぽかして自己批判を迫られた時があったが、あの時は1年後輩ながらマジで怖かった。ところで、最後に貼ってあるのは、彼の白黒写真だが、どこかで見たような気がしないか。その答えは次の「シリーズ・日本のロック・アルバムを追って」で明らかになる。漢字四文字のあのバンドだ。

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コメント

文才あるなあ

と思ったのが、「勃起宣言」と言う記事でした。スパム判定されそうなタイトルですが(笑)、真面目な音楽論です。「マスマラ コケシ」と言うペンネーム(これまた 引っかかりそうですが)も使ってましたね。 彼は、卒業後、就活の別名にもなったR社の 住宅情報誌の下請け会社に しばらく居ました。後の転職の布石となる修行時代みたいなものでしたが、その頃はしんどそうでした。毎晩遅いし 土日遊びに行ったら 仕事を持ち帰ってやっている時も 結構ありました。当時は パソコンもなかったから 手書きだったでしょうしね。豊田商事事件の翌年(86年)位までは そこにいたと思います。なぜ こんな記憶があるかと言いますと・・・ある晩 待ち合わせをしてたら 「Rに出来た原稿を持って行かなければならないから つきあってくれ。」と言われて 私もRまで行きました。Rの受付の前で 彼に「この景色に見覚えありませんか? 豊田商事があった所ですよ。」と言われて ぶったまげました。詐欺報道で 確かにこんな受付をTVで観たなあと。永野会長が刺殺された部屋ではないけれど、背筋がぞっとしました。反面、敢えてこんな所に入るとは、RのE副らしいとも思いましたね。

記憶にあります

私の手元にマーマレードは残っていませんが、この文章ははっきり記憶にあります。
大学を離れてから彼とであったのは、一度か二度、「L」にいた人間の飲み会にやってきて、神取忍にアキレスけんがためをかけられた話をしていたのを覚えています。

その時期の松原君のことは

僕は全然知らないんですよね。81年の3月に僕は田舎に帰って、彼とは手紙と電話をやりとりしていましたが、その後K君の結婚式が確か87年、その前後に当時の僕の会社が社員旅行で関西に行った時に、H本、M原と一緒に新婚のO原の家で一緒に呑んで・・・。当時はてっきりイベンターとしてN部君と一緒に活動しているものと信じ込んでました。その時点で既にコピーライターみたいな仕事をしていたのでしょうか。彼と一緒にミニコミをやっていた時だと思いますが、お酒も飲まずに結構マジに話をしていたときに、「drac-obさんもこっちのほうで(右手で文字を書くポーズを取り)、将来食べていきたいんでしょう」と言われたことを覚えています。「drac-obさんも」の「も」という所に力が入っていて、ああ、彼は筆で生計を立てたいと思っているんだなと感じました。僕ですか(笑)。そりゃ九州男児で文学部なんかに入るのは碌な奴じゃないです、当然、文筆業で生業を立てたいと思いましたが、某先輩のように破壊力のある文章(単なる書き間違いかタイプミスの見落としという説もありますが)書けないと無理だと(笑)。

そうか、guevara129さんも

マーマレード購入してくれたんですよね。感謝、感謝、土下座です。この原稿に見覚えがあるという事は、創刊準備号からお付き合いいただいたようで、その節はお世話さまになりました(笑)。そうそう、彼もプロレスが好きで、あ、思い出した、エスエル出版のプロレス本にも関わっていたなぁ。僕も付き合いで購入した本が何冊かあります。実家に帰った時に探してみよう。guevara129 さん、貴重な情報ありがとうございました。

って、昨日書いてアップしようとしたけど、何故か上手くいかなかったので今日のレスになりました。すいません。

おじゃまします

村八分論、よませますね。エスエル出版のプロレス本、何冊かもってますよ。鈴木邦男本とかだったかな。しかし豊田商事の話といい、濃い話ですね。

どうぞ、どうぞ奥までずっとどうぞ(笑)

これを書いた男の熱い魂が伝わってくるレビューでしょ。どうしてもひいき目で見てしまうけど、彼の書く文章は熱さとクールさが同居していて不思議な感覚があります。プロレスも好きで、エスエル出版から本を出した岡村正史なんかとも交流があったと思います。

>豊田商事の話といい、濃い話ですね。
そんな時代だったんですね。
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 先日、自宅に届いたマーマレードだが、どういういきさつでそのミニコミに関わるようになったかとか、どんなメンバーだったかという話を書くべきだと思った。ただ、それを

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