R.ウェルチの思い出、ラクエルじゃなくて残念だけど

 ボブ・ウェルチの名前を初めて知ったのは、たぶんロッキング・オンの記事だったと思う。76年くらいのことだ。ゼップやパープルといったハードロック第一世代が全盛期を過ぎて、ちょっと試行錯誤というかバンドとしての方向性や音楽の路線に迷いが生じたころ、キッス、エアロスミス、クィーンという第二世代が次第に第一世代にとって代わろうとしていたころ、それらの音に物足りなさを感じていた僕はパリスという名前のバンドに興味を持った。元フリートウッド・マック、元ナッズ、元ジェスロ・タルというメンバーのキャリアも何ら共通性が無く、一体全体どんな音なのか想像もつかなかった。ただファースト・アルバムは購入していない。FMで聴いた記憶はあるが、何だか物凄い音の塊みたいなイメージで、それまで聴いてきたハードロックバンドの音とは異質のものだった。

 というわけで、最初に購入したのは『BIG TOWN 2061』というタイトルのセカンドアルバムだった。それも新譜ではなく中古で購入した。どこのレコード店で買ったのか、どんなに記憶をたどっても思い出せない。思い出すのは夏の暑い日、高野からずっと歩いてきて、あまりの暑さに途中にあった公園のベンチで休憩していたら、目の前が真っ黄色になってきてこのまま倒れてしまうんじゃないかと思ったことだけだ。もしかしたら、高野のイズミヤで中古レコードの特売があって、そこで買ったのかもしれない。とにかく覚えているのは、真夏の京都のぎらぎらした太陽の下、片手に買ったばかりのレコードを持って延々と歩いて下宿のある修学院に向かってひたすら歩いていたこと。もともと南国の生まれなので、暑さには強いと思っていたが、盆地の太陽は生半可なものではなく、たぶん脱水症状を起こしかけていたと思う。さすがにこのままでは死んでしまうと思い、そこから歩いて少しのところにあるアコシャンという喫茶店に涼みに行った。もちろん水分補給も兼ねて。

 そのアコシャンという一乗寺にある喫茶店を教えてくれたのは、隣の九州人だけが寄宿できる下宿の住人で同学年だったT中君。熊本出身のもっこす(もっこり、ではない)で一緒にキャンディーズのライブを産大に見に行った仲だ。そのT中君が「drac-ob君、美人姉妹が経営しているしゃれた喫茶店が一乗寺にあるのを知らんね。店の雰囲気もヨカし、あんたの好きな西洋人の音楽もよう流しとるバイ。ま、それでん、一番ヨカとは店で働いている姉さんと妹さんたいね。オレは年下が好みばってん、姉ちゃんのほうで良かったら譲るバイ」みたいなことをいうので、まあ「美人姉妹」はどうでもいいが、「あんたの好きな西洋人の音楽」を良く流しているというから、ロック喫茶かと思って行ってみたら普通の喫茶店だった。もっとも流れていた音楽は有線ではなくレコードだった。ターンテーブルの横にレコードラックが置いてあり、そこには結構な枚数のレコードが無造作に突っ込まれていて、客は勝手にそこからレコードを取り出してかけてもらっていた。雰囲気も良かったし、コーヒーも美味しかったし、何より「美人姉妹」(やっぱりそこか、などという指摘は止めて頂きたい。あのころ僕も若かった、分かってほしい、ん、スパイダースか、笑)も良かったので時々行くようになった。

 そのアコシャンまで、ようやくたどり着き窓際の席に座った。午後の2時くらいで、客は誰もいなかった。エアコンが効いていて、出されたお冷を一気飲みしコールコーヒーを注文した。それから持っていたレコードを渡して、流してくれるようお願いした。誰もいない喫茶店にそれまで聴いたことの無いようなヒリヒリしたサウンドが響き渡った。



 頭をハンマーでぶんなぐられたかと思ったくらい、その1曲目は全身に響いた。素っ頓狂なイントロから、天空を駆けるようなヘンタイギター、ボーカルも上手いんだか下手なんだか良く分からない。コーラスもファルセットで絶叫する。なんだかわからないが憂鬱なロビンフッドがあちこち放浪しているらしい。先ほど炎天下を歩いてきたせいで、頭は完全におかしくなっているのか、何も考えられずに音に身を任せていた。とにかく、カッコいい。ギターのフレーズも断片的というか、ソロをだらだら弾くのではなくシャキっとしたフレーズをガンガンこちらにぶつけてくる。ただ音のバランスが無茶苦茶で、一歩間違うとぐちゃぐちゃになりそうなのを何とかギリギリ押さえている。物凄い音だな、今までのバンドで似たようなものは無かったな、なんてことが次々頭に浮かんだ。あっという間にA面が終わった。アコシャンでレコードをリクエストすると、いやこれは当時どこの音楽喫茶でもそうだと思うがA面かB面どちらかを尋ねられ、片面だけ流すというのが普通だった。特に指定が無い時はA面だけ流して、終わると別のレコードをかける。不特定のお客さんの好みに合わせるためだから仕方のないことだ。当然、僕のレコードを終わって次は高田渡の『Fishin! On Sunday』あたりがかかると思っていたら、お店の人はレコードを裏返してくれた。客が僕一人だったからサービスしてくれたんだろう。

 A面の余韻を残しながらB面に入ると、こちらはさらに曲のバリエーションがスゴイと言うかハードロックなのかコーラスグループなのか、あるいはプログレなのか良く分からない。ただ、ひたすらカッコいい曲が続いた。「ハートオブストーン」という、ストーンズとは別人28号の曲は一発で痺れたね。



 「現代社会に住む人間は石の心を持たねばならぬ」という歌詞もカッコいいし、ギターのリフもカッコいいし、ボーカルも突き抜けている。その次の「奴隷商人」もライブ演奏だけど、とってもクールで歌詞のリフレインが延々と頭に残る。”You were born to loose”と初めて聴いた曲なのに後半はもう一緒に口ずさんでいた。しかし、一番頭に刷り込まれたのはラストの曲のフレーズ、” Janie’s in love again, Janie’s in love”ってやつ。もうその頃には汗も完全に引っ込み、エアコンの風は冷たいくらいだったが、そこでアルバムジャケットとライナーを見比べながら延々と聴いていた。それから、毎日必ずこのアルバムは自宅で、サークルのBoxで聴いた。

 それから1年くらいたって、僕は3回生になりサークルでロックの研究会を担当することが多くなった。パリスはサードアルバムを出すことなく解散した。ある日、リバーサイドだったかどこだったかとにかく輸入盤店で、特別何が欲しいという訳ではなく棚に並んでいるレコードをあれこれ見ていたらBob Welchという名前が飛び込んできた。パリスの時はRobert Welchで表示されていたが、BobならRobertのニックネームじゃないか、お、もしかしてパリスのリーダーのソロかと思って取り出したレコードは、パリスとは似ても似つかぬジャケットであった。薄いグラサンつけたヘンタイぽいオッサンがマッチの火を消そうと息を吹きかけているその横に、な、なんと、ガウン姿の色っぽいおねーさんがべろ出して、そのべろをヘンタイオッサンの耳元に近づけているじゃないか、これは法律違反だ、法律違反だ、イッツアゲンストザローだ、僕とフリオは校庭だ、とまあそれくらいびっくりしてそのままレジに向かった。いや、いわゆるジャケ買いってやつですが、パリスのロバート・ウェルチのソロに間違いないとの確信はあった。確信はあったが、あまりにパリスと違うので驚いたのだ。しかし、その驚きは自分の部屋に戻ってレコードを聴いてさらに深まった。あのカチンカチンのドハードロックをやっていたボブが何ともポップな、それも中途半端なポップさではなくアルバム全部が初めから終わりまでポップで固められていた。もっとも、ギターやベース(このアルバムではあまりギターを弾かず、ベースを弾いていた)のフレーズのカッコよさはパリス時代と変わらなかったけど。



 アルバムの1曲目はフリートウッド・マックの『枯木』に収録されていた「センチメンタルレイディ」で始まる。マック時代よりも、アレンジがシャープになっていて特にイントロのキーボードはチェンバロ風でいい。歌い方もマックの時より自信たっぷりで、そりゃこれだけ自信たっぷりだとアルバムジャケットのようなおねいさんを口説くことが出来ただろう、などとこれは邪推。あの女性はアルバム・プロデューサーの奥さんだと、これはどこかの雑誌で読んだネタ。まあ、当時の僕は、所詮、紅毛碧眼人節操と言うものが無い、倫理というものがない、相手は人妻ではないか、世の中やっていいことといけないことがある、浮気はいい。そりゃしょうがない。気持ちが軽く、そう、まさにポップになって浮いてしまって失敗のひとつやふたつはいい。だが不倫はいかん、人の道に外れるというのはもはやケダモノだ、などと、えー、話がどこかでおかしなことになった。

 まあ、とにかくこの『フレンチキス』は大変なもんで、どの曲もシングルでヒットしそうな曲ばかり。アルバム通して聴いても確か40分かからなかったと思うが、もう全曲素敵なラブソングだらけだった。今回の訃報があって、彼の情報をネットで検索したが、実はパリスのサードアルバムとして発売するつもりだったというのを読んで、ビックリした。いや、ファーストとセカンドも随分イメージが変わるが、それでもバンドのロゴやアルバムジャケットの統一感はあった。それがいきなり、こういうジャケットでサードアルバムっていったい何を考えているのだ、この男は。このアルバムも毎日聴いた。それも1日1回どころではなく朝・昼・晩と最低でも3回聴いた。そして当然Boxにも持って行ってかけた。いや最初にかけたのは研究会の時だった。ちょうどキャプテン・ビヨンドがオリジナルメンバーで再結成してアルバムを出したりしていたし、アメリカのハードロックバンドが勢いがあった時だったから、テーマは「アメリカにおけるハードロックの変遷と今後の展望」みたいな感じで、例によって僕が言いたい放題でやっていた。その日の研究会の最後に「実は、あるハードロックミュージシャンがとてつもないソロアルバムを出した。まずはこの曲を聴いてくれ」と言って流したのが、「Lose Your Heart」。大甘のストリングスから導かれるメロディ、コーラス。完璧なポップスだ。参加していたサークル員はみんな目を白黒している。そして続けて「Hot love & cold world」をフルボリュームでかけた。これでO原を始めとした77年度生のサークル員はほとんど全員このアルバムを買ったはずだ。

 うーん、ボブ・ウェルチの話をいろいろ書こうと思って始めたんだけど、真面目に書いたところといつもの与太の話とばらばらで、あ、こういうところがパリスの魅力だったんだと強引に結論を持ってきて今日の話は終わり。最後に元マックのメンバーと一緒にやってるこの演奏で。




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コメント

懐かしいですね

前述のように 当時の貴殿の パリス セカンドとフレンチキッスへの はまり具合は、よく憶えています。リアルタイムでは、ショボく感じて、棚の在庫の一部だった彼在籍時のフリートウッドマックを改めて聴き直すと 佳作に思えたものでした。 高野と言えば、イズミヤ近くが、教習所への送迎車が 一番近く通る所で 下宿からてくてく歩いたものです。また、スケート場の横に 十字屋でしたか、レコード屋があって、何枚か買いました。一乗寺は、6年位前に 下宿のあたりに 行っただけです。バス停前のパチンコ屋は まだ残ってましたが、U村さんのアパートは 無かったです。

マック時代の彼は

そんなに目立った感じじゃないですよね。まあ、ソングライターとしての才能はあったと思うけど、ダニー・カーワンでしたっけ、彼のギターのほうがメインだったような感じで。高野のイズミヤには、日曜日に良く買い物に行ってました。♪ええもん、やっすいのはイズミヤ~というCMソングを聴きながら、ちょっとした買い物をするのは楽しかったですね。当時は元気があって時間もあって、無いのはお金くらいだったので良く歩いて帰っていました。途中でS賀さんの下宿に寄ったりして。あ、U村さんところにも寄りたかったけど、一人で行くと後で何と言われるか分からないので、毎回団体で行ってました。来られるほうは迷惑でしたでしょうが(笑)。
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 ボブ・ウェルチの名前を初めて知ったのは、たぶんロッキング・オンの記事だったと思う。76年くらいのことだ。ゼップやパープルといったハードロック第一世代が全盛期を過

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