信じられる60代 遠藤ミチロウライブその2

 ミチロウと僕の最初の出会いは、いったいいつ頃だったか。ひとつはっきりしているのは、僕が大学を退学して地元に帰り、とりあえず堅気の仕事に就くためにアルバイトをしていた1981年の5月か6月くらいだと思う。それまでライブだ、イベントだ、あるいは集会だ、デモだと毎日大騒ぎだった学生時代とは打って変わって、南九州ローカルで変化も刺激もない毎日を過ごしている僕宛に届いた松原健君からの手紙だった。松原君は、今は鬼籍に入っており何度か拙blogでも故M原君と書いていたが、イニシャルで書くよりも実名で書いたほうが彼を知っている(知っていた)人からのアクセスがあるかもしれないと考えたことと、個人情報保護のためのイニシャルというのもちょっとオカシイ、個人情報は生存者の情報であるから、今後は彼についてはそのまま実名で書こうと思った次第だ。

 その松原君からは、81年82年にかけてはちょくちょく電話を貰ったり、手紙のやり取りをしていたのだが、81年の初めの頃に来た手紙に、スターリンの『スターリニズム』とネオマティスの『No Chocolate』、後は射殺魔のレコードだったか、とにかく「借金してでも買って聴いたほうがいい」という文面と、それらのレコードの解説が彼独特の文体で書いてあった。正直、バイトでの収入はたかが知れているし、実家に食費も入れていて小遣いなんて雀の涙だったが、あの松原が進めるんだから間違いはないだろうと思いお金を送ったら折り返しレコードが送ってきた。もちろん、どれも素晴らしいレコードで、ああ今頃関西のシーンはどうなっているんだろう、僕が一時期所属したPILBOXはどうなっているだろうとか、逆里心がついてしまい、ある日ついにそれまで通ってきた学校の校舎の白い壁に別れの歌刻み込んだり、窓ガラスをすべて叩き割って「留年からの卒業」などと絶叫したなどということはさらさらなくて、いかん、いつもの与太話に戻りそうなので再度巻き戻し。

 その松原君から送ってきたレコードは全て衝撃的で、それぞれの感想はあるものの、やはり一番驚いたのは、ザ・スターリンの『スターリニズム』だった。A面に針を落とすとシャリシャリという安っぽい音がしたかと思うと突然大音量で「ぶーたにしんじゅが、ぶーたにしんじゅが、のさーばってる~」とチープなバンドの音をバックに凶悪そうな歌声が響いた。歌詞は、当時の僕の屈折した心にまるで乾いたスポンジが水を吸収するように、一気に襲ってきた。「頭の上にマストを立てた学生どもには自殺入門書、傷つきやすいオジジやオババに永久不滅のホウレン草を!!」。なんだ、こいつらは、いやこの歌を歌っている男は。そして2曲目の「サル」である。「朕は××××」というモノローグから始まり、ものすごい歌詞が炸裂する。リフは「やり出したら止まらない、やり出したら止まらない」である。こいつらガイキチか?頭が半分真っ白になった。そのまま「コルホーズのタマネギ畑」である。ソフホーズとコルホーズ、ソ連の計画経済なんて社会科で習ったよな、などとぼんやり考えているうちにA面は終わっていた。

 大急ぎでレコードをひっくり返してB面を聴いた。「猟奇ハンター」は最初あまりピンと来なくて、何故かプガジャに連載していた川崎ゆきおのマンガを連想した。現実的には佐川一政の事件を連想させるとしてタイトル名を変えられたりもした。しかし、最初はあまり良く思わなかったその曲が、今では大好きな曲に変わっているから、感性というのは年齢によって随分変わるものだと思う。そして、問題の「スターリニスト」。おどろおどろしい歌詞から、演奏から展開されるイメージはミチロウのアジテーションで一気にボルテージが上がる。そして「増え続ける、増え続ける、増え続ける、増え続ける…」と煽っていき、最後は本当にあっという間に終わってしまう。これは強烈なインパクトがありました。このアジの部分を一生懸命ヒアリングして、後年入社したJEPという会社の全社員参加のグァム旅行の余興のステージで、九州を代表して僕はこのアジをぶちかました。一部の社員には大変受けたが、直属の上司は始末書を書かされたらしい。T岡さん、スイマセンでした。若気の至りです。

 この衝撃的なミニアルバムを購入後、アルバム『STOP JAP』を始めとして、一連のアルバムを購入し続けた。ザ・スターリンが解散する85年までの間というのは、僕が堅気の会社に入ってシホン主義のなんたるかをぶち込まれている時期で、ちょうど関東への出向時期とも重なっていて、毎日会社で説教食らい、仕事の何たるかを叩きこまれつつ、それでもオレは金のために体は売っても心は売らないぞと、思うそのバランスを取るために毎晩ウォークマンでミチロウの歌をフルボリュームで聴いていたのだ。当時の枕にはオレの涙とウォークマンのヘッドホンの痕がしっかり残っている(嘘だけど)。

 いかん、またもやバカ話に脱線しそうになった。大急ぎでライブ当日に戻る。



 ミチロウの声で「天国への階段天国の扉」を聴くことになるとは夢にも思わなかった。イントロが聴こえてきたときに、これは何かの間違いだと思った。いや、向こうの曲に彼独自の歌詞を乗せて歌ったものは沢山ある。「ハートに火をつけて」とか「No Fun」とか「ワイルドで行こう」とか大好きなものもたくさんある。しかし、よりによってディランの曲を、クラプトンがカバーしたこの大ヒット曲をこんな歌詞にして、ホーミーを入れて歌うとは思わなかった。しかし、それまでややざわついていた会場中が静まり返る、そんな時間であった。

 『仮設宿舎でライブをやったんだ。ああいうところでは男はダメだね。小さく固まってどっかに行っていないんだ。お客は全部女の人ばっかり。それも年齢層が高い、いわゆるおばちゃんやらおばあちゃんたちばっかりで。まあ、そこで、どんな曲やったら一番嫌がられるかと考えてね(笑)。それでやったのがこの曲』というMCに続いて歌ったのが「オデッセイ・1985・SEX」ならぬ「オデッセイ・2011・SEX」。しかし、この歌の途中で僕の目の前にいた素敵なカップル、多分彼氏と二人して「ねぇねぇ、今夜、遠藤ミチロウっていう、ちょっと普通のロックファンは聴いたことのないシンガーがライブに来るっちゃが、一緒に行かんね」「うん、よかよ、いくいく」みたいな能天気な会話をして、このライブハウスに来たと思われる感じのいいカップルが、顔色を変えて足早に会場から出て行ったのは何故だろう。僕は歌詞に影響されて男のほうが「オレは欲情」したからだと思うのだが、ライブの後で他の3人に尋ねてみたら「そりゃデートの雰囲気がブチ壊れそうになったからと違うか。だって見るからに草食系で線の細い感じだったぞ」という意見だった。真相はどうだったんだろう、ま、余計なお世話か。もっとも僕は椅子投げ男が、ライブを途中退場するカップルにいちゃもん付けてトラブルになるのではと期待、いや、その危惧したのだが、椅子投げ男はネバー・エンディング・ポゴダンスであった。



 しかし、仮設宿舎でのライブだから多分に被災者の方を励ますというか和ませる曲や演奏をすればいいと思うが、そのあたりは流石にミチロウ。一番嫌われると思う歌を歌うなんていうのは、そのあたりのボランティアのバンドや歌手には真似できない(真似しない、したがらないか、普通、笑)。この「オデッセイ」はミチロウがザ・スターリンを解散してソロでGNP(グロテスク・ニュー・ポップ)なんていって3部作を出したりしていた時期の曲だ。しかし歌詞が強烈過ぎて、実は配偶者とまだ婚姻関係になかった時期に、つまりまだ十分人生のやり直しがきく時期に、どこかにドライブしている途中でこの曲が入っているカセットをうっかりかけてしまい、しばらくヘンタイを見る目で冷たい対応をされたことがあった。あの時、そのまま二度と会わなかったら、僕の人生は大きく変わっていたことと確信する。

 『でもね、仮設にいたおばちゃん、おばあちゃん、喜んでくれてね。オレもちょっと意外だったな。それともう一つ受けた曲は中原中也の詩の曲だったな』

 さて、実はこのあたりから記憶が怪しくなる。飲み物は焼酎をロックで1杯(もっともたっぷり2合は入っていたけど)なので、それほど酔っぱらったわけではない。実は、このライブの時もデジカメを持参していたのだが、写真を撮ったり動画を撮ったりしていると目の前のライブに集中できないので、この時までウェストポーチに隠しておいたデジカメは扱わなかったのだが、さすがにちょっとむずむずしてきて手にとっては元に戻すなんてことを繰り返していた。その間にやった曲は「仰げば尊し」だったり、「負け犬」だったり、あともう1曲、ザ・スターリン時代の曲をやったのだがどうしても思い出せない。(※4.21追記、その後ようやく思い出したその曲は「MISER」だった。『何にも思わずにここまできたけれど、このまま許されるはずはないから。今に何か、いやなことが、不吉な何かが必ず起こる』という歌詞の通り、不吉な人災事故が起きてしまった。)

 「仰げば尊し」を歌い終わった時に、なんとなくこれでライブは終了という空気が会場にあったんだと思う。ギターを横のスタンドにかけようとしたミチロウに客席から、「ミチロウ、今日、こいつの誕生日」というかけ声がした。ミチロウが『え、誕生日、おめでとう。じゃ、何かリクエストある?』と、声のするほうに向かった。僕達とは反対側のテーブルに座っていた2人組である。声をかけてきたのは友人のようで、肝心のお誕生日の方は中々口を開かない。その隙にあちこちからリクエストの声がかかるが、ミチロウは『ダメだよ、彼が誕生日だから彼のリクエストだけね。で、何歳になるの』と質問の角度を変えた。「41歳」と今度は本人が答えた。『41歳?厄年ジャン。厄払いに行った?え、行ってない。ダメだよ行かないと。オレ41歳の時に厄払いに行かなかったら離婚しちゃったよ。で、今度の61歳の厄年は大震災だよ、嫌んなるよ』。大震災という言葉で僕は初めて笑ったような気がする。ミチロウも笑った。もちろんこれはちょっと不謹慎な冗談だが。

 「ロマンチスト」、と小さな声でリクエストが来た。『え、あの曲はギター1本じゃちょっとね』とミチロウはためらっていた。僕は我慢しきれず、ステージに向かって「吐き気がするほどロマンチックだぜ」と歌詞を叫んだ。ジャージャージャジャン、耳を疑ったが、間違いなく「ロマンチスト」のイントロだ。1-2-3-4と僕は思わず声を上げてカウントした。「何でもいいのさ、壊してしまえば、お前はいつでもアナーキスト、壊れていくのはてめえばかり、ぬかみそになってオポチュニスト、吐き気がするほどロマンチックだぜ、吐き気がするほどロマンチックだぜ~」。ミチロウの熱唱が続いた。エンディングもカッコよく決まった。

 『ホント、厄払い行かないとダメだよ。絶対に。5千円くらいかかるけどね。絶対明日厄払いに行けよ』、ミチロウはおせっかいにも繰り返した。あのミチロウに厄払いに行けと言われた彼の気持ちはどうなんだろうなと考えたが、今日のミチロウの話の中で昨年の大震災以降ライブハウスで顔を見ることが出来なくなったファンのことを話していたので、やはり心の優しい人なんだろうなとぼんやり考えていたら、いきなり「解剖室は空いたか、バラバラになって早く出ろ!ホラホラお前の番だ!」とミチロウが歌う。「解剖室」だ。短い曲だがリフが印象的で初期スターリンの代表曲の1つだ。その「解剖室」を歌い終えたミチロウはにっこり笑い『これが厄払いの歌ね、でもちゃんと神社行ってお参りしろよ』と最後まで優しい。

 そしてミチロウが『何やろうか、ボージャングルやろうか』と言いながら歌い始めたのが「ミスター・ボージャングル」だった。



 ジェリー・ジェフ・ウォーカーが、などとしたり顔で書くのはやめよう。洋楽を聴いたことのある、60年代から70年代の洋楽を聴いたことのある人なら、誰しも聴いたことのある懐かしいメロディがミチロウの手によって蘇る。これはソロ、それもかなり後期のソロになって演奏している。僕の持っているCDアルバム『50 HALF』にも入っているが、そちらはもっと静かな感じ。でも、最後にこの曲が聴けて良かったと思っていたら、大どんでん返し。なんと最後の最後は『じゃ、次で本当に最後です。昨年亡くなった金正日にささげます』というMCの後に始めた曲は、なんと「先天性労働者」であった。もう全員前に出て中指立てるわ、踊り出すわ、手におえない。僕?僕は「キョーサン主義の当面の目的は階級のプロレタリア階級の形成、ブルジョワ支配の打倒、プロレタリアートによる政治権力の奪取である~」と絶叫していました。

 そして、外の風を心地よく感じながら交差点で信号が青に変わるのを待つ間に時計を見たら…。

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コメント

没後9年ですね

彼の住まいとは、独身時代、駅二つ位の距離でもあったし、よく会ってました。途切れる事無く、27年位付き合いをしたことになります。弟みたいな存在でした。真ん中の弟さんからの電話で 亡くなったと聞いた時は、呆然としましたね。今でも色々思い出して 辛くなります。またの機会に。細かい突っ込みで恐縮ですが…「天国~」は「扉」ですね。「階段」だとツェッペリンになります。

もし、僕がF田敏雄だったら

いや、ちゃうんや、ほんまにミチロウが「天国への階段」を演奏したんや。おまえら、なんも知らへんのやな。いや、いつもは「天国の階段」をやるて、おれも知ってるけど、ホンマに、あの日は満月やったし、そういうときはミチロウは「天国への階段」を演奏するんやて。それまでの6弦ギターを12弦に持ち替えてやな。え、なに、そうやて、なにいうてんのや。先輩とて容赦はせんぞ!!ほんま、それどころやなかったんや。

もっとも、僕の場合も「いや、失礼しました。扉ですね、階段じゃない。でも、ミチロウが歌うステアウェイトゥヘブンっていいんと違います」とこちらも自分のミスを認めないというか、負けず嫌い(笑)。

松原君については、今日もメールや電話でお伝えした通りです。WEBでの再会を期待していたのですが、かなわぬ夢となりました。これまで何度か彼の話を書こうと思いながら、なかなかきっかけがなかったというか、自分で踏ん切りがつかなかったのですが、今回のミチロウのライブのお蔭でなんだか上手くいくような気がします。

かなり聴きこんでますね!

ロマンチスト歌うとこ感動する~。
でもドラックさんも随分爆発したんですね~(笑)

ぼくはスターリンは何回かいきましたけど、ずっとごぶさたで
ミチロウのステージは今年の高円寺が約27年ぶりくらい?
信じられません。。
ここのURL、ツイッターに貼ったりしてもいいんですか?

どうぞ、どうぞ拙blogで良ければ

衝立じゃない、ツイッターでもツイッギーでもなんでも桶です。と、どうも風邪気味で調子がヨロシクありません。もうちょっと気の利いたことが書けたらいいんですが(笑)。

ザ・スターリンのライブは見たことが無いんですよね。ここにも書いたように、彼らのメジャーデビューの頃は地元に戻っていたもので。その後、北関東に本社のある会社に勤務するようになり、ひたすらシングルとアルバムを購入。下館の代理店に居た時に、通販で『FISH INN』を購入しました。朝、出社したら事務員の女の子が「これなんですか?」と30センチ大の小包を手渡してくれた時の喜びは格別でした。

彼らのライブを見られなかった反動で、解散ライブの2枚組アナログはリリース直後に購入。そしてDVDも買って何度も見ました。

大きなお世話と言うか余計な御世話な指摘と思いますが、日本初の営業用原子力発電所は1966年の茨城県東海村の日本原電東海発電所です(なんで知ってるかと言うと昨日ニュースで言っていたから)。「日本原電」というのは福井に住んでると交通表示や記事でたまに目にしたから懐かしい(「日本原電敦賀とか敦賀原電とか)。
drac-obさんとは考えが異なりますので、この辺でこれに関してはやめておきますが、福島県二本松市は行った事があります。関東地方住民だと菊人形展や銘酒「大七」「奥の松」が有名で、東北地方の市の中では市の大きさ・規模の割には結構知名度が高いと思います。何を隠そう実は園芸好きなので、菊花展に行った事があります。1回目は1997年ぐらいで、2回目は去年、仙台ー山形ー郡山ーいわきー日立と出張したのでその間を縫って行きました。これはやはり園芸愛好家としての義務感が沸いたからで…。

>60代

なぜか産経が(いや、産経だからでしょうか。朝日だの中日みたいなのだと逆に出来ないかも。事実その数年前に朝日が組んだ物はただのノスタルジーと「私たちは間違っていなかった」みたいな内容だった)いわゆる全共闘世代に対する大々的な回顧特集を組んでいました。私の知っていたその世代はむしろ大学に入らなかった(貧乏なのでは入れなかったというのも含め)85%の人々だから(教員以外の団塊の大学出に23になるまで接したことがなかった)、読んでいて不快感が高まる物を感じることがあったけれど、共感できる人間もいた。産経だからなのか、同志社OBには厳しいですが、日大には結構優しいというか時間を割いています。キャッシュされた物が読めるので興味があればどうぞ。

http://megalodon.jp/pc/history/20100212/1
このページから
4部ある大作です

追伸失礼します

同志社キャンパスの今
http://megalodon.jp/2010-0212-0639-19/sankei.jp.msn.com/life/trend/090509/trd0905091800006-n1.htm
(全4回)
全共闘世代の同志社関係者には悪意すら感じる紹介の仕方をしていたこの特集記事ですが、かつての同志社自治会には敬意を払っている印象です。

ああ、これは失敬しました

ミチロウのMCを記憶頼りに書いて行ったので、初歩的な間違いをしたかもしれません。日本最初の商用原発は確かに東海村ですね。記念切手にもなりました。もっとも僕が持っているのは1965年の国際原子力機関と69年の原子力船のやつですが。先ほど調べたところ敦賀原発は「日本最初の軽水炉」なので、多分そのニュアンスでミチロウが話したのを、僕が思い込みで書いてしまったようです。謹んで訂正いたします。

リンクありがとうございました。この産経の記事は丁寧に取材がされていて、変な先入観やどちらかへの一方的なシンパシーも排除されて良い記事だと思います。僕も同志社の自治会が「解散宣言」したときに知って、単行本は出てすぐ購入しました。比較的若い年齢層の記者が書いたものが多いようですが、ここ最近の「学生運動系」の本の中では一番バランス感覚があり、取材も丁寧でいいと思います。

>drac-obさんとは考えが異なりますので

これは、当然というかやはり人それぞれ考え方の違いはありますよね。ただ、その違い、その差異を揶揄したり一方的に批判したりするのではなく、しっかり話をして理解しあう、もちろんどちらかの結論に至るようにということではなく、それぞれの「違い」を尊重することが大事だと思います。先ほどの産経の本の時代の用語でいえば、それこそが「相互討論―相互批判」だと思います。

 はじめてこちらに来ました。とてもいい内容だったのでついコメしました。また来ます。

nさん、コメントありがとうございます

どういうルートで拙blogにお出で頂いたか存じませんが、ご丁寧にありがとうございます。あまり節操とか思想とかいうものは、ありませんがちょっとでも面白いと思うところがあれば、ぜひご贔屓に(笑)。ミチロウのファンの方でしょうか、次回は拙blogのエントリーの感想なども是非。あ、nさんのnは「NOTALINS」から付けてらっしゃるとか?
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