東京イズノットバーニング、或いはバーニングウィズボアダムナウ

 本日の20時の速報で東京オワタ。ポンニチ、オワタ。もう何も書く気がしない。パンタがいみじくもアルバム『クリスタル・ナハト』で歌っている1曲がまさしく、2016年の今を預言している。

                 「終宴 THE END」

絶望よ たぎる夜空の光を奪い 闇を慈しめ
静寂よ 虚無の淵から因業のすべを憐れんで欲しい
狂宴の果ては朽ち果てた躯に
頬寄せるように芽吹く陽炎

さあ 讃えよう この愚かしさを 栄華の報いを 性懲りのなさを

明日はTHE END 始まりのTHE END
Against to the end to the end

明日はTHE END 崩壊のTHE END
Against to the end to the end

永劫よ すすけた慈雨に ためらう大地を 種の起源に召せ
忘却よ しじまに淀む 末裔の罪を 見逃して欲しい

天駆ける 客人達(まろうど)の眠る祠に
刻まれていく 一族の終宴

さあ 迎えよう 瓦礫の朝を 枯木の夢を 沈黙の海を

明日はTHE END 暗黒のTHE END
Against to the end to the end

明日はTHE END 底なしのTHE END
Against to the end to the end

飽食の果ては 闇裂く雷(いかづち)に
浮きあがるハルマゲドンの惨劇

笑い飛ばして この愚かしさを 栄華の報いを 性懲りのなさを

明日はTHE END 空っぽのTHE END
Against to the end to the end

明日はTHE END 果てしないTHE END
Against to the end to the end

明日はTHE END 始まりのTHE END
Against to the end to the end

明日はTHE END 崩壊のTHE END
Against to the end to the end

明日はTHE END 暗黒のTHE END
Against to the end to the end

明日はTHE END 暗黒のTHE END
Against to the end to the end

 しっかり歌詞を確認しながら聴いてほしい。パンタの著作権を侵害しているかもしれないが、『別個に進んで共に撃つ』という路線で許してほしい。



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本日は修了式



連続10回の「ジャズとアメリカ文学入門」も、遂に最終日。この間、無遅刻・無欠席はもちろん、開始時間より30分は早く到着し、前から三列目の席を確保。熱心に聴講したものの、何の因果か、今日が最終というのに急な用事があり、大学に着いた時は始業時間を10分以上過ぎていた。オレの人生ってこんなもんだと悔やみつつ、これが75年の大学1回生の時なら、間違いなくバックれた。

しかし、年月は人を成長させる。90分の授業だから15分過ぎなければ大丈夫だと思い受付に向かった。早めに来ていれば、事務員のおねいさんからテキストも貰えるのだが、今日は男の事務員。愛想なくテキストを受け取り、教室に入ろうとしたら、10回の講義中、8回以上受講している人には修了証があると言われ、封筒をくれた。

中を見ると、公立大の学長、二回の講座を担当した津田塾の教授、そしていつもお世話になっている宮崎国際ジャズデイの実行委員長の署名が入っていた。教室に入ると、当然、修了式は始まっており、今日は村上三絃道の津軽三味線によるジャズの演奏が行われていた。津軽三味線で聴くA TRAINや、ムーンリバー、テネシーワルツは不思議な感じだった。

演奏も終わり、世代別代表者への修了証授与も終了。最後に学長の挨拶で全ての講座が終わった。何となく気が抜けた感じで教室を後にした。何か違和感が残るなと考えていたら思い出した。オレが学生の頃は入学式や卒業式は粉砕するもので、粛々と終わるものではなかった。しまった、最後くらい式典の壇上を占拠しアジの一つもぶっ放すべきだった。後悔先に立たず、覆水盆に返らず。次の機会の雪辱を固く誓い、自宅に帰ったら大学の後輩から暑中見舞いが届いていた。

何と、「伝説のロッカー達の祭典」というDVD。めんたんぴんに三文役者、外道。そしてもちろん、頭脳警察。これから銃を取って叫ぶことにする。ジャズじやないけど(笑)。






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この違和感



毎年、楽しみにしているジャズナイト。今年も来たが、どうも雰囲気がちがう。まず、開演前に場所がない。これまでナベサダとヒノテルの共演とか、綾戸智恵のライブとか世界的に凄いミュージシャンが来た時も、ここまで無かった。

今年は、マリーナ・ショーのラストライブとか今一番注目されてるヤノピが出るからなのかと思っていたら、なんとゲロつまらんフュージョン・バンドにみんなノリノリである。会場の熱気ったら無いね。しかし、しかしである。

お前ら、ホンマに音楽好きか?いや、お前らの好きなものが音楽なら、オレは音楽嫌いで良い。クソつまらん、ゲロつまらん。あ、あ、あ、この感覚、学生時代にも感じた。当局の大学移転に、それはならんぞ、納得いかんという話には、基本的にみんな賛成してくれるのだが、そのための戦術戦略の話になると逃げる。

ちがう、そうじゃないけど、とりあえずこれからもう少し音楽を真剣に捉えてる人達の演奏があるので、またこの問題は考えていきたい。





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ジャズナイトなう



毎度の相方Y尾君が、緊急大腸手術のため酒が飲めない。よって今回は彼の車で来たので楽チン楽チン。開演前には、たどり着いたのだが、会場を見てクリビツ。ステージ前の良い場所は、全部取られている。さらに良く見ると客層が若い。ジャズナイトに来るのは比較的年齢層の高い世代なのだが、20代30代の若者が多い。今回のラインナップの誰が、この若い客層を呼び込んだのか、後日分析してみたい。

なお、今回のジャズナイトに連帯して、京都の蔵で革命的レコードコンサート、いやレコード大衆団交集会が行われていることを、全ての革命的市民、学友諸君に報告しておく。明日は原発映画も見らなあかん。忙しい、忙しい。お、それより西藤ヒロノブのギタレレた。

※追記~結局、この日の後半のライブで頭に来て飲み過ぎて、翌日の原発映画が見られなかった。アホな音楽喜ぶ連中のおかげで、今のポンニチの原発状況の理解が進まなかった。クソったれ、バカ野郎。




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頭痛とルー・リード



ここ数日、エアコンのせいか毎日頭痛がする。それほどひどい頭痛ではないが、一つのことに集中出来なくなるし、第一気分が良くない。これまで頭痛を止めるにはバファリンを飲んでいたが、あまり効かなくなったので、知人の勧めでイブにした。イブといえば、大学の学園祭で思い出すのはおかま喫茶のROXY、などという話ではない。

イブもだんだん効かなくなってきたので、ドラッグストアで頭痛薬を見ていたら、イブの強烈なやつがあった。効き目が強いので、1日に2回しか飲んだらいけないと薬剤師が言う。これは良いと買い込んで、しばらく飲んだら無くなってしまった。丁度その頃、頭痛薬を飲みすぎると良くないが、ナントカいう薬は副作用も少なく体に優しいと聞いた。

そして、昨日、ドラッグストアでセデスを買った。これで頭痛も治り、体にも良いと思っていたら、その体に優しい頭痛薬はナロンだと教わった。なんたるちや、サンタルチア。ああ、ギャグも頭痛のせいで冴えない。その重い頭を抱えて。週末の店に出た。頭痛には、ルー・リードが良いと思ってレコードをかけたら、頭痛が余計ひとくなった。

頭痛に良いロックは何だ?





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市民講座も残り2回



例によって、本日もアバウト1番乗り。正確には3番乗り。これは、あまりに早く大学に着きすぎて駐車場でコーヒーを飲んでいたせいだ。ウサギとカメの教訓は正しい。で、本日のテーマはトニ・モリソンである。大変残念であるが、ヴァン・モリソンではない。さらに、もっと残念なことにジム・モリソンでもない。

アメリカ文学を語るなら、ジム・モリソンの死、違う、詩は必須ではないのか。ドアーズの、あのおどろおどろしい歌詞てか、歌をスルーしてアメリカ文学を語るとは何事だ。世間が許してもオレが許さん。元ロック班リーダーだったオレが許さん。いや、多分、戦闘的学友諸君も許さんと思うぞ。

などと、錯乱気味に叫んだが、実は元英文科でありながら、今回のトニ・モリソンって良く知らんのよ。トニー谷(そろばんをウォッシュボード代わりに使ったボードビリアン)なら優を取る自信はあるが、残念ながらアメリカ文学にはちょっと関係ないか。いや、ジャズには関係あるんと違うか、と錯乱中高年パンクの雄叫びは続くのだった。

※追記~話を聞いたら、ノーベル文学賞も取ったエライ人でした。黒人差別に対する問題提起を難しい小説にして、うーん、話が重い。暗い。今年の7月のアメリカの白人警官が黒人を射殺した事件から、黒人が白人警官を射殺したもののロボットから攻撃されて死んだとか、まあハードな話も出てきましたが、何故か最後は全員でレッドベリーの「グッドナイト・アイリーン」を合掌。ナット・キングコールバージョンだったのがちょっと残念。ライ・クーダーか高田渡で歌いたかった。で、YOU TUBEを探したらヴァン・モリソンがロニー・ドネガンと一緒に歌ってるバージョンがあったので貼っておく。








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サヒカブイのライブじゃっど



連休最後の夜は本田タマヤのライブ。いつものZEKではなく、自身のトリオ。タマヤのドラムに奥様のサックス、プラスベースという構成。今週末は、毎年恒例のジャズナイトであるが、その前にタマヤのドラムで気合いを入れるのだ。家からは、こちらもサヒカブイの電車に乗ってライフタイムまで来た。電車の名前が欲望だったかは、良くわからないが墓場を経由して天国に行けるならそれで良い(笑)。

ライブが終わって、家に帰ったら華麗なるギャッツビーのビデオを見る。まるで失われた週末のワタクシ。

追記~いやー、凄まじいライブでした。タマヤさんのドラム目当てで行ったのだが、サックスもベースもタマヤに負けていない。意外だったのはアート・ペッパーの曲を演奏したこと。サックスの守谷さんが最初に買ったジャズのレコードがアート・ペッパーだったとのこと。へえ、ペッパーサウンドをタマヤはどう演奏するのかと聴いてみたが、いや余暇ド、違ったヨカド。林栄一、オーネット・コールマン、峰厚介、そして父、本田タケヒロ、祖父本田、えーとなんて言ったっけ、ま、そんな人たちの曲を演奏したが、すべてこのトリオのサウンドになっていた。パチパチ。




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今朝の新聞の書評で



桐山襲の名前を久しぶりに見た。先日、不要になった本を段ボールに詰めていた時に、危うく文庫の『スターバト・マーテル』を処分しそうになり慌てた。この書評を批判する気もコメントする気も無いが、せめて桐山襲の本を一冊でも読んでから能書き垂れてくれ。普段は、バカな話しか書いてない能天気blogではあるが、このblogをスタートさせる時に桐山襲を忘れてはならないという気持ちを込めて始めたのだ。

1週間前の選挙結果を早くも忘れて、次は東京都知事の選挙で賑やかなマスコミ。天皇の『生前退位』も、これは権力が国民の反応を見るための『天皇の政治利用』ではないのか?暴走する政権の良心的歯止めとして、平成天皇に期待していた部分も自分自身の中にあったが、やはり『天皇制イデオロギー』は、これを認めてはならない。

もう一度、桐山襲をしっかり読み直そうと考えた日曜日。

追記~この新聞を読んで、まあないだろうと思いながら図書館の在庫を調べたらあった。エライ!!!早速本日借りてきた。もっとも今日はライブを見てアルコールも入っているので、後日、素面の時にじっくり読む。そして、多分購入して手元に置く。なんてことばかりやっているから、引越しだというのに全く本の整理が出来ん。





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本日は、ワン・ライブ



バジャーである。元イエスのトニー・ケイが結成したロック・バンド。デビュー・アルバムがライブ盤で、ジャケットの絵はロジャー・ディーンである。高校時代にFM放送で、このアルバムを聴いて、演奏がイエスっぽくないところと、これは後日レコード店で見て良いなと思ったジャケットが気に入り買おう買おうと思いながらも、何故かタイミングが合わず、つい先日まで持ってなかった。

ジャケットも良いし、演奏も良いので店でかけようと思い、オークションでゲット。聴き直してみたら、イマイチだった。残ねん至極、西京極。

※追記~このアルバムの国内盤はダブルジャケットで見開きを開けるとアナグマが飛び出すというカケシがあった。輸入盤はついてなかったので多分国内盤だけのお遊びだったのだろう。その昔のアナログレコードはこういう遊びが多くて楽しかった。超有名どころではベルベットのバナナジャケットやストーンズのジッパージャケットがある。個人的にはラズベリーズの3枚目だったか、表から見るときれいなイチゴパイなんだけど、ジャケット開けると途中まで食い散らしてあって、ご丁寧に紙ナプキンが置いてあるのが笑えた。ちょっとインビなところでは、ええとハンブルパイのアルバムだったと思うが、ジャケットの表面は鍵穴でそれを開けると可愛いチャンネーがお着替えの真っ最中ってのは男心をそそったね、また、ジャケットの仕掛けではないのだが、アリス・クーパーのアルバムにはレコードを包む袋がパンティになってるのがあった。もちろん紙パンティである。その紙パンティを若きO原U二君は、あ、彼は福山市の名門高校に通っていたのだが、うちのサークルに入るくらいだから当然タイヘン、ちゃうわ、ヘンタイであって、ある日学校に履いていったらしい。もちろん誰も知らないし、本人だけがえらく興奮していたのだが、なんとその日に延期されていた身体検査が行われた。そのあとの惨劇は書く気になれない。そして彼は数年後、D大の学生会館の別館4階の黄色いドアを叩くのであった。





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本日は、グレート東郷



ではなく、グレート小鹿でもなく、もちろんグレート・マジンガーでもなく、グレート・ギャッツビーの講座である。ギャッツビーと言っても男性化粧品メーカーではなく、アメリカ文学にその名もたかい、スコット・フィッツジェラルドの有名な作品である。先週は、テネシー・ウィリアムズで、今週はスコット・フィッツジェラルド。まるで米文学そのものではないか。

えーと、よく考えてみたらこの市民講座は、『ジャズとアメリカ文学入門』であった。どうも日曜の余波で、頭の中が少しルイクしているのかもしれん。

さて、突然ですが、ここでクイズです。今日の講座の前に早めの夕飯を食べたワタクシですが、一体何を食べたでしょうか。地元の人ならすぐ分かるヒントが写真にあります。

※追記~中々に充実した講義でした。講義が始まる前に、映像をスクリーン映していて見ると74年のロバート・レッドフォードが主演した『華麗なるギャッツビー』。そして2013年のディカプリオ主演の同じ映画も流れたけど、なんとロキシーの「Love is the drug」がジャズ風のアレンジで流れてきてクリビツ。ボーカルは間違いなくブライアン・フェリー。こりゃ、DVD借りてくるしかないな。あ、それとクイズの答えは「UDON」でした。







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本日、自公に投票した皆さんへ~それで本当に良かったと10年後言ってみな

 うん、今日は別に普段と変わらない1日さ。最初から分かっていたことだから、腹も立たない。だってオレの周りはマンガだから。



 でも、あれだね。選挙権が18歳に引き下げられたから、鉄砲もって世界中に行きたい若者が沢山いるんだろうね。若者よ、書を捨てて街に出ようなんて、その昔誰かが言ったけど、真のグローバリズムってのは、世界中に「民主主義」を広げることが大義名分なんだろうな。ま、でも人間2人以上集まれば必ず意見の食い違いなんて出てきて、そのうちISシンパなんて出来たりして、カツ丼好きだけど宗派はイスラム教とかでてくんじゃねーの。アホに権利与えたらあかんな。普通選挙権がそもそもの間違いやったん違うか。



 あきらめちゃいねーよ、うん、あきらめてはいない。しかし、敵は強大な米帝と日帝だから、まともにぶつかっても勝ち目はないね。テロ、そんな恐ろしいこと考えたことは一度もない。ゲリラっての、強大な権力に対して人民の抵抗としてのゲリラは、そりゃ当然正しいでしょうが、あとは方法論の問題で。しかし、アメリカとポンニチの権力者のタイアップ、じゃねーよ、何言ってんの未だにポンニチはアメリカ様の植民地だぜ。そんなこともわからないの?



 なんだかさ、ポンニチ中の人たちがこれでいいって言ってるのに、一人だけ、そんなん嫌や、自民党嫌いや、わけわからん神さん拝んでる公明党も嫌いや、アベノミクスなんてどこにあんねんそんなもん、なんて言うてるのはオレだけなんかね。いや、そんなはずはないと思うけど、選挙結果見るとみんな口では憲法がとか自民の横暴はとか三分の二はとか言ってたけど、実はこっそり多数派に投票していたん違うか。と、このように仲間に疑惑と分裂を持ち込むのが彼らのやり方。



 負け犬の遠吠えかもしれんが、メイビーアイムロングかもしれんが、レフトイズノットライトかもしれんが、それでもオレは今後も変わらない。いくら周りがお前は間違っているといっても、もちろん、オレが正しいなんていう気はないが、今回の選挙の結果でこれから作られていくクソ、ポンニチは絶対認めない。じゃ出て行けという声があるかもしれんが、ふざけるんじゃねーよ、動物じゃないんだぜ。



引っ越し前の準備で



慌ただしい時期なのに、こんな冊子を注文してしまった。先日は、要らなくなった本を、段ボールに詰めたら9箱になった。無料で宅配業者が回収に来て、ネットフルモトが買ってくれるのだが、金額はアテにならない。買取金額などは、どうでも良くて自力で本を梱包して地元のフルモトに持参していたら、こちらが倒れてしまう。こういう時に、ネット・ビジネスは便利である。

しかし、押入れの奥をゴソゴソしながら、はるか昔にしまい込んだ本や雑誌を見ていると、時を忘れる。さらに、心を鬼にして現在手持ちの本や雑誌を5分の1以下にするという目標も、久しぶりに日の目を見る本たちの笑顔を見ると、だんだん怪しくなってくる。中には、明らかにこちらに媚びを売る本たちがいる。つかこうへいの本は、何冊か残して後は全部処分するはすだったのに、『つかへい腹黒日記シリーズ』を残すのなら、『リング・リング・リング』も残して良いじゃないか。と、心の中で誰かが言うのだ。

そうすると、あの出版部数の多いシーナマコトは、どうするか。これは、初期の『ダボダボソース』と『国分寺書店』、そして『本の雑誌風雲録』を残して、全て処分する。その心は、読みたくなったら文庫か図書館に行けば良い。それに引き換え、亡くなった作家は、すぐに本が手に入らなくなる。運動関係のものは、作家が生きていてもでんでん売れないので、これは残しておかないと、次はいつ読めるか分からない。

もし、僕が無実の罪で獄中生活を送る時に、誰かが差し入れする為にも残しておかねばの娘だ。さらに、音楽関係の本、とりわけハードカバーは、人気作品でもすぐに廃盤になる。あ、本は絶版か。

そんなことを考えていると、手が止まるだけではない。下手をすると本を開いて、読み始めることもある。宅急便が来る時間までに、箱詰めが終わったのは奇跡に近い。

そして、さらに怖いのはCDやビデオ、DVDというブツだ。心を鬼にして処分など出来るのか、ハードボイルドの鬼になり切れるか、オレ。

などという時に、頼んでいた関西の冊子が届いて、またそれを読み始めるワタクシである。終わらんぞ。





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本日も一番乗り



先月から、毎週水曜日の夕方は地元の公立大学で市民講座を受講している。学生時代、あれほど授業に出なかったワタクシが無遅刻無欠席どころか、大抵開講時間より、小一時間は早目に行き待機している。別に「教室にバクダン仕掛けたろか」、とか「ウザいやつにゲバかけたろか」、などという下心があるわけでは無い。純粋に、講座に期待しているだけなのだ。ああ、この向学心があれば、オレの人生は大きく変わって、いないだろうな、多分。雀百まで踊り忘れず。未だに寝る前に読んでいるのは山本義隆の60年代の闘争本である。

さて、本日は公立大の学長の講座である。これまでは、何かと言えば、ややエンタメ的な要素が強かったが、本日はブンガク的な講座のはず。いよいよ、オレの覚悟が問われる講座になる。集中力が途切れて、アバレないように気をつけるのだ。

※7/7追記~うーん、これよこれ、この感じ。先生がPPTのスライドを見ながら、延々としゃべる。スライドは写真も多いが、文字もやたら多い。テキストに書いてあることを、やや詳しく書いてあるので話を聞きながらスライドを見て、それからまたノートを見てと、まさしくこんな感じで授業受けたことが何度かあったよな、などと思いだした。いや6年も大学通っていたんだから、そういう授業を何度かしか受けていないことが大いなる問題だ(笑)。しかし、テネシー・ウィリアムスの『欲望という名の電車』をテーマに話を聞いたが、三島由紀夫とテネシー・ウィリアムスは親交があったとは知らなかった。太宰文学をどう評価するかなんていう対談は笑えたな。しかし、南部の文学と日本文学は似ているというテネシー・ウィリアムスの指摘は意味深だった。

もっとも、辛気臭い戯曲だという感想は、これは全然変わらなかった。もう一つ面白かったのはフランス人のジョニー・アリディが「私たちの中にテネシーが持つ何かがある」などと歌っていた。思わず、「いや、そんなもんねーよ」とマジレスするのであった。




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早めの晩飯



先日、購入したスパムを美味しく食べるにはどうしたらいいか?答えは簡単。真夏日の本日、バテないためにも南国沖縄のゴーヤチャンプルという料理を作ればいい。豆腐は地元で有名な興梠豆腐をすでに購入済み。後は、新鮮なゴーヤとモヤシを買って来ればいい。という事で、近所のスーパーで早速買い物。

ゴーヤのあの苦味がちょっとという人も多いだろう。僕も子供の頃は食べられなかった。当時は、ゴーヤという名前はまだ広まっておらず、ニガウリと呼んでいた。父親が焼酎のアテに、このニガウリと豚肉の味噌炒めを美味そうに食べるのを見て、まだその頃はエーゴを習ってなかったが、心の底でアンビリーバボーとつぶやきたかった。

スパムは、沖縄出身の親戚が大阪にいて、学生時代にいて遊びに行くと、ジョニ黒やリプトンのティーバッグの大箱、コンビーフ、インスタントコーヒーなど、多分、米軍放出品だと思われるものを土産に良くくれた。その時に初めてスパムと出会った。以前書いたが、僕が学生だった70年代は食物を下品に食う男がもてた。コンビーフも生で食べるのが粋だったので、スパムもその伝て生で食った。すぐにゲロった。つまり権力に投降したわけではもちろん無く、要は吐いた。もどした。生で食うもんじゃないと叔父さんは教えてくれたが、イッツ・トゥ・レイト・シーズ・ゴーン(残念ながら、キャロル・キングじゃなくてデレク&ドミノス)。豚肉は、加工品を含め、火を通した方がいいことを学んだ。

そんなことを思い出しながら、沖縄連帯・闘争勝利と1人シュプレヒコールを貫徹しながら作りました。食べたら美味かった。胡麻油使って正解だな。





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本日は用事があって



午後から、仕事を休んだ。昨日は、自分のチョンボで弁当を頼み損ね、やむなくファミレスで日替わりランチを食べた。本当は、ライス大盛り無料なのにウェイトレスが確認しなかったので普通盛りを食べた。もちろん、オーダーを持って来た時に、クレームをいえば大盛りにしてくれたかもしれんが、大の男が、そげん細かこつで腹かいとったら(腹をたてるという意味のネイティヴ・ランゲージ。方言ともいう)、西郷さんのごたる偉か人にはなれもはんぞ、という薩人の声が何処かから聞こえたので、黙っていた。

それでも、元は取らんと損だと思いスープを3杯お代わりした。ま、この辺りがオレの限界である。そして、今日の昼飯は大阪王将にした。本当は、京都王将の方が好きなのだが、地元の王将はカゴンマ王将の傘下にあり、味が薩人好みになっている。要するに、何でも黒砂糖を入れて甘ったるい味にしている(いや、多分そんなことはないと思うが、分からんぞ。地産地消だとかいって琉球人民から搾取した黒砂糖をふりかけているかもしれん)。さらに王将ランゲージである、イーガー・リャンガーなどの数名詞の使い方も本場と微妙に違う(コーテー、リャンリャンとか言ってるのだ。アリランじゃねーだろと突っ込みたくなる)。

したがって、ここはやや値段は高いが、中華料理の味がしっかりしている大阪王将をチョイス。店に入るとランチタイムなので客がごった返している。やっと、空いてるテーブルに案内され回鍋肉定食を頼む。すかさず、おねいさんが大盛り無料の説明。異議なし、異議なし、ついでに回鍋肉も大盛り無料にせよ、と言いたいが、そこはぐっとこらえてライスのみ大盛りを注文。

そして、今、食べた。満足である。強いていえば、回鍋肉に入っているタケノコが、ラーメンに入れるメンマだったのが、ちょっと。いや、いかん、そげん細かな事を言うたらあかん、言うたらあかんけど、つい手が出てしもてって、オレは一体何処の人間や(笑)。





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ビーテレ見てたら



何やら芸能人が、ひな壇に座っていて、その周りに色々な世代、キーワードで分類されたグループが、物事の好き嫌いをディスカッションする番組をやってた。マジなプログラムではなく、あくまでエンタメなので、殊更噛み付くようなものでは無いかもしれないが、登場人物のある発言が気になった。

発言者は、アラフォーの独身美人という設定で、スナックを経営している。結婚なんか人生の無駄だと。ま、そりゃごもっとも、その意見には異議なしと言っても良い。問題は、その後のセリフ。今の若い、ゆとり世代はトライ&エラーが足りないと断言。一瞬、あ、トライアル&エラーの言い間違いかと思ったが、その後も何度も繰り返しトライ&エラーが大事だ、傷つくことを怖れずトライ&エラーしろという。

その昔、英文法で動詞の原形に&をつけると命令文でも特別な意味になると習った。命令形プラス&は、『何々せよ、そうすれば何々になる』という意味になるし、命令形プラスorだと、『何々せよ、そうしないと何々出来ない』という意味になるとも習った。その中で、一種の慣用句として、試行錯誤のことをトライアル&エラーと表現するとも教わった。倒叙物のミステリーの最高傑作の一つにも『トライアル&エラー』という作品があり、なるほど、あの小説は薩人、違う、殺人を何度も試みるが上手く行かないところが面白かったっけ。あの作家は、誰だった、フランシス・アイルズに限りなく近いアンソニー・バークリー・コックスだ。などと話は横に逸れたが、要するに独身熟女のスナックママ、自らをキャリア・エリートと自称する、あのオバハンは、ゆとりの若者に『挑戦しろ、そうすれば(必ず)失敗する』と力説しているのだ。

そりゃ、ゆとりでは無い、中高年パンクのオレだって、挑戦してコケるのは嫌だ(笑)。まあ、無理を言うたらあかんで、と笑っていて、それでも気になったので調べたら、『トライ&エラー』は和製英語で使われているとweblioに書いてあった。ご丁寧に英訳すると"traial & error"と書いてあった。やれやれ。

しかし、反動アベ一派が来る7.10で大勝利しようと、あの手この手でメディアを攻略しているのに、こんなしょうもない番組で一般大衆のガス抜きしようとはビーテレは、やはりもうダメだな。巨泉が元気だったら週刊誌に書いたかもしれんが。

写真は、エントリーと無関係だけど宮崎に野生している、何とか言う果物。えーと、ピーマンじゃない、コーマンでもない、そうだ、マンゴーだ。OH MAN GO??って、下品やわ(笑)。






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