アメニモマケズ、カゼニモマケズ



迫り来るファシズムの嵐にも負けず、本日もジャズ講座受講である。先週は、早めのディナー、ま、世間ではラーメンと呼ぶらしいが、チャイニーズ・パスタを食していたら、同級生の訃報が届いた。そのせいで、サヒカブイのメンデラも美味くなかった。果たして、味覚は心理的動揺で左右されるかという実存主義的実験を本日実行。要は、もう一度メンデラを食べてみた。マズくは無いけど、やはり学生時代と味が変わっている。ここの経営者が居抜きで今の経営者に暖簾を譲り、本人は別の名前でラーメン屋をやっている。

当たり前といえば当たり前だが、そちらの店の方が、学生時代に食べたメンデラに近い。それでも6時前に行っても、客が居るから、今の栄養軒の方が好きという人も多いのだろう。ま、所詮は食いモンの事だ。大の男が細かな事を言うたらあかん。まして、九州男児のオレが、そんなつまらん事でうろたえてどうする。などと、見得を切ったが、いやいや、食いモンの味は大事だ。今後もハート・オブ・ゴールドのラーメンを捜し求めて旅を続けたい。

おっと、本日の講座はたぶん、演奏無しの、ザ・座学。「アメリカ文学とブルース」というテーマだ。津田塾の椿教授、2度目の登場である。あ、しまった。予習を忘れた。ぶっつけ本番の講義で、大丈夫か。なに、いざとなれば大衆団交に切り替えて、授業を潰せば良い。というようなトロ的、ボーリョク学生的言動は慎みましょう、ワタクシ(笑)。





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本日は沖縄デー



実家近くのスーパーに買い物に行ったら、沖縄フェアをやっていた。慰霊の日に連帯してのフェアなのか、なんやら知らんが今は沖縄売れるんと違うかというシホンの論理かもしれんが、ここは同じ南九州の人間として連帯である。あ、南九州ではあるが、琉球を植民地として搾取しまくり、その金で当時の政権を武力討伐したサツマとは分岐を鮮明にする宮崎である。この前の大戦中には、沖縄の人たちが数多く 疎開して来て、未だに地域集落を作っている。ま、そこで色々あるけど、少なくとも同じディープ・サウスの人間として共に闘わんという気持ちに偽りはない。

てか、沖縄の食いモンは性に合うのよ(笑)。小さなワゴンに雑多な食品が置いてあったが、まずはオリオン・ビールに目が行った。少なくとも、70年代の関西にいて、多少なりとも運動に関心を持った人間であれば京大西部講堂の三ツ星の意味を分からないやつはいないだろう。?これがおーれーたちの世界、隠しきれないせーかいー、とパンタの歌を
口ずさみながらカゴに入れる。

次は、おーっとソーキそばがあるやないか。その昔、当時働いていた会社の社内旅行で沖縄に行った。その時に食べたソーキそばの旨さは、まだ覚えている。地元の沖縄疎開地の食堂にもソーキそばを食べさせる店があるが、長い事ご無沙汰している。まだやってるのか、やや不安である。

さらに、これは豚の元と言われるかもしれんが、フライパンで炒めて食うとごっつ旨いランチョン・ミート。若い頃は、余りすきではなかった。さらに、今だから言えるがコーンビーフなんか大嫌いだった。ただ、オレが若い頃は食いモンを下品に食うやつがもてた。新聞紙をナプキン代わりに首から下げ、牛乳はビンごと飲み、コーンビーフを生で食うやつがもてた。真似をしたが、もともと牛乳もコーンビーフも苦手だったので、コンパでゲロった。ゲロッパなら映画になるが、ゲロったというとまるで権力に投降したみたいで気分が悪い。

その気分が悪かった僕を、優しく介抱してくれた女の子がいて、彼女のアパートに泊めてもらった事があったが、その話はまた後日。ま、とにかく沖縄の食いモンが手に入ったので下地イサムの歌でも聴きながら週末の夜を過ごしていく。

あ、大英帝国の崩壊も近いこの頃ですが、我がポンニチも選挙運動に入って騒々しいですな。何やら予想では、自公が圧倒的らしいが、ま、「豚に真珠・アベに憲法」という世の中でございます。もちろん投票にはいくけど、アホとカスがたくさん自公に投票して、ますます腐った世の中になるんだろうな。そういえば、アベのアホは日米地位協定を見直すと大言壮語したが、何、軍属は軍人とちゃいますやん、多めに見たってくださいとアメリカ様に尻尾振るのが関の山だろう。




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ジャズの講座の前に



腹ごしらえと思い、こちらも宮崎の老舗である栄養軒でメンデラを食べる。高校時代は、毎週土曜日には必ず食べに行った店。メンデラとは、ラーメン・デラックスの意味で、いわゆる大盛ラーメン。学割メンデラなんてあった。チャーシュー麺は肉デラ。肉がデラックスに入っているわけだ。しかしながら高校時代のワタクシはバカなので、肉デラを食うやつはプチブルだ、反動だと批判し心ある若者であればメンデラを食べろと主張した。しかし、肉デラを頼むよりもっと許せないのはダブルデラックスを頼むやつ。要するにチャーシュー麺の大盛だ。

そんなもん頼むやつは、人民の敵である。我々ルンペンプロレタリアートにとっては不倶戴天の敵である。敵ではあるが、自分が働くようになり、最初の給料で食ったダブルデラックスは感激した。オレも遂にここ迄登りつめたか。天下取ったぞ、と大声を上げたかった。とまあ、これくらいで喜ぶのだから、先は知れてる。幾つになっても甘かぁねぇ(by エンケン&いくつになってもポッポ隊)と、悔やんでばかりの人生である。

ところで、久しぶりのメンデラはイマイチだった。なぜなら注文している間にスマホが鳴り、出ると普段はあまり連絡の無い同級生。声が暗いので、どうしたか聞いたら入院していた高校時代の同級生が昨日亡くなったとのこと。陸上部でいつも活発だった女性だが、若い頃から病気を患っていたらしい。電話して来てくれた彼女も、今年見舞いに行ったが、あまりのやつれように声が出なかったという。そのため次の見舞いに行くのに二の足を踏んでいるうちに永遠の分かれになった。

そのせいもあり、久しぶりの栄養軒のラーメンも味気無かった。さて、講座が終わったら通夜に行くか。サヨナラだけが人生だ。

※追記~本日の講座はウォーカー・ロイド氏のボーカルに先週から連荘の大西洋介のピアノにベースというトリオ。10曲歌ったが、選曲がなかなか面白かった。ジャマイカ生まれでアメリカ育ち、心は宮崎人というウォーカー・ロイド氏はカー・ロイド氏に名前を変えたほうがいいかもしれない。落ちは後日、気分がアップして来たらエントリーにアップする。うーん、通夜の帰りでやはり気が滅入るのだ。今日はデオダートを聴いて寝よう。このアルバム買ったのも高校2年の時だったっけ。







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準夜勤が終わって



家に帰ってシャワーを浴びて、お休み前のひと時。今夜は、珍しく忙しくててんてこ舞いだったな、などと振り返るとそこには夕焼けがありました。などと、エンケンが闘病生活をしていると知ってから、何故か友部の一本道が頭から離れない。多分、動画でみた友部の歌とエンケンのハモニカの一本道が残ってるのだろう。

それはさておき、昼間、コンビニの本棚でPOPEYEを見つけた。植草甚一が責任編集していたWONDERLANDが、確か商標権の関係で、雑誌の名前として使えなくなり、新しく付けた名前がPOPEYEだった。ほう、ポパイという名前はポップアイと書くのか、こりゃ勉強になった、などと納得するのはシティ・サーファーてか、シティ・ボーイを気取るカスばかり。心ある人たちは今後のJJ氏は大丈夫か、キナメリが好き勝手する雑誌についていけるのかと心配していたが、案の定、昔のWONDERLANDとは別人28号のマガジンになった。

と、ここまで書いてとんでもない勘違いに気がついた。POPEYEとWONDERLANDは、別人28号であたり前田のクラッカーだ。WONDERLANDは宝島になった。POPEYEとは関係無い(笑)。何故、このような間違いをしたかというと、そもそもオレの回りでPOPEYEなぞ読んでる奴は、学生大会にも参加しないし、大衆団交にも出て来ない、クソッタレのアーパー・陸サーファーばかりだったからだ。

オレたちが、大学の移転問題を追及している時に、ギャランのFTOなんかに乗ってチャンネーをコマしてる奴ばかり。そのくせ、こっちが頑張って勝ち取ったレポート切り替えに便乗して、さっさと卒業して就職したらバブルで踊りまくりやがって。禍福は糾える縄の如しというぞ、バカヤロー。と、オレは何に怒っているのかよく分からなくなった準夜勤の夜だった。

※追記~拙blogになじみのない方がマジに取って、ワタクシを福祉関係のロードー者と思われるといけないのでエクスキューズ。週末の店番のときに午前2時まで仕事ってこともあって、今回はサヒカブイの2時まで勤務だった訳。それをまあ、準夜勤と呼んでもいいじゃないか、人間だもの。しかし、POPEYEの創刊号、76年に発売になったやつ読んでみたけど、マジくそつまらん。アメリカ万歳、カリフォルニア万歳のオンパレード。ハングライダーやスケボーの特集、解説。ジョギングなんて言葉が市民権を持ち始めたのはこの頃からなんだな。快適に走れるようにスニーカーの特集もあった。こんな雑誌読んでた自称シティボーイズがいまやオヤジになって、この国を動かそうとしている。アメリカ万歳の国を作るために。ああ胸糞悪い。寝よ。




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本日も補講



昨日の市民講座の話は、何故か我が学生時代の反省話に終始した。肝心の講座がどうだったか触れてない。ということで、補講を受けにやってきた。昨日の講師であるSwing MASAと大西洋介。竹田の子守唄からサマータイムに続く演奏は、まさに圧巻。歌とサックスとサウンドエフェクト。さあ、今日はどんな演奏、いや授業になるか。楽しみだ。ちなみに、この補講の前にちくわ天うどんの大盛を食べたのは公然の秘密である。

※追記~いやー、驚いた。世の中何があるか分からない。昨日のSwing MASAの講座は"Women In Jazz"というテーマで、女性ジャズメンの話だったが、8割は大西さんとのセッションで、それはそれで大変楽しませてもらった。彼女のオリジナルはどこか郷愁を帯びたものがあり、"Image of you"は、どこかのCMで使われなかったかななどと考えたり、ラストの"Blue MASA"は歌とサックスのアンバランスさがとても強力でインパクトに満ち溢れていた。そして、昨日演奏できなかった曲と言って"Revolution"というオリジナルをやった。朗読は地元のアナウンサー。演奏前のMCで、あれ、もしかしてと思ったけど、朗読される俳句を聴いて確信した。これは元東アジア反日武装戦線”狼”のリーダーだった大道寺将司の句だ。文通していた死刑囚というのは、大道寺だったのか。演奏後にCDを買ってサインを貰った。その時に聞いたら、間違いなかった。昨日は自宅に帰ったら註文していた若松孝二の本がネットオフからから届いていた。うーん、因縁を感じる。しかし、驚いた。








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本日は一番乗り



毎週、水曜日の公立大の市民講座。今日は、何と一番乗りしてしまった。何度も繰り返すが、こんなことは学生時代には一度も無い。何しろ、入学後最初のオリエンテーションも遅刻して入室。流石に、これではいかんと思い、最初の週は授業にも真面目に出てクラスにも何人か顔見知りが出来た。僕のクラスは英文科だったので、クラスの9割が女子。しかしながら、内部進学が多いので、みんな固まって声をかけにくい。

ああいう場では、男子学生はからきしイクジが無くなる。その数少ない男子も内部進学が多く、目立つのは香里高校出身のシティボーイ。何やしらんが黄色いズボン穿いてる奴が、やたら多く大声で喋る。それ以外は関西、近畿、そうそう九州もいたが福岡や熊本ばかり。ディープサウスの宮崎出身は僕だけだった。

そのうち、クラスで勉強の出来ない男子グループと仲良くなり、その中に後のボーリョク学生になるN谷君などがいて、後年、2人でサークルを牛耳るのだか、それはまたいつか書きます。何が言いたいかというと、そうやって少しずつクラスにも馴染み始めた第3週の土曜日。その日は専門の演習の授業があったのだが、春眠暁を覚えず、王将で餃子を覚える。ま、寝坊したのよ。目が覚めたのは確実にヤバイ時間。今からエイデンや市バスで行ったら確実にアウト。

どうする、コンマ5秒考え、まだ真面目な高校時代の姿勢が残っていたので、シータクで行った。言うとくけど、修学院から烏丸今出川までシータクで行くと結構かかる。時間だけじゃなく、マネーもかる。しかし、背に腹は変えられん。友部は中央線よ、あの娘の胸に突き刺されと歌ったが、その時の僕はそんな余裕も無く、タクシーが停まったらダッシュで飛び出した。

まだ、間に合う、走れば大丈夫だ。間に合うかも知れない、今ならば、と余裕があれば拓郎の歌を歌ったが、ハッと気がついた。教室は今出川じゃない。新町だ。そして、メロスは走った。かの、悪辣たる王を許す訳にいかぬ。友の命も大事だが、などと頭の中はコンフュージン・ウィル・ビー・マイ・エピタフ状態。

ようやく尋真舘の教室にたどり着いた。教室のドアを開けようとしたら、中からどっと笑い声がした。授業で講師がジョークを放ったか、誰かがとんでもない回答をしたかどちらかだ。その瞬間、僕の頭の中で何かが弾けた。今更、遅刻した僕が教室に入ってもシラケるだけだ。そうだ、バックれよう。このまま別格別館に行こう。

こうして、僕の6年間の怠惰な学生時代が始まった。

その反省から、今回の講座は全て出席を目指す。我々の邪魔をする奴は容赦無く抹殺する。あ、何だか学生時代の空気が戻って来た(笑)。

※追記~確かにそのまま別館に行って、BOXで暇をつぶしたというと怠惰な6年の始まりらしく話としては成立する。ただ市民講座が終わって、家に帰って思い出してみたら、僕がDRACに入ったのは1975年5月10日の土曜日。この尋真館での授業をバックレたのは4月19日の土曜日。ということは、まだDRACに入っていないから別館に行くはずがない。多分、この日はそのまま生協に行ってレコードを漁って、そのまま学食で飯を食って下宿に帰ったと思う。そもそも、DRACに入ったきっかけは、隣の九州人しか住んでいない下宿の友人から音楽研究会というサークルがあって、そこだとdrac-ob君と話の合う学生が沢山いる。しかも女子大のおねーさんたちが沢山いると聞いて、よだれたらたらで行ってみたのだ。しかし、二部のサークルだった音楽研究会のBOXのドアは閉まっていて、仕方がないので似たような名前のサークル、同志社大学レコード音楽研究会、通称DRACに行ってみたらドアが開いていて、そこにはゲゲゲの鬼太郎みたいな3回生と仁義なき戦いの文太と同じよれたスーツにサングラス、角刈りのやはり3回生がいて、女子大のおねーさんは全然いなかった。しかし、だからと言って背中を見せるのは九州男児の恥だと考え、そのまま入会したのだ。今思えば、踵を返してもう一度音楽研究会に向かっていれば、僕の人生は大きく変わっていたと思う。ま、人生なんてそんなもんだ、



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このところアメリカの音楽を



ずっと聴いたりしている。そのせいか、今日の開店の音楽は、アメリカの良心と呼ばれるランディ・ニューマンに決めていた。ライブの演奏曲が、順番にタイプされているだけの愛想の無いアルバム・ジャケット。しかし、そのジャケットこそが、このアルバムの中身を映し出す。

ピアノ一本のソロ・ライブ。場所も小さなライブハウスだが、客は皆、彼の音楽を愛していて、もちろん良く知ってる。彼がイントロを弾くと客が歌詞を口ずさむ。それに彼が反応する。この間のジャズの歴史で学んだコールアンドレスポンスである。いや、違うか(笑)。アルバムの収録曲も、彼の初期のベストオブベストといえる選曲。

このアルバムは、大学に入って少しした時期に、修学院のクレモナというレコード店で買った。小さな店だが、店主が音楽好きなのが、良く分かる在庫を揃えていた。ランディ・ニューマンは、この『ライブ』と『セイル・アウェイ』を、その店で買った。在庫は置いて無く、取り寄せだったが、1週間も待たずに届いたと思う。

レコードを受け取り、お金を払ったら、何やらチケットをくれた。その店だけで使えるクーポンだった。そのクレモナも店主が病気になり閉店したと聞いた。何年か前の京都旅行の時に行ってみたが、当然店はなかった。

クレモナに通い始めたのも、梅雨の時期だった。ランディ・ニューマンの歌を聴きながら、この間の市民講座を思い出し、修学院にあったレコード店のことも思い出す。





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この熱意と気合があれば



無駄に大学に6年も在籍して、挙げ句の果てに退学などということはなかっただろう。つくづく、そう思うジャズ講座の3回目。今日は、あの名門洗足学園音楽大学の香取教授による講座。入り口のところで、H高社長の相方であるM原さんとばったり。

今回のジャズ講座にかかった費用と、いかに手出しのイベントであるかを聞く。うーん、地方でこの手のイベントをやるのが如何に大変か痛感する。何、好きでやってんだからという意見もあるだろうが、そんな事を言うあなたは何をしてるんだと勝手にカウンターを繰り出す。

そうそう、今回の香取教授はジャムライスの推薦だとも聞いた。御大山下洋輔のいるプロダクションだ。こりゃ期待できる。そう言えば、酒井ハルカちゃんもこの先生に教わったはず。さて、どんな話が聞けるか楽しみである。

しかし、オレも真面目に授業を受ける事が出来るのだ。何もアバれるだけが大学ではないのだ(笑)。





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昨夜はどうやって帰ったのか



全く記憶が無い。18時に居酒屋で、一緒にライブに行くY尾君とI切さんと呑んだ。19時には切り上げ、ライブハウスに向かった。ドリンクは白霧のロックを2杯呑んだ。22時過ぎにライブが終わり、帰ろうとしたらH高社長に、「打ち上げに参加しろ」と言われ、妹尾教授と今回のライブに参加した地元ミュージシャンと呑んだ。お開きになったのは、明確ではないが午前2時過ぎていたと思う。

それから、どうやって帰ったのか。気がつけば、自宅の布団で寝ていた。人様のお宅で無くて良かった。ましてや、ヒトヅマの布団の中で無くて良かった。いや、後者はちょっと考えたい。何を言ってるのだ、オレは。

布団から死ぬ気で起きて。仕事に行った。午前中は、明らかにまだ酔っぱらっていたと思う。昼に熊本ラーメンを食べて、ようやく生き返った気がした。何とか仕事も終わり、自宅で仮眠したら夜勤の時間だ。自転車に乗って店に来て、本日はブルースで行こうとロバート・ジョンソンのレコードをかけた。

そして、今、思い出した。オレは昨日、自転車で居酒屋に行った。ということは、あのへべれけ状態で、自転車に乗って家に帰って来たのだ。良く無事だったものだ。ホンマにこういうことでは、いつかヒトヅマの布団に入っているかもしれん。てか、心配はそっちかというお話でした。ああ、まだ頭が少し痛い。





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本日は補講



昨日の妹尾教授の授業の興奮も冷めやらぬ中、本日は補講。ウィーピング・ハープ妹尾に、地元ピアニストの大西洋介の時間無制限デスマッチ。ブルースの授業を受ける前に、ガソリン注入。さあ、お楽しみはこれからだ。





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本日は妹尾教授のブルース講座



先週に引き続き、公立大のジャズとアメリカ文学入門の2弾目。実は、今回が一番楽しみなウィーピング・ハープ妹尾の講義。かれこれ10年近く前に、地元のライブハウスで、今は亡き塩次伸二とのセッションを見た。楽しくて強力な演奏だった。ライブ終了後、楽屋に伸ちゃんにサインをもらいに行った。大学の後輩になると話したら、伸ちゃんが随分びっくりしたのを覚えている。

その時に、サインと一緒にピックも貰った。そのピックは、大学の同期でblog仲間だった紫煙さんにあげた。とても喜んでくれたが、今では伸ちゃんも紫煙さんも彼岸の国の住民である。今日あたりは、ブルース・セッションを楽しんでいるかもしれない。

ところで、写真は地元のソウルフードである大盛りうどん。何年かぶりにたべたが、妙に気取った店になっていた。ちょっと批判をしたいが、そろそろ講義が始まる。また、後で続きを書く。





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