本日は講義初日



18時30分から始まる講義に30分以上も前からスタンバイ。学生時代には、絶対ありえなかった行動を、パンク中高年になってやってしまう。会場は、比較的大きな講堂だが、すでに10数名の参加者が待機していた。本日は黒人文化としてのジャズというテーマでの講義。

大学に入ったばかりの時に、オリエンテーションがあった。教室を間違えた僕は遅刻した。シーンとした教室のドアを開けて入ると、みんなが一斉に振り返った。アメリカ人の先生が手招きして、空いてる席を指示し、そこに座った。ぼんやり話を聞いていたら何やら数人の学生が教室に入ってきて、進行係りの講師に話をしている。大学に入ったばかりの彼らに、少し話をしたいとアピールしている。最初は断っていた講師も折れて許可した。

一番前の講師の席に陣取った学生がアピールを始めた。ヨヨギ系の学生グループだった。その話の途中に、赤いヘルメットと赤いタオルで顔を隠した学生が数名乱入してきた。最初の学生グループは、脱兎の如く逃げ出した。今度は、赤ヘルの学生がアジり始めた。何を言ってるかわからないが、とにかく怒っている。この怒りを共有しないのはヒトデナシだと言ってるかのようだ。

僕はヒトデナシになりたくないので、その赤ヘルの学生たちの言う事を真面目に聞いた。しかし、よく分からなかった。全学闘争委員会と名乗った学生グループは、風の様に去って行った。もちろん、手にしたゲバ棒やバットで教室の机や床を叩いてからだ。

などと言うことが、この教室でも起こるのか、大変楽しみである。起こらなければ、問題提起を一発やるか(笑)。

※追記:非常に充実した90分の講義だった。レジュメも丁寧に作られていて、それに沿ってPPTを使っての授業は楽しく学べた。本国から追い出されたピューリタンが理想の国造りで始めたものを、享楽的なヨーロッパ人、ユダヤ人の移民がめちゃくちゃにしてそこからジャズが生まれたと、これは大雑把なまとめだが、納得できた。結局、ユダヤ系のTIN PAN ALLEYと黒人のブルースが融合されてジャズが誕生し、アメリカの白人学生たちに支持される中、世界中に広まっていったという結論はうむ納得という感じだった。結構、ロックの歴史にも絡んでくる話もあったな。こんなことなら、学生時代にもっとまじめに米文学を勉強しておくのだったと後悔先に立たず、立つ鳥跡を濁さずなのであった。なんのこっちゃ(笑)。







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仕事が終わって



家に帰り、シャワーを浴びて部屋に戻る。家族は、みんな寝ているので、静かにハイボールを作り1人飲みスタート。しかし、毎日、毎日、馬車馬のように働くものの、決して生活は楽にならない。じっと我が手を見ても、何の解決にもならない。ましてや、家に花を買って帰っても、どこにそんな無駄金があるのかと糾弾されこそすれ、褒められることは無い。

何故だ。これも、政治が悪いせいだ。打倒、アベ長州政権!!
てか、♪だーれのせいでもありゃしない、みんな、オイラが悪いのさ~




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今日はシングル・ディ



たまには昔のシングルをかけようと、自宅にあったシングル盤を何枚か持って来た。1発目はPOPSONG 'S FACTORYの
「my pops」。気持ちの良いシンセと天高く響く女性ボーカルが何とも言えず気持ちが良い。京都の、今でいうインディーズ・レーベルであるpillboxからリリースされた。学生時代の最後の年に、彼らの仕事を少し手伝うことがあった。

京都駅近くだったか、もっと南の方だったか、一軒家に2組のカップルが同棲していて、そこが事務所だった。リーダーだった男とサブ・リーダーだった男が仲違いして、今後の方向性に煮詰まったときに、何故か僕が呼ばれ、これからの仕事を一緒にやってくれとリーダーの男に言われた。ミニコミよりも新聞(インディアン・パーパーで、誰でも気軽に手に取れるようなものとか具体的だった)を作りたいとか、まだ無名のバンドを見つけてプロデュースしたいとか、イベントをやりたいとか野望を持っており、僕自身もちょうどパンタのインタビューをしたのは良いけど、発表する場所が無かったので彼の話に乗った。

パンタのインタビューのテープを起こして、そこに自分の考えを書いた原稿を作って持って行ったら『ロッキンFの記事みたいだ』と言われ、ちょっとだけ気を悪くしたので、その原稿は渡さなかった。その後も、何度か企画会議には参加してこのイベント集団の方向性を決める手伝いはしたが、僕が田舎に帰ることになり関係は終わった。

いや、それから数十年後に彼らと関係のある出来事があった。ある企画会議のときに、今、関西で一番面白いバンドはどこだという話になり、僕は町田の率いるINUのライブが最高だと話した。リーダーの男は、あまり興味を示さなかった。僕は大学のイベントでINUの演奏をライン録音していたので、そのカセットテープをリーダーに貸した。そのテープを聴いてから、リーダーの意見は変わった。このバンドを自分達で何とかしたいと言い出した。

もっとも、結果的には何ともならずINUはメジャー・デビューするのだが、その時、彼に貸したカセットテープは帰って来なかった。マスターだったので、一番音がクリアに録音されていたのだが。

そして、ほんの数年前のことだ。僕がYOU TUBEで、その音源を見つけたのは。同志社大学EVE祭のライブ音源とタイトルされた、その音声動画は間違いなく、僕が彼に貸したテープのものだ(と、思う。100パーセントの確信は無いが、まず間違い無い)。僕はすぐに、その動画にコメントした。レスは無かった。もしかしたら、あのときのテープをリーダーが誰かに譲って、それが流れ流れてYOUTUBEにアップされたかもしれないが、真相は闇の中だ。

ここまで書いたら、予約が入った。続きはまた。




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閉店前の音楽は



ライ・クーダーの「アイリーン・グッドナイト」。その昔、銀閣寺のサーカスでバイトしていたキー坊が、このレコードに合わせて歌いながら、店の掃除をしていた。フラコ・ヒメノスのアコーディオンとライ・クーダーの気だるげなボーカルが大好きだ。

そういえば、高田渡はこの曲を「靴が一足あったなら」と歌っていた。しかし、お客さんが帰った後の店は淋しいもんだな。

※追記~銀閣寺でバイトしていたキー坊とは、上田正樹ではありません。僕と同じ大学の、確か経済学部だった男。滋賀の家具屋の息子だったけど、会社乗っ取られて創業者の孫でありながら一従業員として就職したキー坊です。ちなみに、キー坊の謂れは残念ながら西川きよしのほうです。要するに、目が大きかった。





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レツゴー三匹だったかな?



『じゅんでーす』、『長作でーす』、『三波春夫でございます』。んー、違うな。『レッツラゴン』だったかな?いや、あれは赤塚不二夫の漫画だった。あ、「レット・イット・ビー」か?いやいや、ビートルズじゃないし、ましてや、♪レッツ・スペン・ザ・ナイ・トゥゲザ~のストーンズでもないか。「レット・ミー・ビー・ゼア」はオリビア・ニュートン・ジョンだったけど、個人的にはアグネス・チャンのテイクが気に入ってたし。うーむ、「レット・イット・レイン」などというと梅雨がすぐ来そうだし。おー、そーいえば、レット・ゼア・ビー・ライトなんちゃうのもあったが、それもでんでんむしのかたつむり。

そうだ、「レッツ・ゴー・クレイジー」だった。あの曲を店でかけたかったので、プリンスのアナログ盤をゲットしたんだ。よし、明日はフル・ボリュームでかけるぞ。





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何十年ぶりかの学生生活



宮崎国際ジャズデイのイベントの一環として、宮崎公立大で『ジャズとアメリカ文学』の市民講座が開催される。ダメ元で申し込んだら、なんと受講許可が出た。いろいろ、魅力的な講義があるのだが一番聞きたいのは、ウィーピング・ハープ妹尾の授業。10年近く前に宮崎で、今は亡き塩次伸二と一緒にライブをした。その後、伸ちゃんは亡くなるのだか、彼の最期を看取ったのが妹尾隆一郎だ。その時のライブの様子は拙blogにアップし、それを読んでくれた人たちとの交流は今も続いている。

他にも楽しみな講義があり、サヒカブイの学生生活てか、キャンパス・ライフをエンジョイしたい。もちろん、大学の講義には付き物のバリストであったり、学生集会をやったり大学と資本の癒着を抗議しての団交など出来ると思うと、もう待ちきれない(笑)。あ、ヤバ、こんなことを書くと、あいつはボーリョク学生だと言われ、受講許可が取り消されたり、某党派の諸君からいじめられるかもしれんが、なんのそれしき。

もんじゅ再開阻止、東京オリンピック阻止、東北と九州の連帯を求めて孤立は求めないぞ。





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本日はオムニバス盤



てか、今はコンピレーション盤ていうのかね。要は編集盤、いろいろ寄せ集めのアルバムのことである。先日、未整理のレコード棚を探して見つけた。80年代に60年代ブームがあったそうで、バブル前の浮ついた時期にリバプール・サウンドのベストを出したようだが、売れたかどうかは定かでない。

しかし、ホリーズのバス・ストップで始まり、こらこら?バスを待つ間~じゃないっての、フレディ&ドリーマーズの好きなんだ、こらこら?好きさ、好きさ、好きさ、忘れ~られなーいのー、じゃない、ピーター&ゴードン、アニマルズ、ハーマンズ・ハーミッツ、スィンギン・ブルー・ジーンズ、ジェリー&ペースメイカーズ、ここまで書いたらお客さんが来た。




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今日は未整理のレコード棚から



ウィルソン・ピケットのベストをセレクト。中々、良いんだなぁ、これが。清志郎もコピーしていたイン・ザ・ミッドナイト・アワーやブルース・ブラザースでおなじみのエブリバディ・ニーズ・サムバディなんかを聴きながら、他の未整理のレコード棚を点検。

サム・クックのベストや、リバプール・サウンドのベストなどの掘り出しものが出てきた。そして、ついにプリンスの世界一周も発見。しかし、ブルースやリズム&ブルースのレコードはまだまだある。しかも、新たにCDも大量に入ったので、こちらでも宝探しをやらねばの娘だ。忙しいな。





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本日はフリージャズで



サヒカブイのライフタイムで、フリー・ジャズのライブなう。横でガタイのでかいプレイヤー達が何やら喋っているが、クィーンズ・イングリッシュを大学で学んだワタクシには、雑音以外の何物でもない。ま、良い演奏してくれたらええねん。期待してるで、ジンガイの兄ちゃん達。





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彼らに十分なロープを与えよ



直訳すると、そういう意味になるクラッシュのセカンドをかけながら店番している連休の中日。皆さん、お元気ですか。アメリカでは、最後の切り札と言われる不動産王、ま、シホン主義社会の象徴と言える男が権力を虎視眈々と狙う。

かたや我がポンニチでは、時代認識も適当、ポツダム宣言も読んでない、熊本・大分が大変な状況なのに、先進国に弓を引こうとしている、あ、もちろん、これ皮肉ですが、そんな男が最高権力を握っている。バックアップ軍団に、どこぞの元ニュースキャスター。美しい日本は良いけど、君たちの腹の中は真っ暗闇じゃござんせんか、え、どーなんでー、社長。

まあ、こういう心境なので気分だけでも盛り上げるためにクラッシュだ。アルバムタイトルは、彼らに十分な連帯を、という意味だろうが、世界同時革命と訳していたのは週刊現代だったか。まあ、ライナーに世界中のいわゆる「過激派」の写真が掲載されていたから、そういう意味に取るのも、あながち間違いじやないけどな。



追記:やっぱりクラッシュのドラムはニッキー・トッパー・ヒードンしかいねーな。他の奴が叩くとグルーブ感が全然違う。断言する。ザ・クラッシュはジョー・ストラマー、ミック・ジョーンズ、ポール・シムノン、そしてニッキーーだ。


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今更ですが



ただいま読了。噂に違わず面白かった。京都の、洛中の人間のいやらしさを楽しませて貰ったが、一番面白かったのは最後の章。『私は国旗や国歌、日の丸や君が代に伝統を感じる人々のことも、いぶかしく思っている。あんなものは、東京が首都になってからうかびあがった、新出来の象徴でしかありえない。』『明治政府ができる前の象徴には値打ちがない。そう言わんばかりのかまえを見せる現政権に、私は鼻白む。』

全くその通り、異議なしである。この新書は好評なようだが、こういう本が売れているということに、かすかな希望を持つ。あ、5月3日が過ぎてしまったか。



※おまけの引用。平成11年7月1日の内閣委員会で当時の内閣官房長官だった野中広務の発言から。

> 植竹委員御指摘のとおり、日の丸・君が代は、我が国の長い歴史認識の中で培われてきたものであると存じておるところでございます。
 おっしゃいますように、一時期これが誤った方向に使われたとき、あるいはそういう時代を経験をいたしましたけれども、私どもは大きな犠牲の上に新しい憲法をつくることができ、その憲法を基本として今日まで五十余年、あの忌まわしい戦争に参加することもなく、また戦争に巻き込まれることもなく今日を築くことができたこと、これを重く受けとめ、新しい世紀にどのようにしてこの国が世界に伍していくかを考えますときに、戦後私どもがこの二十世紀中に取り残してきた幾つかの問題を、この機会に新しい世紀へ引き継がないように何をなすべきかということを重く考えていかなくてはならないと思うわけでございます。過去の歴史をかがみとしながら、未来に向けてこの国が他の国々と伍してやっていけるような、そういう節目にありたいものと考えております。(引用終わり)

しかしながら、我らのアベちゃんは先輩を立てるなどという気はさらさらないようだ。こういうところを見ても、「美しい日本人」ではないのはどっちなのか、天照大神に聞いてみたい。



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