完全再現:中山うりライブイン宮崎シティ

 ついに見ました。行きました。待望久しいとは、まさにこのことだとつくづく思えた中山うりのライブ。2010年に黒木燐さんから彼女のことを教えてもらい、それ以来熱狂的なファンになってしまったのだが、今回のライブも予想以上に素晴らしいものだった。さあ、記憶が新鮮なうちにレポートを始めよう。

 昨年の今頃、仕事から帰ってポストを見たら何やら茶色い封筒が入っていた。開けてみたら、その時点で中山うりの最新アルバム『鰻』が入っていた。ジャケットを開くと、そこには僕のHNが書いてあり、うりちゃんの直筆サインがあった。燐さんがライブを見に行って、そこでCDを買ってわざわざ僕のHN入りでサインを貰ってくれたのだ。しかもその時に宮崎でライブが見られないと泣いている中年ファン(あ、もはや中高年というべきか)がいると話してくれて、その時にうりちゃん自身から「宮崎でのライブ、検討してみます」と返事をもらった。普通、こういう会話はミュージシャンがファンに対するリップサービスがほとんどであることを、長年の人生経験の中で良く分かっているつもりだったが、近いうちにうりちゃんが宮崎に来るんじゃないかという期待を持たせてくれた。そして今年の8月に彼女の初ソロアルバム『ぼっち』がHPからの通販で購入できるというお知らせと9月に宮崎でライブをやるというダブルでうれしい情報をゲット。もちろん、『ぼっち』はすぐに注文。届いたアルバムを聴いて、それまでにアコーディオンで演奏していた楽曲がアコギ1本で歌われることで、全く新しく蘇っていたし、もちろん新曲も入っていて大満足。しかし、中山うりの凄さは『Viva』が出たときに、これぞ彼女の最高作だと思わせ、次の『ホロホロ』でなんの何の、これこそが最高傑作と確信したにも関わらず続く『鰻』で、おいおいいつまで最高傑作が続くんだと思わせてくれる、演奏も歌も楽曲も全てにおいてのその充実度。

 今のところ彼女のバンドサウンドとしては最新作の『鰻』であるが、最後の曲が彼女のアコギの弾き語りで録音されていた。このことが初ソロアルバム『ぼっち』につながったんじゃないかということを、演奏が終わったうりちゃんに尋ねてみたら「なるほど」と否定も肯定もしなかった。あ、それはライブの終わった後の話。早速ライブの状況報告をしていこう。

 会場はLIVE HOUSEパークと言って、宮崎の中心街の地下にあるライブハウス。僕は入ったことがなかったが、以前ストリート音楽祭で素晴らしい演奏をした「勝手にしやがれ」の武藤昭平がソロ・ライブをやったことがあり、見に行った人から感じのいいライブハウスだとは聞いていた。チケットはメールでの予約だったので8月1日に予約。その時は自分自身を中山うりと勝手に連帯する会南九州代表と決めつけていたので、あちこちの友人、先輩、同僚諸君にもぜひ参加するよう、悪いことは言わん、黙ってライブに来い的なメールやお手紙、個人的感情丸出しの中山うり論などをばらまいたが、いかんせん、普段から人望など無いのでほとんど完璧にスルーされ、最終的には毎度毎度のライブの相方Y尾君と今回初参加の訳アリおねいさんと3人で行くことになった。訳アリおねいさんは、訳アリなので素性は書けないが、大好きなおねいさんであることは間違いない。ちょっと待て、お前はたいていのおねいさんは大好きじゃないかと突っ込むあなたは拙blogを読み込んでいただいてますな。おう、そうや、おねいさんは大好きやけどな、これは全方位外交と言って、我が祖国も見習ってほしい外交方針じゃ、などと書き出すと話が進まないのでライブ当日に戻る。

 18時開場、18時半開演だったが良い席を確保したいので、待ち合わせは当日の17時半に会場ということにした。その日、僕は親戚の三回忌があり午前中から高速を飛ばして県北の生まれ育った町のはずれのお寺に行き、親戚と一緒にお墓参りをした。終わったのが13時半。そこからとんぼ返りで戻れば15時半には家に着く。休憩してシャワーを浴びて余裕シャクシャクでライブに間に合うのだが、県北に来たら必ず食べる天領うどんをスルー出来ず、エビ天うどんや味のしみたおでんなど食していたら、もう14時半。こりゃマッハ3(ガメラが空を飛ぶ速さだ、急いで行動する時はつい出てしまうたとえだ。しかし古いな、笑)で帰らないと時間がない。睡魔と闘いながら自宅に帰り時計を見たら16時5分。少し横になって仮眠を取ろうとしたが、長時間運転したことと、今日のライブのことを考えると興奮して眠くならない。エイヤっと飛び起きてシャワーを浴びて、外出の準備をする。訳アリおねいさんに嫌われないように身だしなみを整えて17時10分のバスに乗った。目的地のバス停で降りて、街中を歩いて会場に向かうが、何か違和感がある。いったい何だろうと立ち止まると、Tシャツを裏返して着ていた。道理ですれ違う人たちが、ちょっと体をそらして視線を合わせずに通過したわけだ。子供じゃあるまいし、裏表を間違うとは粗忽の限りだが、まあライブハウスは薄暗いから大丈夫だろう、などとは当然考えず近くの公衆トイレで着替えた。ああ焦った。

 その着替えの途中でスマホが鳴り、見るとY尾君からだ。すでに会場に着いたとのこと。こちらも歩いて5分くらいなのですぐ行くと返事した。地図を確認しながら歩いていると、反対側からY尾君が来た。二人でライブハウスの場所を確認。開場まで30分以上あるので、近くのラーメン屋でビールと餃子を誘われるが、訳アリおねいさんがまだなので断った。Y尾君はさっさとラーメン屋に向かう。ほとんど同時におねいさんもやってきて、立ち話。しばらくするとY尾君も戻ってきて、3人で並んで待っているが一向に人が来ない。ようやく一人の若い女性が「ここ中山うりのライブ会場ですか?」と尋ねて列に並んだ。それでもまだ4人。地下の会場からうりちゃんのリハーサルの音が聞こえる。音が止むと階段を上がってくる愛想のいいお兄さんがいた。「雨降ってますか」と質問してきたが、その人こそうりちゃんのバンドのベーシスト南勇介氏だった。昼間は多少曇り空だったが、夕方から雲が多くなり、さっきは一瞬だったが雨がぱらついたことを話すと、ちょっと不安そうな顔をした。そりゃそうだな、雨降りの日のライブは集客が良くない。せっかくのうりちゃん初宮崎ライブなので、めったに使わないのだが、心の中でRAIN MAKERの歌を歌い、雨を止める(いや、冗談です。こんなことをマジで言い出したら頭がアブナイ)。

 18時になりお店のドアが開いた。一番乗りである。名前を確認されチケットとドリンク代を払う。席は当然まだ誰も座っていないので、一番前のソファに3人で座った。かなり低いソファなので、ステージを見上げる形になる。テーブルにはキャンドルがともされていていい感じ。ビールを頼んだら小瓶を瓶ごとくれた、ビールを丸呑みしながら、客席を見渡すが10人ちょっとしかいない。さぶい、さぶいぞ。せっかくの初ライブにこんな集客では、宮崎では二度とうりちゃんのライブが見られなくなると気をもんだ。まあ、これは杞憂で済みました。オープニングアクトの時は、まだそうでもなかったがうりちゃんが登場するころにはフルハウス。さすがはうりちゃんである。18時半になったら、赤い大きな縞柄のトレーナーを着た女の子が出てきた。あれ、うりちゃん少し太った?などと思ったら別人28号。地元で会社員しながら歌を歌っているヤギナツキ。ギター一本で独特の世界を作っていた。曲も個性的で、オリジナリティが感じられる。4曲歌って下がった。時計はそろそろ19時になろうとしている。ステージに人の気配がした。バンドメンバーが登場、その中に先ほど天気を心配していた南氏がいた。目にゴミが入ったのか、かゆくなってしまい視線をそらして、再度ステージを見ると頭の左に大きな花(アルバム『VIVA』のジャケット参照)を付けたうりちゃんがいた。思わず「き、きれいや」と口に出す。訳アリおねいさんも「美人ですね」と賛同。写真やアルバムジャケットなどで見る彼女は、ややふっくらした感じの、どちらかというと可愛いイメージだが、ステージの彼女はほほもこけた感じで本当に美人。Y尾君は見た瞬間、KYON×2、それもデビュー当時のKYON×2だと思い、ステージの間はずっと彼女の顔と靴(おしゃれな靴だった)を凝視していたらしい。さて、ステージの印象はこれから書くが、今回は先にセットリストをアップしておく。彼女のライブまでにスロー&ファーストサイドオブ中山うりと題して、彼女のステージ曲を予想したが、当たっているのと外れているのがあった。当たった曲名には○を付けた。

前半セット
1. 月とラクダの夢を見た ○
2. 寝ても覚めても
3. 夏祭り鮮やかに ○
4. コバルトブルー ○
5. 新曲:よいよいまほろば
6. 月曜日の夜に
7. 新曲:わたしの真っ赤な自転車
8. トロントさん ○

後半セット
1. 茉莉花
2. パレード
3. 新曲:青春おじいさん
4. 新曲:まっしろけ
5. 回転木馬に僕と猫 ○
6. 赤い風船がついてくる
7. 8月のコラール
8. 夢を売る男 ○
9. 新曲:聞き取れず、「ふらふわここ」みたいなタイトル
アンコール
1. マドロス横丁 ○
2. ホタル ○

 アンコールを入れて全部で19曲。新曲を除くと14曲。うち8曲が的中。アルバムプロモーションの意味もあってか、最近の『ホロホロ』や『鰻』からの選曲が多かった。個人的に残念だったのは「石神井川で会いましょう」が聴けなかったこと。ま、これは次回以降のお楽しみにとっておけばいい。それでは各曲の印象などをつづっていきます。

 オープニングアクトのヤギナツキが会場をいい雰囲気にしてくれて、ふと周りを見ると大勢の若い男女が、比率的には女性7割、男性3割というところか。演奏前にうりちゃんのプロフィールを同行した二人に話したのだが、あまりに細かなことばかり話したので呆れられてしまい、Y尾君からはお前が最年長の中山うりファンだろうと言われ、一瞬喜んでいいのかわからなかった。ステージに立ったうりちゃんとバンドは突然演奏を始めた。イントロ聴いてびっくり、「月とラクダ」である。思わず、「いきなりや」とつぶやいてしまった。ステージの選曲は大事だが、デビュー曲のいかにも中山うりそのもののこの曲から始まるとは思わなかった。たとえて言えばストーンズが1曲目に「サティスファクション」をやるようなものである。はっぴいえんどが「風をあつめて」をやるようなものである。タイマーズが「タイマーズのテーマ」をやるようなものである。あ、最後のは当たり前か。しかし、家に帰って彼女の2008年のDVDを見たら、そこでもオープニングはこの曲だった。幻想的なイントロから始まりミラクルボイスが繰り返すフレーズに夢心地になっていたら、いつの間にか演奏が終わっていた。「どうしようか」とバンドのメンバーに言ったのか、自分自身の独り言なのか、つぶやいて始めた曲は『鰻』の収録曲「寝ても覚めても」。これは予想を外しました。そして3曲目は初期の彼女の代表曲の1つでいくつかのテイクがある「夏祭り鮮やかに」。今回はモノローグの入っているFilm Versionで歌ってくれた。



 一気に3曲続けたのは、初めての宮崎に対する名刺交換の意味があったのかもしれない。3曲終わってようやく挨拶とMC。今回の九州ツアーは大分、北九州2日、昨日は鹿児島、ええとここどこだっけ、と一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった様子で会場からは温かい笑いが起こる。彼女は埼玉出身で埼玉は人間性しか誇れるものがないと、これはマジかギャグか良く分からなかったが、転校生のことを歌った歌ですと「コバルトブルー」を歌い始める。軽快な曲調でちょっと昔の荒井由実を連想させるメロディ。『ミスリム』に入っていた、♪ちいさいころは神様がいて~と雰囲気が近い印象を受ける。間奏部分でファンファーレを彼女の声で歌ったけど、これは驚きました。その昔、ミシェル・ポルナレフが人間の声でトランペットの音を表現したことがあったが、あんな感じ。

 5曲目に待望の新曲を聴かせてくれた。「よいよいまほろば」である。「まほろば」とは天国や極楽のことですと説明があったせいか、ドラムがお寺の木魚みたいな音を出して面白かった。6曲目はボトルネック・ギターが曲をリードする「月曜日の夜に」。歌い終わって「丁度今日は月曜日」とうりちゃんが勘違いするとメンバーから「火曜日」とたしなめられるが、「ちょっと惜しかったですね」と悪びれる様子はない。こういうところが魅力的なんだよね。というか、このステージを通して彼女の口の悪さ、いやこれ決して悪口を言ってるわけではなく八方美人的なアナウンスではなく、結構きつい言い方をするけど、それも個性として許されるなと感じ、オレがそんなこと言うと必ず恨まれるのは、これは人徳の無さだから仕方がないか。ワンツー、ワンツーさんし、とカウントして歌い始めたのは、これも新曲「私の真っ赤な自転車」。そういえば、『ホロホロ』に「恋する自転車」って歌があったけど、こちらの歌は子供のころ買ってもらって大事に使った自転車が、気が付いたら小さくなっていた(本人が成長した)、というちょっと感傷的な歌でした。そして「トロントさん」で前半セット最大の盛り上がりを見せた。「ちょっと目がウルウルしている人をトロントさんと呼んでます」などと笑いを取った後の演奏は迫力ありました。特にドラムとギターがジミヘンかと言いたくなるくらいハードでソリッドな演奏。今回のライブで新たにに発見したのは、うりちゃんのバンド、リズムが切れてる。ブレイクもすっきりしていて気持ちがいい。だらだらFOするようなエンディングはなかった。この曲も大いに盛り上がってすっきり終わった。怒涛の前半が終了。

 観客の入りは50人前後だろうか、休憩時間はトイレ待ちのお客さんが列を作っている。近くにコンビニがあることは知っていたので、店の人にちょっと出てきますと言ってローソンへ直行。用を済ませてそのまま帰るのは人の道に反するので何か買おうと店内を物色。飲み物はビールの次にハイボールを飲んだが、つまみが何もなくおなかが減っている。サラミを買って店を出ようとしたらヒゲの若いお兄さんと視線が合った。挨拶してくる。あれ、誰だと考えていたら、今年の春に仙台に転勤になった同級生の同僚だった。確か、去年のジャズナイトは一緒だったと思うし、もしかしたら西藤ヒロノブの野外ライブの時も一緒になったかもしれない。偶然だねと返事して、今日は中山うりのライブを見ていると話したらなんと彼も同じ会場にいたとのこと。前評判を全く知らず見に来たけど、とてもいいと感動していた。ここで悪い癖が出て、まあうりちゃんが今回宮崎に来たのは去年オレの連れがライブの後にお願いしたからじゃないか、などとエバる。こういうところがオレの人徳の無さである。いいんだ、どうせオレは中高年パンク。

 後半はうりちゃんが一人でアコギを持って登場。「石神井川」を期待したが残念。1曲目は「茉莉花」。家族で夕飯の食卓を囲んでいる情景を思い出して作ったらしい。ワタクシはこの曲名を最初「マリファナ」と読んでしまい、うりちゃん大丈夫か、権力にパクられないか、そうなったらオレ絶対に救対やるぞ、はぁはぁと意気込んだが全然違うのよね。♪お豆腐一丁くださいな、もうすぐ父さん帰るころ~と古き良き時代を思い出させる作品。うりちゃんは高校時代ブラスバンドをやっていてテスト前の時しか休めず、毎日練習に熱中していたらしい。相当楽しい時期だったらしいが、その時から楽しい時間は戻らないとややシニカルに受け止めていて、その気持ちを歌った歌と言って「パレード」が始まった。2曲とも『ぼっち』の収録曲だ。ソロの演奏が終わった。「またバンドのメンバーを呼びたいと思います。出てきて~」という声にこたえてメンバーが登場。しかし、「出てきて~」ってのはね、会場に失笑が起こる。まあ、こんなところもうりちゃんらしい。

 「今回の九州ツアーの初日は大分の九重町、そこではアソウさんという歯医者さんの自宅でライブしました。歯医者さんだけあって豪邸で(会場、笑)、そこで、えーと50畳くらいあったかな、広い座敷」「いや50畳はないでしょう(と、メンバー)」「でも、それくらいの広さ、殿が出てくる座敷みたい」というやり取りの後、うりちゃんには95歳の元気なおじいちゃんがいて、その人のことを歌った新曲「青春おじいさん」がバンドで奏でられる。ちょっと中国的なメロディー、Eギターが軽快に走る。そういえばローザの「在中国的少年」にちょっと似てた。続けて「台風の歌です」とコメントして、やはり新曲の「まっしろけ」が歌われる。そして後半セット最大の聴きものだった「回転木馬と僕と猫」重厚なイントロから夢幻の世界へいざなう彼女の声、「みんなのうた」に選ばれたのも納得の名曲だ。



 続いて登場したのは「赤い風船がついてくる」、会場は全員が手拍子で演奏に参加。間奏でEギターが鋭いフレーズを弾き、それにうりちゃんのアコーディオンが反応する。そういえば今回のライブではインストはやらなかったが、メンバー全員が高い演奏能力を持っていることをはっきり教えてもらった。今回意外な選曲だと最初は思った「8月のコラール
」だが、アルバム以上にドラムが躍動的で、そういえばオリジナルはスティールパンが印象的だったが、その不在は全く気にならない。それどころかバンド全体がグルーヴしていた。そして、これは必ずやるだろうと確信していた「夢を売る男」。観客ものりのりで手拍子をたたき、途中のラララのコーラスが一気に会場のボルテージをマックスにした。メンバー紹介が演奏中に入り、ライブの終焉が近いことをうかがわせる。

 「街中に生えている木を見ると南国に来たなと思います。以前、1月の寒い頃に宮崎から東京に来た友達がいたんですが、真冬なのにコートも着てなくてありえない格好してたけど、冬の宮崎ってあったかいんですか?」とうりちゃんから質問。「あったかい、あったかい」「コートは?」「いらないいらない。ダウンもいらない」と僕が適当なこと答えると後ろの客席から「いや、宮崎の冬結構寒い」と反論アリ。「せからしか、九州男児が細かこつ言うと、うりちゃんに笑われるばい、宮崎は年中半袖、年中アロハ、それでよか、それでよか、なあ、鉄矢」と最後は海援隊になったが、まあそういうやり取りもありラストナンバーに入っていく。そういえば、このやり取りの最中に「コート着てこなかったんじゃなくて、単に持ってなかっただけか」とボソっとつぶやく。聴きとったお客さんは笑っていた。そして始まりがあれば終わりがあるわけで、最後の曲も新曲。これだけは曲名が聞き取れず、最初「ふらふらコーポ」と聞こえて、変わったタイトルだと聴いていたが、歌を聴いているとどうも「ふらふわここ」と聴こえてしまうが分からない。次のアルバムで確かめよう。

 後半セットの終了後は当然アンコールの拍手が鳴りやまない。再度ステージに登場したうりちゃんが「今回は『ホロホロ』、『鰻』『ぼっち』を持ってきてます。良かったらお願いします。私もここ(客席を指さし)をうろうろしているので声かけてください」とアナウンス。そしてあの「マドロス横丁」を歌い始めた。うりちゃんを聴き始めたころに、20代や30代の若い人たち7,8人とよく話をする機会があり、その連中にうりちゃんを知ってるかと聞いたら、中の一人がこの曲を知ってると言ってたな。もっとも不思議な曲ですよねと言ってたので、それほど熱心なリスナーではなかったかもしれない。そして、アンコールの最後、オールザラストにAギターが印象的な「ホタル」。メンバー紹介を再度するのだが、その時にオープニングアクトのヤギナツキも紹介、温かいメッセージが会場の拍手を誘った。

 演奏がすべて終わり、一緒に聴いた二人にライブの感想を話していたら、楽屋からひょっこりうりちゃんが出てきた。これは話しかけねばの娘とばかり、「うりちゃん、通販で『ぼっち』買って持ってきたけどサイン貰える」「もちろんです」と二つ返事で答えてくれた。名前を聞かれ前回はHNでサイン貰ったから、今回は実名を告げてサインしてもらう。「うりちゃんの大ファンです。アルバム全部持ってます。聴いてます」と目がハート型になりながら話しかける。にっこり笑った彼女は手をとって握手してくれた。アコーディオンやギターを演奏しているときも細くて長い指だと思っていたが、実際触ってみると温かくて柔らかな手だった。「石神井川」と『ぼっち』の関連性も尋ねたが、最初に書いたように否定も肯定もしなかった。しかし、本当に好きなミュージシャンを前にすると、意外に話せないもんだなと再認識。盛り上がった我々三名は反省会をしようとロックバーに向かったが、それから先は今回割愛。いいライブを見たな。まだ中山うりのライブを見たことがないあなた、次回必ず見るようにね。見て損はしない。させません。

うりちゃんのサイン

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明日も忙しいから

 今日はもう寝ようと思ったけど、腹が立って腹が立ってたまらない。今の気持ちをアップしておく。


帰ってきた過去への旅路 その4 覚馬のタタリか異変が起こるもライブ当日へ

 さあ、エンジンがかかってきたぞ。話はこれからだ(と、6月1日のエントリーをアップした時は確かにそう思っていたんだ。ウソじゃない、信じてくれ、とオレは誰に言い訳しているのか。多分自分自身の良心様にだろう)。出町の王将で大衆食堂について考察を終えて、支払いを済ませて出たら周囲は暗かった。桝形通のネオンがきれいだったのと河原町今出川を東西南北に流れる車両のヘッドライトの数は、学生時代と変わらない。いや、もっと走る車の数が多くなり、学生時代の頃より通りが明るくなっていたかもしれない。午前中に大阪から京都に移動して、エイデンで修学院まで行って散策したので、体力的にはちょっとしんどかった。本当はもう少し今出川周辺をうろつきたかったが、いい加減疲れたのでいったんホテルに帰って休憩しようと考えた。出町から三条河原町までなので、タクシーで行っても良かったが、久しぶりの京都の町を眺めていたかったので市バスにするつもりだった。しかし出町柳駅を見て気持ちが変わった。昔は京福電鉄が細々と経営していた駅だったが、今は京阪がオーナーなのでここから三条まで京阪電車が走っている。この路線は学生時代にはなかったので、こっちに乗っていくことにした。修学院方面に行く出町柳駅と交差点を挟んで対角線上にも出町柳駅があり、こちらが三条まで地下を通って電車が走っているようだった。駅への階段を下りていくと、壁にやたら豪華な絵巻物のレプリカが飾ってあった。大学を6年通って中退するような無学な人間なので、絢爛豪華なのはわかるがいったい誰が描いた何という作品かさっぱりわからない。何やら雅な方たちが牛車などに乗ってデモをして、いや行進している絵だが、何なんだいったいと思いつつ階段を下りた。

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 京阪電車は軽快に走って、あっという間に三条の駅に着いた。駅を出て大橋を渡っていけばホテルなのだが、橋の交差点まで来て何気なく振り返るとブコフの看板が見えた。え、こんなところにフルモトがあったのかと戻ってみると、京阪三条の駅ビル内にブックオフ京都店が入っていた。こりゃ寄り道しない手はないと店内に入る。1階の書籍売り場をうろつくが、これと言ってほしいものはない。ケストナーの『エーミールと探偵たち』のハードカバーが比較的きれいな状態で100円(税別)で置いてあった。手に取ってパラパラ見て、そういえばこのケストナーの本や『名探偵カッレ君』なんかを読んだのは中1の頃だったよな、などと過去への旅路その中学編に突入しそうになりやめる。結局買わなかったが、いまになってみると買っておけばよかったと後悔している。本とレコード(CD)は一期一会だと、以前いせやのキーホルダーをくれた狸さんの名言を思い出す。本はめぼしいものがなかったがCDはどうだ、京都のくされ学生どもが目先の金欲しさにお宝をウリに来ていないか、え、どうだ、艱難汝を玉にすというが貧乏は人間を堕落させるぞ、お、このやろ、などと誰に対して怒っているか良く分からないが、CDのコーナーを探すが見当たらない。何、京都のブコフは本しか売らんのか、そうか、CDを売るなどというよこしまな奴はいないのか、いやそんなことはない、どこかに隠しているはずだ、さっさと出せこの野郎と再度怒りに目がくらんでいたら、2階にCDコーナーがあると案内板が出ていた。

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 ま、そりゃそうだ、本とCDがあってこそのフルモトだと一人納得しながら階段を上がった。さすがに学生の町のブコフだけに品ぞろえがいい。ロックもジャズもブルースも、それぞれコーナーに分類されて、まずまずの量を誇っている。せっかくの京都旅行だし、記念になるアルバムはないか、自主製作盤とかないかと探すが、昼間の疲れもあったのかこれだというものを見つけられない。集中力も途切れてきた。さらに、オレはわざわざ京都まで来て何が悲しゅうてブコフの店内をうろついているんだ、もう少し先に行けば三条、ちょっと下がって四条河原町は恋の町じゃないか、そうやそうや、こんな辛気臭い店は出てさっさと浮かれ街に行こうや兄ちゃん、と我が下心行動委員会は緊急動議を出している。よっしゃ、異議なしや、ダウンタウンに繰り出そうやないか、花のウィークエンドや、とブコフを飛び出し、とりあえずホテルに向かった。

 ホテルに戻り、荷物を置いて本日2度目のお風呂に入り汗を流した。できればそのままビールでも飲んで寝てしまいたかったが、数年ぶりの京都、しかも今回は三条河原町という浮かれ街のど真ん中。さらに本日は土曜日。仕事に疲れたおねいさんが寂しさ紛らわしに街に出たけど、何にもいいことがなくて寂しく通りのカップルを眺めている、などという状況に立ち会えるかもしれない。あいむ・るっきんぐ・ふぉー・あ・はーと・おぶ・さたでぃないと、ちゅうやつや。というわけで善は急げとばかり、服を着替えて街に出かけた。おっとその前にジュンク堂で購入予定だった本を買いに行ったんだっけ。昼間、目星をつけていた本をかごに入れて、他に面白そうな本はないかと探したが、時間が気になって集中できず、結局購入したのは、山口富士夫の『村八分』、木村充揮の『木村充揮自伝』(この本を出したときは憂歌団の再結成がどうなるかわからないと書いてあったが、それからすぐにドラムの島田が亡くなり再結成されたのは何とも言えない感じ)、山下洋輔の『ドファララ門』(ドバラダも面白かったが、ドファララもめちゃ面白い)、音楽関係以外で呉智英×適采収の『愚民文明の暴走』の4冊。結構な重さもありオマケにCDやDVDがついているので宅急便で送ることは昼間に決めていた。大急ぎでホテルに戻り本をしまって、宅急便のシステムを尋ねたら送るものの量に応じて段ボールがあるので気軽にフロントに声をかけてくださいと言われ一安心。四条に向けての足取りは軽かった。

 しかし、河原町通りに出て驚いたのはその人出の多さ。いや、もちろん学生時代に数多くうろついたが、その当時はたいてい誰か友人や先輩、後輩などと一緒で徒党を組んでいたからそれほど感じなかったんだろうが、たった一人で三条から四条まで歩いているとひしひしと孤独感を感じる。六曜社でコーヒーを飲んで落ち着こうかと思ったが、そんなことをしていると時間がどんどん過ぎていく。やるべきことはなかったか、そうだ、まだ京都土産を買ってなかったと思い、高島屋に向かった。四条河原町の信号が青になり、人のかたまりが南に動く。その波に乗って高島屋の入り口に行ったが、なんとなく様子がおかしい。省エネの関係だろうか、妙に照明が暗い。気にせず中に入ると、ホテルのベルボーイみたいな父つぁんが両手を広げてこういった。「お客様、当店は20時で閉店でございます。明日のご来店をお待ちしています」。なに、もう閉店か、こんなことだからデパート業界は斜陽になるんだ。コンビニを見ろ、24時間いつもニコニコ通常開店だろうが、え、うちの田舎のデパートでも夜は9時までやってるぞ。みやこのデパートだからとえばってるんと違うか、この、石投げたろか、と心の底で思ったが、最近とんと人間が丸くなったので「あ、ほんまでっか」と言って踵を返した。

 またもや四条河原町の交差点で信号が変わるのを待ち、青になったら今度は来た方とは反対に歩き出した。通り沿いにこじゃれた店舗がたくさんあり、中に入って商品を眺めるが家族関係や職場関係に買って帰るのもいまいちな感じで、早い話がわかいもん向きなので購買意欲がわかない。やはり京都に来たら、そこでしか買えない時代を感じさせるものがいいだろうと和菓子屋を探して寛永堂で黒豆茶羊羹と黒豆茶などを購入。お店には女性スタッフが一人しかおらず、僕が物色している間に別なお客さんが来て注文。僕はそのあとに注文したが、何しろたった一人で包装から支払い、さらにはお茶出しまでしているので時間がかかる。まあ慌ててもしょうがないので、出された黒豆茶を飲みながらのんびり待った。代金を払って商品を受け取ると結構かさばる。もういい加減疲れたので、寝酒とつまみをコンビニで買ってホテルに戻ることにした。ホテルに戻ってまずは荷物を宅急便で送ることにして、フロントに行った。なんとフロントのスタッフはロイクでクリビツ。いや、黒人だったのでちょっと驚いたが、流ちょうな日本語で接客し、適当な大きさの段ボールと送り状を出してくれた。部屋に戻って本と先ほど買ったお土産と、洗濯物などをビニールの袋に分けてそのまま段ボールに詰め込んだ。送り状も書いてフロントに持っていくとさっきのロイクが笑顔で受け付けた。あ、まずい、漢字読めるだろうかと心配したが、全くノープロブレム。送り先を確認し、伝票もしっかりかいて受付終了。しかし、オレが外国でもしホテルのフロントの仕事をするとしたら、彼のような応対が出来るだろうかと考えて、すぐに否定。できん、できんしそういう仕事をする可能性はゼロに等しいから考えないという結論に達した。

 部屋に戻って新聞を眺めテレビ欄を見ると『新ナニワ金融道』をやっていることが分かった。買ってきた缶チューハイを開けながら、テレビを見る。青木雄二の『ナニワ金融道』を初めて読んだときは驚いた。いや、絵の下手さ、もとい、個性的な作画もだが、題材のえげつなさと、そのあまりの生々しさにだ。しかし、お金に関する様々な人間の本音がマンガに出ていて結局全巻揃えてしまった。個人的には地上げ屋の肉欲棒太郎と大阪府警から出向で来た都沢というキャラが印象に残っている。京都のしゃれたホテルのツインルームで缶チューハイ飲みながらナニ金のTVドラマ見るのも乙なもんやんけと叫んでみてもむなしい。むなしいついでにドラマも演技上手な役者がたくさん出ているが、なんといっても主人公の灰原がSMAPの中居君なので、いまいち迫力不足。それでも、不動産契約の盲点を突いた話は面白かった。特にライバル金融会社の社長役をやったユースケ・サンタマリアの熱演は印象に残った。ところで僕はユースケ・サンタマリアと筧利夫の見分け方が良く分からない。実は少し前まで同一人物だと思っていた。筧利夫が芸名を変えたとおもっていたのだ。まあそれはどうでもいいが、やはり1日移動ばかりで疲れていたのか、テレビが終わると同時にぐっすり眠っていた。

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 翌朝は8時にセットしていたモーニングコールが鳴る前に目が覚めた。一瞬、自分がどこにいるかわからず混乱した。そもそも、ツインの部屋に何故オレはいるのだと考えて、京都のホテルにいると分かるまで数秒かかった。カーテンを開けて外を見たが、南向きの窓から見えたのは周囲のビルの屋上くらいで、殺風景この上ない。起き抜けにシャワーを浴びて、その足で朝食のバイキングに行こうとしたら、ドアの隙間に新聞が入っているのに目が入った。そういえばチェックインの時に新聞は何がいいかと聴かれ、せっかく京都に来たからと思い京都新聞を頼んでいたのだ。新聞を小脇に抱えてホテルのレストランに向かった。今日の気分は和食だったので、お味噌汁とノリと卵、そしてご飯に鮭という鉄板を選んで食事する。新聞を読みながら朝ご飯を食べていると、幸せな気分になってくる。もっとも新聞記事にはIS国の話とか、凄惨なニュースばかりで気が重かったが。今日の予定は電車で大阪に戻り、サークルの同級だったH姉さんとデューク先輩、そして後輩の鳥肌君と一緒にSoul Food Caféのライブを見ることにしていた。そうそう、そのライブに花の75年度生のThis Boyさんも合流する。しかし、なんといっても今回のツアーの目的だったPurple_Hazeさんのライブを見ることこそが、本日の一大事業。普段は食べない朝飯も二杯目はおかゆにして腹に入れて万全の態勢でホテルを出た。三条河原町のホテルから大阪まで行くのは、京阪が一番近くて便利だと思う。だと思うが、その昔、学生時代に京阪は貧乏くさいというイメージが刷り込まれていて、それも電車にテレビがついているといういかにも田舎モン的発想が嫌いで、ほとんど乗ったことはない。また京阪は遅いというイメージもあり、このあたりは多分に誤解だと思うがいったん刷り込まれた印象はなかなか消えない。結局、来た時と同じく地下鉄で京都駅に行きJRで大阪駅まで行くことにした。

地下鉄東西線_convert_20150908181127

 ホテルを出て地下鉄乗り場に歩いていくと、山本覚馬と八重が住んでいた屋敷の跡という目印があった。同志社に務めているK君に聴いたら、やはりあのテレビ番組以来その手の看板や観光名所が増えたらしい。せっかくなので写真を撮った。しかし、このことが後ほど恐ろしい祟りになるとはその時は全く考えてなかった。京都市役所前から地下鉄に乗り、途中乗り換えて京都駅に来た。あとは新快速で30分もしないで大阪に着く。H姉さんには大体の到着時間をメールしておいたら、迎えに来てくれるという。ありがたい、京都の街は全く変わっていないが、大阪は全く変わっていて地名だけ言われても合流する自信がないのだ。日曜の午前中なのに、いや日曜の午前中だからか、電車は混んでいて大阪までたちっぱなしだった。もっとも今日大阪のどこかで資格試験を受験する女子高生の団体が乗ってきて、いやそれは賑やかに話をするので退屈しなかった。あ、もちろん変な目で見ていたわけではない。これはワタクシの名誉として、いや、そりゃ多少はそういう、いえいえ、大阪府条例に違反するような、ハシシタにしばかれるような、あ、府知事だからマツイのほうか、あの辺は誤爆しても苦しゅうない。えーと、なんの話をしていたのか、そうそう電車は大勢の乗客を乗せ大阪駅に着いた。電車を降りて改札を済ませてしまうと合流が大変だと思い、その場からH姉さんにメールした。ん、送れない、もう一度メールした。やはり送れない。おかしい、ついさっきまであちこちにメール出来たのに、駅構内で電波が妨害されることがあるのだろうか。仕方ないので電話した。電話したが呼び出し音が鳴らない。何故だ、どうした、オレのiPhone。いったい何が起こったのだ。その時ふと頭に浮かんだのが山本覚馬の名前だった。ああ、オレは同志社中退なのに、偉そうに山本覚馬の写真を撮ってFBなどに軽薄にもアップした。そのことを知った山本覚馬が『ぬしは会津魂を分かっておらん、勉学を中途で投げ出すとは男子の風上にも置けん』と激怒してオレのiPhoneを動かないようにしたんじゃないか。まずい、電話番号などすべての情報はiPhoneにインプットしているのに、使えないとなると公衆電話から連絡することもできない、どうしたらいいと焦っていたら電話が鳴った。

祟りの覚馬_convert_20150908181008

 H姉さんからで、今いる場所を説明したら動かないでいれば10分以内に行けるとのことだった。ありがたかった。しかし、そのあともメール機能が使えない。エラー原因を調べていたら設定がどうのとか出てくる。いや、設定なんかいじってないぞ、どうなってるんだと、それでも通話ができたので少し安心していた。ぽんと肩をたたかれ振り向くとH姉さんがいた。何年か前に30数年ぶりに会ったがその時と印象が変わらない。極端に言うと学生時代のイメージともあまり変わっていない。久しぶりの再会を祝って立ち話をしたが、目的地のライブハウスはここから電車で少しのところだと言われ、一緒に目的地に向かう電車の乗り場に移動した。環状線に乗って福島という駅で降りた。僕は旅行用の荷物を持っていて駅を出たらコインロッカーに預けるつもりだった。改札を出てあちこち探したが見当たらない。H姉さんが駅員に尋ねたら、構内にあると言われ焦る。しかし、さすがは大阪のオバちゃん(失礼)、「コインロッカーに荷物預けるだけやからええやろ」といって構内に逆戻り。無事荷物も預けて身軽になった。そうそう、デューク先輩ももうすぐ駅に着く電話があったので、しばし待ちぼうけ。前回の旅行の時はジャニズ・ジョップリンの派手なTシャツにサングラス、手には「熱烈歓迎」のポスターを持って出迎えてくれたが、今回はいたって地味な登場。それでも3人で並んで歩くなんていうのは学生時代のコンパの時以来なので、昔の話や近況などおしゃべりしながら歩くのは楽しかった。

ライブハウス_convert_20150908181410

 時間はまだ早かったが、場所の確認をしておきたかったのと昼食がまだだったので、できればそのライブハウスで何か簡単に食べれるものがあればと思っていたが、そう甘くはなかった。目的地のライブハウスまでは駅から歩いて5分もかからなかったが、リハーサル中のため中には入れず。開場までまだ1時間近くあったので、どこかでお茶でもしようと歩いたが、あいにくの日曜日で飲食店はしまっている。少し歩いたところにコンビニがあったので、そこでコーヒーを買ってベンチで日向ぼっこしながら雑談の続き。H姉さんはお兄さんが経営する司法書士事務所の仕事をしているのだが、そこに出入りする人から僕のblogやPurple_Hazeさんのblogを知ったらしい。どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます。あなたの情報提供のおかげで30年以上音信不通だった同級生と再会できたし、今日はPurple_Hazeさんのライブも見られる。しかし、突然、H姉さんからメールが来たときは驚いたが、そのようないきさつがあったわけか。その時の世間話で笑ったのは、H姉さんの職場に若い女性が出入りしていて、その子も同志社出身ということが分かった。「え、姉さん何学部でしたん?」と聴かれ「文学部の新聞学科」と答えたら、「え、新聞学科、そんなんありまへんえ。わかったほんまは同志社ちゃうん違います」と信じてもらえなかったらしい。その彼女は社会学部社会福祉学科のご出身だとか。その話を聴いて僕とデューク先輩は、「オレたちの頃は社会福祉学科は文学部で一番偏差値が低い学科だったよな。アホの社福と言ってよくF田をからかったけど、今は福祉業界はウハウハ。もしたしたらF田は先見の明があったのかもしれん」などと聴く人が聴いたら大変失礼なことを話していた。1月の弱い太陽の光を浴びて、コンビニの前のベンチでの雑談はとりとめもなく永遠に続きそうだったが、鳥肌君の電話でライブハウスにかなり大勢集まっているので早く来ないとまずいと連絡が入った。

 急いで、来た道を引き返すと反対側から同年代の男女が複数歩いてくる。服装などからライブに行く人だと思われる。ライブハウスは地下にあるのだが、地上から地下に入る通路は既に人でいっぱいだった。鳥肌君とも合流し急いで行列に並んだ。鳥肌君は79年度生なので、74年度生だったデューク先輩や75年度生だったH姉さんとはあまり面識がない。もっとも一昨日の呑み会に鳥肌君もH姉さんも参加していたので、全くの初対面ではない。こういう時に便利なのは大学を8年行って中退した、先ほどアホの社福とからかわれたF田君の話題だ。彼の過去の行動やつい最近入手した彼の近況などを話していると場が持つ。場が持つどころか終わらない。あいつはこういうやつだったとか、こんなことをしたとか、まあ誰からも愛される性格というのは彼のような人のことだろう(大嘘)。そんなこんなで話をしていたら、Purple_Hazeさんが階段を上がってきた。今回のライブに来てくれた人たち、おそらく学生時代のバンド仲間がほとんどだろうが、そういう人たちと会話したり握手したり楽しそうだ。実は僕は彼と会うのは初めてで、一緒にいたデューク先輩も鳥肌君も初対面。面識があるのは同じゼミだったH姉さんだけ。しかし、今回の旅行でつくづく感じたのは実際に会ったことがない人もWebで写真を見たり話を読んだりしていると、既視感が出来てしまい初対面という感じがしない。最初から親しく話が出来る。ある面、初々しさがないような気もするが、それはそれでいいだろう。階段を上がってきたPurple_Hazeさんに声をかけて固く握手。「わざわざ遠いところありがとう」と言われ、気持ちが熱くなる。しかし、お客さんの列は途絶えない。時間が来て開場だと言われるが、行列が進まない。やっとの思いで会場に入ったら座席で70名入れる大きめのライブハウスなのにほとんど満杯。何とか椅子を確保して、僕たちDRACのOB連中は1列縦隊に近い形で座る。昼飯を食べていないので缶ビールがおなかにしみる。iPhoneが突然鳴り響く。This Boyさんからで、いま会場に着いたからちょっと出てこないかと誘われたが、いったん席を離れると座れなくなると思い会場で待っていると伝えた。お客さんは次々入ってくる。トイレに行くのも一大事という感じ。あとで聴いたら100人以上の来店だったらしい。

But+Holiday_convert_20150908181450.jpg

 オープニングは対バンのBut Holiday Brothers。ボーカルの雰囲気が西岡たかしに似ている。ギター2本、キーボード2台、ベース、ドラムにコーラスという結構大所帯。サウンドはめんたんぴんとかザ・バンドとかああいう乾いた感じのオリジナルだけ演奏するバンドだった。Purple_Hazeさんのバンドのギターとキーボードもメンバーに入っていて、あとの方ではボーカルも参加して大セッションという感じだった。彼らの演奏が終わり、少し休憩時間のあと、Purple_Hazeさんのバンド、Soul Food Cafeの演奏が始まった。こちらはすべてカバーでテーマは「カラオケで歌えるソウルナンバー(笑)」。いや、驚きました。Purple_Hazeさんも学生時代8.8Rock Dayでブイブイ言わせて、その後はセミプロのバンド活動をしていたが、なんの何の、いいギターを聴かせてくれました。ライブレポートを書くつもりだったけど、それはご本人の書いたものを見てもらうのが一番。ここにリンクを貼っておきます。

Soul+Food+Cafe_convert_20150908181520.jpg

 ライブもあっという間に終わり、H姉さんも鳥肌君も用があるから帰ると言ってその場を去った。ライブのあとで打ち上げするから、時間のある人は残っていてくださいとアナウンスがあったので、デューク先輩と2人残った。周りはライラックの関係者ばかりで、ちょっと居心地が悪かったが、そこに岐阜から応援にやってきたThis Boyさんが合流して話を盛り上げてくれた。僕は学生時代に彼がバイトしていた銀閣寺のサーカス&サーカスにしょっちゅう出入りしていたので、なんとなく彼のことは覚えていたが、彼は当然たくさん来る客の中の1人なので覚えていない。それでもサーカスで一緒にバイトしていたS戸君のことや、学生時代のよもやま話で大いに盛り上がった。一番受けたのはデューク中島先輩のハンドルネームの言われ。てっきり中島さんという人だと思い込んでいたらしいが、先輩のデュークは学生会館の裏側にあった喫茶店の名前から、そして中島は貧乏学生の味方、中島食堂から取ったと説明したら大うけ。僕はカメラを持っていたので、3人の写真を近くの人にお願いした。そうしている間にPurple_Hazeさんが加わった。演奏直後で、しかも今日の最終の飛行機で東京に帰るというハードスケジュールのせいか、疲れていたがしばし話の輪が広がる。よく考えたら花の75年度生の初めての合流である。その全員とバンドのギターを弾いていた黒川さんも一緒に写真を撮った。撮ってくれたのはBut Holiday Brothersで買ったばかりのギターを弾いていたおねいさんだった。Purple_Hazeさんが帰ってしまい、This Boyさんも本人の連れのグループに合流してしまい、またデューク先輩と二人だけになった。そうそう、Soul Food Caféのキーボードを弾いていたJやんが話しかけてくれたこともあったが、もう周囲に知った人はいなかったのでライブハウスを出た。実はこの時にN部君も来ていたらしいが、残念ながら分からなかった。後日のFBで、「えー、いたんや、なんや会いたかったな」的な会話をしたがイッツ・トゥ-・レイト。

 淀屋橋のホテルに荷物を置き、晩飯をデューク先輩と一緒に焼き鳥屋に行った。デューク先輩はお酒を飲まないのだが、同郷の後輩が来たということで日曜の夜わざわざ時間を作ってくれたのだ。積もる話はたくさんあるのだが、二人だけになって、しかも明日は帰ることになっているので気分はあまり盛り上がらず、お互いの近況や共通の知人の話などを淡々とした。また近いうちに関西に来ます、その時は必ずF田も入れて一緒に盛り上がりましょうと約束して一人ホテルに帰った。ホテルに帰り、シャワーを浴びてテレビのスイッチをつけたら、『鎌田行進曲』をやっていた。学生時代夢中で読んだつかこうへいの作品だ。ああ、今回の旅も終わったなとなんとなく思った。

9月になったら夏も終わり、などと柄にもなく(笑)

 リクエストなど無いだろうと思っていたが、意外や意外、大宰府在住の畏友燐さんから、うりちゃんの話の続きをあてにせず待っていますというお返事をいただいた。普段のワタクシの行動や言動を見ていると、こいつはあてにならん、特に必ずやります、続きを書きますなどというときほどあてにならない、と思われていることは必定であるが、そして、『帰ってきた過去への旅路』も中断して長いが、必ず続きをアップします、とどさくさまぎれに言い訳しながら、9月のうりちゃんのライブを楽しみに今度はファーストサイドの曲について一言二言。

1. マドロス横丁
 タイトルを始めて見たときは、カルメン・マキの港町シリーズ(笑)を連想した。ちなみに港町シリーズとは「かもめ」「アフリカの月」「にぎわい」の3曲である。PVはモノクロで昔の無国籍日活映画風に仕上げているが、曲もそれ風な感じ。マイナーなメロディーから転調していくところが気に入ってます。歌詞も港の酒場の女と客という設定で、まいったなぁ、上手いなぁと思ったのは「今度はいつまた会えるのかしら、野良犬があくびしてる」の部分である。女性のいる酒場で客と毎回同じ言葉をやり取りしているんだろう、野良犬さえあくびするようなマンネリのセリフ。最初聴いたときは、中島らもの『今夜すべてのバーで』を思い出してしまった。

2. つぎの駅はパラダイス
 サードアルバム『ケセラ Que Sera』のオープニングナンバー。軽快なスカのリズムとアコーディオンの絡みが聴きどころ。余談だが、歌詞の中に「汗かきべそかき 迷った」という箇所があるのだが、長年のパンタファンとしては「汗かきべそかき」とくれば「ブギウギ」(by 「ロックもどき」)と歌ってしまう。パブロフの犬である。この曲も最初はマイナーで始まり、途中からメジャーに転調し一気に盛り上げる。彼女のツアーを収録したDVDがあり、そこではブラスセクションと一緒に演奏していて、この楽曲の持つ力強さを十二分に堪能できた。『勝手にしやがれ』あたりが演奏しても面白いかもしれない。ちょうとYOU TUBEにその動画があったので貼っておく。



3. 黒猫・白猫
 中山うりの猫好きは有名だが、この「黒猫・白猫」は彼女には珍しく歌の無いインストナンバー。ジプシー・バイオリンが先導するメロディーをアコーディオンが追いかけていく。あ、今はジプシーとか言うたらあかんのか。ロバ、違ったロマというのか。ということはシェールのヒット曲は「悲しきジプシー」ではなく、今は「悲しきロマ」と言い換えないといけないのか。「悲しきロマ」ってまるで「間抜けなロバ」並みにアホっぽいタイトルだ。おっと脱線したが、中間部でホーンセクションが曲を盛り上げ、再度アコーディオンとバイオリンがメロディーを奏でてエンディング。

4. カーニバルの午後
 短調の曲が続いたが、ここで明るい中山うりの世界を1曲。カーニバルとかサンバとか、ラテン系のお祭りをよく歌の題材にしている彼女であるが、ここでは日常の暮らしからお祭りに向かう楽しさが歌われている。間奏のパーカッションとホーンセクションはニュー・オーリンズのマルディグラをイメージさせる。歌と演奏の見事なコンビネーション。ま、これは彼女の楽曲のほとんどに共通する特徴ではあるが。またこの楽曲は初期の彼女のお気に入りみたいで、ミニアルバム『夏祭り鮮やかに』とオリジナルサードアルバムの『ケセラ Que Sera』、そしてDVDにも収録されている。確かに歌も演奏も楽しそうで、ライブでやっても盛り上がること間違いなしの鉄板楽曲なんだな。

5. Viva Viva
 カバー作品を集めた『セブンカラーズ』の次に出されたアルバム『Viva』のアルバム・タイトル曲と言ってもいいのかな。自分で選んでいて今更だが、この曲はファーストサイドというよりミディアムサイドの曲集に入れるべきだったかもしれん。彼女のアルバムはこの次の『ホロホロ』とその次の『鰻』、さらには初めてのギターアルバム『ぼっち』と立て続けに名作が続いたので、このアルバム『Viva』の印象が少し薄れていて、それでも歌詞のミドルの部分、♪ビバビーバから明るく転調するところがすごくアップテンポな曲だと思い込んでいたが、いま聴き直すと実にしみじみしてしまう。もちろん、いい歌であることには違いはない。

6. まさかさかさか
 先日、『ブラタモリ』を見終わって、さてチャンネル変えるかとテレビの画面を見たら、突然この曲がかかってきて驚いた。まさに「まさかさかさか」であった。どうも某国営放送の番組のテーマ曲に採用されているようだ。初期の「早起きラジオ」や「雨晴れ曇り」なんかと同じような小世界を歌っている。生活の中のちょっとした焦りや粗忽が題材かな。中山うりの言語感覚は鋭いものがあって、これは僕だけの間奏感想かもしれないが、あの偉大なる忌野清志郎に共通するところがある。清志郎もごく普通の言葉を反復することで、その言葉の持つ意味を解体し全く異なる世界観を提示することがあるが、それと似ているんだよね。RCのアルバム『OK』に収録されている「うんざり」とこの「まさかさかさか」の言葉遊びの感じは似ているとあえて断言する(ここ梶原一騎風に)。

7. コバルトブルー
 今度は一転して、まるでユーミンが作りそうな軽快な曲。アルバム『ホロホロ』に収められている曲だが、あのアルバムの1曲目の「ホタル」の重さ暗さを一気に吹き飛ばす明るいナンバー。彼女の伸びやかな声とバックの軽いサウンドが非常にマッチしているし、アレンジもいいな。そういえば演奏の感じは、まるで『ミスリム』の頃のティン・パン・アレイぽいのも、ちょっと笑える。そういえば、このアルバムからうりちゃんのアコーディオンがミニタイプのシャレオツなものに変わった。アルバムの中のスナップに、その小さいアコーディオンを持った彼女が写っている。

8. ガパオNo.5
 中山うりのセールスポイントは、彼女のミラクルボイスにあることは間違いない。が、しかし、数少ないインストゥルメンタルの楽曲もいい曲、いい演奏が多い。そう、中山うりはシンガーであり、同時に卓越した演奏家でもあるのだ。この曲は、「マンボNo.5」
を意識しているのか、良く分からん。本人のコメントに「昨年はなぜかタイ料理のガパオにはまり、このタイトルしか思いつきませんでした。」とあるので全然関係ないかもしれない。名盤『鰻』に収録されている作品だが、このアルバムはスティールパンが実に効果的に印象的に使われている。この演奏でもその雰囲気は味わえると思う。

9. 夢を売る男
 彼女のオリジナルではなく、他人の作品を歌っているが完璧に自分の色に染めている。まず曲のタイトルがいい。歌詞の内容は何だか良く分からないが、それこそ夢を見ているようなストーリー。しかし最初に聴いたときに「レディオ体操」ってのには、ちょっと驚いた。まるで喫茶店でトマトジュースを注文するのにトメィトゥジュースというようなものか。こういう英語風な言い方がいまどき風なのかは良く分からない。とにかく良く分からないが明るくて楽しい歌であることは間違いない。歌詞の中にある「無くした自分のサムシング」のところはエド・はるみのネタを思い出した。そういえば、エド・はるみもナックもいったいどこに行ったのだろう。マーイ・シャローナ!!



10. カリオカの夜
 あれ、この曲もスキャットとインストゥルメンタルだ。ブラジル音楽のショーロの代表曲の一つで、ジャコー・ド・バンドリンの作曲。ブラジルのジャズと呼ばれるショーロだが、何故彼女はこんな曲を知っているのか。まあ、高田渡の「生活の柄」や添田唖蝉坊の「お前とならば何処までも」などという古い歌を堂々とアルバムに入れる彼女だけに、音楽の懐は深いんだろう。ま、スタイルとしての古さや新しさよりも大事なのは独創性、いわゆるオリジナリティだと思うが、中山うりの音楽は最新のものから超古典のものまで間口が広い。もっともそれが気に入って聴きこむようになったともいえる。



11. トロントさん
 名盤『鰻』の名曲でラストナンバーである「石神井川であいましょう」の前に歌われるのが、このトロントさん。最新作の『ぼっち』ではアコギ一本で歌われて、全く別の曲みたいに聴こえるが、オリジナルはこういう風に軽快な、そして賑やかな楽曲。本人の解説によると「誰にアピールするわけでもなく、とんでもなく天使のように優しい人」は、トロン、とした優しい目でぼーっとして」いたそうです。そういう人を彼女はトロントさんと呼びようになったそうです。「目をこらせば、耳すませば、トロントさんはすぐ隣にいるのかもしれません。」うーん。僕は学生時代にトロツキストと呼ばれたことがあるが、それとは全然関係ないみたいだな。

 などと、勝手なことをほざきつつスローサイドからファーストサイドまで計21曲を選んでみた。大体、彼女のこれまで発表した作品からバランスよく選んだつもりだが、よく見るとセカンドアルバムの『エトランゼ』からは1曲も選んでいない。そうなのだ、実はこのアルバムだけまだ購入していない。でもいいんです、このアルバムはライブ当日に買って、うりちゃんのサインを貰うと固く心に決めているのだ。ま、実は『鰻』にサインはもらっているけど、今度は直接、じかにもらうのだ。ああ楽しみだ。

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