梅雨明けの週末



台風も、ほとんど影響無く過ぎて、梅雨も明けたので自転車に乗ってベルを鳴らし、隣の街まで昼飯を食べに来た。この間は彼女とランチデートだったが、本日はシングルランチである。したがって、ラーメンなのだ。付け合わせのモヤシのナムルとやや漬かり過ぎた感のあるぬか漬けを食べていると、ラーメンの丼が来た。一気呵成に食べたら、汗だくになった。

こりゃ暑い、どこかで涼もうとアートセンターに向かったら、制服姿のおっさんが二人、何やら話しながら作業している。何だ何だと見ると自転車にいえろカードを貼っている。以前から、街中の放置自転車は問題で、その取り締まりにボランティアだか、臨時だかスタッフが巡回しているのは知っていた。正確に言うと、自分のチャリにも貼られたことがある。

道交法が変わったので、罰金がつくとマズイと方向転換。しかし、ラブリーリタなら、切符切られても良いが、ダンカイ世代のおっさんに切符を切られることは御免被る。そうこうしているうちに、トイレに行きたくなり、ファッションビルの共同トイレに乱入。用を済まして個室を出ようとしたら、隅に傘が置いてあった。忘れ物だ。しかし、昨日も晴れていたから、このかさの持ち主は少なくとも、2日以上は傘なし生活を送っているぞ、ワトソン。などと、ホームズを気取るが、トイレの一人芝居は、後から来た人に、不審がられるので、やめたほうがいい。




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くたばってもいい、死んでもいいってのは歌詞だけだ

 昼休みにいつものように、iPhoneでFBを見ていたらパンタのシェアした記事に、大塚まさじと石やんの笑顔の写真がアップされていた。へー、パンタが珍しいなと思ってコメント読んだら、なんと2月から入院していた石田長生が亡くなったと書いてあった。ウソだろ、何かの間違いだろうとFBやネットのニュース記事をあちこち見ているうちに、それは事実であることを理解した。いつも笑顔で冗談ばかり言ってる石やんだったので、どうにも信じられないし、信じたくもない。家に帰って、以前書いたBAHOの宮崎ライブのエントリーを見て、またもやびっくり。そのライブは2008年7月9日。丁度、7年前の今時分だったことが分かった。今日は、新しくエントリーを書く気にならないので、以前アップしたBAHOの話を連続でアップする。タイトルは「世界のチャー、地域の石やん」である。合掌。

 その1

 長らくのご無沙汰でした。といっても先週の日曜から丁度1週間なのだが、ちょっと気持ちが滅入っていてずっとブログの更新をしてなかった。というより、家に帰ってからPCを立ち上げることはせずに、食事をしてお風呂に入ったらもう何もする気が起こらず、寝しなに文庫本をつらつら読んでそのまま寝てしまうという日が続いた。何となく、このままネットの世界とはおさらばしてしまうほうがいいような気がしていたのだ。一体どうしてそのような気持ちになったのかよく分からない。全てに嫌気がさしていたというか、ノーバディ・ラブズ・ユーというフレーズがずっと頭の中に引っかかっていたのだ。そんなブルーでアウトな日々が続いたが、それでもBAHOのライブを見て随分気が楽になった。今日はその話を書いていこう。

 「Amano Jack」などというアルバムを出すチャーのことだから、このライブもアンコールから書いても違和感はないだろう。おっとその前に今回のライブに行くことになったいきさつを、まずは。月一ライブの会のY尾君に連絡したのは何時だったか。前回の某カルテットのライブが随分つまらなかったので、今度ははずれの無いライブをみたいという共通の目標があった。さらに、このところずっとジャズ系のライブばかりで、オイヲイ僕はあの栄光あるDRACのロック班のリーダーだったではないか、ミニコミをやっているときは自称若手ロック評論家だったではないか、時にはロックが聞きたいという願望もあった。そんなときに地元ローカルFM局の開局記念でBAHOのライブがあるという情報が入った。BAHOといえばチャーと石やんのギターユニット、ビデオやCDで何度も見たり聞いたりしているがあの職人芸のような歌と演奏が聞けるのはこりゃラッキーだと、Y尾君に電話してチケット押さえておくように電話したのは、思い出した6月の後半だ。

 それからいろいろあって、ライブが7月9日ということも分かり場所も宮崎県立芸術劇場というまだ出来て新しい建物だがかなり立派なハコであることも分かった。Y尾君にそのことを連絡すると何と彼は出張でその日は無理だという。それじゃS君でも誘おうかと連絡したが、彼も忙しいようで返事が来ない。ナニゲニ家でそのことを喋ったら配偶者の目の色が変わった。「私も行く」などと言い出した。面倒なのでシカトしていたが、いよいよライブも近づいてきて、一人で行くのもナニなので一応2枚チケットを買って一緒に行くことにした。

 6時半開場だったので6時過ぎにホールに来てみたら、既に行列が出来ていた。2列並んでいて一列は30人くらい、もう一列は100人以上並んでいただろうか。当然少ない30人くらいのほうに並んだが、スタッフからその列はファンクラブしか並んではいけないといわれしぶしぶ長い行列の後ろについた。しかし、ここのホールは1000人は楽に入るのだが、それにしては人は少ないのでは無いか。6時半を5分ほど回ってようやく開場した。全席自由なので急いで前から10列目くらいの席を確保した。しかし、1000人規模のホールにざっと300人いるかいないかである。配偶者は「これではチャーに失礼だ」と怒りまくっている。僕は「これくらいだったらライブハウスでもいいけど、でも…」といいかけた。「でも何よ」といわれたので「いやこの前見た映画の、『実録連合赤軍』の10倍以上入っているのは流石、などと思ったのだ」と答えたら、比べるほうがおかしいと怒られた。何故だろう。

 まあ、そんなことを書き始めるときりがないので早速アンコールに行く

 手を叩いた、全力で叩いた。300人くらいの客全員が一つになってアンコールを求めた。5分ほど叩き続けただろうか。いい加減手が痛くなった頃、チャーと石やんがラフなTシャツ姿で現れた。「何やろうか、何も考えてなかったんだよな」「楽譜めくったら『ホワイト・ルーム』とかあったけど、ちょっとな」「それじゃこれやろうか」といって始まった曲は「All around me」。今回のライブで是非聴きたかった曲だ。初期BAHOの重要なレパートリーだ。チャーの作るバラードはジツに心にしみる。”high above me”のフレーズを一緒に口ずさんだ。そしてアンコール2曲目は「雨が降っても晴れるや」などともうまさしく典型的なオヤジギャグなのだがチャーがいうとカッコイイといわれるのは何故だ。僕はここにシホン主義の矛盾を感じる。余談だがあるとき家族でテレビを見ていたときにチャーが出ていたので「チャー、お父さんと1つ違いやっちゃが」と宮崎弁で子供に話したら「ハン」とか「ヘン」とか鼻の先で笑われた。意味が分からん。

 で、アンコールの2曲目は「Hallelujah I Love Her So」。レイ・チャールズでおなじみのナンバーだが僕にとっては、ハンブル・パイの「ロッキン・ザ・フィルモア」の真っ黒なジャケットをイメージさせる。いやー、ピーター・フランプトンがスティーブ・マリオネットが若い、熱い。いいアルバムのいい演奏だったなぁ、などと遠い目をしていたら早くもアンコール3曲目。今度は皆で歌える歌をやろうということで選んだのが「上を向いて歩こう」。シングアウトなどという言葉を思い出すようなステージと客席が一体になった歌声。などと書くとちょっとセンチだが、いやいやそこはひねくれもののBAHOのこと。「照明もっと暗くしろよ、宮崎の人は皆シャイなんだから。ほらお互いに顔を見合って歌ったか歌ってないか確かめてるだろ」などといって照明は暗くなりジツに客の反応、性格を見抜いたパフォーマンスでした。最後の「ひとーりぼっちの夜」のところはハモらせたり、まあ楽しませてもらいました。

 しかし、その延々と続いた「上を向いて歩こう」のエンディングでいきなりチャーのギターがあるリフを引き始めた。チャッ、チャッ、チャッ、チャチャ、あれ、これはもしかしたら「SMOKY」?もしかしないでも「SMOKY」。ギター弾きながらチャーがヒトコト「みんな立ってもいいよ」その言葉が終わるか終わらないかのうちに全員総立ち。僕も久しぶりに立ち上がりました。しかし、アコギ2本の音じゃないよ。ドラムのハイハットまで聞こえたよ。凄い演奏だった。と、ここまで書くのがやっとです。たかが1週間エントリーを書かなかったくらいで、こんなにダメになってるとは思いませんでした。この続きは明日(正確には今日)ちゃんと書きます。タイトルの意味も。



 その2

 どうにも気分が晴れない。毎日嫌になるくらいの青い空と真っ赤な太陽を見ているが、気持ちが少しも晴れないのだ。一つには梅雨明けとともに一気に夏が来て、そのあまりの温度差や日差しの強さなどに体がついていかず、それに伴って気持ちも晴れないのだと勝手に判断している。とにかく眠い。いくら寝ても寝たりないのだ。この前の日曜日はBAHOのライブの話をきちんと書くつもりでいたのだが、晩御飯を食べてシャワーを浴びて布団にちょっと横になったのが19時30分。気がついたら寝ていた。気がついたら寝ていたというのはおかしな表現だが、はっと気がついたら2時間ほど熟睡していた。そこで起きてPCに向かおうと思ったが、寝汗をかいていたのでまたシャワーを浴びた。上がってから扇風機に当たっていたら寝てしまった。次に目が覚めたのは深夜零時を回っていた。もう起きる気もせずそのまま寝てしまった。一体どうしたんだ、オレは。退化してしまったのか。Q.Are We not Men? A.We are Devo.

 というわけで、今日はこの前書けなかったBAHOの宮崎ライブの印象を書いていく。6時過ぎに県立芸術劇場に着いたことは前に書いた。行列が2組出来ており30人ほどの行列がファンクラブの優先シート、長い列が一般客であった。見渡すとお客の年齢層が高い。平均40は軽くオーバーしていた。つまり、オジサンとオバサンばっかりだ。勿論僕達も立派なオジサンとオバサンなので一切異議はないが、なにせ横にいるのが配偶者なので、恒例のウィンドウショッピングというか、目の保養というか、キレイなオネーチャン物色は出来なかった。いや、ちらちらとあたりを見渡したのだが、「ジャズ喫茶における謎の美少女の存在」はここではなかった。もっともなかには、20年前にお会いしていればもしかしたらという方もいたが、所詮は仮定の話である。仮定法過去というやつか。

 時間が来てホールに入ると、やはりいつものライブハウスとは趣が違う。第一天井がやたら高い。座席も非常にしっかりしている。二階席もある。あるが、全く空席である。いやそれどころか、1階の席も中央付近で通路で分断されているが、前の方にしか人がいない。はっきりいうと客が少ないのだ。これは十分予想された。BAHOのライブを知ったのは6月の比較的早い時期だったと思う。地元のFM局の開局10周年記念で招いたというか九州ツアー中のBAHOに上手くブッキングできたのだろう。しかし告知というか宣伝というか、いわゆる情宣が全く下手というか出来てなかった。ライブの前の週の新聞の格安広告コーナーにこのライブの記事が出ていたときは大丈夫かと思った。更に、ライブの前日にローソンの無人機の前でタッチパネルを触っていたら、しっかり2人分のチケットが出てきた(これはオレね。あの無人機の検索の仕方が良く分からず随分時間がかかった)時は、こりゃ下手すると客の入りが悪すぎるからという理由で中止になるんじゃないかと心配した。このあたりイベンターの皆さん是非考えてください。

 開演時間を5分ほど過ぎて2人は出てきた。両手を振りながら。背が高いしスリムだ。50過ぎてもアレだけやせていればモテルだろうなどと考えた。アナウンスなしで席についていきなり演奏始めたのは「BLACK SHOES」だ。リズムマシーンの音とチャーのギター、そして石やんのリードの音。チャーのボーカルはレコードやCD以上に太くて張りがある。僕は隣の配偶者に「このまま『気絶するほど悩ましい』につないでいくぞ」と話しかけた。予想通り「かがみのまえでくちべにをぬりながら~」とチャーが歌い始めた。スモークをたいていたのか、煙がステージからあふれてくる。照明も流石にプロがやっていて視覚的にもインパクトがある。ほとんどコメントなしで3曲ほど演奏した。チャーはリズムをキープして石やんがリードを弾くパターンが続いた。

 このまま黙々と演奏をするのかと思ったがそこはこのBAHOの演奏を「芸能」と言い切るチャーのこと、やはりMCは始まった。始まったら今度は終わらない。宮崎は5年ぶりだとか知事が変わってライブの動員数が減ったとか、地元ネタを入れながら客を沸かす。雑談の中で野球ネタがあり、実はチャーも草野球チームを持っていて(チーム名は「SMOKY」、こだわる人だ)、以前は良くたけし軍団や漫画家の水島新二のチームと試合をしていたそうだ。そのときに今の宮崎県知事も代走で出ていたはずだが、それほど印象に残らなかったなどといっていた。そのときの野球チームで双子の漫才師で浪商出身のやつがいて、その名前が出てこない、誰か知らない、などと客に振ったが誰も分からない。相方の石やんもこの話は終りにしようというが、チャーはどうしても思い出せず悔しがってる。そのときに突然後ろの席から「ポップコーン」という声が飛んで、チャーもようやく大納得。あまりの嬉しさに「オレの代わりに演奏してよ、オレは喋っとくから」などとギャグをかます。

 そんな漫才みたいな掛け合いをしながら、お互いのギターに影響を与えたベンチャーズのメドレーに入った。勿論、途中で「ちいさい秋見つけた」のコーラスは入る。ちなみにこの「ちいさい秋」を他人に歌わせると10人中8人はいきなり「ちいさいあき、ちいさいあき、ちいさいあきみーつけた」と入ってしまうので、もう一度今度はキーを落として「ちいさいあき、ちいさいあき、ちいさいあきみーつけた」と歌う羽目になる。意外に「だーれかさんが、だーれかさんが」と入らないものだ。で、このベンチャーズメドレー、間にスプートニクスや高校3年生やとにかくジャンルを問わないさまざまな歌(曲)のフレーズが入る。いや~、笑わしよるな。

 ところで、途中でチャーと石やんの紹介があり、生粋の江戸っ子のチャーと浪速生まれの浪速育ちの石やんが出会ったきっかけは当然音楽であり、ギターなのだがチャーに言わせると「生まれも育ちも全くばらばらで何も共通点が無い、唯一つ共通するのはギターが趣味だということ」。この言葉は頭に響いた。そうか、ギターが仕事じゃないんだ。ギターが趣味、ギターが好きでたまらないんだ。だからこんな誰も考え付かない、誰もが弾こうと考えないようなノンジャンルの演奏が出来るんだ、と妙に納得した。

 この後の聞き所としてはHARD ROCK JAZZというのがあった。ジャズの香りのする、ダウントゥアースな石やんのギターにブリティッシュ・ハード・ロックの洗礼を受けたチャーのギターが絡む演奏だとの前振りがあって、弾き出したのは「ハイウェイ・スター」。勿論パープルの代表曲、アルバム『マシンヘッド』のオープニングナンバーだ。これを石やん物凄くジャジーに弾き歌う、そこへチャー・ブラックモアのギターが絡む。曲はいつの間にかジミ・ヘンの「フォクシー・レディ」に変わっている。そうするうちに「あ、あ、あ、あー。あ、あ、あー、あ」。おいおいゼップの「移民の歌」だぜ。「胸いっぱいの愛を」になっちまった。ええええ、ラストは二人でリッチー・ブラックモアの早弾きをユニゾンで聞かせる。発狂しそうなくらい楽しい。ざっと20分以上はやっていただろうか。最後にチャーが「今の演奏にハード・ロックの曲が7,8曲入ってましたが、全部知ってるのは」。うんうん。オレ当然全部知ってたぜ。こう見えても元ロック班リーダー、元若手ロック評論家、などと心の中で叫んでいたら、「えー、全部知ってる人はオジサンです」。

 熱い演奏が続いたので、今度は一転してビートルズのバラードをインストで決めた。「Here There And Everywhere」だ。アコースティック・ギターの音が沁みこむ。石やんの最後の音が鳴り止んだそのときにチャーが別な曲を弾き始めた。もう1曲バラードでクラプトンの「Wonderful Tonight」だ。にくいセンスだ。お客さんは少なかったが、見に来ている人全員がチャーをBAHOを好きで聞き込んでる人が多かった。人数は少なかったがいいライブだったのではないだろうか。コンサート最後の「Happiness」は全員で歌い手を叩き演奏に参加した。

 チャーもスモーキー・メディスンでデビューしてから、はや30年以上。その間に歌謡曲路線で人気を沸かせてこともあったし、江戸屋レーベルなどインディーズの走りみたいなことをやったり、ムスタングをバリバリ弾きまくったりと随分勝手気ままにやってきたようなイメージがあるが、実は歌謡曲時代にある事件を起こしてしまい袋叩きにあった時期がある。本人ももうこれ以上ミュージシャンでやっていくことは出来ないと覚悟した時期もあったのだ。そのときに救いの手を伸ばしたのが我らがカルメン・マキさんなのだ。当時非難ごうごうだった(要するに典型的な俗物的反応ってやつです。水に落ちた犬は叩けってね)チャーを自身のツアーのサポートギタリストとして採用。チャーにもう一度ロックをやる環境を作ってくれたのだ。このことに関してチャー自身も深く感謝したコメントをあちこちに残している。マキさんはこの手のことを決して自慢する人ではないが、この事件というか事実はもっと多くの人に知られてもいい。ロックの美談だなどというとマキさんに怒られそうだが…。

 チャーのことばかり書いてしまったが、石やんのギターとボーカルも渋かった。皆さん知ってますか?あの大塚まさじのデビューアルバムのプロデュースをして、「アフリカの月」や「天王寺思い出通り」でいぶし銀のギター弾いてたのが石やんでっせ。そうそう、先日のブログタイトルの世界のチャー、地域の石やんというフレーズはこのときのライブで二人が言い始めたことなのだ。ギタースタイル見ていて(聞いていて)、なるほどなと納得したのは僕だけではないと思う。2回に分けて書いたのでちょっと分かりにくいかも知れないがとにかく楽しく熱気のあるいいライブでした。たっぷり2時間以上楽しめました。コンサート終了後物販コーナーで配偶者はBAHOのTシャツを購入。僕はスモ-キー・メディスンのロゴが入ったエコバッグを買って平和な気持ちで帰途に着きました。

 さあ、今週末は宮里陽太のライブだ。こちらも大いに期待しよう。



歴史から学ぶことは大事だが



以前、書店のポップを見て坂田明と間違えた安部龍太郎と、こちらは有名な半藤一利の本を続けて読んだ。うさんくささ満点の『明治維新』が、いかに薩長によるデッチ上げだったか、非常に納得できる本だった。あの敬天愛人のオッチャンも、世界の海援隊を目指していた威勢のいいアンちゃんも、何だ、裏では姑息なことをやりたい放題やっていたんだな、と考えさせられる2冊だった。

我が祖国の歴史は、明治で歪められたし、さらにいうと関ヶ原で徳川が豊臣から権力を簒奪したときからいびつになっていたのかと、柄にもない事まで考えてみた。そして、今日は図書館に行き借りて来たのは、太田龍の『長州の天皇征伐』と、落合莞爾の『京都ウラ天皇と薩長新政府の暗闘』である。どちらも、成甲書房の本、いよいよ陰謀史観にハマりかけている(笑)。でも、楽なんだよね、いわゆる陰謀史観って。思考放棄して、そうか、そうだったのか、オレは騙されていたのか、などと錯覚出来るし(笑)。

しかしながら、こんな本でも読んで憂さ晴らししないと、長州出身の腹痛男の好き勝手な発言に怒り心頭の日が続き、身体に良くない、あ、このエントリーが一部の人達の気分を害したとすれば申し訳ない。などと、謝罪するにも、いちいち留保つけるし、最終的な責任は私にある、などと言いながら責任取る気はサラサラない最高権力者の国に住んでるからシャーない。





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