その昔、犬はカメと呼ばれていた。いや、ホントの話

本

 いやはや何とも、月日の経つのは早いもので、気が付いたら9月も終わりである。9月といえば、大学時代の同級生で、遠く堺は泉北ニュータウン在住のF田君が先輩のA水さんとの電話の中で、「9月には九州に行きますわ~。その時はdrac-obに電話して大いに旧交を温めますわ、わははは」というような発言があったらしいが、相変わらずの千三つ男、お~い、F田君、もう9月も終わるけど、まだ電話がないぞ。などと文句を言うと、「それどころやなかったんや、お前知らんやろ。今、大阪は大変なんや」みたいな返事が来て、延々とウソか真が分からない話をしてくれる、楽しいF田君の話はまた今度する。今度っていつだよ、などと突っ込まないでほしい。今度は今度だ。”Till the next time we say Goodbye”とストーンズも歌ってるではないか。

 この間、何をしていたかと言われると、別段何もしていない。しいて言えば仕事をしていたし、毎日ちゃんと食事もした。睡眠もとった。週末は「うちのハイボールは角だから」とつぶやきながら、また何故あのハイボールのCMは菅野美穂ちゃんから井川遥様に変わったのか、まあ、どっちも好きだからいいんだけどとも考えながら角瓶と炭酸水とグリーンレモンを欠かさず買って、呑んでいた。ただ、それだけだったか、いや、7月、8月はライブに結構行ったが、9月はゼロである。ナッシングである。”Nothing is real”である(先ほどはストーンズを出したので、ここはバランス上ズートルビーに出てもらった)。ライブに行く代わりに、CDは結構買った。タワレコの閉店セールで買ったのをはじめ、アマゾンで陽太のソロと信実美穂の新作も買った。フルモトで中古のCDも買った。そして、そのほかは本を読んでいたのだ。くだらないエッセイや小説、ルポなんかを手当たり次第に読んでいたのだが、一番はまったのは『犬たちの明治維新~ポチの誕生』という本だった。

 この本は、あちこちの書評、週刊誌や新聞で取り上げられたので、すでにご存じの方も多いと思うが、まあびっくりするような話がたくさんあった。まず第一に明治時代になるまで我がポンニチには飼い犬というものは存在しなかった、という事実だ。いや、正確にいうと大名や有力な武士の中には手飼いの犬というのがいて、それがまあ飼い犬といえば飼い犬であった。そうそう、「飼い犬に手をかまれる」という諺があるが、あれは正しくは「手飼いの犬に手をかまれる」が正しいらしい。「手飼いの犬」に飼い主が「手」をかまれるのだから、余計に可笑しい。皮肉が強烈である。こういう犬に関するものの言い方の本当の意味を教えてくれたのもこの本の良さである。余談ついでにもう一つ例を挙げると「犬も歩けば棒に当たる」というのは今では、犬のようなつまらない動物でも、あちこち動いていればいいことがあるというようなプラス思考の意味もあるようだが、本来は「犬も出歩けば棒で殴られる。無駄なことはしないで、じっとしているほうがいい」という意味らしい。この本にはその後に続けて「犬が棒で殴られない時代になると、諺の意味まで分からなくなる」とバッサリ切っている。

 ではどうして、明治時代より前の犬は棒で殴られていたのか。先ほど、明治以前には飼い犬は存在しないと書いたが、もちろんどんな町や村にも犬はいた。しかしながら、それは誰か特定の人間が飼っている犬ではなく、その町や村、地域共同体全体で飼っている町犬、村犬、里犬という存在だったらしい。つまり特定の地域に何頭か何十頭かの犬がいて、その集落で餌をもらったり、雨をよけられる軒先や床下に寝泊まりさせてもらう代わりに、不審者が来たら吠える。集団で付きまとって、自分たちのテリトリーの外に出るまで監視する。そういう働きをするおかげで食事と住む場所を地域の人たちから与えられていた。そういうギブアンドテイクの関係もあったが、そもそも犬という動物は珍しいものを見ると吠える。これは僕が言ったわけではなく、ペリーが浦賀に来た翌年にロシアの極東艦隊司令官と通商の交渉をした川路聖謨が言った言葉である、その言葉通り、メリケンの船の乗ろうとした吉田松陰を吠えて計画を挫折させたこともあるし、下田や横浜を我が物顔で闊歩していた米英露人なども次々に吠えられたのだ。挙句には紅毛碧眼人が街を歩くときは常に棒を持っていて、吠える犬を叩いていた。したがって「犬も歩けば棒に当たる」わけである。

 などという話を、いろいろな文献、新聞、ありとあらゆるデータに当たって書いている。しかし、一番驚いたのは、明治時代は犬(洋犬)のことを「カメ」と呼んでいたという話だった。え、犬=亀ってどういうことだよと読んでいくと、明治前後の時代、極東にある我がポンニチに海外からやってくるのに、当時はジェットは飛んでいないので船でやってくるわけだが、その船も今のような強力なエンジンを積んでいるわけではなく、ある意味風任せ運任せの長距離移動。その移動のさみしさに外国人はペットの犬を連れてきていた、その犬、我がポンニチに昔からいた犬とは別人28号であるが、その飼い犬を呼ぶのに”Come here“とか”Come on”というのを当時の人たちは「カメや」と聞き間違えて、外国人は犬のことをカメと呼ぶという話が流布していったらしい。うーん、そうすると、あの日本のセックス・ピストルズと呼ばれた、町田町蔵が率いたパンクバンドはもしかしたKAMEと名乗っていたのかもしれない、などと考えると実に楽しかった。

 この本は優れて文明批評でもあり、犬の社会史であり、犬の歴史における「悪貨が良貨を駆逐する」、つまり日本にもともといた犬(日本犬、今でも秋田犬とか土佐犬とか多少生き延びているが)が駆逐され洋犬に変わっていった歴史などが詳しく書かれている。そして、一番の読みどころは西郷隆盛と犬の話。正確には西南戦争における西郷隆盛の行動、僕は知らなかったがあの田原坂の激戦地や宮崎に敗走してからの官軍との激しい戦闘の合間も西郷は犬と一緒に狩りをしていたらしい。要するに西郷には、これが戦争だという認識はなかった。時の権力に一言物申すはずが、いつの間にか大仰になってしまったのではないかという考察は非常に納得できた。さらに、サブテーマである、何故、犬の名前はポチで猫はタマなのか(もっとも明治の頃はタマも犬の名前だった事例が出ていてこれまたクリビツ)、に関してだが、実はこれ明治時代の教科書、つまり当時の文部省の政策だった。『読書(よみかき)入門』という低学年の国語用の教科書に『ポチハ、スナホナ、イヌナリ』というフレーズが出てくる。そして、ポチの名を決定づけたのは文部省唱歌、『花咲爺』である。♪うーらのはたけでポチがなく、というやつである。国語と音楽の「別個に進んで共に撃つ」という戦略があったかどうかは知らないが、とにかくこれで犬の名前はポチというのが刷り込まれた。では、そのポチの語源は何か、などと始めると終わらないので興味を持たれた方は是非ご一読を。いや、久しぶりに面白くてためになる、ちょっとええカッコして言うと知的興奮を覚えた本であった。作家の仁科邦男さんの調査の奥深さと、断定的だが決して嫌みのない文章で楽しく一気に読めます。そうそう、明治時代の話で伊藤博文が暗殺され、その時に犯人とされた人間と真犯人は別ではないか。伊藤の致命傷となったの銃弾は右肩から腹部のほうに向かっており(中略)別の人間が駅二階の食堂から撃った』とか、犯人とされた人物の持っていたのは短銃で『伊藤の体内から見つかった銃弾はフランス騎馬銃のものだった』などは、初めて知ってちょっと興味深かった。



 そして、この犬の本の次に読んだのが『ニセ坊ちゃん』という東八郎の息子の書いた自伝。全218ページのうち157ページまでが小学生時代の話で、それはあまり面白くないというか、積極的につまらなかったが、その後の中学、高校時代の話が面白い。父親がテレビでバカばっかりやっている東八郎(エイトマンではない、と断りを入れても、そもそもエイトマンそのものを知らない連中が増えて事は嘆かわしい。丸美屋のふりかけが泣いている)であるということが、多感な少年にどんな影響を与えるのか、また親がコメディアンだから、その子供もバカだとほかのクラスの生徒の前で話をした担任に啖呵を切る話などは痛快だった。そして、将来に対して何も考えておらず、今で言うパラサイトだった主人公が、父の死後、父親と同じコメディアンを目指すくだりはちょっと泣けた。しかし、東八郎、亡くなったのは52歳だったのか。早かったんだな。

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現実逃避というか、オムニバスについて

CD

 昔から、オムニバス盤が好きだった。今はコンピレーション盤とか言うらしいが、しゃらくさい。オムニバスはオムニバスじゃないか。コンピとか気取った呼び方してんじゃねえよ。呼び名を変えて目先を変えて、そんな表面的なことじゃCDの売り上げなんかあがらねえよ、だから地元からタワレコも撤退してしまうんだよ。怒りついでにいうと、オムニバスというのはもちろんそれを編集した人がいるのだが、みんな謙虚である。ところがコンピになると誰それが選ぶ珠玉の名曲集とか、DJピロリンがあなたのために選んだ失恋名曲集とか、何だかやたら編集した奴が偉そうである。偉そうは偉そうでいいけど、お前本当にこれ自分で選んだのか。間違いないか。レーベルから金が回ってきて、本心は別の曲をセレクトしたいけど、そこはそれ魚心あれば水心とちゃうか、などと下種な勘繰りを引き起こしてしまう。もっとも、楽曲だけで売れる自信がないから誰かの名前を付けて、あの人が勧めるならとか、彼女のお気に入りなら外れは無いだろうという他力本願的主体性放棄主義的兄ちゃん姉ちゃんにはコンピで十分かもしれん。

 どうしてオムニバスが好きか考えてみると、弁当は汽車弁当(駅弁という表記が多い中、何度も書くが梅崎春生の『赤帯の話』を読んで以降、僕にとってあれは汽車弁当なのだ)しかも幕の内が好きという僕の嗜好から、要するにいろんなものがたくさん入っていると、なんとなくモウケタというか得をしたという感じがして大好きなのだ。焼き鳥や串カツなども盛り合わせを選んでしまうあたりも同じ理屈だろう。僕自身の幼児性が抜けていないからかもしれない。しかし、まあ、それでも70年代の音楽を同時体験的に聴いてきた人には、もしかしたら分かってもらえるかもしれない。といいうのも、その昔のワーナーパイオニアが出した、2枚組の『ホットメニュー』というのを、ご存知ないだろうか。確か『鳥肌音楽』でも、このアルバムのこと触れていたなとさっきチェックしたら、そうか、サンプラーという言い方も最近よく耳にするな。もっとも70年代当時はサンプル盤という言い方をしていたような気がするが、あてにはならん。サンプル盤で思い出したが、かれこれ8年ほど前に吉祥寺の中古レコード店で、当時ライブを見て大ファンになった下地勇のCDを数枚入手したのだが、全部サンプル盤だった。裏ジャケットに「これは商品ちゃうぞ。マスメディア関係者にタダでやるけん、ちゃんと聴いてええ記事書いてや。番組で放送してや、で、役目が終わったらちゃんと返してや、約束やで。中古屋に売って小遣い稼ぎしたらあかんで」みたいないことが書いてあるのに、堂々と商品として売られていたのである。買ったワタクシもどうかと思うが、それを売りに持ち込んだ輩とサンプル盤であることを分かっていながら再度商品として流通させる、その店の経営方針はどうなっておるのか。あ、我がポンニチは高度に発展したシホン主義社会だから何でもありでいいのか、そうか。

 で、回りくどい話をしたわりに今日の話は簡単至極である。雨の日曜日、実は家でやらなければいけない仕事、それも納期はあと数日しかないのだが、それでも机に向かう気はせず、昼過ぎまでごろごろ寝て、起きて腹が減ったので仕事が終わったバカ娘1号と一緒にラーメンを食べに行った。実は、前日の昼も豚骨こってりラーメンを昼飯にしたので、今日は別のものを食べたかったがバカ娘のたってのリクエストなので仕方なく、豚骨こってりラーメン大盛り、ネギ多め、麺は普通でね、というものとラーメンに相性のあるザギョーという中華帝国主義的包括食品も注文。食っているうちに腹がきつくなったので、途中でやめればいいのに、「MOTTAINAI」は世界の言葉、世界のキャンディーズ、私たちには時間が無いの、などと錯乱状態で完食。やや腹がきついので散歩がてら、近くのフルモトに出撃したのだ。

 このところMIHO姉さんの『シンプルワーズ』とか、陽太の『プレジャー』、そしてなぜかバルネ・ウィランのライブ盤ばかり聴いていたので、今日はちょっとロックなものを探そうとCDコーナーうろうろしたが、定価の棚にはこれといってほしいものはない。もっとも、フルモトで買うCDは500円コーナーのみと決めているワタクシ、過去よっぽどのことがないと定価コーナーのCDは買っていない。いつ以来か、村八分の再結成ライブを買ったとき以来だ、多分。ということで、ウィンドウショッピング的なCDぶらぶら眺めを終わり、さて本腰入れて500円コーナーを見ていった。何枚かは、おっと思うものもあったが、いまいち買う決断が出来ないというか、まあ別に今買わないといけない理由はないよな(いやいやCDと本は一期一会、出合った時がチャンスでそのタイミングを逃すと二度と出てこないというか、悔し涙を流したことも何度もあるのだが)、などと思いながら50音順の国内盤が終わり、オムニバス盤のコーナーを見ていたら、突然、『みやこ★音楽』という文字が飛び込んできた。頭のどこかに西部講堂で行われたコンサートの話が浮かんだのか、思わず手に取って選曲を見る。1曲目がローザの「橋の下」である。大阪維新の会を率いて、やりたい放題、言いたい放題、弁護士が三百代言であることの生き証人みたいな、あのハシシタ君のことを歌っているわけでは当然なく、京都の橋の下で暮らすプー太郎のことを歌った名曲だ。そういえば河原町のジュリーのことを歌った曲もローザにはあったっけ。2曲目は騒音寺である。最近はパンタと一緒に演奏している。しのやんがプッシュしていたロケンロールバンドだ。

 さっそく購入して今聴きながらこの駄文を書いている。僕はあまり詳しく知らなかったが、みやこ音楽というのは京大の西部講堂連絡協議会を中心とした学生主催の音楽コンサートで2004年からずっと行われているらしい。メインはくるりのようだが、さまざまなミュージシャンが参加していて、その一覧を見ているだけでも楽しい。僕が学生の頃もこうしたイベントはあったが、大学単位で行われるものがほとんどだったと思う。あ、南部君が中心になってやっていたイベントは大学を縦断してやっていたが、そういうのは例外的だったと思う。当時から四半世紀が経過しているのだが、僕らの時代の『東京ロッカーズ』。『東京ニューウェーブ』、そして関西は『DOKKIRI RECORD』、こういうオムニバスと比較しても、このアルバム良くできている。半分以上は初めて見かける名前だが、それぞれに強烈な個性があり楽しい。

 と、仕事を忘れるために無理やりエントリーをでっち上げたが、やはり心ここに非ずである。さて、これから本腰入れて仕事に取り掛かるか、納期は25日だ。あ、ちょっと待て、明日は月曜だが、あさっては休日ではないか。ということは無理に今やらなくても、明日がある、明日がある、明日があるさ。と歌ってみても偉人の名言が脳裏によぎる。「明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」、うー、うー、うー、どうしようかな~(by 村八分)。



お、ラッキー、渡りに船だ、となるわけないだろ、ボケ

 久しぶりに来ました。わけのわからんスパムメール。iPhoneのメッセージに直接だったから、ちょっと驚いたが文面読んで、ハァ?以下、コピペ。

木村です。
お金が欲しい。愛が欲しい。
人には欲があります。
しかし、貴方はその欲が叶えられていない。
お金が欲しいと願い、その為に行動してはいるもののお金は減っていくばかり。
愛が欲しく、大切な人を求めるものの、会って気持ちを確かめる事すら出来ない。

こんな経験に今襲われてはいませんか?
貴方の願いが叶わない理由はただ一つ。
邪気に身を纏われているから。
だから貴方はうまく思考回路も働かず、ちぐはぐな事ばかりして自ら幸せを遠ざけているんです。
私への連絡がないのもその証拠です。

貴方が幸せを掴む近道。それは私の力を借りる事ですよ。
ご安心下さい。私は貴方の味方ですから。
お待ちしていますからね。


 で、木村って誰だ。憂歌団のボーカルか、ミカバンドの新しいボーカルか。アドレス見たらkimura-hebinokamiと書いてあるから、スネークマンかもしれん。しかし、キミの力など借りたら人生わやになりそうなので、お断りする。てか、もう少し人生を真面目に考えろよ。どうせ返事したらサクラサイトか本気の夕礼とかの気合一番人生二番な連中だろう。あほらしいので寝る。

フレーズはやっぱり、ちょっとジョージに似ていたっけ

 ここ最近、やたら目が疲れてPCの画面を見ているのが辛い。仕事で使う分には仕方がないが、家に帰ってまでFBだの、blogだのやっていると、そのうち視力がどんどん落ちて、最後はものが見えなくなるんじゃないかという、まあ、それはちょっと大げさだけど、朝起きたら目薬、家に帰っても目薬、場合によっては2階から目薬を点してなんとかごまかしている。今日も、ずいぶん昔のエントリーにコメントが付いていたので、その返事を書いてそろそろ寝よう、寝床に入って読みかけの『犬たちの明治維新』でも読もう(PCと違って、活字は目が落ち着くのだ)、まあ、その前に一日のニュースはチェックしておこうとヤフーのトップ画面を見た。すると、そこにその昔、歌謡曲ばっかりだったヒットチャートにビートルズの匂いをさせて登場した博多のロックバンドのギタリストの死が出ていた。脳出血で64歳、あまりにも早すぎた死だ。そのバンドはリーダーの完全なワンマンバンドだったが、やはりバンドサウンドというものがあって、彼のギターがあってのボーカルだったと思う。そういえば、そのリーダーは、『このバンドは青春のバンドなのでもう老人と言われる年齢になったら歌えないものが多い』とテレビの番組で話していた記憶がある。

 花弁が欠けてしまったので、このバンドの再結成はもうありえないだろう。魔法の黄色い靴を履いたギタリストは今頃、青春の影を引きずりながら沈む夕日をいつまでも追いかけているのかもしれない。合掌。



誰かが何処かでほくそ笑んでる



先日のエントリーをアップしてから、連日コンビニや近くの書店を覗いたが、サンデー毎日は入荷していなかった。今日も、あまり期待せずに書店の雑誌コーナーを見たら、サンデー毎日の文字が見えた。キターとばかりに、手にとると表紙が違う。小栗旬ではない。日付を見ると9月14日とある。やられた、9月7日号は、ものの見事に無かった事にされたのだ。

別段、記事が読みたい訳ではない。実は例の記事はとっくに、WEBで読んだ。それまでにネットに書かれていた以上の目新しいものは無かった。記事が読める、読めないの問題ではない事は、前回も書いた。問題なのは、ある特定の意思を持った個人、または団体が特定の地域の情報を恣意的に操作出来て、そして、その事を不特定多数の人達に、知られずに、あるいは大した問題では無かったと黙殺されてしまう、嫌な言葉だが時代の空気が怖いのだ。

何処かで、誰かがほら見てみろよ、これであの地域には、この話は存在しないことになった。他の地域、特に、県外の連中には多少ばれても大丈夫。次の選挙でも地元からは大量の票が入るから、安いもんだ。と、笑っているのは、誰だ。

これじゃ、軍靴の響きなど聞こえやしない、嫌な時代になりつつある。もっとも、この出来事は意外なアフターマスを引き起こしている。ローカルマスコミの権力者が全く予想しなかった展開があるかもしれない。その時は、もっとはっきり話を書けるだろう。





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