一人豚シャブの夜は更けて



この一年の反省を込めて一人豚シャブである。鍋にはエノキタケ、マイタケ、シイタケをぶちこんで、おっと、その前に利尻昆布を1時間水につけ出汁をしっかり取ったのは言うまでもない。野菜は長ネギと春菊だけ。そして、メインの豚は薩摩の黒豚ロースと地元宮崎が誇る、ひむかの黒豚バラ肉。食べ比べてみると、僕的にはひむかのバラ肉の方が旨い。値段は薩摩が高いけど、品質はひむかの勝ちじゃ(笑)。

そして鍋のお供にハイボール。やはり鍋は一人に限るが、横に訳ありのおねいさんがいても苦しゅうない。てか、積極的にいて欲しい。明日は書を捨てて街に出よう。
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浮世の義理で



本日も忘年会。先週はイベント関係だが、本日はゴトシ関係。普段は先天性労働者であるワタクシ。こういう場ではおとなしい。

が、スイッチが一度入るとジャガーチェンジしてしまい痛い目に何度もあった。わかっちゃいるけど、これが学習しないんだよな。

やっと貰えた誕プレ



昨日は、何回目か忘れてたけど誕生日だった。それなのに上の子はバイト、下の子は不在。配偶者は、ぶーたれて帰宅して家事放棄。仕方ないので一人でもやしやキャベツを炒めてヤキソバを作って食べた。ま、いいんだけど。

で、本日帰宅したら下の子がメッセージと一緒にプレゼントをくれた。家族で一人だったが、ま、いいんだ。そんな人生の一日。なんつって。

本日は



宮崎国際ジャズディの忘年会。来年春のイベントに向けて謀議を凝らす。

その昔、フリートウッド・マックに



BARE TREES、則ち『枯木』というアルバムがあった。ギタリストにボブ・ウェルチが加わった作品で、後年大ヒットした彼のソロ・アルバムに収録された「センチメンタル・レディ」が入っていた。地味なアルバムだったが、ジャケットの寒々しさと共に、この季節になると聴きたくなる一枚だ。

などとシラカバ派の作家が書くようなフレーズが浮かんだ昼の散歩道。しかし、まだリハビリは続く。ザ・ロンガンワィンディンロー、じゃっちゃーん、じゃっちゃーん、である(泣)。


本日もライフタイムで



ライブ参戦である。S尾君オススメの沖縄の女性ジャズヴォーカリスト。今、前半が終わったが、イケません。月曜の夜から、こんな退廃的でジャージーな歌聴いていたら。ヤノピ一本をバックにスタンダードを歌い上げる。外見は、ホンマそこらのおばちゃん。顔はどんなに言い訳しても、ウチナンチュー以外の何者でもない。

しかし先天性労働者、ルンペンプレカリアートのワタクシ、本日はアルコール抜き、自分を褒めてやりたい(泣)。


実録レポート「トトロの森の小さな音楽会」 その2

 前回(10/25アップ分)のエントリーに事実誤認の箇所があったので、最初にお詫びして訂正したい。大韓航空機事件で亡くなられた岡井真さんを宮崎の人と書いてしまったが、それは間違いでした。北海道で生まれ、その後東京から福岡と移り住み、19歳でバークリー音楽大学に入学。そこで葉子さんと知り合い結婚。1983年8月にバークリーを卒業し、帰国の途に着いたが飼い猫と一緒の飛行機に乗るため、わざわざ飛行機を乗り換えて事故に遭われたらしい(詳しくはこちらのサイトを参照してください)。宮崎との接点はご母堂である仁子さんが、2002年に国富町の深年にやきもの夢工房「トトロの森」を開設したことがきっかけである。謹んで訂正いたします。などと、またもや拙blogらしからぬお詫びと訂正などをしたので、どうにも調子が出ない。ひとつには昨日からやたら悪寒がして、体の節々が痛い。風邪の引きかけかもしれないと思い葛根湯を飲んだが、イマイチ調子が出ない。ちなみに悪寒がすることを関西系イングリッシュでは”My mother is running”と表現する。その心は「オカンが走る」。えーと、その、最近ヨーコ・オノと和解したポールのビートルズ時代の曲に”Your mother should know”という隠れた名曲があるが、”My mother is running”とは一切関係はない。これを当たり前だのクラッカーの法則という。やっと少し調子が出てきたので、前回の話の続きを書いていく。

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 演奏前の予想をはるかに超えた音楽的でなおかつ聴きやすいフレーズの多かった岡井真作曲の第一部が終わり、しばらくインターミッションの時間があった。今見たばかりの演奏の感想を(あ、ここ韻を踏んでるみたいだ、笑)、Y尾君と話していたらテレビクルーが寄ってきた。「最前列で見てらっしゃいましたが、ミュージシャンの方ですか」と女性のインタビュアーが質問してきた。「ぶ、無礼者、ミュージシャンなどという、あのような連中と一緒にするとは無礼千万、時代が時代だったら手打ちにするところを。いや、その、楽器を弾けてしかもその演奏を人前で出来て、なおかつオゼゼを頂けるというのは、これは特殊技能の人たちであって、ワタクシたち凡人では及びもつかぬ世界なんですな、これが。そして僕は自慢じゃないがFのコードが押さえられなくてギターを諦めた16の時から、一貫してプロの聴き手になろう、受け手としての音楽とは何か、音楽とは決して聴くだけのものではなく、その後に何をやるかが問題であって、たとえば頭脳警察を聴いて空港フンサイと叫び機動隊に石を投げるとか、村八分を聴いてオレは心の醜いカタワ者であることを自覚したり、あるいはスターリンを聴いて今日までのあらゆる階級闘争の歴史は敗北の歴史であることを認識したり、えーと、何のお話でしたっけ」みたいなことを言ったら結構面白がってくれて、今回のイベントについて感想を聞かれた。そちらは比較的真面目に答えたのだが、やはり最初の応答に問題があったせいか、あるいは局の倫理・思想チェック機構にひっかかったせいか、ビーテレで放送されることは無かった。ま、良識的な判断ですな。

 その幻のインタビューが終わる頃に携帯がチカチカ光っているのに気がついた。メールの着信で、見るとS尾君からである。彼に、この会場の場所と駐車場のこと、そしてシャトルが迎えに来ることをメールしていたのだ。彼のメールはシンプルで「今、向かっています」と一行だった。むろん僕は、彼の見逃した第一部がいかに素晴らしい演奏であったか、またこのトトロの森の環境がいかに素晴らしく、そしてそれを楽しむためには一定の明るさが必要で、いくら南国宮崎でも10月の太陽は夕方5時にはその輝きも失せて、これからは暗くなる一方だから、要するに”You Miss Them All”ということを簡潔にメールにして送った。こういう性格だから僕は人から嫌われる。しかし、嫌われたっていいじゃないか人間だものという相田哲学を貫徹しているから怖くなんかないぞ、寂しくなんかないぞと声を大にして、いや、そんな話はどうでもいいか。

 Y尾君とだべっていたら、K野さんがにこにこしながらやって来た。「こういう音楽好きなの?」と開口一番聞かれた。「好きですね。西藤ヒロノブを知ったのはH高時計本店のサロン・コンサートで、その時はフランシス・マバッペがメインで」と答えている途中、あることに気がついて逆に質問した。「K野さんはこういう音楽は嫌いでしょ」と僕が聞くと、笑いながら「嫌い」と答えた。素直な人だ。そもそもK野さんの経営しているライフタイムは、今でこそ昼休みは近所のOLが美味しいランチを目当てにやってくるお店で、昼間の音楽は聴きやすいジャズをセレクトして流しているが、その昔はアンソニー・ブラクストンを延々と流して食事しているOLが慌てて席を立つこともあったという。そもそもライブに呼ぶミュージシャンが天才アケタや、元生活向上委員会の梅津和時さらに小山彰太、林栄一などの山下洋輔一派、もちろん花の都の大東京から呼んでくるミュージシャンだけではなく、地元宮崎大学のジャズ研OBや現役、さらに地元に定着して演奏している数多くのミュージシャンを招いて地元宮崎のジャズシェルターと言ってもいいくらいなのだが、魂剥き出し、全身全霊で前衛的表現をするミュージシャンを愛でている傾向は否めない。

 そういうK野さんのお店だから、「西藤ヒロノブはライフタイムで演奏したことは無いでしょう」とY尾君が聞いたら、「いや、彼がまだ学生の頃、ロイク、要するに黒人をバックにして演奏したことがあったけど、黒人に負けてるんだよね、音が。だからあいつにも『お前の音楽は黒人に負けてるじゃねーか』と言ったこともある」とのお答え。若き日の西藤ヒロノブは相当ビビったと確信する(笑)。そして、その時の体験がバネとなり、バークリーに留学しギターと作曲を学びスペインのレーベルからデビューした訳だから人生は分からないものだ。何度か書いたが、西藤ヒロノブを初めて見たのは5年前の4月13日である。これはたった今、彼からもらったサインの日付で確認したから間違いない。地元でジャズを応援しているもう一方の雄でH高時計本店の社長がいるのだが、そこで主催しているサロン・コンサートに行った時に見たのが最初だった。その時のメイン・プレイヤーはフランシス・マバッペでフィーチャリング西藤大信(当時はこう表記していた)というステージだった。そこで彼の演奏を聴いて大いに気に入り、ギタリストとしての才能はもちろん作曲家、メロディメーカーとしての才能も大いに気に入った。

 と、ここまで書いて保存したのが10月の26日。そして、翌日に悪夢の骨折。丸一か月間、三角巾に左手を吊り下げ大きなバンドで固定。木枯らしに抱かれてだと歌になるが、三角巾に抱かれてではシャレにならない。というわけで11月はエントリーのアップは携帯だけ、なんといっても端末の入力が右手一本でしか出来なかったのでつらかった。仕事でPCと格闘した後は家に帰ってからネットを見ようなんて気は起こらなかった。かといって本も両手が使えないと読むのが大変で、何をしていたかとと言うと養生と言う名目で食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活をしていた。で、ハタと気がついたらもう12月。こりゃ大急ぎでこの間の出来事をアップしないと間に合わない。ということでギアを一気にドライブにして加速していく。

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 このトトロの森のコンサートの第二部は18:00スタートだったが、森の日暮れが早いのと気温が下がって寒くなってきたせいか、20分ほど早く始まった。S尾君も無事合流し、帰りの足も確保できたので、じっくり鑑賞できる。そして第二部は全て西藤ヒロノブのオリジナルばかりだった。10月23日に発売予定(その段階では)の新作『ゴールデン・サークル』から何曲か演奏した。この第二部ではギターのほかにウクレレも演奏した(6弦のウクレレでギタレレとハワイの人は呼んでいるらしいが、実はギタレレというのはヤマハの登録商標で勝手に言うたらあかんらしい。権利とか義務とかどうもそのあたりは苦手なのだ僕は、笑)。特に印象に残ったのは「たそがれ~summer twilight」で、だんだん暗くなっていくトトロの森に西藤のギタレレとバックの音が染み込んでいくようなイメージだった。動画も撮ったのだが、ちょっと権利関係のことがあって今回は貼り付けなし。みんな、ちゃんとCD買って聴いてね。あ、それから西藤ヒロノブのDVDも発売になるらしいので、確認してないけど多分この曲も演奏していると思うので、そっちで見てね。って書いてYOU TUBE見てたら公式サイトらしき動画があったので、いちおうそちらをどうぞ。



 そして最後の演奏が終わる頃は、もうあたりは真っ暗で風も冷たく寒いという表現が当てはまるような状況。ミュージシャンたちも時々手を口にかざして息を吹き付け、温めながら演奏していた。Y尾君がどさくさまぎれでもらってきた焼酎のお湯割りがありがたかった。ラストナンバーが終わると同時に、アンコールの拍手が鳴り響いた。一旦無人になったステージにまたメンバーが登場してきた。何故かサックスの河埜さんだけが、ケースに楽器を仕舞い帰り支度していたのを、目ざとく見つけた西藤ヒロノブが指摘し笑いを取った。今回のメンバーは前日に顔を合わせて、岡井さんの楽曲と西藤ヒロノブの楽曲の練習をしただけでアンコールは用意していなかったみたいなMCがあったが、その時、どこからか敢然と「インマイライフ、やってくれー」という熱い声援が飛んだ。よく見るとワタクシであった(笑)。前作『アルフィー』に収録されていた「インマイライフ」は、もちろんビートルズ中期の名曲というか、ジョンの作った楽曲の中で僕自身多分ベスト5に入れたいと思っているくらい大好きな曲だ。メロディもいいし、歌詞も素敵だ。しかし、残念ながら最後はセッションでということでFのブルースで終わった。

 演奏終了後、興奮冷めやらぬ僕たちはああだこうだと好き放題喋っていたが、如何せん寒い。とりあえず帰るかという結論になったが、よくよく考えると駐車場まではシャトルで送ってもらうしかない。シャトル待ちの人が大勢いる中で、ぼんやりあたりを見ていると西藤ヒロノブのCDを販売していて、本人がサインをしている。僕は彼のアルバムは全て持っているので、新作を次の宮崎ライブの時に購入しサインをもらおうと考えていた。したがって、そこはスルーしていいのだが根がいらんこと言いのワタクシ、サイン中の彼に「西藤さん、次のH高時計店では『インマイライフ』やってや、頼むわ~」と声をかけた。そうなのだ、次は11月23日にニューヨークカルテットを率いて彼のライブが予定されていたのだ。ああ、そのライブに、そして珍しくY尾君がいい仕事をして以前一緒にライブを見たおねいさん二人(S竹さんとN藤さんだ)も誘ってきてくれたのに、ワタクシは三角巾をして参加するという不本意な参戦になるとは誰が予想しただろう。禍福はあざなえる縄の如し、人生塞翁が馬、めぐるめぐる、めぐる因果は糸車である。ということで、このライブシリーズはまだまだ続きます。

ぜっくとりおナウ



三角巾が外れ、最初のライブは天下御免のZEK3。さあ、暴れるぞ(笑)。

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