諸行無常な景色



急逝した叔母の葬儀が、午後からで時間を持て余したので近くの愛宕山に登った。外界に見下ろす町並み。横に何やら沢山の鍵がある。そういえばここは出会いの聖地とやらで、カップルがありもしない永遠の愛を誓って、その記念に鍵を残すらしい。

人間所詮は、サヨナラだけの人生なんだよと毒づく孤独なワタクシ。
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ストーミィ・ウィークエンド、そしてソロ・ピアノ・デートの日 その2

 前回のエントリーに書いたように、BBQは魚介類をメインに焼きながらスタートした。塩やタレで味付けされた魚や海老は美味しかった。また本日の海釣りで釣って来たばかりのキスやチヌなども、大きさは熱帯魚程度ではあったが、H君の二男坊(面倒なので以下はH2坊と略す)の華麗な包丁さばきで刺身になって提供された。海釣りに参加したのはH君親子に『北朝鮮までノンストップで走るマイ・ボートを持っている海釣りの帝王』などと豪語しているZappy君など。で、釣果はといえば、赤ちゃんの手のひらサイズのキスをZappy君が1匹釣り上げ、その他の10匹前後の魚はH君親子が釣ったらしい。鯛やヒラメまでは期待していなかったが、それにしてもまあなんというか微笑ましい結果である。それでも釣りたての魚は新鮮で、こんな小さいのは刺身じゃ無理だろと思ったが結構食えた。もちろん、魚だけでは収まらないので肉類もどんどん投下され、各自のボルテージは上がってきた。後ろには曇り空ながら夕日が沈んでいくのがフィルター越しに見える不知火の海があるし、風も適度に吹いて心地よい。

夜のBBQ

 酒が進んでいくうちに、それぞれの近況報告が行われ、僕は最近やっているウィークディベジタリアンとウィークエンド肉食獣の生活を話した。特に最近はまっている煮豚の作り方などを話していると、何故かI上君がハゲしく、いや激しく頷く。聞いてみると秋口あたりにラーメン屋をオープンする計画があるという。それを聞いた途端、Zappy君が「それじゃ、開店祝いに海原雄山ごっこをやりに行かんとダメっすね、drac-obさん」、と他人の不幸は蜜の味的な声で叫ぶ。こちらも「そりゃそうだ。髪をオールバックにして、和服を着て、体格は最近、海原雄山にやや近くなってるから、いや、それはいいが、とにかく、『ごめん』と言って店に入って、突然、『なんだ、このザマは、あるじを呼べ、ええい、お前では話にならん、うん、貴様は史郎、相変わらずクズな連中と一緒か、ええい、不愉快な』みたいなこと言ってテーブルをひっくり返すわ、丼は割るわ、半鐘は鳴るわ、火消しは来るわ、大八車は来るわ、みたいな大騒ぎしたいな。」などと建設的な意見を出す。しかし、I上君は何故か苦い顔をしていた。これからスタートする新規事業を一番知られてはいけない連中に知られてしまったというような表情だったが、多分、僕の思い過ごしだろう。

ハゲシク同意するI上君

 そんなバカ話で盛り上がっていると、調理を担当していた女性陣、つまりZappy君の奥さんとI上君の奥さんがやって来た。この二人、仲は良いのだが性格は完全に正反対。多分、拙blogを読んではいないと思うが、万が一のことを考えてオブラートにくるんだ言い方をすると、Zappy奥さんは活発、良く喋る。I上奥さんはおとなしくて自分から口を開くことはない。その二人がもってきたものはおにぎりだった。酒飲みなら分かると思うが、呑みはじめからメシを食うやつはいない。メシは呑んだ後の締めにお茶漬けとか雑炊とか、あるいはおにぎりと番茶みたいな感じで頂きたい。しかし、Zappy奥さんは、「はい、パパ。おにぎり食べて。でないとまた悪酔いするよ。ちゃんと食べて、ほら。あ、drac-obさんも知らん顔してる場合じゃないでしょ。一緒に食べなさい、え、食べた、ウソじゃないですよね。ホントですよね。ほら、パパ。あのdrac-obさんも食べたんだから、ちゃんと食べなさい」。

 仮にも元上司であるし、人生の先輩でもあるワタクシに対して、そのようなものの言い方は如何なものかと思うのだが、それでも僕は奥さんに同情していた。なにしろ、このキャンプでZappy君の乱れ方、悪酔いの仕方は半端じゃなかった。何度、真っ白な灰になってしまったことか。また周囲の人に酒や水や氷をぶちまけた回数は、もう数限りない。そういう旦那様の醜態を未然に防ぐためにも、早めにメシを食わせて呑む量を少なくしようという生活の知恵である。結果はどうだったか。握り飯の1つや2つで押さえつけが出来るような酒癖じゃないんだ、彼は。この後、例によって事件を起こすが、それはまた。

 そういえば、普段おとなしいI上奥さんだが、今回のキャンプでは珍しく大きな声が出た。いや、怒ったとか気分を害したとか言う話ではなく、僕の意見とまったく一致して、いわゆる「異議ナシ!!」状態になったということだ。BBQの間はほとんど全員がビールを飲んでいた。いや、正確に言うと第三のビールでキリンの「のどごし生」とサントリーの「金麦」の二種類があった。ちなみに僕は金麦(これを配偶者はキンバクと読んだ。ゴールデン・ボンバーじゃないっちゅうの)を飲んでいたのだが、ふと思い出して「この金麦のCMに出ている女優、ゲロうざいよな。」と言ったところ、ほとんど全員が?????状態だったが、I上奥さんだけが「そう、そう」と合いの手を入れた。僕は、「あいつ、ゼッタイ秋吉久美子を意識してるぞ。やることなすこと、『ワタシ可愛いでしょ、ほら、とっても魅力的でしょ』みたいなオーラ出しまくってるし、ゼッタイ自分は男に好かれると思い込んでる。媚びてる」と断言すると、「そうです、絶対に秋吉久美子意識してますよ」と、これは本当に大きな声で賛成してくれた。そして調子に乗った僕が「ただ、不覚にも一瞬カワイイと思ってしまう瞬間があるんだ、これが。まあ、これは男の悲しいサガだな」というと、「それはちょっとおかしいです。drac-obさんは、ちょっと可愛い女の人ならだれでもいいんですか」などと風向きが怪しくなってきたので、「いや、ほら、あの女優、名前なんていうのかな」と話題を誤魔化し、回りの男性諸君に救いを求めたのだが、これまたそういうことを一切関知しないK瀬さんや、N村君は「いやー、知らんね。どんな女優」などと他人ごとであった。後で知ったが最近金麦のCMは件の女優バージョンと戸田恵梨香(こちらはカロリーオフの金麦)バージョンがあり、ほとんどのメンバーが戸田恵梨香バージョンを連想したらしい。



 そんな話で盛り上がっているうちに辺りは真っ暗になり、そろそろ風呂にでも入って汗を流して、室内でまた呑むかということになった。この御立岬公園は温泉もあり、キャビンから出て一度山の上に行けば、入浴料半額で入れるらしい。もっとも、全員酒も入ったし、歩くのも面倒なのでキャビンの風呂で済ますことにした。しかし、この風呂場が立派なもので、ユニットではなくちゃんとした在来工法。浴槽は大人が横たわっても十分だし、洗い場も1坪ちかくある。堂々たるものだった。しかも、ハンドタオルもバスタオルもシャンプー、リンスなど全て備え付けだった。わざわざリュックに入れて持ってくる必要は無かったが、こればかりは用意しておかないと悲惨な目に合う。年長者の特権として早めに入らせてもらった。風呂から上がると和室には既に布団が引かれていた。そう、布団やタオルケット類も完全装備。こりゃ荷物は何もいらなかったなと話をしていたら、H2坊が「drac-obのおじちゃん、マッサージしてやろうか」と言ってきた。魚釣りも上手で、魚をさばくのも上手だが、この中学生は柔道部でスポーツマッサージが得意技なのである。渡りに船とすぐに頼んだ。「お客さん、ずいぶん肩が凝ってますね。」などと生意気なことを言うので、「いや、オレは肩凝りは無いと思うけど」と言ったとたん、筋をこりこりされてその痛みに飛び上がった。「ほら、こんなに凝ってるけど気がつかないんですか」「気がつかんのや~」「ホントですか」「ほんまなんや~」「それでも人間ですか」「人間ちゃうんや~」などと大木こだま・ひびきの真似をしているうちに気持ちが良くなりいつの間にか転寝をしていた。

 「!!!!」、何を言ってるか分からないが、とにかく異常事態というか緊急事態であることは間違いのない叫び声が聞こえた。布団から飛び起きると、声を発したのはH2坊。布団の一部を指さし「ムカデ、ムカデ」と叫んでいた。見ると、体調は5センチもないくらいだが、確かに百本近く足があると思われる節足動物がそこにいた。すぐにH君が飛んできてタタキ殺し、その死骸を箸でつかんで窓から外に放り投げた。そういえばこのキャビンの入り口に『室内は害虫駆除をしているが、それでも季節がらムカデなどが出るので注意しろ』みたいなことが書いてあった。みんなでどこからムカデが入って来たか話し合ったが、布団の隙間にもぐりこんでいたという説と畳の隙間から出てきたという説が有力だった。そして誰かが「ムカデはペアでいるっていいますよね。1匹見つかったから、もう1匹いるかも」と不吉なことをいう。そんなことを言ってたら、「ムカデ、出た」と今度はフローリングの部屋で叫び声が上がった。先ほどのムカデよりもっと小さく3センチもないくらいだったが、確かにムカデ。小さくても刺されれば痛いし腫れる。侮ってはいけない。今回もH君が、電光石火で血祭りにあげ、窓の外に放り投げた。外は人家は全くなく、松林というか崖の上の森なのでバック・トゥ・ザ・ネイチャーでムカデも本望の筈だ。

 ムカデ騒ぎですっかり目が覚めてしまい、マッサージのお蔭で肩も軽くなり、僕はまたみんなと一緒に飲み始めた。僕のマッサージが終わるのを待っていたZappy君が今度は、H2坊から腕ひしぎ逆十字などを掛けられている。「イテテ」とか「お前、手加減しろよ」などと最初は言っていたが、しばらくするとZappy君がマジな声で「こら、お前、泣くな。男だろうが、おい、泣くな」などと言ってる。振り返ってみると、H2坊が布団の上で泣いている。その横でZappy君がなだめているのか脅かしているのか良く分からない口調で、とにかく泣き止めと言っている。それを見たZappy君の奥方は彼を叱り始めた。「パパ、パパがいけないんでしょ。子供相手にむきになって」「むきになってないけど」「だったら何で泣いてるの」「分からん、いきなり泣き出した」「分からんじゃないでしょ。パパが子供相手に本気出したから泣き出したんじゃないの」「いや、こいつはもう中学生で柔道部だから、本気出さないとオレが負けるから」「ほーらやっぱりパパが泣かせてる」。このやり取りを聞いて、薩摩は男尊女卑なんてのは幻想なんだなとつくづく思った。やっぱり母ちゃんが怖いのは日本全国共通なのだ。

 などというムカデ騒ぎや子供を泣かせるなどというハプニングはあったが、それでも例年になく穏やかに夜は進んでいった。ひとつには僕が、途中からアルコールを止めて烏龍茶にしていたこともある。実は、このキャンプの翌日に酒井春佳のソロ・ピアノ・コンサートがあるので、あんまり二日酔いになるのはマズイという自制心が働いていたせいだ。というのは多分誘っても断られるだろうな、それは分かっているがオトコだったら負けると分かっている闘いにも決起しなければいけないときがある、ああ、インターナショナル、我らがもの、と後半はぐだぐだになったが、何を隠そう、以前からお慕い申し上げている訳ありのおねい様に一緒にライブに行かないかとお誘いのメールをその日のBBQの間にしていたのだ。シカトされるかと思っていたが、案外早くOKの返事が来た。これは明日は万難を排しても行かねばならぬ。今回、行きに3時間半ほどかかったので、翌日のライブに余裕を持って行くためには、ここを遅くとも9時半には出発したい。そのためには呑み過ぎてハングオーバーになっていてはいかん。また、もしかしてライブの後に何かいいことがあるかもしれない。いいこととは何だと聞かれてもいいこととしか答えようはない。そんなもん絶対にないという声も聞こえるが、世の中に絶対ということは無い。森羅万象、天地天明、有象無象、ないったらないんだと最後は心からの悲痛な叫びではあるが、要するに体調万全にしておかないとライブも楽しめないという、まあ常識的な判断である。

 しかし、こういうところはやはり女性に見抜かれるらしくZappy奥さんから「drac-obさん、オカシイ。お酒を飲まず烏龍茶飲んでる、何、明日何かあるんですか」などと突っ込まれた。僕は腐っても九州男児である。こういうときにウソがつけない。こういう性格が人生においてどのような失敗を引き起こしたか、枚挙に暇が無いが今は触れない。「え、いや、明日はデートなんよ、でへへへ」と多分締まりのない顔で答えたと思う。「デートって奥さんと?」「ハァ?何が悲しゅうて花の休日に配偶者とデートせなあかんの、人生は短い喧嘩している暇はないとジョンも歌ってるでしょうが」「だったら誰とデートですか」「野暮な事いっちゃいけねーよ。デートつったらデートなのよ」などというやり取りをしていたら、「じゃdrac-obさんは不倫を認めるんですね」などといわれた。これは断固粉砕せねばならぬ。メロスは決起した。

 「いや、不倫は覚せい剤と一緒でダメ・ゼッタイ。不倫というのは人の道を外れることだからオレも絶対にしません。まあ、絶対ということは世の中にない、ってどこかで言った気がするが、それはともかく、不倫はダメですよ。ただね、浮気はね、これはしょうがない。気持ちが浮ついてしまうなんてこと長い人生であるでしょ。無いはずがない。でも浮気もね3回やったらダメね。2回まではセーフ。これはもう、世界共通のルール。グローバルスタンダードっちゅうやつね。ほらバスケでもトラベリングってあるじゃん。あれと同じ。でもね、2回やってインターバルがあればまた2回はオーケーなんだよ、これがルールの盲点てか、ネズミ―ランドを所有する某大国が良く使う手なんだな」などと持論を展開していたら、Zappy君から「見損ないました」と言われた。意味が良く分からんが、所詮、女房のケツに敷かれているやつの泣き言だろう。とまあ、そういう訳で例年午前1時や2時になっても誰かが起きて呑んで喋っていたといういつものキャンプと違い、午前零時を過ぎた段階で呑み会はお開き。僕たちはもう一つのキャビンに移って休むことにした。前のキャビンは全員でムカデの有無を調べたが、新しいキャビンでそれをやる元気はなく、刺されたら刺された時だと覚悟を決めて寝た。それでも根が小心なN村君は畳の隙間から出てくるムカデのことを考えたら怖くて眠れなくなり、フローリングの部屋に出してある食事用のテーブルに布団を敷いてそこに寝ていた。夜中にトイレに起きたときはてっきり脳卒中か何かで倒れたと思い肝を冷やした。

 翌朝は例によってカレーの朝食を食べ、部屋の整理と外のBBQの片づけをしてキャンプの管理棟に引き上げる電話を入れた。前に書いたようにキャンプ場と駐車場まで結構距離があるので、連絡をすると軽ワゴンが来て荷物を運んでくれるのだ。おかげで坂道も難なくのぼり、駐車場に集合したのは9時ジャストだった。来年の夏は宮崎勢が幹事と決まったので、僕とN村君は即決で青井岳キャンプ場にすると宣言した。今回の御立岬公園は景色が素晴らしくキャビンも良かったが何しろ遠かった。これは軽トラという移動手段の問題だという指摘も一部にはあったが、とにかくToo Farだった。来年は近場(宮崎勢にとって)という本能が働いたわけだ。軽トラの荷台に荷物を放り込んで、僕達は帰宅第一号として山を下った。走り出して少し経つとN村君がメーターを叩いた。「drac-obさん、ガソリンを抜かれたかもしれん。昨日は半分以上入っていたはずなのにメーターがゼロになってる」「え、あ、ほんまや、ヤバいぞ、どっかでガソリン入れるか」「うーん、ただこの軽トラも年季が入ってるから、最初からメーターが壊れていたかもしれんし、たぶん大丈夫でしょう」。大丈夫ではなかった。帰りは芦北から人吉を抜けて帰ろうとしていたが、芦北の町を過ぎて人吉に抜けるルートに入った途端、軽トラは止まった。

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 僕が最初に疑ったのはガス漏れだったが、車体にも道路にもガソリンが漏れた様子はない。やはり何者かがガソリンを抜いたのだろう。軽トラのガソリンタンクは、ドライバーで簡単に鍵が開くので、そこから抜いていったんだろう。とすると他のメンバーの車もやられている可能性がある。とりあえず、H君の携帯に連絡するが出ない。K瀬さんの携帯にかけたらつながったので状況を説明してレスキューに来てもらうことにした。実はH君とK瀬さんは1台の車に乗っていて、運転者がH君だったため携帯に出られなかったようだ。Zappy君にもメールしたが、返事が来たのは僕が自宅に帰って休憩している頃だった。相変わらず使えない男だが、実はその時はI上君夫婦と一緒にぶどう狩りに向かう途中だったらしい。これも前日のBBQの時、Zappy君の奥さんがどうしても行きたい、Zappy君は遠回りになるから行きたくないというのを僕が夫婦円満の為には旦那が折れるのが一番と、ここはやはり人生の先輩として説教してやり、本人も同意した癖に翌朝になったら知らぬ・存ぜぬで通そうとしたので、それはあかん、人の道に外れると再度説教したのだ。話がそれたが、H君の車もガソリンを抜こうとした形跡が残っていた。つまり確信犯だ。しかし、夜中にこっそり山の上の駐車場に来てガソリンを抜くというのは、どう考えてもジモッチー。他所からキャンプに来る連中はあらかじめガソリンをたっぷり入れてくることを知っている奴だ。真夜中に、もしかしたら酔狂なキャンパーが駐車場のところに星を見に来るかもしれない。そういうスリルと闘いながら、懸命に抜いたガソリンが推定10リットル。アホなやつだ。

 GSを探しに行ったH君たちが戻ってきた。街の中心部と正反対の方向に向かったので心配していたのだが、H君がGSの場所を知っていて、そこで1000円分ガソリンをタンクに入れてもらい、帰りに僕たちがそこでタンクを戻し追加のガソリンを入れたらいいという段取りまでしてくれていた。ありがたい。タンクのガソリン、多分6リットルくらいだが、それを入れてキーを回すとエンジンがかかった。「車はガソリンで走るんです」という古いCM(モップスの鈴木ヒロミツが出ていた)を思い出した。H君グループにお礼を言って、僕達は再び人吉を目指して走った。このルートはその昔、まだ宮崎から熊本までの高速が開通していなかった頃、しょっちゅう走ったルートだ。球磨川と並行している細い道を深夜80キロ近いスピードで暴走したものだ。たまに、それこそ地元の軽トラがテレテレ走っているとぴったり後ろに付いてパッシングして道を譲らせる、などという悪いことも良くやった。しかし、移動は大抵夜中だったので周囲の景色を見ることは無かった。今回、球磨川沿いの道路は綺麗に整備されていて、また日曜だったので急流下りの船やゴムボートと何度かすれ違った。人吉の街中を過ぎるといよいよ県境のループ橋である。ガソリンがあって良かったと思い、何気にメーターを見たら固まった。なんとまたもやメーターはゼロを示しているのだ。ということは、ガソリンを抜かれたのじゃなくて、洩れているんじゃないか。しかし、ループ橋の、それも登りの途中で、こんなところで車が止まったら完全にアウトだ。近くにスタンドは無いし、しかも交通量も多く、一方通行みたいな状況である。僕は思わず「走れ、とにかく走れ。ループ橋の上まで行けば後は下り坂だ。そこまで行けば何とかなる。走れ、熱いなら」と最後はパンタのセカンド・アルバムのタイトルを叫びながら軽トラを叱咤した。一念岩をも通す、いやおねい様に対する熱き想いのお蔭か、僕達は行きの3時間半という記録を1時間以上短縮し無事宮崎に帰ることが出来た。さて、これから楽しいデートである。というところで今回はこれまで。いやー、ここまでは書いていて楽しかったな、などと次回にやや暗い影を残しつつ、今日はこっでしみゃー。



タニシの空似



ファーザーインローの墓参にやって来た。墓地ですれ違った子連れの女性が会釈した。こういうところが田舎ならではのコミュニケーションだと思い、こちらも軽く黙礼した。墓に供えている花の水を交換しようと水場に行ったら、先程の女性がまたもや会釈しながら近寄ってきた。

「花模様さんですか」と聞かれ、一体それは誰のことかこちらが聞きたかったが、僕の反応を見て相手は「すいません、人違いでした」と去って行った。

早めの昼ご飯は久留米ラーメンにした。その昔、宮崎・鹿児島間を経費節約のため高速を使わず移動する際に、頻繁に利用したラーメン屋である。以前は古いお店で末吉町にあったが、新築移転して入りやすくなった。

大盛りを頼んで食べている途中、餃子が食べたくなり注文。店の親父が僕の顔を見ながら注文を繰り返した。僕はマンガを読みながら、ラーメンを啜っていたら人の気配がする。振り返ると店の親父だ。「あんた竹本さんか?」、最初は何と言ってるか解らず、二回聞き直した。どんなに考えても、僕は竹本さんでは無いので、その旨をいうと親父は首を振りながら厨房に戻って行った。

他人の空似というが、一日に二回も間違われたのは初めてである。その後は、ラーメンを食べながら果たして新島ジョーとオダギリジョーは似ているのかと考えてしまうミヤコノジョーの午後であった。しかし、花模様さんと竹本さんは同一人物なのか。謎だ。

たまには自己啓発を



と思ってセミナーに参加。すなおな法則とやらを学ぶ。日常会話に「すごいです」、「なるほど」、「おもしろい」というキーワードを入れると相手から好かれるらしい。なるほど、納得。しかし、我が身を振り返ると…。

「すんごいですね~」と言って相手をおちょくる。「ナメとんのか、ワレ~」という態度で接する。「お前らと一緒にすな、このタニシ」と口走る。こういう姿勢のワタクシは相手に好かれる筈はない。

と、すなおに納得した。有意義な土曜日の午後。

ストーミィ・ウィークエンド、そしてソロ・ピアノ・デートの日 その1

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 ここ5~6年、9月の第二土曜日は恒例行事となったキャンプである。僕が最初に勤務した会社、もうとっくの昔に影も形も無くなっているのだが、その会社で一緒に働いた仲間たちとの気心の知れたキャンプで、拙blogでも何度かエントリーをアップしている。この『別館4階のBOXから』のコアなファン(そういう人がいるかどうかはさておき)は、今回もまた酒乱のZappy君の話がアップされると期待しているかもしれない。もちろん、その期待は裏切らないが今回は波乱万丈のキャンプで、しかも翌日は和服姿のジャズ・ウーマンのソロ・ピアノを訳ありのおねいさんと一緒に見に行くという、これまたコアなファン(だから、そういう人がいるとかいないとかいう問題じゃない。かつて囲碁に負け続けた坂田明は「勝負事は勝ち負けではない」という名言を残している。関係ないけど)にはたまらないエントリーになること必定である。

 このキャンプの企画は、僕が働いていた会社、日本教育企画株式会社(Japan Educationally Planningの頭文字を取ってJEPという略称を使っていた)の熊本営業所の所長だったN村君が、当時配属されたばかりの社員の親睦を深めるためスタートしたものだ。したがって起源は結構古い。四半世紀以上前からやっていたようだ。僕は在職当時、このキャンプのことは全く知らなかった。そして、この会社が無くなったあと何度かの転職をして、その時の会社の連中とは年賀状の交換とか電話のやり取りなどの接点がいつのまにか無くなってしまった。多分自分の人生の中で彼らに二度と会うことはないと思っていた。それが8年ほど前に偶然N村君と再会し、その時にJEPのメンバーによるキャンプが行われていること、そしてまた直前のキャンプで僕のことをN村君が話したら参加していたメンバーから是非誘うように言われたなどと聞いて、根が単純な僕はそれ以来毎年欠かさず参加している。夏場は鹿児島の伊佐市の楠本川近くのキャンプ場か、たまに都城の関之尾の滝のキャンプ場でやった。ところが、今年は熊本の芦北郡芦北町の御立岬公園キャンプ場でやるという。毎年、キャンプ場が鹿児島か宮崎ばかりなので、今回は熊本から来る人たちに気を使ったのと、ここは絶対おすすめという人がいて幹事のZappy君が決定したらしい。しかしながら熊本からの参加者はゼロで、この場所を大プッシュした本人も参加しなかった。何なんだ、一体。まあいいけど。

 ここ何年かはキャンプ地までの移動は、宮崎からは僕と元上司のM木さんと、先ほど登場したN村君の3人が1台の車で現地に行くというパターンだった。今年もそれでと思っていたら、直前になってM木さんが仕事の都合で不参加。いったん定年退職したM木さんだが、JEP時代に仕込んだトップセールスの技術は後継者がおらず、未だに現在の職場で若手顔負けの活動をしており、今月の拠点の売り上げノルマを達成するかどうかの瀬戸際で、キミたちと遊んでいる暇はないとは絶対言わないが、多分間違いないと僕は確信している。結局、N村君と二人で行くことになった。電話で打ち合わせして3時間見ておけば着くだろうから、土曜日の11時に僕の自宅に迎えに来てもらうことにした。

 当日は台風18号が接近していたが、進路の関係で九州には影響は出ないと思っていた。それでも、午前10時くらいから風が強くなったり、一時的に激しい雨が降ったりした。携帯にYahoo!の大雨注意のアラームが届いたりして、ちょっと落ち着かなかった。11時をかなりすぎてN村君から家の近くに着いたと電話があった。リュックと寝袋を背負って出てみると、それらしい車は無い。近くで改装工事をしている関係で工事の車が数台停まっていたが、N村君がいつも乗っているバンが見当たらない。もっと先に留めたかと思い、雨の中、傘をさして歩きはじめたらクラクションが聞こえた。振り返ると軽トラの窓からN村君が人懐こい笑顔でこちらを見ていた。「え、なに、これ、マジ?」と僕。「おー、drac-obさん、これよ、これ。これが一番いいっちゃが。荷物は沢山積めるし燃費はいいし、4WDよ、これ」とN村君。「いや、ちょ、待って、分かったオレの車で行こう。オレがフィアット(ホンダ製だけど)出すから」「え、何でこれはダメですか」「いや、ダメとかそういうことじゃなくて、きついだろ男二人で軽トラは」「なん言よっとですか、串木野のK瀬さんは何処に行くときも軽トラが一番って言いよったですよ、幹事のZappy君にも俺たちは最高級車で行くからちゅうてさっき電話したばっかりじゃが」。営業マンの力量は最終的に押しが強いかどうかで決まる。九州でトップセールス賞を何度も取ったことのあるN村君に僕の反論は通用しなかった。

 ぶるるるるるるるるるる、とエンジン音を響かせながら軽トラは一路宮崎から国道10号線で小林市方面を目指した。都城市と分岐するところまで来たら、雨は完全に上がっていた。なんだかんだ文句は言ったが自分が運転するわけでもないし、N村君の軽トラは結構スピードを上げて快適に走る、走る。しかしながら僕が長距離のドライブのお供にとセレクトしたCD、N村君は普段演歌しか聴かないが、それでも60年代や70年代のヒットポップスは知っているだろうから3枚組のヒット曲のコンピレート盤と英語の歌は好かんとか言い始めたときの用心に吉田拓郎のベスト盤と歌はうるさいと感じた時のためのジャズのコンピレート盤を用意していたのだが、流石は経済効率最優先の軽トラ、音が出るのはラジオだけ。しかも窓もハンドル操作で開け閉めする。なんといってもきついのはシートの角度が90度。つまり直角である、その昔、『俺は直角』というマンガがあったが、あれはマンガであって現実的に背中がずっと直角であるのはきつい。

 小林市に入ったら去年も寄ったラーメン屋さんで昼飯を食うことにした。ウィークデイはベジタリアンで通しているワタクシであるが週末は肉・魚・コメ解禁なので、ラーメンとギョーザとライスがセットになっている定食を注文。ラーメンの具はもやしとチャーシューとネギだけという元祖宮崎ラーメン、最近こういうオーソドックスなラーメンは少なくなったとN村君としゃべりながら食べる。ボロボロの内装に、お冷はクーラーボックスが置いてありセルフサービス。お爺さんとお婆さんの二人でやっている店だが、こういうレトロな感じは大事だなどと勝手なことを言いながら店を出た。この駐車場で軽トラの写真を撮り、取り急ぎblogにアップした。

 さて、僕達が働いていたJEPという会社だが、教材の販売と電話で学習指導をするというアフターフォローがメインの仕事だった。営業スタイルは訪問販売という原始的な方法で日本全国に支店を展開してきた会社である。メーカーのリコー教育機器にも、その販売力で結構存在感を示していた。しかしながら朝は8時から、夜は納得するまで(つまり全てのセールスマンが『きょうはこっでしみゃー』=『本日はこれにて終了』という意味の宮崎弁、と言うまで)仕事は終わらない。午前様なんてしょっちゅうだったし、当月の売り上げが達成できそうにない時は日曜・祭日返上で働く。今で言うブラック企業に近いものがあった。しかし、しかしである。『1日24時間、1年365日死ぬまで働け』が社是であるブタミのような本当のブラックではなく、シホン主義ってこんなものなんだよとか、仕事は理屈じゃねえよ、オノレが納得するかどうかだみたいなことを徹底して仕込まれた。机上の空論ばかりだった僕の職業観をかなりな程度修正してくれた会社だった。大学中退でボーリョク学生のシンパだったチンピラ(僕のこと)を採用して、そういう人間だったから仕事が出来るとか出来ないという以前に、労働価値説がどうたらとか有給休暇は人民の権利だなどと、間違ってはいないのだが筋の通し方を知らなかった僕に社会の厳しさを仕事の厳しさを教えてくれた会社だった。「RCサクセションのコンサートがあるから会社を休ませてください」と言った僕に延々1時間以上説教してくれた上司のT岡さんも今は彼岸の国の住民だ。

 みたいな話は車中、全然せず、あいつはどうした、日曜日に営業車でラブホテルに入ったのを常務に見られたのは水戸のK間だったとか、あの女子社員は誰々と出来ていたとか、いや実は陰で付き合っていたのはあいつだったんだ、知らなかっただろう、で、××と結婚した〇〇が△△のアパートの浴室から出てきたところを見つかって血の雨が降ったのは知ってるか、みたいはおよそ下衆な話ばかりしながら男二人の軽トラはかっ飛んでいた。かっ飛んでいたのだが、小林市からえびの市、そしてあの島津領に入り伊佐市を過ぎたあたりから会話が途絶えた。だってそうだろう、そりゃそうだもの(ここ、小松の親分風に)。男二人何が悲しゅうて2時間も軽トラに乗っていなくちゃいけないのか。燃える男の赤いトラクターもいいけど、ヤン坊マー坊の天気予報もいいけど、軽トラに2時間乗っていたらたいていの人間はしゃべらなくなると思う。饒舌が終わるとき君は遠くなるのだ。

 後で考えてみたら、完璧にルートを間違えていた。いや国道10号線から小林、えびのを経過し大口を過ぎて出水に出て、そこから国道3号線で水俣に向かうという基本路線は間違っていないのだが、とにかく遠い。人吉を経過していけば2時間ちょっとで行けるということを帰り道で学んだ。イッツトゥーレイトと言うやつである。しかし、今は行きのルートである。鹿児島エリアを過ぎて熊本の標識が見えたときは嬉しかった。しかし、案の定関所があり、クマモンがデカい面して通行手形を出せと言ってきた。パスポートを銃で求められた、プラハからの手紙である。分かるかな、よっぽどパンタが好きじゃないと分からねーだろうな。などと妄想しながら軽トラは水俣市を走る。途中で味千ラーメンがあって、あっと驚く。いや、熊本県に味千ラーメンがあるのは京都市に王将があるのと同じくらい日常的なのだが、そのお店は間違いなく、今から多分三十年近く前に僕が鹿児島の営業所から熊本の営業所まで移動中に昼飯を食べた店に間違いなかった。

 こういう記憶は一気に蘇ってくる。そういえばあそこの煙草屋で当時へヴィースモーカーだったオレはハイライトを2箱買って、それを吸いながら熊本の東バイパスにあった事務所に向けて走ったとか、もう少し走ると海が見えてきて、突然頭の中でリザードの「サカナ」のメロディーが流れてきて大声で歌っていたら、信号待ちしていたヤンキーっぽい兄ちゃんに睨まれたとかつまらないことをたくさん思い出した。そして、信じられないモノを目にした。標識である。進行方向に矢印があって「江戸」と書いてあった。反対方向にも矢印があって「薩摩」と書いてあった。真ん中の支柱には薩摩街道と大書してあった。写真を撮らなかったのでウソだと言われるかもしれないが、まぎれもない事実である。肥後の連中はやはり田原坂の恨みを忘れていなかったのだ。ここはやはり時代が止まっているのだ。などとこれは軽トラに乗り疲れたワタクシの妄想である。

 国道3号線で水俣を通過し、そろそろ目的のキャンプ場が近づいたかと思ってN村君に聞いたら、「うーん、もう少しじゃないですかね。オレもようとは知らんとですよ。確か、まだ熊本の事務所があった時一度下見に来ただけで泊まったこともないとですよ。」と不安なことを言う。あわてて携帯で地図を調べると、水俣を過ぎて津奈木町を過ぎてようやく芦北町だが目指すキャンプ場はその芦北町のかなり北部、もうほとんど八代(ネイティブは「ヤッチロ」と発音します。ハイ、りぴーとあふたーみー、「ヤッチロ」、わんもあたいむ「ヤッチロ」とまるで某英学校の授業みたいに、笑)。今、念のために地図を確認したが、やはり少しくらくらした。遠いなぁ。それでも、軽トラは走る。乗員二人はもう口を開かない。これぞ九州男児というくらい寡黙、N村君はハンドルを持ってまっすぐ前を、僕は開けた窓からひじを付きだして斜め前を凝視していた。その時携帯が鳴って、出ると能天気なZappy君からだ。「今、どこですか、え、まだそんなとこですか、じゃ僕らはもう釣りを終わらせてマリンハウスに移動しますから」と自分の用件だけ言って切った。釣りをしているというのは、その前の電話で聞いたが昔の上司が二人も来るわけだから、鯛の2~3匹は釣っているんだろう。まさか坊主じゃないだろう。いや、あいつらのことだから太刀魚がちょっと釣れたら大漁とか言い張るんじゃないか、と多少でも元気があればそういう悪口を言って士気を高めることも出来たかもしれないが、疲れ果てていた僕たちは寡黙なままだった。

 「たのうら御立岬公園」という標識が見えたときは、嬉しかった。遂に到着したのだ。どんなに長い旅も終わりは来る。明けない夜は無いのだ。あなたが希望を捨てたのです、希望はあなたを捨てません。などと最後はテレホン人生相談のフレーズを入れてしまったが、とにかく着いた。と、思ったのは早計で国道からキャンプ地まで7キロもある。さらに山の上にずっと登っていくのだ。先に行った連中が釣りをしていたくらいだから、僕は海の側だと思っていたが、実は山の上にキャンプ場はあり、その先に海が見えるとこれは多少元気を取り戻したN村君が教えてくれた。とにかく、先は見えてきたのだ。しかし、山道を登るとそれ風なキャビンはいくつかあったが、どこにもマリンハウスなどとは書いていない。もしかしたら道に迷ったのかと不安が走る。こういう時は電話で聞くのが早いとZappy君に連絡したら、僕達は行き過ぎていた。来た道を少し戻って駐車場で待っていたら、Zappy君が迎えに来てくれた。そう、このキャンプ場は駐車場は離れた空き地にあるのだ。そしてこのことが翌日の悲劇の伏線となる。

陽光_convert_20130917230235

 駐車場に止めた軽トラを見て絶句しているZappy君を無視してキャンプ場に向かった。道路を横断して山の下の方に続く道を歩いてカーブを曲がると絶景が見えた。不知火の海だ。向こうに見えるのは天草だ。あまりの景色の美しさに一瞬言葉を忘れた。坂道をもう少し降りるとキャビンが数棟建っていて、その手前の2棟を僕たちのグループが借りていた。懐かしい顔が見える。郡山で夜遅くまでお客さんの家で商談をして、煮え切らない父親に「お父さん、もう決めましょう」と大きな声でクロージングをかけて、そのついでにテーブルを叩いたら、親父さんが逆上して警察を呼び、パトカーで護送されたH君。「さて、と」が口癖で若い頃は田原のトシチャンみたいな雰囲気を持っていて、やたら母子家庭に強かったK瀬君。外見はまるでレーニンみたいだが、それでも若い頃はスナックで受ける芸を持っていたI上君など、みんな元気そうである。さらにH君の二男坊、愛妻家を自称しているI上君とZappy君は奥様同伴である。

 全員が顔を揃えたところで、8月に亡くなられた、宮崎の元所長だったT岡さんを偲んで黙祷1分。終わるとビールで乾杯し宴会がスタートである。BBQである、九州電力のインターネット回線ではない。あちらはBBIQ。ジェフ・ベックとティム・ボガードがクィーンとセッションするわけでもない(回りくどい割に面白くなかった)。要するにバーベキューである。野外にテーブル、コンロ、網はセットされている。そこに炭を入れて火をおこし、それぞれ肉や野菜など好きなものを焼いて食べるという原始的な食事である。毎年の夏のキャンプではこのBBQで一大焼肉大会をやっていたが、しかし、それぞれやはり年齢を重ねたせいか、今回は先ずは魚を焼こう。釣って来たばかりの魚を焼こうということになった。またこれはI上君が持参したのか立派な海老があったので、それも塩を振って焼く。Zappy家御用達の伯方の塩より高い塩である(笑)。魚と海老と野菜を焼くとなんとなく満足してしまい、その後の手羽先や豚バラ、もちろん牛肉などにはあまり手が伸びない。それでもビールを回せ、底まで呑もうとばかりにみんなアルコールは結構なピッチで進む。ときどき手を休めて海を眺めるが、曇り空の隙間からのぞく太陽が海に反射して頗るきれいである。いいな、いい場所だなと思わず口にしたが、しかし遠い遠いぞと文句は忘れずに言っておいた。もっともそりゃ軽トラで来たら遠いよりもきついでしょうと全員から反論された。だからオレのフィアット(ホンダ製)で来ればよかったんだと後悔する。

コンロ


 というところで本日はこっでしみゃー。続きはまた後日。ちゃんちゃん。

まさかのガス欠



キャンプも終わり、芦北町から人吉に向け移動中だったが、いきなり車がエンスト。昨日は半分入っていたガソリンが空。抜かれたのか…?。

遠い海の記憶



つぶやき岩の秘密のテーマソングを思わず口ずさむ夕暮れの海。

キャンプ場到着



芦北町の遥か奥にあった。行けども行けども目的地は見えず、軽トラの固いシートに会話も無くなる頃に看板が見えた。車を停めて、キャンプ場まで歩く途中に海が現れた。海の向こうに見えるのは天草。サンダカン八番娼館を偲んて、思わず合掌する。

いざ肥後の国へ



毎年恒例のキャンプ。今年は菱刈では無く、肥後の田浦町のキャンプ場だ。温泉もあるし海釣りも楽しめると言うが、発信元は当てにならないZappy君なので、自分の目で見るまで安心出来ない。

また例によってN村君が迎えに来たが、何と車は軽トラ。もちろんマニュアル車。窓を開けるのにハンドルを使うのは何年ぶりだろうか。もちろんカーステなど無い。果たして無事に着けるのか?

ひとこと言っておく

 オリンピックなんて浮かれてんじゃねーよ、さっさと3.11の始末つけろや。ということで、いつもなら頭脳警察やザ・スターリンの動画を貼るのだが、気持ち若ぶってみた。



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