ライブ終了



カッチョイーのだ。峰厚介のサックスを堪能した。イエー!!
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アイムレディフォーライブ



さて、これから峰厚介のライブに参戦。その前に、いつもの居酒屋でガソリン注入の筈が、なんと臨時休業。大急ぎで地鶏の店を見つけ、臨時ミーティング。しかし、枝豆の美味しい季節になった。

動物園なう しょにょ2



思わぬところでピンクフロイドに遭遇。

動物園なう しょにょ1



水前寺公園に行く前に寄り道。辻仁成の歌を口ずさみながら散策する。

清正なう



あっちゅーまに熊本到着。市電に乗って熊本城へ。カトちゃんがいたので写真をパチリ。こいつが西軍に参加していたら、徳川三百年はなかった、かもね。

鹿児島中央駅なう



発作的遠くへ行きたいシリーズ第一弾で、鹿児島経由で熊本に行く事にした。九州新幹線に乗ってみたいのだ。プラットフォームに出て新幹線の顔を見ていると悲しい気持ちになった。新幹線の顔がドナルドに似ていて、先日彼岸の国に旅立ったドナルドダック・ダンを思い出したのだ。

ありがとうPIP、ありがとうRIP

 最近立て続けに70年代に活躍した人たちの訃報が続いている。音楽関係ではザ・バンドのレヴォン・ヘルム、パイプ咥えたドナルド・D・ダン、モンキーズのデイヴィ・ジョーンズ、ミュージシャンではないが音響のジム・マーシャル、H・ヒューストンとエタ・ジェームスという歌姫二人。我がポンニチでも安岡力也(ホタテマンは昔ロカビリーを歌ってたんだぜ)、残りの葉っぱは2枚だけ、誰が最後の一葉になるのかというのは悪いジョークだな、フォーリーブスの北公次、最近すっかり忘れさられていた布谷文夫、名前くらいしか知らなかったというか、僕自身は全く興味ないがその世界では有名だった林光、こちらは知らない人のほうが多いかもしれないが、あの名作『怪奇大作戦』の音楽を担当した玉城宏樹(ローザの玉城とは別人28号)。他にもいるかもしれないが、まだ1年の半分を過ぎないというのに次々と訃報が届く。そして、今朝の新聞を見たら川村龍一が亡くなっていた。粗忽モノが大慌てするといけないので、お断りしておくが「河村隆一」ではなくて、「川村龍一」である。あの伝説の公開番組『ヤングおー!おー!』のMCをやっていた人である。もっとも当時は川村尚(ひさし)と名乗っていた。音楽関係者ではないという人は当時の関西ロックシーンを知らない人だ。『MTV』が始まるずっと前から、『ベストヒットUSA』が始まる前から、関西では『POPS IN PICTURE』という音楽番組、まあほとんどがプロモーションビデオであったが、たまに静止画像に音楽ということもあったが、海外のといっても米英がほとんどだったが、そういう音楽番組がテレビで放送されていた。そのMCをやっていたのが川村ひさし(龍一)である。当時の関西にいたロックのお子達はこの番組と国営放送の『ヤング・ミュージック・ショー』を楽しみにしていたものだ。

 もっとも『ヤングおー!おー!』といって懐かしがるのは、70年代に関西文化に親しんだ人でないと、何それ的な反応かもしれない。しかし、まだ若手だった三枝と仁鶴という関西落語界の今や大御所二人がコンビを組んでやっていた番組である。スポンサーはこれまた関西の大手企業、日清食品。当時、カップヌードルが発売されたばかりでカップに入った食品をフォークで立ち食いするなどという習慣は全くなかったため、販売促進の一環として『ヤングおー!おー!』を見に来るお客さん(要するに公開番組に参加しようとする多くの若者たち)にカップヌードルを無料配布し、そこから口コミでブームが広がっていったらしい。もっとも、この話はセンミツのF田敏雄君から教えてもらった話なので、どこまで本当か分からない。

 とにかく、あの番組で唯一標準語のイントネーションで喋ることが出来た出演者である。自分の事務所で亡くなっているところを発見されたらしいが、やはり人間死ぬときはひとりなんだという当たり前のことを再認識した。合掌。



メッタメタ日記



読まないといけない本が、溜まっているのにフルモトに寄ってしまう。幸か不幸か、中古CDには欲しいものがない。たまには素通りもいいかとマンガのコーナーに行くと、なんと、あの谷岡ヤスジのベストがある。オラオラ、オラオラー、これ買うもんね。オマーラには、絶対譲らんけんね。これから家に帰って布団に入って読むけんね。誰にもジャマさせんけんね。ついでに原発の再稼動も許さんけんね。オザーラもハッシーもシンタローもまとめてフンサイだけんね。

と、このようにヤスジ菌は強烈である。突然、谷岡ヤスジが出てきたが、これも山田風太郎、山下洋輔つながりなのだ。

ビバヤング!洋輔2デイズ

 すっかり忘れていた。洋輔2デイズの話だ。やっぱり、あれだな。ストリート音楽祭は次の本番に向けてのリハーサルというか指ならしだな、などと少しひねくれた考え方をしたが、いやいや実に満足、お腹一杯プロの演奏を聴いた2日間だった。今年も昨年に引き続き、ストリート音楽祭とその翌日のホール・コンサートという山下洋輔三昧の日が続いたのだ。大変うれしいことに、我がストリート音楽祭と洋輔は3年契約らしいので来年もこの2デイズが見られると思うと湧く手か、いやwktkである。wktkなどと書いても、拙blogをお読みいただいている「年齢と体力はともかく、精神だけはナウなヤング」の諸君には通じると確信している。まさか大慌てでグーグル先生に質問している奴はいないよな。あ、ケペル先生に聞いても無駄だぞ。『H-O-W, How?How?How?インディアンじゃないんだよ、それはベサツ用語だから今はネイティブ・アメリカンさ。ついでにエスキモーも今はイヌイットさ』、としか答えてくれないはずだ。ひょっとして子供電話相談室に尋ねたら無着成恭先生が独特のイントネーションで「それは、ワクテカと言ってね、期待に満ち溢れて『わくわく、てかてか』しているところから使われ始めてね」などと説明してくれるかもしれんが、保証は出来ない。

演奏中

 などと、またもやどさくさまぎれの導入部であるが、しかし、なんというか、やはり洋輔は洋輔であった。実は、今回のストリートと翌日のホール・コンサートだが、先だって行った遠藤ミチロウのライブの時に、いつものY尾君がフライヤーを持ってきてくれて、その時のフライヤーはホールコンサートのものだったが、そこには大きく「guest 向井滋春」と書いてあり、何年か前のストリート音楽祭に向井滋春が出演したので、今回もストリートに登場するものと信じ切っていた。ま、いつもの粗忽だ。去年の洋輔ライブはサックスとパーカッションが若手2人、そしてバイオリンに太田恵資というメンバーだったが、今回はベースに坂井紅介、ドラムに江藤良太、そしてなんとサックスに川嶋哲郎という強烈メンバー。僕はてっきり、この洋輔カルテットにゲストで向井さんのトロンボーンが絡むと信じ切っていた。そしてそれは間違っていなかったのだが、向井さんが登場したのはホール・コンサートだけであった。

 いや、どうも未だに興奮が冷めないもので、話が見えないかな。もう一度整理して始めて見る。少し前のエントリーに書いたように、今年のストリートは陽太が出ないので、夕方の洋輔のライブに間に合えばいいけど、もしかしたら拾い物のバンドがあるかもしれないし(これはザッツ・ライトだったが)、まあ昼ビーとか昼チューがどうどうと出来るのもストリートの特権と午後の2時半くらいから、ILU GRACEのリハを見ながらちびちびやっていたのだが、洋輔のライブが始まる前の16時には県庁のクス並木通りのど真ん中に設置された仮設ステージに向かったのだ。先発隊のY尾君が前列から2番目の椅子を確保したという電話があったので、それほど慌ててはいなかったが、とりあえず片手に昼チュー・オン・ザ・ロックの紙コップを持って歩行者天国になっているメイン・ストリートのど真ん中を歩いて行った。まさしく”Exile on Main Street”である。当然口ずさむのは「タンブリン・ダイス」である。Exileがついているからと言って「ちゅーちゅータコかいな」じゃなかった「チューチュートレイン」などは間違っても口ずさむことは無いのだ。などと、妙に力が入ったが、時々紙コップを口元に持っていき、ややふらふらしながら洋輔のステージに向かった。すぐにY尾君と合流し、その後別の友人とも一緒になり、とりあえず3人で前から2列目のベストポジションというべき場所を確保し、この日合流するといっていたロック・バーのマスターのための椅子も確保した。あいにく空模様が怪しくて、今にも振り出しそうだったが、洋輔のライブを見に来るお客さんはひっきりなしで、路上に置かれたパイプ椅子はほとんど満杯状態であった。「drac-obクン」と女性の声がするので、そちらを見ると高校時代の同級生がいた。つまりは同い年である。せっかく洋輔のライブを見るのだから、ここはひとつ「ジャズ喫茶に出没する謎の美少女」と一緒に見たいのはやまやまだが、残念なことにコネクションがない。今から知り合おうとしても、ライブまであと20分。うーん、この際、ひとつ妥協して同い年でもいいじゃないか、久しぶりに積もる話もあるかもしれないじゃないか、あ、それ以上に可能性があるのは同級生の人脈からおねいさん関係の紹介を貰えるかもしれないじゃないか、ということをコンマ5秒で考えて「お、久しぶり、Y尾もいるし後からロック・バーのマスターも来るから、一緒に見ないか」と誘ったが、相手は僕の下心を察知したのか職場の人達と一緒だからまたね、とあっさり断られてしまった。

 ま、それはいいのだが、ライブの前にガソリン補給ということでY尾君も昼チューを始めて、前回のミチロウライブの総括などをしていたら、「どーも、どーも。遅くなって」と声がして、振り返るとロック・バーのマスターが立っていた。手に大きなビニール袋を持っている。「これ買ってきたから、皆で呑もう」と、彼がその袋の中身を出してきたが、なんと菅野美穂がCMしている丸くないウイスキー1本と、氷がたくさん入ったプラスチックのコップ(ロック・アイス・グラスなどと名前がついている)、そして炭酸のペットボトルが5~6本。いったいどうするのかと見ていたら、そのプラスチックのコップの包装を取り、上蓋を開け、そこにウイスキーを入れ、さらにその上から炭酸水をドボドボ入れて、上蓋をしっかり締めると、あ~ら不思議。そのあたりのオサレなカフェなんかで若人が飲んでるドリンクみたいになる。コップは横から見るとアイスティーなんかが入ってるように見えるが、その正体はハイ・ボールである。しかも呑み方が上蓋についてるストロー口みたいなところからちゅーちゅー呑むから、はたから見るとどう見てもオサレなドリンクを飲んでるとしか見えない。

 こりゃ、いいじゃないか。昼間っから紙コップでウイスキーなど飲んでいると、どうも人間やめますかのオジサンみたいだが、こういう感じでわあわあやってるとティーパーティーに集った30年前のヤングみたいでいいじゃないか、などと勝手なことを言ってぐいぐい呑んでいるうちに開演の時間がやって来た。もっとも、空模様はますます怪しくなり、時々冷たいものが顔に落ちてくる。ステージにはH高時計本店のものと思われるグランド・ピアノとドラムセット、そしてマイク、PAがセットされている。こりゃ雨天中止で場所移動かなと、少し不安だったがスタッフがステージに簡易テントを2帳持ってきて簡単な雨よけはできた。定時より5分ほど遅れて、ステージにメンバーが登場した。

 去年、ストリートで見た時はサービス過剰なまでのMCがあり、しかもその時のライブ前に地元テレビの番組にも登場していた洋輔だったが、今年はおしゃべりも控えめ。その分演奏に熱が入っていた。1曲目、2曲目は昔の洋輔を思い出させる、ややフリー・スタイルの演奏。しょっぱなからひじ打ち、拳骨が乱れ飛ぶ。川嶋のサックスもブロウしている。ベースもドラムもブッ飛ばしていく。なんでもかんでも、どんと来い。これが洋輔だという演奏だった。今回のメンバーの人選がどういう基準だったか、当然知る由もないが、一人一人に好き勝手に演奏するパートがあり、アンサンブルとソロのバランスがしっくり、天気はなんとか持ちそうな感じだ。



 3曲目に演奏したのは「幻燈辻馬車」。洋輔のリズミカルなピアノと川嶋のフルートが薄暗い東京の街を走る馬車のイメージを喚起する。あの岡本喜八監督が、山田風太郎原作の明治ロマンあふれる幻想小説を仲代達矢、真田広之、緒形拳という芸達者な役者と山下洋輔の音楽で映画化しようとして果たせなかった幻のサウンドトラックである。洋輔本人も、随分思い入れのある作品のようで去年も演奏している。またMCでも「どなたか奇特な方が出資して、何とか映画にしてくれませんかね。たったの10億くらいでいいんですが」などと無茶をいう。よっぽど手を上げて「オレが一部負担するから、残りの9億9千9百9十9万をどなたか負担してくれないか」と言ってやろうかと思ったが、良く考えるとこのライブは配偶者もどこかで見ているはずなので、その後、家に帰って『恥ずかしかった』とか『バカじゃない』とか言われるのがうざいのでやめた。MCといえば、その前に「スパイダー」をやった時だと思うが、「…この曲はそれぞれが自分の好き勝手に演奏していいという曲です。こういうことを40年以上やってきました」と言うのを聴いて、思わず全力で拍手をしたら、その拍手に反応してくれたのか「ありがとうございます」と返事をしてくれた。そうなのだ。限りある人生で、自分の好きなことをやらずに我慢してどうするのだ。言いたいことは言う。やりたいことはやる。それでいいのだ。人生は単純なほうがいいのだ。と、このあたりは赤塚イデオロギーもかなり影響しているな、オレ。

ソロ

 ラスト・ナンバーはクルディッシュ・ダンス。クルド人に聞かせたらクルド人もびっくりして、長いストローをグラスに差し込んで帽子をかぶってウィンクしたと、どこかで初恋の味と混乱してしまったが、あ、あのカルピスのイラストもいらんことチクリのどこかの親子がダメにしてしまった、ちびくろサンボも焚書にあった。だいたい、痛みを共有するのはいいがロイクでもないのに、やたら難癖つけてマンガや本や、ええとその他多くの我がポンニチ文化に「ああ、こんなところに関わるのは時間と金の無駄だからとりあえず謝って、無かったことにしておこう」という長いものに巻かれろ主義を蔓延させたのは、彼らの犯した大きな罪だと思う。あ、なんでこんな話を書いたのか、先ほど読んだ週刊誌でハッシッシビヨンドオザワなんて記事読んでムカついていたからだろう。

 とまあ、1時間のライブは圧倒的に凄まじく、ただ向井滋春が出てくるはずだ、きっと出るはずだ、いつ出るんだろう、そうか前半30分はカルテットでやってその後ステージに呼ぶんだな、あれ、もう残り時間があんまりないぞ、え、クルド人も踊り終わったぞ、そうか、アンコールか、憎い演出だね、アンコールに出てきて一緒に、あれ、ステージを解体し始めたぞ、どうなってんだよ、おい、こら主催者、え、あ、なに、向井さんは明日のホール・コンサートのゲストで、今日はまだ宮崎にも来ていない、え、なんで、いや、フライヤーに書いてあった、あ、あのフライヤーはホールのこと、ストリートじゃない、要するにオレの早とちり、得意の粗忽、あ、そう、うん、人間思い込みって怖いね。というやり取りがあったが、そんなに気にすることは無いと思う。

 洋輔を見終わって、急いで先ほどリハを見たILU GRACEのステージに向かった。ラストの2曲を何とか聴くことが出来た。その移動中にBLACK BOTTOMのステージやROOM#501のステージがあったのだが、こちらは気がつかなかった。ILU GRACEのステージで別の友人とも合流し、腹も減ったのでシーメに行くかと話がまとまり移動していたら一番大きなステージで何やら歌声がする。見ている客もかなりな人数で道路上の椅子はフルハウスで、左右の通路にも人があふれている。いったいなんだとのぞいてみたら、サーカスであった。真ん中に団長がいて左右にクロちゃんとHIROがいた。んなわけないか、それでは安田大サーカスだ。ステージにいたのは「ミスター・サマータイム」の大ヒット(いや、それしか知らんぞ、と言う声はさておき)で有名なサーカスだった。女性2人男性2人のコーラスは絶品で、バックは生ピアノ1台だったが流石はプロ。見事なハーモニーを聴かせてくれた。かわいそうだったのは途中で雨がぽつぽつ降ってきて、テントはピアノの所にしかなかったので、メンバーは雨に打たれながらの熱演でした。もっとも、どんな曲を歌ったか、ほとんど覚えていない。あ、そうそう「見上げてごらん、夜の星を」を歌ったな。

 そのサーカスも終了し、腹を減らした僕達総勢5名は、何故か無性に地鶏が食べたくなり有名な丸万に突撃。1軒目が満員だったので、2軒目に行ったらこちらも多かったが、なんとか座敷に上がりこみひたすら地鶏のもも焼をかぶりつき、脂がきつくなったらキュウリを噛み、漱ぎにスープを飲んだが収まらない。まだ食い足りないという意見が出る中、ロック・バーのマスターが「次は刺身を食おう」というひと声で店を移動。次に入った店は鶏刺で有名なお店。目の前に出されたモモ身、ムネ身、ササミ、ハツ(心臓)、砂肝、レバー、しかし中々箸が動かない。当たり前だ、先ほど鶏のもも焼を食べたばかりだ。いったい何が悲しゅうてこんなに鶏ばかり食べないといけないのだ。何の祟りだと喚きながら呑み且つ食った。なんだかんだで腹がくちくなってきたら、今度はちょっと歌でも歌うかと言う話になり、ストリート音楽祭のあった夜に僕の「サマータイムブルース(もちろんRCバージョン)」が炸裂した話まで書くと終わらないので、今回はここまで。あれ、洋輔2デイズなのに…。ところで、いったいどこが「ビバヤング!」なのだというご指摘はごもっともです。たまたまこの間読んだ本がオールナイトニッポンとセイヤングの歴史をまとめた『70年代深夜放送伝説』なんてやつだったので、潜在意識のどこかに残っていたんだな、パヤパヤ、ビバヤング!!

ラスト

署名のお願い、決して新作のレビュー書いてないアリバイ作りじゃないよ

 僕がblogをスタートした時に、お手本としたというか、こういうblogにしたいと目標にさせてもらった黒木燐さんは、実はストラングラーズの公式サイト『狂人館』の管理人である。あ、もっとも以前からこのことは何度か書いたので、ご存じの方はご存じだろうが、しかし、あのストラングラーズである。70年代後半のロンドン・パンク華やかなりし頃に、ピストルズ・クラッシュ・ストラングラーズというのが3大ロンドン・パンク・バンドなんて言い方をされたものだ。この3大パンク・バンドにはダムドを入れる場合もあったし、ジャムを入れる場合もあった。もっともジャムはパンクじゃねー、あれはモッズじゃと怒り狂った中年ジョニー・ロットンなんて話も聞いたな。確かに、ごもっとも。しかし、ジャムも出た頃はスリー・ピース・バンドで1曲あたりの演奏時間が短かったからパンクという見方をされていた。あ、もちろん我がポンニチだけだが。僕は個人的には、ストラングラーズはキーボードのイメージが強くて、パンクというよりドアーズのイメージが強かった。



 おっといかんいかん、肝心の情宣をしっかりせねば。要するに、そのストラングラーズを花の10代20代の頃から追いかけ続け、今やメンバーとタメ(じゃないけどそれに近い)の燐さん(以前頂いたメンバーのサインは我が家の家宝にしています)から、メールをいただき「ストラに賞をやってもよかろうもん、博多んもんは横道モン、青竹割ってへこにかく」、あ、すいません、メールの文章を僕が勝手にアレンジした。実は70年代から活躍してきたストラングラーズは未だに現役のロックバンドであり、3月に出した新作『GIANTS』は強烈なサウンドとメッセージを僕達に伝えてくれる。これ考えてみたら物凄いことですよ。あの頭脳警察だって75年から90年までは活動休止していた訳だし、まあ、ボーカルが変わったという点はあるけど、それでもここまでバンドを維持してきたというのは素晴らしい。先ほどあげたバンドで一貫して活動を続けていたのはストラングラーズだけだ(ダムドは今も活動しているようだけど、途中で解散とか活動を全くしていない時期もあった)。

 というようなわけで(どういう訳だよ)、ストラングラーズに賞をあげてもいいんじゃないか、いや、今までそういう話は無かったの、もしかしたらその手の話があったけど、それをJJに伝えたら「OSU」と言われて正拳突きされて鼻血を出してしまったレポーターがいたとかいう武勇伝でもあってタブーになっていたの、みたいなことは僕に聞かれても分からないので、『狂人館』の伝言板あたりで尋ねてください。あああ、肝心なこと書いてませんでした。要するに、ストラングラーズに賞をあげようという趣旨に賛同いただける方は、下のリンクから署名をお願いしたいというお話です。別にオレが署名しなくてもとか、気持ちは分かるけど私は忙しいから誰かするわ、などというのはやめましょうね。この1票は小さいが人類にとって偉大な1票だと歴史が証明してくれる(筈)。

 『狂人館 The Stranglers for Lifetime Music Award!』

久しぶりのブツ



連休後半初日は、車で墓参に行き夕方は歯医者で治療、そして最後にサヒカブイのフルモト探索。連休でバーゲンをやっており、通常500円の中古CDが半額。きりよく4枚購入し、オマケのガラガラを引いたら100円のサービス券をゲット。

しかし店内で携帯を片手に手当たり次第にCDを買っている若いオトコを発見。業者だ。バカンスがてら、こちらに来ているのか、当方の守備範囲とバッティングしてないので見逃してやったが、次ぎは許さん(怒)。

総括、ストリート音楽祭にあえて苦言を呈す

 南九州の春一番と呼ばれている噂はあるかどうかしらないが、毎年ゴールデン・ウィーク前半のお楽しみであるストリート音楽祭に行ってきた。もっとも、今年は宮里陽太のグループが不参加なのと、メインの山下洋輔以外は、あまり面白そうな出演者はいないようだと判断したのが大きな失敗だった。これは、ちょっと真面目な問題提起なのだが、我が故郷ディープ・サウス、スィート・ホーム・ミヤザキのイベンター諸氏は演出下手というか、情宣が弱いというか、もうちょっと動員というか、一人でも多くのお客さんに情報提供して、「あら、このようなイベントなら是非行ってみたいわ」とか、「サービス業で人が休む時がカキイレドキなんだけど、こんな魅力的なイベントなら有休取って必ず参加」とか、「九州の男はこまかかこつはヨカ、さっさと参加じゃ」などといったレスポンスを想定したイベント組みは出来ないのか、え、どうなんだコノヤローと、やや怒りに満ちているのだ。

 もっとも、僕自身も今回の音楽祭は開催される2,3日前に主催団体のホームページを見て、スケジュール表を印刷しただけで、どんなバンドやシンガーが出るのか事前調査を全くしていなかったことも敗因だった。が、しかし、ですよ、このインターネットの普及した今日、イベントの出演者たちのホームページが主催者のホームページにリンクされていないというか、まったく情報がないというのはどないやねん。一体全体、このイベントを真の「南九州の春一番」として定着させる気はないのかねと、まあやたら興奮していますが、とりあえず当日の様子を簡単にレポしていきたい。

 先ほど書いたように、イベントのプログラムを印刷して、とにかく当日の目玉は16:30スタートの山下洋輔スペシャル・セッション(sax & flute 川嶋哲郎、bass 坂井紅介、drums 江藤良人)なので、恒例の友人・知人諸君には「僕は14:30くらいから会場に行きぶらぶらしている」と連絡したが、ほとんどみんな洋輔の演奏直前の16:00に現地に来るという返事だった。おっと、1名だけ前日に連絡取れた友人がいて、その彼だけは「14:30現地集合ね、了解」と二つ返事だったので、洋輔のライブまでの時間は、その彼と昼チューでもやりながら適当にあちこちのステージを見ようと考えていた。

 当日、なんだか怪しい雲行きだったが、多分雨は降り切らないだろうと判断して、昨年の僕のお誕生日の時に購入したZEK3のTシャツにジージャンという、いや、若いねオレも、まだまだいけるんちゃう、人間思い込みが肝心やといったい誰に話しかけているのか良く分からないが、とにかく個人的には気合を入れて行った。何年か前のストリート音楽祭で小野真弓が地元のミュージシャンをバックに歌っていたこともあったので、やはり、オトコたるものいつ何時どんな出会いがあるか分からないわけであるから、常に万全を期すべきではないかと思い、そういえばこの前のミチロウのライブの時に買ったザ・スターリンのバッジがあったはずだがと探したものの見当たらず、まあいいか、今日はパンクバンドは出ないイベントだろうから、とりあえずこのまま行こうと家を出た。ああ、しんど。

 市役所の前の大きな橋を渡ると、そこが会場の南端。例によってカマボコと白黒カラーのドレスカーが道を塞いで、そこからホコテンになっている。あ、カマボコというのは青ガラスが沢山乗ってる車、ええと世間一般ではなんというのか、あ、キドータイだ、キドータイの人たちが乗る装甲車みたいなやつと、白黒カラーのドレスカーというのはもちろん、パトカーのことである。要するに、そこから歩行者天国が始まっているというか、5つの野外特設ステージと4か所の屋根付きステージが広がっている。ぶらぶら歩きながら、あたりを見回すが心なしか人の数が昨年より少ない気がする。また一番最初にストリート音楽祭に来た時はメインステージとは別に道路沿いにマイクと簡単な楽器を持ったミュージシャンが沢山いて、それこそ名前の通りストリートで演奏していた。近くを通る人は気に入った音楽だったり、ちょっと気になる声がしたらそこにたたずんでしばらく一緒に聴いているという景色があり、ああ、いいな、まるでドイツのメールス・ニュー・ジャズフェスティバルみたいだな(いや、行ったことないけどものの本によるとそういう感じなんだって)、とかこれこそ草の根音楽活動ではないかなどと一人頷きながら歩く初夏の道という風情だったのだが…。

 このストリート音楽祭のもう一つの楽しみは、メインのステージの近くに特設テントが設置され、そこで地元の名店のいろんな飲み物食べ物が買えることと、場所が昔からの商店街なのでそれぞれ道路に面しているお店も外に売り場を作り、そこでもいろいろなものが買えるというところがあった。しかるに、今回はあのシアトル系の喫茶店は何やら売り場を出していたが、去年洋輔のステージを見る前の腹ごしらえで買った地鶏やフランクフルトのお店がない。いや、お店そのものはあるが閉まっていて、外の売り場が設置されていない。飲み物(もちろん我らせんべろ部隊の飲み物と言えば昼チュー、昼ビーである)も、通りの一番真ん中のテントの所まで来ないと売ってない。とりあえず、飲み物食べ物の場所とステージを確認したが、その時点で演奏しているのはブラスバンド系の出演者ばかりだったので、また来た道を引き返そうとしたら電話が鳴った。14:30に来ると言ってた友人である。さっそく合流して、やあやあ久しぶり、まずは軽くのどを潤すかと昼チューオンザロックを100円(!!)で購入。コップがふにゃふにゃの紙コップじゃないな、今調べたらクリアコップというらしいが、あの透明なちょっと力を入れるとくちゃっとつぶれそうな薄いプラスティックのコップなので、立ち飲みは勝手が悪いからどこか椅子のあるところに座ろうと言って移動したのが屋根つきの小ステージだった。

ILU GRACE

 そのステージには痩せた髪の長い女の子と、眼鏡をかけたパーカッションと6弦ベースの男の子の3人組だった。僕は友人と、あれこれ世間話をしていたのだが、突然女の子が歌いだした。リハ―サルをやっているようだ。横のミキサーにパーカッションの音量をもう少し上げてほしいとか、いろいろ注文を出していたのだが、非常に声が魅力的で「エリー・マイ・ラブ」をアレンジして歌ってたけど、あ、あの歌は60年代ポップスから影響受けてるんだなということが分かったり、いや、なんだ、こいつら面白そうじゃんと思いつつ先ほどもらったプログラムを見た。グループ名はILU GRACEという名前でボーカルとパーカッションはどちらも地元の出身だった。



 リハが終わると「私たちは17:00から演奏しますので、良かったら聴きに来てください」とアナウンスがあった。うーん、ヨースケのライブが16:30から17:30なんだよな。じゃヨースケの後、急いで来たら何曲か聴けるかもしれないと考えていたら、今度は別の女の子がステージでリハを始めた。やたら声量があるなと、その歌声を聴きながらプログラムを見たら、MisaChiというソロシンガーで民謡をベースにしていると書いてある。そしてこの子も地元の出身である。そういえば井出綾香といい、鬼束ちひろといい、少し前になるが今井美樹といい、もっと昔になるがしかもアイドルだが浅香唯といい、我が故郷は女性ボーカルは中々いいのではないか、などと愚考した。いや、あの、要するにおねいさん関係のミュージシャンは大好きだということで、ま、その、な、そりゃどうせ応援するなら、むくつけき野郎よりも女性のほうがいいというのは自然の摂理ではないか。などと大慌てで言い訳を書いたが、じつはこのシンガーも演奏時間は15:55スタートの16:45である。いや、ヨースケのライブは16:30からなので彼女の歌をぎりぎりまで聴いて移動すればいいじゃないか、などというのはトーシロのたわごとで我が地元におけるヨースケの人気を知らないからそういうお気楽なことが言えるのだ。みんな、どうせ「タダ」で見られる演奏だから、少しでも前のいい場所で見ようと考えるので30分前にはステージ前に行かないと椅子が無い。立ち見で悪くはないが、せっかくのピアノを聴くのに立ち見はせんないではないか。じっくりゆっくり腰を落ち着けて、呑むものを呑みかつ食べ手拍子足拍子でいきたいのが人情だろう。



 ええと、ここまで書いて僕のいら立ちがご理解いただけたであろうか。友人との待ち合わせ場所と落ち着いて座れる場所がたまたま屋根つきのステージで、そこで偶然リハーサルを聴いて、この二人というか正確には一人と1ユニットだが、それを知ることが出来たのである。事前のリサーチをしないといけないというのは、もちろんだが、これだけ素晴らしいオリジナリティを持ったミュージシャンが僕たちの地元にもいるのだ(正確にはいたのだ、だな。活動の場は大都市圏になってるようだから)。おう、だったら応援してやろうじゃないか、ええ、どうでぇ社長、とこれはいったい誰に行ってるのか良く分からないが、うーん、もったいなかったな。それとスケジュールの調整も何とか出来なかったのか。要するに面白そうな連中はほとんど16時から17時の近辺に集中してしまって、まあ、洋輔を諦めていればこのMisaChiとILU GRACEは連続してライブを見ることが出来ただろうけど。うんにゃ、やっぱりワシはこの日と翌日でヨースケ2デイズをゴールデン・ウィーク前半のクライマックスとして設定していただけに、この2組が13時くらいからスタートしていれば、じっくり見られたしもっと楽しめたかもしれない。うーん、もったいない。さらに、音楽祭が終わり家でネットを見ていたら先日陽太のバンドでドラムを叩いていた井ノ上氏も別のステージで演奏していたようで、先ほど彼のblogを見たら動画がアップされていて、お、何だ、ここもミニスカのおねいさんがボーカル取ってる、あ、いや、その、そういうことではなくてですね、うん、もう少し告知しようよ。まあ、後の祭りと言えばそれまでだけど、三味線の師匠さんたちのコラボ(地元で有名な三味線の方)とか、そしてBLACK BOTTOM BRASS BANDを見逃したのは痛かった。でも彼らも16:50からなので、絶対見られないよな。などと愚痴をいっぱいこぼしていますが、いや本当に企画として素晴らしいイベントだし、毎年毎年確実に足跡を残して成長しつつあるイベントなので、もう少し情宣を上手く情報提供を密に、地元の各メディアを上手く使ってもっともっといいイベントにしていきたいし、協力するところは協力するから、主催者団体の諸氏は今回のワタクシの批判を真摯に受け止めて頂き、可及的速やかに善処お願いしたいという次第であります。で、肝心の山下洋輔はどうだったか?あなた、何をさらし粉、ふくらし粉ですよ。悪かろうはずがない。ヨースケ怒涛のライブレポートとコンサートのレポートは、また明日の心だ~。



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