いい音楽との出会い、まるでダイアン・バーチに出会った時のよう

 書店に入って、ふと目に留まった本がめちゃくちゃ面白くて、でもどうして、その本が目に留まったか理由が良く分からないことがある。似たような経験で、レコード店で何の気なしにレコード棚を物色していて、ふと手に取ったジャケットが気に入って聴いてみたら、大当たりだといいけどたまに大外れがあったりする。でも、そういう経験を繰り返していくうちに大体こういうのは当たり、こういうのはハズレということが分かるようになる。

 Wolfgang's Vaultというサイトがあって、僕のblogを冷やかすような音楽ファンはとっくにご存じだと思うけど、あのビル・グラハムが残した膨大なアーカイブを無料で提供してくれるサイトで、万一ご存じない方がいたら、ここのサイトの説明読むと分かるのだが、このところ毎日メールが届き、もちろん懐かしい70年代の涙涙の名演の数々が聴けたり見れたりしてありがたいのだが、今日は全く知らないミュージシャンだった。Nicki Bluhmという名前で、曲名が”Jetplane”。最初見た時は、ジョン・デンバーの「悲しみのジェットプレーン」かと思ったけど、あちらは確か” Leaving On A Jet Plane”ってタイトルだったよな、などと思いながらクリックして動画を見たら、これがズバリ良かった。

 どこかのログハウスだか、倉庫(最初見たとき、床のシールドがまるで藁のように見えて、ちょうどニール・ヤングの『ハーヴェスト』の裏鮭、違った、裏ジャケみたいに見えた)で一発撮りで録音したような感じで、曲もいいし演奏もいい。第一この人の歌声が非常にいい。立て続けに動画を再生し、ちょっと調べているうちに彼女のサイトにたどり着き、そこで”Jetplane”のMP3が無料ダウンロード出来て、ラッキーなどと思いながらプロフィールなど読んでみると、あ、何だ、あのギタリストと夫婦なのか、と、別にこれは失望したわけではなく、ワタクシの人妻好きはこれはもう有名な話で、いや、その、ナニで、ナニする話で、ええい、もといっ!

 まあ、ニッキー・ブルームさんと旦那のティムさんを中心にしたバンド、ザ・グランブラーズ(the Gramblers)という非常にいい音楽を今日は見つけることができたというお話で、うん、ボトル・ネックのギターもいいし、Wolfgang's Vaultの動画で見たベースがアコギタイプのウッドベースで、さらにドラムも中々タイトにリズムを刻み、バンドのアンサンブルがしっかりしていて、コーラスも、うん、いけんじゃないの。久しぶりにこの手の音聴いたなって感じでした。YOU TUBEの動画を貼っておくので、良かったら聴いてみてちょんまげ。この映像もお洒落です。いきなりCS&Nのアナログジャケットが出てきてびっくりしたんだけど、もっと驚いたのはステレオに立てかけてあるレコードの中から、自分のアルバムをセレクトしてターンテーブルに乗せるという演出。憎いね。



 そうそう、夫婦で「ヘルプレス」もやっていた。



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憧れのロンドン土産



キャンプから帰ったらMM21さんからロンドン土産のチョコレートが届いていた。ストラングラーズを見に単身ロンドンに行き、無事に帰って来たらしい。うれしい、うれしい。そして今夜は、下の子が推薦入試に合格したので焼肉てある。こちらもうれしいうれしい。

国境にて



家から車で走ること二時間。薩摩との国境に来た。ここから30分ほどで目指すキャンプ場に着く。しかし回りは島津の手先ばかり。毒を盛られぬよう心してイカネバの娘だ。

積読日記

某月某日

 このところ、フルモトばかり回っていて新刊書店に行ってないことに突然気がつき、自宅近くの某書店に向かった。K海堂という、その書店はカゴシマ資本であることが唯一の欠点ではあるが、品ぞろえがあっと驚くタメゴロー(しかし、表現が古いな)というところがあるのでたまに行くと新たな発見があっていいのだ。さっそくお店に入り、先ずは雑誌コーナーというか、まあこう見えても一応は元ブンガク部なので、ブンガク雑誌のコーナーに行くと、やったぜベイビー(もう、誰も知らないこの昭和のカホリ的フレーズ、byキョセン・オオハシ)、諸星大二郎のムック本が出ている。KAWADEから出版されると、あれはネットだったか新聞の書評だったが忘れたが、少し前に見たので驚きはしなかったが単純に嬉しかった。こりゃ買わねばの娘だと、手を出したがちょっと待て、確か自宅に某クレジットカードの1,000円分の金券があり、あれは確かA屋書店で使えたはずだから、それを使えば懐は痛まないはず。痛まねばの娘だとなんだか無理やりの結論に至り、それじゃ他に目新しいものは無いかとうろうろしていたら、ありました。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか』、という700ページ、2段組みのどっしりした面構えの本。

 この本が出版されているのは、確か日曜の新聞の書評で読んで知っていたが実際に手に取ったのは初めて。なかなかに手ごたえのある本である。いや、言葉通り物理的に重くて存在感があるんだな、これ。適当にぱらぱらめくっていたら、あの極真空手の大山倍達の話が合って、そこだけでも結構なページ数あったが立ち読みで一気に読んでしまった。力道山も大山倍達も半島出身で、その出自は彼らが存命の頃は一部のメディアで噂されただけだが、驚いたのは力道山はさておき大山倍達が石原莞爾のシンパであり、東亜連盟思想にあこがれていたなどというのは初耳であった。倍達という名前が実は半島出身者であることの隠語で、分かる連中にはすぐ分かった(つまり在日の人たち)らしいが、梶原一騎理論で洗脳されていた僕などにはとんと解らない世界だった。もっとも梶原史観が、格闘技をダメにしたみたいな展開もこの本には書いてあるようで、これはぜひとも読まねばの娘(いい加減くどい)と思ったが、何しろ高い。2,730円というのは新譜のアルバム1枚分の値段である。いや、もちろん、それでも読まねばならない本は買わずにはいられないのだが、実はこのところ押入れにしまってあった本や、未読・積読の本が机の周辺に圧倒的な隊列で以て結集しており、そうか、本は読んでこその本なのだと思いつつも、読まずにパラパラするだけでも純子幸せという日々を送っていたので、ああ、増えていく増えていく。部屋中に本とCDが増えていき、どんどん自分のいるスペースが狭くなるのに、一向に整理整頓されないこの日常という風景は家族全員から嫌われており、さらには己の甲斐性の無さから月の小遣いはスズメの涙ほどしかないはずなのに、ここ最近妙にCDや本が増えていて、本人(オレね、オレのこと)はフルモトで買っている、それもバーゲンで安い奴しか買っていないというけど、どうもそうではないのではないかという疑惑のまなざしで見られているから、とても新刊の700ページの本など買えない事情があるのだ。

 そこでしばし考えた。この本を読みたいが、買うのはちとまずい。かといって本文700ページ2段組のハードカバーを立ち読みで完読するには、どう考えても1週間や2週間、この書店に通っても厳しい。いや、「艱難汝を珠にす」を座右の銘としているワタクシであるからして、そのような苦行は厭わないのだが、仕事が終わってから書店に駆け付け、毎日1時間立ち読みというのはこれは書店の方にもご迷惑をおかけする。しかも途中まで読んだところにしおりを挟んだり、紐など入れたりすると当然痕が残る。本に癖がつく。手あかが付く。当然、お店の人から「お客さん、困ったでごわす。うちも人気商売じゃっどん、おはんのごつ、そぎゃん毎日ページばめくられたら、商売になりもはん。西郷先生も腹かくのは当たり前だのかるかん、てなもんでごわす(カゴンマシホンなので店長は薩摩からの生え抜きだと想像される。したがってここは薩摩弁でないとリアリズムが貫徹できない。我ながら細かいところに気を使っています。あ、最後の「当たり前だのかるかん」というのは一般的にはクラッカーなんだが、ほれ、薩摩の人間がありがたがるお菓子は例の山芋から作られたかるかんなので入れてみました)」などというクレームというか注意を受けるのは火を見るより明らかである。では、どうすればこの面白そうな、しかしながらやたらボリュームのある本をロハで読めるか。5秒ほど考えて、あることに気がついた。オレは納税者だ。つまり立派な市民であるから、行政サービスを享受することに何ら引け目を感じる必要はない。本をタダで読める、しかも冷暖房完備で快適なソファもある施設があるではないか。そうだ、図書館だ。

 ということで、近くの市立図書館に行ってみた。日曜日だし、何かイベントをやっていたようで駐車場が満杯。坂の上の離れた第6駐車場あたりに車を止めて、とぼとぼ歩きながら図書館に入った。思ったほど人はいないが、それでもソファや椅子は8割がた先客に占められていた。係りの人に聞くのも面倒だったので、端末で在庫検索。あ、在庫とは言わないのか、図書館の本は。蔵書というんだったっけ。とにかく、検索してみるとすぐにヒットしたのはいいが、貸出区分が「予別」になっている。なんじゃ、「予別」ってのは。「余別」というのは北海道の地名ではないのか。正確には北海道積丹郡積丹町余別町というのではないのか。まさかそんなところに本を置いているのか、などと錯乱するわけもなく、端末の置いてあるテーブルにあった用語集みたいなところを見たら、要するに先約の人がいるぞ、しかもすでに誰か借りているぞという意味だった。仕方がないので、こちらも予約を入れようとしたら、なんとすでに9人の人が予約を入れている。つまり順番に従うと、こちらは10番目。一人が1週間で読んだとすると、9週間、つまり本が手元に来るのは2か月後になる。2か月も経てば、もう来年になるではないか。そんなことをしていたら鬼に笑われる。しょうがないので図書館に予約を入れるのはやめた。もっとも県立図書館もあるし、みんながみんな読むのに1週間かかることはないだろうから、しばらく間を置いて見に来ることにした。

 もっともせっかくなので、他に面白そうな新刊は無いかと探したら、『ピーター・バラカン音楽日記』というのがあった。ピーター・バラカン、紅毛碧眼人ではあるが中々にポンニチ語を流暢に使えるし、その音楽評論は注目に値する。もっとも彼はRCのことを以前「下品な歌詞を喚き散らすバンド」みたいなことを書いたので、その1点で僕の中での評価を一気に下げてはいたのだが、まあ借り手がいなければ読んでやってもいいかと検索したら、なんとこちらにも予約が1名入っている。ケッ、そんなもん、待ってられるか。パスじゃ、パスと他を探しているうちに、ふと思い出したのが御大山下洋輔の蕎麦の本が未読だったこと。大慌てで検索したら、なんとこちらはありました。『蕎麦処 山下庵』という、こちらは山下洋輔が認める蕎麦好き30人の書いたエッセイに洋輔がコメントしているという編集本。手に取って読むと、それぞれのエッセイが週刊誌のコラムのようで面白いし、最後に書いてある洋輔のコメントが蕎麦と原稿を書いた人への感謝と愛情が感じられたので、即借りる。そのほかには平野肇の『僕の音楽物語 1972-2011』と平岡正明の『昭和ジャズ喫茶伝説』を借りた。平野肇の本は、ちょっと前にA屋書店の音楽のコーナーで立ち読みして(しかし、立ち読みばかりしているな。あ、毎週木曜日にコンビニでモーニングとヤンジャンとヤンマガを立ち読みしていることも、ここに公然と宣言する)、70年代のいわゆるニュー・ミュージックシーンに関わったスタジオ・ミュージシャンの内緒話みたいな感じで面白そうだったが、まあ買うまでは無いかと判断した本だった。平岡正明は、これはもうご存知元祖宣言派というか、××は○○なので、△△すべし、みたいな断言が小気味いいので、このところちょっと軟弱になっている己の精神に渇を入れてもらおうと思いセレクト。もっともジャズ喫茶って言葉も場所も今はその気になって探さないと見つからない。世知辛い世の中になったもんだ。

 という訳で、今家に帰ると図書館で借りてきた本をパラパラ読んでいる。山下洋輔の本は面白いのはいいのだが寝る前に読んでいると無性に蕎麦が食いたくなるのが欠点。しかし、世の中蕎麦が好きな人って多いんだな。麺類という党派の中に蕎麦しか認めないソバタリアンだとか、うどんこそ最高という四国うどニスト、なんといっても中華は世界を圧倒する、麺といえばラーメンという中華ラーメン帝国主義者とか何を言うか貴様たちはシナとポンニチの融合であるちゃんぽんを無視するのかというちゃんぽんだ・マンボ主義者。おみゃーたちのいうことはとろくさーていかんわ、やっとかめだで、というまるで猫の鳴き声かと思った名古屋きしめニスト、人は石垣人は城情けは味方仇は敵、ああああ、ほうとうインターナショナルこそ我らがもの、おっといけねぇ、ハイサイ、メンソーレ、我が沖縄こそが真のインターナショナル、ソーキソバこそ真の和・中・沖の合体などと言い出しかねない麺好き人間があちこちにいることだろう。

 なんだか最後のほうは訳が分からないことになったが、そういうことでここ最近は読書の日々が続いている。もっとも面白い本ばかりではなく、この間フルモトで105円で買った『ミック・ジャガーの成功哲学』などというウンコ本もあった。これ訳も機械翻訳ではないかと思うくらいこなれていないし、固有名詞の読み方が途中で変わっていても何も説明が無い。しかもこういう本を出すくらいだから作者がストーンズを好きなのは分かるが、他のミュージシャンの事を過小評価しすぎ。というかストーンズを過大評価しすぎて読むに堪えない。一応監修に越谷政義サンの名前があったけど、ちゃんと目を通したかどうか疑問だ。ちょっと引用すると「…ミックが書いた『悪魔を憐れむ歌』の歌詞が気に入らなかったのか、ブライアン・フェリーは1973年のソロ・アルバムで、この曲を大胆に変えてしまった(注:それをアレンジというのだよ)。1970年代にボウイと並んでグラムのスターだったフェリーはピアノをエレガントに弾き語り、一方で愛嬌はあるがずんぐりした体を揺さぶるそのアンバランスさが特徴だ(注:どういう意味だか分かりません)そのぎこちない動きは、会社のパーティで社長が色っぽいタイピストを相手に、張り切って踊っているみたいだった。」。って、いったい何が言いたいのだ。何とか我慢して235ページまで読んだが、放棄。そのうちフルモトに売りに行ってやろうと思っている。ということで、今日はここまで。

今時のセイガクは



地元の某国立大学の学園祭に来た。結構な人出で賑わっている。ステージがあるので見ると、女装した学生がAKBか何かを踊っていた。馬鹿者、そんなことをしている場合か。

で、ふとワタクシの学生時代を思い出したら、オカマ喫茶でピンクレディーを踊り狂っていたことを思いだした。♪あー、何にも変わらない、それなのに、それなのに、あー、変わった振りしてる…。

てげな楽しかった国際夜市 その1

解放区

 この週末は充実していた。予想以上にモウケものの週末だった。昨年の口蹄疫に続き、今年の新燃岳の噴火と全くいいことのなかった我が地元だが(もちろん、3.11とそれに伴う原発の人災事故の被害に苦しむ東北・関東の方々とは比較にならないが)、今年は昨年自粛した分さまざまなイベントで地域を活性化しよう、さらには及ばずながら東北支援にも貢献しようという趣旨(だと思う、多分)で「みやざきてげうま国際夜市」なるものが開かれた。これは、宮崎駅から中心部のデパートのある交差点までを土日は終日ホコテンにして、いろんな屋台、宮崎の地元のものから国際屋台という名前で台湾、韓国、ドイツの屋台まで登場するにぎやかなものだった。また平日もランチタイム(12:00~15:00)とディナータイム(17:00~21:00)は歩行者用の道路にそれらの屋台が2週間出没するという、結構ロングランなイベントだった。

 そして、なんといっても週末のホコテンではフリーコンサートが企画されており、お笑いのクワバタオハラや地元のバンド、さらには『さんまの娘だ』というと嫌がる(らしい、本当のことは知りません)IMALUなどのほかに、akikoのライブステージが予定されていて、前回のジェイク・シマブクロで味をしめたタダコンサートに、これは行くっきゃないと毎度の相方、Y尾君と相談して、それでは12日土曜日にakikoのライブが19時からなので17時に集合して大いに呑み且つ食い、そして最後には心地良いボーカルを聴いて1週間の疲れを取ろう、テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャー、テュリャテュリャテュリャテュリャーリャーっていい加減クドイ。

 などと打ち合わせをしたのだが、先週の月曜日にY尾君から電話が入り「どうしても当日都合がつかなくなった」などという。しょうがないので別の友人などにも声をかけたが、こちらも予定が入っていて都合がつかない。それでも配偶者などと行くとなるとワタクシの男がすたる。ええい、しゃーない。この際単独行動で街に出て、国際屋台で青い目のジュディでも探して恋に落ちてやろうと思ったが、台湾と韓国とドイツには青い目のジュディはいないだろうから、結構ストライクゾーンを広めに、スタンスを広めにとって多少のボール球には食らいついて行こうと考えていた。このあたりは花の75年度生は根性あるのだ。根性はあるが実績が伴わないという指摘は、この際無視するが。

 おっと、その前にこの「みやざきてげうま国際夜市」がどんなものか、イベントが始まった4日の夜か5日の夜に行ってみようと思っていたのだが、僕自身の段取りが悪く断念した。しょうがないので我が家のバカ娘1号にレポを命じ、とりあえずワタクシはドイツ・ソーセージを配偶者はトッポギを頼んだ。しかし、ドイツの屋台はものすごい人気で、ソーセージは購入できず、かわりにジャーマンスタイルホットドッグというのを買ってきてくれた。ジャーマンスタイルというからには、カール・ゴッチ直伝のスープレックス型ホットドッグに違いないと思って食べたら、大正解。ものすごくおいしかった。固めのパンの真ん中にソーセージがどんと座っているだけで、見た目は無愛想そのもの。しかも調味料はケチャップとマスタードだけなのだが、実にうまい。パンは噛めば噛むほど味が出てくるし、ソーセージは口の中で噛むと弾力があり、ぷちっという感じで切れる。そこからほとばしるジューシーな、おっと書いていて腹が減ってきた。とにかく、これがホットドッグなら今まで食べていたのはドッグフードとかいう別の食べ物ではないかと思いたくなるくらい美味でした。トッポギは…。まあ我が家のオンナコドモはバカ娘1号を除いて、二人とも韓流が大好きなので嬉しそうに口に入れたが、すぐに辛い辛いと喚き始めました。僕も食べてみたが、ゆでた餅に唐辛子まぶしたような感じで頂けませんでした。しかし、バカ娘1号に屋台の様子など尋ねたら、とにかくものすごい人出で大変だったことと、現金は使えないので「てげ」というチケットを購入、レートは1,000円で1,000てげ、2,000円で2,000てげという具合に、交換比率はイーブンであるが、そのチケットを買わないとモノが買えないと教わった。いや、金券制だというのは事前に知っていて前売り買うと1,500円で2,000てげ交換できたのだが、準備するのが面倒で買わなかったのだ。

 そうしているうちに週末が近づき、とりあえず単独行動なのでまあ気軽に行けると思っていたら、珍しくY尾君からメールが入り、予定を変更したのでライブに行けるとあった。それで前日、打ち合わせの電話を入れたら随分にぎやかな感じで、あきらかに飲み会に行っているようだった。簡潔に、以前の予定通り17時からいつもの居酒屋で焼鳥とおでんと卵焼きで一杯やって、それから19時のakikoのライブを見ようと話した。

 さて、当日いつも待ち合わせに使っている居酒屋は街中を通っていくので、下見ついでに会場に行ってみた。宮崎の市内の一番真ん中の交差点が、封鎖されて歩行者天国になっている。西側の入り口直ぐに仮設ステージがあって何やら音楽が流れている。そのステージ前には、道路にそのまま座り込んでショーを楽しんでいる人たちがいる。またメイン道路のど真ん中に屋台が2列並んでいる。いや、屋台というよりは仮設テントだな。屋台は単体で歩行者用の道路にいくつか出ている。予想以上の賑わいぶりにちょっとびっくりして、そのあたりをぶらぶらしてみた。道路の端にはテーブルとパイプ椅子がランダムに配置され、みんなてんでばらばらに座り、そこで買ったばかりの食べ物を食べたり、紙コップのビールや焼酎を飲んだりしている。毎年ゴールデンウィークに行われるストリート音楽祭みたいだ。

屋台

それにしても、宮崎にこんなに人がいたのかと思うくらい多くの人出があり、家族連れ、友人同士、恋人同士、会社の仲間連れなどなど多くの人たちが楽しそうに食べたり、飲んだり、音楽を聴いたりしている。解放区なんて言葉がちらりと頭をよぎったが、ま、死語ですな。地鶏を焼くにおいや肉巻きおにぎりの煙、鮎の香りなどいろんな匂いと煙とそうそう、時々鼻を刺激するアルコールの匂いなどがごっちゃになり、突然空腹を覚え時間も17時近かったので、急いで居酒屋に向かった。着いたのは17時ちょうどだったが、シャッターが閉まっていた。店休日なのか、来た時間が早すぎたのか。Y尾君は17時ちょっとすぎにやって来たが、居酒屋が閉まっているのを見て会場とは反対方向になる駅の西口の鳥料理の店に行こうという。僕は、ライブの会場から遠くなることと、わざわざそんなところに行かなくても、屋台で適当なつまみを買って道路に座って飲み食いしようと提案したが、頑なに拒否する。尋ねてみると、彼の勤務先もこのイベントの関連会社なので、何度か「てげ」を買ってこの屋台に来たらしいが、椅子に座れなくて大変だったのと、現金じゃなくて金券なので感覚がマヒしてばんばん使いすぎるという。

 普段から清廉潔白と質素を身上とするワタクシも、無駄遣いはいかん(いや、単に小遣いが無くて手元不如意なだけだけど)と同調し、しかしながらライブ会場から離れるのは前回のジェイク・シマブクロの時の教訓を生かしていないと説得し、結局妥協案として、「みやざきてげうま国際夜市」の会場、つまり路上に戻り、近所のコンビニで適当に買い物して飲もうということになった。そうと決まれば、足取りは軽く来た道を引き返し、ちょうどローソンがあるあたりに空いているパイプ椅子があったので確保し、それをバス停近くのモニュメントというのかオブジェみたいな石の前に並べて、テーブルと座る場所を確保した。このあたりの写真は前回携帯でアップしている。

 しかし、その時時間は17時半くらいだったが、通りを歩いている人はどんどん増える一方で、あちこちの屋台というかテントからは香ばしいにおいや煙が立ちこみ、もうおなかはぐうぐうなってしまう始末。Y尾君に椅子を確保させておいて、急いでコンビニに行き缶ビールとワンカップの焼酎、それに乾きもののつまみを買って戻り、ビールのプルトップを持つ手もあわただしく乾杯した。旨い。どうしてこういう場所で呑むお酒は旨いのか。ふと思ったが、宮崎はストリートが良く似合う。そこらの道路に座り込んで、仲のいいグループでバカ話しながら呑むのは最高だ。こういうところが、「てげてげ」な県民性であろう。おっと、言語学を志した人間として「てげ」と「てげてげ」の違いを説明しよう。「てげ」と単数の場合は「程度がはなはだしい状態」を指す。「てげおじぃ」すなわち「大変怖い」、「てげむじぃ」すなわち「大変かわいい」、「てげよだきぃ」すなわち「もうやだ、やだ」。

 この「てげ」が「てげてげ」と複数になるとニュアンスが変わり「適当」とか「大概」とか「おおざっぱ」という意味になる。「仕事はてげてげでいっちゃが」すなわち「仕事は高田の純ちゃんでいい、つまり適当でいい」とか、「うちんこは勉強もてげてげ、遊びもてげてげ、なんでんてげてげじゃが」すなわち「我が家の子供は勉強もぼちぼち、遊びもぼちぼち、何をさせても中途半端だ」という意味になる。したがってこのイベントは「みやざきてげうま国際夜市」で大正解なのである。これが「みやざきてげてげ国際夜市」だったら、多分屋台の半分は営業していないだろう。

 11月も半ばに入って、お日様が出ているうちはいいのだが夕方になり日が落ちるととたん冷え込んでくる。僕たちはビールをすぐ空にしてしまい、次のワンカップの焼酎をちびちびやりながら、音楽の話をしていた。「そうそう、この間宮里さんからメールが来て、陽太が山下達郎のツアー・メンバーに選ばれたぞ」「え、山下達郎の?」「おう、残念ながら山下洋輔ではないのだが、しかし、なんといっても山下達郎だぞ。『クリスマス・イブ』だぞ、『さよなら夏の日』だぞ、『ライドオンタイム』だぞ、『ソランの子供』だぞ」などと最後は絶対ソランじゃないが、とにもかくにも、あの日本のポップミュージックの最高峰だといっても過言ではない山下達郎のツアーメンバーに選ばれ、もうすでにステージでガンガンやってる宮里陽太のことについてしばらくいろいろ話した。今年の11月6日から来年の5月12日の沖縄までの全国ツアーに、我が地元のサキソフォン・プレイヤーである宮里陽太が選ばれたのだ。mixiには、すでに11月6日のコンサートを見た人の書き込みがあり、さすがに最初は緊張していたようだが、素晴らしいソロを披露したとあった。達郎から「素晴らしいsaxプレーヤーです。数年の内に、日本を代表するプレーヤーに…」と紹介されたらしく、やはりそういうことを言われると九州の男は燃えるわけで、壮絶なソロを取ったのだろうなどと話した。結論から言うと、オレ達の耳は間違いなかった。あの山下達郎も認めるプレイヤーを応援していたのだ、あ、今も応援しているから、応援しているのだ。

 などと、オヤジ二人が呑みはじめるととどまるところを知らないのだが、さすがにつまみがコンビニの乾きものだけだと冷えてくる。焼酎もお湯割りではなく生で呑んでるからちょっとつらい。さらに間が悪いことに、Y尾君の会社の同僚に見つかり、せっかく地元が復興のために盛り上がろうとしているのにコンビニで買って飲み食いするのはいかがなものか、オッサン達もいい年してるんだから、ちっとは売り上げに貢献したらどうかという至極もっともな指摘を受け、そこは以前来たことのあるY尾君が「オレに任せろ」といって屋台の陰に消え、しばらくして持ってきたのは湯気の上がっているモツ煮であった。これは旨かった。モツもとろとろ、野菜もスープも味がしみていて、欲を言えば唐辛子があればもう最高だったと思う。しかし冷えた体にあったかいモツ煮は五臓六腑に染み渡る滋味でした。

 そうこうしているうちに19時が近くなり、ステージのほうに移動した。まあ、要するにステージ前の道路に座り込んだ。もちろんワンカップは2杯目になっているのは当然で、右手にしっかりにぎりしめていた。思ったほどステージの前は混んでおらず、前から2列か3列くらいの場所が確保できて、akikoの登場を待った。時間が来てステージにミュージシャンが登場してきた。akikoはずいぶん小さくて華奢だった。ちょっとびっくりしたのは、それまで静かに見ていた若い人たち(カップルや小さい子供連れも多かった)の熱気が一気に高まったこと。僕が考えていた以上に宮崎の若い人たちにakikoの名前は浸透していた。歌が始まった。いい感じだ。というところで次回に続きます。



祭は終わった



富士に月見草が似合うように祭は終わる間際がいい。間際に放て。

一人、ひとり山谷で呑む酒は



ROCK BARで、最後に何故か岡林を聴いてしまい、その影響で手羽先ツマミに焼酎である。目の前にいるのが配偶者で無ければ、もう少し…。以下自粛。

爽やかなセンチの次は




出た~!白竜の幻のファースト、『光州シティ』だ。その後はスターリンの『フィッシュ・イン』が出番はまだかと待ち構えている。

アナログ三昧




友人のROCKBARを開けてもらい、自宅の押し入れに眠っていた日本のロックのレコードを聴かせてもらっている。センチメンタル・シティ・ロマンスの『はっぴいえんどを歌う』を聴くのは何十年ぶりだろうか。

akikoなう



二曲目は「キャント・バイ・ミー・ラブ」だ。ご機嫌である。

居酒屋が開いてなく



バス停横にパイプ椅子を持ち出し路上飲酒開始。しかし目の前においしそうな屋台があるのに、先ずはコンビニで買ったビールと焼酎で乾杯。

国際夜市にやって来た



akikoのフリーライブを見るために街に出て来た。各国の屋台が出ているのでドイツソーセージをツマミにドイツビールを飲もうと思ったが、いつもの居酒屋で、とりあえずガソリン注入し、その後パトロールだ。

取り急ぎお礼を

 早いもので、このblogを始めてから丸5年が過ぎている。ここ最近はエントリーを書くのが億劫になったり、考えていた話を頭の中で展開しているうちにアップしたような気になってすっかり忘れたり、いやいや、もっと正直に書くと「こんなしょうもない話誰が読むんだ?どうせ誰も読まないな」とか「結局こんなこと書いても自己満足で、誰一人賛同してくれないんだろうな、いや批判でもいいけど」とか、要するにエントリーをアップする気力に欠けていた時期が結構あったのだ。そういう時に、よし、もう一度頑張ろう、さあ、もういっぺん、さあもういっぺん(by 豊田勇造)という気持ちにしてくれるのが、いろんな人から頂くコメントである。昨日のエントリーにはsawyer先輩が連続投稿、怒涛の3連荘をしていただき一気に気分が盛り上がった。書いた本人は、しょうもないバッタの話だし皆にスルーされて終わりだ、くらいしか思ってなかったのに金森幸介からアーロ・ガスリーまでリンク貼って頂き、しばし過去への旅路をさまよっていた。

 そして、もう一つエントリーを書くぞという気持ちにしてくれるのが、拍手という機能。各エントリーの右下に小さな拍手のマークのバナーがあるが、読んだエントリーに「異議なし」とか「そうだそうだ」とか「あるなぁ」とか、いやオイラの話は「んな、あほな」とか「オッサンええかげんにしとき」とか「またホラ話かいな」みたいな反応で拍手していただいていると思うのだが、実にこれは嬉しいのだ。コメントは投稿者のハンドル・ネームがあるので、『あ、毎度毎度のあの人か』とか、『おお、久しぶり、元気にされてましたか』などと相手のイメージがわくのだが、拍手にはそれがない。ま、正確に言えばアクセス解析することで若干の情報は入るのだが、それでもいったいどういう関係で拙blogに来られたのか、検索で偶然たどり着いたのか、誰かから教えてもらったのか、ということは学生時代の先輩、友人、後輩関係か、または社会人になって僕も結構仕事を変わっているので初期の教育産業時代の関係者だろうかとか、その後の会社の関係だろうかとか、まさか今の仕事関係はありえないよな、などと想像たくましくイメージして、果たしてそれが当たっているのか全然違うのか確認のしようが無い。

 ある意味、それこそがWebの世界の長所でもあるのだが、そういった匿名だけの拍手、被拍手の関係(書いて思ったが、そういう表現ありかな?ありにしておこう)は、ちょっとさびしいので、良かったら拍手くださった方、拍手コメントという機能もあります。オープンにすることに抵抗があれば、ワタクシだけしか見ることができないという機能もあります。良かったら、どういう関係のお方だったか、あるいは赤の他人は当然であるが、全然知らなかったけどこういう流れで寄ってみたんで、とかそういうこと教えてもらえると嬉しい。

 何でこんなことをいまさら書いたかというと、実は先ほどblogの管理者ページに入って、いつもの癖で拍手の確認をしたら、普段は2,3日に1つ2つなんてペースなのに、突然「45」という数字があったのだ。一瞬、目を疑ったが間違いなく「45」と表示されているし、その履歴を見たら朝の5時くらいから延々と拍手が1時間に2つ3つくらいのペースでクリックされていたのだ。エントリーに書いたことに、たまたまヒットしやすいキーワードが入っているといきなりアクセスが増えることがあるが、チェックしたけどそういう形跡はない。しかも、悲しいことに普段とアクセス数はほとんど変わっていない。ということは、誰か特定の人が延々と拍手をクリックしてくれているということだ。などと関げているうちに拍手の数は「46」になり、「47」になった。

 どこの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っているのは月光仮面のおじさんだが、この拍手をクリックしてくれた方(あるいは方々)、どうもありがとうございました。すごくうれしいですし、ファイトという気持ちが湧いてきました。アクセス解析から判断するにmixi関係の方かもしれないという気がしますが、良かったらコメントなりメールフォームからメールでも頂けると幸いです。ああああ、もしかしたらこの前高校時代好きだった女の子のことを書いたから、昔のファンクラブの子が、って悪いお酒でも飲んだのかお前はと突っ込まれる前に、自分で否定しておきます。んなこと、あるわけねー。

 ということで、本日の音楽はトム・ウェイツの「CLAP HANDS」にしようとYOU TUBEで動画を探したら、この曲に大笑いのコメントがついていた。いわく「Tom Waits for No man.」。上手い、おーい山田くーん、座布団持ってきて~。



サイドバイザーにバッタを見た

 昨日の朝、出勤しようと車に乗りエンジンをかけて左右の安全確認をして発車しかけた時に、ちらりと視界に入ったものがあった。よく見るとバッタが右側のドアのガラスに張り付いていた。車を走らせれば、風圧で落とされるだろうと大して気にせず走り出したが、このバッタ根性があるというか、動かない。微動だにしないと言ったら言い過ぎだが、ほとんど動かない。右側を見るときに必ず視野に入るので、鬱陶しくなり少し加速したが、落ちない。よく見るとサイドバイザーの下の所にいるので、風圧から守られているのだ。ちょっといらついて窓を少し開けると、風を感じるのか心持ち上のほうに上がってくる。そのまま上がってきて、車の中に入られるのも嫌だったので慌てて閉めた。たかがバッタごときに右往左往している自分がちょっと滑稽だった。

ガッツあるバッタ

 しばらく気にしないようにして車を走らせ、やや大きな交差点の信号で止まった。相変わらずバッタはしがみついている。このままくっ付いてくるのだろうか。寄らば大樹の陰という言葉が脳裏をかすめたが、ちょっと意味が違うと思った。信号の待ち時間が長かったので、もう一度窓を少し開けると、おっとっとという感じで上のほうに動いてくる。急いで閉めると今度は足を挟んでしまい「いてててて」という声が聞こえそうでちょっと焦って窓を少し開けると、「ああ、痛かった」みたいな感じで軽く挟んだほうの足を振ってまた定位置に戻った。

 しかし、どうしてまたバッタなどが車の窓にへばりついたんだろうか。僕の自宅は川の傍なので、川沿いの草むらに生息しているバッタがよっこらせ、どっこらせと歩いてきて、いや、多分ぴょんぴょん飛び跳ねて、ちょっと疲れたので車の窓のサイドバイザーの下で休憩していたのかもしれない。なぎらの「葛飾にバッタを見た」を思い出した。あの歌は偶然会った同級生の出世した様子と相変わらず売れない音楽をやっている本人の対比がうら寂しい歌である。最後のほうに負け惜しみみたいなフレーズもあり、そこに共感を持てるか持てないかで社会的に成功する人間かそうでないかが分かる歌だ。あ、もちろん共感できる奴は、いわゆる「負け組」とやらになるわけで、当然こういうことを書いている僕は後者の部類だ。



 などと考えると、朝から大変気分がよろしくないので極力考えないようにしているうちに仕事場に着いた。車から降りるときに、強めにドアを閉めてその勢いでバッタが飛び出さないかとみていたが、バッタはしがみついたままだった。まあ、そのうちどこかに行くだろう。ちょうど僕が契約している駐車場のすぐ横が草むらというか空き地で雑草もパラパラ生えているのでバッタが住むのに適している環境だ。まあ夕方戻ってくるときにはバッタはいないだろうと思っていた。

 夕方、仕事を終えて駐車場に来てみたら、車の窓ガラスに相変わらずバッタは止まっていた。日がな一日この場所にいたんだろうか。食事もせず、水も飲まずじっと耐えていたんだろうか。バッタとはいえ健気なもので、よそ様の草や水を施してもらう気はない。渇しても盗泉の水は飲まずという心意気なのだろうか。エライ、立派だ。今のわが国にはこういう意地っ張りというか、てやんでぇ、ゼニカネをどれだけ積まれたってオイラの心意気はうれねぇ、味噌汁で面洗って一昨日きやがれ、みたいな一本芯の通った人間は少ない。というか、ほとんどいない。シモジモのものに勝手に意見言わせて、最終結論はとっくに参加と決めているどこかの金魚かぶれのどじょうに見せてやりたいくらいのバッタの心意気である。

 もちろん、僕は帰りは慎重に運転しバッタが振り落とされないよう気をつけた。自宅の駐車場に着いたときには、思わず「お疲れ」といいそうになったが、バッタ相手に話しかけているところを近所に人に見られると、それでなくてもあそこの人はちょっとオカシイ、夜中までパソコンをかちゃかちゃやっていたり、休みになるとわけのわからない音楽を流して一緒に歌っているし、この前は「オレの事分かるやついるけ~」などと絶叫していた、分かるわけがないのにさわらぬ神にたたりなし、クワバラクワバラ、などと言われかねないので黙っていた。

 そして今朝、駐車場に出てみるとバッタはもうどこにもいなかった。やはり、元の川の傍の草むらにもどったんだろう。どうしてるんだろうか、などとバッタを心配している場合ではない。今朝は寝坊してしまったので、急いでいかないと仕事に間に合わないのだ。やれやれ、こうしてまたあわただしい一日が過ぎていくのだ。しかし、バッタと自分とどっちが幸せなんだろうかと考えると、悲しくなるのでやめた。今日はちょっと志賀直哉で行こうと思ったが、やはり僕にはシラカバは無理であった。

大学なう



子供の就職説明会で大学に来た。毎度感じることだが、キャンパスがきれいだ。ビラの一枚も落ちてないし、立て看など望むべくもない。説明会のある大教室はアリジゴク型というか逆円錐型。下の方に司会者の机や学部長の机等がある。今から学生大会なら楽しみなのだが。

※蛇足

ちなみに、就職説明会ではなく懇談会であった。専攻ごとに分かれて、いろんな話があって最後に質疑応答がありました。その時に、綺麗に着飾った母親がキリッという感じで挙手して、「休講ばかりする先生がいて困ります。休講の補講はどうなってるんですか」と。担当の先生の返事は「私は、今まで休講したことはありません。他の先生方も風邪をひいたとかよほどのことが無い限り、休講していないはずです」。要するに、子供が休講を口実に授業をさぼっていたことがバレてしまった。しかし、その子供に僕は何故かシンパシーを感じるが、一言メッセージを送りたい。「お前、そんなことしてると留年するぞ。ボーリョク学生になってしまうぞ」。あ、最後の1行は今時そんなやついないか。

ある研究会の思い出、あるいは禁じられたコイバナ

 これから書く話は、1975年11月のある金曜日にD大学の別館4階の黄色い扉の奥で実際にあった出来事をもとにしています。もっとも36年前の話なので、一部に憶測、推測の部分がありますが、大筋はこの通りだったと思います。

 当時のロック班リーダー O西氏
「というわけで、今回の研究会は今までのミュージシャン単位のものとは全く別の、まあ、EVE期間(注:D大学の学園祭時期、ここの学校は学祭の期間が異常に長く9月から11月までの3か月あった。ただし、ここでは11月のEVE期間という意味で使っていると思われる)でもあるし、それぞれサークル員の音楽の嗜好をもう一度全員で共有する意味で『私の好きなこの1曲』というテーマで各サークル員持ち時間30分くらいでやっていきたい。という話を先週したけど、分かってるやろな。今日は1回生のdrac-ob、お前からヤデ」

 当時1回生のdrac-ob
「ハイ、僕の選んだこの1曲は、このアルバムからです。エリック・アンダーセンの『ブルー・リバー』のオープニングの曲で”Is It Really Love At All?”です。まずは曲を聴いてください」
「このエリック・アンダーセンはわが国では大変不幸なデビューをしています。というのも、最初に彼の名前がメジャーになったのは、岡林信康や加藤和彦の歌った「カムトゥマイベッドサイド」という歌の製作者として知られるわけですが、ご存じのようにこの歌は恋人同士の、まあ、なんと申しましょうか、メイキングラブってんですか、いわゆる種の保存を目的としない生殖行為といえばいいんでしょうか(アホ、ええ加減にせぇ、あんたも好きねぇ、などの罵声が飛んだが気にせず)、いわゆるキワモノ的な扱いを受けたわけですね。このあたり、中川五郎の『二人のラブジュース』裁判あたりと絡めて話をすると面白いかもしれませんが、今日は時間が限られていますので次回レジュメで提出したいと思います。あ、そんなの要りませんか(笑)。で、このミスター・エリック、といってもE・H・エリックじゃないですが、あ、余計なくすぐりは入れるな?だいたいお前は話が長い、ですと?失礼な、ワタシはこう見えても九州男児。「男は日に三言」という教育を受けてきた人間です。その辺のオンナコドモのようにちゃらちゃら、べちゃべちゃ、しょうもない話をだらだらするような男ちゃいます、え、そういうのがいらん話?こりゃまた失礼。」

 O西氏「おまえ、もっと簡単に話せえや。なんでこの曲が好きか、そういう話をする場やろうが、今回は。」

 drac-ob
「いや、分かってます。ただこれだけ言わせてください。このエリック・アンダーセン、ついてないというか、日本リリースもレーベルがあちこちで、しかも結構イケメン(訂正します。当時は「イケメン」などという麺類の親戚みたいな言葉はありませんでした。「二枚目」とか「ハンサム」という言葉を使ったはずです)だったので、アイドル的に売り出そうとしたのかエリック・アンデルセンという、お前は童話作家かと言いたくなるような名前でレコード出されたりしました。あ、はいはい、分かりました。なぜこの曲が好きかという話でしたね。これは実は今から2年ほど前、ハイ、僕がまだ高校生だった頃のことです」

「皆さんは人が好きになったことがありますか?いや、笑いごとじゃなくて。当然、経験はあると思いますが、実は僕がこの曲を好きなのは、この曲に関係したある出来事のお蔭なんです。ええと、どこから、どういう風に話せばいいのか…。うん、高校1年から2年に上がるときですが、僕のいた高校は1年・2年の進級の時はクラス替えをしない、しなかったんですね。ですから、結構クラス全体のまとまりがいいというか、まあ全体的に仲が良かった。これ男女の間も同じで、結構男女の友人という関係が多かったわけです。あ、それと結構いいクラスで、というのも、他のクラスの連中から羨ましがられるくらい可愛い女の子が多かったんですね。その中にS藤さんという女の子がいました」

「どんな子だったかって?そうですね、背は低くて、ちょっとふっくらしてたかな。あ、色が白くて、髪の毛と目の色がちょっと赤茶っぽい。いや生粋の日本人ですよ。『しゃっちょ、ケチね~』かなんかいうフィリピーナではない。あ、ちょっとサベツ発言ぽいけど、そういう意味じゃないですから。え、じゃ、どういう意味だって。いや、その同じアジアの民族でありながらですね、言語の壁を突破し、腐敗したブルジョワジーから円を奪取する革命的、え、あ、そういうのはいい?いや、ここちょっとアピールさせて、え、いいから話を続けろ?わかりました」

「で、そのS藤さんを僕はカワイイなと思ったことはあるけど、特別それ以上の感情は無かったんですね。いや、ええかっこし、とか嘘八百じゃないです。真面目な話。だから席が隣同士になっても、まあ普通にラッキーと思ったくらいで、また2か月後くらいに席替えがあっても全然気にしなかった。うん、しなかったんです。もっとも次の席替えのときも偶然真横の席が彼女だったという運命のいたずらみたいなことはありましたね。うん、それで、最初は好きじゃなかったというか、意識していなかった女の子だったんですが、同じクラスの奴から『drac-obとS藤さんは似合うよ。付き合ったら』と言われて、もちろん最初は冗談言うなよと相手にしてなかったんですが、ほら、オレって暗示に弱いでしょ。え、知りませんか?昔から賢い人は暗示に弱いって言いませんか?言いません?あ、そうすか(ちょっといじける)。いや、だからね、そうやって囃し立てられるというか、『お似合いだ』とか『付き合えば』とか『多分、彼女も意識してる』なんて、毎日言われるとだんだんそういう気持ちになるのは、歴史の必然というものじゃないですかね。帝政ロシアに革命がおこったのも歴史の必然、あ、そういうのはいい?早く続きを話せ、ですか。ハイ」

「まあ、そんなこと言われているうちに、何かこう妙にいとおしくなってきてですね。いや、その彼女に対して。ま、俗にいう恋心なんてのを持っちゃったんですよ。このあたりは革命家として自己批判を、え、もうその手の言葉は禁止?今度言ったらどつく?しばく?すんません。ハイ。いや、だから、なんていうのか、すっかりその気になってしまって、授業中もじーっと彼女の横顔を眺めていたりするわけですよ。そんで、その彼女の横顔見ているうちに何かに似てるな。どっかで見たな。と頭の中を探していたら、分かった。オールマンのアルバムジャケットだった。オールマン・ブラザーズ・バンドの『イート・ア・ピーチ』って桃のイラストのやつあるじゃないですか。あの桃のイメージだったんですね。まあ、『Eat a peach』ってアルバムタイトルそのものが性的な意味がある。要するにセクシーな南部女性のことを「ピーチ=桃」に例えているわけですね。「桃を食え」って、ま、その、はい、ごちそうになりますって簡単に行かないんだけど」

「そうそう。それと彼女の顔を見ているともう一つ、アルバムジャケットが浮かんできた。もう、想像つきますよね。デレク&ドミノスの『レイラ』です。あの、なんというか魔性の女みたいな、三白眼の女のジャケット。あの雰囲気にも似てたんですね。まあ、もっとも、その子の言動ってのは、もう典型的なお嬢様というか、世間知らずというか、少なくともロックを聴くとか反体制がどうしたとか、そんなの全く『あっしにはかかわりのねえこって』って、紋次郎みたいなもんでね、確か好きだったのが郷ひろみとかあいざき進也とか、まあそういう美少年系というか、せめてずうとるびの山田君だったらオレにも勝ち目があったはずなんだけど、いや、これ、ジョークってか、謙遜ですよ、真に受けてもろたらかなわんなぁ」

「うん、それで僕のほうはあふれるばかりの恋心だったけど、当然彼女はそんな気は毛頭ない、というか、僕自身が何もアピールしてないからそういう感情に気がつくこともなく、普通のクラスメイトとして接してくるわけですよ。いや、そういうのもいいけど、やっぱり特別な関係になりたいじゃないですか。あ、ここ下品な笑いするとことちゃいます。もう、どうしてそういう形而上学の反対、形而下学的な発想しかできないかな。オ×コ関係の連想した人、自己批判お願いします。あ、何、全員?こりゃどうしようもない。ま、それはさておき、僕自身は何とかチャンスを見て告白したいけど、なかなかクラスで二人きりになるチャンスってないわけですよ。というのも彼女には仲のいい友達がいて、世間一般的にはその女の子のほうが人気があるというかファンが多くて、まあ常に二人組でいるから、僕が1対1で話をしたくても、なかなかそういう機会が無くて」

「で、まあ、僕がそういう感じでモンモンとしていたら、見かねた友人が代理で話してしまったわけでして。いや、僕は頼んでないのに、M山って今医学部行ってる奴で、野球は巨人、政治は自民党というもう寄らば大樹の陰で、将来医者になって金儲けしまくるだろうって友人で(この予想は完全に当たったね。いや、友達思いのいい奴ではあるんだけど、どうも行動や性格にやや問題がある)、そいつは中学から彼女と一緒だったから僕が彼女のことを好きだと、もうストレートに言ったわけで、で、彼女の反応はいまいちというか、どうも好きな男がいるんじゃないか。それは中学で一緒だったG藤という男じゃないか、などと余計な情報まで提供してくれたんですね」

「え、いや、ショックでしたよ。そりゃ、簡単に行くとは思ってなかったけど、自分で話をして断られたら納得もできるけど、第三者を通じての話だから、やはり、力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否するって言いたいじゃないスカ。あ、こういうのももういいですか。全共闘はアカン、あ、そうですか。やっぱりノンセクトの限界ですか、え、そういう話はやめて、続きをしゃべれ?はいはい、え、ハイは1回、はいは、いや、ハイ」

「まあそれでも簡単に諦められなくて、彼女が好きだというG藤って男を見に行ったんですが、なんでぇ、こんなやつ、オレのほうが絶対マシと思ったけど、まあ人の好みは様々で蓼食う虫も好き好きっていうくらいで、いや、これ僕の主観だけじゃなくて、M山もS原もそういってくれたんですよ。あ、2人とも同じクラスで、あ、そういえばどっちも今は医学部だな。あいつら賢かったよな。あ、余計な情報はいいですか、はい。それで、エリック・アンダーセンのこの曲との関連ですが」

「2年生ももうすぐ終わるというある冬の土曜日だったと思います。S原って、さっき話した同級生の家に、あれは何だったかクラスのアルバムを作るとかいう名目だったと思うんですが、クラスの男女数名が集まったんですね。建前はアルバム作成だけど、打ち合わせみたいなのはほんの30分もしなくて、あとはレコードかけながらなんだかんだだべって、それで、S原の家は直ぐ近くが海岸なんですね。ガスストーブと人いきれで暖かくなりすぎたので、みんなで海岸で散歩しようということになって。それで海岸に出て、最初は固まって歩いていたんですが、ふと気がつくと僕とS藤さんの二人だけ取り残されて、他の連中ははるかかなたにいたんです。あ、あとから聞いたけど、当然仕組んでいて、drac-obに一花咲かせてやろうというクラスの友人たちの暖かい支援だった(グスッ、今書いていても涙が出てくるな)わけです」

「僕は、このチャンスを逃したらダメだと思い、彼女に思い切って打ち明けたんですね。大上瑠璃子のように『すっきゃで~、すっきゃで、べいびぃ~』、嘘です。まあ、多分標準語でカッコつけてしゃべったと思います。いや、本当になんて話したか覚えてないんですよ。ウソじゃなくて、上がっていたといえばそうかもしれないけど、なんだか夢の中にいたみたいで現実感を喪失していて、その時の彼女の困ったような表情は良く覚えているんですけど、オレ、なんていったのかな。”Love is the opening door”とかなんとか言ったのかな、でその後”The doors are open”って言ったって?そんな調子のいいこと言えまへん(笑)。まあ、とにかく古い表現ですが清水の舞台から飛び降りたつもりで『登り詰めた思いの丈を』(by Pantax’s World)ぶちまけたわけです。」

「返事はどうだったか、ですか。うん、明確に断られたわけじゃないけど、じゃOKかというとそうでもない。いわゆる玉虫色の回答ってんですかね。『気持ちは嬉しいけど、私たち受験生だから、今は勉強を』みたいなこと言われたような気がしますね。で、聞こうかどうか迷ったけど、思い切って聞いたのは、誰か好きな人がいるのか、G藤君が好きなのかってこと。そのことを尋ねた時の彼女の表情を見て、あ、オレなんでこんなこと聞いたんだろうって思いましたね。彼女の表情は明らかに苦痛に満ちていて、一応『いない』と言った後に『G藤君には彼女がいるから』と言ったんですね。その口調は、まぎれもなく恋する女の口調。いや、分かりますよ、自分自身がそうだったんだから。つまり、彼女はG藤君のことが好きなのに、彼には別の彼女がいて自分は相手にされていないという、でも諦めきれない、なんだ、オレとおんなじだ、ってその時思って、なんとなくこれで終わりかな、って思ったんです」

「それから、どうやってS原の家に戻ったか、良く覚えてないんですけど、次に覚えているのはステレオで流れていたのが、このエリック・アンダーセンの『ブルー・リバー』で、その時初めてエリック・アンダーセンという音楽家を知ったわけです。で、どういう訳か、S藤さんが僕に紅茶を入れてくれて、『熱いうちに飲んで』と言ってくれたんですね。多分オレ、その時ニヤけていたと思います。何故かというと、その様子を見ていたS原が『お前この歌のタイトル知ってるか?』って聞くので、アルバム見たら”Is It Really Love At All?”って書いてあるじゃないですか。思わず、頷いてしまい、それからじっくり歌詞カードを読んでるうちに、思わず涙が出そうになって。ちょっと歌詞を読みます」

Sitting here forgotten like
A book upon a shelf
No one there to turn the page
You're left to read yourself
Alone to sit and wonder just how the story ends
Cause no-one ever told you child
You gotta be your own best friend

Sunny days cloudy days
Always seem the same
If love were made of clouds I
Almost wish that it would rain
Even when the skies are clear
The weather's always blue
Every day would be nice If I had
Someone I could come home to

Love is it really love at all
Or something that I heard love called
Something that I heard love called

Now life can sometimes slip away
And love can pass you by
If only it had been another place another time
Maybe there'll be someone who likes to see you smile
Who will want to stay with you
And be your friend for a little while

Then wake up in the morning
Feeling so alive
Something you can hold on to
Not a shadow by your side
I guess that there'll be time to talk
Of things that we've been through
That special time when all is real
To feel reborn when love is new

Love is it really love at all
Or something that I heard love called
Something that I heard love called

Then sundown comes around again
You find yourself alone
Wander through a sea of eyes but always on your own
Was it really all you thought that it was suppose to be
Or are you just another face
In someone's fading memory

Love is it really love at all
Or something that I heard love called
Something that I heard love called



「で、その彼女とは3年生になった時にクラスが別々になり、それっきりでした。ただ大学が決まって、それぞれがあちこちにバラバラになる前に、3月に1か月無いくらいだったけど1・2年のクラスの仲間と同窓会の打ち合わせや、なんだかんだ口実つけて学校や僕の家で会ったり、あ、もちろん複数の女子がいましたけどね、残念ながら。うーん、いわゆるグループ交際チックな感じで一緒に映画を見たり、しゃべったりしましたね。その時も好きだという気持ちは変わらなかったけど、今度はじっくり4年間チャンスがあると思ってましたから。あ、どういう意味かって?つまり僕はD大に入学し、彼女はD女子大に入学したんです。それからどうなったかは、また次の機会にお話しします。今日は僕の拙い話を最後まで聴いていただきありがとうございました」

「そうそう、最後に一言付け加えさせてください。S原君の家で、正確には海で話をした次の日に、S原君が『お前、この本読め』と貸してくれたロアルド・ダールの本がありました。受け取って、そのタイトルを見たら『昨日は美しかった』でした。」

 O西氏「…、お前、今の話ウソやろ。ウソと言えや、え、こら。あ、次はI上、お前の番や」
 I上氏「えー、今、衝撃的な話があったので、ちょっとやりにくいけど、僕の好きなこの1曲はビートルズの、というかジョン・レノンの『ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン』です。これは僕が浪人していた時に、同じく浪人していた友達と一緒に、自分の部屋で大声で一緒に歌った思い出があります」

 という風にその日の研究会は続いた。うーん、なんだか青春してたんだな、オレ。

毎度愚にもつかぬ月初の話

 ここしばらくどうも元気が出ない。なんだかずっとついていない感じが続いているし、実際やることが裏目裏目でうんざりすることも多い。もちろん、先月でいえばジェイク・シマブクロのコンサートを見た時のように、一瞬ハイテンションになる日々も無くは無いのだが、それも1か月30日の中の数日である。どうしたのかな、こんなもんなのかな、何やっても、どうあがいてもダメなのかな、なんて敗北主義的な考えが浮かんでしまい、頭の片隅にじっと座ってこちらの様子を見ているようなのだ。ちょっとでも油断すると、憂鬱な気分に引きずり込もうと虎視眈々と狙っているのが分かる。やっぱり、ダメなのかな。ダメなんだろうな。と、思わずつぶやいてしまうこともある。いったい何に対して、つぶやいているのか。この国の行く末なのか、そんな大げさなことじゃなくて、マジで人生後半というか、もうゲッティング・ニア・トゥ・ジ・エンドなのかもしれないし、それが本当かどうか誰も分からない。そう、明日のことなんか、いやもっと正確に言えば今日、この5分後だってどうなるか分からない。そんな確信の持てない中、息をして暮らしているんだと思うと目の前が真っ暗になる。

 などと、月の初めから辛気臭いことを書いてしまったが、正直こういう気分がこのところ続いていて、元気の出ない日々だった。こういう気分の時は積極的に音楽を聴こうなどという気持ちにならず、それが原因だったのか先月は通勤の車の中で、ジョニ・ミッチェルの『コート&スパーク』を延々と聴いていた。僕の車のCDは、最初についていたのはメーカー純正のバシツッと気合の入ったもので、CD1枚演奏したら「旦那、もうこれ終わりましたぜ。次、何流しましょ?あ、それとも、あれかい、ちょっと世間様のニュースなんぞ聞いてみるかい?ラジオを入れるなら、その横のボタン、おい、おい、そっちはFMだから全国ニュースしかないぜ。ローカルニュース聞いて笑いたけりゃAMでしょうが。AMつったって、レコード会社のA&Mじゃないから、え、なに、そんなことわかってるって、こりゃまた失礼をば、こきました~」などと軽快に対応してくれるものだった。

 ところがある日演奏が終わったCDが出てこない。いつもならオートで出てくるのに、ウィーンなんて音楽の都のような音がするばかりで、一向に出てこない。いらついて、イジェクトのボタンを押したら、不承不承という感じで出てきた。次のCDをセットしてみたら、そんなことはなかったので多分CDにゴミでも付いていてセンサーが反応しなかったんだろうくらいで気にしなかったんだな、その時は。それからちょくちょく同じようなケースが発生して、どうも引っかかってしまうCDは車用にコピーしたCDで(あ、ヤバッ、ゲスラックとかいうところから「CDは家庭用に1枚、車用に1枚買うのが当然です」なんてクレーム付けられて罰金、バッキン、恋は盲目なのよ~なんてクレームがはいるかもしれない)、オリジナルのCDだとそういうことはなかった。

 ところが、ギッチョン(この表現、いったい誰が言い出したのか。だいたい「ギッチョン」とは何であるか。調べてみたいが時間が無い。いつか言語学のフィールド・ワークの時間に追跡してみたい。などと、やりもしないことを書くのは今後自粛します、多分)、そのうちにオリジナルCDも引っかかって出なくなることもあり、まあだいたい車の中に入れっぱなしのCDなので、あまり大事なものではないが、それでもコピーCDはいくらでも作れるがオリジナルのCDはそういう訳に行かないので、車屋さんに相談した。結論から言うと、修理するより新品にしたほうがいいということで、今度は所謂車の量販店なんかで良く見かける某メーカーのCDプレイヤーにしたのだが、ま、予算の都合でグレード下げたもんだから、CDの演奏が終わっても、また勝手に1曲目に戻って再生する。

 つまりは「あ、止めるんやったらストップボタン押してもらわんとかなわんわ。ワタシラ機械やさかい、命令されたとおりしか動きまへんで。自動で皿出してもらおうなんて兄ちゃん、それちょっと甘いんちゃいまっか」みたいなこと言ってるみたいで、てやんでぃ、お前はソビエト共×党か中国共×党の官僚か、と突っ込みたくなるくらいで、って、一般ピーポーはそういう突っ込みせんのか。そうか。と、まあこういう次第で先月の最初に偶然セットしたジョニ・ミッチェルのCDを約1か月間延々と聴いていたという次第。しかし、昔から読書百遍意自ずから通ず、などというように繰り返し繰り返し聴いているうちにジョニの歌いたかったことはこういうことなんだな、というのが何となくわかってしまったような気がする。今日は、そういうお話でした。えー、本当はスレイド聴いて(ヴィデオ見て)元気になったという話を書こうと思ったけど、こんな落ちになりました。ちゃんちゃん。



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