今年は最後に落ち込んですまなんだ(段平かっ)

 もう、面倒くさいっていうと横着だけど、事実そんな感じで過ぎていった2010年もあと少しで終わり。ジス・イズ・ジ・エンド、マイ・フレンドである。今年は3月に(以下258文字自粛)で、しょうがないので苦肉の策で4月末から10月下旬、そうそう10.21まで(以下147文字削除)で、どうしようもなくて迷いながらも11月から積極的に(以下369文字割愛)で、ようやく12月からなんとかぎりぎりの日々が始まった。って、何のことかわからないと思うけど、個人的には2005年以来のおおごとで、本当はセキララに書いてすっきりしたいのだがいろいろとリアル社会に影響があるというか、マジで合法・非合法な話になるので自分の胸にしまっておく。

 実は昨日は、その前に書いたエントリーの続きで流石に「みんなのうた」ばかりでは芸が無いので昭和40年代の怪獣もののテレビ番組の歌でも特集しようと思って、「宇宙猿人ゴリ」の誕生とそのテーマ曲をヘッドホンで聴いていたら携帯が鳴っていた。気が付いて取ったがすでに切れていて名前を見たらzappy君だった。こりゃ多分この前書いたコメントのレスに気が付いてズワイガニ5杯おまけにタラバ2杯付きとか、カニの爪の詰め合わせ総量10キロなんてものを送りますから、遠慮なく腱鞘炎にでもなってくださいという連絡に違いないと思い込んで折り返したら、とても悲しいお知らせだった。だいせんじがけだらなよさ、なんだよな結局。要するに共通の知人の訃報のお知らせで、鹿児島からお通夜に宮崎まで来ると言うの僕もついでに拾ってもらって一緒に行くことにした。昨日は南九州にも雪が降った日で(宮崎市内は大丈夫だったけど、都城あたりは吹雪といってもいいくらいだったらしい)、そんな中わざわざ鹿児島から何人も来てくれたから知人の喪主も喜んでくれた。

 うーん、一年の終わりにこういう話ではちょっと辛すぎるので恒例の今年お世話になった人たちにお礼の言葉を書いて今年最後のエントリーを終わりにしたい。今年の大変な出来事は自分自身で整理が付けばここに書くかもしれないけれど、今の段階では何とも言えない。ひとつだけ言えることは、いつまでも笑ってはいられないってことだ。って、また暗くなってきたので以下順不同。

 ズートホーンロロさん、MM21さん、黒木燐さん、sugarmountain君、イカさん、walker-brosさん、K平先輩、THIS BOYさん、deriさん、sawyer先輩、菜が咲き君、かくたさん、Goteauxssonさん、Purple_Hazeさん、guevar129さん、zappy君、スージーQ姫、imaneさん、dahliaさん、GPZさん、jesuss275さん、barrett_hutterさん、insさん、YKZさん、ちなつさん以上はコメント頂戴した方を1月からさかのぼってお名前あげさせてもらいました。ウィリアム王子とかsalty sugarなんてお名前もありましたが、あ、ミス・タンブリンマンとか(笑)二重カウントになりそうなのであえて挙げておりません。さらにくるみさん、今年は4月に2連チャンでライブ見せてもらい年末にはテレビで拝見しましたが、パワー頂きました。宮里さん、いつもお世話になってます。今年は陽太君のライブにあまり行けなかったけど来年はもっと行けるよう頑張ります。香月さん、お兄さんもバンドに入ってますますパワーアップして来ました。佐藤澪ちゃん、素敵なジンありがとう。そのほか拙blogを読んでくれている皆さんのご健康とますますのご発展をお祈りして本年の混乱と低迷のエントリーを終わります。来年は決断と実行だ~。



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ココロノウタ、ボクラノウタ(って柄じゃないけど)

 いやあ、まいどまいど粗忽が服着て自由に歩いて愛して(by PYG)いると言われてもしょうがないというか、思い込みが激しくて子供のころから損ばかりしている(部分的にby 漱石)人生を送ってきたワタクシではありますが、またもや本日目から鱗というかゆがんだレンズ(by LIZARD)がポロリと落ちてきたのでありました。さて、たったこれだけの文章にやたら「by」なんて付けているのは、これから先のエントリーにいわゆるチョサッケンたらいうものが微妙にかつ複雑に絡んできて、下手するとエントリーアップして何日もしないうちに貼り付けた動画がターン・イントゥ・ブラックになっているかもしれない、その理由は「じゃじゃ丸、ピッコロ、ポーロリ」という名前から連想される某国営放送がらみの話だからなのだ。って、何の事だかさっぱり分からないですね、これじゃ。

 いえ、実は随分前に書いたネタなんですが某「えぬ・えっち・けい」というチャンネルに「みんなのうた」って番組があって、これは凄いご長寿番組で「小沢昭一的こころ」も「テレホン人生相談」も「子供電話相談室」もかなわないくらい放送期間が長い番組なんですね。で、この番組にときどき物凄い音楽がセレクトされて、それを物ごころつかないお子達が聞いてイノブタならぬトラウマになったなんて話とちょっと違うけど、最近シーンにカムバックして精力的に活動している岡林信康が全然消息不明だったころに、突然クモの歌を某国営放送で歌っていたことがあって、その番組を僕はずっと「みんなのうた」だと思い込んでいて、何度かググって探したけど探しきれなかったのだが、本日、神のご加護があったのか、長年の謎が解けたというか、実は「みんなのうた」ではなくて「お母さんといっしょ」の中のニャンちゅうのコーナーであったということが判明したのだ。

 さらに僕は単にクモのアニメーションに岡林の歌が流れるというシーンしか覚えていなかったのだが、どうやらそれは完全な間違いではないが、正しいとも言えない、要するにBBCに「Spider」というアニメシリーズがあって、その吹き替え版を教育テレビの「母と子のTVタイム」という土曜日の番組の中で流していて、主題歌を岡林が担当していたようだ。そういわれてみれば、ニャンちゅうと白石まるみさん(実は僕はこの白石まるみさんをAV女優の白石ひとみさんと思い込み違いをしておりまして、当時一緒にテレビを見ていた配偶者に「この白石さんってアダルトビデオに出ているよな」と発言して、物凄いひんしゅくを買ったことがありました。紛らわしい名前を出してくる某国営放送がいかんのじゃ、と責任転嫁したのは当然と言えば当然である)の掛け合いの後に岡林がどこか頼りなげで、ちょっと淋しそうにクモのことを歌っていたイメージがあります。こういうやつです。



 という前ふりでお気づきでしょうが、本日は「みんなのうた」特集でいっちゃおうかな、でも結構チェックが厳しいんだよな、などと独り言はさておき、えーと、みなさん、「みんなのうた」で好きな歌ってどんなのでした。僕は何と言っても「もはや戦後ではない」と言われた時代に生まれたし、当然「戦争しか知らない子供たち(by 頭脳警察)」なので、最初のころに覚えている「みんなのうた」は童謡やトラッドが多くて「あわて床屋」とか「デイビークロケットの歌」、「おお牧場は緑」みたいな明るいものから「てーのひらをたいようにすかしてみれば、おれはきみのためにしーねるー」なんて男性性器を和風建築に付き物の建具に貫通させるような小説を書きながらミシマがいたので、文学の世界から逃亡し、人気俳優の弟の力で政界に入り青い嵐の会だなんてぶいぶい言わしておったくせして最近妙に後世の評価を気にしているのか、いいこいいこぶる非実在老人ならぬ大嫌いな某都知事の歌なんか聞いておりました。※2012.2.13追記:えー、ここでも粗忽ぶりを発揮しております。某都知事の作詞した「みんなの歌」は「さあ太陽を呼んでこい」でした。それがいつのまにか「手のひらを太陽に」とごっちゃになっておりました。「手のひらに」の作詞はアンパンマンでしたね。しかし、やはりというか予想通りというか、某国営放送チェックが厳しいですね。ターン・イントウ・ブラックの画面ばかりだ。追記終わり。

 しかし、このエントリー書くために「みんなのうた」の放送曲を調べたけど、まあ沢山ありすぎてクリビツテンギョウ。「ケルンをつもう」なんて歌は数十年間忘れていたけどタイトル見たら即座に思い出したな、曲調を。てなところで1発目には何を取り上げるかというと、やはり僕たちの世代で国営放送がらみで、人気があって歌も歌えるとなるとひょうたん島の博士こと中山千夏の「もえあがれ雪たち」なんです。これは南国に住んでいた僕には、やはり雪ってのが憧れで、誰の詩だったか覚えてないけど、たしか「太郎の家に雪降り積む、痔ろうの、ちゃうわ、二郎の家に雪降り積む」とかいうのがあって、深深とした雪の降る夜の情景などに憧れたりしたものでした。で「もえあがれ雪たち」ってのは、冷たいはずの雪に対して「燃え上がれ」という表現が強烈で、歌ってた中山千夏も凄く感情こめてた記憶があって、ただ探したけど千夏バージョンは無かったので別テイクでどうぞ。



 この歌が流れていたのは多分小学校の高学年だったと思う。いやもしかしたら中学校に上がっていたかな?まあ、どれくらいの人が覚えていてくれてるか不安ではあるが、こればかりは世代が近くないと、多分3歳くらい違っただけで随分覚えている歌や印象は変わってくるんじゃないだろうか。そういう意味では日頃から尊敬たてまつっている黒木燐さんは流石分かってらっしゃる(by 人生セミリタイアの割に良く出て来る大橋巨泉)。先日、某箇所で「トレロカモミロ」が好きだと書いたら、闘牛士の歌とズバリ指摘してくれました。そう、「みんなのうた」では、こういう荒唐無稽なストーリー物も好きだったんですね。こちらの歌は間違いなく小学校高学年です。♪らんらららんらららんらららんららららんららららららら、オレ!!などと休み時間に良く歌って周りのひんしゅくを買っておりました。ああ、当時から全然進歩の無いワタクシ、反省しております。



 で、時系列に書いていくとネバー・エンディング・ストーリーになりそうなので一気に加速していきますが、「みんなのうた」ってずっと子供向けの歌だとばかり思っていたのだけど、こういう歌も流していたんだよね。というか、日本の流行音楽の中でフォークソングが一時的に大ブームになった時期があって、そのきっかけになったのが六文銭というグループのヒット曲「出発の歌」ってのがありました。その六文銭のリーダーだった小室等がソロアルバムの中で取り上げていた名曲です。テロップが小室博になってるのはご愛敬。※予想通り某国営放送並びに所属レコード会社からの指摘で動画が削除されまくり。これもすぐ消されるだろうけど、とりあえず貼っておく(2011/11/14 追記)。



 別役実の詩が雨の日の情景を歌いあげて、心にしみ込んでくるようなメロディですな。井上君の「傘がない」に近いものがありますが、歌われている世界は流石、別役実、雲泥の差があります。しかし、この歌がヒットせず井上君の歌がヒットしたというところに我が国の流行音楽の限界があるというか、もう一点はボーカルの力の違いというところもあるのかな。などと柄にもないことを書いてしまいましたが気にしないで次に行きましょう。今回調べていて、えええええ、こんなんあったの?と驚いてしまったのがガロの「そして君は」だったけど、それ以上に驚いたのは元タイガースのトッポこと加橋かつみの「ニルスのふしぎな旅」。これテレビでやってたのは知ってたけど、まさか「みんなのうた」に取り上げられていて、歌っていたのがトッポだとは夢にも思わなかった。



 この歌は80年に放送されていたのだが、僕は大学の最後の1年(入学したのは75年なんだけど、学問が好きで真理を探究していたらいつの間にか、ま、留年ちゅうやつです)を忙しく送っていたので食堂のテレビなんかでちらっと見た覚えはあるけど、そんなに印象には残って無かった。今聴き直してみると実にいいね。大変大雑把なくくり方なんだが、80年以降から某国営放送で何かがはじけたのか、縛りがなくなったのか、「みんなのうた」になんだかよくわからない、どう聴いても子供向けというよりもう少し幅広い世代にアピールしてるんじゃないかという歌が増えてきたような気がします。さらに90年代になるともうアバンギャルドといえば聞こえはいいけど、早い話支離滅裂、もうぐたぐた。なんせあなた「りんごのうた」ですよ。悪いが美空ひばりじゃない。しいなりんご、です。※ここで「みんなのうた」バージョンというか、あのリンゴの人形劇の動画は削除されていたので、次善の策として東京事変バージョンをアップしておく(2011/11/14 追記)。



 これオンエアを提案した人は始末書書かされたんじゃないだろうか、とこちらのほうが心配してしまう。まあでも、こういう音楽が全国放送で茶の間に流れるというのは、ある意味文化の成熟といえるかもしれない。でも、やはり僕は根がロマンティスト(by スターリン)なので、「みんなのうた」には夢と希望あるものがいい。たとえば清志郎の「ブーアの森へ」なんか良かったよね。音はソリッドだったけどワンちゃんと一緒に歩いている姿がほほえましかった「OSAMPO」なんかも良かった。でも、やっぱり12月の終わりの夜に聴くにはこういう歌と声がいいな。まいどまいどで悪いけど、僕の今年の歌姫中山うりちゃんの「回転木馬に僕と猫」。そういえば彼女の歌は「夕焼け空に摩天楼」とか○○に○○ってのが多いな。なんだか結論めいたので今日はこれで。※やはり「みんなのうた」バージョンというか、あの素敵なアニメーションは削除されていた。別の人が「みんなのうた」バージョンをアップしていたけど、すぐ消されると思い、うりちゃんの今年9月のライブから。最初にちょっと声が裏返るのはご愛嬌(2011/11/14 追記)。



クリスマス寒波と一緒にZEK3がやってきた

 全国一千万のZEK3ファンの皆様お待たせいたしました。あの「ライブハウスでしか見ることのできない」と言われ続け、その姿を見たものは間違いなく「はらいそ」に行けるというついには民間神話伝承になりつつあったあのアメイジング・ピアノ・トリオがついにメディアに登場しました、という情宣活動をしたせいで間違いなく視聴率はアップしたことと確信するスカパーのZEK3の放送であったが、南九州の地でルンペン・プレカリアートの生活を続けている僕にはリアルタイムでスカパーなど見ることはできず、しかし来年は痔が出る痔が出ると大騒ぎしている「血で痔」放送だが、そちらはなんとかクリアしている今日この頃、皆さんこんばんは、ラッシャー木村です、とほとんどチーハクかドングー並みの文章しか書けない本日は「めりーくりすます、みすたーろーれんす」の日である。

 俗に「盆と正月がいっぺんに来る」という表現があり、一度に楽しいことが重なる意味で使われているが、しかし、この表現異議ありといいたい。だって、そうでしょうが。「盆」と「正月」が一度に来られたら、こちらはどんな服装でお迎えしたらいいのだ。「盆」に合わせるのは南国なので苦しゅうない、アロハやTシャツ、場合によってはタンクトップなんて露出度65%という手もあるが、一方「正月」が来るのなら、そこはそれ羽二重の着物というのは大げさでも、やはり寒さに備えてダウンジャケットとか、ランチコートとかフリーズドライじゃなかったフリースなんてものを着こまないと風邪でも引いたらおおごとである。え、でも「盆」が来るんだったらやはり厚着してたらこりゃたまらん、北風と太陽の教訓からしても、寒けりゃ着こむが暑いときは脱ぐというのが物の道理というやつで、と着るものひとつとっても「盆」と「正月」が一度に来るとちょっと困る。

 さらに食べ物で考えてみても「正月」といえばおせちだとか雑煮、カズノコをかじりながらおとそを一杯、おっとっと、こぼれるこぼれるなんていいながら盃に口を持っていく3が日なんてのは風情があって豪華でいいけど、「盆」は、はよくーりゃはよでーきーる、と沸騰したナベに入れ3分間、大村コンちゃんがCMしてたボンカレーか、煮しめかおこわか、うーんどうも華やかさに欠ける(勢いで書いてしまったがお盆にカレーを食べる習慣なんてないよな、ここは「盆」から「ボンカレー」を連想してしまっただけだ)。さらに「盆」というと、今日日の若い方はご存じないかもしらんが、その昔の東西冷戦時代(ロシアが宇宙少年と言われていたころだ、あ、ありゃソランか)、ジョニー・ロットンが「さらばベルリンの陽」で歌ったようにベルリンの壁で祖国を引き裂かれたドイツの、西側のほうの首都がボンであった。しかし、西城秀樹が自らの存在をかけて発言した「おせちに飽きたらカレーもね」という妥協というか日和見というか、このさい和洋折衷もええんちゃうか、和魂洋才なんて便利な言葉もあるし、となし崩し的に正月でもカレーという時代になってしまい、ま、そういう部分では「盆」と「正月」の共闘はなくはない。

 しかし、冷静に考えればやはり「盆と正月がいっぺんに来る」という表現より「クリスマスと正月がいっぺんに来る」というほうが現実的にありえそうだし、連想もしやすいのではないか。なんとなれば我が祖国の広告業界、装飾業界ではクリスマスのデコレーションを25日の夜乃至26日の朝撤去して、一気に〆縄や角松などの正月用外装に切り替えるというイベントが待っている。もしかしたらクリスマス寒波到来中の今日、今この瞬間寒い中工事をしている業者もいるかもしれない。ご苦労なことである。

 …、で、何が言いたいか、そうそう、クリスマスといえばクリスマス・プレゼント、お正月といえばお年玉、その二つがいっぺんに届いたような嬉しさがあったのが、かのZEK3のライブ放送であった。話は戻るが、僕の家ではスカパーが受信できないので友人に頼んで録画してもらった。その受け渡しが先週の土曜日18日で、我がバースディの前日。しかも受け渡し場所はイ×ンのタワレコだったので、ついでにCDも物色してしまいランディ・ニューマンのデビュー作とラトルズのまだ持ってなかったアルバムもゲットできて大変ルンルンな気分でおうちに帰ったのだ。で、もちろんすぐに見ました。先ず驚いたのが、最初に出てきたくるみさんが、これまた愛想よくMCなさってて、お、やればできるんだからライブの時ももう少し喋りなさいよ、などと画面に向かって呟いていたのだが、演奏が始まると同時に固まった。いきなり「Friends」から、それは始まった。



 今年の4月に見たライブ2連チャンの初日、LIFETIMEでのオープニングもこの曲だった。しかし、このグループの情報を何も知らない人がテレビのスイッチを入れて、突然この演奏を見たらどんな反応だろうか、なんてことが頭をよぎったけど、しかし、ゼップの有名どころのナンバー(たとえば「Whole Lotta Love」とか「Good Times Band Times」)ではなく、こういう曲を1発目に持ってきてしかも13分もの演奏をやるというのは、よほど自分たちの演奏に自信があるんだろうな。以前もくるみさんに「もっとポピュラーなものをやって一般的な人気を得てCDデビューしてください」みたいなことをメールしたら、叱られたことがあった。そのときのくるみさんの姿勢というか態度は音楽に真剣勝負するというのはこういうことかと、いたく感動した(でも、もうちょっと受ける路線もやりましょうよ、というのがココロの片隅には残ってるんだけどね)。で、この番組を見た感想を懲りもせずくるみさんに送った。以下、そのコピペ。

こんばんは!!
スカパー見たというか、正確にはスカパーを録画したDVDを見た
というべきですが(笑)。ルンペンプレカリアートを自称している
ワタクシの家にはスカパーが無くて、あちこち知り合い、友人に
声をかけて、ようやくスカパー契約している人のところに辿り着き
それでも、放送されているチャンネル契約をしていないのではという
危険性もありましたが、調べてもらったらセーフ、ということで録画、
ブツの受け渡しは18日、タワーレコード店内で無事終了しました。
奇しくも翌日19日はワタクシのお誕生日で、これが誕プレとなりました。

で、早速拝見した感想ですが、ZEK3を1時間にまとめるのは無理だっぺ、
という結論に達しました。あ、いや、それとも美味しいところをチラ見させ、
本番はライブハウスじゃないとダメよという美人局的営業展開では、
という疑惑も起こってしまった、でも今年の春先に見たZEK3がまたもや
進化して演奏しているところをまがりなりにも見られるのは、それは
ラッキーマンというべきではないか、と心は乱れております(笑)。

いえ、オープニングの「Friends」そして「Heart breaker」が、完全な演奏で
3曲目の「TRAMPLED UNDER FOOT」で、あのライフタイムでの感激が
再びと目をうるうるさせていたら(ちとオーバーですな)、あれ今一瞬
暗転したけど音が飛んで無かったっけと疑問が湧きあがり、その次の
「Moby Dick」は、明らかに編集されているってか、途中切られてますがな。
もっともこの演奏の後「本田ボンゾ珠也」ってのは、ナイスでした。
あ、それとオープニングのMC、楽屋で撮影したのでしょうか、くるみさんの
笑顔が素敵で、ライブの時もそれくらい喋ったらどうなんでしょうか、などと
独り言をぶつぶつ呟いてしまいました。

そうそう、それと「Rain Song」で、画面がブルーに変わってしっとりと
聴き込んでいたらここでも2か所カット、特に米木さんのベースがいい
ところだっただけに残念でした。ラストの「 Immigrant song」はアンコール
だったのでしょうか、こちらは最後まで聴かせて頂きました。

で、見終わって、やはり物足りない。しっかり2セット2時間以上の
演奏聴かないとな(見ないと)って感想と、でも一人でも多くの人に
ZEK3の存在を知ってもらうにはこういう方法がベターだったのかな
とも思ったり。そのあたりは表現者としては、くるみさんはどう考えるのか
ちょっと聞いてみたいような、でもまたお叱り頂くのでちょっとおっかない
ような(笑)。

最後ですが、13日の放送が終わっているので誰かYOU TUBEにアップ
しているかと思って探してみたら、何やらDJ ZEK3とかいう訳のわからん
映像は沢山ありましたが本家本元のZEK3は見つかりませんでした。
やはりジャズファンの皆様は著作権をしっかり守るいい人だなと。
もっともあんまりアップされないとちょっと悔しい気もするので、こっそり
ワタクシが、って犯行をやる前に自供したらアカンがな。

と、だらだら例によって感想らしきもの書きなぐりましたが、笑って
お許しください。それでは失礼します。あ、最後になりましたが、
年末に向けて何かと慌ただしい日々が続きますが、くれぐれも
お体をお大事に、メンバーの皆様にも宜しくお伝えください。


 ま、自分で書いておいてあれだが、ホント締りのないだらだらしたメールである。しかし、くるみさんは律儀に返事を送ってくれて、そこで録音秘話を教えてくれた。以下、ご本人の承諾を得ず勝手にメールをコピペ。良い子は決して真似しないでね(by 狸さん)。

演奏時間2時間半。
その中から53~4分で選曲してください、と言われまして。

5曲選ぼうと思ったが、そう上手く時間が合うってもんじゃない。

Mobyはですねえ、収録の段階で、
珠氏に「折角の機会だけどどうする?」と。
暫し沈思黙考の末「よし、ダイジェストでやる」と。
が、26分。(まあ、最長記録47分からすりゃあダイジェスト?)
番組の半分がMobyになっちゃう。
どうしたもんか、と珠氏に訊いたら、
「自分で10分程度に編集する」と。
その手があったかと、TrampledとRain,私が編集しちゃった。
そう、移民は御名答、アンコールなんで短かったので採用。
お陰で6曲入ったわけ。
KashimirとWhole Lottaは長すぎたからカット。
1曲は出来が悪すぎて(私の)カット。




 なるほど、そうだったのかと納得。でも、何度も言うけどZEK3の演奏を1時間で判断しちゃダメです。っていうか、今回録画したものをじっくり見たけど、やはりライブにはかないません。はっきり言います。この動画の数十倍ライブは物凄いです。君はZEK3の怒涛の2時間半ライブに耐えられるか!!とにかく、興味を持ってくれた方は是非彼らのライブに足を運んで、その強烈なリズムとビートに繊細なメロディに打ちのめされてください。それでは最後に、全国一千万のZEK3ファンの皆様、次は是非CDがリリースされるよう頑張りましょう!!シュプレヒコール!!我々は闘うぞ、闘うぞ、勝利するぞ!!あれ、なんか違うかな。

 で、寝ようと思っていたのだが、このエントリーにリンクさせる動画を探していたときに、大笑いの映像を発見。しかし、たけしってこういうことを平気でやれるから凄いな。題して「戦場のメリーさんの羊」。


たのしかったおたんじょうび(ケッ)

 今更な話ではあるが、先だっての日曜19日は僕の誕生日だった。何回目だったかとか、そういうことはどうでもいいのだが、その誕生日の日曜日に家でぼんやりしていたら携帯が鳴った。取ってみたらK平先輩だった。わざわざ僕の誕生日ということで、遠く関西の地から電話をしてくれたのだ。それから10分くらいそれぞれの近況を話しあって、最後はお互いもうそれほど若くはないので無理せず、ぼちぼちいこか(by 上田正樹と有山じゅんじ)、という結論に達したのは歳月人を待たずではなく、光陰矢のごとしというか、K平さんも僕もストーンズが好きだったので、彼らのフレーズを借りると”Time waits for no one,and you want wait for me”というやつである。

 などと、ちょっと辛気臭いイントロから始まりましたが、どうもここ最近blogの更新をさぼり続けているもので、なかなかキーボードが進まない。というか、積極的にめんどくさい。なんとなく乗らないのだ。バカ話のネタは沢山あって、頭の中では「あ、このことはエントリーに書くと受けるだろう」とか「こういう展開で書くと、結構喜んでもらえるんじゃないか、じゃないか、ジャマイカ」などと思いはするのだが、いざPCの前に向かうとFC2のページを開こうとは思わないんだな、これが。季節外れのセンチメンタル・ブルーかもしれない。僕は季節の中では冬が一番好きで、それも寒ければ寒いほど調子が良くなるのが例年のパターンなのだが、今年はどうも調子が出ない。ま、長い人生そういうときもあるか。

 で、その誕生日なのだが、こういうことを書くと女々しいとか未練たらしいとかぐずぐず言うな九州男児が、という叱責が空の上から聞こえてきそうだが、でもあえて言わせてもらいたい。今年はフィジカルな誕生日プレゼントがナッシング、ゆがったなっしんとぅるーず、と思わずディランのフレーズが出てしまうくらい、何ももらえなかった。いや、メッセージは頂きましたよ。それも敬愛するだててんりゅうの隣さんからも頂いたし、ギャグセンスが「魂の兄弟たち」とでも呼びたくなるGoteauxsson さんからも丁寧なメールを頂いた。さらには今度また詳しく書くが、ZEK3のくるみさんからもメールを頂いた。あ、いかん、それと某所で燐さんとMM21さんからも「おめでとう」の言葉を頂いた。

 うーん、こうやって文字にしてみると、なんだ結構いろんな人から祝ってもらってるではないか。これで文句を言ったらバチが当たるな。と、ちょっと機嫌は直ってきたのだが、しかし。とりあえず今名前というかハンドルネームを上げさせていただいた方は、リアル社会では直接お会いしたり触れ合ったりすることが、とりあえず、無い。ここに書いた皆さんが物理的に存在しないわけではないが、僕の現実社会生活の中で登場することは残念ながらないのである。つまり、「遠くの他人」という言い方でくくってもあながち間違いではないだろう。日本語というか言葉には対句というものがあって、「遠くの他人」と来れば、即座に浮かぶのが「近くの親戚」であるだろう。さらに、「近くの親戚」を微分・積分するともっとも近いのは家族、ファミリーということになる。

 で、だ。その家族は僕の誕生日にどういうアティテュードを取ったか。早い話が応対、対応、接遇というか、そういうやつだ。簡潔に書くと、配偶者は僕に携帯の卓上ホルダーをくれた。もっともこれは僕がショップに予約していたものを立て替え払いして受け取って来ただけだ。いや、その代金は確かに配偶者が払って、僕に請求はなかった。なかったが注文した僕が一番知っているその代金は消費税込みで1,365円なのだ。で、我が家には子供が二人いる。下の子は、地元で有名な和菓子屋さんの小さな紙袋をくれた。開けてみたらどら焼きが1個入っていた。「何これ」と聞いたら、「タンプレ」と答えた。誕生日プレゼントのことらしいが、何でも略せばいいというものではない。あ、違った、そっちを怒ったのではなく、「お前、父の誕生日のプレゼントがどら焼き1個か」と大人げなく絶叫した僕に対して「いらんなら食べんで、うちが食べるかい」と言われ、さらに「これは普通のどら焼きじゃなくて餅入りやから、てげ美味しいっちゃが」と宮崎弁で誤魔化されて終わった。上の子は僕に性格も外見も行動パターンも良く似ている。であるから、当然、誕生日のプレゼントなどなかった。「角松は冥土の旅の一里塚、って言うじゃん。誕生日ってそんなにおめでたいことばかりじゃないよ」と、まるで学生時代の僕が言うようなことを言って誤魔化された。しかし、父親の威厳として「さっきの一茶の句は正月に子供を亡くした時に歌ったものだから、誕生日と直接的にはつながらんぞ。理論武装が甘い」と言っておいた。

 という、昼間の会話ややりとりがあり、それでも夜は久しぶりに家族で焼肉を食べに行く約束をずいぶん前からしていたので、ふてくされるのも大人げないので家族全員で出かけた。我が家が良く行く焼肉屋は、これはもう当然大衆焼肉屋というか地元のチェーン店なのだが、肉のセットと合わせて冷麺やビビンバ、スープ付きライスなどが付いてくる。4人家族ではあるが、僕以外は女子供なので3人前注文すればおなかがいっぱいになる。その日もいつもの調子でお肉と冷麺などを頼んで、じゃ飲み物となったときに、僕はメニューに「飲み放題1時間500円」とあったのを見つけて、「これこれ」と指差したのだが、「そんなに飲んだら明日が大変」とか「肉が入らなくなるからやめておいた方がいい」とか「これ以上腹が出たら、もう知らん」などと恫喝をかけられ、泣く泣く生ジョッキ1杯だけ。もっとも家族が残したご飯や冷麺やキムチなど食べていたら、本当に満腹になり、いやー、人間衣食足りて礼節を知るというが、食のほうが足りすぎるとおのずと人格が丸くなるというか穏和になり、それまでの怒りがどこかに行ってしまった。

 で、何故か誕生日の僕が焼肉屋の支払いを済ませて、さあ帰ろうというところだったが、せっかくなのでカラオケに行きたいと女子供が言い出した。カラオケなんぞ、大の大人がやるもんじゃない、なんてことはなくて、良く考えたら今年は1回も行ってないような気がしないでもない。まあ、家族じゃ盛り上がらないかもしれないが、この間のストレス発散で一発歌うかといそいそとカラオケに向かった。

 で、これから後の話はあまり書きたくない。結論からいうと女子供にロックは分からない。僕のこの日のカラオケテーマは、「哀愁の70年代日本語のロックとフォークのミニ祭典」というものだった。だから当然オープニングにはスライダーズの「風が強い日」をセレクトした。画面を見た下の子、「『風が強い』って、何ね、変な題名やね」。アホ。「風が強い日」じゃ。「風が強い」じゃ主語と述語の一番短い文だっちゅうの。いわゆるS+Vってやつだ。その文に「日」という名詞が付いて、一つの情景、フレーズなんじゃ、などと説明しても糠に釘、豚に真珠、豚に真珠がのさばってる~(by スターリン)。

 まあ、ストリート・スライダーズはコドモにはちと難しかったかと思って、もっとポピュラーなところを2曲目は選んだ。佐野元春の「ガラスのジェネレーション」である。この歌を聴いて、上の子が聞いてきた。「これ、昭和の音楽?」「え、うん、まあ昭和っちゃ昭和の音楽だわな。どうして」「いや、うん、なんとなく。歌詞とかメロディとか、やっぱ昭和やね、お父さんとかお母さんの時代やね」と奥歯にものの挟まったような言い方をしやがった。で、3曲目は、ご存じ大塚まさじの「アフリカの月」。ところが、これアレンジがオリジナルと違っていてどうも歌いにくい。それでも何とか歌い終えると、バカ娘二人が大笑いしている。リモコンをいじってテンポを速くしていたのだ。

 こういうところで怒ってもしょうがないので、気分転換と嫌味でキャット・スティーブンスの「Father & Son」を歌った。バカ娘二人に、「お父さんは息子とこういう会話をするのが夢だった」と、ロシア革命に決起しようとする息子を宥める父親の歌を歌ったのだが、息子のパートのところで声が裏返ってしまった。僕はそれでなくても声が高く、「もののけ姫」も平気で歌えるくらいなのだ。その感じで息子のパートを歌ったものだから、本来しんみり聞かせるところを大爆笑された。悔しい。で、頭に来たから泉谷しげるの「寒い国から来た手紙」とボ・ガンボスの「夢の中」を立て続けに歌ったら大ヒンシュクだった。あ、カラオケで気が付くのもなんだけど、「夢の中」は「レット・イット・ビー」にずいぶん良く似ているな。いや、パクリとかそういうことじゃなくてね、キーボードやギターのフレーズにそういうところを感じるのだ。どんととビートルズってちょっとイメージ合わない感じがするけど。

 それでもラストぐらいはバシっと決めたろと思ってエレカシの「おはようこんにちは」を予約して、そのあとリモコンで遊んでいたらなんとP-Modelの「MOMO色トリック」があることに気が付き、エレカシをキャンセルしてテクノポップの名曲を絶叫しました。で、結論、カギカッコに中はコーラスだから、だれか別の人に歌ってもらわないと、一人で歌うと息が切れます。なにしろ♪ピンクは血の色、ピンクは血の色、そこからはじめてみようじゃないか、を延々と繰り返したときは目の前が本当にピンク、なはずはなく真っ黄色で貧血起こしかけました。

 とまあ、こんな具合に誕生日は過ぎていきました。でも、まだ間に合います。心からのおめでとうとフィジカルなプレゼントを、悲しいお父さんに贈ろう!!


取り急ぎ、そんなことはないって、ゼッタイ!!

 先ほど、ネットで今日の出来事を漂流しながら見ていたら、WEB 本の雑誌に『押尾学「獄中インタビュー&押尾ノート」公開~『EDGE STYLE(エッジ・スタイル)』という記事が出ていて、読んでいたら、え、と思ったところがあったので引用します。

 裁判員裁判で一番印象に残った場面も振り返り、捜査のあり方にも疑問を投げかけている。自民党の大物政治家の息子が事件に関与しているのではないかと の報道に関してもコメント。「100%再逮捕はない」と警察自らが語っていたのに再逮捕という経緯にも「何か国家的な大きな力が働いたのではないか。そう 思わざるを得ません」と話した。


 大きな声で言いたいが、それは9.5割以上無いと思う。9.5割などという、およそ割合や歩合、百分率などという小学校で習う算数の単元が理解できていないであろうと思われる表現は、発言者に敬意を払って真似させていただいた。続きを引用したい。

 10カ月間の東京拘置所生活で、何冊にもわたる獄中ノートを綴っているという押尾被告。「オレの周りはみんなオレは終わったと思ってる 9.5割 どいつもこいつも見てろよ 押尾学はもうすでに死んでんだよ」「毎日息苦しい 酸素が欲しい 月がのぼる 雲が流れて風の音がする」「出る杭でも打たれっぱなしでいられるか! って生きてきた。31年突っ張って生きてきた」「変れるべき時代と言うのは必ずある」と心の"つぶやき"が直筆で掲載されている。今後ツイッターで自身の 主張を発信することも視野に入れているとか。


 発言がもはや言語の体を成していない。というか、以前からそういう傾向と対策のあったお方なので、しょうがないといえばしょうがないが、「どいつもこいつも見てろよ 押尾学はもうすでに死んでんだよ」などというフレーズは鬼気迫るものがある。北斗の拳の世界である。「お前はすでに死んでいる」「ひでぶ」なんてやつ。で、自分の主張をツイッターで発信することを「視野」に入れてるというところがいじましい。久しぶりに心の底から笑えました。というわけで、本日は突っ張り続けたお塩君に、元祖ツッパリっていうかツナギがカッコ良かったダウンタウン・ブギウギ・バンドのこの曲を捧げます。

※12/20追記 ということで「スモーキング・ブギ」の動画を貼っていたら、違反で削除されていました(早いっ!)。で、よくよく考えたらお塩君にはこちらのほうが良くお似合いだなということで「カッコマン・ブギ



3連荘というのか、こういうのも

 もうまったくもって、どたばたしながら生きているここ最近なのだが、なかなかエントリーを書く気が起こらないというか、時間もなくはないのだが雑件をあれこれやってるとすぐ眠くなってしまう。昔から僕は季節の変わり目に無性に眠くなるという習性があり、さらに今月になって環境の変化もあり、これが変化こそ生きがいというか、チェンジ、チェンジ、チェンジ、チェンジ、インターチェンジ、チェンジ、チェンジ(by Panta)の時代ならどうでもないのだが、人生に秋の夕暮を感じてしまうオッチャンエイジに入ってしまった段階では、なかなか変化はつらいところがある。人間歳食うと保守的になるというのも郁子なるかなである。あ、「むべなるかな」と入力したら「イクコなるかな」と変換されたが、イクコちゃんはもしかしたらあだ名がむべちゃんだったんだろうか、などという妄想はもう止そう、ってダジャレもトゥー・クールなエブリディだ。

 ただ、しかしエントリーを書きたいなと思うことも多々あって、ネタというか題材というかそんな大げさなものでもないのだが、話の骨子というかテーマみたいなものはしょっちゅう浮かんでは消えているのだ。このまえコメントのレスで書いた78年の東京滞在記の話や、このまえフルモトでミカ・バンドの『ナルキッソス』初版というかDVD付きのやつが、本来の500円コーナーに復帰して素早くゲットしたことや、そのついでに眺めていたら、なななななな、なんと恒松正敏グループの『欲望のオブジェ』も500円のコーナーで発見、素早く保護した話とか、そのアルバムのゲストミュージシャンに谷川賢作の名前があって、えっ、彼はこういうアルバムにも参加していたのかと軽いショックを覚えた話とか、あるんだいろいろ。生きていればね。

 と、先ほどから、やたら「生きていれば」というフレーズが出てくるが、これはこの前の日曜の新聞の訃報欄を見て感じたキーワードなのよ。というのも、日曜の朝コーヒー飲みながら何気に新聞開いたら松崎明氏死亡というのが目に入り、おお、鬼の動労を率いたZの松崎さんもついに昇天か、しかしまだまだ74歳。早いと言えば早いな。この人が口を割らずに墓場まで持っていった話はたくさんあるんだろうな、などと、まあこの記事ではそれほどショックを受けなかった。

 続いて、訃報欄に朝倉喬司氏の名前を見たときは、もうちょっとインパクトがあった。河内音頭の記事をミュージックマガジンで良く見かけたし、連続射殺魔(ロック・バンドじゃない、オリジナルのほう、要するに永山則夫だ。などと書いても『それ、誰』と言われそうな時代になりましたな、今日日の流行は「鞭の涙」か「無恥の涙」だからなぁ)のルポなどは結構真面目に読んだ。彼も67歳って、そんなに歳ではないし、第一あまりに寂しい、いわゆる孤独死だったのに驚いた。日経の記事を引用する。

ノンフィクション作家の朝倉喬司さん アパートで死亡 2010/12/9 22:30
 9日午前9時半ごろ、神奈川県愛川町中津のアパートの一室で、この部屋に住むノンフィクション作家の朝倉喬司(あさくら・きょうじ、本名=大島啓司=おおしま・ひろし)さん(67)が死亡しているのが見つかった。県警によると、異臭がすると、近所の人から連絡を受けた不動産会社の社員が発見した。目立った外傷や着衣の乱れはないことなどから、事件性は低いとみられる。

 朝倉さんは早稲田大学中退後、週刊誌記者を経てフリーに。犯罪ルポのほか音楽評論活動でも活躍した。著書に「涙の射殺魔・永山則夫と六〇年代」や「スキャンダリズムの明治」などがある。


 この寒い日が続く毎日の中で近所の人から「異臭がする」と連絡があったわけだから、そうとう腐敗が進んでいたと思われる。一時期、犯罪もののニュース番組や雑誌記事などでしょっちゅう見聞きしていた名前の持ち主が離婚して、長年住んだところを引き払い孤独に死んでいったのかと思うと、少しヘビーでした。

 さらに、追い打ちをかけたのは正司玲児の死亡記事。『うわ、あの夫婦どつき漫才の敏江・玲児の玲児が死んだんや』と、これはもうビックリ、最近メディアの登場もないし正月のお笑い特番でも見かけることが少なくなったコンビだが間違いなく一時代を築いたと言える二人、なんつっても本当の夫婦(のちに離婚したが)で、あのどつきあいは偶然の産物だと初めて知った。そして一番ショックだったのは71歳という年齢もだが、その死因。成人T細胞白血病リンパ腫、という病名だがATLと略すこともある。ま、厄介な病気なんです、これ。南九州の風土病だと思われていたのだけど、実はってこの病気の話を書こうかと思ったけど、書いてもせんないのでやめておきます。しかし、日曜の朝に訃報記事が3つもあると気が重いよな。今、彼らの名前をもう一度見てみると、それぞれの分野で活躍していた人たちだけど、所詮死ぬときは一人か、って、いかんいかん、また何だか暗くなってしまった。次回は気分を変えて、昔の馬鹿話でも書こうっと。



 で、終わったつもりでYOU TUBE見てたら、たぶん隠し撮りだと思うけど強烈な演奏の映像があったので貼っておきます。いやー、相変わらずすごい音出してるなぁ。


どっこい生きてる、でも何故か寂しい

 このところいろんなことが重なって、ゆっくりエントリーを書く時間と余裕が全くない。実は今日も、blogの更新はせずに寝ようと思ったのだが、何だったのか、凄く大事なことがあって、今日付けのエントリーだけは残していた方がいいという声が聞こえてきたので落ちも何もなく、いきあたりばったりでこの間のことを書いておく。

 前の日記でキャンプの事を書いたが、その翌日はまいどまいどのLIFETIMEでズージャのライブ。さひかぶい(「ひさしぶり」という意味の薩摩弁。フランス語っぽく、「さふぃかぶ~い」と発音したら意味が全然通じないというか、世界で一番美しいと言われる言葉と、人間の浅知恵で幕府の隠密をピックアップするために作られた言葉を比較すること自体が大きな間違いだと気が付いた。カゴンマ弁はわからん)の宮里陽太のライブで、実はその週の終わりにある陽太のライブに行きますとmixiのコミュに書いたら、宮里お父さんから『drac-obさんはこちらのライブがいいのでは、では、出羽の海』などというオヤジギャグこそ入ってなかったものの、親切なアドバイスがあり、セッションメンバーを見たら、そりゃもうあなた、男はハード・バップ、ちゃらちゃらしたスムーズ・ジャズなんぞ女子供の聴く音楽だから、あ、ここ決してサベツではありません。明確な区別なので、誤解なきように。

 というわけで22日は、こちらも毎度毎度のY尾君と連れもっていこら(今度は関西ローカルのCMからです。今はコンビを解消したコメディNo.1の声でした)で、サックスは宮里陽太、ヤノピは薩摩のヨカにせ松本圭使、ベースが博多っ子純情(もうこのマンガ知ってる人も少なくなっただろうな。ていうか、マンガ家の長谷川法正自体が存在してないっちゅうか博多ニワカのおっちゃんってイメージだもんな)小牧良平、そしてバンマスは我らが歌姫香月保乃のお兄さん、香月宏文という今気が付いたが九州男児勢揃いの男とラーメンとハード・バップは九州ぜ!と言いたくなるバンド。悪いはずがありません。しかもサプライズで香月さんがゲスト・ボーカルとして各セット2曲ずつ参加。僕は以前から陽太のサックスが歌伴に回ったらどんな感じだろうか、期待していたし、それが現実に、しかもボーカルは香月さんという組み合わせで聴けて、予想された化学反応は公式通り、いやそれ以上の相乗効果でもって楽しませてくれた。



 ベースもドラムもピアノもばっちり決まって、陽太のサックスと香月さんの歌声があったんだから、そりゃもう「今夜は最高」という一晩だった。良くいえば陽太がもう少しソプラノを吹いてくれればモアベター(これも死語だな)だった。

 それから、もちろんいろいろあって、非常に残念ながら「いろいろ」という単語の「い」の部分が「え」であれば、もちろん言うことなしなのだが、そんな都合のいい話は無くて、大変ハードな「いっつびーんなはーどでいずないと」と無意識に口ずさんでしまうような日々が続いた。あ、今胸の奥に針が刺さったような気がしたけど、どうしてだろう。

 あと、主だったイベントは12/5の日曜日にMIYAZAKI JAZZ Festival 2010というイベントがあり、これは1200人規模のホールに1000人近く入ったコンサートで、地元ジャズメンと東京からやってきたプロのジャズメン、合わせて4バンド出てきて、その感想は改めて書きたいのだが、結論から言うととても楽しかった。なにせチケットが前売りで1000円。ライブハウスのチャージより安い、しかしながら立派にコンサートとして企画・演出されていたのには驚き、桃の木、サージェント・ペッパーの木であった。あ、また何やら胸がちくちくしてきたので、今日は寝ます。僕の心の奥に刺さったとげとげの正体は分かる人だけ分かってもらえればいいのだ。



県立芸術劇場なう



宮崎ジャズフェスティバル2010というイベントに来ている。今年から始まったジャズフェスティバルらしい。どうせガラガラだと思って来てみたらクリビツテンギョウ、1000人近い。客層は、ジャズとは似合わないリッチな、あのいわゆるセレブっぽい。ま、僕は林栄一のサックスと香月兄のドラムが聞ければ、それでいいのだ。

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