四文字熟語のバンド名?



と、思ったのだろう。つまり、『南蛮渡来』というバンドの『暗黒大陸じゃがたら』って変な名前のアルバムだと判断された訳だ、某ブコフでは。

しかし、これはあまり怒る気にならなかった。いや、遠藤ミチロウの渋谷アピアのライブ盤がここで安くで買えたからではない。確かに、バンド名とタイトルが、一体どっちだというブツが最近多いしな。少し前だが、ロビンソンのスピッツだとか、あれ、スピッツのロビンソンだったっけ…。

要するに、まあ、そういうこっちゃって、何のこっちゃ。すべては、この暑さのせいなのだ。
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消毒スポットが無くなっていた。こんな農道でも24時間戦っていたのだ。二度と復活しないことを、念じつつ、つい習慣で徐行した。

最後の殺処分であれ、と祈るしかない

 あたしゃ、切れました。ぷっつんします。というのは筒井康隆の断筆宣言の切り出しだが、そうでも言わなきゃ収まらないのが、ここ数日の種牛の殺処分についての国と県との悶着だ。結論から言うと、16日午前に種牛の所有者の薦田氏が国の殺処分の指示に従うという判断をされて、今日その処理が行われたのだが、その結末がはたしてどういう意味があったのか、その結末に至るまでのいきさつは実のところどうだったのか。地元ローカルテレビ局の報道と、メジャーなテレビ局の報道を比較して判断して頂きたい。まずは地元のテレビ局の16日放送分だ。



 この内容をTBSはこういう風に報道した。※久しぶりに拍手がついていたので、見に来たら卑劣にも動画が削除されているではないか。こういう小さなことから「歴史の捏造」は始まるんだぞ。クソッタレTBS、てかテレビなんてメディアはニュースも娯楽番組なんだな、要するに。で、都合が悪くなると「チョサッケン」とか「ショーゾーケン」とか言い始め、削除や改変をするわけだ。3.11、原発人災事故全部一緒だ。2012.1.21追記。



 もうひとつANNのニュースを見てみよう。



 もちろん全国に流すニュースだから、対立点や問題点を分かりやすくするために、ややセンセーショナルな形になるのは理解できるが、地元の人間としてはどうにも『悪意』を感じるのだ。被害妄想?確かにそうかもしれない。しかし、最初の画面に出てきた畜産農家の方々の言動や、解散する自衛隊員に涙する町民の姿を見て何か感じて頂けないだろうか。冒頭に筒井康隆のぷっつんフレーズを持ってきたのは、実はこの宮崎県民の底抜けの善人さ加減にプッツンしている僕自身がいるのだ。あまりに人が良すぎる。災害、災厄を甘んじて受けて、それは仕方がないとか「泣く子とヤマダには勝てん」とか、あ、あれは「地頭」か。

 実は不謹慎な期待感があったのは事実だ。高鍋の薦田さんがワクチン接種を拒否(蛇足かもしれないが拒否していたのはあくまで「種牛6頭」であり、一緒に飼育している約200頭の一般の牛については殺処分に応じている)し、東知事も県有化することでなんとか国の特例で認めてもらえないかと援護射撃。たいして原理・原則を徹底する山田大臣は絶対認めない、県が出来ないなら国がやるという強硬姿勢。こりゃ、裁判闘争も視野に入れ、種牛断固死守闘争をやるべきだ。県が率先して団結小屋を造り、ゴムタイヤを焼き、強制代執行をやろうとする国家権力に対して、糞尿爆弾やゲリラ戦術で徹底抗戦して、なんてことを白昼夢していたのだが、やはり現実は現実で、東知事の説得・要請で薦田さんが泣いた。ここ数日は家族や友人などとも種牛がどうなるのか、よく話をしたが、最終的には国には逆らえないだろうという意見が大部分だった。僕がちらっと『国対県、仁義なき戦いに突入プラン』を話すと、お前はまだそんなカゲキハみたいなことを考えているのか、いい加減大人になれと諭された。…三つ子の魂百までということわざは僕の周囲には浸透していないようだ。

 ちょっと脱線しすぎた。いろいろ言われている「口蹄疫隠し」についても、地元ニュースで副大臣の見解をはっきり映像で残しているのでご覧いただきたい。



 実はこの後も引き続き、TBSとANNのニュースをアップして比較してもらおうかと考えていたのだが、チェックのために再三見直しいていたら、あまりの怒りにマジで抑えが利かなくなってきたので、大変申し訳ないが後の動画はYOU TUBEでご確認いただきたい。件の口蹄疫隠しではないかという映像では実際の口蹄疫を発症している牛の写真を、左上に簡単なエクスキューズをつけて出していたり、随分姑息なまるで「子供の喧嘩」みたいな「情報操作」めいたものを感じるのは、多分に僕が被害妄想で反権力意識に固まりすぎた、カゲキな人間だからなんだろうな。そうでも思わないと、やってられません。で、この間の東国原知事のBLOGは、かなり強烈な表現が多いが、怒りは共有できます。一部引用しておきます。本文はリンク貼っておくので見てね。

そのまんま日記 7/17付 「読売新聞社説について」から引用

 →あの時(一応勧告したとき)、またそれ以前から、薦田氏から「私の人生を掛けた種牛がもし殺処分されたら、私も死ぬ」と言われていた。薦田氏とは、今回、数回に渡ってお会いし、自筆の手紙も頂いていたが、その姿勢は本気であると判断した(因みに、山田大臣はこれまで一回も会おうとも、電話で話を聞こうともされていない)。

 県民の生活を預かる立場として、行政執行によりみすみす薦田氏(県民)の命を奪うようなことがあってはならないと強く思った。何とか、最悪の事態(悲劇)は回避しなければならないと判断した(因みに、その時、山田大臣(当時副大臣)は関係者に「提訴しようとするような人間が自殺する訳がない」と仰ったそうである。

 →薦田氏から「県に無償譲渡するので、畜産界の大事な遺伝子・資産を、畜産復興のため残し、役立てて欲しい」と言われ、県の所有になるのなら、既に国に特例を認められた県スーパー種雄牛と同じ特例で認められないだろうか?と考え、それを山田大臣に伝えた。(篠原副大臣によると)山田大臣の答えは「赤松大臣は認めたかも知れないが、今は俺が大臣だ。俺は認めない」だった。

 因みに、赤松大臣のときの副大臣は山田氏(現大臣)であった。県のスーパー種雄牛の避難を特例で認めたのは赤松大臣と山田副大臣である。篠原副大臣(現・現地対策本部長)も仰っておられたが、明らかに論理破綻・論理矛盾している。

 勿論、家伝法と特措法の違いはあれ、家伝法を補足・補完するのが特措法であり、特例が示す質・趣旨は同じである。


 その後、僕の方から「どこにでも会いに行くから、話を聞いて頂きたい」と面談を申し入れたが、「嫌だ。事務方になら会っていい」と言われた。仕方なく、事務方が選挙中、熊本空港まで会いに行き、救済を申し入れたが、けんもほろろに断られた。

 その後、選挙が終わり、突然「会ってもいいので農水省に来い」と言われ、わざわざ農水省まで出向いた。

 そこで、県内から集められた嘆願書を手渡そうとしたが、椅子にふんぞり返ったまま「そこに置いて」と言われた。よっぽど投げ付けてやろうかと思ったが、県民の皆様の民意を投げ付けたら失礼だと思い、ぐっと堪えた。因みに、その嘆願書の中には、地元民主党国会議員の連名による6頭救済の要請書も入っていた。

 僕は、これまで様々な大臣や副大臣等に要望書や嘆願書を持参したが、受取ろうともせず、「そこに置け」と言われたのは初めてであった。こういう方を信用・信頼しろという方が無理である。

 読売新聞の社説を書いた方、如何でしょうか?

(中略)

 『知事の一連の対応は、公平性や公益性の観点から、問題があったと言えよう』

 →大変貴重なご指摘を受け、真摯かつ謙虚に受け止めなければならない。

 冒頭申し上げた公平性の意味・意義に対する議論は置いといて、今回、結果的に、薦田氏6頭は、薦田氏自らが理解し判断し、同意して頂き、全体の県益を勘案して頂き、殺処分ということに至った。仮に、今回、(そもそもリングワクチンは国の施策であるので国が責任を持ってやらなければならないにも関わらず)国に命令されるままに県が行政執行等を強行していたら、薦田氏は恐らく態度を硬化させ、行政訴訟をされ、事は拗れ、複雑化・長期化し、事によっては命を絶たれ、甚大な禍根を残し、いつまでも移動制限解除等も出来ず、県民生活や県経済に多大なる影響が出ていたのではないだろうか?

 僕は、血の通わない、体温の感じられない、法律至上主義、画一的、前例踏襲主義、責任回避主義、隠ぺい主義等の行政運営・対応は、改めるべきだと考えている。

 例え、結果は同じ(殺処分)であろうとも、当事者や関係者の話に出来る限り耳を傾け、その方達の考え・主張・悩み等を出来得る限り斟酌し、何が最適ライン(ベター)であるか、自分で悩み・考え・模索・判断し、出来る限り周囲に理解・得心を得ながら行政・政治を進めて行く、そういう政治家でありたいと考えている。

 そういう意味で、僕の今回の一連の行動の是非は、あくまで県民の皆様に判断を委ねたい。いずれにしろ、今回、県全体のことを考え、断腸の思いでご決断して頂いた、その寛大・聡明な薦田氏の判断に対して心から敬意を表し、感謝を申し上げなければならない。

(中略)
 5月18日、ワクチン接種を山田大臣(当時まだ副大臣)に迫られた。「知事さん、このリングワクチンを地元に説得出来なければ、あんたのリーダーとしての資質は無いんだ。知事として失格だな」と低い声で言われた。国の責任でやると言っておいて、地元や農家さん達への説得・同意等は地元首長達に押し付けるのだ。その高圧的な物言いにも到底納得が行かなかったが、あの時、そんなことをとやかく言っている時間的余裕は無かった。

 不本意だったが、防疫のためと思い、断腸の思いで地元を説得し、何とかご理解を頂き、決断したとき、その記者会見上で堪え切れず不覚にも涙を流してしまった。

 あの意味は、対象農家さんの悲痛や絶望を想ったからであることは言うまでも無い。それに加え、隣に座っていた山田副大臣が、初めて来県したとき「僕は、ワクチンを打ちに来たんだよ」とまるで胸躍らせながら言った(少なくとも僕にはそう見えた)その言葉が悔しくて許せなかったからだった。

 とにかく、リングワクチンは駄目である。絶対にやってはいけない。その為には、そうならないような万全の態勢を取る・備える必要がある。その為に、今回の事例を教訓にし、より良い法整備や防疫指針を早急に構築する必要がある。

 それが、今日、死んでいったあの6頭と今回犠牲になった多くの牛や豚に報いることでもある。


 最後に忘れないようにしたい。まだ口蹄疫は終わったわけではないのだ。油断はできない。最後の最後まで消毒・防災の意識を持ち続けなければ。

 7/18、午前1時25分、どうも何か大事なところを見落としている気がして、先ほどのエントリーを読み返していたら、最初にここは絶対アップしておかねばと思った知事の文を引用し忘れていた。この部分です。

 「初動の遅れ」とはもしかしたら、以下のようなことを言っておられるのか?

 国内で口蹄疫が発生したにも関わらず、国の対策本部長である赤松大臣は外遊に出掛け、初めて来県されたのは、発生後約3週間経ってからであった。それとも、赤松大臣の「だから殺せと言ったんだよ」と笑って発言されたこと? それとも、初めて来県された際「幸いにも、今は川南町だけに留まっているので・・・・・」と発言されたこと? それとも、川南(かわみなみ)町の名前をいつまでも間違っておられたこと? 各閣僚がお越しになったとき、大体の閣僚は発生地の各地名を全然覚えておられなかったこと? 

 それとも、国の現地対策本部が本県に設置されたのは、発生後約一ヶ月も経ってからだったこと? そこに来られた現地対策本部長の山田氏が「僕がここに来たのは、ワクチンを打ちに来たんだよ」と嬉しそうに、まるで宮崎が実験場であるかのように仰られたことを言っているのか? それとも「一日一万頭は殺せ」と無理難題を高圧的に言われたことか? 「後、1・2件は発生するだろう」と予言されたことか? それとも、国の対策本部長だった鳩山首相が来県され「国の責任において、万全を期す」と明言された翌日に辞任されたことを言っているのか? それとも、まだ終息していないのに、国の現地対策本部は、ワクチンの一件が終わったら、数人残してさっさと撤収されたことか?

 いずれにしろ、国の国家的危機管理意識はそれくらいしか無いということを言っているのか?



チャンスは今夜




ヘーイ、ヘーイ、相棒、おーんなーの部屋に忍び込んでワルサしよーぜ…





む、空しい…


一人ぼっちのビアガーデン




…いいんだ、いいんだと流行り歌口にして、とセンチを気取る。




が、淋しい…


あえて、傷つくことだけ上手になって

 つかこうへいが亡くなった。62歳。今年の1月に肺がんで入院して、病室から芝居の演出をしていたらしいがついに力尽きたようだ。なんと、1月1日付で遺書も書かれていた。短いセンテンスにまとめられた、つからしい文章だと思う反面、もっと饒舌に書いていてほしかったと思うところもある。ちなみに、「つかこうへい」で先ほど、ググったら変換予測に「つかこうへい 在日」とか「つかこうへい たばこ」とかいうものがあって、いくつかのぞいてみたが品性下劣、便所の落書き以下の罵詈雑言の集まりだった。少なくとも、つかの本を読んだとはとても思えない、いや、下手に読むと書いてあることを真に受けて、もっととんでもないことをWEB上でアップしかねないラクカラーチャ諸君が、好き勝手にあることないこと(まあ、主観的にはないことないことと言いたいくらいのものだが)書いて憂さ晴らしているから、シカトするしかないか。

 つかこうへいと初めて出会ったのは大学に入って間もなくのことだった。暴言と恫喝が得意技だったボーリョク学生のT原さんが、「あの小説はえぐかった」と教えてくれたのが、『初級革命口座飛竜伝』だった。読んでみたが、あまりの話の突飛さについていけず、何度も途中で放り投げた。『熱海殺人事件』もそうだ。つまり、当時の僕はつかこうへいの世界は理解不能というか、演劇とりわけ小劇場なんかやってる連中はちょっとおかしい、いや、そのなんというか常識が通用しないというか、はっきり言うとめちゃくちゃな人間が多く、その彼らの話す内容と近いものを感じたのだ。要するに理解できないからパスしたわけだ。しかし、良く考えてみると、これは本末転倒で、つかの影響を受けた演劇小僧たちがああいうわけのわからない言動や、活動をしていたわけで、それを見ていた僕は、ああいう人たちはちょっと毛色の違う人というややベサツ的対応をしていた。もっとも、喫茶店でいきなり奇声をあげたり、わけの分からない踊りを始めて、一体何ですかと聞いたら「大駱駝艦」などと、そりゃいったいどこの国の軍艦ですかと聴きたくなるようなことしか言わない連中だったもんな、演劇関係のサークルの人たちは。

 そうそう、D大の小劇場をやっていた人で確か1学年上でK藤さんと言う人がいて、この人もめちゃくちゃな人で、当時関西ローカルでやっていた視聴者参加型のテレビ番組に『ラブ・アタック』というのがあり、後の大阪府知事、女性問題で失脚した横山ノックと若い頃の彼とトリオを組んでいた横山フック、あ、もう当時は上岡龍太郎と名乗っていたか、の二人が司会進行でやっている番組で、これはどんな番組かというと地元のちょっとかわいい女の子をかぐや姫といって、あ、もちろん大分出身のおいちゃんが3人組で、♪あしたてんきになあれとか、あなたとおでんを洗面器いっぱい食べるのが月に一度のぜいたくだったとか、窓の下には神田川などと歌ったフォーク・グループの名前ではなく、日本古来の物語(今昔物語だったっけ?)に出てくる意味でのかぐや姫なのだが、あのかぐや姫は竹から生まれたことになっているが、爺さんが竹を切るときに真っ向空竹割りで切ったら、頭から真っ二つになり当然血が吹き出て大惨事になったはずだし、いやたとえ横から切ったにしても一歩切り方を間違えたら胴体から二分の一ずつになった可能性も否定できず、五体満足に竹から出てこれたのは奇跡に近いと、ええと一体何の話だったか、ちょっとここで整理してみよう。あ、つかこうへいの訃報の話だった。その前ふりとして、つかの小説や戯曲が最初はなじめなかったという理由の説明に演劇やってるサークルの連中は変人が多かったという説明をしている途中だったのだ。

 で、その『ラブ・アタック』というのは、もう一度説明するとかぐや姫と呼ばれる女の子に求愛し、もちろんすぐに求愛ではなく、その前にクイズやゲームみたいなものがありその中でいかにかぐや姫への愛を訴えるかが大きなポイントになっており、そのゲームを勝ち抜いた男が一人だけ求愛できたのではなかったか。たしか平日の夜10時くらいにやっていたので、放送のある日はテレビのある先輩の下宿に行って、結構みんなで見ていたものだ。確か3人か4人くらいの男がともに競うのだが、見ていて『あ、こいつは絶対あかん、落ちるの間違いナシや』とか『あ、これ、やばいん違います。かぐや姫結構その気ですよ、いいんですか先輩』などと、女の人をあれこれ比べるのを雨夜の品定めとかいったと思うが、この場合はなんというのか、チャレンジする男とそれを待ってる女の子というシチュエーションをあれこれ品定めして、いや、あんな男より絶対オレのほうがましやとか、なんであんな不細工なんがいけるんや、世の中おかしいで、とか散々言ったものでした。あ、そうそう、それで先ほど出てきたK藤さんは、この番組のスペシャルプログラムでかぐや姫が芸能人のときがあり、それに出て、当然かぐや姫に受け入れられることより、いかに見ている人たちを楽しませるかで、確かぼろぼろの学生服のバンカラスタイルで登場し、いろんな小細工をして最後に壮烈にふられる筈が、そのかぐや姫(何回考えても誰だったか思い出せません。三木聖子とか、あの辺のレベルの芸能人だったと思うのだが)が、なんとOK出してしまい、その瞬間K藤さん一瞬マジになったのか固まってしまった。その後どうやって番組が終わったか覚えてないのだが、当日番組に応援に行った人たち全員ひきつれて、番組からもらった賞金を一晩で飲みつくしてしまったというエピソードがあった。

 もっともK藤さんの名誉のために付けくわえると、たまにお酒を飲んでいない時で、回りに人がいないときは信じられないくらい鋭いことを言った。また、ものの考え方も非常に斬新で、これで芝居だとか演劇論だとか、言わなければもっと尊敬した先輩かもしれない。ある時、K藤さんとたまたま二人だけで話したことがあって、その時僕はミニコミを始めたばかりで、その時の仲間とそのミニコミのあるべき姿というか、ま、カッコよく言うと運動論をどうするかで迷っていたときで、何気にそういう話をしたら、いきなり「お前、そんなこと何も考えるな。いいか、俺たちの世代というのは何かを作る世代じゃない。今までにあるものを壊す世代だ。何のために壊すか?そんなことは考えなくていい。壊せ、とにかく壊せ。建設のための破壊だと?そんなことも考えなくていい。建設なんてことは後の世代に任せとけばいいんだ。とにかく壊して壊して壊しつくしてみろ」とアジられて、うーん、こうやって文章に書いてしまうとその時の迫力というか説得力が全然伝わらないのだが、ギョロ目で、背も決して高いほうではない人だったが、その時は物凄い存在感と説得力で、自信のなかった僕にミニコミを続けていく意欲を与えてくれた。余談だが、それからしばらくして東京ロッカーズ時代のモモヨさんのインタビューをする機会があり、僕は自信たっぷりに「僕たちの世代は破壊の世代ですよね」と話しかけたら、いたって冷静に「破壊って、何を破壊するんですか。どうやって破壊するんですか。」と言われ、あっという間に腰砕けになってしまった。それでも気を取り直して話は続けたが、最初にボタンの掛け違えをしてしまったので、どうにもしまらないインタビューになった。はは、今にして思えばいい思い出、になるはずがない。

 えー、まあそんな感じで、初めの頃はつかこうへいの文体やその世界、とりわけ自虐的ともいえる表現や倒錯した論理などになかなかついていけなかったのだが、あるときはっと気が付き、素直につかワールドに入っていけたのは『いつも心に太陽を』に収録されていた『弟よ』を読んでからである。その話の中の世界が、ちょうど当時の僕の家族関係や大学での立場関係にぴったり当てはまったのだ。詳しい話はとてつもなくプライベートになるからここには書かない。いや、書けない。

 それから、81年の3月に僕は大学生活を終えて田舎に帰るのだが、そして学生時代のことはすべて隠してある会社に潜り込むのだが、当然不本意な日々ばかりだった。その中でつかこうへいの小説やエッセイを読むことが、自分自身を取り戻すというかふっと心に灯をともすような時間だった。当時は営業の仕事で、それも結構現場を駆け回る仕事だったので体力的にもきつくて夜も深夜零時すぎないと自分の時間を持てなかったが(当時の会社は社員の脱落を防ぐために強制的に寮に入れていたのだ)、眠りに就く前の30分から1時間、彼の本を読むことでずいぶん癒された。ずいぶん後になるが、僕の子供が生まれたときに付けた名前はつかの『菜の花郵便局』から取っている。

 例によって、全然まとまりのない話だが、つかこうへいの死を悼んで、僕なりのメモとして今日のエントリーは残しておく。そうそう、この映画にもずいぶん助けられたな。つかの話を書くには『娘に語る祖国』にも触れるべきだったかもしれないが、今日はそういう気になれない。つかの遺書は下記の通りだ。

友人、知人の皆様、つかこうへいでございます。
 思えば恥の多い人生でございました。
 先に逝くものは、後に残る人を煩(わずら)わせてはならないと思っています。
 私には信仰する宗教もありませんし、戒名も墓も作ろうとは思っておりません。
 通夜、葬儀、お別れの会等も一切遠慮させて頂きます。
 しばらくしたら、娘に日本と韓国の間、対馬海峡あたりで散骨してもらおうと思っています。
 今までの過分なる御厚意、本当にありがとうございます。




連帯


もうすぐ参院選の開票である。沖縄人民との連帯の意思の表明で、今からソーキそばを食べるのだ。反メタボ闘争バンザイ、我々は闘うぞ!!

ま、今回だけは見逃したろ




週末のフルモト巡回中、某ブコフで発見。ナ行のコーナーにミカ・バンドの『ナルキッソス』を発見。怒り狂って、激怒に震えて目が血走ってピンクにチェンジしかかった時、DoReMiFaという文字が見えた。中山うりのアルバムであった。即座に保護し、ついでに東村アキコのテンパリストも無事保護。よって今回だけは、ミカ・バンドの事は見逃してやろう。しかし、同じ中山でも録でもない夫婦もいれば、このように人民大衆の憩いになる人もいる。

明日の選挙で人民の怒りの鉄槌が下る事を確信している。バカヤロー、ヤーマダもやっぱりバカマツと同じかー!!

One More Time To Live

 恐れていたことが起こった。やはり非常事態宣言を一部解除したのは、早すぎたのではないだろうか。消毒体制も確立できたはずだし、ここ最近の気温の高さもこちらには有利な条件だったのだが。しかし、起きてしまったものはしょうがない。生き残るためにもう一度やり直すしかないのだ。以下、宮崎日日新聞の特集記事から引用。

宮崎市で再び感染疑い 制限解除遠のく

 宮崎市跡江の和牛繁殖農場で口蹄疫に感染した疑いのある牛が確認されたことが4日、市や県関係者への取材で分かった。県はこの農場で飼育する牛16頭を早急に殺処分する方針で、市とともに準備を進めている。農場は清浄性確認のため6月30日に牛から採血し抗体検査を実施。4日に判明した結果に疑わしい点があり、県が農場を立ち入り検査していた。県内での感染疑いは同市で確認された6月18日以来。
 関係者によると、抗体検査の結果を受け、宮崎家畜保健衛生所が立ち入り検査。口蹄疫特有の症状である多量のよだれや舌のただれなどを確認し、獣医師の所見を基に写真判定した。
 農場は市内1例目の養豚農場から南東に約700メートル。同市では1、2例目の感染疑い農場から半径3キロ圏内の農場を中心にした抗体検査の採血が2日に終わったばかりだった。市家畜伝染病防疫対策本部によると、牛の埋却地は農場近くにある農場経営者の所有地を予定しており、殺処分の準備を急いでいる。
 また、同市では清浄性を確認するため、1、2例目農場から半径3〜10キロ圏の201農場で目視による臨床検査を3日まで実施。異常は確認されておらず、抗体検査でも異常がなければ、家畜の移動・搬出制限区域(半径10キロ、同10〜20キロ)が11日午前0時に解除される予定だった。
 県は感染疑いとワクチン接種家畜の殺処分・埋却が終了したとして1日、非常事態宣言を一部解除したばかり。16日に見込まれていた県内全域での制限解除は、今月下旬以降にずれ込むこととなった。


 諦めたり、嘆いたりしている暇はない。もう一度、生きるためにやり抜くしかない。



It Happened Today 、でもカーブド・エアの話じゃない

 世の中には一瞬良く分からない話というのがあって、先ほどYOU TUBEでそれは起こった。拙blogをご覧の皆さま方は先刻承知の助の話だと思うが、YOU TUBEにアクセスすると「あなたへのおすすめ」というコーナーがあり、過去に再生した動画を基に、あんたはこんなんも好きやろ、え、どないだ、うそゆうたらあかんで、ほんまはすきなんやろ、え、え、とまるでスケベな中年オヤジみたいなコーナーなんだが結構重宝するので、それはそれでいい。だが、本日、その中に『デビュー当時の小倉優子迷子の子猫ちゃん(放送禁止ぎりぎり)』という動画があって、そのおすすめ理由が頭脳警察の「銃をとれ」を再生したからだと書いてあったのは、さすがに驚き、もしや番組再生中に優子りんが、「私の手はもう引き金にかかってるんだから、だから銃をとれ」とでも絶叫するのかと思って、再生してみた。



 見て、3分ほど放心状態だった。これのどこが、頭脳警察…。わけがわからず、とりあえず見なかったことにしようと思い、次の動画を探した。な、なんと連続射殺魔がアップされてるじゃないか。こちらは心当たりが大いにある。「ボリス・ヴィアンの憤り」を、この前聴きなおしたばかりなのだ。オムニバス盤の『レベル・ストリート』に入っていたこの曲を、当時のライブ・イベントのフィルムに重ねてアップした人がいて、当時の町田の異様な風体と癖のあるボーカル、そして和田のスリリングなギター、今聴き直しても十分聴ける演奏だ。あ、オムニバス盤ってのは、昨今の若造がいう金比羅ふねふね盤ちゅうか、えーと、なんだっけ、そうそうコンピレート盤のことです。最近、どうも昔使っていた単語がいつの間にか使われなくなって、別の単語に言い換えられてることが多くて、これ、一種の言葉狩りじゃないかと思うのだが、あなたはどう思いますか。「リスペクト」なんていう単語もどうも好きじゃないのだ。「敬意」とか「尊敬」でいいじゃないか。僕なんか根がひねくれ者だから「リスペクト」と聞くと、すぐに「サスペクト」と連想してしまい、こいつはゼッタイ相手のこと疑ってるなと、そういうイメージ持ってしまうのだ。ま、その手の言葉というか、単語というか国語のお話は別の機会にゆっくり語りたい。



 …、この猛烈な音を聴いて分かった。最初の優子りんと頭脳警察の共通項は「放送禁止」だ。♪わんつーすりーふぉ、あーいしてほしーい、あーいしてほしい、それだけがいいたかった(by 連続射殺魔「愛してほしい」)。

まるでここ最近の天気みたいに歯切れの悪い日記

 夏は突然やってくる。昨日、今日と雨は降らず、いやちょっとにわか雨はあったが、お日様が出ていい天気だった。もっとも湿度が高くて、空気がべたべた体にからみつくような感じで宮崎らしいカラッと晴れて灼熱の太陽が「どーだこのやろー、これが南国の太陽やぞ、なめとったらあかんぞ、え、どや」的にブイブイいわす天気ではなかった。と、ここまで書いたが、ひどい文章だな。実は、前回のエントリーで雨の曲特集をやって、それが途中で止まっていたので今日はその続きを書こうかと思っていたのだが、最初に書いたようにこの2日連続でお天気だったので、なんだか気勢がそがれてしまい、またふと気が付いてみたらいつの間にか7月に入っていて、“6月ハズ・ゴーン”と現在完了形になってしまい、だったら7月らしいエントリーを一発ぶちかましたろか、と思ったのだ。なのだが、今朝の地元紙に県が非常事態の一部解除を発表したことが出ていて、いや、良かったなどと安心するのはまだまだ早い。宮崎の県民性は熱しやすく冷めやすいところがある、というか要するに飽きっぽい、根気がないというところがあるから油断大敵なんだよな。

 もっとも、確かにこのところ新たに口蹄疫の発生が止まっており、一つにはここ最近の暑さのせいもあるんだろうが、何とかこのまま収まってくれることを祈るばかりだ。非常事態が解除されれば、以前のように図書館に行って好きな本を探したり、体育館でスポーツに打ち興じて健全に汗を流したり(大ウソです、ゼッタイそんなことしないもんね、オレ。以前も書いたけどオイラが好きな「運動」はスポーツじゃなくてムーブメントのほうだけんね)、美術館に絵を見に行ったり、公民館でお年寄りと一緒にゲートボールしたり(これも大ウソだな、周りの連中から年寄り扱いされるので自分からお年寄りのエリアに近づくことは絶対ないもんね。どうせ近づくならおねーちゃんがいいもんね、いや、その、なんだ、心に愛がなければどんなに美しい言葉も相手の胸には響かない、聖パウロの言葉より、って一体何を書いているのだ)、要するに普通の市民生活が取り戻せるかなということだ。

 もちろん今回のこの悲惨な出来事の一番の被害者である畜産農家や、その関係業者の皆さんのご苦労や痛みを考えればこちらサイドの市民生活なんかどうでもいいのであって、この際だから喪に服す気持でもう少し全面自粛してもいい、などと思ったりもするのだが、いやいやそれでなくてもいろんなしわ寄せがあって、とにかくイベントの類は一切延期か中止という異常事態が続いていたのだ。うーん、どうもうまく表現できないというか、ここで一つ今更ながらで申し訳ないのだが、この間の口蹄疫についてなんとあの泉谷しげるが自身のblogでずっと応援してくれていたし、マンガにまで描いてくれいていることを、恥ずかしながら、音楽blogを自称している人間として、まことに恥ずかしながら本日知って、先ほどまで泉谷のエントリーと多くの宮崎県民および今回の口蹄疫を問題視し宮崎を応援してくれていた人たちのコメント読んでいたら、ちょっとうるうるときてしまい思わずエアコンのスイッチを入れてしまった。一体どうしたんだろうか、良く考えてみたら「うるるとさらら」からの連想であった。

 もう、面倒なのでここに泉谷のblog「うびょうとんの未来日記」とマンガを貼っておくので、とりあえずそちらをご覧になってください。一部にやや過剰な陰謀論がちらほら見られるが、案外それが真相じゃねーのという気持ちに地元は傾きつつあるんだよな。いや、でもやはり、原則は堅持せねば、あ、これは僕のひとりごとなので気にされないよう。なんともぐだぐだのエントリーで申し訳ないが、ちょっと問題点を整理しきれてないので勘弁。

「泉谷しげる」直筆漫画 Vol.1

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