お詫びのメールくらい出さないのか安売り密林!!

 遅いぞ、アマゾン、どうなってるんだ一体、10.21ははるかに過ぎてこのままいくと11.21のリザードの新作が出てしまうぞ。それとも何かい、頭脳警察に圧倒的なファンがついてCDがバカ売れ、在庫一切なしなんていう事態が発生しているのか。などとやきもきして、多分タワレコにいけばあるだろうから、さっさと買ってアマゾンキャンセルしたろかと思っていたら、どうやら11.6に発売延期になった模様。で、今日はもう寝ようと思っていてその前に一応YOU TUBE見るかと開いたら、なんと90年のD大EVEだと思うのだが、M前で再結成頭脳警察が「あやつり人形」をやってる動画があった。貼っておきます。それと、前回トノバンのエントリー書いたときにちょっと触れた「アーサー博士と人力ヒコーキ」が和幸の演奏でアップされていた。こちらは貼れないのでリンクしておきます。オリジナルとアレンジがちょっと変わってるけど、タイトないい演奏です。是非お聞き下さい(曲名をクリックすれば試聴可能です)



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どうしたアマゾン、遅いぞアマゾン

 先日の日曜日の夕方、ちょうどトノバンのエントリーを書いていたとき、玄関のチャイムが鳴った。どうせ何かの営業かNHKの集金だと思い、配偶者に出るよう言ってシカトしていたら、何やら様子がおかしい。ぼそぼそ声が聞こえて、配偶者が「ありがとうございました」などと言ってる。ん、なんだ、宅急便かなと頭の上から?マークを出していたら、疑惑のマナコのテキがやってきた。「なにこれ」という冷たい声と共にこちらに出してきたのはアマゾンからの荷物だった。実はこのまえ、ZKの『俺たちに明日はない』と下地勇の『民衆の躍動』を注文したのだ。もっともZKは10.21国際反戦デーが発売日なので予約のみで、下地の分だけ先に届く手配になっていた。しかし、注文したのは17日になったばかりの午前零時過ぎで、商品の発送が完了したというメールは17日の14時すきだ。

 どう考えても翌日の日曜日に届くわけがないのだが(なにせ住んでるのは陸の孤島と呼ばれる南九州だ)、やはり政権交代のせいか宅急便もマッハの速さで動いている。今、日本は大きく変わりつつあるのだ、細かいことに気を使うな、太るぞ、などと誤魔化そうとしたがテキの不信感は消えない。毎月お金が足りず、小遣いの前借だとか買い物のおつりを誤魔化すなどで専守防衛しているワタクシがどうやってアマゾンにCDを注文できたのか鋭く追及してくる。しょうがないので、毎月こつこつネットバンクに貯金しているのだとか、買い物サイトでポイント貯めているんだとか、わびしくも悲しい話をせざるを得なかった。しかし、どうやらテキが嫌がっているのは、僕のお金の入手先よりも使い道、とりわけCDや本といった、1つ1つは大した大きさではないのだが、ある程度まとまると場所は取るは整理は大変、枕元には常に10数冊の本の山、あたかも枕の如し、CDは本棚に入れるとかえって散らかるので100均で買った14,5枚から30枚くらい入るプラケースに、僕なりの根拠で分散させて置いてあるのだが、どうも彼女に言わせると「屁ともしれんもんばっかり後生大事に抱え込んで、自分の寝る場所もない」ということになる。

 口惜しいが、何しろ世渡りが下手で、経済的な苦労ばかりかけているので、ここで機嫌を損ねると本やCDを全部片付けられてしまい、どこに何があるか探すのが大変になるので、ひたすら低姿勢で

 という文章を20日に書いてそのままになっていた。で、今日は22日なのだが、未だにアマゾンは何も言ってこない。どうした、アマゾン、オレの分のCDを確保できないのか!!どうなってるんだ、ふざけるんじゃねーよ!!



 そうそう、下地のアジテーションも聞いてくれ。動画のアップは出来ないように、某テイ×クがセコイ制限かけてるので、「ここ」から入ってください。

トノバンが消えた晩 ラスト

 先ほど、自分の書いたエントリーを読み直して思ったのだが、選曲がやけに偏っていてこれじゃトノバンは単なるキワモノでは無いかという気がしてきた。もっとも彼の素晴らしいレパートリーや他のミュージシャンに提供した楽曲などは百科全書派の「鳥肌音楽」でかなり詳しくアップしているのでここでは繰り返さない。岡崎由紀の「ドーユーリメンバーミー」やベッツィ&クリスは僕も思い出を込めて書こうかと思っていたのだが。そこで、トノバンの表ヒットというとあれだが、まあメジャーな曲を僕なりのヘンケンでアップしていき、彼の追悼を終わらせよう。

 先ずは、やはり『スーパー・ガス』からCM曲に選ばれた「家をつくるなら」。今ふと思ったが、小坂明子が歌った「あなた」の歌詞はこの曲からインスパイアされてないかな。エルトン・ジョンの「ユア・ソング」も、って何でもかんでもトノバンの影響かって。



 加藤和彦はCMソングも沢山作ったが本人も出演(声だけってのもあるけど)している。sawyer先輩がエントリーで書かれていたCM、「モーレツからビューティフルへ」をどうぞ。



 で、もう1発はこちらも今は亡き鈴木ヒロミツのヒッピー姿が懐かしいCM。加藤和彦は最後に「クルマはガソリンで動くのです」とアナウンスしている。



 そういえば、前のエントリーではフォークル時代にあまり触れていなかった。やはり加藤和彦の名前を普及させたのは、フォークルだしフォークルが日本の大衆音楽に与えた影響はかなりのものがある。とはいえ、「ヨッパライ」や「悲しくて」などはあまりにスタンダードすぎて僕らしくない。ここは一発、元祖フォークソングというか富山県、五箇山の、平村上梨に伝わる民謡、そう「コキリコの唄」でいこう。初めてこの歌聞いたとき、意味がデンデンムシじゃないや全然分からなかった。「コキリコの竹は七寸五分(しちすんごぶ)じゃ」というときの「たけ」は「丈」だと思った。何しろ次に続くフレーズが「長いは袖(そで)のかなかいじゃ」だしな。そして一番頭を悩ませたのはこのフレーズ。「マドのサンサはデデレコデン ハレのサンサもデデレコデン」。かなり頭に残った。



 で、またもや『スーパー・ガス』に戻るのだが、このアルバムにはトノバンらしい綺麗なメロディ・ラインの曲が多い。詩も松山猛の独自の世界を表現している。まだLPレコードだった時代にB面のトップに入っていた「不思議な日」をどうぞ。



 お次はミカ・バンドなのだが、ちょっと面白い動画を見つけたのでアップする。ミカ・バンドのデビュー曲「サイクリング・ブギ」を竹内まりやと高中正義プラスムーンライダーズでやってる動画だ。2分ちょっとだけど強烈なインパクトがある。続いて出てくるジュリーの歌も儲け物だ。



 この頃のトノバンは楳図かずおみたいな頭をしている。そうやってみるとルックスもクリソツではないか、グワシ。ミカ・バンドは海外レコーディングやツアーで有名だったが郡山ワン・ステップ・フェスティバルという有名な日本のイベントにも参加している。これはオノ・ヨーコプロデュースのイベントで当時かなり話題になった。最近DVDも発売されたのでご存知の方も多いだろう。その時の演奏で「塀までひとっとび」。メンバーの服装やメイクは時代を感じさせる。



 いよいよラストの曲にしようと思うのだが、僕にとっての加藤和彦は「それから先のことは」で一度止まっている。その後の三部作やスーパー歌舞伎、再結成のフォークルや和幸なども一応はフォローしたが、なんとなく敬遠気味のところも正直あった。つまり80年代で僕にとっての加藤和彦は一度終わっているのだ。これは僕の個人的な事情も大きく関わっているので詳しくは書かない。それで、やっぱり「シンガプーラ」をアップしようと探してみたら、サディスティック・ユーミン・バンドとしてのものを見つけた。「祝再発~」のエントリーで音だけアップしていたヤツが動画であったのだ。テクノ風シンガプーラ、戦メリの序曲付でどうぞ。



トノバンが消えた晩 つづき

 昨日(正確には今日、18日だが)は錯乱していたというか、「DAZED AND CONFUSED」の状態でエントリーを書き始めたので、文体も滅茶苦茶だし前半と後半の温度差は一体なんだと自問自答しても答えが出ない。それでも、今朝になって加藤和彦の「自殺」の原因が「音楽的にやるべきことがなくなった」というニュアンスから「新しいものが作れない。昔はこんなことはなかったのに」という創作上のジレンマや、鬱病による自殺念慮に抗えなかった結果ではないか、というようなしたり顔の記事を読んで、納得した、いや納得しようとしているが、やはり分からない。人生は分からない事だらけだ。それでも、彼のことはなんとかエントリーに残しておきたいので続きを書いていこう。

 加藤和彦は言葉を持たないミュージシャンだった。松山猛、北山修といった優れた作詞家が周囲にいたせいもあるが、根本的に自分の言葉は音で表現しようとしたアーティストだったのではないか。もちろん「歌詞」に価値を感じなかったなどということではない。いやそれ以上に「歌詞」に対しては敏感だったと思う。「戦争を知らない子供たち」などという脳天気な歌詞にメロディをつけることを拒否し、その結果ジローズのメジャーデビューが早くなったなんていうエピソードがあるくらいだし。その後、安井かずみという作詞家兼パートナーと出会い彼の音楽的成果はどんどん拡大していったが、ってそんなに慌てずに僕的加藤和彦との出会いの話をぼちぼちと…。

 最初のソロ・アルバム『僕のそばにおいでよ』は、あまりアルバムとしての印象は無い。勿論シングルとしての「おいでよ僕のベッドに」は強烈な印象が残っている。エリック・アンダーセンの「Come to My Bedside」をそのまま訳して歌ったもので、楽曲としての印象よりもその歌のイメージ、早い話が「セッ×スの歌」としてのイメージが一人歩きして、この歌を聞くと「二人のラブジュース」だとか「わいせつ裁判」だとかミニコミ、四畳半、フォークリポートなどの単語が無条件でフラッシュバックする。早い話が「フリー・セッ×ス・スウェーデン」なんて言葉を、意味もろくすっぽ分からず仲間内で話して盛り上がっているガキの頃、ラジオで聞いた歌だ。取り急ぎどうぞ。※アクセス解析していたら、このエントリーに訪問履歴があった。久しぶりに見直してみたら、動画が全部削除されていたので、再度探してみたが加藤和彦のテイクがなかったので岡林信康バージョンにします。この他の動画も2012.1.15再度アップしなおしました。



 加藤和彦をはっきり意識して聞いたのは次のアルバム『スーパー・ガス』だ。当時ナショ×ル住宅のCMソングに使われた「家をつくるなら」が1曲目に入っていた。このアルバムは高校1年のときに一緒のクラスになったS藤君が持っていて、彼から借りて聞いた。スーパーマンのイラストに顔の部分が彼の飼っていた犬の顔写真になっていて、何だか変なジャケットだなと思ったものだ。裏ジャケットは多分彼の家の中の部屋だろうが、ベッドで加藤和彦と最初の奥さんのミカ、そして愛犬ガスとじゃれあったシーンが撮影されている。もっとも背景はモノクロ処理されているので、最初は何だか気持ちが悪かった。しかし、ベッドの横に彼らの靴が写っていて、へえ、加藤和彦の家は土足なんだと妙なところに感心した覚えがある。

 実はこの『スーパー・ガス』は大好きな作品で4年ほど前にCDで再発になりすぐに購入した。このエントリーも全曲『スーパー・ガス』の動画を貼り付けようかと思ったくらいだが、このアルバムで一番好きだった「アーサー博士の人力ヒコーキ」の動画(音源)がYOU TUBEにアップされておらず断念した。そうそう、そういえば新譜ジャーナルの出した「セメントフォーク大全集」という楽譜雑誌があるのだが、アルフィーの坂崎がそこに加藤和彦の作品として「アーサー博士~」が選んでおり、流石は坂崎と感心した。ちなみに他には「家をつくるなら」、「魔法にかかった朝」「あの素晴らしい愛をもう一度」「不思議な日」(この歌はひらがなで「ふしぎな日」となってる場合と感じの「不思議な日」と2パターンある。アルバムには「不思議な日」でクレジットされているのだが)の全5曲。

 で、どの曲をアップしようか迷ったのだがここはナンセンス・ソングの「せっかちと■◆■■」という曲にしたい。伏字の部分には「メッ×チ」という単語が入るのだが、当然というかレコ倫からストップがかかり、頭に来た加藤和彦は歌詞カードのその部分を墨で消し(いやー、時代を感じますね。ああいうものは墨で塗って隠すから見たいという欲望が増加するわけで、なんでもかんでも見せればいい、ほらどないだ、とオープンにされると食欲が失せるというものだ。荒木一郎も♪俺はプレイボーイ、墨で消されも売られていく~と歌っているではないか。あ、ナニの話になってしまった)さらに曲からその単語の部分をぶった切った。ZKのファーストやアナーキーのファーストなんかでも使われた手法である。全然意味なんかないオフザケの歌なんだけどね。今だと最後のフレーズが髪の毛が不自由な人に対するベサツだと問題になるかもしれない。※こちらは、アマチュアなんだか良く分からないのだが「加藤和彦命日ライブ」というものからアップ。




 当時、僕は「guts」というフォーク雑誌(!!)を定期的に買っていた。その理由の一つは加藤和彦のコラムを読みたかったからだ。彼と彼の周囲の音楽関係者の話はとても面白かったし、彼のレコードレビューは取り上げているミュージシャンに対する尊敬と愛情にあふれていて他の評論家のそれとは比較にならなかった(どうでもいいけど、当時の彼の書いたエッセイやレビューなどを整理して出版してくれるところは無いだろうか)。当時読んだディスクレビューで未だにはっきり覚えているのはライ・クーダーのセカンド・アルバムだ。「祝ライ・クーダー賛江という花輪でも送ってやりたいくらい嬉しい」と書いてあったそのレビューはライ・クーダーのボトルネックのテクニックのこともそうだが、それ以上に古きよき時代のアメリカ音楽に対する憧憬の念にあふれていた。余談だが、吉田拓郎がメジャー・ブレークするきっかけになったシングル「結婚しようよ」でボトルネックを弾いているのは加藤和彦本人である。また、日本で初めてレゲエを取り入れた曲として泉谷しげるの「君のたよりは南風」も加藤和彦が仕掛け人である。何かのインタビューで泉谷が「レコーディングで困ったら加藤和彦のところに持っていったら何とかなった」と話していた。ついでに「君のたより~」のアレンジを最初聞いたときは「どうやって歌うんだ、こんなリズムで、加藤和彦のバカヤロー」と激怒したらしい。

 まあ、それくらい才能あふれる人だったんだ。才気簡抜とはこういう人のことをいうのだろう。この『スーパー・ガス』を出した後、加藤和彦は宮崎に来た。生憎僕は見ていないのだが、当時授業をサボって見に行ったS藤君に聞いたところ、ギターの弦がヘッドのところからかなり長く飛び出していて、ご本人の体形も大変細長くて2メートル近くあるように見えたらしい。「ボクサーをやります」と言って、あのポール・サイモンの印象的なイントロを弾き始め、マイクに近づき「僕さぁ~」といって終わったり、客を客と思ってないような冗談半分のステージだったらしい。まあ、そうかもしれない。あちらは仏様を作る仏師の家のお生まれで、こちらはミカドに反抗しまくった隼人や熊襲の子孫の地くらいにしか思えなかったのだろう、っていうのはひがみすぎかな。

 さて、フォーク路線に飽きた加藤和彦は次にグラム・ロックに挑戦する。いわずとしれたサディスティック・ミカ・バンドである。こちらは木村カエラがボーカルを取った再々結成のミカ・バンドがやたら評価されているが、オリジナルのミカ・バンドももっと評価されてもいいだろう。僕がサディステック・ミカ・バンドの名前を初めて見た(聞いた)のも先ほど書いた「guts」という雑誌で、「僕たち(加藤和彦とミカ)はつのだひろと一緒にバンドを作りました」みたいなレポートがあり、「サイクリング・ブギ」や「ドーナッツ・レーベル」のことなどが書いてあった。その後NHKの番組でミカ・バンドの演奏を見るのだが、およそ音楽番組には似合わないいかにもNHK的なアナウンサーがミカ・バンドの名前の由来を聞き、「そうですか、ミカさんはサディスティックなんですか、そうですか」と食い入るようにミカを見つめながら発言していた。翌日、学校でその番組を見た友人たちとあのアナウンサーはスケベで欲求不満に違いないと熱く語り合った。欲求不満はどっちだという話だけどね。それではミカ・バンドで僕の最も好きなこの曲をどうぞ。



 実はこのエントリーを書き出す前に、YOU TUBEでいろいろ音源を捜してみた。『スーパー・ガス』収録の全曲を探したり、結構不毛な作業をしていたわけだが、その中でミカ・バンドのマンチェスターライブの音源を見つけた。加藤和彦が自分でやっていたラジオ番組でオンエアしたものらしく、投稿者もまさかこういう形でアップするとは思わなかったとコメントしている。カセット録音なので音がややこもった感じだが、『ホットメニュー』の頃のミカ・バンドの雰囲気がたっぷり出ている。いやー、聞きなおして思ったけど、いいバンドだ。前座でロキシー食ったってのもよく分かる。後藤次利がチョッパーでビンビン弾きまくるもんだからロキシーのベースがロコツにいやな顔をしていたと、これはたしかミカの『チャンス・ミーティング』かなにかに書いてあった。ミカ・バンドの話に続いて『それから先のことは』以降のトノバンの話を書こうと思ったのだが、これは以前書いたエントリーがあるのでそちらをどうぞ。おっと忘れていた。トノバンが他のシンガーに提供した楽曲も名曲・珍曲が沢山ある。次回はそういう話を、メイビー、書くかもしれない。何はともあれ、トノバンに合掌。K平先輩、こんなところでどうでしょう?

※追記~「以前書いたエントリーがある」などと書いておきながら、リンクし忘れていました。18日22時20分現在、修正致しました。


トノバンが消えた晩 いんとろだくしょん

 それはあまりに突然だった。いや唐突だったというべきだろうか。病気や事故ならまだ多少諦めもつくが自殺なんて、とても想像できなかった。昼間、外回りの休憩中に何気なく携帯でニュースのチェックをした。そこに「加藤和彦さん自殺?」という文字が躍っていた。一瞬、何のことか分からず無我夢中でクリックして記事を読んだ。それから時間が空くたびにニュースを開いて、軽井沢のホテルで首を吊って自殺したこと、遺書めいた文章が残されていたこと、数日前から「死にたい」ともらしていたこと、などが分かった。しかし、「音楽でやるべきことがなくなった」というのは何かの間違いだろう。もし、本気でそう思っていたのならとんでもない。第一清志郎に失礼だ。清志郎はもう一度バンドマンとしてステージに、レコーディングに活躍したかったのにそれが出来なかった。加藤和彦は自らその道を絶った。いやゼッタイおかしい。何かが間違っている。

 人が自ら死を選ぶというのは相当大変なことのようでもあるし、実に簡単なもののような気がする。普段、明るく振舞っている人ならなおさらだ。よそう。いくらグダグダこんなこと書いてもやつはもう帰っては来ない(by ZK)。それより彼の残してくれた音楽を僕なりにふりかえってみよう。大丈夫、マイフレンド、多分上手くいくよ。

 加藤和彦は最初から加藤和彦だった。どういうことかというとデビューのフォークルのときから独自の個性と外見が目立っていた。初めて♪オラは死んじまっただ~を聞いたときは衝撃だった。今までに聞いたことのない声や音、そして何よりもふざけきった歌詞。そうそう、僕はまだ可憐な小学生だった(いや、ホント昔は可憐だったのよ、桐島カレンってくらい、あ、寒いですか、そうですね、秋も深まっていますから)。ある日大声で「帰ってきたヨッパライ」を歌いながら学校を歩いていると、先生から怒られた。「人が交通事故で死ぬ話をおちょくって歌うとは何事だ」。いや、先生これはそういう歌で、これを歌ってるのは京都の大学生の立派なお兄ちゃんたちです。その名もフォーク・クルセダーズ、フォークの十字軍でっせ、そら英吉利帰ればロビン・フッドになる英雄ですがな、いや、イスラムのお方には嫌われるかもしれませんけど、そんなん、無茶ゆうたらあかんわ、センセ。多分、そういう感じのことを言ったと思う。いわゆる口答えというやつで、これは南九州においては大変嫌われる行為です。男は言い訳するな、という男尊女卑の先生がぎょうさんいたころの話で当然僕は拳骨をもらい、担任からも叱られた。

 まあ、そんな話はどうでもいい。早速音楽をお送りしよう。フォークル名義ではなくズートルビー名義で発表したこの歌だ。



 スマソ。間違えた。こちらは笑点からデビューした『ずうとるび』だった。リーダーの山田君がバンド名の由来を「世界のビートルズをさかさまにした」といかにも自分達のオリジナルめいた発言をしていたが、心ある音楽ファンはアホンダラァ、ビートルズを逆さに読んだズートルビーはとうの昔に存在しとるわ、このダボッ、などと毒づいたものだ。しかし、こういう間違いかたっていかにもフォークルっぽいというか加藤和彦的ギャグでしょ(などと正当化する)。それでは、本家本元のズートルビーで「水虫の唄」。



 えー、話はこれから加藤和彦のソロキャリアに入る、いわばこれからが本番なのだが、あかんのです。眠くて眠くて、とてーもやーりーきれーないのです。続きは起きたら書くので許してちょんまげ。うーん、我ながらギャグがヤングだ。絶好調だ。

加藤和彦が自殺?

携帯のニュースによると、加藤和彦が長野のホテルで首を吊って自殺したらしい。一体どうなってるんだ。ちょっと混乱している。

フルモト日記

戦利品

 このところ運動不足というか、食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活を続けていたので、家族全員から夜の散歩を再開しろと五月蝿く言われていた。もっとも普段仕事から疲れて帰ってきた後、スポーツウェアに着替えて散歩などというのは面倒で、まあ休みになったらやるから心配するなと全く説得力のない返事をしていたのだが、先日連休(世間様では3連休などという単語が飛び交っていたらしいが、どん底のプレカリアートのワタクシにとっては単なる連休でした。ああ、土曜休みのところが羨ましい)があったので、久しぶりに散歩をした。犬も歩けば棒に当たるというが、それなりの収穫もあったので、今日はその話を書いてみよう。

 僕の夜の散歩は家を出て、大淀川に沿って歩き橋を渡り宮崎の観光ホテル街の前まで行ってそこから引き返すというルートで、これだと途中ストレッチしても30分強で終わる。いつもならそれで終わるのだが、実はその日晩御飯は焼肉を食べに行ったのでおなかがパンパンだったので最低1時間以上歩こうと決めていた。焼肉などと書くと、どこがプレカリアートだとお叱りをいただきそうだが、なに、下の子の誕生日のお祝いに乏しいサイフを工面して出かけたのだ。その焼肉屋さんはチェーン店なのだが、以前行ったときに石焼ビビンバと冷麺が美味しかったので、今回もゼッタイ食べようと話していた。お店についてメニューを見たら、セットメニューがありそれを頼むとライス・スープセット、石焼ビビンバ、クッパなどがついてくるという。サービスメニューだから多分、小さい器に気持ちだけ入ってるんだろうと思ったら、これがあなた嬉しい誤算で、ボリュームたっぷり、十分単品メニューとして出せるようなものだった。

 そのお店で僕は生ビールとオイキムチと白菜キムチをバクバク食べて、クッパを一人前食べて石焼ビビンバを多分1/4くらいたべて、ライスについていたタマゴスープを全部飲み干し、そしてもちろん肉はカルビ中心に200グラムは間違いなく食べた。当然、おなかはパンパンである。しかし、あそこまで食べるとビールは全然美味しくないな。

 そのほとんど食べすぎではないかといわれそうな食事を終えて家に帰り、時計を見たらまだ19時。「よし、これから散歩だ、最低1時間以上は歩く」と家族の前で大見得を切り、散歩に出かけた。出かけたもののいつものルートで歩いてしまい、30分過ぎたときにさあどうしようと考えた。このまま素直に帰ったら、家族全員から「ウソツキ」「口ばっかし」「ゆうだけ番長」などの賞賛の嵐を頂戴するのは間違いない。それじゃあんまり悔しいので、もう少しメインストリートに沿って歩こうと決めた。そして歩いているうちに小さな看板を見つけた。フルモトである。ブコフとかブクマのようなチェーン店ではなく、個人の古物商がやってる小さなフルモトだ。以前何度か入ったことはあるが、エロゲーや、エロマンガ、AVなんかが多くて、CDや普通の書籍は少ないところだ。

 もののついでで冷やかそうと思って入ってみた。中古CDは以前と比べると、ちょっと欲しいなというものもあったがいかんせん金額が定価の7掛けくらいで、人生なめとるのかお前のところはと心の中で毒づいていたそのとき。『ここからは一律100~500円』というコーナーがあった。もっともCDは数十枚しか置いてなく、背面も埃っぽいようなものばかりだったので大して期待もせず見ていたら、「BADⅡ」という文字が目に入った。取り出してみるとBig Audio DynamiteⅡの92年ライブ盤だった。クラッシュを脱退したミック・ジョーンズが結成したBig Audio Dynamiteの第2期のミニアルバムである。なんと500円。即購入決定。

 他になにかめぼしいものは無いかと探してみたら『青い影/シャーメイン』というタイトルのアルバムもあった。女性レゲエシンガーのシャーメインという人のアルバムらしい。曲目を見ると「青い影」「イエスタデシ・ワンス・モア」「アンチェインド・メロディ」「アローン・アゲイン」「遥かなる影」「ヘイ・ジュード」など、興味をそそるナンバーをやっている。これも500円だったので即購入。なんだか得した気持ちで今度は書籍を探したが、マンガばっかりでハードカバーなどはほとんどなかった。文庫や新書のコーナーがあったのでナニゲニのぞいていたら、昭和40年代の革命文庫(第4インターのやつ)や民族派の古い本などがあった。1冊80円である。ちょっと迷ったがやめておいた。それでなくても枕元には読まねばの娘の本が山のようにあるのだ。

 はっと気がついて時計を見たら21時をとうに回っていた。僕はお金を払ってお店を出て、軽い足取りで自宅に帰った。そそくさとCDセットして聞いてみた。いやー、ヨロシイデスナ。BADⅡで、久しぶりのミック・ジョーンズのギターとボーカルを聞き、そして全然知らなかったシャーメインのレゲエ聴いたけど、演奏がタイトで気持ちがいい。ボーカルはそんなに凄いという感じではないが、非常に聞きやすい。ネットで情報検索したがよく分からない。まだまだ知らない音楽や本は沢山あるんだと当たり前の事を考えた1日でした。

 追記;僕が一人で夜の散歩に行くとフルモトに引っかかって帰ってこないと予測した家族(女3人)は、今後夜の散歩に必ず配偶者が同行することを決議した。僕は反対票を入れたのだが圧倒的多数により否決された。こういうのは民主主義のはき違えだと思う。しかし、多勢に無勢、逆らえず、本日はフルモトにいけなかった。畜生、何時の日にか一人でまたあのフルモトに行くのだ。

こんなん出て来ました

20091012170833
PCの調子が悪く、午前中から悪戦苦闘しておりました。取説探して、押し入れをごそごそしてたら、宝島のカセットブック発見。しばし80年代を解雇、いやちごた、回顧した。

ヤングな僕のぽっぷす・なう 反戦歌その2

 というわけで、前回の続きである(日数は経過したけど、気にしない、気にしない)。ポール・マッカートニーとウィングスの「アイルランドに平和を」は、前回リハーサルバージョンだったが、今回は写真やイラストで解説入りなのでバックの音楽と一緒に見て欲しい。以前も書いたがこのシングルを買って、当時シングル400円だったがまだまだ1ヶ月のお小遣いもたかが知れていた時代だったので、買うときは慎重に友達の持ってるものとダブらないように気をつけたものだ。このシングルは僕個人は大好きだったがクラスの友達関係にはあまり人気が無かったようで持ってるヤツが居なかった。よし、じゃ花王石鹸、違った、買おうと決心して確かT百貨店のレコードコーナーに出かけたはずだ。実は、その前のシングルの「出ておいでよお嬢さん」(今考えると引きこもりの歌だな)も欲しかったけど、これは中学の同級生が持っていたので借りた。えーと、返したはずだ。どこかにたたき売ったりしてないよな、多分。



 この頃のウィングスはまだスタイルが固まってなかったのか、いろいろ試行錯誤しながらシングルやアルバムを出していたように思う。「アイルランドに平和を」「メアリーの子羊」「マイ・ラブ」「ハイハイハイ」と曲のタイトルを並べただけでも、なんだかこう無茶苦茶な感じだが、考えようによってはこれこそポールのあふれる才能といってもいいのかもしれない。おっと忘れるところだったが(以前も書いたことがあるが、僕はしつこいのだ)、当時シングルが400円と書いたが、400円あればラーメン食べておつりが来た時代だ。下手すりゃ、東京までフェリーの二等で行けた時代だ(これは明らかにウソ。まあ感覚としてはそういうとこだったってオレの経済感覚はどうなってるんだ。あ、金銭の価値観が大多数の人と異なっているから我が家はビンボーなのか。分かった。マルクスのせいじゃなかったんだ)。

 いや、以前のエントリーにも書いた記憶があるのだが、当時シングルを買う楽しみの一つにB面にどんな曲が入っているかというのがあった。もちろん、この「アイルランド~」も買ってすぐにA面をターンテーブルに乗せて、歌詞カードを見ながら聞いて、さて終わったからひっくり返すか。ええと、B面の曲は「インストゥルメンタル」ってのか、エイゴだけど意味が分からないな。どんな曲だろうか。♪~、あれ、これはリコーダーというか音楽の授業で使う縦笛というか、なんかオカリナっぽくもあるけど、いつまでたっても歌が始まらないというか、メロディが全くおんなじなんですけど、みたいな(by キングオブコメディ)。期待して聞いた僕がバカだったみたいな、「インストゥルメンタル」っていうのは器楽演奏っていう意味を知らなかった的なっていい加減しつこい。この手のB面で騙されて~(ちょっと大滝の「A面で恋をして」を意識しました)、シリーズのもう片方の巨頭はドン・マックリーンの「アメリカン・パイ」だ。なんせB面の曲は「パート2」というタイトルだと思って聞いてみたら、アコギの音がフェイドインしてきて、またもや延々と♪bye bye Miss American pieと始まったときには目が点になった。この歌が「パート2」という歌なのか。A面によく似ているなと感心、するはずが無い。「パート2」とは「第2部」という意味だということを大枚400円出して学習したから、死ぬまで忘れない。

 そういえば前回のエントリーはジョージの「岩倉」じゃなかった「バングラ」から始まっていたので、ここでジョンを出さないと「片手落ち」(sawyer先輩、これは決してサベツ語ではありません)だろう。ジョンの反戦歌というと、鬼の首を取ったように「イマジン」か「ハッピー・クリスマス」「ギブ・ピース・ア・チャンス」あたりが出てくるが、ここではポールとの比較って訳ではないが、同じアイルランド問題を歌っている「ラック・オブ・ジ・アイリッシュ」をお届けしたい。ヨーコと二人でアコギのみで歌っている。



 正直いうとこの曲にはあまり思い入れが無い。ジョンはビートルズ解散後の『ジョン魂(ジョンタマって読んでください。勿論『ジョンノタマシイ』が正しいのだが、縮めてジョンタマって呼んでいた。今考えると×ンタマと音が似ているから言い易かったのだろうか。このあたり言語学的アプローチが必要である)』で度肝を抜かれ、『イマジン』で、うーんとうならされ(あ、アルバムタイトル曲以外ね、「イマジン」聞くと「想像してご覧」っていうコントを思い出したり、なんだか、ちょっとね、食傷気味なんだ。それとシングルカットされたときは中学生だったけど、クラスでヒット・ポップス大好き少女から『ヒマジンって歌がこれから流行るよ』と言われ、『「暇人」なんて変なタイトルだな』と、って昔話もくどい)で、次に出てきた『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』は、正直どこがいいのか良くわからなかった。シングルカットの「女は世界の奴隷か」にしても、「え、(女は世界の奴隷と)違うの?」としか言いようがなく(冗談ですよ、冗談。もっとも「女」は高度に発展した強欲資本主義社会では1個の労働力商品としかみなされず、更にニート・引きこもりという立場においては「世界の奴隷」といわれるのもあながち間違いではないといえる。などと「プレカリアートの憂鬱」など読んだせいで、それ風な言い方になってしまったが)、アルバム・ジャケットのユニークさは別としてあまり聞くことはなかった。

 『サムタイム~』は結局、聞き込まなかった(聞き込めなかった)せいで僕の中ではイマイチのアルバムになっているのだが、勿論これに異論・反論は沢山あるだろう。先ほどAMAZONを見ていたら、「ジョンのファンってヨーコの歌に何かと文句をつけたがりますが、そういう人に限ってジョンの音楽性をよく分かっていないんじゃないですか?ここでのヨーコの歌はフリージャズはおろかニューウェーヴさえも先取りしている。ロックに対する純粋性、パンク性はジョンを上回っていると思う。耳当たりのいいポップスとしてジョン・レノンを聞いているのなら仕方ないけど、ロックとして聞いている人にとってはこのアルバムはジョンの最高傑作だと思います。」という評価があった。あ、勝手に引用したけど、大丈夫かな、ま、大丈夫だろう。まあ、人それぞれなので『サムタイム~』がジョンの最高傑作という考えもあるのだろう。しかし、「ヨーコの歌はフリージャズはおろかニューウェーヴさえも先取りしている」って、うーん。フリー・ジャズってそんな凄いものですか。僕は聞きたくないときに聞こえてくるフリー・ジャズは豚のいななきとしか思えないことがあります。勿論、頭と体が要求しているときは全身で感じるんだけどね。それとニュー・ウェーブ先取りしているからって、それがどうしたんだろう。

 で、本日書きたかった問題発言に入ります。Yahoo!の知恵袋に、ときどき信じられないような質問が出てくることがある。今年の5月過ぎに見た質問で頭が膿みそうになったのは、「先日亡くなられた忌野清志郎さんと矢沢永吉さんどちらがどういう理由で好きですか?矢沢さんは球場でコンサートをしたりタオル等のグッズの販売等、現在では当たり前の事を始めて試みたりで凄いと思い好きです。ただ 私が矢沢さんの成り上がりを読んでいて矢沢さんファンでひいきな感じがするので忌野さんの自叙伝等あれば読んだ事がある方で40歳以上の方からの回答をお待ちいたします。30代以下の方は35年程前のご両人のご活躍をご存知ない方もいらっしゃると思いますので。お礼は500枚です。」。回答したかって?冗談じゃない、何でもおんぶに抱っこ世代のわがままに付き合うほどこちとら暇じゃないのだ。もっとも、こういう質問にも丁寧に答えている人達がいた。立派だな、と思ったけど単にお礼が欲しかっただけかもしれない。

 おっと、また話が逸れた。いえね、問題発言というのはこの前のYahoo!知恵袋に出ていたこの質問です。「おのようこ?って誰?少し前にラジオで曲を聴いたんだけど、おそろしくヘタで吹き出しました。(笑)いわゆるヘタウマみたいな扱いのキャラなんでしょうか?」うーん、物凄い質問である。オノ・ヨーコ?誰それ、みたいな質問が登場する時代になったんだなという感想と、この質問に対して先ほどのアマゾン・コメンテイターの彼(彼女かもしれんが)はどのような返答をするのだろうか。想像しただけで楽しい。まあ、ビートルズ・ファンにとってオノ・ヨーコってちょっとタブー的なところがあるので、あえて書いてみました。異論・反論歓迎いたします。

 ジョージ、ポールそしてジョンと来たので、ここは流れとしてリンゴを登場させたい。しかし、リンゴの反戦ソングというのはちょっと見当たらない。「センチメンタル・ジャーニー」でもアップして、この歌は日本が戦争に負けた頃ヒットして、世の反戦ムードに一役買ったなどと詭弁を弄するつもりでいたが、ナニゲニYOU TUBE探していたらなんとT・REXとエルトン・ジョンと一緒に「革命子供」をやってる動画があった。「チルドレン・オブ・ザ・リボルーション」である。革命の子供たちは反戦に決まっているのだ。これは、キューバ革命の頃から決まっているのだ。いや文化大革命だったか、それとも第一羽田、第二羽田の頃だったか、などと煙に巻いて無理やりつなげるのだ。



 なんだか話がてんでばらばらな方向に行ったので(誰が原因だ、♪だーれのせいでもありゃしない、みんなオイラが悪いのさ~、って分かっているのだ)、最後くらいはまともに反戦の歌を流そう。デビューはポップシンガーだったが結核で入院、1年のセミリタイアのあと、有能なシンガー・ソング・ライターとして復活。自身の宗教もキリスト教から仏教へと改宗。そして、その後なんとイスラム教に改宗して名前も変え一時期は音楽活動を完全にストップしていた彼。再デビューの1枚目から3枚目まで、そして5,6枚目のアルバムは未だに僕にとってはベストのアルバムである。ええい、勿体つけてもしょうがない。キャット・スティーブンス(現在はヨセフ・イスラムと名乗っている)で曲は「ピース・トレイン」。



幸せの御裾分け、だったらいいな

 ちょっとここには書けないのだが、このところろくなことが無い。いや、この前の怪我のこととかじゃなくて、仕事もそうだし何もかもが上手くいかなくて、責任や残処理みたいなことばっかり回ってきて、♪だけど縄がかけられる だんだんからみつく 、どんどんからみつく もう身動き出来やしねえ 、クソッタレ バカ野郎 満足だろう ふざけるんじゃねえよ 今に吠え面かくなよ ~(by 頭脳警察)みたいな日々が続いていたのだ。今日も僕はとっても疲れて家に帰ったら、下の子供から「心が弱い、心が折れやすい」とズバリ指摘され、ああ、オレの人生ってなんだと落ち込んでいたら、頭脳警察の新作が10.21(じゅってんにーいち、国際スタン・ハンセンデーだ!!)に出るとは知っていたが、彼らのHPでその新作のうち3曲が試聴出来て、これがなかなかに良さげでちょっと元気になった。それでも、まだちょっと本調子ではなかったのだが、昨日見つけた動画をもう一度見たら元気になった。そうだ、僕も福の種を蒔くのだ!!



補足説明日記~携帯エントリーの補足です

 全くついてない二日間だった。昨日の夜、仕事が終わり家に帰ったら、配偶者は夜勤で不在、夜の食事は作ってあったが、肉じゃがと鮭のバター焼き(ムニエルとかいうのか、よく判らん、鮭は塩鮭の焼いたものが一番で、次は生のやつ、そう「赤帯の話」に出てくるような洗面器一杯の鮭を食べたい、って脱線した)で、ちょっと物足りない感じがしたので近くのコンビニに惣菜を買いに行ったのが大間違いだった。直訳すると「誰でも」という意味になるそのコンビニに着いて、車から降りたそのときだった。軽く右手でドアを閉めたら激痛が走った。「アウチ!!」と思わず叫んだのは、その前にラトルズを聞いていたからだろうか。なんだ、ナニが起こったのだと左手を見ると、中指がドアに挟まっていた。涙目になりながらドアを開けて、手を開放しそのまま店に入った。

 ジンジンする痛みをこらえて、店の中をうろついたが、食べたいと思っていた焼き鳥(皮)はソールドアウトで、代わりに以前買って食べてゲロマズだったシューマイの串があった。『畜生、二度と買わないぞ』とこみ上げる痛みと情けなさで視線を移すと、フランクフルトがあった。子供のようだがこれが好きなのだ。2本買ってレジに進み、上の子に頼まれた肉まんも注文した。家に帰ると、それまでいなかった下の子が帰っていた。何やら空気が重い。どうやら料理の苦手な上の子がムニエルを作ったのに、下の子は部活の先輩と一緒に駅でうどんを食べてきたらしい。せっかく作ったものを美味しく食べてもらえないのは残念だが、部活でおなかが減って、まして先輩から誘われたならしょうがないじゃないかと仲裁したら、上の子がむくれはじめた。

 だから、オレはこんなの苦手なんだよ。上をフォローしたら下が拗ねる。下を持ち上げると上が根に持つ。ああ。いやだいやだ。だから女子と小人は養いがたしとセゴどんも言ってるのだ。せっかくの週末、しかも鬼の配偶者がいない週末くらい静かに平和に過ごせないものか。ちょっと考えた僕は、「そうだそうだ、お父さんは実は怪我をしてちょっと困ってるのだ」、という話をしたが二人の反応は「フーン」であった。自業自得とか粗忽とか、おっちょこちょいみたいなニュアンスを感じたのは気のせいか。それでも、下の子がすぐ冷やさないといけないといって、冷蔵庫から冷却材を出してくれたのでそれで指を冷やした。それからようやく食事をした。結局、上の子の作ったムニエルは姉妹二人で食べてしまった。しかし、このムニエルが翌日上の子を苦しめ、ひいては僕の経済状況を脅かすとは夢にも思わなかった。

 その晩は、指が痛くてキーボードもあまり打てなかったので、携帯でエントリーをアップして寝た。そうそう、ちょっと驚いたのは安さんという人が「おたび荘」で検索して拙blogにコメント残してくれたのだが、ここ数日「おたび荘」が検索キーワードになっている。今は亡き(安さんの情報による)「おたび荘」、いったいナニが起こっているのだ。岩倉にあった「おたび荘」、ご存知の方は情報よろしく。

 で、日曜の朝、このところ疲れが溜まっているので朝寝を決め込んでいたら、配偶者と子供たちの声で目が覚めた。下の子が買いたいものがあるのでイ×ンのショッピングセンターに連れて行けと言ってるようだ。上の子は免許取ったばかりなので、配偶者がナビになって車で出かけると話がまとまりかけたそのとき、上の子が喉が痛いと言い出した。どうやら前の日の鮭のたたりで骨を喉に引っ掛けたようだ。配偶者が口の中を見ると、喉の奥に骨がちょっと見えている。しかし、取れそうで取れない。この騒ぎで完全に目が覚めた僕は起きて、「耳鼻科に電話して事情を話して、今日連れて行ったほうがいいか、明日ゆっくり行けばいいか聞いたらどうだ。素人判断はよくないぞ」と家長としての威厳を持って発言した。

 が、聞きゃしない。上の子は明日でいいと言うし、配偶者は電話をするのが面倒なようだ。下の子は、どうでもいいから早くイ×ンに連れて行けとうるさい。「とにかく日曜在宅医に電話しなさい」と再度配偶者に言った。耳鼻科の在宅医は隣町だったが、「今は5人くらいしか患者さんがいないのですぐ処置できます」とのことで、上の子の運転の練習も兼ねて僕と一緒に病院に行くことにした。なんだかんだ準備に手間取り、病院に着いたのはそれから小一時間後だった。駐車場には10数台車が止まっている。待合室に入ると、やはり10数人の患者さんがいて、僕は喉が渇いていたのとぼんやり待つのも退屈だったので、上の子に治療が終わったら電話するよう言って、近くのフルモトに向かった。

 どんなに早くても30分以上はかかるだろうと思っていたので、中古CDをじっくり探していたらアラン・ホールズワースの『ベスト・ワークス・コレクション』が250円であった。こりゃ拾い物だと早速購入した。他にもニルソンの『詩と青春』だとか、欲しいものもあったが時間がかれこれ30分はとうに過ぎていたのでレジに向かった。そのとき携帯にメール着信の知らせが入ったので見ると配偶者からだった。その前にもメールが届いており、開いてみると上の子からだった。文面は「もうすぐ診察なのでお金を持ってきてください」。ヤバイと思い、「すぐ行く」と返信したら、再度メールがあり「もう一回先生が処置するから急がなくていい」と返ってきた。ん、もう一度見るというのはどういうことだとちょっと心配になり大急ぎで病院に戻った。



 待合室に入ったが上の子は見当たらない。受付の事務の人が処置室の前にいると教えてくれた。そちらに行ってみると、上の子が携帯でメールをしていた。事情を聞いたら、一度口のほうから取ろうとしたが、取れないので鼻からチューブを入れて取るということになったそうだ。こりゃ大事になったと思ったが、本人は至って冷静である。一緒に待っていると、処置室のドアが開きナースさんが上の子の名前を呼んだ。そのとき僕のほうもチラッと見て、「先生、お父さんが見えてますが一緒に入ってもらいますか」などと聞いた。ちょっと身構えたが、後で先生から話があるといわれて落着かないままソファに座って待った。10分ほどして出てきたが、手に何やら持っている。「?」という顔をしていたら、それを見せてくれた。4センチはある透明な魚の骨だった。これが喉の奥深く刺さっていて、ピンセットで取れず大変だったらしい。とにかく無事に取れてよかった。

 待合室に戻り、待っているとすぐに名前を呼ばれた。急だったので諭吉1枚しか持っておらず、しかも先ほどのフルモトで250円支払ったので、正確には9千円強だったが、たかが魚の骨を取るくらいだしせいぜんウン千円だろうと思っていたら、「手術になったのでちょっと高いんですが」と言って受付の人が見せた請求書には12,960円と書いてあった。思わず「い、いちまん、にせん…」と絶句した。「とりあえずあるだけ払って、不足分は後で持ってきます」といったら、「全部後でいいですよ。ただ午後は2時からになりますから」とニッコリ笑って言われた。

 家に帰り、お金を用意して上の子の運転で病院に戻った。速攻でお金を払い、ゲン治しにさっき行ったフルモトに舞い戻った。更に念入りに中古CDの安売りコーナーを見ていたらGFRの「ベスト・セレクション」という企画モノが250円。選曲は『グランド・ファンク・ツアー‘75』とほぼ同じで、聞いてみたら音源も同じような感じだった。ま、250円だから文句は言えない。その後、国内盤の安売りコーナーを探していたら、なんと西藤大信のファーストがこれも250円であった。大もうけである。YOU TUBEで探してみたら、フランシス・マバッペと一緒にやってる動画があった。これも満足である。



 で、ものはついで(どこがついでかよく判らないが)で更に眺めていたら「PLAY BACH」という文字が目に入った。残念ながらPLAY BOYとかPLAY GIRLではないのだが、ジャック・ルーシェ・トリオのデビュー作のリマスター盤である。こちらは500円だったが、持っていて損は無いので購入。しかし、買うばかりで聞いていないCDも多いので、大いに反省してそれから家に帰ってからはひたすら聞いている。あ、上の子、いたって元気になり今は部屋でPCで遊んでいます。しかし散々な二日間でした。まだ指は疼く…。



親の因果が子に報い

20091004120453
昨日、挟んだ中指は血豆程度で治まった。が、今度は上の子が魚の骨を引っかけてしまい、病院に連れて来た。本人は、大して痛みもないので明日行くと言ってたが、無理矢理連れてきた。

結果、正解で鼻から取らないと無理らしい。しょうがないので、待合室でタモリの書いた赤塚追悼文を読んでいる。

今、処置室から出て来た。手に4センチ位の骨を持って…。

バッドフィンガー

20091003234051
フレミングの左手の法則、ではない。車のドアを閉める時に、うっかり指を挟んでしまった。指が挟まったまま、完全に閉めてしまったのだ。ものすごく痛いが、たかが左手の中指、生活に支障はないだろうとタカをくくっていたのだが…。

よく考えたらパソコンのキーボードも、まともに打てない。人の体に無駄なものはないと○年前、右足の親指を切断した男は考えるのであった。

ロイ・ジマーマンって何者?

 前回書いた「ヤングな僕のぽっぷす・なう」の続きを書こうとして、ナニゲニYOU TUBE見ていたら、「アイルランドに平和を」関連の動画で、ロイ・ジマーマンという人の"What If the Beatles Were Irish?" というのを見てしまった。これだ。



 ナンじゃ、これはと思いHPなど見たが、どうもよく判らない。どなたかご教示を。しかし、この手のおちゃらけ大好きなんだよな。

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