どうもどうも、すっかりご無沙汰しちゃいまして
1週間以上のご無沙汰でしたが、皆様方お変わりございませんでしたでしょうか。司会のタマオキでございます。などと照れくさいので「ロッテ歌のアルバム」の名司会者のパクリから始まりました、本当に久しぶりにエントリーを書いております。いえね、高度に発展したシホン主義社会の中で、最も劣悪な労働条件を強いられる超零細ブラック企業に勤める身なもんで、貴重なお盆休み4日間が終了した途端連日の仕事やさまざまなトラブル、クレームの処理などをこなして家に帰るとご飯食べて横になりそのまま寝てしまうという生活を3,4日続けて、当然その間はPCを立ち上げるどころの騒ぎではなく、またそういう生活を続けてしまうと何となくエントリー書くのも億劫になり、人様のblogに書き逃げ御免で米書いちゃトンズラなんて日々を送っていました。
それでも人生は雨降りの日ばかりじゃなくて(ⓒ景山民夫、いい作家だったのに晩年は某宗教に嵌ってしまい…)、ちょっとした楽しいことや愉快なこともあったような気がする1週間をちょっと振り返って、かくも長き不在の言い訳、アリバイ、ままま、そんなに目くじら立てなくてもエイントチャウ的オハナシを以下展開させていただく、って誰に断っているのかよく分かりませんが。
で、今調べてみたら僕のblogの更新は22日で止まっていたのだけど、その前のエントリーは携帯で撮った写真をそのままアップしただけの、アリバイエントリーばっかり。ということはきちんとした話を書いたのは14日までだから、約半月はちゃんとした話を書いていないことが分かった。11日に書いた初海外旅行の話は本来書きたかった話までたどり着いておらず、完璧な尻切れトンボで続編の話を書くためにその当時の写真を加工して保存しておいたのにそのままだという有様だ。こんなことじゃいかんな、混迷と停滞の時代を突き抜けて決断と実行の時代に進まなければ。あれ、決断と実行といえば昔のジミン党のキャッチコピーではなかったか。あ、オレさっき投票行ってきたからね。みんな貴重な1票は無駄にしないようにな。
そうそう、この間エントリー書く意欲が出なかった理由の一つに我が地元、宮崎1区のN山候補に関するさまざまな出来事があった。ええと、開票前の微妙な時期なので候補者名を匿名にして誰が誰だか特定できないようにしています、いや気配り気配り。このN山候補だが、前の国交省大臣で就任した途端、ホンネをぼろぼろ喋ってしまい、それでも三里塚発言や単一民族発言は謝罪したが日教組批判だけは謝罪しなかった。3日天下なんて言葉があるが、わずか5日で大臣職を辞任し政界引退するとまでのたまった男の中の男、薩摩隼人はかくありたいという、まあ立派なもののふだったのよ。ところがそのまんまH知事が(そのまんまHって、なんとなくインビな感じがしますな)、某ジミン党の候補として選挙出ないか、お前も九州、オレも九州というK賀さんのアプローチに乗って、ものの見事に県民いや国民あげての批判を受け、何もなかったことにしましょう(by 友部正人)と降りてしまったあたりから、なにやらきな臭くなってきた。いや、その前にそのまんまH知事に国政に立て、お互い薩摩隼人同士阿吽の呼吸だとマッチポンプみたいなことを言い出したあたりから少し怪しかったけどね。あ、そういえば今月の紙の爆弾のマッド・アマノの風刺画報は面白かった。ビートたけしが指人形の東をもっていて「東は単なるオッチョコチョイかと思ったけど、結果的には自民党に大ダメージを与えたんだから良しとするか。ジャンジャン。」というキャプションが付いていて笑えた。
それで、そのN山候補だが某ジミン党宮崎県連は、N山発言を真に受けて公認候補の公募を行い、U杉候補を立てたものの党公認は貰えず、それというのもN山候補が「現職優先」などといって立候補したことがそもそも混乱の元なのだが、的なもう宮崎ってどんなところだ、言論の自由はあるが言質だとか発言の責任なんて何もなし、言いたい放題、声の大きいモンの勝ちって土地柄なのかと心ある国民の皆さんには思われたに違いない。またそのN山候補の応援に、最近テレビやマスコミで話題のタモさん、といっても毎日お昼に「いいとも」なんていってる毒気を抜かれたグラサンコメディアンじゃなくて、こちらも元ジエータイのエライサンなのだが、そのタモさんが応援演説のなかで「慰霊祭は左翼運動。あそこに広島市民も県民もほとんどいない。原爆の被爆者も2世もいない。並んでいるのは全国から集まった左翼。一部政治勢力が日本弱体化を図っている」(by 毎日新聞)などとぶちかましてくれた。
このタモさん発言に対してN山候補がどうコメントしたかは寡聞にしてしらない。まあ、似たもの同士なので、こちらも「阿吽の呼吸」だったんだろう。で、このN山候補のことは僕自身ずっとblogで追いかけていたのだが、もういい加減嫌になり、あとは選挙で落とすだけだと思っていたのだが、どうしようもない浮世の義理とやらでN山候補の応援集会みたいなものに駆り出された。この際だから、本人に靴を投げつけてやろうかと思ったいたのだが、ご本人は出てこず、温和なイメージのある奥方が出てきた。盗人にも三分の理という言葉があるし、ここはどんな話をするかじっくり聞いてみたが、要は亭主を国会に送ってくださいという1点のみ。まあ、それはそれでいいのだが、受け取り方によっては、僕らのような下々のもの(by 某国総理大臣)に、N山候補の雄大な理想を語っても理解できないだろうというような感じもあったな。いや、単に僕のひがみ根性のせいだろうけど。とにかく某ミンシュ党に政権を渡したらダメだ、日の丸切り刻むような連中に権力渡すな、という話ばかりでした。
で、こういう話を書くのも消耗するのでずっとエントリーのアップをしてなかったわけですが、ようやく投票日を迎えて、あとは夜の開票結果を待つだけになったので、なんとか落着いた気持ちでこれからは、いままで書き放しにしていたエントリーの続きをきちんと書いていこうと思う今日この頃です。このところつまらない話や単なる語呂合わせみたいな話しか書いてなかった日々を厳しく自己批判して、活動再開の狼煙を上げるのだ。みんな、見放さないでね!!
それでも人生は雨降りの日ばかりじゃなくて(ⓒ景山民夫、いい作家だったのに晩年は某宗教に嵌ってしまい…)、ちょっとした楽しいことや愉快なこともあったような気がする1週間をちょっと振り返って、かくも長き不在の言い訳、アリバイ、ままま、そんなに目くじら立てなくてもエイントチャウ的オハナシを以下展開させていただく、って誰に断っているのかよく分かりませんが。
で、今調べてみたら僕のblogの更新は22日で止まっていたのだけど、その前のエントリーは携帯で撮った写真をそのままアップしただけの、アリバイエントリーばっかり。ということはきちんとした話を書いたのは14日までだから、約半月はちゃんとした話を書いていないことが分かった。11日に書いた初海外旅行の話は本来書きたかった話までたどり着いておらず、完璧な尻切れトンボで続編の話を書くためにその当時の写真を加工して保存しておいたのにそのままだという有様だ。こんなことじゃいかんな、混迷と停滞の時代を突き抜けて決断と実行の時代に進まなければ。あれ、決断と実行といえば昔のジミン党のキャッチコピーではなかったか。あ、オレさっき投票行ってきたからね。みんな貴重な1票は無駄にしないようにな。
そうそう、この間エントリー書く意欲が出なかった理由の一つに我が地元、宮崎1区のN山候補に関するさまざまな出来事があった。ええと、開票前の微妙な時期なので候補者名を匿名にして誰が誰だか特定できないようにしています、いや気配り気配り。このN山候補だが、前の国交省大臣で就任した途端、ホンネをぼろぼろ喋ってしまい、それでも三里塚発言や単一民族発言は謝罪したが日教組批判だけは謝罪しなかった。3日天下なんて言葉があるが、わずか5日で大臣職を辞任し政界引退するとまでのたまった男の中の男、薩摩隼人はかくありたいという、まあ立派なもののふだったのよ。ところがそのまんまH知事が(そのまんまHって、なんとなくインビな感じがしますな)、某ジミン党の候補として選挙出ないか、お前も九州、オレも九州というK賀さんのアプローチに乗って、ものの見事に県民いや国民あげての批判を受け、何もなかったことにしましょう(by 友部正人)と降りてしまったあたりから、なにやらきな臭くなってきた。いや、その前にそのまんまH知事に国政に立て、お互い薩摩隼人同士阿吽の呼吸だとマッチポンプみたいなことを言い出したあたりから少し怪しかったけどね。あ、そういえば今月の紙の爆弾のマッド・アマノの風刺画報は面白かった。ビートたけしが指人形の東をもっていて「東は単なるオッチョコチョイかと思ったけど、結果的には自民党に大ダメージを与えたんだから良しとするか。ジャンジャン。」というキャプションが付いていて笑えた。
それで、そのN山候補だが某ジミン党宮崎県連は、N山発言を真に受けて公認候補の公募を行い、U杉候補を立てたものの党公認は貰えず、それというのもN山候補が「現職優先」などといって立候補したことがそもそも混乱の元なのだが、的なもう宮崎ってどんなところだ、言論の自由はあるが言質だとか発言の責任なんて何もなし、言いたい放題、声の大きいモンの勝ちって土地柄なのかと心ある国民の皆さんには思われたに違いない。またそのN山候補の応援に、最近テレビやマスコミで話題のタモさん、といっても毎日お昼に「いいとも」なんていってる毒気を抜かれたグラサンコメディアンじゃなくて、こちらも元ジエータイのエライサンなのだが、そのタモさんが応援演説のなかで「慰霊祭は左翼運動。あそこに広島市民も県民もほとんどいない。原爆の被爆者も2世もいない。並んでいるのは全国から集まった左翼。一部政治勢力が日本弱体化を図っている」(by 毎日新聞)などとぶちかましてくれた。
このタモさん発言に対してN山候補がどうコメントしたかは寡聞にしてしらない。まあ、似たもの同士なので、こちらも「阿吽の呼吸」だったんだろう。で、このN山候補のことは僕自身ずっとblogで追いかけていたのだが、もういい加減嫌になり、あとは選挙で落とすだけだと思っていたのだが、どうしようもない浮世の義理とやらでN山候補の応援集会みたいなものに駆り出された。
で、こういう話を書くのも消耗するのでずっとエントリーのアップをしてなかったわけですが、ようやく投票日を迎えて、あとは夜の開票結果を待つだけになったので、なんとか落着いた気持ちでこれからは、いままで書き放しにしていたエントリーの続きをきちんと書いていこうと思う今日この頃です。このところつまらない話や単なる語呂合わせみたいな話しか書いてなかった日々を厳しく自己批判して、活動再開の狼煙を上げるのだ。みんな、見放さないでね!!


