ヤングな僕のぽっぷす・なう その5の続き
晩御飯を食べたら続きをアップしますなどと書いておきながら、はや1週間。またもや日曜の夜が更けようとしている。なんと言うのか、ここ最近の天気も滅茶苦茶だし、凶悪犯罪は増えるし、政権政党が終末的状況で、その中に我らが中山センセがサメの脳みそとノミの心臓を併せ持つという噂の森元総理(えー、モリモト総理ではなくモリ元総理であることは周知のことだと思いますが、一応念のため。気配り気配り)から頑張れと激励を受けたりしている今日この頃、前回アップできなかった懐かしいヒットポップスの話をもう一度。
前回は、あまりチャートを意識せずに70年代前半に僕自身の印象に残ったナンバーを中心にしたので、読んでくれた人も「こんなん知らん」とか「なんじゃ、これは、どこがええんかい」、「さっぱ分かりまへん」といった反応だったようですな。それじゃ、今回は皆が知ってるこの歌から。オリジナル・キャストの「ミスター・マンディ」です。
カナダ出身のオリジナル・キャストは「天使の兵隊」などのヒット曲もあるが、個人的には「ミスター・マンディ」である。中学で英語を習い始めたばかりの頃だったので、曜日に「ミスター」という敬称が付くのがなんとなく不思議で、ミスター・マンディ、ミス・チューズディ、ミセス・ウェンズディと呼ぶのだろうか、英語ってへんなコトバだな、などと考えたりした。とにかく、イントロの「おー、みーすたー、まんでぃ、みーおーまい」というところが何度も何度もラジオでかかっていた。当時のポップスファンの7割はこのシングル持っていたんじゃないかと思うくらい、友達の家に行くと置いてあった。普段、洋楽(古いね、表現が。もうこんな呼び方しないのかな)なんかゼッタイ聞かないだろうと思う友達の家にもこのシングルはあった。同じような経験は「イエロー・リバー」と「気になる女の子」のときもあったな。
調べてみたら、このグループ、結成は66年にオリジナル・メンバー3人がグループを組み、68年にこの曲で印象的なボーカルを聞かせるディクシー・リー・イネスが夫と一緒に参加して「オリジナル」オリジナル・キャストが出来たようだ。カナダはカルガリーからバンクーバーへと拠点を移したなんてところはまるで新人プロレスラーのようだ。「天使の兵隊」がヒットしてから、ツキも回ってきたようでディランやBBキング、グレン・キャンベルなどのアメリカ・ツアーに同行したようだ。しかし、前座がオリジナル・キャストでメインがザ・バンドとディランなんてツアー、ちょっと想像つかない。
英米以外の女性ボーカルのヒット曲といえば、こちらも是非。アース&ファイアーの「シーズン」。あれは何時だったか、アース、ウィンド&ファイアなるグループ名を初めて耳にしたときに、「アホやな、アース&ファイアーの間違いに決まっとる」と固く思い込んでいた時期がありました。勿論、かの大ファンクバンドのE,W&Fでして、その強烈なサウンドとステージングはクリビツテンギョウで、我がポンニチでスペクトラムなるバンドをテレビで見たときEW&Fのパクリやないかと激怒したこともありました。もっともEW&Fってどうも好きになれなくてアルバムは1枚も持っていません。おっと、話が逸れた。それでは、ご年配の方には涙そうそうの「シーズン」をどうぞ。
しかし、ネットというのは重宝なもんで、先ほど調べてみたらなんとこの曲は、彼らのオリジナルではなく、同じオランダのロックバンド、ゴールデン・イアリングのギタリストが曲を書いてくれてそれが大当たりしたとのこと。アルバムも結構出していたようで、2枚目以降はプログレ路線だったようで、当時聞いていたらどんな感想を持ったか興味津々である。いや、今更改めて聞いてみようとは思いませんが。もっともそのネットで調べてもなかなか情報がないのが、次にお送りするザ・キャッツ。ダッチ・サウンドでくくられているのでオランダのグループだということは分かるのだが、そのほかの情報がほとんど不明です。ただ、やはりこの曲はいいと皆さん(当時ヒットポップスを聞いていた人たちは)仰いますね。「ひとりぼっちの野原」です。
この曲は当時大好きでカセットにも録音していたのだが、そのカセットをどこかにやってしまい長らく忘れていた時期があった。哀愁を帯びたイントロ、独特のメロディ、イコライザーをかけたボーカル、うーん、後半の盛り上がりもいいし、ナンと言っても英語がたどたどしいのがいい。聞き取りやすいのだ。これ当時のヒットポップスに非英語圏の国の曲が多かった一つの理由じゃないだろうか。アメリカ人やエゲレス人の歌う英語は聞き取りにくかった。だから全てのニホン国民は坊屋三郎の「クイントリックス」のCMに快哉を叫んだのでは無いか、などと勝手に妄想するのは人民の正当な権利である(なんか平岡調だね)。
この曲のシングル盤のジャケットをよく見ると「過ぎし想い出を胸に、ただひとり草原を歩む…」というキャッチ・コピーが書いてある。こういう思い込みがいっぱい詰まっていたのも当時のヒットポップスの特徴である。以前、ちょっと書いたがシングルのタイトル(アルバムのタイトルも同じだが)は何時から原題のカタカナ表記に統一されたのだろうか。いや、別に統一されてなんかいないかもしれないが、タイトルに工夫が無いというか、誤訳だろうが意訳だろうが、その曲をヒットさせたいという担当者の思い込みの詰まったタイトルを見たいのだ。そういう部分が70年代のヒットポップスにはあったと思う。もう一つ言わせて貰えば、まだ市民権を得る前のロックにも。
なんか、らしくない話になったのでいったん終わります。実はスピナッチの「アメリカ・アメリカ」という曲をアップしたくてあちこち探したけどとうとう見つかりませんでした。どなたか情報お持ちの方教えてください。
前回は、あまりチャートを意識せずに70年代前半に僕自身の印象に残ったナンバーを中心にしたので、読んでくれた人も「こんなん知らん」とか「なんじゃ、これは、どこがええんかい」、「さっぱ分かりまへん」といった反応だったようですな。それじゃ、今回は皆が知ってるこの歌から。オリジナル・キャストの「ミスター・マンディ」です。
カナダ出身のオリジナル・キャストは「天使の兵隊」などのヒット曲もあるが、個人的には「ミスター・マンディ」である。中学で英語を習い始めたばかりの頃だったので、曜日に「ミスター」という敬称が付くのがなんとなく不思議で、ミスター・マンディ、ミス・チューズディ、ミセス・ウェンズディと呼ぶのだろうか、英語ってへんなコトバだな、などと考えたりした。とにかく、イントロの「おー、みーすたー、まんでぃ、みーおーまい」というところが何度も何度もラジオでかかっていた。当時のポップスファンの7割はこのシングル持っていたんじゃないかと思うくらい、友達の家に行くと置いてあった。普段、洋楽(古いね、表現が。もうこんな呼び方しないのかな)なんかゼッタイ聞かないだろうと思う友達の家にもこのシングルはあった。同じような経験は「イエロー・リバー」と「気になる女の子」のときもあったな。
調べてみたら、このグループ、結成は66年にオリジナル・メンバー3人がグループを組み、68年にこの曲で印象的なボーカルを聞かせるディクシー・リー・イネスが夫と一緒に参加して「オリジナル」オリジナル・キャストが出来たようだ。カナダはカルガリーからバンクーバーへと拠点を移したなんてところはまるで新人プロレスラーのようだ。「天使の兵隊」がヒットしてから、ツキも回ってきたようでディランやBBキング、グレン・キャンベルなどのアメリカ・ツアーに同行したようだ。しかし、前座がオリジナル・キャストでメインがザ・バンドとディランなんてツアー、ちょっと想像つかない。
英米以外の女性ボーカルのヒット曲といえば、こちらも是非。アース&ファイアーの「シーズン」。あれは何時だったか、アース、ウィンド&ファイアなるグループ名を初めて耳にしたときに、「アホやな、アース&ファイアーの間違いに決まっとる」と固く思い込んでいた時期がありました。勿論、かの大ファンクバンドのE,W&Fでして、その強烈なサウンドとステージングはクリビツテンギョウで、我がポンニチでスペクトラムなるバンドをテレビで見たときEW&Fのパクリやないかと激怒したこともありました。もっともEW&Fってどうも好きになれなくてアルバムは1枚も持っていません。おっと、話が逸れた。それでは、ご年配の方には涙そうそうの「シーズン」をどうぞ。
しかし、ネットというのは重宝なもんで、先ほど調べてみたらなんとこの曲は、彼らのオリジナルではなく、同じオランダのロックバンド、ゴールデン・イアリングのギタリストが曲を書いてくれてそれが大当たりしたとのこと。アルバムも結構出していたようで、2枚目以降はプログレ路線だったようで、当時聞いていたらどんな感想を持ったか興味津々である。いや、今更改めて聞いてみようとは思いませんが。もっともそのネットで調べてもなかなか情報がないのが、次にお送りするザ・キャッツ。ダッチ・サウンドでくくられているのでオランダのグループだということは分かるのだが、そのほかの情報がほとんど不明です。ただ、やはりこの曲はいいと皆さん(当時ヒットポップスを聞いていた人たちは)仰いますね。「ひとりぼっちの野原」です。
この曲は当時大好きでカセットにも録音していたのだが、そのカセットをどこかにやってしまい長らく忘れていた時期があった。哀愁を帯びたイントロ、独特のメロディ、イコライザーをかけたボーカル、うーん、後半の盛り上がりもいいし、ナンと言っても英語がたどたどしいのがいい。聞き取りやすいのだ。これ当時のヒットポップスに非英語圏の国の曲が多かった一つの理由じゃないだろうか。アメリカ人やエゲレス人の歌う英語は聞き取りにくかった。だから全てのニホン国民は坊屋三郎の「クイントリックス」のCMに快哉を叫んだのでは無いか、などと勝手に妄想するのは人民の正当な権利である(なんか平岡調だね)。
この曲のシングル盤のジャケットをよく見ると「過ぎし想い出を胸に、ただひとり草原を歩む…」というキャッチ・コピーが書いてある。こういう思い込みがいっぱい詰まっていたのも当時のヒットポップスの特徴である。以前、ちょっと書いたがシングルのタイトル(アルバムのタイトルも同じだが)は何時から原題のカタカナ表記に統一されたのだろうか。いや、別に統一されてなんかいないかもしれないが、タイトルに工夫が無いというか、誤訳だろうが意訳だろうが、その曲をヒットさせたいという担当者の思い込みの詰まったタイトルを見たいのだ。そういう部分が70年代のヒットポップスにはあったと思う。もう一つ言わせて貰えば、まだ市民権を得る前のロックにも。
なんか、らしくない話になったのでいったん終わります。実はスピナッチの「アメリカ・アメリカ」という曲をアップしたくてあちこち探したけどとうとう見つかりませんでした。どなたか情報お持ちの方教えてください。

