ヤングな僕のぽっぷす・なう その5
梅雨も明けて、連日灼熱の太陽が眩しい日々が続いている。北日本や西日本は大雨だというのにこちら南九州はでんでん雨が降らない。今日も連休の最終日で、午後から黒い雨雲がかかるものの、そして本当に雀の涙ほどのレインドロップがフォーリングオンマイヘッドしたものの、今また見事に晴れ上がっている。まるでオレを大将にしないと選挙出ないぞといったどこかの知事の頭くらい見事に禿げ上がっている。晴れ上がっている。さらに、不快指数を上げるのは、亡国の組合をつぶせ、空港反対なんてのは住民エゴだなどと本人のみの正論を喚いてたった5日で大臣辞めたウソツキが、出ないよ、いや出てくれと皆から言われて困ってるけど、出ないよ、いや、出るかもしれない、出ることにやぶさかではない、出ることに意義がある、出たい、出させて、とこれは何活用になるのかよく分からんが、早い話中山センセ、存在そのものが不快です。
などという話題はいい加減腹もたつのりなので、しばらくお休みしていた懐かしいヒットポップスのお話をしていこう。中学の頃からラジオでヒットポップスを聞いていたが、管楽器をフューチャーしたロックバンドの音は衝撃だった。さらに衝撃だったのは、ガイジンが日本語で歌っていた(歌詞カード見て初めて日本語と分かったのだが)と知ったそのときだった。この手のショックは後年クィーンの「手をとりあって」あたりまで尾を引く。ということで、オープニングは景気よくシカゴの「クェスチョンズ67&68」(もっとも95年のライブですが)をどうぞ。
ええと、歌詞が聞き取れないという方のために、コレクターズがカツゼツのよい日本語で歌ってるバージョンも貼っておきます。
シカゴは本格的なブラスロックバンドとしてロックシーンに登場してきたが、初期は結構ヒット曲も多く、ラジオでオンエアされて人気だった。個人的には「長い夜」(これを後年M山T春という、口だけ番長シンガーが同名異曲をリリースして、当時音楽情報に疎かった僕は、何故またもやシカゴが再評価されたのだろうかと怪訝に思ったものだ)、「サタディ・イン・ザ・パーク」「ロウダウン」「ダイアログ」あたりまで全部好きだ。余談だが生まれて初めてのLPレコードはシカゴを買いそうになったことを告白しておく。うろ覚えの記憶だが「創造を産む最大の共同体」なんてライナーに書いてあったような…。ま、ブラスセクションがいるからメンバーの人数は多いからな。
ブラスロックというと本家のBS&Tなんかの名前が挙がってきそうだが、ここではラジオでよく聞いたヒットポップスというくくり方で進めているので、もう一方のブラスロックバンドは、ご存知チェイス。ホーンセクションが全てトランペットという意表をつくバンドだった。今、聞きなおすとギターの音やボーカルの処理の仕方などは時代を感じさせるが、疾走するトランペットの音は十分魅力的だ。曲は勿論「黒い炎」。しかし、いい邦題だ。何でもかんでもカタカナで表記すればいいってもんじゃないな。
この「黒い炎」が大ヒットした頃、僕はまだ中学生だったのだが、地元のローカルテレビだったかラジオだったかでしょっちゅう流れていたのを覚えている。まるでMRTのポスター・バザールのときの「ブラック・ナイト」のような使われ方だった、って当時宮崎にいた人間で無いと分からない話題だっちゅーの。いえね、MRTというのは地元のテレビ局なんですが、年末にポスターのバーゲンやるんですよ。僕が思うに、いろいろな販促用のポスターを二束三文で叩き売って、社員の年末一時金の原資にしようという姑息な考えだったのではないかと。そのバザールの宣伝にパープルの「ブラック・ナイト」のイントロ使ってたんですよ。ですから、それ以来パープルの例えば「24カラット」なんか聞いてるときに、例のイントロ聞くと、発作的に「エム・アール・ティー、ポスターバザール」と絶叫してしまう癖がついてしまったのです。まさにパブロフの犬でした。
などと、超ローカルな話題はさておき、今回の懐かしいヒットポップスは、あまりメジャーなものでないけど心に残るあのメロディ、つい口ずさんでしまったあの歌、的なメニューでお送りしたい。で、次はエジソン・ライトハウスで、曲は「涙のハプニング」。
エジソン・ライトハウスといえば「恋のほのお」が大ヒットしたグループで、もちろんその曲もいいのだが、この「涙のハプニング」は歌詞もシンプルで確か明星か平凡の歌本に歌詞が書いてあり、ラジオから流れるメロディにあわせて大声で歌ったものだ。ちなみにフラワー・トラベリン・バンドと共演してカナダに来るよう誘ったバンドではない。あちらはライトハウス。こちらはエジソンが付いてる分だけ偉い、などといい加減なことを書いていたら、後年エジソン・ライトハウスとエジソンという2つのグループに分かれたらしい。まるで赤い鳥である。いや、ルネッサンスとイルージョンか。
ヒット曲は沢山あるけど、なんでこの曲をという話をもう1発。曲名は「I’ll follow the sun」。というと、ああ、ビートルズのコピーかと思われるかもしれないが、いえいえ同名異曲。こちらはショッキング・ブルーです。
邦題で「夜明けの太陽」という曲で、何故この曲が印象に残っているかというと、高校入試の勉強をしていたときに、だから随分昔の話だって、ちょっと気が抜けた時期もあり、もうどうでもいいやなどと捨て鉢なことを言ってたら当時の別のクラスの担任から真剣に怒られ、何故かそれでハップンして、よし今日は夜明けの太陽が見えるまで勉強するぞと決心して、明け方の4時くらいかふらふらした頭でラジオを聴いていたら、流れてきたのがこの曲だった。もっとも歌詞をぼんやり聴いていたら「Try to forget all about you」とかなんとか出てきて、おいおい冗談じゃねえぞ、せっかく覚えたことを忘れてどうすると一人で突っ込んだのも青春であった。ああ、これも青春(by 吉田拓郎)。
と、ここまで書いてきたらおなかが空いたので、今から塩スパゲッティを作って食べます。よって一時中断ね。続きはまた後から。
などという話題はいい加減腹もたつのりなので、しばらくお休みしていた懐かしいヒットポップスのお話をしていこう。中学の頃からラジオでヒットポップスを聞いていたが、管楽器をフューチャーしたロックバンドの音は衝撃だった。さらに衝撃だったのは、ガイジンが日本語で歌っていた(歌詞カード見て初めて日本語と分かったのだが)と知ったそのときだった。この手のショックは後年クィーンの「手をとりあって」あたりまで尾を引く。ということで、オープニングは景気よくシカゴの「クェスチョンズ67&68」(もっとも95年のライブですが)をどうぞ。
ええと、歌詞が聞き取れないという方のために、コレクターズがカツゼツのよい日本語で歌ってるバージョンも貼っておきます。
シカゴは本格的なブラスロックバンドとしてロックシーンに登場してきたが、初期は結構ヒット曲も多く、ラジオでオンエアされて人気だった。個人的には「長い夜」(これを後年M山T春という、口だけ番長シンガーが同名異曲をリリースして、当時音楽情報に疎かった僕は、何故またもやシカゴが再評価されたのだろうかと怪訝に思ったものだ)、「サタディ・イン・ザ・パーク」「ロウダウン」「ダイアログ」あたりまで全部好きだ。余談だが生まれて初めてのLPレコードはシカゴを買いそうになったことを告白しておく。うろ覚えの記憶だが「創造を産む最大の共同体」なんてライナーに書いてあったような…。ま、ブラスセクションがいるからメンバーの人数は多いからな。
ブラスロックというと本家のBS&Tなんかの名前が挙がってきそうだが、ここではラジオでよく聞いたヒットポップスというくくり方で進めているので、もう一方のブラスロックバンドは、ご存知チェイス。ホーンセクションが全てトランペットという意表をつくバンドだった。今、聞きなおすとギターの音やボーカルの処理の仕方などは時代を感じさせるが、疾走するトランペットの音は十分魅力的だ。曲は勿論「黒い炎」。しかし、いい邦題だ。何でもかんでもカタカナで表記すればいいってもんじゃないな。
この「黒い炎」が大ヒットした頃、僕はまだ中学生だったのだが、地元のローカルテレビだったかラジオだったかでしょっちゅう流れていたのを覚えている。まるでMRTのポスター・バザールのときの「ブラック・ナイト」のような使われ方だった、って当時宮崎にいた人間で無いと分からない話題だっちゅーの。いえね、MRTというのは地元のテレビ局なんですが、年末にポスターのバーゲンやるんですよ。僕が思うに、いろいろな販促用のポスターを二束三文で叩き売って、社員の年末一時金の原資にしようという姑息な考えだったのではないかと。そのバザールの宣伝にパープルの「ブラック・ナイト」のイントロ使ってたんですよ。ですから、それ以来パープルの例えば「24カラット」なんか聞いてるときに、例のイントロ聞くと、発作的に「エム・アール・ティー、ポスターバザール」と絶叫してしまう癖がついてしまったのです。まさにパブロフの犬でした。
などと、超ローカルな話題はさておき、今回の懐かしいヒットポップスは、あまりメジャーなものでないけど心に残るあのメロディ、つい口ずさんでしまったあの歌、的なメニューでお送りしたい。で、次はエジソン・ライトハウスで、曲は「涙のハプニング」。
エジソン・ライトハウスといえば「恋のほのお」が大ヒットしたグループで、もちろんその曲もいいのだが、この「涙のハプニング」は歌詞もシンプルで確か明星か平凡の歌本に歌詞が書いてあり、ラジオから流れるメロディにあわせて大声で歌ったものだ。ちなみにフラワー・トラベリン・バンドと共演してカナダに来るよう誘ったバンドではない。あちらはライトハウス。こちらはエジソンが付いてる分だけ偉い、などといい加減なことを書いていたら、後年エジソン・ライトハウスとエジソンという2つのグループに分かれたらしい。まるで赤い鳥である。いや、ルネッサンスとイルージョンか。
ヒット曲は沢山あるけど、なんでこの曲をという話をもう1発。曲名は「I’ll follow the sun」。というと、ああ、ビートルズのコピーかと思われるかもしれないが、いえいえ同名異曲。こちらはショッキング・ブルーです。
邦題で「夜明けの太陽」という曲で、何故この曲が印象に残っているかというと、高校入試の勉強をしていたときに、だから随分昔の話だって、ちょっと気が抜けた時期もあり、もうどうでもいいやなどと捨て鉢なことを言ってたら当時の別のクラスの担任から真剣に怒られ、何故かそれでハップンして、よし今日は夜明けの太陽が見えるまで勉強するぞと決心して、明け方の4時くらいかふらふらした頭でラジオを聴いていたら、流れてきたのがこの曲だった。もっとも歌詞をぼんやり聴いていたら「Try to forget all about you」とかなんとか出てきて、おいおい冗談じゃねえぞ、せっかく覚えたことを忘れてどうすると一人で突っ込んだのも青春であった。ああ、これも青春(by 吉田拓郎)。
と、ここまで書いてきたらおなかが空いたので、今から塩スパゲッティを作って食べます。よって一時中断ね。続きはまた後から。

