オートバイ、オートバイ、俺の鋼鉄の夢、走っていけ

 昨夜、正確には本日未明だが俳優の山田辰夫が亡くなったことを、拙blogのコメントで知った。米のレスを書くために、ネットのニュースを見たらその訃報記事が出ていた。年齢見てびっくり、学年違いだが同い年だ。彼のデビュー作『狂い咲きサンダーロード』は言わずと知れた石井聰亙のカルト映画だが、封切りと同時に京都で見た。丁度僕自身が大学をやめて田舎に帰ろうと考えていた時期で精神的にも非常に暗かった時期だが、映画も大変暗かった。もっとも興味は映像よりもパンタ&HALやThe Mods、泉谷しげるの音楽が使われていることにあったので、映画そのものはそれほど期待していなかったのだが、いやいや見終わった後は、映画館の外の景色ががらりと変わっていた。

 それから数年たち、僕もとりあえずはネクタイの結び方やお辞儀の仕方も人並みに出来るようになり、それでもときどきどうしようもなく窒息しそうになり、そういうときに『爆裂都市』が封切られ大いに溜飲を下げた。それから少しして、今度は小林克也もそうだけどなんといってもキュートな工藤夕貴も出ていた『逆噴射家族』を見て、大いに笑った。と、いけねー、コレじゃ石井聰亙の話ばかりになるので、山田辰夫というちょっと狂気がかった役者の話から逸れてしまう。正直、『狂い咲きサンダーロード』で初めて見た山田辰夫は本物の暴走族が役者やってると思っていたが、なんと彼は劇団GAYAの創立メンバー、れっきとした演劇青年だったのだ(もっとも映画にはエキストラで本物の暴走族が沢山でてるけど)。そこで彼の演じた仁という暴走族の特攻隊長は、ルールを知らない本物のルーディで、予定調和を嫌い、仲間と群れず、その名の通り無謀な特攻を行い、破れ、組織に守られ、その組織に安住しかけるが「長らくお世話になりましたっと」とまるで植木等のような口調でそこを去り、敵対するセクトに襲撃され、そしてほとんどリハビリも無意味な障害者となる。そして、その自堕落な生活の果てに溜まったマグマが一気に噴出する。そうそう、最後の仁のバトル・プロテクダーのデザインは、石井監督と同郷の小林よしのり。当時はパンクだったのか!?

 まあ、とにかく一度本編見てください。僕はボックスセットで買ったけど、今は『狂い咲きサンダーロード』単体でも売ってるので、購入しやすい。この映画に込められたパワーは、あの時代だけでなく今の時代にも「一筋の導火線」として「明日へ明日へときわどく」続いている。それにしても、早すぎる死が多すぎる。川村カオリも小さい子供を残したまま亡くなったようだ。合掌。

 追伸;本日のエントリーのタイトルは、無論この映画でも効果的に使われているパンタ&HALのアルバム『1980x』からの曲で「オートバイ」の歌詞から借りています。ラストのフレーズは「飛び散るならフライディズナイト、フライディズナイト」です。


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ヤングな僕のぽっぷす・なう その5の続き

 晩御飯を食べたら続きをアップしますなどと書いておきながら、はや1週間。またもや日曜の夜が更けようとしている。なんと言うのか、ここ最近の天気も滅茶苦茶だし、凶悪犯罪は増えるし、政権政党が終末的状況で、その中に我らが中山センセがサメの脳みそとノミの心臓を併せ持つという噂の森元総理(えー、モリモト総理ではなくモリ元総理であることは周知のことだと思いますが、一応念のため。気配り気配り)から頑張れと激励を受けたりしている今日この頃、前回アップできなかった懐かしいヒットポップスの話をもう一度。

 前回は、あまりチャートを意識せずに70年代前半に僕自身の印象に残ったナンバーを中心にしたので、読んでくれた人も「こんなん知らん」とか「なんじゃ、これは、どこがええんかい」、「さっぱ分かりまへん」といった反応だったようですな。それじゃ、今回は皆が知ってるこの歌から。オリジナル・キャストの「ミスター・マンディ」です。



 カナダ出身のオリジナル・キャストは「天使の兵隊」などのヒット曲もあるが、個人的には「ミスター・マンディ」である。中学で英語を習い始めたばかりの頃だったので、曜日に「ミスター」という敬称が付くのがなんとなく不思議で、ミスター・マンディ、ミス・チューズディ、ミセス・ウェンズディと呼ぶのだろうか、英語ってへんなコトバだな、などと考えたりした。とにかく、イントロの「おー、みーすたー、まんでぃ、みーおーまい」というところが何度も何度もラジオでかかっていた。当時のポップスファンの7割はこのシングル持っていたんじゃないかと思うくらい、友達の家に行くと置いてあった。普段、洋楽(古いね、表現が。もうこんな呼び方しないのかな)なんかゼッタイ聞かないだろうと思う友達の家にもこのシングルはあった。同じような経験は「イエロー・リバー」と「気になる女の子」のときもあったな。

 調べてみたら、このグループ、結成は66年にオリジナル・メンバー3人がグループを組み、68年にこの曲で印象的なボーカルを聞かせるディクシー・リー・イネスが夫と一緒に参加して「オリジナル」オリジナル・キャストが出来たようだ。カナダはカルガリーからバンクーバーへと拠点を移したなんてところはまるで新人プロレスラーのようだ。「天使の兵隊」がヒットしてから、ツキも回ってきたようでディランやBBキング、グレン・キャンベルなどのアメリカ・ツアーに同行したようだ。しかし、前座がオリジナル・キャストでメインがザ・バンドとディランなんてツアー、ちょっと想像つかない。

 英米以外の女性ボーカルのヒット曲といえば、こちらも是非。アース&ファイアーの「シーズン」。あれは何時だったか、アース、ウィンド&ファイアなるグループ名を初めて耳にしたときに、「アホやな、アース&ファイアーの間違いに決まっとる」と固く思い込んでいた時期がありました。勿論、かの大ファンクバンドのE,W&Fでして、その強烈なサウンドとステージングはクリビツテンギョウで、我がポンニチでスペクトラムなるバンドをテレビで見たときEW&Fのパクリやないかと激怒したこともありました。もっともEW&Fってどうも好きになれなくてアルバムは1枚も持っていません。おっと、話が逸れた。それでは、ご年配の方には涙そうそうの「シーズン」をどうぞ。



 しかし、ネットというのは重宝なもんで、先ほど調べてみたらなんとこの曲は、彼らのオリジナルではなく、同じオランダのロックバンド、ゴールデン・イアリングのギタリストが曲を書いてくれてそれが大当たりしたとのこと。アルバムも結構出していたようで、2枚目以降はプログレ路線だったようで、当時聞いていたらどんな感想を持ったか興味津々である。いや、今更改めて聞いてみようとは思いませんが。もっともそのネットで調べてもなかなか情報がないのが、次にお送りするザ・キャッツ。ダッチ・サウンドでくくられているのでオランダのグループだということは分かるのだが、そのほかの情報がほとんど不明です。ただ、やはりこの曲はいいと皆さん(当時ヒットポップスを聞いていた人たちは)仰いますね。「ひとりぼっちの野原」です。



 この曲は当時大好きでカセットにも録音していたのだが、そのカセットをどこかにやってしまい長らく忘れていた時期があった。哀愁を帯びたイントロ、独特のメロディ、イコライザーをかけたボーカル、うーん、後半の盛り上がりもいいし、ナンと言っても英語がたどたどしいのがいい。聞き取りやすいのだ。これ当時のヒットポップスに非英語圏の国の曲が多かった一つの理由じゃないだろうか。アメリカ人やエゲレス人の歌う英語は聞き取りにくかった。だから全てのニホン国民は坊屋三郎の「クイントリックス」のCMに快哉を叫んだのでは無いか、などと勝手に妄想するのは人民の正当な権利である(なんか平岡調だね)。

 この曲のシングル盤のジャケットをよく見ると「過ぎし想い出を胸に、ただひとり草原を歩む…」というキャッチ・コピーが書いてある。こういう思い込みがいっぱい詰まっていたのも当時のヒットポップスの特徴である。以前、ちょっと書いたがシングルのタイトル(アルバムのタイトルも同じだが)は何時から原題のカタカナ表記に統一されたのだろうか。いや、別に統一されてなんかいないかもしれないが、タイトルに工夫が無いというか、誤訳だろうが意訳だろうが、その曲をヒットさせたいという担当者の思い込みの詰まったタイトルを見たいのだ。そういう部分が70年代のヒットポップスにはあったと思う。もう一つ言わせて貰えば、まだ市民権を得る前のロックにも。

 なんか、らしくない話になったのでいったん終わります。実はスピナッチの「アメリカ・アメリカ」という曲をアップしたくてあちこち探したけどとうとう見つかりませんでした。どなたか情報お持ちの方教えてください。

怪奇日食の空

20090722112456
SRI,SRI謎を追え~SRI,SRI怪奇を暴け~レッツ・ゴー。

などという懐かしいテーマソングが、思わず出て来た天体Showでした。

ヤングな僕のぽっぷす・なう その5

 梅雨も明けて、連日灼熱の太陽が眩しい日々が続いている。北日本や西日本は大雨だというのにこちら南九州はでんでん雨が降らない。今日も連休の最終日で、午後から黒い雨雲がかかるものの、そして本当に雀の涙ほどのレインドロップがフォーリングオンマイヘッドしたものの、今また見事に晴れ上がっている。まるでオレを大将にしないと選挙出ないぞといったどこかの知事の頭くらい見事に禿げ上がっている。晴れ上がっている。さらに、不快指数を上げるのは、亡国の組合をつぶせ、空港反対なんてのは住民エゴだなどと本人のみの正論を喚いてたった5日で大臣辞めたウソツキが、出ないよ、いや出てくれと皆から言われて困ってるけど、出ないよ、いや、出るかもしれない、出ることにやぶさかではない、出ることに意義がある、出たい、出させて、とこれは何活用になるのかよく分からんが、早い話中山センセ、存在そのものが不快です。

 などという話題はいい加減腹もたつのりなので、しばらくお休みしていた懐かしいヒットポップスのお話をしていこう。中学の頃からラジオでヒットポップスを聞いていたが、管楽器をフューチャーしたロックバンドの音は衝撃だった。さらに衝撃だったのは、ガイジンが日本語で歌っていた(歌詞カード見て初めて日本語と分かったのだが)と知ったそのときだった。この手のショックは後年クィーンの「手をとりあって」あたりまで尾を引く。ということで、オープニングは景気よくシカゴの「クェスチョンズ67&68」(もっとも95年のライブですが)をどうぞ。



 ええと、歌詞が聞き取れないという方のために、コレクターズがカツゼツのよい日本語で歌ってるバージョンも貼っておきます。



 シカゴは本格的なブラスロックバンドとしてロックシーンに登場してきたが、初期は結構ヒット曲も多く、ラジオでオンエアされて人気だった。個人的には「長い夜」(これを後年M山T春という、口だけ番長シンガーが同名異曲をリリースして、当時音楽情報に疎かった僕は、何故またもやシカゴが再評価されたのだろうかと怪訝に思ったものだ)、「サタディ・イン・ザ・パーク」「ロウダウン」「ダイアログ」あたりまで全部好きだ。余談だが生まれて初めてのLPレコードはシカゴを買いそうになったことを告白しておく。うろ覚えの記憶だが「創造を産む最大の共同体」なんてライナーに書いてあったような…。ま、ブラスセクションがいるからメンバーの人数は多いからな。

 ブラスロックというと本家のBS&Tなんかの名前が挙がってきそうだが、ここではラジオでよく聞いたヒットポップスというくくり方で進めているので、もう一方のブラスロックバンドは、ご存知チェイス。ホーンセクションが全てトランペットという意表をつくバンドだった。今、聞きなおすとギターの音やボーカルの処理の仕方などは時代を感じさせるが、疾走するトランペットの音は十分魅力的だ。曲は勿論「黒い炎」。しかし、いい邦題だ。何でもかんでもカタカナで表記すればいいってもんじゃないな。



 この「黒い炎」が大ヒットした頃、僕はまだ中学生だったのだが、地元のローカルテレビだったかラジオだったかでしょっちゅう流れていたのを覚えている。まるでMRTのポスター・バザールのときの「ブラック・ナイト」のような使われ方だった、って当時宮崎にいた人間で無いと分からない話題だっちゅーの。いえね、MRTというのは地元のテレビ局なんですが、年末にポスターのバーゲンやるんですよ。僕が思うに、いろいろな販促用のポスターを二束三文で叩き売って、社員の年末一時金の原資にしようという姑息な考えだったのではないかと。そのバザールの宣伝にパープルの「ブラック・ナイト」のイントロ使ってたんですよ。ですから、それ以来パープルの例えば「24カラット」なんか聞いてるときに、例のイントロ聞くと、発作的に「エム・アール・ティー、ポスターバザール」と絶叫してしまう癖がついてしまったのです。まさにパブロフの犬でした。

 などと、超ローカルな話題はさておき、今回の懐かしいヒットポップスは、あまりメジャーなものでないけど心に残るあのメロディ、つい口ずさんでしまったあの歌、的なメニューでお送りしたい。で、次はエジソン・ライトハウスで、曲は「涙のハプニング」。



 エジソン・ライトハウスといえば「恋のほのお」が大ヒットしたグループで、もちろんその曲もいいのだが、この「涙のハプニング」は歌詞もシンプルで確か明星か平凡の歌本に歌詞が書いてあり、ラジオから流れるメロディにあわせて大声で歌ったものだ。ちなみにフラワー・トラベリン・バンドと共演してカナダに来るよう誘ったバンドではない。あちらはライトハウス。こちらはエジソンが付いてる分だけ偉い、などといい加減なことを書いていたら、後年エジソン・ライトハウスとエジソンという2つのグループに分かれたらしい。まるで赤い鳥である。いや、ルネッサンスとイルージョンか。

 ヒット曲は沢山あるけど、なんでこの曲をという話をもう1発。曲名は「I’ll follow the sun」。というと、ああ、ビートルズのコピーかと思われるかもしれないが、いえいえ同名異曲。こちらはショッキング・ブルーです。



 邦題で「夜明けの太陽」という曲で、何故この曲が印象に残っているかというと、高校入試の勉強をしていたときに、だから随分昔の話だって、ちょっと気が抜けた時期もあり、もうどうでもいいやなどと捨て鉢なことを言ってたら当時の別のクラスの担任から真剣に怒られ、何故かそれでハップンして、よし今日は夜明けの太陽が見えるまで勉強するぞと決心して、明け方の4時くらいかふらふらした頭でラジオを聴いていたら、流れてきたのがこの曲だった。もっとも歌詞をぼんやり聴いていたら「Try to forget all about you」とかなんとか出てきて、おいおい冗談じゃねえぞ、せっかく覚えたことを忘れてどうすると一人で突っ込んだのも青春であった。ああ、これも青春(by 吉田拓郎)。

 と、ここまで書いてきたらおなかが空いたので、今から塩スパゲッティを作って食べます。よって一時中断ね。続きはまた後から。

いらいら、オー、イライラ

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写真をご覧頂きたい。アップにしても、わかりにくいかも知れないが、人差し指の中程、爪の下あたりに小さな刺のような物が見えると思う。

一ヶ月くらい前に気がついて、初めは刺が刺さったと思い抜いた。正解にはトゲヌキで挟めなかったので爪切りで皮ごと切った。

しかし、それから一週間もするとまた同じ所に刺みたいな物が生えてくるのだ。0.1ミリくらいしかないが、こいつがいろんな所にひっかかって勝手が悪い。親指で摩ると、サカムケみたいに軽い痛みがある。

一体何だ、これは。どなたかご存知ないか。良い智恵をお借りしたい。しかし、いらつく。オーオー、イライラ。

ああ、多分こうやってヤバいブツは隠してるんだな、納得

 数日前の夜、時間は10時を回っていた頃だったか、突然携帯が鳴った。もしかしたら仕事上のクレームかと身構えてとったら、「おう、遅い時間すまんな、仕事しとった?」というねちっこい関西なまりの男の声がした。携帯を取ったときに、表示名がN谷となっていたので、まさかと思ったが大学時代の同級生のN谷であった。2年くらい前の正月に電話で話して以来だったので随分久しぶりだ。しかし時間が時間だけに間違いなく酔っ払っている。ろれつがやや怪しい。「お前、sugarmountainの電話知っとるやろ、いやな、今神戸でM原と初めての呑み屋に来とるんやけど、そこの店のマスターがな、『鳥肌音楽』読んでるいうねん。それでな、そいつワシの後輩やっていうて盛り上がってるとこやがな」。

 相変わらず、傍若無人というか、人の迷惑考えずやってきましたバックアップ軍団(by 見ごろ食べごろ笑いごろ)のままというか、まあ昔からこういう奴ではあった。もちろんすぐにsugarmountain君の番号を教えて、それからしばらく話をしたが、やはりこうなったら一度直接みんなで顔を合わせて話したいということになった。「ワシが宮崎行ってもええけどな、ま、でもあんたも大変かもしれんが関西出てきたらワシもおるし、M原もO原も、そやそやS戸もおるで。いっぺん、近いうち出てきいな」などと言う。そうか、M原もO原もS戸もおるんやな、久しぶりってもう多分20数年下手すりゃ四半世紀は会ってないな、うーん、どうする。とりあえず、DRAC興亡史をちゃんと書こう。話はそれからだ、などと自分の怠慢エントリーのことなど考えた。

 N谷君との話はいろいろ盛り上がって、大学時代を思い出して、こりゃ記憶の薄れないうちにまたエントリーに書くから読んでくれみたいなことを喋って電話を終えた。電話を切った後に、一応sugarmountain君にも連絡しておいたほうがいいだろうと思って、メールしておいた。いや、彼は携帯に電話してもなかなか出ないのでメールのほうが確実だと思ったのだ。しかし、メールに返事は無くて、エントリーのコメントにこんなことを書いてきた。

>まいどです、ひょっとしてN谷さんから電話ありませんでしたか。こちらにもありました。
遅くなりましたがお中元を送っておきました。2,3日中に着くと思います。不潔、サイテーとそしりを受けたくなければ、くれぐれも女性陣の前ではパッケージを開けないように。

 で、本日家に帰ると茶封筒のメール便が届いていた。差出人はもちろんsugarmountain君であった。忠告通り、部屋に独りになってから封を切った。中から数枚のDVDが出てきた。タイトルは下記の通りである。

・光州5.18
・チェ28歳の革命
・チェ39歳の別れの手紙
・僕らのミライへ逆回転/ハロウィン
・サウスバウンド

 …流石は僕の若い頃を知っているsugarmountain君ではある。全て僕の好みそうな、しかも全て初見のDVDばかりである。特に『光州5.18』は、ゼッタイ見たいと思っていたのでうれしい、うれしい。ただ、上記のDVDはソフトケースに入って届いたのだが、そのソフトケースの内側にセロテープで止めてあるDVDがあった。それらのタイトルは下記の通りである。

・淫らなバツイチ
・『手コキクリニック』の美人夜勤ナース4人組がこっそり参加している秘密のホスピタル合コンを探せ!!
・副都心線雑司が谷駅前マンションで行われている工ロチャットクラブの実態

 …。とりあえず4人組という単語から連想したところ、中国の文革の話かもしれないので見てみます。どんな作品なんだろうか。感想はこの次の深夜のお父さんの心だ~。

 えーと、お中元は来るもの拒まずの姿勢ですので、今後とも宜しくお願い申し上げます(土下座)。

私ハ弱ヒ人間デス

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つ、ついに買うてもうた。ボートラ付きの国内盤出るまで辛抱たまらんかったんや。ワシのせいちゃうで。梅雨明けの37度のお日様のせいや。ほら、昔ナンタラちゅう紅毛碧眼の人が太陽眩しかったから人間一人いてもうたことあったがな。それと一緒や。愛国無罪や。

などと、取り乱しておりますが、ダイアン・バーチ買いました。ついでにS&GのライブとTRBのベスト。勢い余って、平岡正明の本も買おうとしたが、配偶者から疑惑のマナザシを感じたので、ぐっと堪えた僕を褒めて頂いたい。

祭の雰囲気

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で、下の子から迎えに来いとメールが届いた。出かけようとしたら、上の子が疲れた顔をして帰って来た。何と、今日はサークルの仲間と一緒に祭の手伝いだったらしい。大変機嫌が悪い。

自転車に乗って(by 高田渡)、下の子を迎えに行った。閉店間際の屋台の写真を撮っていると、配偶者からメールが届いた。これから友達と飲みに行くとのこと。どうぞ、楽しんで来て下さい、ワタクシ明日も仕事です、と書いて送った。当然返信はなかった。

祭の夜に

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連日うだるような暑さが続く南九州です。花の土曜日だというのに、僕は犬のように働いて、汗だくで家に帰ったら誰もいません。そういえば、昨夜下の子と配偶者か明日の祭の話をしていたっけ。

下の子は学校の友達と合流するとか、配偶者は派手で有名な友達と浴衣で行くとかぬかしておった。ケッ、歳を考えんかい、と小声で呟いたら二人から糾弾されたっけ。

ということで、晩御飯はスーパーで買った惣菜です。あ、上の子ですか。彼女は僕に似て、祭などパスで大学のサークルに行ってます。しかし茶道部じゃ、カクメイの役に立たないのだが…。

男は日に三言、ってジイちゃんから教わったけど

 今朝はセミの鳴き声で目が覚めた。ガーシ、ガシガシガシ、ミーン、ミンミンミン、と聞いているうちに谷岡ヤスジのマンガを思い出した。あのマンガに出てくるセミは凶暴だ。という話から、この前読んだ「昭和マンガ家伝説」、そして平岡正明の話につなげようと思っていたら、なんと、平岡正明が9日午前午前2時50分、脳こうそくのため横浜市の病院で亡くなっていた。享年68歳。いやもう驚いたの何の。そもそもYahoo!のニュースで知ったのではなく、mixi仲間のズトさんの日記のタイトルが「太田竜に呼ばれたか…」という、大変魅力的なものだったので、てっきり明るい話だと思って開いてみたら、飛び込んできたのが平岡正明の訃報だった。平凡社新書の帯についていた写真を見る限りは、顔色もつやつやして元気そうで、ましてこの本のあとがきは今年の1月14日の日付になってたので、まさか急に亡くなるとは思わなかった。これで竹中労、太田竜に平岡が加わり、さぞ彼岸の国が賑やかになっているだろう。

 そういえば、それこそ今朝配偶者から「拓郎が倒れて、全国ツアーが中止になった」と聞いて、こっちも驚いた。このニュースはその後Yahoo!でチェックしたが、拓郎かなり具合が悪そうだ。ツアーどころの騒ぎじゃない。しかし、前回もツアー途中でリタイアしているだけに、今回のリタイアは悔しくてたまらないだろう。何とか元気になってくれるといいのだが。今年になってから、ニュースネタのエントリーは訃報関係が圧倒的に多くなってきた。洋の東西を問わず、僕が学生時代から興味や関心を持っていた人たちが、それぞれ歳を経てあちらの世界に招かれることが多くなってきたんだな。ま、それはとりもなおさず、自分も歳を食ったということだ。うーん、なんだか湿っぽくていかんな、何か明るいニュースはないかと調べたら、この季節に繁殖するゴキブリのようにこのオッサンのニュースが入ってきた。

 なんと自民党宮崎県第1選挙区支部(支部長はもちろん中山センセ)が支部長会を開き、次回の総会で宮崎1区の党公認候補として『今回は出ません』と断言して男に二言は無い薩摩隼人の血を引くと豪語している中山センセを党本部に推薦する動議を提出する方針を決めたとのこと。それについての中山センセのお言葉。「推薦候補はいるが中山に出てほしい-というジレンマに苦しむ支部長を見て、申し訳ない気持ちだ。公募制で候補者になった上杉さんのことも考えないといけない」

 誰のせいで支部長はジレンマに苦しんでいるのか。上杉さんのことは考えるだけで、免罪符がもらえるのか。まあ、開いた口がふさがらないというのはこういうことをいうのだろう。日本全国に宮崎の男は二枚舌だとアピールしているようなもんだ。最近はややトーンダウンしてきつつある東知事も、舌は2枚どころか何枚も持ってるような。あ、そういえばこの二人同郷だ。都城だ。もともと薩摩の領土で、明治の1時期は都城県として独立したこともあるんだよな。どおりで、以心伝心。中山センセの描いたシナリオどおりに進んでいるのだろうか。ああ、書いていてアホらしくなったのでもう止めます。次こそは楽しい音楽の話を書くのだ。おっと、その前に、「宣言王」平岡正明氏のご冥福を祈って、合掌。



死語って簡単に言うけど、使ってるときは生語って言わないだろ

 昼寝をしたあとのぼんやりした頭のまま、デスクトップを開いたらYahooの「みんなのアンテナ」が目に入った。そこに、『続・死語の世界 “死語”とともに懐かしいアノころを思い出してみる? 今ではすっかり聞かなくなった言葉ばかりですが、全部わかったらスゴイ!』とのキャッチがあり、以下の言葉が列記されていた。

ヤッケ
BG
やっこさん
モボ・モガ
E電
ロートル
ヤンエグ
ズック
とっぽい
ランデブー

 で、全部分かったというか知っていた。もっとも日常的には使わなかった単語もあるが、結構歌のタイトルというかそういう関係で知っていたものも多い。とりあえず上からいってみよう。ヤッケとくれば「想い出の赤いヤッケ」である。高石ともやとナターシャセブンは、僕が京都にいた頃しょっちゅうライブをやっていた。宵々山コンサートなども懐かしいイベントである。もっとも当時はその手の音楽に一番興味がなかった頃で一度も見に行ったことがなかった。今考えると勿体ない話である。カルメン・マキさんからいろいろ批判されてはいるが、こういうときにYOU TUBEは便利なので、貼っておく。マンドリンは今は亡き坂庭省吾が弾いている。



 BGとは何か。ウシ型結核菌 (Mycobacterium bovis) の実験室培養を繰り返して作製された細菌、および、それを利用した結核に対するワクチンのこと(Wikiよりコピペ)、ではない。あれはBCGである。このワクチンを接種すると牛になるといわれたものだ。ご飯を食べてすぐ横になると牛になるともいわれた。何事も実証主義であるワタクシはどちらもやってみたが、生憎牛にはなれなかった。このことから先ほどの話は単なる俗説(ウソッパチ)であることが証明できる。ちなみにBCGワクチンの接種は、ツベルクリン反応で陰性であることが条件だったので、ツベルクリンの注射を受けた腕のあたりを必死にかきむしり、なんとかニセ陽性としてBCGを逃れようとするアホガキが昭和の時代は多かったが、そんなもの百戦錬磨の保健の先生に見破られ、頭を小突かれるのが関の山であった。

 で、BGであるが英語が苦手な諸君はヴェルベット・アンダーグラウンドの略では無いか、などと思うかもしれないが、残念(誰もそんな連想はしないか)。ビジネス・ガールの頭文字をとって「商売女」のことである。ゴルゴ13におそらく一番多く登場する女性の職業では無いか。日本では法律で禁止されているにも関わらず、巷にごろごろいる(らしい。僕はそのあたりの世界には疎いのでよく分かりません)。などと書くと真に受ける人がいるといけないので、正解を書いておく。OL(この言葉も死語に近いのかな)という言葉の前に働く女性、とりわけ事務系の女性を指す言葉として戦後(1941年に始まったやつだよ。湾岸戦争じゃないぞ)主に使われたが、本来はゴルゴ13的な意味の単語なのでOLに駆逐され、さらに今ではキャリア・ウーマンになり英語ばっかり使うと欧米かっと突っ込まれるのでお局様という呼び方もあるようだ(ウソ)。

 あ、もう一つ、BGありました。ビーチ・ガールズといって60年代のR&Rバンドで、「サーフィンUSSR」や「サーファー・ボーイ」、「グッド・ビブラフォーン」などのヒットを飛ばしたバンドです。メンバー間の確執で問題作「ベッドサウンドベッドサウンズ(なんかヤラシイな)」が過小評価された時代もあります。などとヨタを書くと、鳥肌音楽の管理人あたりからクレームが来そうなのでやめる。

 やっこさん、うーん、やっこさんね。たしか緑ヶ丘小学校にいた頃(いやー、ローカルだね)、劇で「やっこのたこ平」というのを見た記憶がある。どんな劇だったか、内容はすっかり忘れているのだが、主人公の「やっこのたこ平、お供はつらいよ」というセリフが何度も出て来て、その反復効果が笑いを醸し出すということだけは何故か覚えている。調べてみると児童劇に「やっこのたこ平」というのがあったがストーリーまでは書いてなかった。同じ頃にみた劇で「ベロだしチョンマ」というのがあって、こちらはなかなかに反権力の劇であったが主人公が磔になって最後は殺されるというのが重たかった。

 さすがにやっこさんで音楽モノはないか、と考えていたらありました。コネも何も無い一介の社員が、上司に恵まれ、権力闘争を上手くかわし、日和見主義、ノンポリなどと言われながらもハット気がついたら天下のハツシバの社長になってしまった暇工作じゃなかった島耕作とかいうマンガに出てきました。多分、モデルはウタダヒカルだと思うのだが、この島シャチョーがNYで関係した女性の子供が天才的なシンガーで、彼女の登場で島シャチョーの会社が倒産の危機を回避できるという、ま、ほんまエエカゲンにして欲しいわ、なんやこのご都合主義は、まるでマンガやないか、あ、ほんまもんのマンガやった、というような話があるのだが、その天才シンガーの名前がたしか「やっこ」だった、と思って調べてみたら「Nyacco」だった。読み方は「ニヤッコ」だろうから一概に間違いとは言い切れないと思う、って誰に言ってるんだ、オッサン。しかし、話は変わるがこの島耕作というマンガ、どうしたらこんなご都合主義的なマンガがかけるのか、一度追求しようと思っている。作者の弘兼憲史は若い頃はやたらヒューマンタッチのマンガばかり描いていたが、いつのまにかこの手の、つまり「Will」だとか「文春」だとか「正論」だとか、ま、その辺の本の愛読者が喜びそうな話ばかり描くようになりました。小林のよしりんと同じパターンですな。そういえば「加治隆介の議」などという政治マンガ(!)も描いておりましたな。このあたりは一度まとめて爆撃する予定ではある。いつになるか分からんが…。

 モボ・ボガとは懐かしい響きである。イメージするのはリザードとムーン・ライダーズだ。なんで東京ロッカーズやご長寿バンドが出てくるのだといわれそうだが、もちろん理由はある。リザードはセカンドアルバムの『BABYLON ROCKERS』に「エノケンみたいに歌うのさ、ロッパのように踊るのさ、カモンベービ、それが浅草」と歌っているし、なにより「月光価千金」も録音しているのだ。これはいいよ。是非聞いて欲しい。これはいくらYOU TUBE探しても出てくるはずないので、各自それぞれで探して聞いてください。それでムーン・ライダーズは、個人的に名盤だと確信している『モダーン・ミュージック』である。曲はずばり「モダーンラバーズ」。あ、「ビデオ・ボーイ」でもいいか。このあたりの微妙なセンスは省きます。

 で、面倒になってきたので端折るが、この一連の言葉を面白がっていろいろ調べていくうちに日本語俗語辞典で、面白い言葉を見つけた。「東国ばる」という言葉だ。意味は下記の通り。

東国ばるとは、宮崎に行くこと。
東国ばるの解説
東国ばるとはお笑いタレントであり、2009年現在宮崎県知事を勤めている東国原英夫の苗字:東国原(ひがしこくばる)をひらがなで終わらせ、動詞風にしたものである(「出しゃばる」との合成語という説もある)。東国原氏の特徴を動詞として使うもので、「宮崎に行く」、「忙しくても、いろんな場所に行く(顔を出す)」、「呼ばれもしないのに、どこにでも出てくる」など、複数の意味で使われる。


 あはは、呼ばれてもいないのにジミン党に擦り寄るという意味を加えてもいいかもしれない。で、お口直しに「トッポ」の歌をどうぞ。


ダイアン・バーチって知ってた?知らなきゃ是非注目!!

 もしかして、知らないのはオレだけだったりして、いや、そんなのナシにしような、な、な。と、取り乱したイントロであったが、いえね、今日家に帰ってのんびりmixi眺めていて、Goteauxssonさんが日記更新してるなと思ってお邪魔してみたら、とても素敵なシンガー・ソング・ライターのことが書いてあった。ダイアン・バーチという名前は、全く初めてでリンクしてあったMy Spaceのアドレスをクリックしたら驚いた。瞳のぱっちりしたお嬢さんがまっすぐこちらを見つめているではないか。お、可愛いな、好みのタイプ、などと軽口叩きながらそこにアップされていた音楽を聴いてみたら…。

 いや、驚いたの何の。とても魅力的な声に独特のキーボードタッチ、メロディはとても20代の女の子が作るようなものではなくて、ベテランのSSWが書きそうな、そう、「老成」という単語が思わず浮かぶ、そんなイメージ。デビュー・アルバムから6曲セレクトされていて、どの曲も見事なできばえ。21時過ぎから現在の23時まで何回繰り返して聞いたか。何度聞いても新鮮で、ここ最近経験したことの無い気持ちよさ。キャロル・キングやカーリー・サイモンなどに例えられてるようだが、僕が連想したのはリッキー・リー・ジョーンズ、「恋するチャック」を出したばかりの頃のリッキーのイメージだ。まあ、ごちゃごちゃ書くより、彼女の歌を聴いてもらったほうがいいだろう。こういうときのYOU TUBEはありがたい。まずは彼女自身のインタビューが入ってるアルバムタイトル「Bible Belt」を。



 マイクに向かって歌っているときに、手が空中のキーボードを弾いているというところが微笑ましい。この動画はちょっと歌が充分聞き取れなかったと思うので、次はじっくり歌を聴いて欲しい。「Nothing But A Miracle」です。



 YOU TUBEで検索するとまだ5月にデビューアルバムを出したばかりなのにかなりの数の動画がアップされている。2007年に本人が投稿したらしい動画もあった。



 ここではまだ習作という感じがするが、独特の個性はすでに芽生えている。すぐに輸入盤を購入しようと思ったが、8月に出る国内盤にはボートラが2曲入ってるらしいので、ここは待ちの一手だな。とにかくMy Spaceにアップされてる曲だけでも充分楽しめるのであと1ヶ月ちょっと、じっと我慢の子で、あ、いや、もう立派な大人というかオッサンですが。では、彼女のバンドのリハーサルっぽい動画だが、お気に入りの「Fools」を最後にお届けします。


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