この表現こそ愛だろ、愛

 今日は、更新せずに大人しく寝る心算だった。ところが今年の5.2以来、頑なに清志郎の死を認めない泉谷のHPを見ていたら、コラコラ放送局というページがあり、そこで泉谷が横浜のバリアフリー映画祭に参加して、身障者のためのライブをやった映像がアップされていた。選曲も素晴らしいし、ここでのコメントはちょっと感動モノです。清志郎、いい友達がいたんだな。リンクしておきます。是非ご覧下さい。7/1追記、再度リンク貼りました。かくたさん、ありがとう。

【VOL.13】バリアフリー映画祭&泉谷しげるライブ!<後編>
 後で調べた見たら、泉谷のサイトはリンクフリーではなかった。取り急ぎリンクを外したけれど、興味のある方は是非検索してご覧になってください。しかし、リンクフリーにしてくれてもいいようなものだが…。サイト名は「SHIGERU IZUMIYA OFFICIAL SITE "IZ"」です。
スポンサーサイト

ごめん、書きたいことは沢山あったけど、つい その2

 だからいっただろ。だいたい日曜日の、それも天気の悪い日曜日の午後3時過ぎにイ○ンなんかに行くのが大きな間違いなんだって。いえね、昨日書いたエントリーの続きなんですが、あれからバカ娘連れてイ○ンに行ったら、まあ車の多いこと、多いこと。僕は屋上の駐車場が好きなので「満車」のサインもなんのその、すいすい屋上に上ったら、あたり一面車の海。駐車スペースではないところにも、車が突っ込んであって、かれこれ10分近くうろうろしたが空いてない。仕方なく下に降りて、建物周囲で駐車場の空きを探すがこちらもでんでんだめ。おっ、空いてたと思うと、すぐ前にハザードつけた車が待機しているとか、あれれと思う間もなく頭から突っ込んでくる車ばかりでとてもじゃないが停められない。しょうがないので子供だけ降ろして、僕は少し離れた駐車場まで車を置きに行った。結局、駐車場の空いてるところを見つけるのに30分はかかってしまった。

 途中、頭にきて子供にもう帰るからどこか目立つ出口に来るようメールしたが、シカメされた(シカメってご存知かな、お父さん方。シカトメールのことだぜ、って子供から教わった流行語を偉そうに使う僕って何?)。それから車を置けたので、電話してみたらようやく連絡がついて、結局タ○レコで待ち合わせることにした。で、そのショッピングモールに入って、これまたビックリ。一体、宮崎のどこにこれだけの人間がいたのか、といいたくなるくらいの人の数。冗談抜きで酸素が薄くて、呼吸が苦しかった(ま、多分に気のせいですが)。各テナントの売り子さんたちもタイムバーゲンとやらで、やたら10%オフを連発して、単なる10%オフじゃなくて値引き価格のさらに10%オフですよ、などと必要以上に叫びまわる。いい加減頭がくらくらした。で、タ○レコに着いたが、子供は買い物を済ませていて疲れていたので、あまりCDを見て回る余裕もなく、何故かウェストロード・ブルース・バンドのコーナーにあった有山じゅんじと上田正樹の「ぼちぼちいこか‘08」を購入。Yahooの動画でPVを見ただけで買ったつもりになっていたミニアルバムだ。

 できれば後1時間くらいはCDやDVDを眺めていたかったが、今回一緒に買い物に出てこなかった下の子から、古本屋で「ひぐらしのなく頃に」の未読本を買って来いとのメールが届いたと上の子がいうので、しぶしぶイ○ンを出た。その後実家に顔を出して、帰り道ブコフに寄った。その間に先日のエントリーにコメントが何通か届いて、特に藤沢周平については心ある皆さんから「さっさと読め」「読んで感想を書け」「読んでもいないのにネタにするな」という無言のプレッシャーを感じて、これはとりあえず1冊買わねばの娘となったのだ。

 しかし、ブコフに行ったら行ったで、やっぱり買いたい本や読みたい本も沢山あって、それらを無原則に購入していると、当然僕の経済力ではすぐ破綻してしまい、そうなったからといって緊急支援してもらえる当てもなく、やはり計画経済が一番、贅沢は我慢のコルホーズとか無駄は出すまい人民公社などといったデッチアゲスローガンで自らを慰めるのであった。で、結局、藤沢周平の「天保悪党伝」と新井素子&吾妻ひでおの「ひでおと素子の愛の交換日記」を購入。特に後者の、日本SF界における偉大な影響を知りもしないバカ娘は父がなにやらヤラシイ系の文庫を買ったのではないかと疑惑のマナザシで、あろうことか晩飯のときに配偶者にチクリやがって、僕は大慌てで本の説明をするというありさまであった。しかし、ちょっと気になったのは2冊とも文庫本なんだけど、本に癖が全然ついていない。いわゆる「万引き本」ではないかと思うと、ちょっと気が重かった。

 で、疲れ果てて家に帰ると、配偶者が「今日はお昼を作ったからもう何も作りません」とサボタージュ宣言をぶち上げてきた。相手の体調が良くないのは知ってるので、まあしょうがないオレが作るか、と思ったがよくよく考えたら昼ごはんは明星チャルメラに野菜炒めを乗せたお手軽メニューだったことを思い出し、そこを追求すると男の癖に器が小さいと子供2人から怒られた。結局、実家からゴーヤをもらっていたので、ゴーヤチャンプルーを作ることにした。で、思ったよりも美味しく出来たので、バクバク食べているうちにおなかが一杯になり、ちょっとだけ横になるつもりが気がついたら爆睡してしまい、日曜日が終わったのだ。

 と、ここまで書いてきて、何か忘れていることに気がついた。そうそう、昨日、意外な反応のあった「昼のいこい」ですが、結構皆さんきいてらっしゃるんですね。僕が土曜日聞いた「暮らしの文芸」は、「夏を感じるとき」というちょっと見は、なにやらヤラシイ系の小説のタイトルじゃないかと思わせるようなものでしたが、そこは天下のNHK、通信員の方も良識ある方でした。表現はもう、それほどはっきり覚えてないのだが、要するに「みなさんはどんなときに夏を感じますか。私はミントアイスが売りに出されると『ああ、夏だな』と思います。今年も近くのスーパーでミントアイスが並んでいました。早速買って夏を実感しました」というようなものでした。しょーもない話だ、と思いながらも、そういえばタモリの1枚目のアルバムに入っていた「お昼のいこい」にほとんどおんなじ話があったなと思い、こういうのもいいのかなと思い直したりもしたのだった。

 で、実はこの後に例の東国原知事の国政への日和というテーマで、いろいろ批判を書くつもりだったのだが、もういい加減嫌になってきたので辞めます。しかし、東君よ、なんで自民党だ!!お前無党派やっていうとったがな。国政どうせ出るなら、社民党あたりから出てやれや。福島党首はオレの高校の先輩や、つまり同県人やぞ。ちなみに土井のおたかはんは大学の先輩や。ま、こっちは宮崎と関係ないけど。なんだか書くのも億劫になってきたので中止。とりあえず、次回はもっと楽しい音楽の話でも書こうっと。で、最後の動画はオマケ。



ごめん、書きたいことは沢山あったけど、つい その1

 早いもので6月ももうすぐ終わりになる。先週は忙しさを口実に更新をずっとサボっていた。いや、エントリーのネタは結構あって、自分自身に送ったメールを見ると「藤沢周平と雨月物語」だとか「適応障害で鬱の元教師」だとか「昼のいこい~ふるさと通信員」などのタイトルがある。これだけ見ると一体なんのことだと思われるかもしれないが、本人にはふかーい意味があるのだ(当たり前だ。自分に意味の無いメールを送ってどうする)。最初の「藤沢周平と雨月物語」というのは、mixi仲間のGoteauxssonさんとのメールのやり取りで『最近面白い小説を読んでいない』と書いたら、『それなら藤沢周平がお勧めです』と返事を頂いた。そのことが頭のどこかに残っていて、週初めの仕事帰りに本屋に寄ったら<藤沢周平、雨月物語>という文字列が目に飛び込んできた。

 雨月物語といえば上田秋成の代表作だし、時代物が得意だといわれる藤沢周平が彼なりにアレンジした小説だろうと思って、立ち読みした。何かおかしい。ステージはラブホだし、設定は現代だ。どうもおかしいな、なんか変だなと思いながら改めて表紙を見た。そこには「雨月 藤沢周」と書いてあった。このヤロウ!紛らわしい名前付けるな!それも本の題名もペンネームも、どっちも本家本元がおるやないか!!JAROにいうたるぞ!!と心の中で叫びながら、しかし、これどう考えても拙者の早とちりというか思い込みの間違いである。この手の間違いを僕はよく犯す。視野が狭いと小さい頃からよく言われた。しかし、言わせてもらうと子供の頃からのしつけのおかげでこうなったのである。九州の田舎に生まれた関係で姿勢や行儀ということは結構厳しく教えられた。まず、歩くときは背筋をちゃんと伸ばしてまっすぐ前を見て歩け、きょろきょろよそ見するな。人生においても浮気やよそ見をせず、真実一路まっすぐ生きろと教え込まれたのだ。

 したがって僕の歩く姿勢は大変良い。背はまっすぐピンと伸ばしている。視線はまっすぐ1点を常に見つめている。一点突破全面展開という言葉を人間の姿にしたら、僕にかなうものはいないだろう。あ、一人いたな。ロシアのピアニストのブーニンだ。彼の歩く姿によく似ているといわれたことがある。おかげさまでよそ見はしないようになったが、余裕を持ってあたりを見回すということも出来ないようになった。歩くときは目標に向かって最短距離、視線はまっすぐ、これが僕の人生だったはずだ。どこでどう間違えたかは分からないが…。

 話が暗くなってきたので、次の話題に移る。「適応障害で鬱の元教師」というやつだ。これは毎度おなじみ「テレホン人生相談」に登場してきた相談者の話。その日はちょっとした距離を車で移動する仕事があって、山越えの電波の入りにくい道だったがついいつもの習慣でラジオのスイッチを入れたら、いきなり「38歳の元教師です。適応障害で欝になり、仕事を辞めて現在求職活動中です。妻は37歳、動脈瘤を持っていてパートの仕事をしています。子供は…」となにやらへヴィーな状況説明が始まった。パーソナリティは加藤先生だ。こりゃ凄いことになりそうだと思わず聞き耳を立てた。相談者は教師を辞めて現在100社以上の面接に行って未だに仕事が決まらない。家事の手伝いをしているが、やれトイレの電気が点けっぱなしだとか、残飯の出し方が悪いとか細かなことを妻から言われ続け、もうどうにも我慢できないので離婚したい、しかしながら妻は動脈瘤を持っていていつ破裂するか分からないので子供は自分が引き取るべきだが、かといって生活ができるかどうか悩んでるという話だったと思う(雑音が結構ひどくて途中聞き取れないところもあったので事実誤認の箇所があるかもしれない)。

 加藤先生は例によって、『慌てて結論を出す前に、もう少し他の方法がないか考えて見ましょう』などといって相談者を落着かせた。そしてこの相談者が理想に燃えた教師であったが、現実の教員生活の中で理想と現実のギャップに悩みついには適応障害を起して、鬱病になったという話を導き出した。そして、例によって名言が出るのだ。『あなたね、とても理想家で、仰ることは確かに正しいんですよ。でもね、イデオロギーでは生きる力はでないんです。正論では生きる意欲は出ないんです』。うーん、そうだったのか。僕がこのところどうも元気が出ないのはそのせいだったのか。けだし名言だなぁ、などと思っていると加藤先生さらに暴走していく。『あなたは融通が利かないんです。回りから視野が狭いといわれたことはありませんか。小ズルク生きる小市民の何が悪いんですか。生活の知恵ですよ。ちょっとしたズルとか悪さというのは。それを正論で否定し続けたらあなたはもう救われませんよ』。えーと、ここまでいったかどうかは自信は無いが、小市民云々のところは間違いない。このパターンはマドモアゼル・愛先生が回答者で最後は泣きのパターンだなと予想したら、備後であった。いやBINGOであった。

 相談者にいかに自分が理想主義者で現実に目を向けない、いわばドン・キホーテだったかを延々と説明し、もちろん涙もあり、笑いもありの回答をもらい、相談者は最初に聞いた声とは打って変わって明るい声になり「分かりました。これからは一小市民として小ズルク、生活のためを最優先させて生きていきます」と答えた。恒例の加藤先生の締めのお言葉は「劣等感と敵意は悪循環します」であった。いやー、この相談を聞いている間中、頭の中はクラッシュのファーストのB面が頭の中を鳴り響いていた。つまり「Career Opportunities」であり、「Cheat」であり「Protex Blue」である。

 というようなラジオネタが次も続きます。「昼のいこい~ふるさと通信員」なんですが、これは土曜日の昼過ぎに車のFMで聞いたことがきっかけになっている。NHKのラジオ番組で「昼のいこい」という長寿番組がある。どれくらい長寿かというと1952年からの放送だというから凄い。「もはや戦後ではない」といわれる前の時代からというか、朝鮮戦争から2年後の放送開始だ(いや、たとえにあまり意味は無いような気がするが)。その「昼のいこい」はAMでやっているものと思い込んでいたが、なんと2006年からはFMでも同時放送していたのである。知らなかったな。あの例の悠久の大地を思わせるメロディとともに無感情なアナウンサーの話し声が聞こえてきた。あちこちの農林水産通信員が毒にも薬にもならない投稿をしているのだろうと、ぼんやり聞いていたら、○○ふるさと通信員などと話している。あれ農林水産通信員という呼び名はどうなったんだろうと気になり、家に帰って調べてみたら2006年9月30日までは使われていたが、それ以降はふるさと通信員になったらしい。そのあたりの分析はこのblogに書かれているので、興味のある方はどうぞ。

 と、ここまで書いてきたら、我が家のバカ娘たちがイ○ンに買い物に連れて行けというので、続きはまた改めてアップします。


小ネタです。しかし、これ書いた人相当恥ずかしいぞ。

 今日は終日、梅雨の雨も激しく、我が地元の知事もなにやらジミン党から選挙に出ないか、総裁になれれば、いやマニュフェストがどうしたらこうしたら、などと一日賑やかな日であった。こういうときは心穏やかに、本でも読もうと思い、ナニゲニ古本市場のHPを開いていたら、面白いものを見つけた。以下、コピペする。

諸説熱海殺人事件
著者名:つかこうへい

--------------------------------------------------------------------------------

標準価格: 231円 (税込)
販売価格: 105円 (税込) ⇒3pt
在庫状況: × 在庫なし  


--------------------------------------------------------------------------------

出版社:角川書店
発行年月:1976年03月
ISBN-13:9785142201096 / ISBN-10:5142201094
サイズ:文庫


--------------------------------------------------------------------------------
 うーん、どう考えても在庫は無いだろうし、もしあれば105円などとけちなことを言わず、1050円でも買ってやる。ま、熱海殺人事件の本当の犯人は誰かということには諸説紛々ありますけどね。

はあ、何ですかぁ??

車で移動中、FMのスイッチをいれたらエレカシの宮本のインタビュー番組をやっていた。その中でインタビュアーの女性が発した言葉。

「つまりこのアルバムはリュウトウテツビ、曲順にこだわったということですね!」

こだわるなら言葉にこだわれ。それをいうなら「徹頭徹尾」だろ。「ダビ竜頭」が付くのはと来れば「竜頭蛇尾」じゃ!

遅れに遅れた日曜日記

 この前、苦し紛れにアップした2行エントリーに思いもつかぬコメントが殺到(悪いな、オレッちのblogでのコメントの数え方は1つ、2つ、3つ、あとは沢山という数え方なのさ)してやや驚いております。漢字の読み間違いというか、変わった姓の読み方がテーマになってしまったのだが、本日、急に思い出したユニークなお名前を披露したい。これはサークルの1年先輩(つまりK平さんと同学年)のT原さんから聞いた実在する人物の氏名なのだが「さららひでまろ」というやんごとないお名前。確か漢字では「皿良」+「秀麿」と書くのではなかったか。いや僕も直接お目にかかったことなどなく、T原さんが「オレが今まで知った人間で一番物凄い名前だと思ったやつ」という話にいたく感心して覚えていた。いや正確にいうと覚えていたことを想い出した、という話だ。なんだか回りくどいな。

 さて、その先日のエントリーに写真をアップした東海林さだおの文庫本の背表紙だが、実はあれは延岡市の新古書店のものである。あ、いやあそこはすでに日向市に入るのか、つまりいつもの宮崎市内ではないということだ。何でまたそんなところの写真をアップしたかと言うと、これまた毎度毎度の親バカシリーズというか、子供の合唱のイベントの応援に行ったからだ。

 先週の初めくらいだったか、合唱部に入った下の子が次の日曜日に合唱祭が延岡であるといってきた。せっかくなので応援に行くかと配偶者と話し合って、車だと翌日に疲れが残るから電車で行こう、たまにはのんびり車窓の景色を眺めるのもいいのではないかと盛り上がってしまった。実家の母や延岡の叔母などにも声をかけたのだが、このところの暑さで参っていてのってこない。しょうがないから上の子と3人で行くかと話していたら、上の子も「何故私がバカ妹のために貴重な休日を無駄にしなくてはいけないのか」という、まあ今更反抗期つってもはやらねーぞとでもいいたくなるような口実でキャンセルされた。仕方ないから配偶者と二人で行くことにしたのだが、その前日に、やはり僕と非和解的存在である配偶者との間にバトルが生じた。

 前日にネットで会場の場所を調べて、ついでに電車の時間と料金も調べた。各駅停車で行くと片道1600円、特急だと自由席で2520円であった。その金額を聞いた途端、配偶者は「くるま、車で行こう」と言い出した。各駅停車なら往復3200円、二人で6400円ではないか、せっかくなのでのんびり電車で行こうといったのだが、聞く耳を持たない。僕がさらに電車での旅(というほどのものではないが、気分はもう旅だったのよ)の楽しさをプッシュすると「なんいよっとね、あんたは。6400円といったら、もうほとんど1万円じゃが。どこにそんなお金があるとね」と切れた。僕は、いや、君の名義の銀行口座にお金があるのは知ってるぞ、とか郵便局にこっそり作った通帳があるのをオレが知らないとでも思っているのか、とか最近また何やら怪しげな保険に加入しているが我が家に青酸カリはないだろうな、などの真実の追究をしなかったのはひとえに僕の我慢強さのおかげだと思っている。艱難汝を珠にす、今まで人生でナン十回も何百回も呟いた座右のメイを心の中で寂しく呟いたのであった。

 結局、車で行くことにしたのだが土曜日に車検に出したら仕上がらなくて、いつもの車ではなく代車の軽自動車で行った。最初はシフトレバーがハンドルの左側にあるのと、サイドブレーキがフットブレーキであるのにやや戸惑ったが、慣れると結構快適なドライブであった。車中ではアマゾンで入手したばかりのシマブクレコードのCDを流したり、70年代80年代のベスト盤を流したりしたので、気分もじょうじょうだった。朝9時半に出発して途中お昼を食べて、会場には12時過ぎに到着した。

 会場は結構立派なホールで、その日は宮崎県合唱祭一色であちこちに中学生や高校生、中には大学生や社会人の合唱グループの人がいた。緑のTシャツを着たスタッフが「大分プログラムが押してる」などといってたので、ほう、ここのプログラムには手があるのか、押して困るなら引いたらどうだ、などと配偶者に話しかけたがスルーされた。流石に僕の性格をよく掴んでいる。こんなことに反応したら図に乗って話が終わらないとでも思ったのだろう。不愉快である。ま、それはさておきプログラムを開いてみると、我が子の出るのはプログラム終了間際たしか36,7番で今この時間やってるのは15番だという。一応ちらっとホールに入って雰囲気を味わったが、とてもじゃないがこれから3時間以上も合唱など聞いていられない。とりあえず町に戻って2時間くらい時間をつぶして午後3時くらいに来たらいいのではないかと判断した。

 親戚の家に行って、昼寝をさせてもらおうかとも思ったが行ったら行ったで、相手も気を使うだろうしこちらものんびり寝ているわけにも行かないだろう。どうするか考えていたら、配偶者が珍しくブック○フかどこかで安い古本を買って、ガ○トのドリンクバーに行こうと言い出した。全然異議は無いので、すぐ車を走らせて新古書店に行った。本○フルというところだ。「ほんだ○け」に名前も外装もよく似たところだ。以前、ビートルズのブートレッグを手に入れたこともある、結構気に入ってるお店でもある。中に入って30分くらい探したが、安くて2時間くらいで読めて面白いものという条件になかなか合うものがなくて、結局「戦場のメリークリスマス 原作版 影の獄にて」なる本を100円で横山光輝の「風盗伝」を300円で買った。配偶者は今話題の村上春樹の文庫本を買ったようだった。

 それからガ○トに行ったが、日曜の午後でお客さんが一杯、名前を書いて待ってる人も結構いたのでパス。町の中で喫茶店を探したが、なんと、かって延岡の中心部、繁華街だったところは軒並みシャッター下ろして営業しているお店が無い。いや、これ誇張でもなんでもなくて、本当にゴーストタウンみたいで衝撃だった。こりゃほんとに「どげんかせんといかん」ぞ。結局、ジャ○コのフードコーナーに行って、美味しいのだか不味いのだかよく分からないアイスコーヒーを飲みながら読書にふけった。マンガを読み終えて時計を見たら3時が近かった。配偶者を促して車に戻り、再度会場に向かった。イベントは終盤に近づいていて、発表を終えた生徒達や父兄で賑やかだった。ホールに入ると1階側の席はほぼ満席だったので2階の入り口あたりの席に座った。結構ステージ全体が見渡せるいい席だった。

 何組か合唱のグループが登場した。学校の部活でやってるところもあれば、社会人のサークルもあった。「アヴェマリア」は何回聞かされただろうか。もちろん、中には「島唄」や「ポニョ」などをレパートリーにしているコーラスグループもあり、それなりにコスチュームやオープニングのトークを工夫しているところもあった。もっとも僕は疲れから、居眠りしてしまい、しかも結構な寝息を立てたらしく、配偶者からエルボーを何度か食らった。エルボーといえば2代目タイガーの三沢も亡くなった。合掌。

 ようやくうちのバカ娘の合唱部の番が来た。親のひいき目もあるが、それなりに実績と歴史のあるクラブだけに、ハーモニーは見事であった。しかも歌の途中からいきなり手拍子、足拍子が入ってリズミカルになるなど演出も工夫されていた。3曲歌って終わり、それと同時に僕たちもホールを出た。ステージから遠かったので僕たちが応援に来ているのは分からなかっただろうなと考えていたら、歌い終えたばかりの合唱部員がぞろぞろ出てきた。最後のほうに我が家のバカ娘もいた。こちらの視線に気がついたようで、手を振ったら振りかえしてきた。席を外していた配偶者が戻ってきたので、うちの子がいるのを教えたら、今度はバカ娘が必死になって首を横に振っている。なるほど、お父さんは好きだけどお母さんは嫌いだということだな、と自分に都合よく解釈していい気分で車に戻り一路帰途についた。

 それからひたすら走り、帰り道に楽しみにしていたドライブインの焼き竹輪が売り切れていたことも気にせず、一年前に買って食べたとうもろこしの美味しさが忘れられずにJAのお店に寄ったけど、ぱっとしたものはなくておまけに惣菜のトンカツを買ったら肉の部分が赤くて、いったいどうなっとんのじゃ、ワレ、などという暴言も吐かず、ひたすら運転して帰った。帰ったらもう疲労困憊で、すぐダウン。そしてその疲れは翌日、翌々日まで続いたのであった。

 そうそう、それで今何故か「戦メリ」の原作本を読んでいるのだが、裏表紙に最初に買ったと思われる人のサインがしてあった。こんなのいいよな。いったいどんな人だったんだろう。髪が長くて憂いを含んだ綺麗なおねーさんだったんだろうな、などと考える人間に生産的なやつはいません。これは真実です。

漢字の読めない古本屋

20090614171000
と、とうかいりん?

ありがちなミスですが、横の戸井十月が泣くぞ。わかりにくい方は、クリックして拡大してね!

おい、ちょっと待てや、誰か忘れちゃいませんか?

 今剛がセカンド・アルバムをリリースした。今日届いたHMVのメルマガで知った。ちょっと引用する。

日本のギター神が29年ぶりにソロ作を2009年6月5日 (金)

日本の音楽シーンに欠かせない名ギタリスト、今剛が29年ぶりにリーダー作をリリース。多くを魅了する神業的ギターを!
井上陽水、寺尾聰、松任谷由実、かまやつひろし、松田聖子、今井美樹、宇多田ヒカル、中島みゆき、角松敏生、矢沢永吉、渡辺美里、布袋寅泰etc…

名だたる日本を代表するアーチスト、そしてヒット曲において、彼のギターが存在します。つまり日本のポップス・サウンドを、ギターで歴史を刻んできたという、今剛は誰もが認める日本を代表するギタリスト。

そんなスタジオ、ライヴ・ワークと共に、彼はフュージョン・シーンにおいても「パラシュート」というスタジオ系プレイヤー達による伝説のグループに在籍し、松原正樹との2トップ・ギターでグループのフロントとして牽引しました。

'05年、寺尾聰「Reflections」にも参加していた彼は、リユニオン企画「Re-Cool Reflections」にも名を連ね話題になったのも記憶に新しいところです。


 分かった、よく分かった。しかし僕は声を大にしていいたい。パンタはどうした!!パンタ&HALはどうした。今剛にとっては、パンタ&HALの頃はハマショーの愛奴時代と同じだというのか。ハマショーのシングル「風を感じて」と同じように歴史のゴミ箱に放逐しようというのか!!許さんぞ、今!!誰のおかげでここまで来れた!!!などと、怒り狂ったが、まあ、今に罪は無いだろう。しかしパラシュート時代も良かったが、僕にとっての今剛のギターは「マラッカ」なのだ。そういえば、パンタ&HALのレコードを見ていたS戸君が「おい、パンタのバンドに相撲取りが入ったんか」と聞いてきたので、「んな、アホな」と答えたら、「なんやこの『こんごう』いうのは、相撲取りと違うんか」と言ったのは懐かしい思い出である。

 ということで、今日の懐かしい1曲はハマショーの消された歴史、幻のカップラーメンのCM曲である、この歌をどうぞ。



 そういえば、地元のライブハウスでギター弾いてた兄ちゃんたちに「風をあつめて」をリクエストしたらこの曲を歌い始めたことがあったな。あれは20年以上前の話か…。せっかくなので、パラシュートの映像もアップする。しかし、当たり前であるがメンバー全員若い。それと司会をしている男は、あれ、もしかして…。



アリバイ日記

 このところすっかり油断して、blogの更新をサボっているうちに梅雨に入ってしまった。もっとも今日も午前中は雨がぱらついたものの、午後からは見事に晴れ上がり「太陽ギラギラ、ビルの谷間」(by エレカシ)という1日だった。もっともまだ本格的な夏になっていないので、空の青さも太陽の照りつけもやや弱気な感じだった。それでも今月一杯は雨が降る日が続いて、多分7月に入ると一気に真夏がやってくるのだろう。1年で一番嫌いな季節がやってくる。ああやだやだ。また巷にアホがうようよする夏がやって来るんだ。そういうことを考えているせいか、今週はずっと頭が痛い。偏頭痛というのでもなく、頭重感というのか、頭が痛重い感じが取れないのだ。

 最初は熱があるのかと思った。こう見えても僕は意外と健康に気を使っていて、毎朝起きたら血圧を測り、薬を飲むという習慣がかれこれ5年以上は続いている。血圧を測っていると1週間の気持ちの変動がよく分かる。飲み会の翌日とか月曜日になると一気に血圧と脈が上るのだ。今週の月曜もそうだったので、あまり気にせずいたのだが、どうも体を動かすとかっかかっかする。心なしか喉も痛い。風邪かな、と思ったが気にせず会社に行ったら今度はやたら咳が出て、たんがからむ。1日3箱のタバコを吸っていた頃は、こんなものではなく朝起きて歯を磨くとまず嘔吐感。一息ついて通勤の車に乗ろうとすると咳き込む。それも半端な咳き込み方ではない。何しろ、僕の姿が見えなくても咳の声というのか咳の仕方で僕だとすぐ分かると家族にも、当時の会社の連中にもよく言われた。ゴホガハゴホ、ンー、ケンケンというような独特の咳をしていたらしい。

 幸か不幸かタバコを止めてからは咳やタンに悩まされることはなくなったが、月曜日の咳き込み方はまるでニコチン中毒時代を彷彿とさせるようだった。それでも、仕事が始まりビンボー暇無し、働けど働けど我が暮らし楽にならず、砂山で拾ったピストル撃ちまくったろか的稼働状況のなかいつの間にか咳は止まっていた。なんだ、気のせいか、病は気からというし、イッツオーライだぜ、などと高をくくっていたらその晩から頭痛だ。痛くてたまらないという感じではないが、ズーンと響く痛さで本を読んでも音楽を聴いても集中できない。ましてPCの画面を見ていると、目がちらつく。配偶者にその話をしたら、「お父さん、肩が凝ってるからよ」と予想外なことを言われた。

 「肩?肩なんか凝ってねーよ」と答えたが、敵は委細構わず勝手に人の肩にさわってくる。「ほら、こんなに筋が凝ってるよ。肩こりから頭痛は来るんです」などと断定した。しかし、僕はある期間を除いて肩こりなど経験したことが無い。ある期間というのは、かれこれ10年ほど前だろうか、突然右腕が上に上らなくなった。野球のオーバースローをしようとしてもサイドスローがいいところなのだ。本人の意識としては選手宣誓みたいに、右手をまっすぐ挙げているつもりなのだが、鏡に映る姿をみるとナナメ45度くらいにしかなってないのだ。あ、ナナメ45度といっても今ブームのお笑いコンビでは無いのは当然である。右肩の異常に気がついて、手をまっすぐ挙げようとしたら激痛が走った。今までに体験したことの無いような痛みだった。最初は筋肉痛というか、何か重たいものでも持った後遺症かと思ったが、全然身に覚えが無い。大体が箸より重たいものは持ちたくない性格だ。金と力はないが、だからといって色男ではないという「逆は必ずしも真ならず」を地で行く僕だ。全然、わけが分からずこのときも配偶者に聞いたら「四十肩っ」と嬉しそうにいわれた。

 大変不愉快ではあったが、確かに四十は過ぎていたので「そうかもしれない」と心の中で思った。もっともそんなものを認めた日には、一気にいろんな悪いところが体から出てくるかもしれないと考えて、これはタダ単に腕がストライキを起しているのだと考えるようにした。お前らがストでくるなら、こっちはロックアウトじゃ、と何故か怒り心頭に発してその日からしばらく右腕を挙げることはしないようにした。勝手は悪いが、赤旗振ってスト決行中とやってる右腕に頭を下げるのはむかつくので、バカ野郎、右手がなくても左手があらぁ、オラァ昔からレフトが好きなんじゃと左手だけを使っていたら、いつの間にか痛みもなくなり、あれほど挙がらなかった腕もまっすぐ挙がるようになった。四十肩は一体どこに消えたのか。未だに謎である。

 で、今回は五十肩などといわれてもゼッタイ認めないと思っていたが、そういう単語が飛び交うこともなく、ただ年齢を重ねると筋肉が疲れやすくなり知らないうちに凝っていき、血の巡りが悪くなるとかなんとかいわれ、ピップエレキバンを貼るといいなどと言い出した。この前の懐かしい70年代CMで会長が一言いってたやつだ。自分で肩の筋を触ってみると確かに硬くなっていたので、ものは試しで貼ってみた。今日で3日くらい貼りっぱなしだが、効いているのかよく分からない。確かに頭の重い感じは多少は軽くなった気がする。しかし気分爽快というには程遠い感じではある。ああ、やだやだ、こうやってだんだんジジィになっていくのか。「When I’m 64」なんて遠い将来じゃないぞ。ということで、今日はキース・ムーンが歌うビートルズナンバーで終わりです。「第2次世界大戦」なんていうタイトルでいろんなミュージシャンがビートルズナンバーを演奏したアルバムというか、あれは映画のサントラだったのかな。僕も輸入盤で持っていて、キース・ムーンのそれとブライアン・フェリーの「She’s leaving home」がお気に入りだったことを思い出した一日でした。



ヤングな僕のぽっぷす・なう その4

 先日「鳥肌音楽」で、渋谷陽一のことを取り上げていて、珍しくsugarmountain君が怒っていたのでなだめておいた。先輩の気配りである。そのときにチェックした情報でロッキング・オン社が清志郎の追悼号を出すとのことで、昨日、本屋に寄ったら1冊置いてあったので買った。清志郎が過去に受けたインタビューの再録で、半分は既読だったが後半部分は初めてだったので結構興味深く読めた。写真もなかなかいいものが多かった。しかし、まえがきに渋谷“ザ日経”陽一氏の「清志郎が教えてくれた自明の事」という文章の中でちょっと気になるところがあった。もちろん、清志郎を何度もインタビューして、しかも同年代だということで渋谷氏の思いや考えが反映された文章で、それについてどうこう言う気はないが、かってロッキング・オンをそれなりに愛読してきた人間としてちょっと言っておきたいことがあるのだ。

 もともとロッキング・オンは『ロックファンによるロック専門誌』をうたい文句としていたはずだ(『21世紀の精神異常雑誌』なんてコピーもあったが、いつの間にか消えてしまったけど)。取り上げるアーティストはそれなりに先鋭的な、いわゆる小理屈の好きそうなミュージシャンが多かった(このあたり反感買うかな、ま、でも実際そうだもんな)。今でも覚えているエピソードはディランが来日した78年の編集後記かなにかに「ボ」と1文字書いてあって、一体なんだと思っていたら「ディランが来日したのに本誌では何も触れてないので、ボブ・ディランの『ボ』の字に触れておいた」みたいなことが書いてあった。あ、あれは渋谷氏ではなく橘川氏だったか。

 まあ、そういう雑誌だったので日本のロックミュージシャンは松村雄策を除いて(正確にはバンド、イターナウ)登場することがなかった。ましてや雑誌の表紙に取り上げられることはなかったのだが、清志郎とチャボが81年に登場して、以来頻繁に取り上げられることになった。もっとも、それ以外の例えばパンタであったり、めんたんぴんであったり、センチメンタル・シティ・ロマンスであったり70年半ばに商業的には苦しい中、日本独自のロックを展開しようとしていた連中の記事など、少なくとも僕は全く読んだ記憶が無い。あ、後年東京ロッカーズはちょっと記事になったかな。

 少し話が見えなくなってきたが、僕が気になった渋谷氏の文はこういうものだ。『清志郎には多くの事が自明の事だった。…日本のロックは日本語で歌われるべきである。そんな事は自明の事だ。しかし当時は、大マジに日本語のロックは可能なのか、という議論が当たり前のように行われていた。30年経過すれば明らかになる事を、彼は当時から分かっていた』

 ええと、ひいきの引き倒しという言葉がありますが、どうもそれじゃないかな。勿論、清志郎のあの独特の歌詞、言語感覚の素晴らしさは十分認識しているつもりなのだが、少なくともRCがロックの衣装をまとい、シーンに再登場してきた80年にはロックにおける日本語論争なんてなかった。日本語はロックにならない、などという議論(?)は、あのユーヤさんがニュー・ミュージック・マガジンでFTBとか頑張ってるのになんでURC(ウラワ・ロックンロール・センターではない)の連中だけが評価されるのか、というやや逆恨み的な発言をきっかけに70年代初頭におこった、ま、いわばコップの中の嵐だ。

 そのほかにも『“ぼくの好きな先生”というテーマでディープなロックを歌う』というところや『“君が代”はロックになる、それも自明の事だったのである』とか、うーん、どうなんでしょう(ここいわゆるひとつのチョーサン主義者的に発音してください)と思うところもあるのだが、今回のエントリーは渋谷社長批判が目的では無いのでやめる。あ、お断りしておきますが、ロッキング・オンの果たしてきた役割、70年代における渋谷陽一の評論など僕は評価しています。「日本ロック雑誌クロニクル」という本を以前購入し、それ以来一度日本のロック雑誌についてきちんと書いてみようと思ってずるずるになっていますが、近い将来、ちゃんと書くつもりです。ま、予定は未定ですが。

 で、その清志郎追悼の雑誌と今日のエントリーがどのようにシンクロするかというと、アルバム「COVERS」を発売直後のインタビューが載っていて、その中に「バラバラ」という曲はチャボが選んだという部分を読んで、何か頭にひっかかるものがあったのだ。♪マベビベビバラバラ、マベビベビバラバラ~という意味の無いフレーズが延々と続く「バラバラ」だが、どっかで別の曲とシンクロする、あれは一体なんだ…。あ、想い出した!!「スィングスィングバルバラ」だっ!!ということで映像をどうぞ。



 いやー、一体全体どうしてこんな曲がヒットしたのか、よく分かりませんが一頃ラジオで狂ったようにかかっていました。しかし、その後ぱったりと聞かなくなりました。こういういわゆる一発屋というのはヒットポップスの世界には数限りいますな。K平さんのリクエストもあったクリスティの「イエロー・リバー」もその中の1つですね。



 いやー、プロモーションビデオが出ていたとは知りませんでした。てっきりあのモノクロっていうかややくすんだ感じのレコードジャケットを貼り付けた、音楽のみの動画だと思っていたら、こういうしっかりした映像があったんですね。クリスティといえば「アクロイド殺し」や「そして誰もいなくなった」とか「ABC殺人事件」など数多くのヒットを飛ばした女流作家ですが、ってそりゃアガサ・クリスティだろっての。ほら、スタン・ケントンのピアノをバックにしっとりバラードを歌い上げたって、そりゃジューン・クリスティだろって。…えーと誰も止めてくれないので自制します。ま、このヒットポップスにおける一発屋は改めて特集できるくらいいますな。ゼーガーとエバンスの「西暦2525年」なんてのもあったっけ。

 で、続いてお送りするのは逆にヒット曲は一杯あるのに何故か我がポンニチではぱっとしなかったというか、本国ほどの評価を得られなかった人。そうです、ニールです。ニールといってもヤングじゃない(ベンベン)、もちろんセダカでもない(ベンベン)、そ・れ・は・誰かと尋ねたら、デーヤモンド、じゃなかったダイヤモンド、ダイヤモンド。失礼しました。ニール・ダイヤモンドで「スィート・キャロライン」をどうぞ。



 この人、アメリカでは押しも押されぬスーパースターだけど、何故か我が国では評価が低いというかほとんど無視されている。個人的にはリチャード・バックの小説「かもめのジョナサン」のサントラが非常に気に入っていてます。そうそう、旺文社の大学入試ラジオ講座のテキストにこの「かもめのジョナサン」出ておりました。親に受験勉強のテキストを買うからといってお金をせしめ、ペーパーバックを買って、残ったおつりでLPレコードを買った高校時代を思い出します。そういえばこの人の曲をハードロックにアレンジしたバンドもおりました。



 第1期のDPですね。リッチーは既にこのころから瞳に狂気を帯びておりました。ロッド・エバンスのボーカルはクールでカッチョ良かったです。この後のキャプテン・ビヨンドも2枚目のアルバムまでは凄かったけど、3枚目にボーカル変えて出したのはもうアウトでした。それでも大いに期待してレコードも買って、確か当時やっていたミニコミにレコードレビューを書いたよな…。

 おっと、話がヒットポップスからそれてしまったので、ここでもう一人。日本ではかなり過小評価されているシンガーというかギタリストというか、世の中、こんなに凄い人がいたんだということで、ホセに登場してもらいましょう。ホセといってもメンドーサではありません。盲目のシンガー、ホセ・フェリシアーノです。曲は「雨のささやき」といいたいところですが、何故か「Feliz Navidad(フェリス・ナヴィダ)」。いや、この曲ラジオで1回聞いただけで強烈に印象に残った曲なんです。



 YOU TUBEというのは大変便利なもので、こうやって懐かしい歌や演奏の動画を見られるだけでなく、その曲に関するいろんな人の思い入れやエピソードを知ることができる。恥ずかしながらこの歌のタイトルの意味がスペイン語で「メリークリスマス」という意味だとはでんでん知りませんでした。いやーためになるなぁ。というところで、おい、綺麗どころはどうした、という声が聞こえそうなので、雨つながりでジリオラ・チンクェッティの「雨」をどうぞ。



 イヤーこの人、こんなに綺麗だとは当時は全然わかりませんでした。これもYOU TUBE様様です。というところで、今回のエントリーはお終いです。続きは勿論やります。そうそう、最後に清志郎の追悼本のまえがきで僕が一番感動した部分を最後に書いておきます。
『…僕(注:渋谷氏)がそんな事を言っても、無論耳を貸さなかった。一度だけ、暑中見舞いに、一言「君の意見も分かるよ」と書いてきた事があった。とても嬉しかった記憶がある』。感動したのは渋谷氏の正直な書き方と、清志郎はちゃんと暑中見舞いを出す人だったんだ(まあ、手紙に印鑑押す人ですから)、というところです。

悪魔の呪文を唱えると赤い目は満ちる、かな?

 木村カエラの新譜のタイトルが「HOCUS POCUS」だと聞いてビックリした。何、ミカバンドのボーカルやったと思ったら、今度はファルセットボイスに挑戦するのか、と思ったのだ。だって僕の知ってる「HOCUS POCUS」はFOCUSのこれだったから…。



 ま、よく考えたら、いやよく考えなくてもこんな曲、カエラがやるはず無い罠。しかし、もっと見直されてもいいぞ、FOCUS!!ということでお口直しにこの名曲を。ちなみにクレラップのCMのカエラは好きです。どーでもいいですか、そうですか。


バックトゥザ70’s CM

 このところ精神的にやや落ち込んでいたのだが、今日YOU TUBEでこの動画を見て大いに受けた。さて、あなたはどれだけ覚えていますか?



 サミー・デイビス・Jrの「SUNTORY」のフレーズも渋いね。一説によると、彼にこのCMを依頼したら「オレに『ホワイト』って言えってのかい?」とジョークで返されたとか。そうそう、以前のエントリーに書いたジョーン・シェパードさん、ばっちり映ってます。きれいな人だったんだ。というところで、次回は「ヤングな僕のぽっぷす・なう」をお届けする予定です。

プロフィール

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索