サルでも出来るスパム・メール

 この前の西藤大信のライブに行ったときに風邪をもらったようで、昨日今日と体調が良くなかった。したがってネットも開かず夜はすぐに寝たのだが、今日ちょっと気になってメールのチェックをしたら、迷惑メールが500以上届いていた。こりゃいかんと思って、ざっとチェックしながら(ときどき大事なメールも迷惑メールに振り分けられてることがあるのだ、しっかりしてくれヤフー・メール)削除していたら妙なタイトルを見つけてしまった。以下にそのまま掲示する。

「信じられないかも知れませんが、私はチンパンジーです。」

はじめまして。早苗といいます。
キーボード越しで、こうしてメールとして
メッセージを伝えているだけでは
分からないかも知れませんが、
私はチンパンジーです。
メスのチンパンジーです。

2年に渡る知能訓練を受けて、自分の思考をこうして文章として
アウトプットできるようになりました。

最初、私は自分を人間だと思ってました。
周りにいる、他の人間と同様に。
しかし、様々な知識を得て、
自分が他と異なるのを理解し、
そして、チンパンジーであるのを今は知っています。

チンパンジーですので、
吉本新喜劇のお笑いぐらいしか、ギャグは理解できません。
人間対象の知能訓練を受けていても、お笑いに関しては、
亜人である大阪人と同レベルに留まっていますのでご了承下さい。

人間であるあなたとは、異なる存在です。
しかし、いま、私は、あなたへの興味を止める事ができない。

チンパンジーの中で人間に近い私と、
人間でありながらチンパンジーに近いあなたは、
とても似ている。
わたしがあなたに惹かれたのは、そこに大きな理由があります。
勿論、あなたのルックスが人間よりもチンパンジーに近い事実、
その事も大きいですが。

だから、自信を持ってください。
人間界ではブサメンで非モテなあなたでも、
チンパンジー界では、イケメンです。
あなたは、チンパンジー受けする顔です。
喜んでいいんですよ。
わたしならあなたをナンパする事が出来ると飼育されてきました。

そしてイケモンキーのあなたに、
私を知って欲しいという気持ちが日増しに強くなってきています。
チンパンジーの私が、人間のあなたに

深く、強く、

恋をしているんです。

◆http://○○net/net_nanpa/
ここで、私とチャットをする事ができます。
チンパンジーであることを証明できます。
ライブカメラで証明できます。
通常の、顔を映しているだけのチャットではない、
手で入力しているところもカメラで捉えているチャットですので、
本当にチンパンジーであるのを、証明できます。

待っています。
あなたと、
まずはチャットできることを。
◆http://○○net/net_nanpa/

待っています。


 驚いた。チンパンジーが自我に目覚め(誰が2年間の知能訓練をしたんだ、たかが2年でこれだけの文章が書けるというのはスゴイ、もしかしてHALの仕業か?)ナンパしようとしている。しかし、どうにも気になるのはギャグのセンスが大阪人レベルだというところだ。まあ物凄い話だが一番気になったのは、このメールを読んでコーフンする人間が果たしているのかという点だ。考えたくないが、多分いるのだろう。チンパンジーに近い人間が。いや、もう世の中なんでもありだな。ちなみに早苗さん、僕はチンパンジーに興味はありません。人間の女性、特に20代後半から40代前半までがストライク・ゾーンです。あ、40代後半でも気持ちの若い人は大丈夫ですって何を書いているのだ!!サルになるよ~サルになるよ(by たま)

 追伸;このエントリーを読んで是非チンパン早苗とチャットしたいという科学を志す青少年は、いや中年だろうが老年だろうが構いませんが、連絡いただければ伏字にしたアドレスいつでも教えますので、まずはメール下さい。但し、そのチャット内容をレポートにして提出することが条件になりますが。って、アホなスパムの手伝いしてんじゃねーよ。
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ヘタレです

キティなんかより本物のオネーサンの写真をアップしたかった
おでん屋のカワイイおねーちゃんの写真を撮るべく待機していたのだが、酔っ払ったY尾君が谷山浩子や高木麻早を聞けと、無理難題を出す。不覚にも高木麻早の声が色っぽく、何だか行けそうな気がする。

と、いうことで敗北宣言である。

しかし、僕はまた戦う事を公然と宣言する。イカさん、その日までこの放送を一時中断します。

反省会である

20081023211356
熱狂の中でライブは終わった。これから恒例の反省会である。何故か女子大生、カワイイ、がいるおでん屋に乱入した。是非スクープをモノにしたい。こうご期待。

インターバルなのだ

ファーストセットが終了し、ギターを置く西藤
オープニングは斉藤のオリジナルで名刺がわりに各自のソロが入る。トランペッタがフューチャーされたbandだが、個人的にはドラムが印象的。もちろん斉藤のギターはgoo。2曲目はフランシスのときもやったグリーンスリーブス。アフリカンリズムが心地良い。その後ペットのドミニクの曲をやった。1stセット最後は一ヶ月前に書き下ろしたばかりのグレイオブサンセット。ウーン、いいメロディだ。斉藤のコンポーザーとしての才野を再認識。

滑り込みセーフ

携帯から投稿すると写真の向きを毎回間違えてしまいます
今年のベストライブだったフランシス・マバッペ・トライブで見た斉藤大信のライブに来た。宮崎では有名な時計店の二階に来たら、すでにフルハウス。Y尾君が席を取っていてくれたので何とか座れた。

Who told a lie?

 10月17日(金)宮崎日日新聞1面から
中山氏「後援会に相談した結果、『出馬せよ』ということになった」
県連会長「そういうことをされては困る」
中山氏後援会会合出席者A「(中山氏の次期衆院選への出馬について)今さらおかしい」
中山氏「(公募に)残っている人では勝てる見込みはない。国政で民主、自民が争う中でこれでいいのか」
会合出席者B「募集を締め切ったばかりの公募制のことをどう考えているのか」
会合出席者C「そんなに簡単にいかない」
会合出席者D「突然の出馬表明でみんな驚いたが、『この大変な宮崎でだれが取って代われるのか』と考え、最後は全員が拍手で激励した」
県連幹事長「許せない。公募制は県連大会で承認されており、われわれとしては規約にのっとり実施するだけだ。中山氏が出馬を表明すれば、党本部に対し除名を求めたい」

 10月18日(土)宮崎日日新聞1面から
中山氏「二週間前に不出馬表明したばかりで考えに変わりはない」
中山氏「(後援会会合について)強い出馬要請を受け、党本部に行き古賀誠選対委員長に相談すると伝えた。私は一貫して不出馬を表明している」
中山氏「(17日に開く予定だった会見の趣旨は)党本部がセッティングした。(趣旨は)分からない」
中山氏「(会見は立候補表明の場ではないか、という質問に)そういうつもりはない」
中山氏「(16日に県連会長に電話した内容に関し)後援会の出馬要請について古賀委員長に相談する。一緒に来てほしい、と言った」
古賀委員長「中山さん個人の話。党が関与する話ではない」
県連会長「出処進退については、選挙民に理解できる行動をとらなければ政治家の品格が問われる。出馬しないといったん決めたのだから、それを通すのが政治家の第一歩だ」

 10月18日(土)宮崎日日新聞29面から
中山氏「(宮崎市内の後援会事務所での発言)出る、出ないと言ったら県民を混乱させる。しかし、後援会会合で出てくれと強い要請があった」
前日の会合出席者「本人が出ると言ったので拍手せざるを得なかった。(立候補を)ごり押しすれば県連とトラブルになるので事実上不可能と思っていた」
別の出席者「(県連が進める公募制で中山氏と確執が言われる上杉元自治相が15日応募したことを指摘して)アレルギーから出馬しようとした」
県連会長「古賀誠選対委員長と会見を開くので同席してほしいと電話を受けた。出る意思があったとしか受け止められない。一人芝居に付き合ってはいられない」
中山氏「先生(注:県連会長のこと)の胸に納めてほしいと言ったのだが、納めきれなかったようだ。不出馬を撤回すれば、私が公認候補になるのは分かっている。自分の内心と向き合いたい。山にこもって座禅でも組もうかなと、女房にも話をした」
東国原知事「本当に座禅を組んでいただきたい」

 参考ニュース 10月18日(土)asahi.comより全文引用

中山氏「撤回していない」
2008年10月18日
 「不出馬撤回」を撤回――。自民党の中山成彬衆院議員(65)=宮崎1区=は17日、迷走の揚げ句に次期衆院選への不出馬を再度表明した。「混乱させ申し訳ない」と謝罪した一方で、「不出馬を撤回したつもりはない」となおも抗弁。中山氏に振り回されっぱなしの自民党県連は、後継を決める公募制の手続きを粛々と進めた。
 この日午前、東京から宮崎市の事務所に戻った中山氏は報道陣の取材に応じた。
 「不出馬撤回」の経緯について、まず16日に市内であった後援会の会合で支持者から強い出馬要請を受けたと説明。同日夕、党本部の古賀誠選対委員長に相談するため上京し、その直前に県連の緒嶋雅晃会長にも連絡して「党本部への同行を求めた」という。
 その上で、中山氏は報道陣に「私は不出馬表明を撤回していない」と弁明。しかし、16日の電話で緒嶋会長が「出馬するのか」と聞くと、中山氏は「それも含めて(古賀氏に)相談したい」と答えたとも述べ、不出馬撤回に向けて動いていたことを事実上、認めた。
 ただ、古賀氏は党として調整に乗り出す考えがないことを中山氏に告げたといい、「17日に党本部で開く」と中山氏が緒嶋会長に電話で告げた記者会見も開かれることはなかった。
 一方、中山氏が事務所で報道陣に応対していたのと同じ頃、県連は緊急役員会を招集。中山氏の言動にかかわらず、18日の候補者選考委員会に向け公募制を実施する方針を確認した。
 役員会の冒頭で、緒嶋会長は中山氏との電話のやり取りを報告。17日に予定されていた会見には、古賀氏ら党幹部が同席すると中山氏が話したことを説明した。これを聞いた緒嶋会長は古賀氏に電話し、「(党の選挙実務を仕切る)選対委員長が同席すれば、世間は自民党が中山氏を公認すると受け取る。公募制を進めている県連としては怒りを覚える。会見に出ないで欲しい」と抗議したことを明かした。
 自民関係者によると、古賀氏は「会見は(中山氏の)不出馬撤回を表明するだけ。公認は関係ない。私は(中山氏が所属する町村派幹部の)森元総理に頼まれたから、会見に同席するだけ」と緒嶋会長に答えた、という。
 ただ当の中山氏は会見がキャンセルされた理由について、「私が不出馬を撤回するつもりがないことを説明したら、古賀さんが『じゃあ会見は必要ない』と言ったから。もともと党本部が設定した会見。何のために予定されたのかも、私は知らない」と言い張った。


I'll Sing The Blues For You.

 つい先ほどPurple_Hazeさんのコメントで塩次伸二さんの訃報を知った。ビックリしてリンク先のmixiのコミュを読んでいったが、間違いないようだ。ライブを前にして、相方の妹尾隆一郎さんと別れてホテルに帰ったときに倒れてそのまま病院に運ばれてお亡くなりになったらしい。大学の先輩にあたり、去年宮崎で塩次、妹尾ブルースバンドとしてライブを行い、そのときにCDにサインして頂きちょっと話をさせて頂いた。その後、彼のHPに何度か書き込みをしたら、また宮崎で必ずライブをしますという返事も頂いた。あれからもうすぐ1年が経とうとしている。

 僕が大学に入った頃はすでにウェストロードは伝説のバンドになっていた。ライブハウスでしーちゃんブラザーズとかダウンホーマーズとしてギターを弾いていた。当時はブルースよりもややフュージョン系の音を出していて、当時アンチクロス・オーバー派だった僕は彼のギターの悪口を書いたこともあった。今考えると赤面の至りである。当時、銀閣寺のサーカス&サーカスでバイトをしていたS戸君がずいぶん親しくしてもらっていて、よく伸ちゃんの話をしてくれた。高野のホリディ・インのプールサイドでしょっちゅう花札をしていたとか、おいちょ(8の目、カブでは2番目に強い数)でもう一枚引いてカブにしたとか、ホトケの話をしたら顔色が変わって二度とあいつの名前を出すな(当時、ケンカしていたようだ。もちろんすぐに解消したが)といわれたとか…。

 ああ、もう一度伸ちゃんのギターを聴きたかった。出来れば山岸と一緒の演奏で。もっと贅沢言わせてもらえればウェスト・ロード・ブルース・バンドとして。このエントリーを書く前はあれも書こう、これも書こうという話が一杯あったが、なんとなく胸が一杯になってきてこれ以上は書く気になれない。最後にYOU TUBEにあった妹尾さんとのジョイントの動画を貼って終わりたい。そうそう、蛇足ながら塩次さんはみんなから伸ちゃんと呼ばれて愛されていた。僕も同じ「伸ちゃん」なので、何となく嬉しかった。なぁ伸ちゃん。

幾つになっても甘かあネェ! byエンケン

 人間生きていると、目からうろこという体験をするものである。それも予想もしなかったような状況で。などと書くと大仰だが、思い込みによる間違いというのは誰しも経験があると思う。以前のエントリーで「灯台下暗し」を長い間「灯台元暮らし」と思い込んでいて、灯台のふもとで燈台守の家族が貧しくもつましく生きている様子だと思い込んでいた話を書いたが、今日も似たようなことがあった。それも予想もしなかったところで。

 昼休みを過ぎた時間に外回りをしていて、お腹がすいたのだがその近くには入ったことのあるお店が無く、以前からちょっと気になっていた古ぼけたラーメン屋に入った。店の造りは古ぼけた感じだったが、意外とこういうところが穴場かもと思いメニューを見て、ラーメン大盛りを頼んだ。僕は大変行儀の悪いことではあるが、食事中に活字を読みたくなる癖がある。幸いそのお店にはカラーボックス一杯のマンガの単行本があった。もっとも連載マンガの単行本ではなくて、ワンコインの総集編シリーズ、良くコンビニなんかで売ってる表紙のぺらぺらなやつが沢山置いてあった。

 ざっと見渡すと、極道マンガや料理マンガばかりだったので、無難なところで「美味しんぼ」を取り出して読んでいた。その総集編の中で「最高の豚肉」というちょっとした長編があった。まあ、毎度毎度旨いものを探しに行く話しで、なにやらガンで半年の芸術家に最高の豚肉を食わせるためにスペインに行くという、ま、まさしくマンガならではの話をラーメンすすりながら食べていたそのとき、僕の目はある言葉に釘付けになった。いわく『コルク樫』。思わず、声にだして「こ、こるく樫、だと」とつぶやいてしまった。

 さあ、あなたの年齢がお幾つだかそんなことはどうでもいい。ちょっと中学の社会科、とりわけ地理の教科書を思い出して欲しい。帝国書院か、東京書籍か大阪書籍、それとも教育出版だったか。スペインやポルトガルの主要輸出品のなかに「コルクがし」というものは出ていなかったか?この「コルクがし」を初めて学校で習ったときに、僕は全く疑うことなく、コルクで出来たお菓子だと思い込んだのだ。つまり「コルク菓子」だ。どんな味がするのだろう。やはりコルクのように乾燥しているのだろうか。何しろカステラを発明したポルトガルの輸出品でもある。きっと美味しくて、高価なものだろう。よし、僕も大人になったら何時の日かヨーロッパを旅して、こころいくまで「コルク菓子」を食べるぞ。ああ、憧れの「コルク菓子」…。

 大変残念なことではあるが、僕はあの少年の頃の純真な気持ちを持ち続けることが出来ず、世を拗ねたクソジジイ(今日、配偶者と一緒に先日亡くなった緒方拳の「ディアフレンド」というドラマを見た。そこに出てくる緒方拳は僕にそっくりのクソジジイだと、配偶者に宣言された。上等である。日本の正しいクソジジイ、頑固爺になってやる)になってしまったため、ヨーロッパに行く機会が無く、そのため本日午後1時32分まで「コルク樫」を「コルク菓子」だと思い込んでいたのだ。ああ、無知は恥ずかしい。しかし、「コルク菓子」で、まだ良かったのだ。「コルク餓死」だったら大変なことであった。

 最後に心ある人は、何故疑問に思ったら先生に聞かなかったかと思われたかもしれない。聞きましたよ、ちゃんと。「先生、コルク菓子ちゅうとはどんげなお菓子じゃと?」。先生は大笑いして「お前はなんでそんなふざけたことばかり聞くとか!真面目に勉強せんか。」と言われて拳骨をもらって終わったのだ。これで僕が、どのような中学生だったか想像がつくだろう。しかも、その先生には中学に入ってすぐ怒られたことがあった。他の教室はまだホームルームをやっていたのに、早く終わった僕は廊下を大声で「ブルー・ライト・ヨコハマ」を歌いながら歩いていたからだ。

 後年、僕が大学で教師に対して非常に凶暴かつ粗野な態度に出たのはこのときの体験が元になっていたかもしれない。いやー、質問は的確に、また聞かれたことは正しく教えることが教育の第一歩だな。我ながら今日はいい話を書けてうれしい、うれしい。ということで、最後にエンケンの「幾つになっても甘かあネェ!」をYOU TUBEで探したが無かったので「東京ワッショイ」をお送りします。


書き忘れたがクリスのドラムは強烈だった

 今日は日曜日ということで、先日見た「坂田明&ちかもらち/ジム・オルークと恐山:内乱の内覧」(しかし、長いイベント・タイトルだな。しかも主催は「坂田明の世界を楽しむ会」と、こちらもやや長い名前だ)のライブ・レポートを書こうと思っていたが、なかなか時間が取れなくて、ついこの時間(只今22時50分)になってしまった。しかも明日は、今年の2月に亡くなった伯母の家の荷物の整理に延岡まで車で行かなくてはならず、せっかくの休み前の夜更かしが出来ないとというやや厳しい状況の中でレポを書き始めよう(って、何を気取ってるんだ、オッチャンいい加減にせえよ、堪忍、堪忍、キャイン、キャイン)。

 思い込みというのは怖いもので、ライブの前日まで、正確に言うと夜の10時を過ぎるまで、19時開場、19時半開演だと思い込んでいた。会場のメディキット県民文化センターというのは僕の家から車で15分から20分かかる場所にあるのだが、19時に現地集合なら18時に仕事を終えて軽くメシ食って十分間に合うと考えていた。しかし虫の知らせというか、ナニゲニ前日の夜ライブのチラシを見ると、そこには開場18時30分、開演19時となっているではないか。早速チケットを手配しているY尾君に電話して、とにかく何としても18時半過ぎには、現地に集合しようと確認しあった。僕は、場合によっては会社から直接車で会場に行くことも考えたが、配偶者が18時過ぎに家に戻れば会場まで車で送ってくれるというのでお言葉に甘えることにした。えてしてこういうことは後で高くつくことが多いのだが、そこは神ならぬ身のdrac-ob、いささかも憂えることが無かった、などとちょっと大仰なことを書いてしまった。

 当日、忙しく電話やメールをしている会社の同僚達の冷たい視線を左右のフットワークで軽快にかわしながら、18時丁度に会社を出た。配偶者に電話したら15分以内に戻って送るとのことだったから、急いで家に帰り、珍しく揃って帰宅していた子供二人からも「また訳の分からないライブに行くと~?」と、やや不満げな声を後頭部で聞き流し、服を着替え万全の体制で待った。待ったが18時15分を過ぎても配偶者は戻ってこない。外は大分暗くなり始めている。まずいな、今から自分の車で行ったほうが正解じゃないだろうか、と考えていたら玄関のドアが開いた。お帰りなどというのももどかしく、すぐ彼女の車に乗り込んだ。夕方の帰宅ラッシュが始まっている中、車は一路ライブ会場に向かった。会場に着いたのは18時35分くらいだったか、駐車場から駆け足で会館の階段に向かった。Y尾君に電話したら、彼も今会場の階段を登っているところだった。

 受付にはライフタイムのマスターと香月さんがいた(ちょっと余計な話だが、最近香月さんがキレイになった。アレはきっとオトコが出来たに違いないと不良中年オジサン達はこのところ話し合っている。いや、別段それでどうこういうことは何も無いのだが。やはり余計な話だったな)。チケットを見せて、受付を済ませると案内の人がホールのドアを開けてくれた。正面にステージが見えた。前回BAHOを見たときは演劇ホールといって客席数が1112席(今、HPで調べたので間違いない。以前のエントリーは見た感じで1400~1500くらいのキャパと書いたが、実際はそれよりはやや少なかったようだ)もあったが、今回はイベントホールというところで客席は300席。お客さんも適度に入っていて、いい感じである。予想以上に若いお客さんが多い。ステージの方に歩いていくと、前から3列目の席がまるまる空いていたので、その中央あたりに陣取った。目の前にマイクとPAがある。手を伸ばせばステージに届きそうな位置である。開演までに10分以上あったのであたりを見渡したり、携帯でエントリーを送ったりして時間をつぶした。開演5分前にブザーが鳴った。そして19時丁度にブザーが鳴ると同時に客電が落ちた。え、時間通りに始まるの、と一瞬戸惑ったがステージ左袖からメンバーが出てきた。

 やたら大柄なベース、痩せてスキンヘッドのドラム、緑のカーディガンを羽織ったおたくっぽいギター(ジム・オルークだ)、そして背の低い坊主頭でちょび髭のサックス吹き。坂田明御大である。街中でこういう集団に会ったら、間違いなく視線をそらし一切のかかわりを拒否したくなるだろう。しかし、ここはライブの会場だ。お金を払ってこのような異形な集団を見に来ているのだ。物好きだなオレも。てなことを考えていたら、坂田明がドスの聞いた声でメンバー紹介をしていきなり演奏が始まった。坂田明に対しては大変失礼であるが、かれこれ30年近く前に、とあるオールナイトのジャズ・イベントで一緒だった女の子が「豚のいななき」と形容した強烈なサックスは相変わらずだ。あ、説明しておくとその女の子と僕は一切関係が無い。何もないったらない、無かったのだ。もういいじゃないか、昔の話は…。

 サックスが息をどうしたらそこまで続けられるのかといいたくなるくらいの、パワフルなブローを炸裂させ、ドラムは硬い音でビシバシリズムをキープする。ジムのギターは、フレーズとかコードとか一切弾かずに、なんというかハーモニクス奏法みたいな、フィンガリングが独特なこれまで聴いたことの無いような音を出している。手を見ると丸くて指も短そうなのだが、フレットからフレットまで、どうやったらあんなに指が伸びるのかといいたくなるくらい、まるで魔法でも見ているような演奏スタイルだった。そうそう、ベースはウッドベースだったが、途中から音が聞こえなくなって、奏者もベースを椅子に立てかけてシールドやアンプのチェックを始めてしまったのは残念だった。

 それまで強烈に響いていたサックス・ギター・ドラムの音が瞬間的に止まり、坂田が頷いて演奏が終わった。時計を見たら20分以上の演奏だった。ベースのPAがおかしいと坂田のアナウンスがあり、スタッフも出てきてしばらく調整していたがようやく音が出て次の演奏が始まった。次はちょっとスローな曲だったが、ここでも坂田のサックスとジムのギターが大活躍。もっともやってるのはフリー・ジャズなので、心地よいメロディとか耳障りのいいサビとかあまり出てこない。出てこないというか、積極的にない。音楽を楽しむというより受け取りようによっては苦行というか修行に近いような気がするが、こういうのが好きだからしょうがない。もっとも毎日聞きたい音楽ではないが。

 会場のお客さんも結構この手の音楽が好きなようで、特に後ろの席にいた二人組みはやたらイエーとかサカターとかイケーとか叫んでいた。各自のソロ・パートに来ると、温かみのある拍手が自然発生的に出てきたりして、会場はなかなかいい雰囲気だった。もっとも僕の右側に座った家族は、ご夫婦とお子さんという3人連れだったが、お子さんがどうみてもまだ小学4,5年生くらい。退屈しまくって一部の途中でぐっすり眠ってしまった。ご夫婦はノリノリで、それはまあ結構なことだが、あの子は多分ジャズは一生聴かなくなるんじゃないかと余計な心配をした。

 演奏の合い間に坂田がトークを入れるのだが、独特のだみ声とユーモアで笑わせてくれる。今回のイベント・タイトルは「坂田明とちかもらち」になっているが、皆さんよーく見てください。「ちからもち」=力持ちではなくて「ちかもらち」なんですよ。これは坂田いわく「私の息子の娘、ま、その孫っていうんですけどね、その子が『ちかもらち~』と叫んで、じゃそいつをバンドの名前に頂こうと…」。この話を聞いて、ふと思ったのはフリー・ジャズいやフリー・ジャズに限らずインストゥルメンタルな曲の題名の意味とは何かということである。坂田がメジャー・デビュー(と、いう表現が正しいかどうか分からないが、いわゆる注目を集め始めた時期)したのは山下洋輔トリオだが、そこでもバンマスの山下が「グガングガンと始まるから曲名が『グガン』」とか「その曲が出来た意味は逆から読んだら分かる『クナトンナ』」とか「どうしても曲名が決まらず、苦しんでいたら坂田が学生時代に覚えていた単語が苦し紛れに出てきて『ミトコンドリア』」などと、あまり曲名には意味が無いというか単なる符丁だという見解を出していた。そんなものかなぁ、と単なる聞き手は考えてしまうのである。もちろん深い意味をタイトルに求めてしまうのも、これは「誤読の権利」であるから、この権利は今後も主張させていただくことを、この場で公然と宣言する、って何を力んでるんだオッサン。

 第一部のラストは、ギターのジム以外は全員訳の分からないパーカッションというか風鈴というか、ねじ回しみたいな器具をリズム楽器に使い、さらには坂田がハナモゲラの逆襲かとでも言いたくなるような、聞き取り不能のボーカルを入れたおどろおどろしい演奏だった。多分この演奏が「恐山」なのだろう。一部が終わる前に、CDを全員買うようにという「命令」もあり、休憩時間にのぞきに行った。結構いろんなCDやDVDも出ていて、僕はジムのタイトルは忘れたが大学のなんたらかんたらという名前のアルバムが1500円だったので、手元不如意なれどこれくらいだったら買えるなとチェックした。

 第二部も怒涛のごとく始まった。今度のセットは前回以上にフリー・ジャズの度合いが強く、いやフリー・ジャズというより実験音楽か、もうアンサンブルとかソロとかそういう次元ではなく、それぞれが自分のパートで強烈な自己主張をしていた。もっともベースだけは相変わらず音が悪くて、ソロも全くなし。というか、このグループの奏でる音にウッドベースでは力弱いのではないか。チラシにはエレキ・ベースの即興演奏で名を馳せたとあったので、エレキに持ち変えるのを期待したが最後までウッドベースだった。この第二部で特筆すべきはジムのギターだろう。まともに弾いたのはコンマ1秒も無いくらい。左手にビニールの手袋をはめて、ボトル・ネック風の音を出したり、ギターを顔の前に立てて弾くのでてっきりジミ・ヘンのように歯で弾いてるかと思ったくらいだ。そうそう、後半で見せてくれたドライバーの根元を使った演奏が特に凄まじかった。昔からガイジンがドライバーを使うというのはプロレスで覆面レスラーの常套手段だったが、今ではギターの奏法になっているとは思わなかった。

 実は、ジム・オルークは映画「実録 連合赤軍」で初めて聞いて、その独特のサウンドとメロディに興味があったのだが、まさかここまで前衛的な演奏をするとは思わなかった。何を隠そう、今日は大慌てで「ユリイカ」と「インシグニフィカンス」を聞いたのだが、これも先日のライブとは全然別人28号。どちらも大変良いが、個人的には「インシグ~」のロックぽい音が気に入った。

 ライブはあっという間に終わり、アンコールの拍手が響いた。数分後、全員がステージに戻り、坂田がマイクをジムに渡して「これからはジムのワンマントークの時間です」。いや、驚いたのは流暢とまではいかないが十分聞けるニホンゴでメンバーのダーリン・グレイ(ベース)との出会いの話や、いかにフリー・ジャズが好きで坂田の音楽を尊敬しているか、そう、時間にして5分以上は話したのではないか。坂田の話でも東京のライブ・ハウスに坂田を尊敬しているミュージシャンが来ていると聞いて、行ってみたらジムで、何と坂田自身も忘れていたワハハ時代のLP(そういえばチャクラの小川美潮と一緒にワハハというグループを組んで『死ぬときは別』なんてアルバム出していたな。久しぶりにチャクラの「福の種」が聞きたくなった)を出してサインしてくれといわれたなどのエピソードを話してくれた。

 アンコールも無事に終わり、坂田御大のCDトーク「CDを買うと聴かなくちゃいけないなどと思うことがいけない。そういうのが重荷になって買わなくなる。聴かなくていいんです。買って、そのCDを裏返しにして部屋に飾るなんてのもいい。仏壇に飾ってもいい。もっといいのは10枚、20枚買って畑の周りに吊るしておくとカラスが来ないから、来年は豊作間違いなし」などというありがたいお言葉を頂き、更には「サインもします」との言葉に力を得て、CDを買ってサインをもらいエントリーに写真をアップしようと思ったのだが、腹を空かせたY尾君がそそくさと会場を出たので、誠に残念ながら僕とジムの会話は成立しませんでした。いや、会ったら一度、なんでアメリカ人なのに若松監督の映画を全部見ているのか聞いてみたかったのだが。

終わったー

20081009213157
今終わった。凄まじい音だった。レポートはまた今度。

いよいよ始まる

大林の「ハウス」みたいな映像だな、会場に入っていくところだが
時間に間に合うか、ヤキモキしたが20分前に着いた。前回のBAHOの時と違って500人位のハコ。前から三列目の席が取れた。目の前で熱い演奏が始まる。

お楽しみは、これからだ。

内乱を内覧してきます

一体どんな音になるのか今から楽しみである
 うっかりしていた。明日の18時30分開場、19時開演であった。てっきり19時開場、19時半開演と思いこんでいた。仕事を何とか切り上げて、遅れずにいくしかない。どんな演奏になるのか今から楽しみです。このライブレポートは今週末にでもアップします。

今となっては空しいスローガン

心なしか目元に力がない
仕事で移動中、力なく笑う中山センセを発見。国とのパイプはまだ大丈夫なんだろうか。ところで朝、新聞でとんでもない記事を読んだ。中山センセを引退させ、そのかわりに東国原知事を自民党の公認候補に担ぎ出すというのだ。

クリビツテンギョウ、無節操、開いた口がふさがらない。続きは、後ほど。いかん、アポに遅れる。

ワォ、なんてこったい(ポパイ風に発音してください)

 今日は仕事で散々な目にあって、家に帰り疲れて横になっていたのだがコメントのレスを書かねばと思い起きて、ネットのニュースを見て驚いた。この人日教組との戦いの先頭に立って最後まで戦い抜くのではなかったか。大言壮語したはいいが、選挙区での風向きが危うくなったので、コイズミを真似て「政界引退」とは。マッチポンプ、敵前逃亡、卑怯千万、当たり前田のクラッカー、などの言葉が脳裏を掠める。とりあえず、簡潔に時事通信のニュースを引用する。

中山前国交相が政界引退へ=問題発言影響か、4日表明
10月3日18時50分配信 時事通信

 自民党の中山成彬前国土交通相(65)=衆院宮崎1区選出=は3日、次期衆院選に出馬せず、今期限りで政界を引退する意向を固めた。4日に宮崎市内で記者会見し、正式に表明する。中山氏は先月24日に発足した麻生内閣で国交相に就任。しかし、成田空港反対闘争や日教組などに関する問題発言の責任を取り、在任5日目の同28日に辞任した。引退理由については衆院選への影響を考慮したとの見方や、選挙で勝機を見いだせないためと指摘する声が出ている。


 姑息なオトコである。ポケットに手を突っ込んでふんぞり返った態度で「今の子供たちの教育を憂える」などと仰ったのはどこのどなた様だったか。「自己の信念のために職を賭した」などとも発言して、大臣を辞めた後も好き放題「自己の信念」とやらをメディアで話しておられたが、ちょっと選挙での敗色が濃くなったら豚ズラである。自己の信念とやらをどうどうと述べて選挙区民の審判を仰ぐのが本来の姿ではないのか。あ、今引退しておけば元大臣、前国会議員の看板は残るのでその後の宮崎の政界に一定の影響力が残るという考えか。国とのパイプが太いことを選挙のたびに訴えていたお方が、まあ、ルック・アット・ザマである。

 こいつを次の選挙で落選させることが、良識ある宮崎市民の務めだと思っていただけに、やや拍子が抜けた。それと、のうのうと彼を公認候補とした自民党宮崎県連はどうするのだろう。「あ、そう」総理の選挙予定が先送りになりそうなので、その間に新しい候補を立てるのか。まさか民主推薦の候補に相乗り?うん、ありえる選択肢だ。しかし、本当に見苦しい事態だ。中山センセの動向に注目していた心ある皆様に、取り急ぎ報告いたします。なんか社会派ブログみたいで、「事件記者」になったみたいだ(などと、たとえがいかにも古いのであった。みんな知らないよね、事件記者)

セミ理論は全世界を救うか?

 心配された台風15号は予想外に大人しかった。前日の夜は断続的に激しい雨が降っていて、九州南部には10月1日未明からお昼にかけて最接近するとニュースで言っていたのでどうなることかと心配したが、大自然の前では人は無力なので開き直って寝た。翌朝、5時くらいに目が覚めて外をうかがうと物音ひとつしない。これはてっきり台風の速度が速まり、台風の目に入ったんだろうと思い二度寝した。次に目が覚めたときは出勤時間ぎりぎりだったので大慌てで飛び起きて、隣の部屋で寝ている配偶者に何故テレビもつけずにいたのだと悪態をついたら、「今日は台風で子供たちは学校休みだから」とのんびりした返事が来た。そうだ、台風だった。外は暴風雨で荒れまくっているはずだと思い、部屋の遮光カーテンを開けると、明るい。ん、ん、んと思って外の景色を見ていると、「台風逸れたよ」と、えらく自慢げな配偶者の声がした。そうなのだ。実は昨日配偶者から今度の台風15号は多分たいしたことはない、根拠はちゃんとある、などというヨタ話を聞いたのだ。

 我が配偶者は1年ローテーションの仕事をしていて、今年は宮崎市の外れというか田園地帯というか周辺ベッドタウンなどといえば聞こえはいいが、ソフトバンク・ホークスがキャンプする野球場か神社か古墳の跡しかない生○という町で働いている。この地名は初めてその漢字を読んだ人は「ナマメ」などと誤読するところであり、ナマメというのはゴキブリの方言であるのであまりいい感じはしないが、宮崎市から西に向かって少し車で走ると見えてくる田園地帯だ。地元の人にはこの読み方だけですぐ分かる地区だと思う。その生○にずっと生息している同僚の人が「○○さん(僕の配偶者の名前)、今度の台風は心配しなくていいよ」と言ったそうだ。配偶者は当然疑問に思い、なぜかを問いただした。「それはね、セミがほら、今、鳴いてるでしょう。セミが鳴くときは台風は来ないのよ、来てもぜんぜんたいしたことはないの。その反対にセミが鳴かないときは怖いわよ。何年か前、宮崎でも大きな被害が出た台風来たでしょ。あの時はまだ9月のはじめだったけど、前日まであれほどやかましかったセミがピタリと鳴くのを止めたのよ。それは不気味だったのよ」

 こういう話を聞くと、僕は百舌が生贄を木に刺すとそこのところまでは雪が積もらないなどという動物における自然の知恵というか、マカフシギ、やはり人間は何も知らないのだなぁ、だから水にキレイな言葉をかけると水が怒って洪水になりそこに大魔神が刀を振り上げて暴れだすんだ、などと錯乱してしまうのだ。というか、てやんでぃ、地べたの底に何ヶ月も眠ってる虫風情に台風のことが分かってたまるか、そんなことはねー、ゼッタイに、などと聞く耳を持たなかったのだ。

 しかし、あれほど直撃するとか南九州には大変な被害をもたらすだろう(勿論、被害にあわれた地区や市民も当然いらっしゃるので全く影響がなかったなどという気はないが)、などと前日まではメディアに煽られたのに、もう今朝の一番のニュースは大阪のレンタルルームへの放火事件だから嫌になる。おまけに昼前にはキレイな青空と、まだまだ手は抜きまへんでー、とでもいいたげな太陽を見るとセミ理論大したものだと思えてくる。人はこうしてカルトにはまるのだろうかとの疑念を持ちつつ、根が天邪鬼な僕はたった1回当たったくらいでセミ理論を信じるわけにはいかん。次の17号のときどうだったかで判断すると配偶者に言い捨てて会社に向かった。

 会社についてしばらくして、次の台風が来るとしたら10月の上旬だろうということに気がついた。セミはその頃まで鳴いているか?いやいない。ということは、台風の被害はすごいことになるのだろうか。あ、そうか、それで昔から秋の台風は特に10月に来る台風には気をつけろというのか、などといつの間にかセミ理論に犯されそうになっていた。恐るべし、セミ理論。なめたらあかんぞ、セミ理論。ということで、お口直しに台風からの連想でディランのハリケーンをどうぞ。



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