ジ・エンド・オブ・ザ・サマー或いは旅の準備

 はっと気がつけば8月最後の日である。ついこの前まで酷暑で何もやる気が起きないなどと言い訳してブログの更新をサボっていたが、いつの間にか虫の鳴き声は聞こえるわ、風ははっと驚くほど冷たくなっているわ、季節は確実に秋に移行しつつある。いつもだと南国宮崎は5月の連休あたりから10月の昔の体育の日あたりまで夏という感じなのだが、今年は季節の変わり目に異常にメリハリがある。どうしてだろうと考えてしまうと、やれ地球温暖化だとか二酸化炭素を吐き出してあの娘が呼吸をしているよ(byたま)とか、異常気象などというマスコミ好みのフレーズに乗せられて大騒ぎになるからシカトする。もっともアメリカのハリケーンはちょっと心配だ。またニュー・オーリンズ直撃みたいだが、何とか逸れてくれるといいのだが。そういえばパリスに「ニュー・オーリンズ」という曲があって、全然ニュー・オーリンズらしくないハード・ロックだったな。

 などと、実はこのブログは音楽ブログだったのだということをさりげなくアピールしているのだが、どうにも今日は音楽の話を書く気になれない。と、いうのも今週末に長崎に2泊3日で出かけるのだが、その移動の合い間に聴く音楽をiPodに入れようと思い、それまでインストゥールしてなかったiTunesを今日入れた。いや、正確に言うと、以前入れていたのだが去年PCの調子が悪くなり修理に出したときにアンインストゥールしてしまい、そのままにしていたのだ。それまでは良く夜の散歩に出かけていたので,iPodも活用していたが、散歩を止めてからはぜんぜん使わず埃まみれになっていたのだ。

 それで久しぶりにiTunesに今の自分が聞きたい音楽を入れようと思って、あちこちに散乱しているCDを引っ張り出して、今のマイ・フェィバレット・ミュージックを選んだのだが、あまりの統一感の無さに我ながら驚いてしまった。しかし、この何でも来いの音楽姿勢が僕のいいところだと勝手に解釈して納得するようにした。ちなみに選んだ音楽は以下の通りだ。

 デオダート「ラプソディ・イン・ブルー BT付き」。あ、BT付きといってもバックマン・ターナーが付いているのではなくボーナス・トラックのことですって当たり前だ。今時「恋のめまい」なんか聞いてる奴はいないだろ。

 フォーカス「ベストオブ」、このところジャズやインストものを良く聞いているせいかイアン・アッカーマンのギターとティッジス・ヴァン・レールのファルセットボイスが聞きたくなったのだ。しかし「フォーカスⅡ」とか「Ⅲ」とかいいメロディだな。そうそう「ソルヴィアシルヴィア」の泣きのギターもいいのだ。

 フランシス・マバッペ「FM TRIBE Vol.1」、うーん、もしかしたら今年の一番お気に入りの音楽かもしれない。ここしばらく聞いてなかったけどCDはずっと机の上に置いてあったのだ。「インターナショナル・マン」から「アフリカ」までの3曲は息つく暇がない。リズムの嵐に脳天ファイアーだ。

 P-Model「ランドセル」、突然なんだけど「オハヨウ」とか「ダイジョブ」、「タッチ・ミー」などの歌詞が口をついて出てくる。現実のシチュエーションとは全く関係なく、何かに憤ったときは「想像力さえお金の支配下、動脈硬化のネットワークさえふとした力で大騒ぎだけど、わたしアンタを諦めきれずに」なんてフレーズが出てくる。どうしてだろう。

 ポール・サイモン「ネゴシエイションとラブ・ソングス」、アナログで持っていた「グレイテスト・ヒット」の選曲が好きで、それに近いベスト盤ということでチョイス。「スリップ・スライディング・アウェイ」好きなんです。それとS&G解散直後の2大シングル「母と子の絆」と「僕とフリオと校庭で」はカラオケの愛唱歌でもあります。あ「僕とフリオ」は諸星大二郎の短編集にも同じタイトルがあるな。

 下地勇「3%」、正直言って「アタラカ」「3%」とアルバムは連続してリリースされたけど、一番好きなのは「開拓者」。ただこのアルバムは今までの下地だったら作らなかったような曲も入っているし、ピアノがちゃんと入ってるのは珍しい。なんてったって初期のトム・ウェイツそっくりなナンバーもあって驚き。まあ曲のバリエーションと最新作ということで選んだ。おまけに「おばぁ」の新テイクも入ってるしね。

 加川良「アウト・オブ・マインド」、旅の歌といえば加川でしょう。しかもこのアルバムには「彼女と長崎」も入ってるし。このアルバム入れた後に「親愛なるQに捧ぐ」も入れようかと思ったけど、そうすると「駒沢あたりで」も入れたくなるし「ユーズド」シリーズもとなるので断念。

 荒木一郎「ゴールデンベスト」、全部で20数曲入ってるというオトクなアルバムだし、なんていっても「君に捧げるほろ苦いブルース」や「ジャニスを聴きながら」、「ミスター・ロビンソン」などという70年代のヒットからおなじみ「空に星があるように」や「いとしのマックス」といった60年代のヒット曲まで網羅してあるから楽しいのだ。

 高田渡「フィッシング・オン・サンデー」、アメリカ録音でヴァン・ダイク・パークスも参加してるし、山岸のアコギも聞けるという特別なアルバム。しかしアメリカ行ってもこの人全然変わらないのだ。20代の頃からお爺さんみたいな風格があったけど、このころはまだまだ若かったんだよな。

 高田渡・高田漣「27/03/03」、やってしまった。高田渡のアルバム2枚目である。もっともこれは息子の漣のアルバムと言えなくもないので、承認する。「フィッシング~」だけだと代表的な歌が少ないので、彼のベスト盤的な性格もあるこのライブを選ぶ。

 石川セリ「ときどき私は」、NHKのSONGSでの声の出なさがあまりに衝撃的でどうしてもこの時代のアルバムを聞いてしまう。アレンジは今聞くとやや野暮ったいところもあるが、それが70年代だったのだ。ラストの「遠い海の記憶」を聴きながら長崎の海を眺めてみたい。

 Little Jive Boys「Little Jive Boys」、何故か宮崎を外して九州ツアーをする藤井君のグループ。鹿児島や熊本にはしょっちゅう来るのに宮崎は去年1回来たきり。いや、恨みつらみで選んだのでは当然なく「チャンポンダマンボ」を聞いて盛り上がるのだ、と思ったらこのアルバムには入ってなかった。

 内田勘太郎「Chaki Sings」、この夏、憂歌団の「~CHASIN’THE WIND~」を車の中で良く聞いた。あのアルバムでの勘太郎のギターは後のソロの片鱗を示している感じだ。このアルバムはスタンダードばかりを名器チャキのギターでじっくり弾いている。そういえば今年はスィング・アモールとか西藤大信とかいいギターをたっぷり聞いたな。そうそう、さがゆき、渋谷毅と一緒にやった潮先郁男も忘れちゃならないな。

 King Crimson「RED」、あかんのや、こういう音聞かんと神経が落ち着かんのや。これは一種のイノブタじゃないトラウマかいな(前も使ったネタ)。

 と、ここまで入れたのだが、まだまだデータは十分入る。明日は続きを入れるのだ。もちろんカルメン・マキのライブは入るし、当然パンタも入るだろう。しかし今、もう一度見直したけど、一体全体どういう音楽の趣味をしているのだろうか。答えは分かっている。これでいいのだ。
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九州経済を憂うってシリーズに出来そうだ

 この前お気に入りの書店が閉店になった話を書いた。良心的な本を売ってるところは、商売が大変なんだろうと思っていたら、そうではないようだ。というのも今日車で移動中にまたもや書店の倒産のニュースを聞いたからだ。前のエントリーでM林堂と書いた、大分が本社のチェーン書店が8月25日付けで大分地裁に民事再生法の適用を申請してその負債が153億だという。僕は始めて知ったのだがこのM林堂は書店経営以外にゴルフ場ゴルフショップ(訂正します)も経営していて、そちらがお荷物だったようだ。当面、営業をしながら再建を図るというが大変だろう。というのも、家に帰ってメールをチェックしていたら、e-honからメールが来ていて、あけてみるとこう書いてあった。

 いつも「e-hon」をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
大変恐縮ではございますが、現在ご指定の「M林堂書店南○崎店」の都合により
MY書店指定が出来なくなり、宅配(1500円以上ご購入で宅配送料無料)でのご注文のみ、
ご利用いただける対応とさせていただいております。あらためてMY書店をご選択いただいた場合には、店頭受け取り機能もあわせて利用いただけますので、下記アドレスをご確認いただき、新しいMY書店選択についても是非ご検討ください。


 これはちょっと説明が必要かもしれないが、地方都市に住んでいると中々読みたい本が入手できない。しょうがないのでアマゾンなど利用するのだが、アマゾンは商品が宅配で家に届くので、どうも配偶者にチェックされて都合が悪いのだ。いや、今更読書傾向を批判されるとか、権力に通報されるとか(そんな大袈裟なことは無い罠)、あんまりエッチな本は子供に見つかったときみっともないから止めろとか、そういう話ではない。僕が乏しい小遣いをやりくりして読みたい本や聞きたいCDを買うと、配偶者は機嫌が悪い。どうせお金を使うなら、服とか靴とかもっと身だしなみに費やせといいたいようだ。しかし、そういうことを言うと僕が切れるのでテキも黙っているが、いわゆる腹に一物持ってる状態なので家の中が大変陰険な雰囲気になってしまうのだ。

 何度もこの「冷たい戦争」を経験する中、僕が学習したのは、要するに本やCDが梱包された状態で届くのがまずいということだ。というのも休みの日に新古書店なんかで本やCDを買うことも結構あるのだが、シンボーたまらん僕は買ったとたんに車の中でパッケージを引き破り、そのまま家に持ち帰ることが多いのだ。そういう本やCDを見たテキは袋に入っていないので新しく買ったものかどうか判断が付かないようなのだ。木は森に隠せの教訓どおり、僕の散乱した部屋の中にそれらの本やCDをナニゲニおいていても、配偶者はちょっと胡散臭そうな目で「これまた買ってきた?」とか聞いてくるが「前からあったやんか」というと、それ以上突っ込みようが無く疑惑としては残っているが確証が無いため黙認せざるを得ないのだ。

 そこで利用したのがe-honで、これはネットで注文した本を自分の指定した書店で受け取ることが出来る、しかも送料無料というので飛びついたのだ。しかし、良く考えるとセ○ンイレブンにもオンライン注文したブツを最寄のコンビニで受け取るというシステムがあるが、我が家の近くのコンビニは子供の学校の知り合いの父兄が出入りしているので、どこでどう話が伝わるか分からない。それでM林堂をMY書店に指定してそこで現物を受け取るというふうにしていたのだ。しかしそれももう出来ないが、そのこと自体は大して問題ではない。

 要は、ナントカ再建しようと頑張っているM林堂に対して、流通業大手のトー○ンがさっさと手を切ったということだろう。こりゃ大変だな。僕の会社も吹けば飛ぶような、もといっ、吹かなくても飛ぶような、超零細企業なのでいつ何時どうなるか分かったもんじゃない。やれやれ、ここ連日のエントリーは景気の悪い話ばかり。次こそ明るく楽しい話を書こうっと。

なんちゅうか、ほんちゅうかとでも言いたくなる日曜日だった

 映画「靖国」を見てきた。ゲロつまらない映画だった。あんなものに何故大騒ぎするのか理解に苦しむ。映画の中の某コイズミ元首相の発言のごとく理解に苦しむ。印象に残ったシーンが2箇所あった。あれ、確か2箇所あったと思ったけど、1箇所しか思い出せない。まあ、いいか。そのシーンというのは靖国擁護派の第60回戦没者慰霊会(だったかな)みたいな式典で出席者全員が「君が代」を斉唱する場面だ。全員が起立したときに突然2人の若者がステージ前に飛び出し「コイズミ靖国参拝反対」みたいなスローガンを叫び、当然多勢に無勢で式典参加者から叩き出されるのだが、そのときにエキサイトしたオッサンが「お前中国人だろ、中国に帰れ」と叫び、その叫びは若者が会場外に放り出されるまで延々と繰り返されたこと。多分10回以上同じセリフを叫んでいたのではないか、そのオッサン。人間興奮すると語彙が乏しくなり、同じことを繰り返してしまうのだなと、くだらないところに感心してしまった。しかし、「○○は××へ帰れ」というシュプレヒコールは左右両翼を問わずよく言われるセリフだな。そんなこと言われて素直に帰る奴がいたら、顔を見てみたいものだ。

 それと、思い出した。台湾の高金素梅が、靖国に抗議に来てそこの課長さんだかにアピールというかアジテーションというか、まあ向こうの言葉でワーワー言うのだが、それを訳す日本人がやたら「クソ」とか「ウンコ」みたいなお下劣表現を使うのが大層おかしかった。しかし、大枚1,500円も払って、あ、コインパーキングの注射料金が(って、駐車だろ、シャブ打ってるわけじゃないから注射料金ってありえねー)300円だから〆て1800円か、CD廉価版並みの単価払って2時間ちょっと椅子に座って見る様なものではなかった。そういえば今日の地元紙には「『靖国』上映始まる 2日間で200人、混乱なし」という見出しで記事が出ていた。しかし23,24という土日で200人観たというのが記事になるのはな~。その後を読んでいくと上映館のコメントが出ていた。そのまま引用する。
 

「鑑賞する人は4,50代が中心。話題作とあって1回の上映に70人集まることもある。今後も幅広い年齢層に見てもらいたい」


 ううう、僕は思わず涙があふれてきた。♪涙あふーれ、何も見えない~もーう誰も愛せない、アイム・クライング、アイム、・クライン、信じられらない二人の愛の結末が~、とハマショーの「涙あふれて」か、♪いといずあいぶにんおぶざでーえええい、あいしっとあんどうぉっちん、ちるどれんぷれ~い、すまいりんふぇいせず、あいきゃんしー、ばっとのっとふぉーみー、あい、しっとあんどうぉっち、あずてぃぁーずごーばーい~と本家ストーンズの「涙あふれて」を歌いたくなったくらいだ。ううう、話題作で1度に70人集まることがニュースになるって、我がふるさとってなに(ここは三田誠広風に)。

 というような日曜の午前の時間を過ごしたのだが、映画を見た後は素直に家に帰った。夏休みももうすぐ終わる下の子供が、習字を実家に習いに行くというので車で送る約束をしていたのだ。以前にも1度実家に行って練習したが、今日は仕上げると張り切っている。習字というのは読んで字のごとく、字を習うわけだが、なんでもかんでも字を書いていけば良いというものではない。夏休みの課題なのでお手本がある。どんなお手本だと聞いてみると「雄大な自然」だという。なるほど、雄大な自然は結構だが、そんな文字を毛筆でわざわざ書くことが実社会の中であるだろうか。いやない(反語だ)。それより「不当判決」とか「闘争勝利」とか「空港粉砕」などの文字を練習したほうが、より実践的では無いかと思ったが、子供に話してもしょうがないので黙っていた。

 実家についてみると、普段あまり本を読まない母だが食卓の上に文庫本があった。どうしたのか聞いてみると、近くのヤ○ダ電機で買ったという。やばい、いよいよボケが始まったのかと思って、「なんで電機屋に本があるか」と突っ込んだら、「あんたはものを知らん。ヤ○ダの2階に書籍コーナーがある」などと反論された。実は僕の実家のすぐそばに去年だったかコ○マ電気が宮崎にはじめての店舗をオープンした。宮崎みたいな小さな町にヤ○ダ、ベ○ト、デオデ○、100○ボルトと熾烈な競争をしている中、コ○マが参戦してきたのだ。駐車場もたっぷり取り、3階建てのまずまずの規模のお店を出したな、と思っていたら、その100メートルほど先の土地に今度はヤ○ダが新規出店してきたのだ。関東での力関係をここ宮崎でも見せつけようということだろうか。

 コンビニなどの流通業界ではたまに見られるぶつけ合いというかつぶし合いだが、こんな大きな電気店同士でつぶしあいしてどうするのだろう。いくら日本がシホン主義の国だといってもあまりにも熾烈な生存競争である。などと、この前宮崎の経済を憂うエントリー書いたもんだから、それ風なことを書いてしまったが、結構無責任に面白がっている部分はあるのだ。それで子供が習字を書いている間、暇つぶしに新しく出来たヤ○ダに行って見た。エスカレーターで2階に上がるとCDのコーナーがあり、中古のいい出物は無いかと探したが中古のコーナーはまだ無いようだった。そしてそのCDコーナーの先に行くと、確かにありました。書籍コーナー。

 どうせ、ベストセラーか流行りものの本しか置いてないだろうと、高をくくっていたのだが雑誌コーナーは結構充実していた。特に音楽雑誌のコーナーは中々よくて、宮崎ではあまり置いていないロックス・オフがあった。以前、アマゾンかなにかのメールで欲しいなと思っていたギタリスト特集だったのですぐに買ってしまった。本を買うときにもポイントが付くのにはちょっと驚いた。僕はヤ○ダで電化製品を買うことはほとんど無いのだが、ちょっとした消耗品をなんどか買っていたので800ポイントくらい貯まっていた。おかげで実際払ったお金は300円くらい。何となく得した気分である。ロックス・オフを片手に持ち、再度音楽雑誌のコーナーに行って他を探してみると、エレファント・鹿島市じゃないよな、カシマシの単行本があったが、何故か5冊も置いてある。どんな判断なんだろうか。はっきりいうが宮崎では売れんぞ。

 お店を出て実家への道を歩いていたら、ヤ○ダの駐車場に入ろうとしている車の列が見えた。ずっと何台も何台も続いている。一体宮崎にこれだけの人がいたんだろうかと思うくらいの数である。そしてこれらの人たちは日曜日に電機屋に来て何を買うのだろう。何が楽しいんだろう。僕はエリナー・リグビーの歌を歌いながらちょっと考えたが、面倒になり考えることをやめた。

 お詫び。昨日のらしくない話を書いたときに次は学生時代の話か音楽の話を書くといってたが、またいつもの日曜の風景を書いてしまった。とりあえず今は風の吹くまま、気の向くままに思ったことを書きます。それではまた。

らしくない話ですが、

 お盆の休みなどとっくに終り、今週は17日の日曜日から仕事が始まったので今日までまるまる7日間のワーキングデイズであった。暑さはひと頃と比べると、随分落ち着いてきたがそれでもまだまだ昼間の太陽は厳しい。そのせいか、やはり家に帰って食事してちょっと横になるとダメだ。すぐに寝てしまい、今週はほとんどPCを立ち上げることもなかった。インターネットというのは触らなければ別にどうってことは無いな、もう面倒だしブログの更新もやめてしまおうか、などと思ったりしたが、やはりいろんな人からコメント頂くと嬉しくなり、しかもその内容が70年代の「プガジャ」だったり、「これでいいのだ」的赤塚的一方通行的結論に対するささやかなシンパシーであったりすると、嬉しくてやっぱりまだまだ続けて書いていくのだ、これでいいのだ、という態度に変わるから人間は自分勝手な生き物である。

 今日は特別何かを書こうと思ってキーボードを叩き始めたわけでは無いので(いや、いつもはちゃんと起承転結とか序破急とか考えているんです、あれでも一応)、ここ1週間を振り返るというか何でも頭に浮かんだことをランダムに羅列してみたい。などと書いてはみたが、この1週間何があったかあまり良く覚えていない。というより、昼間は結構忙しくて外回りで走り回って、夜は家に帰るとご飯を食べたらすぐに寝てしまうという生活だったので印象に残るようなことが何も無い。頭がぼんやりしていて瞬間瞬間で怒ったり、頭に来た事はあるのだが、その怒りが持続しないというか、一体何を怒っていたのだろうと思い出せないのだ。

 今、机の上のメモ帳に「ニオイは見えない汚れです」と書いてある。確か、昨日か一昨日、テレビのCMに出てきたフレーズで、見た(聞いた)瞬間、「ふざけるな、このやろう」と怒りが湧き上がり、これをネタにエントリーを展開してこましたろうと思いながらも寝てしまい、さてそのメモを見て一体オレは何を怒っていたのかと不思議に思う今日この頃なのだ。そうだ、思い出した。この感覚が最近のオレを支配していたのだ。つまり「ホワット・アム・アイ・リビング・フォ~?」という疑問だ。目的意識の喪失というか、問題意識の希薄さというべきか、よくは分からないのだが自分のやっている行動が何か無意味なものに思えてくるのだ。その対象というのがどんどん広がってしまってるような気がするのだ。

 別にオイラがやらなくてもいいんじゃないか。いやもっと積極的にオイラがやる意味が無い、やってもしょうがない。何も変わらない、何も生まれない。全てが面倒だ。仕事はオイラが止まるとメイワクをかける人が沢山できるので、とりあえずはやれる限りはやっている。ただ家に帰り、食事を済ませ、自分の布団でごろごろしながら家族の会話(配偶者と子供達、子供同士の会話など)を聞いていると、「アア、モウオレガイナクテモナントカナルノデハナイカ」とか「モウイロイロカンガエルノガメンドウダ」とか「イマコノママスベテガオワルホウガラクデハナイカ」といった考えがふと浮かんでくるのだ。非生産的というか、敗北主義というか、ちょっと鬱陶しい考え方だ。

 ストレスがたまっているのかなと思う。ガス抜きが必要なんだろうか。本も音楽も欲しいものが結構順調に手に入ってるのだが何となく上の空で読んだり聞いたりしている。そうそう、お盆の休みの間にタ○レコに行ったっけ。実はお盆前の日曜日に家族で買い物に行ったついでにタ○レコで「ビクター音楽事業80周年記念 紙ジャケ80!」というシリーズを見つけた。1枚ものCDが1,500円、2枚組みが2,000円、しかもK2HDで紙ジャケット仕様という嬉しい内容だ。時間がなくてその時はEL&Pの「作品第2番」しか買えなかったため、パート2としてEL&Pのライブ(マンティコア・レーベルのPFMは4枚出ていたけど、ピート・シンフィールドの「スティル」は出てないのは何故だ。答え、歌が下手だから、などというのは可哀想だ)やフォーカスの2枚目3枚目、ついでに「ハンバーガーコンチェルト」と「レインボーライブ」もいったれや、トッド・ラングレンは「誓いの明日」を買おうか、などと自分の予算は棚に上げていたら、欲しいCDは1枚も無くガックリ来たことがあった。そのときも怒るより「オレの人生こんなもの」みたいな哀愁漂うセリフが浮かんできたのだ。

 ついてないんだ。いや本当はツキなどという証明不能なもののせいにしてはいけないのだろう。それは分かっているけど、何となく盛り上がらないここ1週間だったのだ。うーん、どうも辛気臭くていかんな。しばらくは学生時代のアホネタか、音楽話をもとにした話を書くことにしよう。そうだ、明日は気晴らしに映画を見に行こう。宮崎にもついに「靖国」来たんですわ。ただ、ああいう映画見て元気が出るかどうかははなはだ疑問ではあるが。

 今の気持ちを良く表している歌がこの前買ったEL&Pの「作品第2番」にあったと思い出し、その歌詞を書こうと思ったら、流石に廉価盤だけあって歌詞カードが付いてない。やっぱし、ついてねえな。タイトルは「Show Me The Way To Go Home」でEL&PのオリジナルではなくてIrving Kingの作品である。随分昔の記憶なので間違ってるかも知れないが、歌詞は「Show me the way to go home,I’m so tired and I wanna go to bed」から始まり、最後はせつせつと「おうちに帰る道教えてよ、早く帰りたいよう」と訴える。落ち目になった頃のグレグ・レイクのボーカルが切なくて泣けてくるのだ。

落ちなんてない。言いたいことを書いたただそれだけ。

 外回りの仕事をしていると、どこで給水するかというのは大事なポイントである。連日の飽きることの無い炎天下の中、喉が渇いたなどと感じてから水を飲んでも遅いなどと聞くので、早めはやめに水分を補給している。多くの人たちは自動販売機で飲み物を買ったり、最近は例のエコブームとやらでマイ・ボトルなるものに好きな飲み物を入れて携帯している人もいるようだ。僕も以前は水筒に麦茶を詰めて持ち運んでいたことがあったが、よく車の中に置き忘れてしまったりするので今はしていない。

 タバコをやめると体質が変わるなどというが、僕もかれこれタバコをやめて3年以上がたつ。あまり気にしていないが、外回りのときの給水を何で補うかという点で以前と変化が出てきたようだ。以前、そう最低でも4,5年前は喉が渇くと缶コーヒーや缶入りの紅茶、たまに炭酸飲料というパターンだったが、ここ何年かはその手の飲み物を身体が受け付けない。いやコーヒーそのものは大好きで朝は必ず飲んでるし、場合によってはお昼にファミレスのドリンクバーでがぶがぶ飲んでることも多い。炭酸はめっきり飲まなくなった。では今は何を飲んでいるかと言うと「水」である。加川良ではないが「欲しいものは水。」なのだ。

 ちょっと前はペットボトルのお茶を良く飲んでいたが、昨年くらいから水以外の飲み物は受け付けなくなった。何故なんだろう。上善は水の如しというが、僕も人間が出来てきて水しか受け付けなくなったのかもしれない。戯言でした。

 その水であるが特別このメーカー(というか、産地というか)でなければというのは無いと思っていた。今日まで。おっと、その前に僕が水を買うのはたいていスーパーである。自販機で150円(最近は120円とか110円なんていうのもあるが)出して買うのはもったいない。スーパーに入れば100円以内というか80円代、下手すれば70円代で買うことが出来るのだ。それと、スーパーはエアコンが効いている。まあこれはコンビニも同じだが、コンビニは自販機並みの単価だし、マンガや雑誌など余計な誘惑があるのでもっぱらスーパーで買っている。今日も移動中の合い間に某スーパーに飛び込んで水を探した。

 ミネラル・ウォーターのコーナーに行くとエビアンだとかボルビックだとかあちらの水が置いてあった。そこにひときわ大きな文字でクリスタルガイザー77円と書いてあった。おっ、安いと思わず手に取ってしまった。その横には国産のミネラル・ウォーターが88円で置いてあった。経済効率を考えれば答えは一つだ。しかし、僕は大事なことを忘れていた。この世界を経済効率第一の世界にしているのはどこの国だ。誰も頼んでないのに世界の警察面して威張ってるのはどこの国だ。最近ロシアになんだかんだ文句つけてるようだがお前が言うな、といいたくなる国はどこだ。

 僕は心の中で「渇しても米帝の水は飲まず」と叫びながら88円の国産の水を買ったのだ。これこそが反米愛国である。そんなわけないか。でもこれでいいのだ。
結構美味しかった鹿児島は蒲生町の水

赤帯の話を思い出した列車の旅、というほどの旅ではないが

 久しぶりに電車に乗った。どれくらい久しぶりかというと、多分2年前の保谷出稼ぎツアー以来では無いか。事の発端は、今年の2月に亡くなった伯母の初盆にどうやって行くかという話からだ。我が家では、たいていこの手の行事には家族揃って参加するのだが、今年は配偶者が仕事の関係で休めないのと、我が家の子供二人も一応受験生ということで学業優先、自宅待機することになったためだ。ただ実家の母も連れて行かなければならないのだが、僕ひとりで車を往復4時間半運転するのはつらいという判断から電車で行くことにした。僕の住んでいる町から実家の母のところまで配偶者の車で朝送ってもらい、そのままJRの駅まで連れて行ってもらう予定だった。

 ところが前日の13日に母から電話が入り、14日の初盆が大変混んでいて、お坊さんが来るのは朝の8時だと知らされた。初盆のある延岡までは車では2時間ちょっと(ノンストップで2時間ちょっと、途中休憩などしていたら3時間かかることもある。夏目漱石が「坊ちゃん」で指摘した『陸の孤島』的状況はいまだ何も変わっていないのだ)。根が短気な母は6時の電車で向かうという。僕はとてもじゃないが、そんな早起きは出来ないので9時過ぎの電車でゆっくり行ってお昼を親戚の人たちと食べて、午後2時か3時くらいの電車で帰ることにした。

 電車の時間帯と料金をネットで調べたら、普通電車だと片道1,600円で1時間40分程度、特急の自由席だと片道2,520円で1時間ちょっとである。時間は思った以上にかからないが、運賃が高いのに驚いた。河原町から梅田まで特急で290円だったはずだと、怒ったが良く考えたら30年前の学生時代の運賃だ。それでもちょっと気になって今の運賃を調べたら390円、30年間で100円しか上がってない。それに比べてJRは何だ。政府が責任とって国営化しろ。名前は国民鉄道、略して国鉄でどないだ。儲かったらプロ野球球団経営してもいいぞ。金田なんて名前の大エースが生まれるかも知れんぞ。おう、金だ、ひろおか、よしだ、なんてフレーズがコドモタチの間で流行するかも知れん。などと、暑さと交通運賃の高さで白昼夢を見てしまった。

 短い旅ではあるが、電車を使っての一人旅なんて気分はもうルンルンである(しかし表現が古い)。電車に乗って旅をするにはまず文庫本、それから汽車弁当である。文庫本は前日に本屋で購入した東郷かおる子の「わが青春のロック黄金狂時代」となぎら健壱の「東京酒場漂流記」を準備した。汽車弁当は前日から準備するわけにいかないので、当日駅で買うことにした。ここで心ある人たちからは駅で売ってるなら駅弁では無いか、ましてや汽車などこの21世紀には走っていないから汽車弁当という言い方は間違っているのでは無いかというご指摘があるかもしれない。しかし、僕は中学3年生の国語の時間、教科書で読んだ梅崎春生の「赤帯の話」を読んでい以来、あの弁当のことは汽車弁当と呼んでいるのだ。

 この「赤帯の話」は作家梅崎春生が太平洋戦争終了時にソ連で過ごした抑留生活が元になっている。言葉も通じない、寒さも極限地帯における日本人捕虜の生活が描かれているのだが、その抑留生活の中で作者が毎日のように夢に見たのが汽車弁当である。日々の強制労働と劣悪な食事環境の中で、身体が塩分を求めるのだろう。甘辛く煮た肉や塩辛い魚、そしてきんぴらごぼうなどの日本食がコンパクトに詰まった幕の内風の汽車弁当の描写が、子供心にも印象深く未だに残っているのだ。この「赤帯の話」は言葉も通じないロシア人の兵士と日本人俘虜たちのコミュニケーションが書かれており、その中での一番のエピソードは「赤帯」と作者達があだ名で呼んでいたまだ若きロシア兵がある時、作業に連れて行く途中の山小屋で俘虜たちに洗面器に沢山入った鮭を腹いっぱいご馳走するシーンが出てくるのだが、そのシーンを朗読するように言われた生徒が鮭をカエルと読んでしまい、せっかくの感動シーンが洗面器一杯のカエルを強制的に食わせるロシア人兵士という、一歩間違うと戦争犯罪では無いか、アジア人蔑視ではないかと大糾弾大会が開かれかねない状況であったが、民主主義の擁護者であった国語の担任は、その生徒の頭に拳骨を落とすことで言論封殺した。というか、当時はそんな問題意識など無く、単純に洗面器に入った鮭を食うのは衛生上いかがなものかと思ったくらいだ。また後年海原雄山師匠(by美味しんぼ)から「鮭は生食するものではない」とご指摘頂き、そういえばあのときの日本兵達は大丈夫だったろうか、といらぬ心配をしたくらいだ。
南宮崎駅のトイレで見かけたごもっともな張り紙
 イントロが長くなったが、当日朝7時過ぎに目が覚めてしまいせっかくなので1便早い電車で行くことにした。家を出たのは8時だったが既に南国の太陽はどうじゃ、こりゃエレカシの「太陽ギラギラ」そのものじゃろうが、とでも言いたげに殺人光線を放つのであった。定刻8時37分丁度に電車は出発した。実は駅のホームで待っていたときに2両編成のしょぼい電車が来たのだが、そちらは宮崎止まりの各駅停車で、多分僕の乗る電車もそのようなおんぼろ電車だろうと予想していたが、とんでもない。車体のデザインも洒落ていて座席もリクライニングこそないが、木製のシートにクッションのついた小じゃれたものだった。そうそう、汽車弁当だが、駅のKIOSKで買おうと思ったら、コンビニ弁当やおにぎりばかりで、こんなもん食えるかと激怒した。経木に入ったご飯の香りとシンプルなおかず、弁当は幕の内をもって正統とする、という俄か幕の内主義者の夢ははかなくもちったのであった。

 電車に乗ってしばらくは移り行く景色を眺めたりして、退屈はしなかった。各駅停車なのでちょっと走ると駅に止まる。ほとんどが無人駅だが、それぞれの駅にそれぞれの思い入れがあるのだろうか、ちょっとした花壇があってきちんと手入れされているところもあれば、セイタカアワダチソウが正に自由奔放に伸び放題になってる駅もあった。そのような景色を眺めていたが流石に退屈してきてとりあえず東郷かおる子の新書を開いてみた。元ミュージック・ライフの編集長が書いた本だ。もっともミュージック・ライフの編集長というと星加ルミ子のほうを連想してしまう世代ではあるが。前書きのところで、今の昭和ブームに対する批判がちょっと書いてあった。いわく「誰もが熱く、懸命に生きていた。そんな時代をオレ達、アタシ達は生きて来たんだ。いい時代を生きた自分だったと思いたい」という数にものを言わせた団塊世代の「思い込み」を、そんなことは無い60年代も小中学生の自殺や親殺し、公害、汚職外に目を向ければベトナム戦争、中東戦争、キング牧師やケネディ兄弟の暗殺、ドサクサ紛れでいってしまえば第1羽田、第2羽田、10.21さーんーりづか~(by 戦争しか知らない子供たち)、という時代だったのだ。しかし、そんな時代に唯一、誇れるものがあるとしたら60年代から70年代にかけてのロックの成長と発展を同時代的に体験できたことだ、という主張はおおむね賛成である。

 文章は流石にオンナコドモの読む(これベサツではありません。ロックファンにおける区別です、などと言い訳を用意しておく)ミュージック・ライフで長年記事を書いてきた人だけあって、読みやすい。随分昔の記憶だが、たしかこの人ムーディ・ブルースの「童夢」のライナーを書いていたはずだ。ムーディーズの音楽は夜、できれば電気を消してろうそくの中で聞いて欲しい、昼間の喧騒の中では音が拡散してしまいその魔法が効かなくなるから、みたいなこと書いていたっけ。半年ほど前に日本におけるロック雑誌の変遷みたいな本を読んだが、そこでミュージック・ライフの存在価値としてロックの底辺を広げたみたいなことが書いてあった。なるほどな、と思った。ローティーンからミドルティーンくらいの時期に明星や平凡を読むか、ミュージック・ライフを読むかで随分違っていたからな。

 特筆するようなエピソードは無かったが、それぞれミュージック・ライフの記事としてアップできるような裏話、楽屋話がつづられていて読みやすかった。しかしこの本読んでいて考えたのは、70年代、僕がロックにズブズブにはまり込んでいった時代、ロックファンというのはそれほど多くはなかったが、確実に存在したという事実だ。今更、昼飯代溜めてレコード買ったとか、親から参考書代だといってそれがアルバム代に変わったなんていう話を書く気は無いが、高校時代のクラスにどれくらいロックファンがいたか。いや洋楽ファンは沢山いた。そうではなく、ロックをアルバム単位で聴いていたのはA川、S藤、S原、N友、あれこんなもんか。僕の高校は8クラスあったから、単純に1クラス5人ロックファンがいたとして1学年40人前後。うーん、これは少ない。だから僕は大学で1日中でも音楽の話が出来る人間の集合体であるDRAC(サークル名)に入って、そこに6年もいてしまったのだ。

 もう1点、この本を読んで考えてしまったのは60年代末期、ロックがビートルズの解散とともに大きく変化していった時代に、ロックにおけるジャーナリズムなど存在していなかったというところだ(未だに存在していないという見解もあるが)。レコード会社もプロモーションやシーンの盛り上げ方など手探り状態で本社である英米でもそれはあまり変わらなかったという事実。それでもロックを聴く人間は増えていき、情報を求める(考えてみたらネットも無い、ビデオも無い、電話は黒ダイヤルの時代なのだ)人間は増えていき、その中でロック雑誌の役割分担も明確になっていき。ニュー・ミュージック・マガジンやロッキング・オン、ロック・マガジンなどが登場していったのだろう。志としては僕たちがやっていたミニコミもシーンを本来のあるべき姿にするためにスタートしたのだ。もちろんあっけなくつぶれてしまったが。
意外にスマートな車内風景
 などと、いろいろなことを考えているうちに目的地の駅に着いた。駅から親戚の家までは歩いて5分くらいのところだ。時間はすでに10時を回っていたので、とっくにお坊さんは帰ったものと思っていた。玄関のドアが開いていたので挨拶して部屋に入ると、伯父や叔母達が随分疲れた顔をしてソファに座っていた。話を聞いてみると朝の8時から9時くらいに来るといったお坊さんがまだ来ないらしい。僕の母など、朝の3時に目が覚めてそれから始発の電車で来ているので疲労の極地にあったようだ。それでもしばらくはいろいろ世間話して時間をつぶしたが11時になっても来ない。とうとう母は頭が痛いからといって11時半の電車で家に帰ってしまった。仕方が無いのでテレビでオリンピックを見ながら待っていたが、来ない。もう昼だということでビールでも飲めといわれ昼ビーをいってしまった。いかんせんこの親戚の集まりでは僕が最年少になるから(あ、いとこがいたが彼女は子供の世話で奥に引っ込んでいた)、なんでもハイハイといって言うことを聞かねばならない。

 テーブルに手作りの料理が並び、僕は煮しめが好きなのでサトイモやコンニャク、ぜんまいなどをつまみに飲んでいたら、後から来たいとこがその煮しめはなんだかくさいなどといい始めた。どうやら夕べ作ったのはいいが冷蔵庫が一杯でそのままテーブルに出しっぱなしだったらしい。どうりでサトイモがやたら糸を引くと思った、などと受け狙いでギャグを放ったが、流石に70代80代のジサマ、バサマには通用せず、腹痛を起こしたら大変だから焼酎を飲めといわれて飲んだ。人間昼間から飲んだらクズです。

 1時になる前にもう一人親戚の伯父さんがやってきた。坊さんが来てないことに驚き寺に電話したら、すぐに連絡を取るが初盆のお経は長くて40分くらいかかるからもう少し待ってくれといったらしい。それでもクレームは出してみるもので、それから30分くらいでお坊さんが来た。なにやら今日、初盆の家が20数軒あり、中には市営住宅の5階で孤独死した人もいて、そこの身内はたった二人で、そのうち一人はこの前の岩手の地震で家が壊れて帰って来れない、もう一人の人は旦那さんの家も初盆になって大変だった、などと、ま、いわゆる言い訳を連発して8分くらいのお経が終わった。それでもこれで無事に初盆の儀式は終了できるというものだ。

 さっき昼ご飯を食べたと思ったら、もう夕ご飯をどうするかという話になり、久しぶりに親戚が揃ったからとのことで、近所の豚カツ屋にみんなで行くことになった。特製ヒレカツ定食に中ジョッキである。僕は豚カツはロースこそ命の人なのだが、いかんせん最年少なので発言権が無い。最も最年少というのをフルに活用させていただき、皆さんの残したカツを貪り食ったのは言を待たない。1時間くらいの食事会も終り、最後はタクシーに分乗して帰ることになった。僕は駅まで送ってもらった。駅で時間表を見ると17時47分の電車がでたばかりで、次の各駅停車は18時46分、1時間待ちである。困ったなと思ってもう一度時間表を見ると18時17分発の特急がある。特急料金は惜しいがこんなところで1時間ぼんやり待つのはつらいので思い切ってチケットを購入した。ホームに出て待っていると流石に特急にちりん、立派な流線型の電車が音も無く入ってきた。乗り込んでみるとシートもリクライニングでオマケに網棚に新聞が置いてあった。開いてみると大阪版の朝日新聞だった。こういうところが特急電車の特典だなどと考えながらシートに身を横たえるとすぐに寝入ってしまった。本日の課題のロックジャーナリズムの問題点はまた改めて考えてみるのだ。

うーん、やっぱりナルコはんは可愛かったな、などとしみじみと思うのだった

 先々月、「インロウタキンは金太郎印」というタイトルでエントリーをアップした。内容はYOU TUBEで偶然見つけたINUの81年クロコダイルでのライブ映像が中心だった。その中で「つるつるの壷」や「フェイド・アウト」のような曲も見たかったと書いたのだが、今日偶然それら2曲プラス1曲の動画を発見。天は我を見放さず。ボーナス無くとも子は育つ。前振りはどうでもいいから早くしろという声が聞こえるので、早速「フェイド・アウト」を一発。

 演奏スタイルや服装から見て、以前アップしたクロコダイルでの同日のライブだろう。映像も多分同じ人間が撮っていると思う。可能性としてはこのライブ(当時の演奏能力とレパートリーから約1時間弱の演奏だと思うが)丸々ビデオに撮られているのではないか。アップした人は違うようだが、一度に連続してアップすると削除されるのではと考えて、断続的にアップしたのだろうか。しかし、誰が一体何の目的で撮ったビデオだろうか。ライブハウスでの演奏なので、やはり何らかの関係者でプライベートに撮っておいたものが流出したのだろうか。余計な詮索はいいか。2曲目はエッセイのタイトルにもなった「つるつるの壷」。

 ♪写真屋のおっさんの石で刻み込まれたようなしわ オレはお前が愛おしい クソまみれにしてくれ~と何ともシュールな導入からラストの♪つるつるつるつる、つるつるの壷ッまで一気に聞かせる。しかしこの作詞能力というのはどうやって磨かれたのか。このエントリー最後にその謎が解明される。おっとその前に「ダムダム弾」をお届けしよう。

 この「ダムダム弾」は暴力団とか応援団とかいった団ではなく弾、タマのほうである(当たり前だ、字を見れば分かる)。この歌の中で「オレはそれを高校でなろた」というフレーズがある。なろた=習ったの関西弁であるが、この部分をどう聞き間違えたのか、某ロック雑誌に「町田はスゴイ。自分の学歴をちっとも気にしていない姿勢はパンクだ。何しろ『オレは高校出なのだ』と何度も断言している」というような記事が出ていて、ケッ、関東者にINUが分かるかと毒づいた記憶がある。あ、それと思い出しついでに書いておくが、こちらはFM○阪のDJをやっていた某氏、「最近関西も若いロックバンドが出てきて頼もしい。特にお勧めはアイ・エヌ・ユーだ。ボーカルが独特でベースが女の子だがなかなかいい」などと放送で喋っていた。ご本人がINUを聞いたことが無いのがばればれの話だ。それと思い出しついでに書いておくと、僕が大学最後の年に行ったサークルの学園祭のイベントで「PROPAGANDA」というタイトルで、当時の関西ニューウェーブ系のコンサートを行ったのだが、そのときのトリをINUにお願いした。そしてそのときの演奏をラインで録音していたのだが、ちょっとしたことがきっかけで手放してしまった。それから20年近くたち、某ルートでINUのD大でのライブテープが市場に出回った。聞いてみて確信した。僕達のイベントのときのテープだ。売りに出したやつも見当がついてる。あの野郎、結局は商売人だったのか。

 ちょっと話がそれた。それでは最後に町田町蔵の歌詞作りの秘密を披露しよう。このブログ読んでて良かったと思われること請け合いである。

宮崎の経済を憂う、but what can I do(by CLASH)

 眠いのだ。ひたすら眠いのだ。のっけから何を言ってるのかとお叱りをいただきそうだが、ここ最近とにかく眠くてどうしようもない。この夏の暑さと連日のスコールのような土砂降りというかにわか雨の繰り返しで、必要以上に体力を消耗してしまい、家に帰り食事を済ませるとすぐ横になってしまいそのまま熟睡するパターンが続いている。一昨日などは昼間汗びっしょりかいたにも関わらず、シャワーも浴びないうちに寝てしまった。これじゃブログの更新はおろか、深夜チャットに参加することも出来ない。いえね、この前ちらっと書いた水はなんたらかんたらで結晶したり、変化したりするとかいう連中の悪口を思う存分チャットでやろうと思っていたのだが、それも出来ずじまい。おそらくその話を楽しみにしていたであろう極少数の方から「早い」とか「使えない」とか書かれているのではないか。おっとこれは楽屋落ちでした。

 実は今日のネタはちょっと暗い。いやちょとどころかかなり暗い話になるのだが、「光あるところに影あり」という白土三平イズムで武装して話を書いていこう。

 前振りに書いたように、「水は音楽を聴いている」という江本某の本を買おうと思ってM脇書店に行った。批判の大原則としてどんなにくだらないと思う内容であっても立ち読みしただけでエントリーを書いてはいけないと思ったからだ。それで最初は大手チェーン店のM林堂を何件か回ったが置いてなくて(もちろん、他のタイトルの江本某の本は沢山あった。その横を見ると江原某の本も沢山置いてあった。こいつら一蓮托生で狸の作った泥舟にでも乗らないかなと考えた僕のココロには悪い結晶が出来ていたに違いない)、ここならあるだろうと予測を付けていったのがM脇書店なのだ。ここは、置いてある本のバランスが良くて水伝を科学的にというか、常識的に論破した左巻先生の「水はなんにも知らないよ」をしっかり置いてあるのも覚えていたし、ついでに買って並行して読むと面白いだろうと思っていたのだ。

 で、恒例の無駄話が始まるが左巻先生はD女子大の先生である。D女子大とは僕の通っていたD大に隣接する女子大であり、つまり女子大生が沢山いるところである。そのD女子大は今はどうだか知らないが、僕の学生時代は当然男子学生が意味も無くキャンパスに立ち入ることは出来なかった。これは一緒のサベツではないかという意見が一部のカゲキかつモテナイ男子学生の間から上がってきたが、まあ、どう考えても羊の群れの中に飢えた狼を入れることを大学当局が許すわけが無い。しかし、エイデンの出町柳からD大のキャンパスに向けて歩いていくと、一瞬D女子大のキャンパスとシンクロするところがある。通称「男の花道」といわれる箇所だが、直線距離にして数100メートルくらいだろうか。キレイな女子大生のオネーチャンたちと肩を並べて歩くことが出来るスポットがあったのだ。1回生の頃、修学院に住んでいた僕が通学に市バスを使わず、なるべく自転車かエイデンにしていたのはこのマイ・スィート・ロード(ここでのロードは道路の意味ね)を歩くためだった。しかし、何ヶ月かその道を歩いたが、劇的な出会いだとかそういった変化は起こらず、ああいうところをちゃらちゃら歩くのは九州男児のやることでは無いと結論付けて挙句は別館に篭るようになったのは言うまでもない。

 話を戻そう。それで昼休みを利用してM脇書店に行ってみたら、どうも様子がおかしい。駐車場に車は沢山入っているのに、お店の開いてる気配が無い。入り口のドアのところにこんな張り紙がしてあった。
閉店ぐらい読めるだろうと思ったが、小さい子供にも配慮してると気がついた
 そういえばこのお店は2階建てで以前は2階のワンフロアが丸々マンガのコーナーで、そこでもバロン吉元の「親鸞」が置いてあったり、諸星大二郎の作品が全て置いてあったり、なかなかに通好みの選択をしていたのだが、昨年の中ごろだったか、2階は閉鎖してしまい、マンガコーナーは1階の奥のスペースになった。面積的には1/3以下になったせいか置いてる本も種類が少なくなった。それでもハードカバーや新書などは、単なる売れ筋だけでなく、マイナーではあるが知的好奇心を刺激するような本や、出版することに意義があるような本を揃えている、いわば僕のお気に入りの書店であった。

 M脇書店の閉店を知り、少しがっかりしていたその日に会社でナニゲニ、ヤフーニュースを開いてみたら、今度は地元最大手のゼネコンの倒産のニュースが出ていた。今年の初めくらいから危ないとか噂されていたのだが、まさか本当に倒産するとは思わなかった。宮崎の企業ではアミューズメントの会社でジャスダックに上場していたA社が粉飾決算がばれて今年倒産したばかりだ。今度はゼネコンなので下請け、孫請け、資材調達の企業など連鎖でバタバタいってしまうところがでてくるだろう。今回倒産したS組は、危ないという噂が出るたびに「そうはいってもA社が倒産したばかりなので地元のM銀行も面子があるので助けるだろう」という希望的観測が関係者の間では多かったが、銀行も所詮我が身可愛さか共倒れは避けたようだ。

 こんな暗いニュースばかりだったが、その中で「みやざきの食とくらしを守る緊急県民大会」なるものが開かれた。僕は偶然、その集会場である公園の横を車で通ったのだが、色とりどりのチューリップハットを被った人たちがいたので、てっきり反戦関係の集会だと思ってしまった。翌日新聞で調べてみると、原油高に苦しむ一次産業従事者や商工業者、建設業者が縦断的に集まり「ガンバロー」をやりデモを行ったようだ。来賓として知事も出席して「必ず宮崎の時代が来る。もう少し県民総力戦で頑張りましょう」とまるで「欲しがりません、勝つまでは」的激励を行ったようだ。その後参加者1200人はトラクターを先導に県庁まで(あっ、オレはてっきりデモだと思っていたが、今新聞を見たら「パレード」だと書いてある)、パレードを繰り出した。たまたまその様子も車の窓から見ることが出来たが、元気なかったな。思わず「もっと気合いれんかぃ、トーソーショーリだ!」と叫びたくなったのは言うまでも無い。
気合が入ってねえよ、と県庁に向かって毒づく
 しかし、宮崎経済界大変である。僕も他人事ではないのだ。ボーナスなどここ数年出たためしはないし、取引先の要求はとどまるところを知らず、一寸先は闇どころか明確にスターレスアンドバイブルブラックの世界が待ち受けている。そんな暗い気持ちの中、「水は音楽を聴いている」をめくってみた。わはははははははははははははは、笑わせよる。えエルトン・ジョンの「ユアソング」聞かせて出来た結晶とやらは「…エルトン・ジョンさんが、この歌をあなたのために一所懸命に歌っているという感じを受けます。…」そうかい。バド・パウエルの「クレオパトラの夢」を聞かせて出来た結晶のところには「…モダンジャズといえども大自然のリズムにマッチした作風であり、音楽なのだと水が教えてくれています」わははははははははは、勘弁してくれ。そんな素晴らしいことを教えてくれるお水様をオレは毎日2リットル以上ガブ飲みしてるぞ。バチは当たらないか?

 最初は暗い話のオンパレードになるかと思ったが、お水様が救ってくれた。感謝すべきであろう。しかし、この本をめくってると河内屋菊水丸とか、松任谷由実だとか米倉涼子などシンパの名前が出てくるが、ハッと気がついたら周りはみんな水信者だったら怖いな。しかし、この性格は直らないのだ。

宮里陽太ライブアットライフタイム 後編

 ピーカンの日々が続いたかと思うと、突然嵐のような豪雨と雷が鳴り響く日が3日も続いている。火曜日にエントリーをアップして、続きを水曜日に書くつもりだったが、物凄い雨と雷で中断。まあ家の中にいるから雨は関係ないが、それでもハードレインがゴナフォールで『雨音はショパンの調べ』などという悠長なものではなく、ブラック・サバスかグランド・ファンクかというぐらいの爆音だった(しかし、たとえが古いな。ハード・ロックのバンドの名前が。もっともグランド・ファンクは自分たちのことをハード・ロックの上を行くヘビー・ロックなんて自称してましたな)。♪ウィー・アー・アメリカン・バンド。

 それでも昼間は仕事で駆け回り、暇を見つけては本屋や中古CD屋に入って精神のバランスを取っていたのだが、この前妙な本を見かけた。題名は「水は音楽を聴いている」。例の水で一発当てたろ軍団の本である。むかついて立ち読みしたらハードカバーが文庫になったと書いてあった。この本そんなに売れてるわけ?内容は例によって水に「美しい音楽」を聞かせると美しい結晶を作り出し、「悪い音楽」を聞かせると結晶ができなかったり、反シンメトリーなものになったりする、と結論付けている。ぱらぱらめくると圧倒的多数の事例はクラシックだったが中にはJポップもあったし、ジャズもあった。バド・パウエルの「クレオパトラの夢」を聞かせると素晴らしい結晶ができていた(ケッ)。マイルスもあったけど「ビッチェズ・ブリュー」ではなかったな。

 このペテン師江本某を糾弾するのは、それなりのかたがたにお任せして、しかし、なんといえばいいのか、このような不安定な時代に何かにすがりたいという気持ちは分からないではないが、水が音楽を聴いている、ねぇ。ジャズでいえばオーネット・コールマンやエリック・ドルフィーのバス・クラ聞いたら水はどんな反応をするのだろうか。水が音楽を聴いているなら、氷だって水蒸気だって聴いているのだろう。僕の乏しい理科的知識の中でも水は気体・固体・液体と三変化すると確か学習したぞ。水がクラシックの美しい音楽好きなら氷はどんな音楽が好きだろうか。やはりクール・ジャズだろうな。水蒸気は何だろうか。リトル・エバやゴールデン・ハーフ、さらにはグランド・ファンクまで幅広いのでは。その心はロコモーション。ああ、書いていてつまらん。下らん本を立ち読みしたせいで僕の体内の水分が悪い結晶を作り出し、僕の思考回路を破壊しつつあるようだ。早速、前回の続きを書こう。

 というわけで、8月4日。夜7時半からライブがあるので、その日の仕事を6時までに何とか済ませて家に帰り服を着替えて(僕はこういうところが几帳面というか、仕事のときの格好とライブなどのオフのときの格好はゼッタイ別でないとダメなのだ。せっかく音楽に120%没入しようとしても着ているものが仕事着だとどこか覚めてしまう。まあ時間がどうしても無いときは諦めるが5分でも余裕があれば着替えて行きたいのだ)、恒例の駅前の縄のれんに向かった。開き戸を開けて入るとすでにY尾君はカウンターで生ビールを飲んでいた。僕も遅れじと参加し、とりあえず豚バラとネギマ各2本、そうそうあと冷奴ねと注文した。ところで今日のライブは宮里陽太のサックスと先日ポレポレでドラムを叩いていた古地克成を目玉に見に行くのだが、ライフタイムのライブ情報を見ると関戸トリオプラス宮里陽太という扱いになっていた。関戸夫妻の名前はライフタイムのライブスケジュールで良く見かけるが、僕もY尾君も聞いたことがない。果たしてどんな演奏をするのか、大いに期待しながらライブハウスに向かった。

 7時半より5分ほど前だったが、ライフタイムに入るとステージ前のテーブルにアベックが2組、他には奥のカウンターに数人という淋しさだった。何だよ、ポレポレであんなにいい演奏していたメンバーの二人が出るのにこのザマか、と内心ちょっと腹が立った。しかし、ものは考えようでステージのどまん前の席で見られるのだから、これは今のうちだけだ(今にメジャーになったらなかなか見られなくなるぞ)と自分で自分を納得させた。それから少しずつお客さんが入りだして、ふと見ると宮里さんがニコニコしながら立っていた。挨拶を交わして、先日のライブの話や僕のエントリーの話などをした。そうだ、そこで前回のポレポレのメンバーは全員宮崎出身だと聞いて、エントリーで訂正せねばと思ったのだ。7時半を15分ほど過ぎてからライブは始まった。ベースの関戸知雄のMCでスタートした。オープニングは宮里陽太のオリジナルで「Gマイナー」。ソプラノが今日も軽快に走っている。演奏前のカウントは陽太が出していることを知った。

 2曲目と3曲目はピアノの関戸敬子のオリジナルで「バルグラーベン」と「ロンボク」とかいう曲だった。MCでジャズの曲名には、意味のあるものとあまりそうでないものがあるなどという話が出た。山下洋輔のエッセイにもその手の話があって、タイトルに深い意味を付与したがるのはオーディエンスというか評論家だけじゃないのかというような内容だったと思う。なんせ「グガン」はイントロがグガングガンタパタトンと始まるから、その名を「グガン」と付けたらしいし、「クナトンナ」という曲がどうして出来たかは逆から読むと分かるとか、まあ、あまり色気のある話ではない。もっとも「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」とか「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」とかこちらが感情移入したくなるようなスタンダードのタイトルもあるから、このあたりはなんともいえない。

 ファーストセットの圧巻はこのあとの2曲。どちらも宮里陽太のオリジナルで1曲はポレポレでの演奏がしっかり耳に残っていた、ええとキャピトル何とかホテルというフィリピンのホテルの名前がタイトルの曲。これも良かったが、その次の曲はまるでナベサダが作って演奏しそうなちょっとラテンというかカリプソっぽい曲。このセットを聞いていて、何故宮里陽太のサックスが気に入ったか理由が良く分かった。もちろん一つには豪快に吹き上げるところだが、それ以上にオリジナルのメロディラインがいいのだ。歌心があるといえばいいのか。ジャズだろうがロックだろうがアマチュアからプロに進む過程でオリジナル曲というテーマがのしかかってくる。オリジナル曲とはその名の通り、そのミュージシャンのオリジンなものでなければならない。ただオリジンなだけでは不特定多数のオーディエンスにアピールすることは出来ない。そこで重要なのがメロデイなのだ。しかも単発なメロディではなく、流れるようなメロディ・ラインが重要なのだ。メロディ、ハーモニー、リズム、小難しい物は何もいらない。これが基本だ。それが答えだ(byウルフルズ)。

 怒涛のファーストセットが終り、飲み物のお替りをしようとカウンターに向かおうとしたら何だか懐かしい感じがした。耳が鳴っていた。久しぶりの感じだ。これこそがライブを聞いた証だ。しかし電気楽器は何も使っていないのに耳が鳴るんだから相当のパワーを貰ったのだろう。あ、書き忘れたけどドラムの古地さんはビシバシ叩いて小気味良かった。ベースの関戸ご主人も、あまりMCは上手ではないが独特のユーモアがあって良かった。もちろんベースも。奥さんのピアノはちょっとタッチが弱いかなと思うところもあったが、要所要所を締めていて全体のアンサンブルとしてはバッチグーであった。そういえば僕の大学の後輩に当たるレイザー・ラモンは最近見かけないが、あ、関係ない話だった。

 セカンドセットが始まった。白夜をそのまま直訳した「ホワイト・ナイト」という関戸敬子のオリジナルからスタートし、続いて食べたサンドウィッチのあまりの美味しさに感激して出来た宮里陽太のオリジナル「ベーコン・レタス・エッグサンド」も楽しかった。その後演奏したナンバーも全て関戸または宮里のオリジナルで1曲の演奏時間が10分以上みっちりあった。とりわけ印象的だったのは関戸敬子の作るブルースフィーリングあふれる曲とカルテットの演奏だ。この凄まじさはラストナンバーの「ライアー」(残念ながらスリー・ドッグ・ナイトでもクィーンでもなかった)まで緊張感が途切れず続いた。

 最後の音が聞こえなくなった時間は10時半を過ぎていた。普通はアンコールの拍手が起こるが、たっぷり3時間近くの熱演を聞いたのでお客さんももうお腹一杯という感じで、お店にもその雰囲気が伝わったのかいきなり客電が点いてBGMが流れ始めた。ウェザー・リポートだった。良く考えるとライフタイムでウェザー・リポートを聞いたのは今までに無かったと思う。後ろのほうでマスターの「いやー、良かった」という声が聞こえた。

 僕達は圧倒されたのと興奮した気分が入れ混じってやたら饒舌になっていた。宮里さんの姿が見えないと思ったら、またもや陽太君を連れてきてくれた。前回に続き思わず感動の固い握手をしたら、開口一番「皆勤賞ですね」といってくれた。それから陽太君を入れて少し話しをした。僕は「以前のライブのときに後1,2年くらいはアルバムなど作らず、ライブでバリバリ吹いてスタイルを確立してください、などと生意気なことを言いましたが、撤回します。あれだけのオリジナルがあればアルバム作れますよ。いや作ってください。アルバムがあればもっと多くの人に聞かせられるし、紹介できます」などと喚いていた。もちろん人間の出来ている宮里さんはこんなヨッパライのたわごとは相手にせずニコニコしていた。11時近くになり、翌日も仕事なのでお二人にサヨナラを言って帰ることにした。次回は9月に宮里陽太カルテットのライブがあるそうだし、後日ライフタイムのHPを見たらマスターも気にいったようで『これからはスケジュールの許す限り、この4人でも出演してもらいたい。ゴキゲンでしたよ!』というレポートがあった。僕もゴキゲンである。

宮里陽太ライブアットライフタイム 前編

 やはり音楽の持つ力は偉大だ。何をいまさらなことを、と思われるかもしれないが、このところ身も心も疲れ果てたオヤジと化していたのだが、このライブでオレは復活した。前回、ポレポレでのライブもスリリングなものだったが、今回の8.4ライフタイム決戦は凄かった。だから、前に書いたでしょう。地元の音楽好きな人は是非8.4ライフタイム決戦に結集せよと。ジャズだのなんだのと細かいことにこだわらずに、エンケンじゃないけど純音楽として聞いたら必ず気に入った筈だ。それと今回は宮里陽太のサックス以外にもいろいろ新たな発見と掘り出し物があったのだ。おっと、その前にお詫びと訂正を一発。前回ポレポレでの宮里陽太のライブレポートを書いた中で、『今回のカルテットのメンバーはベース以外は全員宮崎出身者。』などと書いてしまったが、ごめんなさい。謹んで訂正します。ベースの池田潔も、宮崎出身でした。僕の勘違いというか事実関係を確認せず書いてしまったせいです。ここで男らしく30分間土下座する、スマン。♪だーれのせいでもありゃしない、みんなオイラがわるいのさ~、などと心は尾藤イサオである。いやエリック・バードンか。あ、話が見えません?いえ、どちらも「悲しき願い」を素晴らしいボーカルで聞かせる人、というかアニマルズのボーカルがエリック・バードンでそれをコピーしたのが尾藤イサオです、と、オヤジの話はくどいのだ。

 で、ようやくアリバイ的な土下座を終らせ話を続ける。7.21ポレポレでのライブが素晴らしかっただけに今回の8.4ライフタイムのライブも待ち遠しかった。例によって『宮崎の文化状況、とりわけ大衆音楽の生演奏会における不毛な状況を、これを断固フンサイし圧倒的な動員でもって、お気に入りのミュージシャンのライブを盛り上げるぞ、そのためにブログも掲示板も何でも利用するぞ、だから月1回くらいはライブに行って楽しもう会』の会長であるY尾君と連絡を取り、8.4当日は6時過ぎに駅前の縄のれんで軽くメシ、その足で7時半からライブというスケジュールを確認した。あ、前に書いたやたら長い会の名称はたった今デッチ上げたものなので、次回はまた全然違う名称になっているかもしれないことをお断りしておきます。などと気配り、気配り。

 というわけで8.4は6時に仕事終わらすために日曜日に会社で仕事をすることにした。僕の目算では午後1時くらいから始めれば4時前には終わるという読みだった。しかし、その予定は危機に瀕した。それは何故か、普段から夫婦の会話というのはやっておかねばならないという教訓話がこれから始まる。

 確かに、8月最初の土曜はなんたらかんたらとテキが話していたような記憶が無くは無い。日本語の便利なところで二重否定というやつだ。いいにくいことはこういう表現でオブラートにくるむのがオトナの対応ってもんだぜ、兄ちゃん。いや、ね、ほら僕なんか常日頃からライブ行ったり、CD買ったり、DVD買ったり、そりゃ好き放題しているように見えるかもしれないが、外に出りゃ世間の風は冷たくて、エブリィデイ、ハードレインがゴナフォールなのよ。などと言い訳がましいが、要は配偶者が仲の良い友達とこつこつお金を積み立てて(頼母子講とかいう、江戸時代あたりから続いている庶民の知恵だな)、それがようやくたまったから1泊二日で福岡に行くと以前から宣言していて、カレンダーにも記入していたのをうかつにもすっかり忘れていたのだ。それで土曜の夜に家に帰ってみたら、下の子が一人ぽつんとしていた。姉は塾で夜遅くならないと帰ってこない。一人で食事するのがつまらないので僕の帰りを待っていたなどという。そうかそうか、なんだかんだ言ってもやはりパパっ子だと目じりを下げていたら、「ということだからセブで冷やし中華買ってきて」などとぬかす。要はていのいいパシリである。

 二人で冷やし中華を食べながら、「お父さんは明日昼から仕事に行くから遊んでやれんぞ」と言うと、「えー、私は明日合唱のコンクールで9時から県立芸術劇場に送ってもらわんと困る」などといい始めた。そういえば、この子も8月に入ってすぐ部活である合唱のコンクールがあると言っていたな。例によって夜、その手の話が出たはずだが大方生返事でちゃんと聞いてなかったのだ。「朝はまあいいけど、夕方はダメだぞ」といったが「4時に終わるから迎えに来て」と言い切られ、どうもこの子には弱いので釣られて返事をしてしまった。その後上の子もぐったり疲れて帰ってきた。帰って開口一番「明日も学校で模擬試験じゃ~。私の夏休みはどこへ行った~」と切れている。かわいそうに明日はせっかくの日曜日なのに二人とも6時半起きで学校である。

 翌日、8時過ぎに起きて着替えて下の子の学校に行き、コンクールの開場である県立芸術劇場に送った。ホールを聞いたら、なんと先日BAHOを見た演劇ホールである。子供にいろいろ話しかけながら走っていたが、どうも元気が無い。どうしたのか聞いてみるとコンクールで金賞は3校しか取れず、1,2位の学校は決まっているので3番目の金をかけて幾つかの学校と勝負だという。練習で上手く行かなかったので自信がないようだ。一応部活の部長をしているだけに責任を感じているのだろう。子供を励ますのは父親の務めなので「お前な、勝負は結果が全てじゃない。プロセス、つまり結果に至るまでの途中経過が大事なんだ。などというやつがいるが、このシホン主義のニホンでは、結果が全てやぞ。勝てば官軍、マイト・イズ・ライトちゅうこっちゃ。ちなみにマイト・イズ・ライトというのは小林アキラは照明であるという意味ではない」みたいなことを言おうかと思ったが、気質が配偶者にクリソツな娘なので黙っておいた。

 子供を送った後、家に帰り「田舎に泊ろう」を見て(いやー、テレビはほとんど見ないんですが、何時ごろからかこの番組に妙にはまってしまい、これを見ないと日曜になった気がしない、一種のサザエさんシンドロームである)、サッポロ一番塩ラーメンに野菜炒めをぶっかけて昼飯にした。よし、体調十分、いざ仕事じゃ、と会社に向かった。時計は1時を少し回っていた。それから静かな事務所で作業に集中していると、あっという間に3時半。こりゃ、ヤッベ(このフレーズの意味は前回のエントリーを参照してください)、子供を迎えにイカネバの娘だ。父はひたすら車を走らせて、目的の場所に着いたのは4時10分前だった。丁度木陰があったので、そこの芝生に座って待った。待った。待った。ひたすら待った。

 で、ここで声を大にして言いたいのは、どうして学校行事というか文部科学省関係のイベントは時間通りにいかないのだ。4時閉会予定と聞いていたから、迎えにきている父兄も結構いた。みんなそれぞれ手持ち無沙汰で携帯を眺めたり、ナニゲニ腕組みしてうろうろしたり、気の短そうな人は会館の中に入ったり出たりを繰り返している。だんだん人も増えてきて、そうすると中には見覚えのある顔もあり、あれは確か子供の同級生の母親ではないか、あ、あの人は上の子が幼稚園の頃PTAの会長をしていた人では無いか、などとちょっと気になったが話しかけるほど親しくも無く、また名前が出てこない人がほとんどでどうにも居心地が悪いのでsugarmountain君に電話した。先日送ってもらったDVDのお礼を言おうと思ったのだ。しかし、電話に出んわ。わー、すいません、このしょうも無いギャグを言いたいがためにここまで話を引っ張ったのは私です。

 かれこれ小一時間してようやく下の子が出てきた。僕に気がつくと小走りで走ってきた。瞳がきらきらしている。「遅かったな、どうだった」と聞くと「金賞、次は長崎で九州大会」と声が弾んでた。本当に嬉しそうだ。10時くらいに自分達の発表の番が来て、全力で歌ったけど正直、ほかにも上手な学校も多くて半分以上諦めていたらしい。特に顧問の先生は「あんたたちはよく頑張った。結果はどうあれよく頑張った。最後まで諦めなかったのがエライ。先生は正直諦めた」などと審査発表の前に言ってたらしい。それが最後の土壇場で金賞しかも九州大会出場だから本当に嬉しかったのだろう。僕も思わず「長崎か、もうかれこれ何十年も行ってないな。よし、四海楼のちゃんぽんを食べに行くかっ」

 ええと、メインはこれから翌日のライブなんですが、ここまで来てどうにも眠くてたまらん。続きは明日、必ず書くのでひとまずごめん、とゲルニを決めるのであった。これはごめんゲルだな。

公開礼状 「ありがとう鳥肌音楽さん、次は無修正を」

 眠い。毎日眠い。こりゃいったいどうしてだと思うくらい眠いのだ。仕事を終えて家に帰り、食事を済ませて9時過ぎくらいにはもう瞼がピクピクして眠くなる。下手に横になるとそのまま寝てしまう。無理して起きていても11時回ったらもうだめだ。完全に瞼が重力に負けてしまい、あの東大通にクリソツといわれた僕のつぶらな瞳がクローズ、クローズ・エンカウンターズ・オブ・ザ・サード・カインドというのは第3種接近遭遇といってエイリアンだか宇宙人だかとお隣さんになることをいうのではなかったか。あまりの暑さと睡魔で頭がもうろうとしている。睡魔、まさしく睡魔である。いや、もう複数形にしてスイマーズとでも呼びたいくらいだ。タイマーズはいつでも、どこでもぶっ飛んでいたいが、スイマーズのほうはお呼びでない時間には来て欲しくない。

 というわけで、またもや1週間近くご無沙汰してしまったが、とにかく毎日夜眠くてしょうがなくエントリーの更新も止まったままだった。しかし、どうしてこれほど眠くなるのかと考えたら、やはり昼間の異常な暑さで体力を消耗してしまうのだろう。しかも、この前は車まで消耗してしまう出来事があった。地元の人にしか分からない地名を出して申し訳ないが、2,3日前に国道220号線を青島方面から宮崎市内に向けて走っていたときだ。もちろん外回りの仕事中だ。しかもその時は取引先にお中元を届けるというシークレット・エージェント・マンとしての業務の最中だった。僕はエアコンが嫌いなので、そのときも窓を全開にして走っていた。宮崎はど田舎だが、その国道は流石に主要幹線道路なので右折車線が2車線、直進・左折車線が2車線の都合4車線の道路で、僕は右から2本目の車線、すなわち右折車線を走っていた。信号が赤になり、僕も止まった。車を止めるとやはり風が入らず、あまりの暑さに耐えかねてエアコンのスイッチを入れた。それも一気に全開にした。その途端エンジンが止まった。

 真っ赤になったフロント・パネルを見て、僕は軽く舌打ちしてキーを回した。スカタン、スカタンとセルは回るが始動しない。ん、ん、と思いもう一度全力でキーを回した。スココン、スココンと今度は先ほどより、更に力の無い音がした。が、エンジンはかからない。少しあせった。というのも前方の信号が青になり、右側の車の列が少しずつ動き出したからだ。ヤッベと、これは湘南出身でドクターというバンドのベースを弾いていたジュンの口癖で、あちらの方言だということだが、何となく伝染してしまい30年たった今でも、少しあせるときに口をついて出てくる言葉だ。などと悠長なことはいってられない。僕の前にいた車は全部先に進んだのに、僕の車は進まない。いや、エンジンがかからない。後ろのほうからクラクションが聞こえる。僕はとっさにフラッシャーを点滅させた。そして多分ダメだろうと思いながらも何度もキーを回した。

 後ろについていた車が僕の車を避けて走り始めた。僕はエンジンをかける事を諦めて、車の修理屋さんに電話して、事情を伝えた。彼は「あー、そりゃちょっと厳しいっすね。30分くらいでそっちに行くから、邪魔にならないところに車を動かしてください」などという。オレ一人でどうしろというんだ、と叫んだが「何とかしてみてください」といたって緊張感が無い。こちらははらはらどきどきである。また後ろに車が止まり始めた。やや絶望的な気分でルームミラーを見ると、後続の車はひっきりなしだ。僕は度胸を決めた。車から降りて、片道4車線の車道に仁王立ちした。何、若い頃は今出川通りをデモでブイブイいわせたやないかい、などと己を鼓舞しつつ、しかしながら態度は卑屈に「えらいすんまへんな、車がエンストしましてん。ま、困ったときはお互い様ですな、ほな、そこのところよろしゅう」などと口にはしないがボディ・アクションで表現しながら、その昔NHKでジェスチャーなる番組があり、身振り手振りで複雑な状況を説明して相手に答えさせるというゲームで、その中で力道山はいつも女の人のことを小指で表現していた、などと全く意味のないエピソードを交えながら、僕の孤独な戦いは始まった。

 まあ、早い話、後ろについた車にトラブル中なので先に行くよう、手で合図して、車が少なくなったところでギヤをニュートラルに入れ、ドアを半開きにして体全体で車を動かしていった。これも日頃の行いの良さだろうか、圧倒的な交通量を誇る220号線だが、直線・左折の車線に車が1台もいなくなり、僕はその機会を逃さず、全力で車を路肩に動かした。それから修理屋さんが来て、ロープで牽引され会社まで戻り、そこで代車を借りた。その代車は軽でエアコンは効かず、まあ僕にすればエアコンはどうでもいいが、なんと、窓が開かない、いや正確に言うと窓を開けると閉まらないという車だった。そういうトラブルに見舞われたことも体力消耗の原因だったと思う。更に、修理屋さんから翌日電話があり、すぐに直るかと思ったらやたらコンプレックスがどうした、こうしたなどという。

 自慢ではないが、僕は私立文系の人である。車のメカニズムなどとんと分からぬ。あれはガソリンを飲む小人がエンジンルームに隠れていて、キーを回すとそいつらが全力で走るから動くのだ、と言われても、メイビー、ッオーライ、メイビ・メイビ・アイ・ラブ・ユーと突然ルー・クリスティの「魔法」を歌いながら納得してしまうくらいエンジンの仕組みだとか車の構造など分からないし興味が無い。しかし、だからといって車の修理屋にデカイ態度をとられると不愉快である。「なんだ、コノヤロー。オレの劣等感と車の故障にどんな因果関係があるんだ。いってみろ。但し250字以内、句読点を含むっ!」とは言わなかったが、まあ相手にすればそれくらい意味の通じないことを言ったのだろう。「あのー、コンプレッサーが悪いといったんですが、コンプレックスではなくて」。そ、そんなことくらいお前にいわれんでもわかっとるわい、そのコンプレッサーたらいうのはナンボやっ、と僕は叫んだ。いや14万くらい…。

 じゅ、じゅうよんまん~。どこかで狼が鳴いているのではない。ボーナスも出ない零細企業の名前だけ管理職の元パンクスが泣いているのだ。そーらが泣いたらあーめになる。やーまが泣くときゃ水が出る。おーれがなーいても何にもでーなーい。意地が涙を、泣いて、泣いてたまるかよー。ゆーめがあーる…。

 というような悲しい出来事があり、今週もいいことは何も無かった。今日もメシ食って寝るだけか、と淋しい気持ちで家に帰ってみると机の上に茶色い封筒がある。差出人は鳥肌音楽の管理人だ。あれ、もしかして、メイビー、アアア、メイビ、メイビ、風光明媚と今度は意表をつくオヤジギャグをかませながら封を切ると出てきたのは1枚のDVD。この前、彼のブログにカンボジア難民救済コンサートのエントリーがアップされていて、そこに僕が「世話になった先輩にお中元をまだ贈っていない後輩は速やかにDVDにして送るべし」という米を書いたのだが、まさか本当に送ってくるとは思っても見なかった。ありがとう、sugarmountain君。これからもヨロシク、とコロッと態度が変わる。これを君子は豹変す、という。英語で言うとジャガーチェンジである。などと今度は嬉しさのあまり頭がおかしくなったが、早速見ました。

 いやー、良かった、良かった。クラッシュも良かった。プリテンダーズ、クリッシー・ハインド、カッコ良かったな。スペシャルズの「モンキー・マン」、本当にサルみたいにロープに登るのか。そういえばこの曲はノー・コメンツが良くカバーしてたな。うぁー、ロック・パイルだよ、ニック・ロウがベース弾いてるよ、ゲストにロバート・プラント、来たーーーーー。もちろん御大ザ・フーもカッコよろしいな。そして最後にロケストラ。うーんいうことない。これでナビゲーターが福田和也でなければ、今年最高の番組といえるな。などとつぶやきながら、消そうとしたら、あれ、あれれ、これビートルズの「レット・イット・ビー」じゃね。いや、そうだ。あれたしかアップルがビデオに、つまりDVDにはしてないはずだよな。そういや字幕も出ない。もしやどっかのブートだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。ひたすら見る。メンバー全員若い。どこかのシーンで、ああここに出ているうちの半分は死んだんだと思ったが、良く見るとビリー・プレストンもうつっていた。半分じゃない。5分の3だから6割死んだんだ。などと、世の無常を嘆く。

 屋上のセッションシーンまで見たら、もったいなくなって止めてしまった。続きはまたゆっくり見ようと思って、ディスクを取り出しケースにしまおうとしたら、ディスクになにやら書いてある。カンボジア、LET IT BE、BUDOKAN。ぶ、武道館?あの来日公演の映像?さて、一体何がうつっているのか、続きは土曜の夜だ。

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