祝!再発「それから先のことは…」

足も長いし背も高い それで音楽センスも抜群だから嫌になる

 やったらあかん、やったらあかんと思いながら、またやってしまったチャット。今度は夜更かししないように1時間時間を早めて、土曜の夜10時から始めたのだが、気がついたら午前3時30分。次の日は日曜だからいいものの、昼ぐらいまで寝て終日ぼんやり過ごした。実は大学の先輩のsawyerさんと、「DRAC興亡史 75年以降」のテーマでエントリーを書く約束をしており、少しずつ記憶を整理してはいるのだが、なかなか思うように時系列の話にならず、混迷と停滞を繰り返している。そこで逃避行としてのチャットなどに嵌っているのだ。しかし、チャットはその人の本性が出るから面白い。まあその話はいずれ書くとして、今日メールをチェックしていたら「ん?」と思うものがあった。

 「廃盤復刻&新盤お願い」最新情報メールと書かれたそのメールは、そういえばずいぶん前にCDアルバムとして廃盤になっているものをリクエストして一定の投票数が集まったらCDとしてプレスしてくれたり、アナログのままでCDになっていない音源をCDにする投票を集めるサイトを偶然発見して、メルマガの登録をしたことがあったのだ。しかし、それ以降全くナシのつぶてでお気に入りに登録したまま忘れていたら、なんと約4年近く更新が無かった上に、今回の通信で最後というあまりにあっけないエンディングのメールだった。

 それでも、色々なニュースを読んだりしているうちに、やはりこのようなサイトの存在が各レコード会社の意識を変えて、最近はうれしい復刻アルバムが多々登場している。個人的には加川良の「A LIVE」だったり、上田正樹と有山じゅんじの「ぼちぼちいこか」だったり、パンタの80年代のアルバムの再発だったり、今年は収穫の年だなと実感した。その中でもうひとつ嬉しいニュースがあった。長年廃盤状態で、中古屋さんやオークションで探したけれど手に入らなかった加藤和彦の「それから先のことは…」が来る11/2に紙ジャケットで再発になることが決定した。

 このアルバムは76年の発売だが、個人的には3回生になった77年の春先からずっと聞いていた。フォークルを解散し、ソロ活動を止め、ミカバンドでの成功を蹴って、年上の作詞家安井かずみとカップルになって音楽活動を始めた最初のアルバムである。たしか「キッチン&ベッド」が東芝のCMソングに起用されたはずだ。しかし加藤和彦の女性の好みは最初の奥さんであるミカにしても安井かずみにしてもクレオパトラ風な顔が好きなんだなと、ま、これは余計なお世話である。このアルバム以降から「ガーディニア」を経て、あの3部作に進むひとつの転換期の作品とも言える。

 しかし、このアルバムを何故買ったのか良く思い出せない。3回生の頃と言えば、エアロスミスやチープトリックといったアメリカンネオハードロックバンドを聞いたり、ロック班のリーダーとして研究会の事や、サークルの幹部間の意思統一にあたふたしていた頃で、あまりAORぽい音や、日本のフォーク系の音は聞かなかったような記憶があるのだが。

 未だにこのアルバムを初めて聞いたときの印象ははっきり覚えている。「アトランティッククロッシング」を出したロッド・スチュワートの人気がブレイクし始めていた頃だが、その「アトランティック~」のスタジオミュージシャンがバックで参加したと、レコード会社も力を入れて宣伝していた。ところが1曲目の「シンガプーラ」を聞いた途端力が抜けた。この曲を聴いたF田敏雄君は開口一番「戦時歌謡や」とのたまった。なにしろ♪熱い風かき回す、羽広げる扇風機~西・東インド会社その歴史を秘めながら~などと妙にオリエンタルな歌詞とメロディで、今までの加藤和彦とは全く違った世界が広がっていたのだ。

 何となく、マジメな音楽ブログっぽくなってちょっと僕のキャラではないなと思ってる皆さん。僕もそれを感じているので、こんな時はYOU TUBEに逃げるのだ。こんなYOU TUBEの使い方もあったのだとちょっと興味を持った演奏をどうぞ。

 いや静止画を貼り付けてバックに音楽を流すという方法はたまにお目にかかるが、この映像(?)を発見したのは嬉しかった。しかもこれは多分CD化されていないというか元サディスティック・ミカ・バンドのメンバー(ベースは2代目の後藤次利だが、こいつは木之内みどりをたぶらかしてニューヨークに連れて行った悪人です。でもベースは上手かった。あ、ベースがうまいということは女を泣かせるテクがあるということかな、猫さん)に教授とユーミンが絡んでいるという何ともゴージャスな演奏です。イントロに「戦メリ」が流れるところが85年という時代を物語っている。

 そうだ。YOU TUBEではもうひとつ発見があった。ファニー・カンパニーというバンドをご存知だろうか。70年代前半にあの矢沢のキャロルに対抗しうる唯一のバンドだった。俗に「西のファニカン、東のキャロル」などといわれた。どちらもバンドとしては短命だったが、個性的なボーカリストを生んだ。キャロルはエーちゃん、ファニカンは桑名正博だ。そのファニカン時代の名曲「スィートホーム大阪」を桑名が一人で弾き語りで歌っている(最初に髪の長いちょっと変なオジサンが映りますが元東京都知事候補の方です)。こちらもオリジナルよりかなりブルージーに歌っている。そうか、あれから30年以上たったのか。これから先のことは明日という日につられていくのだろうか?まとまりの無いエントリーだったけど、この次からはちゃんと書きます。とにかく眠いのでゴメン。
 

スポンサーサイト

加川良が帰っていった、去年に続いて。

 先日拙ブログにコメントくれたfoukusong3さんが、YOU TUBEに「教訓Ⅰ」をアップしていた。比較的最近の加川良がギター一本で歌っている。いい映像だ、僕のブログにアップしようと思ったが、同じ教訓Ⅰを英語に訳した動画があり、それが面白かったのでここに貼っておく。

教訓ⅠをMoralと訳しているのは中々ですな。しかし反戦歌としてだけ捉えても、この歌にある女々しさは理解できない、などと書くとまた妙な具合になるのでやめる。

 実は今日はエントリーはパスするつもりでいた。というのも先日夜更かししすぎて、ちょっと睡眠不足気味なのだ。僕は完璧な夜型人間であったが、ここ何年かで体質が変わってしまい最近は、夜は12時過ぎるとほとんど起きていられない。かといって決して早起きでもない。ま、「世の中に寝るより楽は無かりけり、浮世のバカが起きて働く」という言葉を座右の銘にしているくらいなので仕方が無いのだが。

 そのとにかく隙さえあれば寝る僕が、何故寝不足になったかというと、これが嬉し、恥ずかし、初体験のせいである。今更、このトシで初体験などというと眉をひそめる人もいるかもしれないが、実はチャットというものを生まれて始めて体験した。去る23日の夜11時から、博学多才をもって知られる「Heaven or Hell?」の管理人、黒木燐さんとナニワの乙女ブロガー(褒めたからナンかくれ)「猫だぬきのこだわり」の管理人の猫だぬきさんのお二人に手ほどきされて、禁断の世界についに踏み込んだのだ。

 いや、楽しかったですよ。面白かった。まあ世間一般ではチャットなどというのは、オンナコドモの道楽と思われているようだが、流石にこの3人が揃うと話題の質が違うね。ざっと振り返ってみてもテーマは「言語学における動物の名前の起源の由来」であるとか「アウトドアにおける鴨と雉の相異について」とか「日本伝奇文学としての八犬伝、その因果応報の世界」などを熱く3時間以上も語り合ったのだ。最後は僕がもうギブアップしなければ燐さんの言葉じゃないが「朝まで生チャット」になっていたことは間違いない。しかし、これは癖になりそうだ。

 というところでお口直しに「竹田の子守唄」を、残念ながらオリジナルの赤い鳥ではないが、そうそうたるメンバーで綺麗に歌ってます。

 そうそう、最後に「らたまいしゅう」はスネークマンショーでジャンキー大山が良く使ったフレーズです。「こなさん、みんばんは」をヒントに、それとも「かんたまがきゆい」のは「なんきんにいったからです」と書いたほうが解るかな?イカン、マジで寝ます。  

加川良がやって来た、去年に続いて。

ステージで熱演する加川良とすぎの暢

 細かな部分は違っていたが、大枠は予想したとおりだった。もちろん大いに満足である。満足であるが、何か物足りない気がするのは贅沢というものだろうか。何の話かというと昨日の加川良ウィズすぎの暢のライブのことである。去年のライブは僕たち夫婦とこのブログにたまにコメントくれるderiさんご夫婦、都合4名で参加したのだが、今年はderiさんのご主人の都合がつかず、その分たまにこのエントリーにも登場する高校の頃からの友人のS君を誘った。当日は我が配偶者は早めに仕事を休み開場時間の6時過ぎにはderiさんと一緒に席を確保しておく手配になっていた。僕とS君は仕事の都合もあり、6時半くらいにライブハウスの入り口で待ち合わせる予定にしていた。

 夕方の5時過ぎに外回りを終えて会社に戻り、事務処理をしていたらすぐに6時を回ってしまった。まだ仕事をしている連中に「お先に」と声をかけて車に乗り、家路を急いだ。配偶者はもう出発したかと思い携帯に電話するがつながらない。自宅に電話したら下の娘が出て、『ハハはもう出かけたが、おとうも出かけるのか』と聞いてきた。『そうだ』と答えると声のトーンが上がった。そりゃそうだろう。週末の夕方にうるさいことをいう親が二人していなくなるのだから、バカ娘二人にしてみれば天下を取ったようなものだろう。家に帰りつくと満面の笑みをたたえた上の娘が「Sさんから電話があって、遅くなるらしいとお母さんに言ってた」などと告げる。服を着替えて、ライブハウスまでは家から歩いて10分くらいなので、そのまま歩いて向った。途中S君に電話したら急な用事が入ったが7時半くらいには行けるとのことだった。

 歩き始めて気がついたが、その日は朝から激しい雨が降ったり止んだり、途中ぎらぎらの太陽が出てきてキツネの嫁入り(いわゆる天気雨という状態)になったり、妙な天気で夕方6時過ぎだというのに結構暗くなっていた。6時半くらいに会場について、配偶者からチケットを受け取りお店に入ると、客席はは3分の1くらいの入り。ざっと3~40人くらいか。ステージ間近のテーブルを見ると、アロハを着た背の高い人がいた。Tasaki。さんだ。丁度一年ぶりの再会を祝い、立ち話を少々。延岡から友人3人で来て、本日もライブ終了後の打ち上げまで居るとのこと。拙ブログも読んでます、あの時代の話が哲学的に書いてあるなどとお世辞を言われて恐縮した。延岡にはちょくちょく行くので、次は教会に遊びに行きますと約束して別れた。

 自分達のテーブルに戻るとderiさん、あまり元気がない。なにやら朝から体調が悪かったが、加川良のライブだからと無理して出て来たらしい。会場を見渡すが客の数はあまり変化がない。主催のWさんが去年の6割くらいと言っていたが、会場の半分から前にしか人がいない。僕が買ったチケットの通し番号は98だったので、前売りで100人くらいは来るはず。しかし現状はどう贔屓目に見ても50人が関の山だ。宮崎には日向時間という悪しき風潮があり、時間にルーズな人が多い。もう少し客が入るのを待ってライブが始まるだろうと思っていたら、いきなり何人かが拍手をしたので振り向くと、黒い人影が2人並んでステージに進んだ。加川良とすぎの暢だ。初っ端から二人で演奏するのだとわかった。

 僕の予想では最初は加川良が一人でやって、休憩後に二人でやるのだろうと思っていたが、そんなことはどうでもいい。「1年ぶりに寄せてもらいました。次に来れるのは10年後だと思っていたんですが…」とMCが入り、すぐに歌が始まった。去年のライブは宮崎初ライブだったので、かなりMCが長くて多かったが今年は2度目ということでどんどん歌っていく。「贈り物」や「アイ&アイ」などと一緒に今回聞きたかった「駒沢あたりで」もやってくれた。最初の30分くらいで一気に走っていった感じだ。すぎの暢が拍手を受けてステージから下がり、加川良が一人で弾き語りを始めた。最初、何の曲か解らず、ぼんやり聞いていたのだが、印象的なフレーズが。「生活の柄」だ。アレンジをちょっと変えているので、高田渡の歌い方と全く違う。しかし、一人で歌っているので、ここはコーラスで協力しなければ男が廃る。♪あるき、つかれては、くさにうもれてねたのです。あーるきつかれ、ねたのですが、ねむれーないのです~野太いオジサンたちの声が響く。Tasaki。コーラスグループは元より会場のほぼ全員が歌ったのではないか。

 前半のステージのMCで印象的だったのは、やたら宮崎を持ち上げてくれたこと。前日は鹿児島だったがお客の反応は冷たいものだった、などとローカルナショナリズムをくすぐるようなことを言う。「しかし、宮崎、すごいですね。もう、ほんと、そのまんま宮崎ですわ」と、彼独特の表現でくすぐりを入れてくれる。「それというのも、あの知事さんのおかげ。もう、東さんに足を向けて眠れません。いや、いっそお東さんとお呼びしたいくらい」などと言って笑いを取り、その後ぼそっと「浄土宗か」と呟く。僕はこういうテレというか、一人ボケ・ツッコミが大好きなのだ。

 弾き語りは3曲で終わり、客の年齢層を考えたWC休憩に入った。時間は7時50分を過ぎていた。S君に電話するとすぐにつながり「悪い、悪い。あと5分くらいでそっち着くから」とのこと。会場のWCの前のベンチに座ってS君を待っていると、いろんな人たちがWCを利用しに来た。皆さん、結構いい年齢である。中には、え、ここ銀行だったっけと思わせるような七三にビシッと髪を分けた人もいた。ぼんやりそんな風景を眺めていたら、アポロキャップを被り、大きな声で関西弁で喋るオッサンが来た。一番前に居た客の一人で、加川良から「サクラ」と言われ「兵庫県から来てるんですよ」「昨日も居ました」「その前も居ました」などといわれた、熱狂的なファンの一人のようだ。その足取りと口調から結構アルコールにやられてるのが分かった。WCを済ましたオッサンは「ええホールや、うん、ええホールや」と独り言を言っていたかと思うと、受付の女の子に「こんなええホールつぶしたらアカンで」などと言いはじめた。昔の僕だったら「いらん世話じゃボケェ」とケンカを売っていただろうが、そこはそれ、最近とみに人間が出来てきたというか、丸くなった、いや体型じゃないって、人格がだ、えと、つまり、こういう発言や行為も、まあお酒のせいだとか、旅したときに訪れる日常からの開放感で、普段はこのオッサンも抑圧された悲しい人民の一人なのだ、ということが解って来たので、あえて黙殺した。

 待つこと10分、ようやく階段を登ってくる足音がした。やっと来たかと思い、そちらを見ていると、なんと身長は170くらいあるだろうか、ナイスバディのロンゲのおねーさんがやってきた。しかも一人だ。思わずまじまじと見つめてしまった。相手は僕の視線に気がつき「何、このスケベオヤジは」みたいなシカト光線を返してきた。思わず僕は、「いや誤解です」と言ってしまいそうになった。いやほんとに目立つ女の人でした。何でミュージシャンはいい女をゲットできるのか、という、これはもうロックやフォークを聞き始めて以来の大難問を考察していたら、S君がやってきた。お前のせいでヘンタイ扱いされかけたと文句のひとつも言いたかったが、時計は8時を過ぎており、そろそろ後半が始まりそうだったので、チケットを渡して席についた。

 後半はすぎの暢が一人で始めた。名古屋の民族楽器だという「ミンミン」を引いて1曲演奏した。3本線のギターみたいなものと説明があり、音的には琉球のサンシンに近い感じがした。しかし「ミンミン」といえば、あの激動の70年代に「王将」と、その中華大衆料理界の覇を京都で競い、一時期は支店の数も結構いけてたのだが、王将の「ギョーザ無料券」ばら撒き攻勢や、「開店記念日、ビール大瓶無料サービス」、「真夏のご飯大盛りサービス」などのゲリラ戦法に破れ、哀れ、今は一部に名を残すのみとなったはずだが、今は形を変えて楽器界に殴りこんでいるのか、などと考えてしまった(いや、絶対違うと思うが)。すぎの暢はその後もリズムボックスを使ってスティールギターを演奏したりしたが、ちょっと興味は持てなかった。「A LIVE」での村上律のボーカルを最大限生かす演奏を聴いていただけに、余計ちょっとしゃしゃり出すぎじゃないの、という感想は拭えなかった。面白かったのは「炭坑節」を英語バージョンでやり、元歌に気がついた客が手拍子始めて、一緒に歌いだしたらぼそっと「やはり、皆さん、こういう歌は良くご存知ですね」と一言。思わず笑ってしまったが、九州だから炭坑節という安易なセレクションじゃないだろうな。

 ようやく加川良が再度登場して、また二人の演奏が始まった。「幸せそうな人たち」の中のフレーズ、♪生まれたときから僕たちは滅びて行く道の上にいる~、このフレーズは胸に沁みた。第二部というか、後半の部は一気に名曲が続いた。「オレンジキャラバン」も「ラブソング」(3枚目のアルバム「アウトオブマインド」の1曲目で、あのアルバムが名盤であることの証明のような曲です)も、アレンジを少し変えていたので最初は「?」という感じだったが、やはり加川良の生の歌声が乗ってくると格別である。そして今回のステージのハイライトはなんといっても、ややロックぽいアレンジの「教訓Ⅰ」。二人で立って歌い、演奏するのだがエンディングですぎのがジャンプした、と思ったら、なんと、加川良も飛んだ。確かに飛んだ。5センチくらいだったが。そのまま「胸にあふれるこの想ひ」になだれ込み、客もクラップハンズで参加し、さながらフォークコンサートのようであった。

 いよいよライブも終わりますとMCが入り、昨年同様そのままアンコール。「皆様のお手を煩わすことはございません」と、中高年をいたわる優しいコメントの後「さあ、何をやろうか」と言った途端「流行歌」とかみんな思い思いの曲のタイトルを叫ぶ。僕は「こんばんはお月さん」といいたかったしTasaki。さんは「下宿屋」といいたかっただろう。しかし決めるのはあくまで加川良自身なのだ。「高知」が始まった。そしてラストナンバーを歌った加川良は「おやすみなさい」のコメントを残してステージを終えた。

 ちょっとそれ風なことを書くと、最初から音のバランスがあまり良くなかった。特に後半が始まったら加川良のギターの音がハウってしまし、何度か御大がマイクから離すが止まらない。「音を下げて」とミキサーに言うが一向にハウリングが止まらず、最終的にはモニターを切ってようやく止まったとか、照明の演出がダサかったとか、まあ多少文句を言いたいところはあるのだが、おおむねいいライブだったといえるのではないか。しかし、どこか物足りなかったのは何故か。ライブが終わった後、僕たち夫婦とderiさん、S君とで飲みに行ったのだが、その時deriさんが「すぎのは要らなかった。去年のようにギター一本のほうが良かった」と言っていた。僕は、二人でやったほうが音が広がるし、特にすぎののコーラス、ハモリはいいと思っていた。ただ去年はじっくり加川良の歌が聞けたが、今年はちょっと曲の数が少なかった、というかあまりMCもなく、淡々と演奏を続けたステージの進め方に違和感があったのか。

 確かに楽しかった。2年連続で加川良を見れたことは、以前だったら考えられないことだった。でも、何かが引っかかる。解った。去年はほとんど予備知識無しで聞いたが、今年は「A LIVE」を聞いたり、「ユーズドエンド」を聞いたりして、自分の中で勝手に作った演奏イメージがあったのだ。それがリアルの加川良の演奏と微妙な違いがあったので、脳が受け入れることが出来なかったのではないか。考えたらファンの勝手な思い込みだよな、などと結論付けた。でも来年もまた見たいので、ライブハウスを出る前にWさんに「また来年もお願いします」と勝手なお願いをしてしまった。

 実はこの後、4人で居酒屋に行き大いに語り、そのときの話のほうが圧倒的に面白いのだが、ちょっとブログにするにははばかれるようなネタが多いため、ここで終わる。しかし、配偶者と一緒に飲みに行くもんじゃないな。deriさん、今度は二人きりで行きましょうって、ダンナさんに怒られるって。

加川良がやってくる、去年に続いて。

紙の爆弾

 丁度1年前の今頃、加川良のプライベートライブを見た。加川良のライブは初めてだったが、とても楽しく感動的なものだった。加川良自身も宮崎市でのライブは初めてとのことでかなり熱の入った歌と演奏を聞かしてくれた。そして、今年はすぎの暢を引き連れてユーズドツアーの一環として宮崎に来る。先週末だったか、地元の新聞にも記事が出た。場所も、ライブチャージも去年と同じ。今年はすぎののスティールギターもついてくるというのに。ああ無情。

 加川良がまた宮崎に来るという連絡はお盆前に主催者のWさんから電話で教えてもらった。去年が残念な観客数だったので、今年は大動員をかけるぞと思ったが…。我が家は去年ライブの最中に寝た(本人は目をつぶって聞いていたと言い張っている。決して間違いを認めないのはこの人の長所であり、最大の短所でもある)配偶者と、その友人、そして前回参加した友人のご主人は来れないとのことで、急遽僕の高校時代の友人を誘った。これでようやくノルマの4人達成である。しかし、それでも今日チケットを受け取りに行き、そのナンバーを見ると95から98であった。つまり、観客動員予想数はせいぜい100人前後?

 これではいかんよ。宮崎の人たち。絶対損しないから、来て。一緒に加川良見ようよ。主催者のWさんいわく去年の6割くらいの反応だったが、今日はやや問い合わせが増えた、などと言ってたが、本番はもう2日後だ。一人でも多くのお客さんに来てもらい、彼の歌とことばを感じて欲しい。

 ということで、今度のライブの予想を一発。最初から二人では出て来ず、最初は加川良一人で弾き語りで30分ほどやる。曲は比較的最近のものと高田渡の曲を1,2曲というところか。客の年齢層が高いのでトイレタイムを15分挟んで、すぎのと二人で登場。第2部のオープニングは「高知」だろう。「女の証」、「コスモス」あたりで盛り上げて、アンコールで意外や意外、「下宿屋」と「こんばんはお月さん」で締める。などと勝手な期待と想像でした。そうそう、ステージの間のMCで「最新曲です」とのコメントと共に「戦争しましょう」を歌うと見たね、オレは。って、予想士か、オレは。

ちょっとお礼とご挨拶

 台風の影響で、ここ何日か雨が続いている。それも終日降り止まずという降り方ではなく、晴れていたと思うといきなり激しく降り出したり、暗いけどまだ降ってないなと油断してるとシトシト降ったりとか、気まぐれな秋の長雨である。今朝方も結構激しく降ったかと思うと、いきなり日射しが差し込んできて、おかげで湿度が上がり非常に暑苦しい一日だった。昨日、一昨日と連休だったが日曜は、下の子の体育大会が中止になったのでひがな一日ごろごろ休憩して、昨日は昨日で一日遅れの父の命日だったので墓参りに行き、丁度敬老の日でもあったので実家の母のところにも顔を出した。結局、皆で買い物に行きたいというので、これも家族サービス、と割り切って運転手をした。結局疲れ果ててしまいコメント返しを書いたら寝てしまった。あっと気がついた時は1週間近く更新していない。

 実はエントリーに亡き父の話を書こうかと思い、何度か下書きをしたのだがどうも踏ん切りがつかない。もう亡くなって17年経つので、いい加減冷静に書けると思ったが、ダメだ。もうちょっと時間を置いてからにしよう。それで今日は、ブログを続ける原動力というか、励みになっていることを書いてみようと思う。

 僕のブログは基本的には音楽ブログ、とりわけロックやフォーク、たまにジャズ、を標榜しているが、しかしてその実態は不良中年パンクの好き放題、言いっぱなし、出たとこ勝負のデタラメ話、といったところだが、コメントくれる方の知性と教養で持っているといっても過言ではない。つい最近も「可愛がってたハム公が死んで悲しいよ、そうそう、その死んだハム公が赤とんぼに乗り移って挨拶に来たよ」という、まあ、こうやってまとめてしまうと身も蓋も無いというか、しょーもない話なのだが、心温かい皆様の励ましのコメントから話はどんどん展開して行き、「いたち」の話からサーカスの話、見世物小屋の話、そして今はフリークスからミゼットプロレスにおける現代社会の欺瞞性を突く話に広がっている。

 返す返すも、普段コメントくれる皆様の博学多才ぶりには驚くばかり。しかも音楽ブログという当方のプライド(?)をくすぐってくれるアリス・クーパーやマイケル・ジャクソンなどの人物名。いやホント感謝しても仕切れないくらいです。以前に何度か書いたと思うが、僕のエントリーなんかは、適当にネタというかテーマみたいなものを提起しておけば、あとは勝手にコメントで膨らましてもらえる、というか、エントリーよりコメントのほうが面白い(クソ、口惜しいけど事実だ)。

 話が訳分からなくなってきたけど、要はコメントいただけると嬉しくて更新しようという意欲につながるというお話です。そういえばこの前は平岡正明氏のご長男を名乗る方からもコメント頂いてビックリしたな。

 それと、最近ブログを書くときの楽しみにしているのが「ブログ拍手」という奴です。FC2ブログのサービスで、エントリー読んで面白かったら「拍手」のところクリックしてもらえるとその履歴が残るという仕組みになっています。このサービスが始まったのは結構前からだけど、最初何のことか分からずほったらかしにしていた。たまに管理画面でブログ拍手が○○と数字が表示されていたが、我関せずだったのです。ところがあるとき、この拍手っちゃなんじゃ、と思い調べてみると僕のエントリーに対する一種の意思表示であることが分かり、コメントは積極的な意思表示、ブログ拍手は消極的な意思表示と気がついた。ちょっとそれ風なイイカタすると「声なき声」って奴ですか。

 コメントの場合はみんなHN書いてくれるので、どこのどちら様とある程度は分かるのだが、この拍手は一体誰がしてくれたのか、単なる通りすがりの人なのか、ちょこちょこ覗きに来てくれてる人なのか分からない。分からないだけに興味も湧くってもんです。僕自身、これはしょーもない話だと思うエントリーに拍手があったり、お気に入りのミュージシャンや音楽の話のエントリーに拍手が合ったりすると思わず、笑みがこぼれてしまう。最近ではリザード関係のエントリーに拍手があった。しかし、いまひとつ解せないのは、僕自身がこれは力(リキ)入れて書きました、というエントリーにはコメントも拍手もなく、こんな話くだらんというか、我が家の恥話だと思うようなものに意外な反応あったりするんだよな。

 いやー、ブログって本当に奥が深いな、と感じた次第でした。そうそう、拍手を下さった皆様へ。どうもありがとう。とても嬉しいです。でも良かったら一言でいいからコメントもらえるともっと嬉しいです。管理人にしか見えないコメントでもノープロです。またはメールフォームから直接メッセージ送っていただいても、多分すごく嬉しいと思います。良かったらどうぞ。あ、そうそう。忘れてた。燐さんチャットのやり方教えて下さい。一度やってみたいです。

歌謡曲だよ、おっかさん

 昨日は何年ぶりだろうか、いや多分、生まれて初めてではなかったか。何の話かというと、かの国営放送の火曜日の「歌謡コンサート」なる番組を見たのだ。何もテーマが「出会いと別れの港歌」だったから見たのではない。森進一や鳥羽一郎や渥美二郎が聞きたかったからでもない。無論、大月みやこや長山洋子の隠れファンだったからでもない。あの下地勇が「おばぁ」のニューバージョンを歌うと、たまたま見た彼のブログに書いてあったのでタイマーをセットしていたのだ。運よく、昨日の仕事は早く終わったので、番組開始からじっくり見れた。もっとも僕は演歌が大嫌いというか、演歌の良さが分からない人間なので前半は退屈だった。

 「時代の歌こころの歌」というコーナーでトワエモアが出てきた。「誰もいない海」は昭和45年、つまり1970年、万博の年の大ヒットだったのか。それから光化学スモッグが登場した年でもあったわけだ。最近のフォークリバイバルブームのおかげで、トワエモアも良く聞くのであまり懐かしい感じはしなかったが、このデュオのおかげでフランス語の「君と僕」という表現を知ったことを思い出した。そういえば「栄光のルマン」という映画があって、丁度英語の複数形なんかを習った頃だったので、学校の先生に「この男は一人なのにどうして複数形のmenになっているのか、責任者は出て来い(by人生幸朗)」と質問したら「これはフランス語、英語にleという冠詞はない」と言われ大恥をかいたことを思い出した。

 さて、下地勇はやはり良かった。この人くらいどこのステージで歌っても態度が変わらない(良い意味で謙虚ということだ、見習わねば)。「おばぁ」は以前のシングルバージョンで何度も聞いた歌だが、やはり対訳をテロップで読みながら、つまり本来の意味を目で追いながら聞くとじんわりくる。次の休みは敬老の日だから、単なる骨休めの休日にしたらイカンな。あれ、まさか「敬老の日」をターゲットに再度シングルにしたんじゃないよな。でも、この腐りきった世の中で「おばぁ、いつまでもいつまでも長生きしてください」などという歌を素直に歌える下地は偉い。もっとも聞いてる側も標準語では照れくさいので宮古島の方言で聞くからいいのかもしれない。

 などという体験を昨日したのだが、今日ある家の玄関でこんなシールを見つけた。
そうか、NHKの集金人は実はセールスだったのか。

知らなかった。NHKはセールスマンが勧誘して受信契約を獲得していたのか。相当な凄腕のセールスマンだな。南極で氷を売ったり、アフリカでコタツを売ったりするトップセールスマンなんだろうな。凄い営業力だ、見習わねば。
 

祝!パンタ紙ジャケ再発

このジャケットに励まされた 轍のフックで引き上げられた

 「もしもしdrac-obさんですか?こちらイ○ンショッピングセンターのタ○ーレコードですけど、ご注文のパン、パン、パンタでいいんですかねぇ?そのCD入荷しましたけど、いつ取りに来ますぅ?」という電話が今日の4時ごろ携帯にかかってきた。パンパン、パンタとは失礼な。今のワカイモンはパンタを知らんのか。そりゃその辺とチャラチャラ歩いてるイレズミシールの兄ちゃん、姉ちゃんなら分かるが、仮にも日本最大手のCD屋の店員でしょうが。しかも客に対して「いつ取りに来るか」などと無礼千万な言葉遣い、さらにやたら語尾が伸びて母音がだらしなく引きずられる、あの喋り方は何だ。などとぶち切れて喚き散らそうかと思ったが、思ったより早く注文したCDが届いたことが嬉しくて「あ、ハイハイ。夕方には受け取りに行きますから」と軽薄な返事をして電話を切ったのは私です。

 80年代のパンタのアルバムは92年位にCDになったが、もともとそんなに売れるものでもないためほとんど全てが廃盤状態になっていた。ヤフーのオークションでも結構いい値段で取引されていた。僕もアナログは全て持っているのだが例のスィート路線後の硬派路線のアルバムをCDでは持ってなかった。いや、そのうち買おうと思っているうちにお店からなくなり去年の東京出稼ぎツアーの時もあちこちの中古CDショップで探したが、入手できたのはソリッドレコードから出た頭脳警察の二枚組みライブだけだった。したがって「RED」はオークションで入手したが、「反逆の軌跡」や「浚渫」の中の曲はベスト盤でしか聞けず、歯がゆい思いをしていた。今回この2枚が手に入って大変嬉しいのだ。しかも待ちきれずに移動中の車の中で聞いたが音が格段によくなっている。

 あれはたしかCDジャーナルのHPを見たときだったか、フライングパブリシャーのページだったか、はたまたパンタの熱狂的なファンのブログを見たときだったか、80年代のパンタのアルバムがリマスターされて再発になるというニュースを知った。8月から1カ月ごとに販売になるのだが、初っ端は「KISS」と「唇にスパーク」というスィート路線の2枚だったので、完璧シカトしていた。なんせ大学を中退して初めてシホン主義社会における会社の厳しさに立ち向かっていた頃、「チクショー、負けないぞ。そうだパンタのニューアルバム聞いて気合を入れるんだ」と叫び、ターンテーブルに乗せたLPレコードから聞こえてきた歌声は「悲しみよ、ようこそ~」であり「ストップローリングデイ、転がるだけで毎日が過ぎる~アイムフーウウウウル」などという軟弱極まりない歌詞。しかもパンタはポップソングもバラードももっといい曲が作れると思っていただけに、余計あのスィート路線の2枚はなかったことにして欲しかった。

 そういえばパンタの「KISS」が出たばかりの頃、確かミュージックマガジンだったと思うが、パンタと平岡正明の対談があり、僕の思い込みかもしれないが、平岡がなんとかパンタから「この冒険は失敗だった」という自己批判を取りたかったのか、執拗に質問を繰り返したが、最後までパンタは「これも自分のルーツであり、今の時代にこういうアルバムを出すのは決して後悔していない」みたいなことを言い切り、それを聞いた平岡が「よし、そこまで言うなら認めよう」と苦肉の結論を出したのを良く覚えている。しかし、なー。あの2枚はまとめて1枚にしてもいいんじゃないだろうか。今日入手した「浚渫」のライナーには実はもう1枚スイート路線(パンタがポップスのカバーを歌うというこれはそれなりに聞いてみたかった。パンタの歌う「What a wonderful world」なんか聞いてみたかったな)が準備されていたが、パンタ本人が飽きてしまい、本格的ロックアルバムの「浚渫」が誕生したらしい。

 この「浚渫」が出た時は嬉しかった。会社に入って2年目の頃で、ようやく後輩が出来たが自分のことでまだまだ手一杯の頃だった。忘れもしないこの頃の思いでは、実は最初に入った会社の研修(もっとも中途入社だったので2人しか新人は居なかったのだが)で「キミタチは何も分からない新人だが、ひとつだけ、たった一つだけ先輩に勝てることがある。それは明日からすぐ始められることだ」などと講師役の常務から質問され、もう一人は首をかしげていたので、僕のほうに視線が飛んできて、思わず一番苦手なことを口走ってしまった。つまり「朝一番に出社すること」である。講師役はにんまり笑い「そうだ。そのとおり。朝誰よりも早く出社して、雑巾を握り事務所を磨き上げるのが君達の出来る唯一のことだ」などとやられてしまったのだ。

 その会社は教材の販売会社だったが、社員のマインドコントロールの上手なところだった。いずれエントリーに詳しく書こうと思っているが、今回はもうひとつだけエピソードを書いておくと、やはりその上司が研修の時に「わが社にはタイムカードはありません。9時に来てガチャン、5時にガチャンなんてロボットのやることです。我々は大事な子供の教育を企画するのだからそんな時間にこだわるのは間違っています。自分自身が納得するまでやれば何時に退社しようが自由なんです」などといわれた。お、儲けもうけ、と思った僕は世間知らずの甘ちゃんだった。早い話が上司が納得するまで、仕事の終わりはやってこないということだった。じゃ、朝はゆっくりかというと「当社は9時始業です。ただ9時始業だからと言って9時に出てくる社員は一人もいません。自分達の会社は自分達で掃除しようと皆で決めたので8時半にはみんな先輩が出社してきます。キミタチは新人だからせめて8時には出てきて、床と窓くらいは磨き上げておくように」

 などと、まあ今、考えれば日本の会社主義からすると当たり前みたいなことに一々驚き、違和感を感じ、異議を申し立てようとしても却下される、大変つらい時に心の支えにしようとしたパンタが「震える、ときめく、甘―いKISS」などというコピーでマネキンに顔を寄せているジャケットのアルバムだったから、大コケにこけたのだ。だったら次のアルバムは、と期待したら、今度は「レーザーショック」などとトヨタの車のCMソングなんかが入った「唇にスパーク」だったので、ザ・セカンドタイムオブ大コケであった。「レーザーショック」どころか「脳天ショック」だった。しかし、待てば海路の日和あり。パンタも男の子だ。いつまでもスィート路線などと言ってられない。意地の悪い見方をすると当時の2枚のアルバムの売れ行きが相当悪かったと僕は睨んでいる。

 そして「軽薄短小の時代に重厚長大なロックのアルバム」というコピーでパンタは復活した。「浚渫」である。1曲目の「429Street」のドラムの音を聞いただけで僕は、このアルバムこそ83年の日本のロックのナンバーワンアルバムと決め付けた。♪429号線でファイア、ファイア、ファ、ファ、ファ、ファイア~と歌うパンタの声に日ごろの仕事のストレスを発散させたものだ。ちなみに429=死肉=死に行く、などと変換したり4.29とは例の日だなと一人ほくそ笑んだりしたものだ。

 ところでこの「浚渫」が出た年には、待望の1年後輩の社員が入ってきた。もうこれで朝一番に出社して雑巾掛けしなくても大丈夫だと喜んだのもつかの間、床の間。本社から社長が出張してきて、僕にこういった。「お前は何を考えているんだ。まだ大学を出たばかりの新人が朝一番に来て掃除してるじゃないか。新人にそんなことをさせているから、すぐやめてしまうんだ。お前は先輩としての自覚がない。明日からお前が朝一番に出てきて掃除しろ!!」って、そりゃないぜ、ボス。

なんとなく、こんなことが気になった

丁度1年前のココア 手のひらで餌を食べている

 こういう話は柄じゃないのだが、この前飼っていたハムスターが死んでしまった。その日仕事から帰った僕に、配偶者が「何か変わったことに気が付きませんか」と挑発的なことを聞いてきた。家の中を見渡したが別段これといって変化はなさそうに思えた。「何が変わったっけ」と聞いたら、「やっぱり家のことは何も気にしていない」などと雲行きが怪しくなったので、神頼み篠沢教授に千点という気持ちで「分かった、髪形変えたやろ」と言ったところ大声を上げて泣き出した。ずっと可愛がっていたハムスターが死んだのに、それに気が付かず、よりによって全然変わっていない髪形をいうとは情けないと延々泣かれて大変困った。

 ハムスターを飼い始めたのは、3年前に足を怪我して5月丸まる一ヶ月間入院した時からだ。連休中どこにも連れて行けなかった罪滅ぼしとして飼うのを許可した。その前は、子供たちが小さい頃、夜店で買った金魚を飼ったリしてのだが、僕は基本的に生き物を買うのは嫌いなのだ。理由は、可愛がってる時はいいのだが、死んだ時がつらいからだ。最初に飼ったハムスターはレイテイという名をつけた。結構賢くて、すぐに馴れて我が家の人気者になった。飼って1ヶ月くらいしてカゴから脱走したが、下の子が自分の部屋の机の後ろに隠れているのを見つけた。それからしばらくしてまた脱走した。今度は中々見つからず、1週間ほどしてピアノの後ろにおいてあったゴキブリホイホイに引っかかって死んでいた。

 その死骸を見つけた時はみんなで泣いた。子供たちも大いに泣いたが、僕もあまりに不憫だったので一人お風呂に入ったときに泣いてしまった。それから絶対飼うのはダメだといったのに、いつの間にかまた飼っていた。こいつはあちこちにちょこちょこ顔を出すのでチョコという名前を勝手につけていた。全く人見知り(?)しない奴で手のひらに乗って愛嬌を振りまいていたが、あるとき配偶者の手のひらに乗って歩いているうちに体が震えだし倒れたと思ったら死んでいたらしい。ハムスターはストレスに弱いということを知った。

 家族もいい加減諦めただろうと思っていたら、今度は一度に二匹買っていた。いわく、今までは1匹しか飼ってなかったので、すぐ死んだ。今度は仲間がいるから大丈夫という理屈だ。しかし、同じブルーサファイア同士でもケンカするのに、もう片方はパールホワイトで当然ケンカばかりしていた。パールホワイトのほうはその外観からミルクと名づけ、ブルーサファイアはココアと名づけた。面白かったのはミルクのほうが身体ははるかに大きかったのに、ココアのほうが強くて一度などはミルクの耳に噛み付き、穴を開けてしまったことがある。まるでフレッド・ブラッシーである(例えが古いか)。それとこの二匹はしょっちゅうウンテイをしていた。飼育していたカゴの上の部分からぶら下がり、腕(いや彼らにとっては足か)を交互に出して進んでいくのだ。その様子がこっけいだったのでビデオにとってサンマのからくりTVに出せと再三家族から言われた。今思えば撮っておけば良かった。

 このミルクとココアは長生きだった。もっともミルクは1年たつと毛並みが悪くなり、一昨年の冬には下の子が防寒用に入れておいた毛糸を足に絡ましてしまい、血が通らなくなり大変だった。ペット病院に連れて行ったら、すぐ麻酔をかけて毛糸を切ってくれた。ついでに口の中を調べて腫瘍がないかどうかも調べてくれた。異常はなかったが、次の春には死んでしまった。

 そしてココアだけが残った。実は去年の5月末に東京に行くことになり多分帰って来た頃にはもう死んでる(2年目だった)だろうと思っていたが、どっこい元気で嬉しかった。あんまり賢くなくて馴れたと思って手に乗せると、指の柔らかいところを餌だと思って噛付く奴だった。そのたびに頭を叩くと(軽くはたくくらいね)、すまなそうな顔を良くしていた。今年になってからは、目に白い斑点が出来、体毛も抜け落ち本当に年を取ったという感じだった。水も容器から吸うことがなかなか出来ず、キャベツやレタスに水滴をつけてやると美味しそうに飲んでいた。

 子供たちが成長して親の言うことに一々反抗するようになり、そうなると素直なハムスターが一段と可愛くなりついつい話しかけたり、部屋で歩かせたり1日10分くらいのふれあいだったが十分ストレスの発散になった。しまいにはココアとフルネーム(?)で呼ばず、コーとかコーチャンと呼んで完璧に擬人化していた。家族四人で本当に可愛がっていたのだ。

 死に際は上の子が見つけたらしい。身体を洗う砂場の中で横になっていて、目が異常に飛び出しそうになっていたらしい。丁度、配偶者は仕事が休みで買い物に行っていたらしく、電話を受けて飛んで帰ってきたらしい。女三人で看取ってやり、その後は今までのハムスターのお墓のところに遺体を埋めたらしい。その悲しみの涙もいえないうちに僕が「髪型変えた?」などと口走ったので激怒したらしい。

 それから今日の事だ。夕方自分の部屋でネットをしていたら網戸に何かぶつかるものがある。よく見ると赤とんぼだ。昆虫とは基本的に平和共存主義の僕が、網戸をあけて部屋に入れてやるとずいぶん堂々と飛び回っている。天井に止まって首をかしげるしぐさはハムスターのココアの癖とそっくりだ。それを指摘すると家中大騒ぎになった。配偶者にいたってはココアが最後の挨拶に来てくれた、など言い出した。何でと聞くと、死んだ動物は赤とんぼに生まれ変わってサヨナラを言いに来る言い伝えがある、というのだ。それは蛍ではないのかと聞いたが、蛍はこの季節いないので赤とんぼだ、などと言い張る。

 僕も何となくそんな気がして、しばらく部屋で遊ばしていたが、いつまでもそうするわけには行かず、小一時間して外に出した。しかし、未だに僕の横の網戸にへばりついて離れない。時々存在を誇示するように羽根を鳴らす。こんな聞き分けのないところもココアそっくりだなどと思うと、ちょっと来たな。そういえば今月の16日はオヤジの命日だ。あれからもう17年たったのか。流転の日々は続くな。合掌。

Communication is a problem to the answer (by 10cc)

これが我が家のコミュニケーション

 いよいよ我が家も9月に入り、子供たちも学校が始まりみんなが忙しくなってきた。上の子は学校が遠いので朝は早くから出かけるし、配偶者も時々朝早いことがある。また逆に夜遅いときもあるので、なかなか連絡事項が上手く伝わらないことがある。そこで配偶者が百均でマグネット式のホワイトボードもどきを買ってきて冷蔵庫に貼った。以前、下の娘がシュールなイラストを書いていたアレだ。

 昨日、上の子が配偶者から「あなたも女の子なんだから自分の弁当箱くらい洗いなさい」と説教されており、忘れないように書いたコメントが右上にある。いわく「べんとうをあらう、めんどくさ。」である。その下に大きな字で「水筒(あおくて大きいの)」と書いたのは下の子である。これだけ大きな字で書いておけば大丈夫と安心したせいか、運動会の練習初日に見事水筒を持たずに学校に行った。最後に左上に書いてあるのが配偶者が備忘のために書いたものだが杜仲茶が朴仲茶になっている。ずいぶん前にもこのホワイトボードに大きな文字で朴仲茶と書いていたので、『朴ではなく杜だ』と書いて教えたのだが、人の話をまともに聞いていないので、同じような間違いを書いている。

 その下に「杜仲茶が正しい」と書いたのは、朴じゃなかった僕だが、まいどまいど、このように人の揚げ足を取るようなことばかり書くから嫌われる。しかし、それが私の生きる道(byパフィー)なのだ。これでいいのだ。ちなみに灰色でスプレーしているところにはバカ娘二人が実名を書いてありました。家族しか見ないのに何故名前を書くのだろう。良く分からん。

取り急ぎ報告します

 1日のエントリーで書いた、我が家のバカ娘のワントリックポニー(by ポール・サイモン)じゃないや、ワンクリック事件ですが、おかげさまで収まりそうです。皆様方の心温まるコメントやアドバイス真にありがとうございました。僕のブログは家庭内表現の自由を死守するために、家族には一切見せないのですが、燐さんやbarrett_hutterさんに教えていただいた通報窓口をプリンターで出力して読ませたり、コメントの内容を説明してやったら我が愚妻もバカ娘も大変喜んでおりました。特にネットに対してやや批判的な目をしていた配偶者も今回のことで、ネットに対する見方がやや好意的になったようです。ハッ、いかん。またmixiやりたいとか言い出すかも知れん。それだけは身を挺してフンサイせねば…。

 昨日は学校の体育祭だったので、我が家のバカ娘(上)は振り替え休日だった。僕が仕事を終えて帰って来た時はいなかったので、どこへ行ったのか聞いたら、クラスの友達の家で花火をするといって出かけたらしい。例のメールは迷惑メールとして転送したかどうか配偶者に聞いたが、イマイチやり方が分からないので僕が帰ってきてからやってもらおうといっていたとのことだった。しょうがないなと思いながらも、帰って来たらPCからまとめて送るかと考えていたが、なかなか帰ってこない。10時半近くになってようやく帰ってきたが、つい、今朝方まで落ち込んでいたくせにやけにハイテンションになっていた。花火をしている間も頻繁に振り込み催促のメールが来たらしい。そのメールを友達に見せたら、すぐに迷惑メールとして転送してくれたらしい。友達いわくこんなのはbefore the breakfast、いや、その朝飯前だとのこと(今時こんなベタなこと言う高校生はいないか)。

 その友達にワンクリックに引っかかってしまったことや、解約メールを送ったことなど話したら鼻の先で笑われたらしい。今時そんなのに引っかかるのはよっぽど田舎の娘だとまで言われたらしい。ごもっともである。うちの娘は人から笑われるのを極度に嫌がるので、今回の友人の言葉も堪えたんじゃないかと思って話を聞いたが、意外にあっけらかんとしていた。一安心である。

 とりあえず、心配していただいた皆様に、どんなに激しい雨の日でも虹は出るという写真をお送りして、このワンクリックの顛末の報告を終わります。
車の窓から見たときははっきり見えたのだが…

ワンクリックポニー、あ、あれはワントリックポニーか

 「お父さん、大変なことが起きた。何時に帰ってくる」上の娘が悲痛な声で僕の携帯に電話をかけてきた。今日は土曜日で、午前中は病院に行っていたので仕事が終わらず、夜7時半くらいに一人で事務所でPCの画面に向っていた時のことだ。一体何が起こったのか訳が分からず、かといって仕事はまだ山のように残っていたので、とても1時間以内に帰れる要素はない。「どうした、何があった」と聞くと、友人から来たメールだと思って開いたら、なにやらアドレスが貼ってあり、ついクリックしたら「登録ありがとうございます」の文字が出て怪しいサイトが現れたという。慌ててその先を読んでいくと、登録を解約するには5日以内に手続きしないとサイト利用料を請求しに訪問するなどと書いてあって、怖くなったらしい。

 アホやな、と思いながら聞いていると「お父さん、ドメインってなに。解約希望のメール送ったらナントカのドメインを解除してくださいって書いてあって、それが分からんから解約できん」などといい始めた。「お前、アホやな。返信したんか。一切無視しろ。何もするな。とりあえず電源切ってそのままにしておけ。仕事があと2時間くらいかかるから、家に帰ってからメルアドを変えるか、いっそ電話番号を変えるか考えるから」と話して、とにかく落ち着かせて電話を切った。

 しかし、うかつな話である。ただ、親バカになるが、子供だけを責めるのは酷な気がする。架空請求というか悪質サイトの連中も金を手にするために必死で、とにかくあの手この手でやってくる。無視するのが一番なのだが、何に対しても好奇心が旺盛な時期の子供など、変な例えだが「赤子の手をひねる」より簡単なんだろう。家に帰って、子供の携帯に来たメールを見ると女の子の名前で「髪切って、イメチェンしたよ、見て」みたいな文章の後にhttp://mika.1qaz.org~などという怪しげなURLが貼ってあった。友達からだと思ってそこをクリックしたらクズ共が「いらっしゃーい」と大口開いて待ち構えていたわけだ。

 出てきた画像は毎度毎度おなじみのエロ画像らしく(断定できないのは、僕が『敵の姿を正確に確認しないと勝利するための戦略が組めない』と至極当然なことを言ったのだが、配偶者から即座に却下されたため、どのような画像が貼ってあったか確認していないからだ。従って今回のエントリーは描写にやや具体性に欠けるかもしれないが、それは僕の責任ではない)、慌てた娘が解約手続きのアドレスをクリックしようとしたが、ますますアリ地獄に嵌っていったという次第だ。しかし5日以内に解約しないと費用が発生するなどという脅し文句はクーリングオフもまともに知らないアフォな連中がやってるのだろう。

 僕が家に帰って、娘と話をして当面はメルアドを変えて様子を見るかと話してようやく興奮状態が治まったのだが、配偶者が帰ってきて、また話を蒸し返したところ娘が切れてしまった。自分の不始末なので、今まで登録していたウェブを全て解約するといい始めた。配偶者もそこまでしなくていいから、とりあえずはメルアド変えたらと言ったが、娘の様子がおかしい。メルアドを変えるために暗証番号を入力しなければならないのだが、どうやら忘れてしまったらしい。母子でお互いに番号を言い合ったがどれも違っていた。ぶちきれた娘は初期設定に戻すと喚き始めたが、初期設定に戻すにも暗証番号が要るのではないかと母がいうと「火に油を注ぐ」とは正にこのことかといわんばかりの切れ方を始めた。それを見ていた母親も「あんたはもっとしっかりしてると思ってたのに~」と喚き始めて、さながら阿鼻叫喚の世界である。僕は明日も仕事なので触らぬ神にノータタリでいた。

 しばらくして、ようやく配偶者の怒りも静まり、家庭内に偽りの静けさが戻ってきたと思っていたらまた娘が携帯を持ってやってきた。情報センターというところからメールが届いたという。内容を見てみると、○○(ここは子供の携帯の番号)につきましては2007年9月1日19時00分、この時刻に当サイトに登録いただき云々かんぬんと書いてある。そして解約するには5日以内に手続きしろ、そうでない場合は180日間サイトの情報サービスが受けられるみたいなことが書いてあった。下のほうにはEasy+Joy+Powerful=Yahoo!Bookmarks×Toolbarなどと反転したアドレスが貼ってある。もちろん情報提供はタダではなく費用を払えみたいな事は書いてあった。

 娘は完全にビビッており、どうしようなどと言ってるので、『無視しろ、こんなものにお金を払う必要はない』と当然のことをいうと、間違ってクリックしたけど自分がクリックしたのは事実だから、お金を払う必要があると妙なことを言い始めた。娘の言い分を聞いていると「悪法もまた法なり」的理論を展開しているようだ。配偶者が、また「あんたはもっとしっかりしてると思ってたけど、これじゃ世間に出たらすぐ騙される」とか、娘の神経を逆撫でするようなことを言い出した。第二次母子戦争が始まりそうだったので、永世中立国スイスも重い腰を上げて「やかましいわ!電源切って携帯ほかしとけ。明日ショップに行って電話番号変えて来い」と叫ばざるを得なかった。

 しかし娘の教条主義的な対応を見ていると、こいつも要領悪いな、これじゃ社会に出ても損ばかりするだろうな、と心配になってきた。一体誰に似たのか、困ったもんだ。

プロフィール

drac ob

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索