意味なし、オチなしの話

 最近ちょっと油断すると、ブログをすっ飛ばしてることが多い。ひと頃のように毎日更新は無理でも、結構面白いネタはあるので連続して書けそうなものだが、つい夜になると眠気に負けてしまう。一つには毎日のあまりの暑さに、何もやる気が起こらないのが原因なのだが…。実は昨日も面白いネタがあり、忘れないように自分にメールを送っていたのだが、ついそのまま寝てしまい今日も12時近く半分眠りながらキーを叩いている(これは比喩ではなくて、本当に叩いているような音がするらしい。先日僕の上の子のキー操作があまりに早くて忙しないのを笑っていたら、我が配偶者と子供から「あんたのはもっとうるさい」と声を揃えて逆襲された、このことから僕のキー操作は叩いているような音がするらしいって、教室が同じだった人はみんな知ってるよね、はは、と力なく笑う)。
スポンサーサイト

やるもんじゃない、真夏の引越し

 嫌な予感はあった。あまりにも朝の太陽がまぶしすぎるのである。今日、保谷の事務所から丸2日かけて、引越しやさんが日本列島を縦断して運んでくれた大事な商品が事務所(というか商品センターというと聞こえはいいが、ま、倉庫兼事務所というあたりが正解だろう)に届く。朝9時から引越し作業開始の予定だったので『純情きらり』もそこそこに(いい加減見るのをやめろと家族全員から言われているが、そう言われれば言われるほど逆らいたくなる、こういう性格の人ををジャック・ヘブンと呼ぶ。その心は”天邪鬼(アマノジャック)”とさりげなくCHARのアルバムタイトルをパクりつつ、オヤジギャグを炸裂させる)、現地に向かった。

 着いたらもう関係者一同(某君ご夫妻及び親戚関係)おそろいで、挨拶を交わしているうちに大きなトラックがやってきて、引越しやさんのスタッフが6人降りてきた。こちらではまだあまり見かけないが、Dという引越しやさんで、社員が2人あとはバイトかな(なんせ中の一人がモバイトドットコムのTシャツだったので言い訳は無理だろう。ちなみにあのモバイトドットコムのCMに出ているオネーちゃんは、いかんいかん邪念は捨ててブログに専念しよう)。ただバイト君たちも礼儀正しく、汗まみれで黙々と作業するので好感が持てた。

 今回の荷物の大部分は商品センターの商品と事務所の備品で一部が某君の生活用品だが、さすがは引越しのプロ山のような荷物がほぼ1時間で運び込まれた。こちらは荷物をどの部屋に下ろすかの指示を出すだけで、ほとんど体は動かさない。9時スタートで10時過ぎにはお茶を飲みお疲れ様でしただからちょっとビックリした。結局、彼らにしてみれば移動の時間が一番長くて大変なんだろう。この炎天下また東京まで戻るのだから、ほんとに、ほんとにごくろーさんだ(今の若い人は知らないかな、昔ドリフターズが歌ってヒットしたんだけど。何?ドリフターズを知らない?ほら『アンダーザボードウォーク』を歌ったグループでって、オッサンボケはじまったんかい、そのドリフターズやないやろ!!荒井注がいたドリフだろって余計解りにくいわっ!)。

 さてしょーもない話をマクラに振ったが、本日の地獄はこの後やってきました。とにかく今までは一人でのんびり準備してたが、明日から本格的に事務所が活動できるように、机やPC、電話などの配置や商品の検品等。やることは山ほどあるが、備え付けのエアコンは効かない、トイレの鍵はかからない、照明の球は切れてるetc,etc,,,とにかく出来る所からやっていったが、暑くて汗は滝のように流れる(これ決して比喩で言ってるのではなく、持って来たタオルが午前中でびっしょりになってしまったくらいだ)お昼をはさんで3時くらいまで電気屋さんや水道屋さん、宅配便その他いろんな人が出入りするのでなかなか落ち着かず、さてこれから本腰入れるかというところにS藤君が来た。

 だいたいこの男は昔から大事な時には来ないで、いろんな問題が片付いてみんながよかった、良かったなどとやってるときに、のこのこ出て来るような奴だ。今回も(さすがに年の功で手土産にアイスを持ってきたが、僕に対する嫌がらせだろう。抹茶を持って来た。アイスはバニラだろっ!!妥協してもイチゴ味かブドウ味だ!すとろべりーだとかぶるーべりーなんて小ざかしい名前は使わないのだ!とはいえ、僕も大人になったから、文句を言わずに食べたが、やはりバニラが食べたかった)一番忙しそうな頃に来て、しょうも無い世間話をしていった。そのまま帰すのも癪なので、切れてる電球の球を買いに行って貰うことにした。20Wが何本、30Wが何本、円形、直管、グローとそれぞれ紙に書いて持たせたので、ちゃんと買って来れた。やればできるのである。子育てと家庭問題の解決もこの調子でって、オレが言えた義理では無かった。

 ま、なんだかんだしながらも169個のダンボールを動かし、中の商品の棚卸をして一日が終わった。全身が痛いが心地よい疲労感である。しかし本当に今日はダンボールの間で意識が遠くなりかけた。梅雨明けと同時にこの暑さは堪えるな、しかし燃えてガンガルのだ。

パソコン騒動記あるいは思い込んだら試練の道を~

 今日は朝から宮崎の商品配送センターの開設準備に取り掛かっていた。まだ何も無いところに昨日PCを2台とFAXを設置しただけだが、今回のPCの設置には随分泣かされた。そもそもNTTが光の工事をを先にやり、その後サービスで新しいPCをセッティングしてくれることになっていたのだが、プロバイダをG某にしたことから少しずつおかしな話になっていった。

 早い話が流石は天下のNTT、電電公社時代からの体質が変わっていないというか、NTTの書類が無いとセッティングは出来ないとか、G某はマイナーなので知らないとか(はっきりマイナーと言ったわけではないが、要約すればそんな意味だ)、セッティングの当日に担当者が休みで状況が解らないとか、いわゆる親方日の丸的特権体質的、お前ら下々のものは黙って従え的な対応をたっぷり見せてくれた。

 具体的に言うと、まだ保谷にいる段階で22日にPCのセッティングをやってもらう(NTT西日本のオッといけないNTTN日本のサポートサービスである)ことが決まっており、そのため僕が急遽前日の21日に宮崎に帰ったのだ。新しいPCも手違いがあるといけないので前日までに僕の家に送るよう手配してあり、こちらは間違いなく届いていた。その重たいPCを商品配送センターに持っていくついでに、NTTの書類というやつを預かってくれたお宅から頂き、現地で待機していたら携帯がなった。セッティングの業者からで、話を聞くと僕が貰った書類とは別の書類が必要で、それが無いと何も出来ないとの事だった。大慌てで保谷の某君に連絡して色々調べてもらったところ、なんと以前NTTが光の工事をしたときに現地においていたことが解った。 

 何とか書類も揃い、業者も来た(実は当日は大雨で14時にアポを取っていたのだが、前の工事が遅れたので15時過ぎになった。無論こんなことはよくあること、英語では”いっつゆーざる”ってなモンだから温厚な僕は怒らない)。さてセッティングである。サクサクっと進んでいたが、メール設定でぴたっと止まった。G某は個人情報を入力してから出ないとメールアドレスが貰えないということが、ここではじめて解った。OCNやPLALAは登録証に書いてあるが、G某はこの辺(宮崎ではと言う意味か、関西や関東では多いなどとフォローしていた)では使う人が居ないので自分(業者)もあまりやったことが無いなどと言い始めた。確かに業者が言うことも一理ある。個人情報なので安易に扱って何かトラブッたら困るという意識が働いたのだろう。

 しかし、彼にあまり同調できなかったのはセッティング中に私用の電話がかかってきて、そばに僕がいるにもかかわらず(こういうのを傍若無人という、カタワラヒトナキガゴトシというやつだ。しっかり覚えておこう、試験に出るぞって何の話や?就職試験の一般常識かいっ!)えんえんと話し続けたからだ。おかげでかわいそうに彼の奥さんは2度目の流産で入院中で、彼はここのところまともな晩飯を食っていないことも知った(知りたかねーよ、そんなこと)。メールの設定が出来ないので業者君はNTTの担当者に連絡するがあいにくお休み、多分引継ぎもされてなかったんだろう。話が進まない。保谷の某君はぶちギレて、『セッティングが済むまで業者を帰すな!』と怒りのメールは来るわ、大変であった。

 何とかメールの設定も終わり、テストメールもOKで業者君は挨拶もそこそこに帰っていった。そうそう、メールの設定をデータとして残すためにFAXをプリンタとして接続してもらったが、その時も『プリンタ設定は別料金むにゃむにゃ』なんか言っていたが、当然聞く耳は持たん。サクサクとやって頂いた、当然無料である。何故そのような作業を業者君がしなくてはいけないかを本人がしっかり理解したからであろう。

 さてサービスでPCを1台セットしてもらったが、もう1台僕が保谷で仕事で使ってたというかブログを打ってたPCをセットしなければならない。こちらは自力でやって、メールを設定したつもりだったが上手く行かない。何度かやり直すが駄目。受信は出来るが送信が出来ない。全てエラーで戻ってくる。時間も遅くなったのでその日はギブアップして、本日やり直すことにした。最悪、プロバイダのG某に電話して聞くしかないかと思っていたが、悔しいので何とかできないか悪戦苦闘していた。入力ミスは無いよなと、昨日から何回も見直した登録証をナニゲニ見たとき目が点になった。SMTPのところがSMPTになってるのは見間違いじゃない!!

 無事解決しました。入力ミスのほかにも設定の間違っていたところがあり、そこも修整して解決です。なんせメールとネットの環境が無いと仕事にならないので一時はどうなることかと心配したが、いやー灯台下暗しですな。ちなみにこの”とうだいもとくらし”という言葉の意味を子供の頃は灯台のふもとで暮らすとはなんと不自由なことだろうかという理解をしていた。耳で聞いて覚えたものだから”とうだい・もと・ぐらし”と分解して理解したようだ。いやお恥ずかしい、しかしこの手の思い込みの間違いは笑えるな。また思い出したらアップします。

 本日の教訓;全てを疑え!!

ホリディフライト?そんなエエモンちゃう!!

 暑い、寝苦しい。さっきまではこの時期にしてはちょっと寒いかなと思える感じだったが、深夜零時に近づくにつれて暑さが増してきた気がする。昨日まで生活していた保谷が連日涼しかったし、昼間の気温もさほど上がらなかったので安心していたが、さすがは日本のフロリダ、南国・宮崎である。(あんたの出身地だろ!!)さて、およそ二ヶ月間の出稼ぎツアーも無事終了したわけだが今日のネタは、昨日疲れてアップできなかった一日を書いておく。

 10時05分発のSNAに乗るためには、7時30分発の電車に乗らないといけない。したがって朝起きたのは7時丁度であった。ここしばらく生活の場と仕事の場が同じだったので「純情きらり」(今朝この番組を見ていたら配偶者が鼻で笑った。『井川遥がかわいい』と言ったら、オジサン趣味と言われた。帰ってくるなり何で文句言われないといけないのか理解に苦しむ)が始まる頃に目を覚ますか、下手をすると次のニュースの時に寝ぼけまなこで起きるという生活をしていたので、7時起床は結構こたえた。それでもなんとか起きて着替えて、モーローとした頭で駅に向かっていたら、なんとあちこちから人がわいてくる。どこから来たんだと思わず叫びたくなるくらい駅に向かって四方八方から人が結集してくるのだ。

 ラッシュアワーだ、と気が付くまで数秒かかった。これまで電車に乗る時間帯はほとんど午後、早くても午前10時くらいだったので、所謂ラッシュにはぶつかったことが無かった。改札を過ぎて電車を待っていると通勤急行というのが来た。保谷から池袋へは大抵”石神井公園”で急行に乗り換えるのだが、今日は大泉、石神井あとは終点池袋のみというこの電車に乗っていく。確かに人は多かったが我慢できないくらいではない。池袋まで立ちっぱなしだったがまあ”想定の範囲内”(古っ!)である。しかし山手線に乗り換えた所、それはやってきた。

 なんか雰囲気が違うなと思いながら上野回りの山手線に乗っていたのだが、わかりました。本来あるべき座席が全て畳んである。ワゴン車に乗られる方なら、3列目のシートを畳んだ状態を想像してください。つまり座席はゼロにして一人でも多くの人が乗れるようにしてあるわけだ。池袋ではまだそんなに混んでるというところまでは無かったが、駅を経過するにつれ、だんだん圧迫感が増してくる。以前戦国時代の合戦を描いた小説を読んでいたときに”だんだん見える青空が少なくなり、自分達の旗が一気に少なくなっていくのが解った”みたいな描写を読んだ事があるが、そのイメージはこんな感じなんだろうなと妙なことを考えたりした。しかしとどめは上野駅で駅員が押し込んだ乗客が正に”トコロテン式”に客室の中に入ってくる。トコロテンは押されれば出て行くが、こちらは反対側の扉が閉まっているので圧縮されるだけ、昔スターリンの歌に”オレはアザラシ、身動き出来ない…”というフレーズがあったが、まさしくそのとおりであった。

 このままでは目指す浜松町で降りられるのだろうかと心配したが、浜松町の1つ手前あたりから、降り口のドアに向かい”敵中突破””匍匐前進”などと戦時中の言葉(知らないよ、そんな時代。テレビや映画、小説なんかで見たり聞いたりしただけ。ここはちゃんと言っておく。僕らの時代は交通戦争とか受験戦争とか、ん、やっぱり戦時中だったのか?)を唱えながらにじり寄っていったのでなんとか降りる事が出来た。次のモノレールは1便遅らせたおかげで座る事が出来たので楽に羽田第2ビルに着いた。

 今回はここの受付でチケットを受け取るようになっていたので、指定されたカウンターに行くが、その途中にやたら丸々して坊主頭・白のワイシャツ姿の団体に出くわした。どうやら高校生の団体らしいが、引率している先生方も並みのデブではない。安田大サーカスの黒ちゃんじゃないほうのデブくらいでかい人が多い。ナニゲニ話を聞いてると柔道の試合に行くようだ。そういえば新聞に金鷲旗がどうしたとか書いてあった。しかしこんなに大勢のヘビー級が乗ったら重量オーバーになるのではないかと余計な心配をしてしまった。まあ、ここまでくれば後は飛行機に乗って一気に宮崎だと安心して、お土産に虎屋のヨーカンなんぞを買っていたら、大変な事になっていた。

 なんとここの所の大雨のため、あちこちでフライトプランが乱れ、登場口に行く点検用のゲートが長蛇の列である。一番はずれのゲートには航空会社の関係者の人がハンドマイクを持ち、搭乗時間ぎりぎりの人のために優先的に通しますと絶叫している。その優先されている搭乗時間は9時45分!!ヤベッ。大急ぎで並んだが、なかなか列は進まない。そうこうする内に『10時の便で登場する方は挙手お願いします』と係りの人もややヒステリックな声で絶叫始めた。僕の前後にいた大勢の人が端っこの優先ゲートに移動した。すると今度は逆に優先ゲートが混み始め、よりパニック状態。その間に僕はゲートを通過してなんとか搭乗口まで進んだ。

 他の目的地の飛行機は遅れたり、天気の回復を調査するとかアナウンスが流れる中、宮崎行きのSNAは定刻通り機内に案内された。しかし、油断は禁物。先ほどのゲートを通過出来なかった人が何人かいた為、待つこと15分、その後羽田が混んでいるため離陸の許可が下りず15分待ち。結局30分遅れで飛び立ち、あいにくの雨模様の中機体を何度も震わせながら(当然乗っている我々も大いに震えながら)何とか宮崎空港に着いたのであった。メデタシ、メデタシ。

あばよ東京 partⅡ

 只今、7月20日午後2時9分である。何故こんな中途半端な時間にブログを書いてるかと言うと、このパソコンもあと1~2時間したら梱包され、宮崎の倉庫に送られるからなのだ。つまり約2ヶ月間の東京出稼ぎ物語は本日を持って無事終了なのだ、と”なのだ”の連続でバカボンのパパみたいなのだ。バカボンのパパと言えば赤塚さんは未だに眠ったままで、奥さんが先に彼岸に行ってしまいとても悲しいのだ。

 と”のだ”シリーズで数行稼いだが、明日いよいよ宮崎に(本当に)帰ることになった。5月の中旬までは全く想像すら出来なかった東京での暮らしと”あばよ”である。この間に買ったCDと本はどれくらいになるだろうか。一度落ち着いて整理し、このブログで報告しようと考えてはいるが、それより心配なのは都会暮らしで再認識した(自分自身の)流れ者としての習性が宮崎での落ち着いた暮らしで少しはおさまるだろうか。無事社会復帰できるかが心配である。しかし考えていても始まらない。豊田勇造ではないが”さあ、もういっぺん”である。

 と言うことで明日からは、地元宮崎からブログを発信するわけだが、この2ヶ月間、病気も怪我も無く(しいて言えば、昼に麺類を2人前食べさせられ続けたのでややおなかが出てきたような気がするが、多分気のせいだろう)元気にやってこれたのも、6月初めに北野神社にお参りしておいたからだろう。感謝の意味を込めてここにアップしたい。
北野神社(大泉学園にて)

ショートショートは星新一だったが…

 忙しい、忙しい。毎日、誰にも会わずひたすら倉庫で在庫管理。来週からは宮崎でこの仕事をするための準備に追われているのでブログのことを考える暇もない、と言ったらウソになるが、仕事が終わったらフネケの状態になり何も考えられないのだ。ネタは仕込んだので、宮崎に帰ってから、アップします。今日はアリバイ的にこんなところで。これだけじゃさびしいので、写真をアップしておきます。
ゆりかもめからの風景

ラストウィークエンドはロストウィークエンド?

動物園行き電車

 東京での暮らしも残りわずか、今日は最後の週末だ。昨日は仕事でどこにも行けなかったので、今日こそCDショップ回りと思っていたのだが、良く考えてみると高校時代からの友人、N原君(以前渋谷で大騒ぎした時に賢明にも一人終電で家に帰った男である。某君やS藤君なんかと違うな、と思っていたが何のことは無い。その日家に帰る直前に坂で転び擦り傷を作り、さらに1~2時間ほどその場で寝ていたと言うから、どんぐりの身長比較である。ん、回りくどい割りに面白くないか)からご自宅にお招き戴いていたので、そちらに向かった。

 彼は日野市と言うところに住んでおり、保谷からは1時間以上かかる上に、電車を乗り換えて行かなければならない。昨日、ネットで乗り換え方法を調べたが、最短時間で行くには5回も電車を乗り換えなければならないとの結果が出た。とてもじゃないがそんな方法で行きたくない。しかも駅から駅を歩いて移動も入っている。多少時間がかかってももっと解り易いルートは無いかと調べたら、ありました。新宿から京王線の特急に乗り、高幡不動で普通に乗り換えるというパターン。これだと西武線、JR(無愛想な名前だ、昔の国鉄というのはいい響きだったな。野球は金田がいたしってオッサン過去にとらわれてるんじゃねーよ。王・金田・広岡・吉田っつっても今の人は何のことかわかんねーよ!!)、京王線と確かに乗り換えは3回だし、山手線で新宿までは楽勝で行ける、と思っていたが、やはり”過ちとは易きところで…”という徒然草の教訓は生きていた。

 11時40分の保谷発の電車で行けば、13時前に最終目的地の多摩動物公園(N原君の住んでいる街)に着くはずだが、乗換えで戸惑うことも考慮して(こういうところがA型、慎重である)11時前には池袋行きの準急に乗った。池袋から山手線で新宿に出て、初めて京王線に乗った。特急なので快適である。ぼんやり外を眺めていたら府中に止まった。おー、これが刑務所で有名な府中か、ホクゴの塀の中には今でも懲りない面々がチョーエキを受けているんだなと、安部譲二を気取ったりした。別にここに住んでる人がみんな刑務所に関係あるわけは当然無い、イナカモンの勝手な思い込みなので目くじらを立てないようにって誰に気を使っとんのやオッサン!その後は大きな川と言うか鉄橋を渡り、良く見ると多摩川と書いてあった。昔、星飛雄馬と伴宙太がしごかれたのがこの土手だと、今度は現実とマンガの区別がつかない困ったオッサンである。

 そうこうするうちに乗り換えの高幡不動に着き、降りるとすぐ横に各駅停車の電車が止まっている。ラッキーとばかりに乗り込み座っているうちにN原君から来たメールの文面を思い出した。『この支線の行き先は多摩動物公園だけです』と書いてあったが、この電車は違う名前が書いてあったような…。慌てて降りると、多摩動物公園行きは向かいの乗り場だった。あやうく豊島園事件の二の舞になるところだった。しかしこの乗り場には人が居ない。いや正確には40過ぎくらいのお父さんと3歳くらいの男の子の二人はいた。お父さんはこの雨の中動物園に行くのは嫌な様で、あの手この手で子供に否定誘導をするが、この子は「だってボク、きりんさん見たことが無い」などと聞く姿勢が全く無い。お父さんが何を言っても、ボクは今日動物園に行く、これはわがままではなく勉強であり、歴史の必然なのだと言うようなことを、もちろん3歳児なりのボキャブラリーで主張し、親の言うことを聞こうとしない。何故だかこの子が他人のような気がしなかった。

 多摩動物公園駅に着くと、目の前が本当に動物園の入り口だった。電話をするとN原君と4歳になるお嬢さんが傘をさして迎えに来てくれた。彼の住まいは坂の上の小道を入った奥にあった。そういえば今朝方、訪問時間の確認の電話があり、その時に雨で草が濡れてるので汚れてもいい格好で来るよう電話があったが、ようやくその意味が解った。その小道は舗装されてなく、雑草がかなり伸びていたからだ。N原君いわく去年は電動の草刈機を買い込んで草刈したが、今年は肩や腰が痛くて出来ないと言う。ウソである。やりたくないだけなのだ。こういうことは僕は見抜くのが早い。何故ならば、僕もそういうことは大嫌いで出来ればしたくないからN原君もそうに違いない。心なしか奥さんも同意しているような気がした。

 N原君のところでお昼をご馳走になり(彼の手作りの茶碗蒸しを頂いた)、夕方近くまでおじゃました。彼の家は3人家族でやはりお子さんが家族の中心だった。というか完璧にN原君がなめられていた。何故そういうことが解るかと言うと、僕も2人の娘にナメラレっぱなしだからだ。子供が小さいうちはいいが、ある程度大きくなると”使えねー”とか”うざい”とか”オヤジギャグが寒い”とかいいように言われている。お父さんは悲しい生き物なのだ。書いてるうちに本当に悲しくなってきた。話を変えよう。帰りは来た時とは違うルートをと思い、モノレールに乗って帰ることにした。帰りもN原君とお嬢さんがモノレール乗り場まで送ってくれたのだが、そこに着く直前にモノレールが発車してしまった。20分くらい待たないといけない等と話しながら時刻表を見ると、2~3分後に次のモノレールが出ると表示されている。別れの挨拶もそこそこに乗り場に急いだが、ちょっと嫌な感じがして回りを良く見ると僕の行きたい方向とは正反対である。またまた大急ぎで乗り場を移動したが、危ないところであった。

 帰りは渋谷に出て、レコファンの渋谷BEAM店を探しそこで帰りの時間を気にしながらもCDを物色。結局購入したのはアナーキーの”LIVE1994”。マイナーレーベルから出してるので、”東京イズバーニング”が入っている。80年に京都で見たときもこの曲をやらなかったので、ビビッテたのかと思ったのだが、何らかの圧力があったのかもしれない。”苦労もしないでウメボシ殿下~”この歌詞のどこがいけないのだ!って殿下がまずいとの事でアナログではブザー音で消され、CDには入れられなかった。あとは洋物でニルソンの”PUSSY CATS”と”夜のシュミルソン”(なんかこう書くとすごくイヤラシク聞こえるんですけど、2枚ともアナログしかなかったのでうれしいうれしい)。こちらもアナログしか持ってなかったライ・クーダーの”流れ者の物語”、10CCの”オリジナルサウンドトラック”と”愛ゆえに…”。最後がスパークスの”PROPAGANDA”。スパークスは2~3ヶ月前に”Indiscreet”をアマゾンで買ったばかりなのにまた欲しくなった。これらのアルバムのお話はまた別のブログで紹介したい。今日は保存し忘れて、2回文章を飛ばしたのでお、わ、り。

アイスタンドアローン by Al Cooper

 ※人間の存在の本質に関わるテーマですが、この手の話が嫌いな人と、今ものを食べている人はなるべく後から読んで下さい。

 リチャード・キンブル、職業医師、正しかるべき正義も時として盲いる(メシイル、と読みます。その通りに入力しても出てきません。しょうがないので”め○ら”と入力して変換しても”盲”という字が出てこない。サベツ用語だとか何とか言って勝手に自粛しとるんかい、このボケコンピュータは!!とのっけから怒ってしまった、いけないオジサンです)ことがある・・・。と、つい今は昔大ヒットした『逃亡者』の導入部をパクってしまった、1日遅れのブログですが、いや毎日暑いですね。死人が出る暑さだから嫌になってしまう。ま、お天気の話はさておき。昨日は、取引先のS木さんが保谷の事務所にわざわざ来られた。今、僕がやっている商品発送の仕事を今後は宮崎から行うことになり、ご挨拶かたがた来訪され、”お元気で”と”そのうち宮崎に行きますから”みたいな話を某君としたあと何やら商談らしきことをしていたが、僕は在庫の棚卸で忙しく詳しいことは解らなかった。

 実は先日アップした東京国際ブックフェアはS木さんの会社が招待券をくれたので、僕がそのおこぼれに預かれたのである。当日はブースの案内図もあったので、誰かお客さんがいたらブースの中に入ってみようと思っていたのだが、溢れんばかりの人の流れの中S木さんの会社のブースは静まりかえり、一人でも入ったらすごく目立つ状態だったので、必殺あかの他人の術でブースの横を通り、その時にちらりとS木さんらしき人を眺めたしだい。したがって昨日初めて某君に紹介してもらい、顔と名前が一致したわけだ。某君との話もひと段落つき、それでは飯でもという典型的な日本のビジネスマナーに則り、夕方の保谷の駅前に3人で出た。

 一軒目は前回行った時店長が新規就任したばかりで、名刺交換したら割引券が貰えるという(勿論某君はしっかり名刺交換し500円割引券をゲットしていた。こういうところが山師やはり経営者である)、社員の意欲向上と売上アップの”二兎を追いつつ二兎共得るぞ”的な居酒屋に入った。それぞれ好きなものを頼みながらS木さんの会社の業務内容とかを聞いたが、へーそうなんですかといった気の抜けた相槌しか打てなかった(早い話がああいうところでは馬鹿話は出来てもまじめな話はなかなか、ねって誰に同意を求めてるんじゃオッサン)。ビールにワインでそこそこ盛り上がったが、本格的になったのは2軒目から。S木さんは横浜から通っているということで、帰るのは大変だからビジネスホテルに泊まってもらおうと話しあい、保谷にはビジネスは無いので隣の大泉学園に行って探すことになった。わざわざ電車で隣町に行くというのは、やはりこちらならではの行動パターンだろう。

 大泉には旨い焼き鳥屋がある、オレに任せろ、黙ってオレについて来い(ここで大松博文と名前が出て来た人は間違いなく、生まれてから現在に至るまでが長ーーーい人である)とばかりに某先生に案内されたが、入ったらかなりガラガラなお店。どうも目的のお店はその隣だったらしいが、入ったものはしょうがない。早速注文したが、意外や意外、鳥刺しや枝豆、トマト出てくるもの全て美味しかった。特にこのトマトが旨かった。僕は確実に3切れ以上胃にぶち込んだ。注文した本人(本人の名誉のためにあえて名前は秘す)は一切れも食べてないとか言っていたが、あまり気にすることではない。そのお店でビジネスホテルのことを聞いたが、大泉にもビジネスは無く反対方向のひばりが丘ならあるとのことで、じゃもうこの際保谷のマンションで雑魚寝だと決まり本格的に飲むことになった(僕はお付き合いだけ)。

 さてここで大きな問題にぶち当たった。僕は5月末からずっと(途中6日間だけ宮崎に帰ったが)保谷のマンションで某君と一緒に一種の合宿生活を送っている。そのマンションはもともとがファミリータイプの3LDKである。トイレは当然シャワートイレ(ウォシュレットというのはTOTOの商品名だからNHKでは言えない筈だが…、どんな言いかえをしているのかちょっと聞いてみたい)である。であるが、僕は正しい日本男児として小をするときは立ってやっている(別段力説するところではないが)。然るに某君もS木さんもトイレでは小をするときも座ってやっているとのこと。S木さんの会社は30代、40代(S木氏本人)、50代と3人男の人がおり、社内規定で小をするときは全員座ってすると決まっている(ウソ、ウソ、3人だけで取り決めたルールらしい)。しかしながらその50代のオヤジは本人は座ってやってると言ってるが、彼の使用後にトイレに入るとあちこちに飛沫が飛び散っており絶対立ってやってるとS木氏は怒るのだ。

 ここまで書いてふと大事なことに気がついた。今は当たり前のように洋風便座を使っているが、以前は当然トイレは和式だったのだ。では初めて洋風便座に直面した日本人は、正しい座り方で用を足すことが出来たであろうか(この場合、男は大が条件とする)?この命題を若き頃の小林信彦はある有名な文学者と徹底討論している。お暇な方は『パパは神様じゃない』という本で調べてみてください。文庫で出てます。僕としてはその本の中で『何故洋風便座には蓋があるのか?』という問いに対して『ティーポットに蓋があるのと同じ理屈だから』というところや、蓋を開けずに男だけがトイレを汚さず用を足せる『注入位』という話に大笑いしてしまった。とここまで書いて(おいおい、今使ったフレーズだぜ。)ナニゲニ小林信彦のことをネットで調べたら『パパは神様じゃない』は絶版になってました。ただBOOK OFFなんかで見かけることがあるので、もし見かけたら買って読んで見てください。損はさせません。ちなみに『つむじ曲がりの世界地図』もオススメのエッセイです。

 話がもこみちじゃなかった横道にそれたが(こういうことを言うから娘からオヤジギャグは寒いとか言われて嫌われるのだ、オッサン学習せーや)、今回のテーマは”男なら立ってやれ”である。あの一定の高さから流れる液体の描く線を放物線というのだ。これは物理の試験にも出てきたから間違いない!また思いっきり立って放つ開放感、これこそが良くぞ男に生まれけり、男児の本懐とは正にこのことだ。某社長に言わせると『するのはいいけど、掃除が大変だ』などと言っているが、人間が小さい、小さい。トゥーリトル、トゥースモールというやつである。しかしその日の話の中では2対1で数の暴力に屈した。こういうのを民主主義の吐き違えという。しかも座ってやる方が音もしないし上品だという誤った結論が導かれたことは、『私の在任中には消費税は上げません』と言って外堀を埋めていったコイズミ的過ちであると言っても過言ではない、と何がなんだか混乱してきたので今日は終わる。ゲッ、もう2時20分だ。明日は日曜返上でピッキングだー!!

 最後にこのタイトルは『オレは孤立してる』と訳すのが正しいが、僕的には『オレは一人でも立ってやる』と言う風に解釈したいっていい加減しつこいな。

私たちには時間が無いの、世界のキャンディーズよっ!

 昨日、新聞でシド・バレットの訃報記事を読んだら、今日は清志郎が喉頭がんで入院するという記事をYahoo!のニュースで見つけた。何となく嫌な感じである。元サザンのO森は3年6ヶ月の求刑で結審は19日、初犯なので執行猶予になるかなと思ったが、一罰百戒の意味でも実刑判決が下りる可能性も高い。まぁ、こちらは自業自得というか毎度毎度のバカドンバの顛末といった所か(このバカドンバなどの表現方法は山下洋輔のエッセイを読むとその意味と楽しさが解ります。文庫本もあるけど、晶文社が全集として出してあり、市立図書館にも置いてあるので機会があれば是非一度読んで見て下さい)。余談だが鹿砦社の方は懲役1年2月、執行猶予4年の判決が出たようだが松岡氏は完全無罪を勝ち取るまで戦うつもりらしい。再度断固支持を表明する。

 とここまで書いて晩御飯をすませ、ぼんやり夕刊を眺めていたら、”薗田憲一とデキシーキングス”の薗田憲一氏も病死という記事を読んだ。この手のニュースと言うのは集中するのだろうか?まさかそんなことも無いと思うが、梅雨の終わりの暑い一日だっただけにこの暑さと過度の湿気は(特に病気の人の)体に悪いだろうなどと考えた。悪いニュースばかりが目に入ると気持ちまで落ち込んでしまう。何か気の晴れるものはないかとまた夕刊に目を落としていたら、NHKの”きよしとこの夜”に伊東四郎が出るとあった。電線音頭の事も出てるので大いに期待して見た。

 いや、楽しかった。日本語の難しさも伝わった。どういうことかというと伊東四郎が家族や兄弟の話をしている時にベッキーが「なんなんですか?」と発言し、伊東四郎が鼻白むシーンがあったのだ。芸人の大先輩に対して「なんなんですか」は無いだろうと思ってみていると、本人は「何男ですか(つまり長男、次男というあれである)」と行ったつもりだと必死に釈明。しかし『ご長男ですか?』等という聞き方はあるが、『何男ですか?』というのは無いだろう。所詮、紅毛碧眼の連中はなどと書くとまたいろんなところで批判が出るので止めておこう。そんなことよりも懐かしかったな、”見ごろ、食べごろ、笑いごろ”の”電線音頭”。そうそう”ベンジャミン伊東”と名乗ってました。「人の迷惑顧みず、やってきました、大バックアップ軍団っ!!」

 ちょうど大学4回生の頃で、キャンディーズが解散する何ヶ月か前ぐらいから滅茶苦茶面白くなり、毎週テレビで見てはサークルの仲間と真似していた。こんなことを書いても解る人はほとんど居ないと思うが、伊東四郎と小松政夫のギャグの絡みとキャンディーズが幼稚園の悪ガキの役を演じているのだが、番組の中で本物の魚や水ぶっ掛けなどがありマジで泣いたりおびえたりするところもあり、今ほど日本テレビ特有の”ヤラセ”は無かったと思う。しかし”電線音頭”の野外ロケで2万人集まってしまい、警察署長自ら現場に来て、その時にはスタッフが全員雲隠れしたので仕方なく伊東四郎が”責任者”としてお小言を食った、と言う話も笑ってしまった。それこそ署長から『なんなんだ』と言われ電線マンの説明や番組の説明をしたらしいが、お堅い役人さんがたはそんな番組は見ないので、説明しても理解してもらえなかったと言うところは”そりゃそうだ”と妙に納得してしまった。

 この番組でもう一つ懐かしいビデオが流れた。”夢で会いましょう”だ。いわゆるバラエティ番組のはしりだが、白黒の画面を見ていたら卓袱台に座った女性がおひつからゴハンをついでいるシーンやガラスの醤油差しを持ってるシーン等をがあり、1960年代だなとつくづく思わされた。懐かしついでに思い出したのが、確かNHKのラジオで夜11時くらいからやっていた”夢のハーモニー”という番組。こちらはFMの”ジェットストリーム”のさきがけみたいな番組だったが、オープニングテーマ曲が「今宵のあなた~THE WAY YOU LOOK TONIGHT」。”タン、タン、タッタタッタターン、タッタタッタタッタタッタタン~”と書くときりが無いが印象的なイントロで始まるスタンダードだった。後年ジム・ホールのライブ盤で聞いて、すぐ”夢のハーモニー”を思い出してしまった。

 この手の経験では、まだガキの頃MRTの番組が中断する時(昔は良くテレビ放映がおかしくなって「しばらくお待ち下さい」の静止画像が出たモンじゃよ、ゴホゴホ)、流していたBGMがビートルズの”アンドアイラブハー”。もちろんどこかのストリングスが演奏していたのだろうが、あのメロディはテレビの放送局(MRT)の曲だと思っていたので、オリジナルのビートルズバージョンを聞いたときはびっくりした。もしかすると自分がオリジナルを知らないで勝手に思い込んでる曲が、もっとあるのではないかと随分心配もした。

 話はあちこちに飛んだが、最後は少し明るい話になってまずはめでたしめでたし。ちなみにタイトルのフレーズは”見ごろ、食べごろ~”でキャンディーズが毎回言ってた決め台詞。アホ学生だった僕たちも真似して良くジャン荘や飲み屋で言ってました。

電話での応対が示すあなたのお人柄(ホンマやでぇ)

 この前の日曜というか月曜の深夜に、一斉送信でメールをしたら、何人かの人から返事があった。その中で一番びっくりしたのはN村先生からの電話であった。ちょうど仕事も終わりに差し掛かり、机を片付けようとしていたら突然携帯の呼び出し音が鳴り響く。僕は以前の仕事が客のクレームや要望(と言えば聞こえはいいが、単なる金持ちのわがままや思い付きの話ばかり)を携帯でひっきりなしに聞くか、話をするかといったものだったので、それ以来携帯はメールの送受信くらいしか使わずよほどのことが無い限り、電話としての機能は使わないようにしていた(なんせ以前は24時間クレーム対応なんかもしていたので、とにかく携帯電話が鳴るのは大嫌いだった)。

 つまり携帯の呼び出し音は朝の目覚まし替わりか、時間を計るタイマーとして利用する時くらいしか聞かないので、本来の電話の呼び出し音として鳴り響いた時は、正直少しびびった。表示される番号も見覚えが無いものだったし、いたずらか間違いだろうと思ってふてくされ気味に出たら「そちらは○○さんの携帯で宜しかったでしょうか?」といういかにもタコにも何かの勧誘ぽい切り口。僕としてはそう来られたら、「だから、どうした」てな口調(余談ですが、ジャズのマイルス・デイビスの口癖が”SO WHAT?"=『だからどうした』だったらしい。だからどうした!!ってきりが無いな)になるのはしょうがないだろう。

 すると相手は「私、訓練校でお世話になりましたN村と申します・・・」とのお言葉。いやいやこちらがお世話になったのであって、N村先生にお世話したことは無かったどころか、訓練終了後も厚かましくPC室に出入りし、挙句は預りもののSDカード(M野サンごめん、桜塚ヤックンの写真を入れたやつ。でも見つかったから良かったよな、と強引に自分のミスを帳消しにする)を忘れて帰り、慌てて電話してN村先生に探しに行ってもらったなんてこともあったな、はは、懐かしいな。と話をすり替えてはいけない。「えー、先生でしたか、これはどうも失礼しました」と僕の態度は180度変わりそれからちょっと世間話をして、今度の報告書提出の件は昨日メールでみんなに知らせた旨を話したりした。その時は学校の先生方のことしか聞かなかったのだが、クラスのみんなはどうしているか聞けばよかったなと思ったが後の祭り。そういうことなので、このところご無沙汰しているみなさん、近況を教えてください(と本日も支離滅裂に終わるのだった)。

誰だー!ゆりかもめに塩酸撒いたのは…

こんなん言われてもかなわんなぁ…

 我が心の恋人(笑)M島さんから、『ゆりかもめで異臭騒ぎがあったけど大丈夫でしたか?』という愛情一杯のメールが来た。と書きたかったが『ゆりかもめで異臭騒ぎがあったけど、あんたがやったんちゃうか?』という鋭いご指摘のメールが届いた(こういうところに人徳があらわれるんだなぁと妙に感心したが、ん、オレみんなにどんな人間だと思われてるのか急に不安が…)。昨日はブックフェアで疲れてお台場に行けなかったので、今日こそ行こうと思っていたのだが、虫の知らせというか、単に疲れが取れなかったせいかゆりかもめには乗らなかった。したがってこの異臭騒ぎも全く知らず、M島さんにいつのニュースと聞いたところ本人も6時のニュースを小耳に挟んだ程度で詳しくは知らないと返事が来た。

 そのあとナニゲニNHKのニュースを見ていたら、ゆりかもめの事件が放送され、お客さんが異臭騒ぎで降ろされた駅は昨日行った東京ビッグサイトのある国際展示場正門前駅であることが解った。今回がはじめての事件ではなく千葉あたりでも何回か塩酸がペットボトルに入れられて同様の騒ぎがあったらしいし、犯行声明めいたものも出ているとのこと。いったい誰がこんなしょうも無いことをしたのか。ま、塩酸だから大したことは無かったようだが、サリンだったら大変なことになってる。ゆりかもめは乗務員が居ない自動運転(自慢、得意、エッヘンてガキか!!)の乗り物なので何かあったら、乗ってる人達の自己判断なのでパニックが発生したら怖いなとつくづく思う。

 ちなみに上の写真は昨日東京ビッグサイトでブックフェアに入る前に自販機でお茶を買ったら、その横に隠すように置いてあった注意看板。良く読むと怖いことが書いてある。”過去に事故が発生”ってどんなんや。どんな事故でどうなったのか教えろ!そういえばゆりかもめの犯行声明もどんな文章でどんな名称を名乗った個人(または団体)なのか一言も触れないのはどういうわけだろう。共謀罪の先取りで、怪しい連中を片っ端からチクれという当局のお達しかもしれない。これもブッシュの番犬コイズミの自国民総洗脳の手段かも知れん、などとオジサンの深読みというか、しょーもない危機意識は誰からも支持されず、負け犬の遠吠えと化すのであった。 

 そんなこんなで日曜日(なんちゅう無茶な展開や)。流石に昨日の疲れがあり11時過ぎまで寝坊した。起きたらお利口さんだから洗濯して、ゴハン食べてナニゲニ(ひつこいな)昨日のブログを読んだら、深夜1時過ぎにモーローとして書いたので文章がめちゃくちゃなことに気がつきおかしなところを手直し。そうこうしてる内に3時を過ぎて、お台場や上野などの遠場に行くにはちょっとしんどい時間になった。とはいえ今回は21日には宮崎に帰るという期間限定の出稼ぎだけに、じっとマンションにいるのももったいない。考えているうちに大学の先輩のsawyer氏から『江古田は学生の街で70年代の香りが残っているかも』というメールを貰ったことを思い出し、ほんじゃ一発行って見るべと茨城弁で決意した。

 ところで僕は”江古田”のことを”EKODA”と読んでいたのだが、どっかの看板で”EGOTA”とあるのを見て、”エゴタ”と読むのが正しいと思っていた。”エコダ”というと軽くてポップな感じで例えば「地球に優しいエコだね」なんて言い方が思い浮かぶ。対して”エゴタ”というとなんか重たくて「てめぇのその考え方がエゴだー」みたいな表現が浮かぶ。如何に僕たちは言葉の魔法に、イメージにだまされているか、なんていうと大げさだけど何となくそう感じただけなんです。で、結論から言うとどっちでも良いみたい。”えこだ”だろうが”えごた”だろうが。

 とか何とかいってるうちに、来た電車に乗ると多くの人が練馬で降りた。あと少しで江古田だなと思っていると、な、なんと電車が地下にもぐって行くではないか。サンダーバード4号だ(例えが古っ!)と喜んでるわけには行かず、これが以前聞いた直接有楽町に行く電車だと気がつき大慌てで乗り換えて何とか江古田に着いた。

 電車から降りる時にどっちに行くか迷ったが日大芸術学部のある北口に降りた。駅を出ると細い路地が延びて左右に小さい不動産屋や、いかにも安そうなラーメン屋、定食屋、焼き鳥屋等、等。まさしく学生相手のお店が立ち並ぶ。ナニゲニ(おっさん、今日は3回目だよ。ソロソロ嫌われるよ)日大方面に歩いていくと日曜日のせいか人通りも少なく、キャンパスには入れない。増築だか改築の工事をしており、近隣の人達に工事の進捗を教えるスケジュールボードがあり、驚いたことに土日は工事無し。ふざけんじゃねーよ、”今日の仕事はつらかった~”の建設労働者も週休二日かと理不尽な怒りに身を震わせていると、妙なチラシを見つけた。
日大芸術学部注意文

 なになに、校舎周辺での…と読んでいくうちに怒りが全身を貫いた(よく怒るオッサンや、血圧上がるでぇ!)。つまり大学周辺でのビラまきやサークルの勧誘、いわゆる表現の自由というか大学の自治が制限されてるのだ。もちろんこんな時代だから怪しい宗教や、マルチ・ネズミ講の勧誘などとんでもないものも多いが、そういうものも知らないで純粋培養・無菌状態の学生生活を送ってどうするんだ!!秋田明大率いる日大全共闘、銀ヘルの歴史が泣くぞと一人でエキサイトしてしまった。しかし良く考えると日大全共闘なんていっても、知らない人間の方が圧倒的に多いし、このブログ読んでくれてる若い人達も『なんで日大なのに明大が出てくるの?』というカワイイ疑問も出てくるだろう。こういうことを説明するのが年寄りの役割だと思うが、残念ながら僕は自分のことを年寄りと思っていないので、興味のある人はメールでもくれれば説明します(書いてることがまた支離滅裂になってきたな)。

 江古田の町を1時間ほどうろついたが、悲しいかな目は常に中古のCD屋さんを探している。何軒かその手の店があり、そのうちの1軒は小さいがジャズの女性ボーカルのレコードを流していた。CDを探しているうちに「ユノウ ハウロントゥテルユ~」と思わず口ずさむこの歌。なんとポールの"I WILL"ではないか。次は「おーーーだーーりん~」、"Oh!Darlin'"だ。歌ってるのは誰だか知らないが、ポール・マッカートニィのバラードばっかりやってるんだと気がつき、やっぱり楽曲が良いとどんな表現方法でもいいなと当たり前のことを感じながら、雨にぬれながらも保谷への帰り道を急ぐのであった。ふー、やっと終わった。

東京国際ブックフェア2006探訪記

新橋駅 ゆりかもめ乗り場

※7/9の1時過ぎにアップしたが文がめちゃくちゃだったので午後1時過ぎに手直ししました。 
>本展の規模は巨大です。1日では見きれませんので2日間・3日間のご来場をおすすめします。  
 なーにをサラシ粉、フクラシ粉(ごく一部で流行した70年代関西ギャグ。”何をさらす”という言い回しから、サラシ粉があればフクラシ粉もという畳重的表現と言える、なんちゃってちょっと言語学的)と思っていたのが大きな間違いでした。とにかく広くて気が遠くなりそうな半日でした。

 そもそもは某君の取引先からブックフェアの招待券が届き、彼はその日都合がつかないから代わりに行かないかと言われたのが事の発端。考えてみれば休日はCDショップ回りばかりなので、ここらで一発アカデミックな雰囲気も味わっておこうというスケベ根性から訪問を決意。前日にゆりかもめの乗り方と目的地までのベストの乗り換え方法をネットで調べ、11時の電車で保谷を出れば、12時20分には東京ビックサイトに着くことを確認しこの情報を携帯に転送しておいた。当日、例によって保谷を出て、石神井公園で乗り換えってもういいか。池袋から山手線で新橋に着き、新橋駅からそのままゆりかもめの乗り場に行けた。

 ゆりかもめは見た目は大変快適だが居住性はやや悪い、というのも4人がけのシートに乗ると対面の人と膝頭が当たりそうな感じでくつろげない(行きも人が多くて窮屈だったが、帰りは買い物帰りの主婦3人組と同席になり新橋に着くまで延々と彼女らの世間話~○○さんは元モデルだけど体形がごついとか、テレビの看板を見て愛のない正妻と愛のある愛人のどちらがいいか?を熱烈に議論。その挙句、出た結論は愛などイラン、金さえあれば。つまり正妻で旦那が毎月金さえ持ってくれば何もイランという厳しい現実を感じさせる結論だった。コイズミ流弱者切捨ての論理が一般市民にまで浸透している事例であるってこれは違うな)。ただそれ以上に風景が楽しい。おーあの建物は”セイヤング”の文化放送ではないか(例えが古いなぁ、僕が拓郎の結婚宣言をリアルタイムで聞いたと言っても意味がわかんないだろなぁ)、とかなんじゃあの橋は?あれがレインボーブリッジかとか、おーおーあの地球儀がフジテレビか!とか内心は大騒ぎしながら、表面はあくまでクールに振舞ってるうちに国際展示場正門駅に着いた。駅に着いたら人の流れに乗っていけば会場に着くからというやや心細いアドバイスに従い、駅からの道を歩いていたら吸い込まれるように東京ビッグサイトのエントランスに着いた。

 とにかくでかい建物で、入ったはいいが自らの意思とは関係なく人の流れとムービングウォークに乗っかって進むといよいよ会場らしき所に着いた。客引きと言ったらイカンのか、案内係の人が「…の招待券をお持ちの方は下に進まず真っ直ぐ行って下さい…」と叫んでいる。僕も招待券を持ってるから先に進めばいいのかと思っていたら、どうも様子がおかしい。なんとこの日はブックフェア以外にオフィスセキュリティとかバラエティギフトとかみらい市などのイベントが同時開催されていたようだ(どおりでゆりかもめを降りる時にアナウンスで今日はイベントで混むことが予想されるので今のうち帰りのチケットを買っておけと何度も叫んでいた)。大急ぎでブックフェエアの会場に行くと受付がまた長蛇の列。何とかクリアして首から提げるネームプレートを貰い、会場に入った。 

 入ってすぐ右側が河出書房新社のブースでそこに”20%引き”の文字が踊っているではないか。とりあえず書架の前に行き欲しい本を物色。今考えれば、桐山襲の未読の本を探せばよかったかもしれないがムック本のコーナーでな、な、なんと中島らも(宝島で”啓蒙かまぼこ新聞”を書いてる頃からファンで”今夜全てのバーで”がかなり泣かせる小説でって書いてったらきりが無いのでやめるが、理想的なロックの人であった。つまり人間のくずという意味で。これは僕の最大級の賛辞である)、おっと次は幻のギャグ漫画家江口寿史、なんと大滝詠一の本もあるではないかと大慌てで購入。これで今日の買い物はオックマーイと思ったのは大きな間違いだった。買った本をビニール袋に入れて、さて回りを見学して適当なところで切り上げてお台場に行こうと思っていたのだが、750社出店しているとの事で一巡するのも中々な状態。とにかく各ブースの営業の人の呼び込みやお客さんでごった返していてトイレに行くのも一苦労だった。

 30分位してようやく雰囲気にもなれて、ミニスカ・タンクトップのオネーチャンに目を奪われることも無くなり面白そうなブースを冷やかす。最初はブルース・インターアクションズというところでCDが3枚で1,000円と張り紙があったので入ったが、全く知らないミュージシャンばかり。その中に”キャロル1999・4・13”という文字が見えた。あれっ、キャロル(矢沢のエーちゃんがやってたバンド、彼らがデビューした頃は凄まじいものがあった。あの赤塚フジオの”天才バカボン”に『キャロルは日本のビートルズなのだ』というフレーズが出てきたりした。僕は彼らのロックンロールも好きだったが”ふられた気持ち”などのバラードが大好きだった。そういえば東のキャロル・西のファニカンなんて時代もあったな。桑名の”スィートホーム大阪”聞きたいなぁと年寄りの回想はキリが無い)は1975年に解散したはずだがと思いジャケットを見ると”ギャロル”というコピーバンドで原題「類似やんか」とある(勿論本家の”ルイジアンナ”をパロってる)。大笑いして購入を決意。他のCDをと探すが怪しいようなものばかり。結局山川健一が編集したブルースの2枚組み(ライトニング・ホプキンスやロバート・ジョンソン、オーティス・ラッシュなど有名どころが一杯)とソウルバンド(ブッカーT&MGズなんかがやってる)のインストもの、あとはジャケ買いでラス・ゲイブリエルという人のCDとCAIというジャズバンドのものを買った。これらのCDはじっくり聞いてみて鑑賞に堪えるものであればブログにアップします。多分幻の記事で終わるだろうが…。

 会場を回るうちに奥の方の洋書バーゲンコーナーが気になり始めた。荷物が増えるのは嫌なのでかさ張るような本はパスだが、コミック本や気のきいた音楽関係の本でもあればと思って近づいたがあまりに人が多くて細かに探せず。とりあえず折り紙の本や初心者向けの日本料理の本、あとはスヌーピーのマンガとらんま1/2のビデオなどを購入。我が家の馬鹿娘たちが少しでも英語が出来るようになればという親心である。もういい加減終わりにしようと思ったが、会場を回れば回るほど面白いブースがあり、最初のコピー(1日では回りきれないというやつ)は間違ってないことを確信。

 あとは駆け足になるがロック雑誌のストレンジデイズのブースがありそこにも紙ジャケットのCDがあったが、ぐっとこらえて買わなかった。大学の出版物をまとめたコーナーや、外国の出版物コーナーもあったし、三味線のライブをやってるブースもあった。一峰大二のサイン会もあったといっても若い人には解らないだろうが。そうそう「コノホンハチュウゴクホンゴクデハシュッパンサレマセン」と大声で叫んでるチャイニーズの人もいたな。ちょっとインパクトが大きすぎてまとまらなかったな。反省して明日に続く…かな?

ちょっと前なら覚えちゃいるが…

 6月30日から7月5日まで宮崎に帰っており、その間の更新をサボってしまった。言い訳になるが6月30日の記事をアップしたあと続きを7月1日に書くつもりだったのだが、余りの暑さでつい書き忘れてしまい、まいいか明日日付を変えてアップすれば何とかなると考えたのが大間違い。暑い日は毎日続くんだよな、しかも日付を調整すればいいという安易な妥協策を考えていたのでズルズルと空白の日が続いてしまった。人間こうなると弱いもので、どうせ誰も読んでないし更新されてなくても誰も解らないさ、などと不貞腐れてしまった。

 しかし、しかしである。こんな拙いブログでも楽しみにしてくれている人がいる(S吉ちゃん、読んでる!)ことが解り、これからもガンガッテ行こうということは、えーと昨日書いたな。あれ、どうもおかしい。たかだか1週間くらいのことなのだが、記憶が混乱していてまとまらない。しょうがないからこの間のことで思い出したことから書いていこう。

 30日は少しブログに書いたようにホテルに泊まった。わざわざ宮崎に帰ってきて何でホテルを、と思われるかもしれないが、高度に発展した資本主義社会(こればっかや)では摩訶不思議なことが一杯あるのよ。どういうことかというと6/12に某旅行倶楽部(某の部分にJALという文字を当てはめた人がいたら、それが正式な名称ですとしか答えられません)に”気ままにフリータイム ステイ宮崎2日(Aプラン)<お帰り延長対象コース>”というとてもじゃないが覚えられない、カタログ見ながらじゃないと入力できないツアーに申し込んだ、というか手続きしてもらった。

 早い話、6/30~7/5の往復の航空機のチケットを頼んだのだが、なんとそのチケットにホテル1泊・朝食付き、さらにお土産買ってねクーポン2,000円(早速羽田でお土産を買うときに使いました)がついてきて、それで30,300円という価格破壊とはこういうことを言うんじゃ的な過剰サービスがついてくるのだ。どう考えてもおかしい。しかもホテルつけないとこの金額にならない、つまり安くならないのだ。ホテルも宮崎K光ホテルや、Mックスなどまずまずのと言うよりかなり良いホテルに泊まることが出来るのだ。ちなみに僕は無名時代のアリス・クーパーが、じゃないアリスが良く泊まったと言う宮崎Sライトホテルにした。このアリスが泊まったと言うのは宮崎の民間ラジオ局の番組で聞いたのだが、かのチンペイ氏はまだその頭髪が本来の役割を果たしている頃(早い話がまだ売れてない頃)、宮崎ライブ(早い話がドサ回り、良く言えば地方巡業、カッコつけて言えば全国ツアー)を終え、その身をシングルベッドに投げ出して、ホテルの窓からO淀川越しに向こう岸のよりグレードの高いホテルのネオンを見ながら「いつか、売れて向こうのホテルに泊まるんだ!」と誓ったと彼の本に書いてあったらしい。と、説明が長ったらしくなったが、それこそ早い話僕の家から近いと言うだけの理由でSライトホテルにしたのだ。

 チンペイ氏が『売れたらもっと良いとこに泊まるぞ』とネタにしただけあって、Sライトホテルは悲しくなるくらい暗いホテルであった。一応ツインのシングルユースにしてくれてはいたが、いかんせん部屋が狭くて汚い古い。クロスのジョイントは透きまくっており、コーキングでも補修出来ないくらいだし、浴衣はどっちも寸足らず(ツインなので、一応2枚置いてあった)、おまけに帯が回せない。2回まわして止めることが出来ないのだ。「なんじゃ、この帯は!」と激怒したが『もしかしたら僕の腹が出てきたのが原因かもしれない』と考えたのでフロントにクレームを入れることはしなかった(よっ!太っ腹って『それが悩みの種ジャン』っていっても今の若いモンはダウンタウンB.B.の”カッコマンブギ”なんか知らないっつーの。というか脱線ついでにダウンタウンと言ってもお笑いではない。B.B.とついていてもブルースバンドではない。ダウンタウンブギウギバンドである。ついでに80年になってダウンタウンファイティングブギウギバンドとバンド名をチェンジしたことも今では遠い日の夢物語…)。

 さて晩飯も終わり、風呂にも入り(皆さん想像の通り、超狭いユニットバス)ベッドに横になったが、疲れ過ぎているためか目が冴えて眠れない。テレビも故障してるのかチャンネルが写らないって、民放が2局しかないことをトボケタリシテ。しょうがないのでコインはどんどん落ちるのだがやたらモザイクがかかる番組を見ていたってのはウソウソ。9月以降のポストコイズミとオザワミンシュの行く末を考えていました。これもウソ。何を考えていたかは思い出せないが、モーニングコールをセットしたのは覚えている。今時ダイヤルの電話でゼロハチゼロゼロと回すと「承りました」とかなんとかテープが答えていた。

 セットしたとおり8時に電話が鳴り、起きて飯を食いに行く。普段は朝は珈琲だけなのに、ホテルに泊まったり入院したりすると朝飯が食べたくなるのだ。しかし入院と言えば、エーとこの話はまた改めて。朝飯は10階の見晴らしの良いレストランで和食。これは大変気持ちが良かった。あまりに嬉しくて写真を撮り、ブログにアップしようと思っただけで実行しなかった。イカン、イカンまた反省の材料が出てきたのでここらで失礼します。ちなみに今日からまた東京は保谷でのタコ部屋生活がスタートしました。

しかし、まだ旅は続く…by M.ポルナレフ

 あら、あら違うのよ、ついつい暑いのと何かとばたばたしてたから、ブログの更新をしなかっただけなの(ここはマカロニほうれん荘のコンドーさん風に)。今日も16時20分の飛行機でまた東京に行くので、あっちでこの間のことをアップするつもりだったら、このブログはもう終わったのかとの問い合わせを頂きました。ありがとうS吉さん、おかげでまたブログ頑張ろうという意欲がわいて来ました。やっと終わったのかと思ってた皆さん、残念でした。もう時間が無いから続きは保谷のマンションから送ります。んじゃ。

プロフィール

drac ob

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索