ファースト・オブ・メイのはずが

 最初にお断りしておくが、この話にはビージーズは一切出てこない。というか、「ファースト・オブ・メイ」と聞いてビージーズの「若葉のころ」を思いだす人はまず間違いなく若葉の世代ではなく老木というか枯れ木、どちらかというとフリートウッド・マックの”Bare Trees”の世代だと確信する。もっとも、このエントリーのタイトルに意味はない。しいて言えば今日が5月1日だからだ(だったのだが、例によってなんだかんだあって今は既に6月6日であることを告白しておく。人間、正直が一番。僕は人呼んで正直松太郎である)。だったらメーデーにせえやという声も聞こえるが、無視する。

 ゴールデンウイークも前半が過ぎた(いや、後半も遥か彼方に過ぎているのではあるが)。またまた余談だが子供のころ何故かゴールデンウイークっていうのは食べ物、それもお菓子の名前だと思いこんでいた。理由は簡単だ。あるマンガ雑誌を斜め読みしていた時に、そこに登場する小生意気なプチブル娘が親に何か文句を言われ、そのことに口答えするセリフが「だってゴールデンウイークはもうおしまいでしょ」と言ったからだ。多分その時は小学3、4年だったと思うが、いくら南九州(ディープ・サウスと読んでください)の田舎の小学生でも「おしまい」というのは「ジ・エンド」、つまりもう終わりという意味だということは理解していた。理解できなかったのは、その前の「ゴールデンウイーク」という言葉だ。分からないことは人に聞く、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、であることは重々知っていたが、その時は何故か勝手に脳内で「ゴールデンウイーク」という言葉の響きと豪華さから、これは舶来の食い物、それもプチブル娘が好むような高級菓子に違いないと勝手に思いこんでしまった。しばらくしてからゴールデンウイークというのは4月から5月にかけての連休のことだと知ったが、いったいいつ正しい意味を知ったかは記憶にない。

 ま、そんな話はどうでも良くて今日は何を書くかというとゴールデンウイーク前半の反省日記という毎度毎度のバカ話である。例によって話に生産性は一切ない。ところで、4月29日は祝日であるが、実は拙blog開設記念日である。今をさかのぼること12年前、つまり2006年4月29日にこのblogはスタートした。最初は『人生はさすらい』という何やらちょっと哲学の香りがするが、その実態はキャット・スティーブンスのシングルのタイトルをパクっただけのものだった。そこから今の『別館4階のBoxから』に変わり、なんと延々と続いている。最近はFBやインスタの投稿が多くなり、エントリーをアップすることは少なくなったが、それでも閉鎖せずになんとか続いているのは我ながらエライ、オレもやればできる、ほめると伸びる子だと思う。

 で28日だが、この日は地元のイベントであるストリート・ピアノ・プロジェクト主催のミニコンサートに参加。もちろん、これは宮崎国際ジャズデイのプレイベントなので、情宣活動の一環である。ストリート・ピアノというのは家庭で使われなくなったピアノを街中に置いて誰でも自由に弾けるようにしたイベントのことだ。昨年だったかテレビでドキュメンタリーとして放映されたのでご記憶の人がいるかもしれない。宮崎市ではアートセンターという場所にこのカラフルなピアノが置いてあり、そこはちょっとした広場になっているので雨天時のライブなどに良く利用されている。今年はそこで地元の宮崎大学のジャズ研、子供達のゴスペルグループ、そして宮崎国際ジャズデイの第1回から参加している岩切君、古澤さんの演奏が予定されていた。

 当日は少し風があったが、それでも綺麗に晴れた日で人通りも悪く無い。実行委員数名で通りかかる人にフライヤーを配ったりライブを見ていくよう声かけをした。トップバッターは宮崎大学のジャズ研究会。ベースが女性で後は全員男子。しかし、何もしゃべらず曲の説明もせず演奏を続ける。愛想というものがない。あんまりだったので「なんかしゃべれや」と野次を飛ばす。スタッフのK藤さんも「MC入れろ」と声をあげる。ようやくピアノがしゃべったが、曲名を”Isn’t She Love”と言ってしまい、メンバーから”lovely”だと突っ込まれる。しかしめげないいい性格だった。「僕のアクションに注目してください」などと言ったのはいいが、まあ手を上段から降り被るだけで特段おっと思わせることはなかった。そうそう、このイベントのMCはジャズデイのアンバサダーを担当している前田アナウンサー。演奏後のメンバーにジャズデイ当日のコンサートに参加するのかとか山下洋輔のどんなところが素晴らしいかと質問されあたふたしているのが可笑しかった。

 次は子供達がゴスペルを歌うというグループ。小さい子供からまあまあ大きなお兄さんお姉さんもいて楽しいステージを見せてくれた。そしてトリは高校生のサックスの大会で優勝した古澤さんと準優勝した岩切君の演奏。しかし気の毒だったのはカラオケをバックにしての演奏だったので、本来の力はあまり発揮できなかったのではないか。この二人は中学1年からジャズデイに参加。今年は高校3年。来年は県外の大学に行って勉強する予定らしい。洗足学園に行くかどうかは知らないが、とにかく県外でいろいろな知識や技術を習得して宮崎に帰ってきてほしい。で、その日、ビラは結構配布出来たが、チケットは学生券が1枚売れただけ。しかし、買ってくれたのは高校生くらいだったか、貴重な売り上げに感謝だ。

 翌29日はワタクシが勝手に宮崎の春一番と名付けているストリート音楽祭。僕が行き始めたのは2008年からなので、それでも10年以上続いているイベントだ。毎年5月に宮崎では国際音楽祭というクラシックのイベントが1か月以上かけて行われるのだが、そのオープニングにクラシック以外のジャズやロック、フォークなどの軽音楽を路上でやるというイベント。最初の時に地元出身のドラマー、トシ永井のグループのゲストに宮里陽太が出ていた。トシのドラムをバックに豪快に吹きまくるサックス。チャラチャラしたフュージョンのサックスと違ってハードバップの香りのする強力なサックスだった。トシのグループの後は彼自身のバンドの演奏も聴いた。メンバーは地元のアマチュアミュージシャンだったが、恥ずかしがって前に出ないメンバーを無理やり前に出してソロを吹かせたりしていた。その時の話をエントリーに書いたら陽太のお父さんからコメントが入り、宮崎でライブがあるときはお誘いしていただき、あるときは1週間に2度のライブに行き陽太君から「皆勤賞ですね」などと冷やかされたこともあった。その彼も今は山下達郎のバックバンドで全国をツアーで回ったり、NYの腕利きミュージシャンと一緒にリーダーアルバムを作ったりするのだからたまりません。当時の彼のインタビューのリンクを貼っておきます。今年はBattito del Soleとして前日はガーラムでライブして翌日のストリート音楽祭当日は県庁の楠並木通りの一番いい場所でご機嫌な演奏を聴かせてくれた。



 そして翌日はもちろん宮崎国際ジャズデイの当日である。午前中はとくに仕事もないのだが、スタッフとして朝9時には現地集合して打ち合わせ。なんだかんだ雑用を済ましているうちに時間が近づく。今年は昨年の反省を踏まえてオープン前の客の対応はバイト君たちに任せた。このホールのイベントのたびに会場整理や案内をやってる学生バイト君たちなので対応にそつはない。こちとらは昨年同様会場内の整理を担当したが、指定席にテープで張り紙をしたり準備は大変だったが、おかげで客席の混乱もなく開場できた。もっとも集客は昨年の8割程度だったか、若干空席が目についた。昨年もスタッフとして参加して唯一の不満はミュージシャンの演奏がしっかり聴けないということ。特に去年はスガダイローと山下洋輔のヤノピ対決があったが、これはステージ袖のところからちらっと見ただけだった。今年はセットリストが事前に控室に貼ってあったので、類家新平をフューチャーした「アイ・リメンバー・クリフォード」とアンコールの「Aトレイン」だけはゆっくり聴こうと、その2曲の時だけ客席に座って聴けたことが幸いだった。

 イベントが終わって、お客さんを送りだした後は打ち上げに行った。去年は初めてのイベントスタッフだったので、疲労困憊してしまい打ち上げ会場についても、周りの盛り上がりをよそに一人ビールを飲んで黄昏ていた。中央ではスガダイローが寺久保エレナから切ってもらったマンゴーを食べて大盛り上がりだったが、それを横目にチビチビとビールを飲んでいた。虚脱感としんどさでぼんやりしていたら、スタッフのB東さんからこっちきて山下さんと話をしたらと声をかけてもらった。その時のことを昨年エントリーに書こうとして下が気にして居た部分を以下コピペする。

 それまで大勢の人と話をしたりサインをしたり、写真に写ったりして山下洋輔は少し疲れたような感じで空のワイングラスを手に持ちながら、その場にいた。「昔から本当に好きであこがれていた人と会っても何も話せない」とつぶやいたら、「何言ってんだよ」と軽く背中を叩いてくれた。これで何かが切れたようだ。一気に僕は話しだした。「自分は元全冷中、過激派です。伊達政保理論で武装した」と宣言したら、「全冷中か、こりゃまた古いね」とうなづきながら返事をしてくれた。「75年に大学に入り、翌年『空飛ぶ冷やし中華』を読んでびっくり。山下さんはミュージシャンではなく最初はエッセイストとして知りました。山下トリオが初めてヨーロッパに行ったときの「コンバット・ツアー」なんか大笑いして読んでました」というと、またもやうなづきながら「筒井康隆さんに影響されて書き始めたんだよ」との返事。「78年くらいからフリージャズのミュージシャンとして聴き始め、フェニックスのオールナイトのジャズフェスで毎年見たし、いつだったか宮崎の精神病院の主催で野外のコンサートを見ました。雨が降ってきたので天井にブルーシートを張ったけど水がたまってしまう。スタッフがデッキブラシで雨水を落としたけど、そのスタッフを山下さんはメンバーとして紹介して客席は大受けでした」などとこちらは思いこみで昔話に熱中すると、「そんなこともあったね」とやはりニコニコしながら答えてくれた。「今から40年くらい前にひじ打ちだけで演奏していたのを見て、S田さん(隣にいた宮崎在住の人)が気に入り、宮崎に呼んでくれた。それからのお付き合い」と宮崎との縁について話をしてくれたが、やはり相当疲れていたようで「じゃ、そろそろ私はフェイドアウトします」といって打ち上げ会場から消えていった。(コピペ終わり)

 去年は大きな打ち上げ会場だったが、今年は20人も入ればいっぱいになるこじんまりしたお店。以前、ジャズデイの打ち上げはほとんどその店だったらしい。僕は別のスタッフを先に車で送り、その後自宅からタクシーで行ったので着いたときは、すでにみんなお酒が入って盛り上がっていた。中央テーブルに出演したメンバーが山下洋輔を中心に揃っている。若い類家新平に小笠原拓海、ベテランの坂井紅介、マネージャーの村松さんや音響スタッフなど主要メンバーが揃っている。その周囲に今回一緒に演奏した都城の小中高の先生方、毎年情熱的に子供たちを指導している森永先生たちのグループに我らがジャズデイ実行委員がカウンターとボックスに固まって飲んでいる。僕はやはりのどが乾いていたのでビールを頼み、それからジャズデイのメンバーと雑談に興じる。山下さんにはやはり購入した本にサインを貰う人、一緒に写真を撮る人など次々と登場するので、こちらの目的がなかなか達成できない。

 こちらの目標とは何か。前年も話題にした全冷中、つまり全日本冷やし中華愛好会の第一回目の理論全集というか、会報のまとめというか、当時の全冷中の理論家の様々な話をまとめた『空飛ぶ冷やし中華』にサインを貰うという目標だ。打ち上げ会場について小一時間、タイミングを見て山下さんに「すいません。去年も同じ話をしましたが、ワタクシ、元全冷中過激派でございます。山下主席のご署名をちょうだいしたくここに伏してお願い申し上げます」と土下座。山下さんはちょっとびっくりして本を手に取り「いやー、懐かしいね、よくこんなの持っていたね」といいながらページをめくる。そして持参したペンを渡して僕の名前も書いてくれて、丁寧にサインをしてくれた。さらに厚かましくもその本を手にした僕と一緒に写真に写ってもらい、これはうれしくてすぐにFBにアップした。当初の目的を達成したこととアルコールも回ってきたことからだんだんずぶとくなってきた。そうそう、山下さんと一緒の写真を配偶者にメールしたら、「類家さんとか小笠原さんとかのイケメンの写真も送れ」と厚かましくも要求してくる。ふざけんるんじゃねーよ、今にほえ面かくなよ(by 頭脳警察)などと返事を書くとほえ面かくのはこちらになる危険性があったので類家、小笠原のイケメン2人にお願いして写真を撮らせてもらう。

 こうなるともうやめられない、とまらない。小笠原拓海の隣の席に座り、「宮崎の心あるジャズファンは小笠原拓海に足を向けては眠れない」と話かける。いったいなんだと驚く小笠原拓海君に「ありがとう、君が宮里陽太を山下達郎に推薦してくれた。おかげで今の陽太がある」などとほとんどヨッパライのたわごとをいうと「いや、彼はどっちにしてもその実力が認められたはずなので、自分の力はなにもない」などと謙遜する。自慢じゃないが僕は謙遜など生まれてこのかたしたことがない。遠慮と勉強もしたことはない。「いやいや君のおかげだ。飲もう」などと訳の分からないことをいって一緒に呑んだ。もう打ち上げ会場はエンドレスの盛り上がり。さらにそこに突然県知事まで登場。開口一番、「みなさん、何をやっているんですか。健全な県民の方は既にお休みの時間です」などといいつつ中に入り一緒に盛り上がった。

 そうそう、忘れちゃならないのがバグパイプの演奏。実は当日の開場時間に並んで待っているお客さんを盛り上げるためにバグパイプの演奏を聴かせようと企画していたのだが、実現できなかった。それをもったいないと思った実行委員長の提案で、なんと打ち上げ会場でバグパイプの演奏。これは面白かった。とりあえず動画貼っておきます。で、いったい何の話だったかというと書き始めた5月1日はストリート音楽祭とジャズデイの話をまとめるつもりだったが、月日が過ぎてもう6月、それでもなんとか話をまとめようとしたわけだ。とりあえずこうやってこのblogは延命を図っている(笑)。



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物質文明世界の中に愛を



最近、車の中で聴くのはSpotifyばかりである。以前はお気に入りのCDを取っ替え引っ替えして聴いていたのだが、Spotifyのミュージシャン特集だと運転だけしていれば次から次へと思いがけない音楽が流れてくるので楽なのだ。最初は、ジャズミュージシャンを楽器ごとにセレクトして聴いていたのだが、近頃はニール・ヤングやジョージ・ハリスンなどロックの曲をメインに聴いている。

特にジョージはSpotifyのおススメ特集の中にあったのでセレクト。今週朝夕の通勤の車の中はずっとジョージ・ハリスン。ソロになってからの曲だけだと思っていたら、突然、ライブ・イン・ジャパンからヒア・カムズ・ザ・サンが流れてきたのは驚いた。さらにトラベリング・ウィルベリーズという、あれは一体何という贅沢なメンバーだったのだと思わず遠い目になってしまうバンドの曲が流れて来たり、まあ予測がつかないところが楽しい。

さて、週末の店番の開店音楽をどうするかと考えていたのだが、ここはやはりジョージで行こう。このアルバムはビートルズ解散後、アルバム万物流転を大ヒットさせた後にリリースされたもの。オープニングの「ギブ・ミー・ラブ」はスマッシュ・ヒットかな。出た当初、いかにもジョージらしい泣き節で大好きだった。しかし、エンディングが何というか腰砕け。シカゴの「サタデー・イン・ザ・パーク」を初めて聴いた時も思ったのだが、せっかくの良い歌もエンディングがグタグタだと印象も弱いが、これは何か音楽家サイドで理由があるんだろう。

このアルバムは、高校時代に購入して良く聴いた。アルバム・タイトル曲は世の中、物質万歳だが精神世界に遊ぶ方がはるかに素晴らしいてな意味で、ジョンもポールも所詮は物質文明の毒にやられているてな皮肉もチラリ。そうそう、アルバム・アーティストのアンディ・ウィリアムズがこのアルバムから選んだ曲を歌っていたな。ラスト・ナンバーの「ザット・イズ・オール」だ。



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代打です



本日は緊急の代打でロックバーの店番。いつもは客待ちの間は好きなレコードをかけるのだが、今夜はお客さんの持ち込んだクラッシュのビデオ。これは観ていないので楽しみ。ジョーもミックもポールも若くて元気がいい。ニッキーも映っていて嬉しい。



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連休中の夜ふかし

 本日は、いや正確には昨日はブラタモリ宮崎編の実践とばかりに国道220号線を南下して半日ドライブしたので夜は早めに寝ようと思っていた。が、しかし、大学の先輩であるデューク中島さんがFBに一人ジュークボックスと銘打って懐かしいレコードの数々をアップ。それにレスしていたら昔の歌の動画が見たくなりYOU TUBEを開き、こちらはポンニチ編で夜のヒットスタジオのいわゆるニューミュージック関係を見ていた。70年代編を4つくらい見て、どうしよう、もう少し見ようかと79年編を見たら、クリビツテンギョウ。山本翔がいた。バックは一風堂だと確信。いや、一風堂つってもラーメン屋じゃねーよ。それはさておき、そのあとに登場するメンバーの濃いこと。ファンクに影響を受けた原田真二の後に登場する小室等!!41分あたりに出てきます。それから終わりまでいやー、79年ってこんなにアナーキーな年だったのかと、もうワタクシ、睡眠をすっかり忘れております。取り急ぎ、山本翔の「デビル・ウーマン」。これはリアルタイムで聴いていないと良さは分からないかな。後追いのお子ちゃまにはわからんやろな、カッコ良さが。


中山うり 新作『カルデラ』全曲解説などというおせっかい

アルバム

 このエントリーを書く前に、過去のうりちゃんのライブレポートを見なおしてクリビツテンギョウ。僕は根気がないし、やったらやりっぱなしな性格であることは百も承知していたが、しかし、まあ、ここまでいい加減、でたらめ、さっさとくたばれ的人間だとは思わなかった。実は中山うりのライブ、2015年に宮崎市で初めてのライブがあって、そのあと2016年、そして昨年2017年はソロ・ライブも見た。昨年は二度宮崎に来たが、都城という島津テリトリーの街だったので、そちらは行けなかったが、まあ過去3回連続で見ている。そして、それぞれのライブレポートを書いて拙blogにアップした気になっていた。ところがどうした。2015年は初のライブだったので、我ながら力の入ったエントリーをアップしたつもりだ。そして2016、11月5日に『本編:中山うりのライブと新作について考える 第1部』としてアップしながら、第2部をアップしていない。ましてや2017年のカレーショップハバネラでのギター一本でのぼっちライブはエントリーすら書いてなかった。

 正確にいうとどちらも途中まで書いて投げだしてしまい、そのままになっているのだ。2006年からblogを始めたが、最初はFC2のサイトに直接エントリーを書いてアップしていたのだが、あるとき書きかけのエントリーが全て消えるという経験をしてから、エントリーは自動バックアップを設定しているWORDにいったん文章を書いて、それをコピペしてアップするというやり方をかれこれ10年やっている。したがって何かのエントリーを書くときは下書き状態のWORDをいったん保存し、日を改めて続きを書くなんてことをして居たのだが、保存する時の名前を文章の書き出しでやったものだから、後日新しく書こうと思うエントリーが見つからないことがある。面倒なので、そのままほったらかしにしているので続編がアップされないというわけだ。だって「いや」とか「うん」とか「このところ」「さて」「というわけで」「終わった」「ドツボは続くよ」とかいうタイトルを見て何の話だこれはってことばかりだったのだ。あ、今思いだしたが何年か前に京都に行ったときの話、「過去への旅路」とか「帰ってきた過去への旅路」、さらには昨年の4月30日の宮崎国際ジャズデイの話も最後まで書いていない。自分で自分が嫌になってしまう。

 まあ、そんな愚痴を書いていても始まらないし、どこかに以前のうりちゃんのライブの話の続きが残っていれば、これは責任もって最後まで書いてアップします。もはや誰も信じてくれないかもしれんが。

 気を取り直して、今回のエントリーなのだが、2016年10月26日にライブ会場でうりちゃんにサインしてもらった、その時点での最新アルバムで『マホロバ』というものがある。もちろんいい作品ではあるのだが、何故かそのアルバムは通過地点というか過渡期というか、なにやらうりちゃんが試行錯誤しているような感じがして、次のアルバムこそが中山うりの新地平を切り開く名作になるに違いないと2016年11月1日に『予告編:中山うりのライブと新作について考える』で書いた。また最新作『カルデラ』が届いたときに写真と一緒にFBにアップし、そこでも同じようなことを書いた。あ、また一つ思いだした。アップしていないエントリーをアップしたつもりになっているのは、ライブの感想や写真をFBやインスタにアップしたせいだ。なんとなく、それで書き終えた気がするから、悪いのは僕ではなくて安易なアップをさせるFBやインスタだ、などとどさくさまぎれに言い訳しまくるのだ。

 さて届いたばかりの『カルデラ』を聴いてみた。アナログな話で申し訳ないが、その昔好きな音楽をレコードで聴いていた時にA面に針を落として一瞬でこれは名作、名盤間違いなしなんて経験をしたことがないやつは以下読まなくていい。要するにアルバムのジャケットと音が一体となって一瞬にしてそのミュージシャンのとりこになったことがない人とは同じ音楽の話をしても共鳴できないというか共通項がないのでかっこでくくれない。例えばボウイの『ジギー・スターダスト』を聴いたとき、評論家やファンには不評だったがキャット・スティーブンスの『異邦人』を聴いたとき、その後、クラッシュの『ロンドン・コーリング』を聴いたときなどなど、アルバム・アートと一発目の音で完全にやられることがある。うりちゃんの音楽はロックとは思わないが、それでもこのアルバム、1曲目のイントロ聴いただけで名盤、間違いなし、オレの読みは狂ってなかった。以下、スケッチ風に。

1.「夢ノイリグチ」
 最初のアコーディオンの音で傑作と確信する。アコーディオンとフィドルの作りだす音がバグパイプ風に聞こえる。夜、布団に入って眠りに入る前の一瞬落ちる様な感じをうたっているのか。中山うりの「鈴懸の径」である。あ、もちろん鈴木章治のバージョンね。最後のトランペットが印象的。

2.「メロンソーダのさくらんぼ」
 軽快なロックンロール・ナンバー。ギターのリフが前のアルバムに入っていた「青春おじいさん」を連想させる。ドラムはチャーリー・ワッツ風(笑)。歌詞に「アイスクリームが溶けていく」というフレーズがあり高田渡を連想する。そういえば、うりちゃんはワタルの「生活の柄」も歌っていたっけ。とても耳になじむ歌で初めて聴いてもすぐに口ずさめる感じがする。

3.「カルデラの子」
 アルバムタイトルの『カルデラ』の子供である。去年見たうりちゃんのソロライブでも歌っていた。最初聴いたときは信じられなかったが、なんと中山うり小4から中3まで反抗期が続いたそうだ。いや反抗期が信じられ無かったのではなく、その当時はへヴィメタが好き、X-Japanが大好きでファンクラブに入りたいと母親に言ったら反対され、それからハンストおこして飯食わなかったらしい。もちろん腹は減るので夜こっそりトマトやキュウリやレタスを冷蔵庫から取り出して食べていた小5の夏、キンチョウの夏、日本の夏。反抗期のことを歌った歌。フィドルがこの曲でも効果的に使われいる。

4.「プーアールママ」
 イントロはあくまでドラマチックでエンディングは突然。プーアールていうとドラゴンボールを思いだすが関係ないか。こちらは中華料理が得意なパタパタママみたいな人。ってかたとえが古いね、オレも(笑)。余談だがパタパタママに対抗できる人物は山上たつひこの『喜劇新思想体系』に出てくる絶倫パパしかいないと思う。高岡大祐のチューバがいい味出してる。

5.「恋する惑星」
 イコライザーの声が印象的。このアルバム最後の曲の「さらば素晴らしき世界」に通じる世界観かな。「夢であいましょう」みたいな曲。あ、そういえば、その曲たしか『セブンカラーズ』で歌ってたな。

6.「カゲロウガール」
 ドラムが大活躍する曲。歌とバックの演奏のアンバランスさがいい。このアルバムでは珍しくシンセを使っている。そして何度か書いているがフィドルとシンセが独特な音楽観を提示している。余談だがこの歌から「カ」を取ると「下郎少女」になる。北杜夫は昔、「ウスバカゲロウ」のことを「薄馬鹿下郎」と思っていたなんてことを思い出した。歌とは関係ないが。

7.「デスメタルラブ」
 このアルバムの問題作といってもいいかな。曲はライブでも聴いていたので知っていたが、女の子が女の子を好きになることはおかしいことかという、ある意味根源的な問題提起。性同一障害とかそのへんのことに興味がある人は研究すべし。以前聴いたときはアコギだけで歌っていたが、このアルバムではスティール・ドラムの存在が大きい。

8.「犬の田中」
 猫好きのうりちゃんには珍しく犬の歌。名前のない犬、ア・ドッグ・ウィズ・ノー・ネーム。もしかしたらこいつが「マドロス横丁」であくびしていた野良犬かもしれん。

9.「南国タクシー」
 インストナンバー。こちらもライブでバンド編成で聴いていたのでなじみがある。架空のタクシー会社のつもりだったが南九州に来たら実在していた。CMソングに使ってくれないだろうか。

10・「ラムネの午後」
 メロンソーダに続いて炭酸系の歌(笑)。ミディアム・テンポの明るい歌で要所要所に入るスティール・ギターがいい。これまでのうりちゃんのバンドと一味違うサウンド。間奏のトランペットとピアノの絡み、バンドとの一体感が心地よい。こういう構成で彼女の歌をライブで聴きたい。

11.「さらば素晴らしき世界」
 アルバム最後の曲は小林創のピアノと2人だけで録音したと去年のぼっちライブの時に話していた。今までのうりちゃんとは一味変わった感じがするし、いや全く変わらない彼女の世界とも言える。とにかく買って聴いてください。

 さて、好き勝手に書いて来たがなんと今年もうりちゃんがやってくる。やってくるのはいいが、またもや都城である。島津領である、途中に関所があるし、通行手形がないといけない。入り鉄砲に出女という厳しい関所なので行けるかどうか今の段階ではなんともい。でも行きたいな、何で宮崎に来ないのか(泣)。

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