2012-05

ビバヤング!洋輔2デイズ

 すっかり忘れていた。洋輔2デイズの話だ。やっぱり、あれだな。ストリート音楽祭は次の本番に向けてのリハーサルというか指ならしだな、などと少しひねくれた考え方をしたが、いやいや実に満足、お腹一杯プロの演奏を聴いた2日間だった。今年も昨年に引き続き、ストリート音楽祭とその翌日のホール・コンサートという山下洋輔三昧の日が続いたのだ。大変うれしいことに、我がストリート音楽祭と洋輔は3年契約らしいので来年もこの2デイズが見られると思うと湧く手か、いやwktkである。wktkなどと書いても、拙blogをお読みいただいている「年齢と体力はともかく、精神だけはナウなヤング」の諸君には通じると確信している。まさか大慌てでグーグル先生に質問している奴はいないよな。あ、ケペル先生に聞いても無駄だぞ。『H-O-W, How?How?How?インディアンじゃないんだよ、それはベサツ用語だから今はネイティブ・アメリカンさ。ついでにエスキモーも今はイヌイットさ』、としか答えてくれないはずだ。ひょっとして子供電話相談室に尋ねたら無着成恭先生が独特のイントネーションで「それは、ワクテカと言ってね、期待に満ち溢れて『わくわく、てかてか』しているところから使われ始めてね」などと説明してくれるかもしれんが、保証は出来ない。

演奏中

 などと、またもやどさくさまぎれの導入部であるが、しかし、なんというか、やはり洋輔は洋輔であった。実は、今回のストリートと翌日のホール・コンサートだが、先だって行った遠藤ミチロウのライブの時に、いつものY尾君がフライヤーを持ってきてくれて、その時のフライヤーはホールコンサートのものだったが、そこには大きく「guest 向井滋春」と書いてあり、何年か前のストリート音楽祭に向井滋春が出演したので、今回もストリートに登場するものと信じ切っていた。ま、いつもの粗忽だ。去年の洋輔ライブはサックスとパーカッションが若手2人、そしてバイオリンに太田恵資というメンバーだったが、今回はベースに坂井紅介、ドラムに江藤良太、そしてなんとサックスに川嶋哲郎という強烈メンバー。僕はてっきり、この洋輔カルテットにゲストで向井さんのトロンボーンが絡むと信じ切っていた。そしてそれは間違っていなかったのだが、向井さんが登場したのはホール・コンサートだけであった。

 いや、どうも未だに興奮が冷めないもので、話が見えないかな。もう一度整理して始めて見る。少し前のエントリーに書いたように、今年のストリートは陽太が出ないので、夕方の洋輔のライブに間に合えばいいけど、もしかしたら拾い物のバンドがあるかもしれないし(これはザッツ・ライトだったが)、まあ昼ビーとか昼チューがどうどうと出来るのもストリートの特権と午後の2時半くらいから、ILU GRACEのリハを見ながらちびちびやっていたのだが、洋輔のライブが始まる前の16時には県庁のクス並木通りのど真ん中に設置された仮設ステージに向かったのだ。先発隊のY尾君が前列から2番目の椅子を確保したという電話があったので、それほど慌ててはいなかったが、とりあえず片手に昼チュー・オン・ザ・ロックの紙コップを持って歩行者天国になっているメイン・ストリートのど真ん中を歩いて行った。まさしく”Exile on Main Street”である。当然口ずさむのは「タンブリン・ダイス」である。Exileがついているからと言って「ちゅーちゅータコかいな」じゃなかった「チューチュートレイン」などは間違っても口ずさむことは無いのだ。などと、妙に力が入ったが、時々紙コップを口元に持っていき、ややふらふらしながら洋輔のステージに向かった。すぐにY尾君と合流し、その後別の友人とも一緒になり、とりあえず3人で前から2列目のベストポジションというべき場所を確保し、この日合流するといっていたロック・バーのマスターのための椅子も確保した。あいにく空模様が怪しくて、今にも振り出しそうだったが、洋輔のライブを見に来るお客さんはひっきりなしで、路上に置かれたパイプ椅子はほとんど満杯状態であった。「drac-obクン」と女性の声がするので、そちらを見ると高校時代の同級生がいた。つまりは同い年である。せっかく洋輔のライブを見るのだから、ここはひとつ「ジャズ喫茶に出没する謎の美少女」と一緒に見たいのはやまやまだが、残念なことにコネクションがない。今から知り合おうとしても、ライブまであと20分。うーん、この際、ひとつ妥協して同い年でもいいじゃないか、久しぶりに積もる話もあるかもしれないじゃないか、あ、それ以上に可能性があるのは同級生の人脈からおねいさん関係の紹介を貰えるかもしれないじゃないか、ということをコンマ5秒で考えて「お、久しぶり、Y尾もいるし後からロック・バーのマスターも来るから、一緒に見ないか」と誘ったが、相手は僕の下心を察知したのか職場の人達と一緒だからまたね、とあっさり断られてしまった。

 ま、それはいいのだが、ライブの前にガソリン補給ということでY尾君も昼チューを始めて、前回のミチロウライブの総括などをしていたら、「どーも、どーも。遅くなって」と声がして、振り返るとロック・バーのマスターが立っていた。手に大きなビニール袋を持っている。「これ買ってきたから、皆で呑もう」と、彼がその袋の中身を出してきたが、なんと菅野美穂がCMしている丸くないウイスキー1本と、氷がたくさん入ったプラスチックのコップ(ロック・アイス・グラスなどと名前がついている)、そして炭酸のペットボトルが5〜6本。いったいどうするのかと見ていたら、そのプラスチックのコップの包装を取り、上蓋を開け、そこにウイスキーを入れ、さらにその上から炭酸水をドボドボ入れて、上蓋をしっかり締めると、あ〜ら不思議。そのあたりのオサレなカフェなんかで若人が飲んでるドリンクみたいになる。コップは横から見るとアイスティーなんかが入ってるように見えるが、その正体はハイ・ボールである。しかも呑み方が上蓋についてるストロー口みたいなところからちゅーちゅー呑むから、はたから見るとどう見てもオサレなドリンクを飲んでるとしか見えない。

 こりゃ、いいじゃないか。昼間っから紙コップでウイスキーなど飲んでいると、どうも人間やめますかのオジサンみたいだが、こういう感じでわあわあやってるとティーパーティーに集った30年前のヤングみたいでいいじゃないか、などと勝手なことを言ってぐいぐい呑んでいるうちに開演の時間がやって来た。もっとも、空模様はますます怪しくなり、時々冷たいものが顔に落ちてくる。ステージにはH高時計本店のものと思われるグランド・ピアノとドラムセット、そしてマイク、PAがセットされている。こりゃ雨天中止で場所移動かなと、少し不安だったがスタッフがステージに簡易テントを2帳持ってきて簡単な雨よけはできた。定時より5分ほど遅れて、ステージにメンバーが登場した。

 去年、ストリートで見た時はサービス過剰なまでのMCがあり、しかもその時のライブ前に地元テレビの番組にも登場していた洋輔だったが、今年はおしゃべりも控えめ。その分演奏に熱が入っていた。1曲目、2曲目は昔の洋輔を思い出させる、ややフリー・スタイルの演奏。しょっぱなからひじ打ち、拳骨が乱れ飛ぶ。川嶋のサックスもブロウしている。ベースもドラムもブッ飛ばしていく。なんでもかんでも、どんと来い。これが洋輔だという演奏だった。今回のメンバーの人選がどういう基準だったか、当然知る由もないが、一人一人に好き勝手に演奏するパートがあり、アンサンブルとソロのバランスがしっくり、天気はなんとか持ちそうな感じだ。



 3曲目に演奏したのは「幻燈辻馬車」。洋輔のリズミカルなピアノと川嶋のフルートが薄暗い東京の街を走る馬車のイメージを喚起する。あの岡本喜八監督が、山田風太郎原作の明治ロマンあふれる幻想小説を仲代達矢、真田広之、緒形拳という芸達者な役者と山下洋輔の音楽で映画化しようとして果たせなかった幻のサウンドトラックである。洋輔本人も、随分思い入れのある作品のようで去年も演奏している。またMCでも「どなたか奇特な方が出資して、何とか映画にしてくれませんかね。たったの10億くらいでいいんですが」などと無茶をいう。よっぽど手を上げて「オレが一部負担するから、残りの9億9千9百9十9万をどなたか負担してくれないか」と言ってやろうかと思ったが、良く考えるとこのライブは配偶者もどこかで見ているはずなので、その後、家に帰って『恥ずかしかった』とか『バカじゃない』とか言われるのがうざいのでやめた。MCといえば、その前に「スパイダー」をやった時だと思うが、「…この曲はそれぞれが自分の好き勝手に演奏していいという曲です。こういうことを40年以上やってきました」と言うのを聴いて、思わず全力で拍手をしたら、その拍手に反応してくれたのか「ありがとうございます」と返事をしてくれた。そうなのだ。限りある人生で、自分の好きなことをやらずに我慢してどうするのだ。言いたいことは言う。やりたいことはやる。それでいいのだ。人生は単純なほうがいいのだ。と、このあたりは赤塚イデオロギーもかなり影響しているな、オレ。

ソロ

 ラスト・ナンバーはクルディッシュ・ダンス。クルド人に聞かせたらクルド人もびっくりして、長いストローをグラスに差し込んで帽子をかぶってウィンクしたと、どこかで初恋の味と混乱してしまったが、あ、あのカルピスのイラストもいらんことチクリのどこかの親子がダメにしてしまった、ちびくろサンボも焚書にあった。だいたい、痛みを共有するのはいいがロイクでもないのに、やたら難癖つけてマンガや本や、ええとその他多くの我がポンニチ文化に「ああ、こんなところに関わるのは時間と金の無駄だからとりあえず謝って、無かったことにしておこう」という長いものに巻かれろ主義を蔓延させたのは、彼らの犯した大きな罪だと思う。あ、なんでこんな話を書いたのか、先ほど読んだ週刊誌でハッシッシビヨンドオザワなんて記事読んでムカついていたからだろう。

 とまあ、1時間のライブは圧倒的に凄まじく、ただ向井滋春が出てくるはずだ、きっと出るはずだ、いつ出るんだろう、そうか前半30分はカルテットでやってその後ステージに呼ぶんだな、あれ、もう残り時間があんまりないぞ、え、クルド人も踊り終わったぞ、そうか、アンコールか、憎い演出だね、アンコールに出てきて一緒に、あれ、ステージを解体し始めたぞ、どうなってんだよ、おい、こら主催者、え、あ、なに、向井さんは明日のホール・コンサートのゲストで、今日はまだ宮崎にも来ていない、え、なんで、いや、フライヤーに書いてあった、あ、あのフライヤーはホールのこと、ストリートじゃない、要するにオレの早とちり、得意の粗忽、あ、そう、うん、人間思い込みって怖いね。というやり取りがあったが、そんなに気にすることは無いと思う。

 洋輔を見終わって、急いで先ほどリハを見たILU GRACEのステージに向かった。ラストの2曲を何とか聴くことが出来た。その移動中にBLACK BOTTOMのステージやROOM#501のステージがあったのだが、こちらは気がつかなかった。ILU GRACEのステージで別の友人とも合流し、腹も減ったのでシーメに行くかと話がまとまり移動していたら一番大きなステージで何やら歌声がする。見ている客もかなりな人数で道路上の椅子はフルハウスで、左右の通路にも人があふれている。いったいなんだとのぞいてみたら、サーカスであった。真ん中に団長がいて左右にクロちゃんとHIROがいた。んなわけないか、それでは安田大サーカスだ。ステージにいたのは「ミスター・サマータイム」の大ヒット(いや、それしか知らんぞ、と言う声はさておき)で有名なサーカスだった。女性2人男性2人のコーラスは絶品で、バックは生ピアノ1台だったが流石はプロ。見事なハーモニーを聴かせてくれた。かわいそうだったのは途中で雨がぽつぽつ降ってきて、テントはピアノの所にしかなかったので、メンバーは雨に打たれながらの熱演でした。もっとも、どんな曲を歌ったか、ほとんど覚えていない。あ、そうそう「見上げてごらん、夜の星を」を歌ったな。

 そのサーカスも終了し、腹を減らした僕達総勢5名は、何故か無性に地鶏が食べたくなり有名な丸万に突撃。1軒目が満員だったので、2軒目に行ったらこちらも多かったが、なんとか座敷に上がりこみひたすら地鶏のもも焼をかぶりつき、脂がきつくなったらキュウリを噛み、漱ぎにスープを飲んだが収まらない。まだ食い足りないという意見が出る中、ロック・バーのマスターが「次は刺身を食おう」というひと声で店を移動。次に入った店は鶏刺で有名なお店。目の前に出されたモモ身、ムネ身、ササミ、ハツ(心臓)、砂肝、レバー、しかし中々箸が動かない。当たり前だ、先ほど鶏のもも焼を食べたばかりだ。いったい何が悲しゅうてこんなに鶏ばかり食べないといけないのだ。何の祟りだと喚きながら呑み且つ食った。なんだかんだで腹がくちくなってきたら、今度はちょっと歌でも歌うかと言う話になり、ストリート音楽祭のあった夜に僕の「サマータイムブルース(もちろんRCバージョン)」が炸裂した話まで書くと終わらないので、今回はここまで。あれ、洋輔2デイズなのに…。ところで、いったいどこが「ビバヤング!」なのだというご指摘はごもっともです。たまたまこの間読んだ本がオールナイトニッポンとセイヤングの歴史をまとめた『70年代深夜放送伝説』なんてやつだったので、潜在意識のどこかに残っていたんだな、パヤパヤ、ビバヤング!!

ラスト

久しぶりのブツ



連休後半初日は、車で墓参に行き夕方は歯医者で治療、そして最後にサヒカブイのフルモト探索。連休でバーゲンをやっており、通常500円の中古CDが半額。きりよく4枚購入し、オマケのガラガラを引いたら100円のサービス券をゲット。

しかし店内で携帯を片手に手当たり次第にCDを買っている若いオトコを発見。業者だ。バカンスがてら、こちらに来ているのか、当方の守備範囲とバッティングしてないので見逃してやったが、次ぎは許さん(怒)。

総括、ストリート音楽祭にあえて苦言を呈す

 南九州の春一番と呼ばれている噂はあるかどうかしらないが、毎年ゴールデン・ウィーク前半のお楽しみであるストリート音楽祭に行ってきた。もっとも、今年は宮里陽太のグループが不参加なのと、メインの山下洋輔以外は、あまり面白そうな出演者はいないようだと判断したのが大きな失敗だった。これは、ちょっと真面目な問題提起なのだが、我が故郷ディープ・サウス、スィート・ホーム・ミヤザキのイベンター諸氏は演出下手というか、情宣が弱いというか、もうちょっと動員というか、一人でも多くのお客さんに情報提供して、「あら、このようなイベントなら是非行ってみたいわ」とか、「サービス業で人が休む時がカキイレドキなんだけど、こんな魅力的なイベントなら有休取って必ず参加」とか、「九州の男はこまかかこつはヨカ、さっさと参加じゃ」などといったレスポンスを想定したイベント組みは出来ないのか、え、どうなんだコノヤローと、やや怒りに満ちているのだ。

 もっとも、僕自身も今回の音楽祭は開催される2,3日前に主催団体のホームページを見て、スケジュール表を印刷しただけで、どんなバンドやシンガーが出るのか事前調査を全くしていなかったことも敗因だった。が、しかし、ですよ、このインターネットの普及した今日、イベントの出演者たちのホームページが主催者のホームページにリンクされていないというか、まったく情報がないというのはどないやねん。一体全体、このイベントを真の「南九州の春一番」として定着させる気はないのかねと、まあやたら興奮していますが、とりあえず当日の様子を簡単にレポしていきたい。

 先ほど書いたように、イベントのプログラムを印刷して、とにかく当日の目玉は16:30スタートの山下洋輔スペシャル・セッション(sax & flute 川嶋哲郎、bass 坂井紅介、drums 江藤良人)なので、恒例の友人・知人諸君には「僕は14:30くらいから会場に行きぶらぶらしている」と連絡したが、ほとんどみんな洋輔の演奏直前の16:00に現地に来るという返事だった。おっと、1名だけ前日に連絡取れた友人がいて、その彼だけは「14:30現地集合ね、了解」と二つ返事だったので、洋輔のライブまでの時間は、その彼と昼チューでもやりながら適当にあちこちのステージを見ようと考えていた。

 当日、なんだか怪しい雲行きだったが、多分雨は降り切らないだろうと判断して、昨年の僕のお誕生日の時に購入したZEK3のTシャツにジージャンという、いや、若いねオレも、まだまだいけるんちゃう、人間思い込みが肝心やといったい誰に話しかけているのか良く分からないが、とにかく個人的には気合を入れて行った。何年か前のストリート音楽祭で小野真弓が地元のミュージシャンをバックに歌っていたこともあったので、やはり、オトコたるものいつ何時どんな出会いがあるか分からないわけであるから、常に万全を期すべきではないかと思い、そういえばこの前のミチロウのライブの時に買ったザ・スターリンのバッジがあったはずだがと探したものの見当たらず、まあいいか、今日はパンクバンドは出ないイベントだろうから、とりあえずこのまま行こうと家を出た。ああ、しんど。

 市役所の前の大きな橋を渡ると、そこが会場の南端。例によってカマボコと白黒カラーのドレスカーが道を塞いで、そこからホコテンになっている。あ、カマボコというのは青ガラスが沢山乗ってる車、ええと世間一般ではなんというのか、あ、キドータイだ、キドータイの人たちが乗る装甲車みたいなやつと、白黒カラーのドレスカーというのはもちろん、パトカーのことである。要するに、そこから歩行者天国が始まっているというか、5つの野外特設ステージと4か所の屋根付きステージが広がっている。ぶらぶら歩きながら、あたりを見回すが心なしか人の数が昨年より少ない気がする。また一番最初にストリート音楽祭に来た時はメインステージとは別に道路沿いにマイクと簡単な楽器を持ったミュージシャンが沢山いて、それこそ名前の通りストリートで演奏していた。近くを通る人は気に入った音楽だったり、ちょっと気になる声がしたらそこにたたずんでしばらく一緒に聴いているという景色があり、ああ、いいな、まるでドイツのメールス・ニュー・ジャズフェスティバルみたいだな(いや、行ったことないけどものの本によるとそういう感じなんだって)、とかこれこそ草の根音楽活動ではないかなどと一人頷きながら歩く初夏の道という風情だったのだが…。

 このストリート音楽祭のもう一つの楽しみは、メインのステージの近くに特設テントが設置され、そこで地元の名店のいろんな飲み物食べ物が買えることと、場所が昔からの商店街なのでそれぞれ道路に面しているお店も外に売り場を作り、そこでもいろいろなものが買えるというところがあった。しかるに、今回はあのシアトル系の喫茶店は何やら売り場を出していたが、去年洋輔のステージを見る前の腹ごしらえで買った地鶏やフランクフルトのお店がない。いや、お店そのものはあるが閉まっていて、外の売り場が設置されていない。飲み物(もちろん我らせんべろ部隊の飲み物と言えば昼チュー、昼ビーである)も、通りの一番真ん中のテントの所まで来ないと売ってない。とりあえず、飲み物食べ物の場所とステージを確認したが、その時点で演奏しているのはブラスバンド系の出演者ばかりだったので、また来た道を引き返そうとしたら電話が鳴った。14:30に来ると言ってた友人である。さっそく合流して、やあやあ久しぶり、まずは軽くのどを潤すかと昼チューオンザロックを100円(!!)で購入。コップがふにゃふにゃの紙コップじゃないな、今調べたらクリアコップというらしいが、あの透明なちょっと力を入れるとくちゃっとつぶれそうな薄いプラスティックのコップなので、立ち飲みは勝手が悪いからどこか椅子のあるところに座ろうと言って移動したのが屋根つきの小ステージだった。

ILU GRACE

 そのステージには痩せた髪の長い女の子と、眼鏡をかけたパーカッションと6弦ベースの男の子の3人組だった。僕は友人と、あれこれ世間話をしていたのだが、突然女の子が歌いだした。リハ―サルをやっているようだ。横のミキサーにパーカッションの音量をもう少し上げてほしいとか、いろいろ注文を出していたのだが、非常に声が魅力的で「エリー・マイ・ラブ」をアレンジして歌ってたけど、あ、あの歌は60年代ポップスから影響受けてるんだなということが分かったり、いや、なんだ、こいつら面白そうじゃんと思いつつ先ほどもらったプログラムを見た。グループ名はILU GRACEという名前でボーカルとパーカッションはどちらも地元の出身だった。



 リハが終わると「私たちは17:00から演奏しますので、良かったら聴きに来てください」とアナウンスがあった。うーん、ヨースケのライブが16:30から17:30なんだよな。じゃヨースケの後、急いで来たら何曲か聴けるかもしれないと考えていたら、今度は別の女の子がステージでリハを始めた。やたら声量があるなと、その歌声を聴きながらプログラムを見たら、MisaChiというソロシンガーで民謡をベースにしていると書いてある。そしてこの子も地元の出身である。そういえば井出綾香といい、鬼束ちひろといい、少し前になるが今井美樹といい、もっと昔になるがしかもアイドルだが浅香唯といい、我が故郷は女性ボーカルは中々いいのではないか、などと愚考した。いや、あの、要するにおねいさん関係のミュージシャンは大好きだということで、ま、その、な、そりゃどうせ応援するなら、むくつけき野郎よりも女性のほうがいいというのは自然の摂理ではないか。などと大慌てで言い訳を書いたが、じつはこのシンガーも演奏時間は15:55スタートの16:45である。いや、ヨースケのライブは16:30からなので彼女の歌をぎりぎりまで聴いて移動すればいいじゃないか、などというのはトーシロのたわごとで我が地元におけるヨースケの人気を知らないからそういうお気楽なことが言えるのだ。みんな、どうせ「タダ」で見られる演奏だから、少しでも前のいい場所で見ようと考えるので30分前にはステージ前に行かないと椅子が無い。立ち見で悪くはないが、せっかくのピアノを聴くのに立ち見はせんないではないか。じっくりゆっくり腰を落ち着けて、呑むものを呑みかつ食べ手拍子足拍子でいきたいのが人情だろう。



 ええと、ここまで書いて僕のいら立ちがご理解いただけたであろうか。友人との待ち合わせ場所と落ち着いて座れる場所がたまたま屋根つきのステージで、そこで偶然リハーサルを聴いて、この二人というか正確には一人と1ユニットだが、それを知ることが出来たのである。事前のリサーチをしないといけないというのは、もちろんだが、これだけ素晴らしいオリジナリティを持ったミュージシャンが僕たちの地元にもいるのだ(正確にはいたのだ、だな。活動の場は大都市圏になってるようだから)。おう、だったら応援してやろうじゃないか、ええ、どうでぇ社長、とこれはいったい誰に行ってるのか良く分からないが、うーん、もったいなかったな。それとスケジュールの調整も何とか出来なかったのか。要するに面白そうな連中はほとんど16時から17時の近辺に集中してしまって、まあ、洋輔を諦めていればこのMisaChiとILU GRACEは連続してライブを見ることが出来ただろうけど。うんにゃ、やっぱりワシはこの日と翌日でヨースケ2デイズをゴールデン・ウィーク前半のクライマックスとして設定していただけに、この2組が13時くらいからスタートしていれば、じっくり見られたしもっと楽しめたかもしれない。うーん、もったいない。さらに、音楽祭が終わり家でネットを見ていたら先日陽太のバンドでドラムを叩いていた井ノ上氏も別のステージで演奏していたようで、先ほど彼のblogを見たら動画がアップされていて、お、何だ、ここもミニスカのおねいさんがボーカル取ってる、あ、いや、その、そういうことではなくてですね、うん、もう少し告知しようよ。まあ、後の祭りと言えばそれまでだけど、三味線の師匠さんたちのコラボ(地元で有名な三味線の方)とか、そしてBLACK BOTTOM BRASS BANDを見逃したのは痛かった。でも彼らも16:50からなので、絶対見られないよな。などと愚痴をいっぱいこぼしていますが、いや本当に企画として素晴らしいイベントだし、毎年毎年確実に足跡を残して成長しつつあるイベントなので、もう少し情宣を上手く情報提供を密に、地元の各メディアを上手く使ってもっともっといいイベントにしていきたいし、協力するところは協力するから、主催者団体の諸氏は今回のワタクシの批判を真摯に受け止めて頂き、可及的速やかに善処お願いしたいという次第であります。で、肝心の山下洋輔はどうだったか?あなた、何をさらし粉、ふくらし粉ですよ。悪かろうはずがない。ヨースケ怒涛のライブレポートとコンサートのレポートは、また明日の心だ〜。



サヒカブイのタワレコで



今年になって初めてタワレコに行き、CDを購入。ずいぶんしばらくぶりだったのでポイントが失効していた。しかし、いつものフルモトと違い、当然ながら新譜が多い(当たり前か)。5枚組セットを物色して、ランディ・ニューマンとかカーズを買おうかとも考えたが、通販で買うと1900円なのに、わざわざ買いに来たら輸入モノは2500円、国内盤は3000円以上する。シホン主義の矛盾を感じるので止めた。

結局、購入したのはエミ・マイヤーのミニ・アルバムとakikoのビートルズのカバー・アルバム。そしてアナログしか持ってなかったザ・スターリンのSTOP JAP。レジがロン毛のにーちゃんだったのが不本意だったが、「毎日、女子ジャズ。」というブックレットとエミちゃんのポスターカードが貰えてご機嫌である。ミチロウのアルバムにはオマケが付かなかった。サービスで飢餓飢餓海峡のボックスセットをくれないか期待したが無理だった。こちらも通販で買うほうが安いかな、などと考えていたら大事な事を忘れていた。

お金は使えば無くなる。また月曜から額に汗して働いて、お小遣を貯めねばの娘である。あ、うっかり忘れるところだった。大飯原発再稼動、断固粉砕!!



信じられる60代 遠藤ミチロウライブその2

 ミチロウと僕の最初の出会いは、いったいいつ頃だったか。ひとつはっきりしているのは、僕が大学を退学して地元に帰り、とりあえず堅気の仕事に就くためにアルバイトをしていた1981年の5月か6月くらいだと思う。それまでライブだ、イベントだ、あるいは集会だ、デモだと毎日大騒ぎだった学生時代とは打って変わって、南九州ローカルで変化も刺激もない毎日を過ごしている僕宛に届いた松原健君からの手紙だった。松原君は、今は鬼籍に入っており何度か拙blogでも故M原君と書いていたが、イニシャルで書くよりも実名で書いたほうが彼を知っている(知っていた)人からのアクセスがあるかもしれないと考えたことと、個人情報保護のためのイニシャルというのもちょっとオカシイ、個人情報は生存者の情報であるから、今後は彼についてはそのまま実名で書こうと思った次第だ。

 その松原君からは、81年82年にかけてはちょくちょく電話を貰ったり、手紙のやり取りをしていたのだが、81年の初めの頃に来た手紙に、スターリンの『スターリニズム』とネオマティスの『No Chocolate』、後は射殺魔のレコードだったか、とにかく「借金してでも買って聴いたほうがいい」という文面と、それらのレコードの解説が彼独特の文体で書いてあった。正直、バイトでの収入はたかが知れているし、実家に食費も入れていて小遣いなんて雀の涙だったが、あの松原が進めるんだから間違いはないだろうと思いお金を送ったら折り返しレコードが送ってきた。もちろん、どれも素晴らしいレコードで、ああ今頃関西のシーンはどうなっているんだろう、僕が一時期所属したPILBOXはどうなっているだろうとか、逆里心がついてしまい、ある日ついにそれまで通ってきた学校の校舎の白い壁に別れの歌刻み込んだり、窓ガラスをすべて叩き割って「留年からの卒業」などと絶叫したなどということはさらさらなくて、いかん、いつもの与太話に戻りそうなので再度巻き戻し。

 その松原君から送ってきたレコードは全て衝撃的で、それぞれの感想はあるものの、やはり一番驚いたのは、ザ・スターリンの『スターリニズム』だった。A面に針を落とすとシャリシャリという安っぽい音がしたかと思うと突然大音量で「ぶーたにしんじゅが、ぶーたにしんじゅが、のさーばってる〜」とチープなバンドの音をバックに凶悪そうな歌声が響いた。歌詞は、当時の僕の屈折した心にまるで乾いたスポンジが水を吸収するように、一気に襲ってきた。「頭の上にマストを立てた学生どもには自殺入門書、傷つきやすいオジジやオババに永久不滅のホウレン草を!!」。なんだ、こいつらは、いやこの歌を歌っている男は。そして2曲目の「サル」である。「朕は××××」というモノローグから始まり、ものすごい歌詞が炸裂する。リフは「やり出したら止まらない、やり出したら止まらない」である。こいつらガイキチか?頭が半分真っ白になった。そのまま「コルホーズのタマネギ畑」である。ソフホーズとコルホーズ、ソ連の計画経済なんて社会科で習ったよな、などとぼんやり考えているうちにA面は終わっていた。

 大急ぎでレコードをひっくり返してB面を聴いた。「猟奇ハンター」は最初あまりピンと来なくて、何故かプガジャに連載していた川崎ゆきおのマンガを連想した。現実的には佐川一政の事件を連想させるとしてタイトル名を変えられたりもした。しかし、最初はあまり良く思わなかったその曲が、今では大好きな曲に変わっているから、感性というのは年齢によって随分変わるものだと思う。そして、問題の「スターリニスト」。おどろおどろしい歌詞から、演奏から展開されるイメージはミチロウのアジテーションで一気にボルテージが上がる。そして「増え続ける、増え続ける、増え続ける、増え続ける…」と煽っていき、最後は本当にあっという間に終わってしまう。これは強烈なインパクトがありました。このアジの部分を一生懸命ヒアリングして、後年入社したJEPという会社の全社員参加のグァム旅行の余興のステージで、九州を代表して僕はこのアジをぶちかました。一部の社員には大変受けたが、直属の上司は始末書を書かされたらしい。T岡さん、スイマセンでした。若気の至りです。

 この衝撃的なミニアルバムを購入後、アルバム『STOP JAP』を始めとして、一連のアルバムを購入し続けた。ザ・スターリンが解散する85年までの間というのは、僕が堅気の会社に入ってシホン主義のなんたるかをぶち込まれている時期で、ちょうど関東への出向時期とも重なっていて、毎日会社で説教食らい、仕事の何たるかを叩きこまれつつ、それでもオレは金のために体は売っても心は売らないぞと、思うそのバランスを取るために毎晩ウォークマンでミチロウの歌をフルボリュームで聴いていたのだ。当時の枕にはオレの涙とウォークマンのヘッドホンの痕がしっかり残っている(嘘だけど)。

 いかん、またもやバカ話に脱線しそうになった。大急ぎでライブ当日に戻る。



 ミチロウの声で「天国への階段天国の扉」を聴くことになるとは夢にも思わなかった。イントロが聴こえてきたときに、これは何かの間違いだと思った。いや、向こうの曲に彼独自の歌詞を乗せて歌ったものは沢山ある。「ハートに火をつけて」とか「No Fun」とか「ワイルドで行こう」とか大好きなものもたくさんある。しかし、よりによってディランの曲を、クラプトンがカバーしたこの大ヒット曲をこんな歌詞にして、ホーミーを入れて歌うとは思わなかった。しかし、それまでややざわついていた会場中が静まり返る、そんな時間であった。

 『仮設宿舎でライブをやったんだ。ああいうところでは男はダメだね。小さく固まってどっかに行っていないんだ。お客は全部女の人ばっかり。それも年齢層が高い、いわゆるおばちゃんやらおばあちゃんたちばっかりで。まあ、そこで、どんな曲やったら一番嫌がられるかと考えてね(笑)。それでやったのがこの曲』というMCに続いて歌ったのが「オデッセイ・1985・SEX」ならぬ「オデッセイ・2011・SEX」。しかし、この歌の途中で僕の目の前にいた素敵なカップル、多分彼氏と二人して「ねぇねぇ、今夜、遠藤ミチロウっていう、ちょっと普通のロックファンは聴いたことのないシンガーがライブに来るっちゃが、一緒に行かんね」「うん、よかよ、いくいく」みたいな能天気な会話をして、このライブハウスに来たと思われる感じのいいカップルが、顔色を変えて足早に会場から出て行ったのは何故だろう。僕は歌詞に影響されて男のほうが「オレは欲情」したからだと思うのだが、ライブの後で他の3人に尋ねてみたら「そりゃデートの雰囲気がブチ壊れそうになったからと違うか。だって見るからに草食系で線の細い感じだったぞ」という意見だった。真相はどうだったんだろう、ま、余計なお世話か。もっとも僕は椅子投げ男が、ライブを途中退場するカップルにいちゃもん付けてトラブルになるのではと期待、いや、その危惧したのだが、椅子投げ男はネバー・エンディング・ポゴダンスであった。



 しかし、仮設宿舎でのライブだから多分に被災者の方を励ますというか和ませる曲や演奏をすればいいと思うが、そのあたりは流石にミチロウ。一番嫌われると思う歌を歌うなんていうのは、そのあたりのボランティアのバンドや歌手には真似できない(真似しない、したがらないか、普通、笑)。この「オデッセイ」はミチロウがザ・スターリンを解散してソロでGNP(グロテスク・ニュー・ポップ)なんていって3部作を出したりしていた時期の曲だ。しかし歌詞が強烈過ぎて、実は配偶者とまだ婚姻関係になかった時期に、つまりまだ十分人生のやり直しがきく時期に、どこかにドライブしている途中でこの曲が入っているカセットをうっかりかけてしまい、しばらくヘンタイを見る目で冷たい対応をされたことがあった。あの時、そのまま二度と会わなかったら、僕の人生は大きく変わっていたことと確信する。

 『でもね、仮設にいたおばちゃん、おばあちゃん、喜んでくれてね。オレもちょっと意外だったな。それともう一つ受けた曲は中原中也の詩の曲だったな』

 さて、実はこのあたりから記憶が怪しくなる。飲み物は焼酎をロックで1杯(もっともたっぷり2合は入っていたけど)なので、それほど酔っぱらったわけではない。実は、このライブの時もデジカメを持参していたのだが、写真を撮ったり動画を撮ったりしていると目の前のライブに集中できないので、この時までウェストポーチに隠しておいたデジカメは扱わなかったのだが、さすがにちょっとむずむずしてきて手にとっては元に戻すなんてことを繰り返していた。その間にやった曲は「仰げば尊し」だったり、「負け犬」だったり、あともう1曲、ザ・スターリン時代の曲をやったのだがどうしても思い出せない。(※4.21追記、その後ようやく思い出したその曲は「MISER」だった。『何にも思わずにここまできたけれど、このまま許されるはずはないから。今に何か、いやなことが、不吉な何かが必ず起こる』という歌詞の通り、不吉な人災事故が起きてしまった。)

 「仰げば尊し」を歌い終わった時に、なんとなくこれでライブは終了という空気が会場にあったんだと思う。ギターを横のスタンドにかけようとしたミチロウに客席から、「ミチロウ、今日、こいつの誕生日」というかけ声がした。ミチロウが『え、誕生日、おめでとう。じゃ、何かリクエストある?』と、声のするほうに向かった。僕達とは反対側のテーブルに座っていた2人組である。声をかけてきたのは友人のようで、肝心のお誕生日の方は中々口を開かない。その隙にあちこちからリクエストの声がかかるが、ミチロウは『ダメだよ、彼が誕生日だから彼のリクエストだけね。で、何歳になるの』と質問の角度を変えた。「41歳」と今度は本人が答えた。『41歳?厄年ジャン。厄払いに行った?え、行ってない。ダメだよ行かないと。オレ41歳の時に厄払いに行かなかったら離婚しちゃったよ。で、今度の61歳の厄年は大震災だよ、嫌んなるよ』。大震災という言葉で僕は初めて笑ったような気がする。ミチロウも笑った。もちろんこれはちょっと不謹慎な冗談だが。

 「ロマンチスト」、と小さな声でリクエストが来た。『え、あの曲はギター1本じゃちょっとね』とミチロウはためらっていた。僕は我慢しきれず、ステージに向かって「吐き気がするほどロマンチックだぜ」と歌詞を叫んだ。ジャージャージャジャン、耳を疑ったが、間違いなく「ロマンチスト」のイントロだ。1-2-3-4と僕は思わず声を上げてカウントした。「何でもいいのさ、壊してしまえば、お前はいつでもアナーキスト、壊れていくのはてめえばかり、ぬかみそになってオポチュニスト、吐き気がするほどロマンチックだぜ、吐き気がするほどロマンチックだぜ〜」。ミチロウの熱唱が続いた。エンディングもカッコよく決まった。

 『ホント、厄払い行かないとダメだよ。絶対に。5千円くらいかかるけどね。絶対明日厄払いに行けよ』、ミチロウはおせっかいにも繰り返した。あのミチロウに厄払いに行けと言われた彼の気持ちはどうなんだろうなと考えたが、今日のミチロウの話の中で昨年の大震災以降ライブハウスで顔を見ることが出来なくなったファンのことを話していたので、やはり心の優しい人なんだろうなとぼんやり考えていたら、いきなり「解剖室は空いたか、バラバラになって早く出ろ!ホラホラお前の番だ!」とミチロウが歌う。「解剖室」だ。短い曲だがリフが印象的で初期スターリンの代表曲の1つだ。その「解剖室」を歌い終えたミチロウはにっこり笑い『これが厄払いの歌ね、でもちゃんと神社行ってお参りしろよ』と最後まで優しい。

 そしてミチロウが『何やろうか、ボージャングルやろうか』と言いながら歌い始めたのが「ミスター・ボージャングル」だった。



 ジェリー・ジェフ・ウォーカーが、などとしたり顔で書くのはやめよう。洋楽を聴いたことのある、60年代から70年代の洋楽を聴いたことのある人なら、誰しも聴いたことのある懐かしいメロディがミチロウの手によって蘇る。これはソロ、それもかなり後期のソロになって演奏している。僕の持っているCDアルバム『50 HALF』にも入っているが、そちらはもっと静かな感じ。でも、最後にこの曲が聴けて良かったと思っていたら、大どんでん返し。なんと最後の最後は『じゃ、次で本当に最後です。昨年亡くなった金正日にささげます』というMCの後に始めた曲は、なんと「先天性労働者」であった。もう全員前に出て中指立てるわ、踊り出すわ、手におえない。僕?僕は「キョーサン主義の当面の目的は階級のプロレタリア階級の形成、ブルジョワ支配の打倒、プロレタリアートによる政治権力の奪取である〜」と絶叫していました。

 そして、外の風を心地よく感じながら交差点で信号が青に変わるのを待つ間に時計を見たら…。

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