平日の店番は



ごく久しぶり。しばらくは、来客は無いだろうと勝手に予想して、関西のイースト・ウェスト、真夏のアマチュア・ロック・ミュージシャンの登竜門だった8.8ロックデイをかけた。先日、サークルの先輩から74年盤を頂いたが、今かけているのは75年盤。74年から78年までが、個人的には8.8の黄金時代だったと思う。

この75年盤に収録されているのは、全て名演であるが、ここはやはり山岸潤史スーパーグループwith北京一だろう。サークルのボックスに、このレコードがずっと置いてあったが、誰かがかけると必ず♪わっかい、かたつむりが~と歌いだすやつがいた。代表は社会福祉学科という、現代には必須の学科にいたF田敏雄君だった。ちょっと、北京一のパフォーマンスを真似て、身体を揺すってたな。



「かたつむり」の次は「ストーン・ジャンキー・ブルース」。これは八尾の朝吉親分を知らない奴には、その良さが絶対分からない。

さ、この二曲が終わったらレコードひっくり返して、沖縄から来た紫を聴くか、思い切ってスタキンのすっきゃでベイビーを聴くか、しばしの楽しみ(笑)。70年代に関西にいて音楽シーンに少しでも興味を持っていたら8.8は知ってるはず。知らない奴はモグリ。ちなみに8.8を僕達はハチハチと呼んでいたが、ハッテンハチと呼ぶ人達もいた。ウェストロードのメンバーはハッテンハチだったな。これは、彼らのライブアルバムでも、そう発音している。

※7/21追記~結局、紫のほうを最初に聴いた。やはり「ダブル・ディーリング・ウーマン」のカッコよさはちょっとないね。そのあと74年に戻ってキー坊やだるま食堂を聴いていたらお客さんが来たのでストップ。閉店して後片付けのBGMにスタキンの「ザッツ・ハウ・ストロング・マイ・ラブ・イズ」をかけた。満足である。




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コメント

ダブル・ディーリング・ウーマン

私は小学生でしたか中学生でしたか、夜のラジオ聴き始めのころ、「ミュージックライフ」のCMで使われておりました。

関西ブルースロックの傑作

カタツムリと言う 普通には考えつかない切り口から 土人だの 貼り付け音源ではカットされてる バナナの次の単語だの 本物のブルースも こんなんだろうなって思う 傑作関西ブルースでした。間奏に入る所の「行け、山岸〜」も 流行りましたね。ウエストロードの 七転八倒と並ぶ オリジナルブルースの傑作です。

ほう、ミュージック・ライフも見る目はあったわけですね

東郷かおる子が編集者だった頃までしか知らないので、ミュージック・ライフは英米のミュージシャンしか取り上げないと思っていました。そうですか、紫のあの名曲がCMで使われてたんですか。ちゃんと著作権料は払ったのか、それが気になります(笑)。そうそう、関西ブルースシーンで、その名も高き小林万里子さんとFBでお友達になりました(笑)。

なあ伸ちゃん

とか、誰を呼ぶんや、上田正樹とサウストゥサウス!!なんてMCも良くまねしてましたね。山岸はこの後、パンタのセカンドのレコーディングに参加したけど、そこでも「ヤ・マ・ギ・シー」とパンタから煽られてましたね(笑)。

ミュージックライフを馬鹿にしてはいけません

'77年度の人気投票で紫が1位ですよ。
Wikipedia丸写しですけど(笑)。
でもそこ書いたの俺だからいいですよね。
それまでのWikiの記述があまりにも半端だったから買い揃えたCDのライナー参考にかなり直しました。
履歴表示で2007年あたりに出てくる"keku"てのが私です。
みんなWikiに文句言う前に自分で直したらいいんですよ。

あ、その人気投票は見た記憶が

ミュージックライフ本誌に閉じてあるハガキを使って投票するってやつでしたね。中学、高校の時に何度か投票したけど、贔屓のミュージシャンの順位は上がらず落ち込んだもんです。Wikiは、確かに間違った情報が多いので、その都度訂正入れるのがいいんでしょうが、つい面倒で(笑)。今後、僕が知ってる事実関係があれば書き込みます。しかし、紫も海外デビュー直前で解散したけど、その理由が里心がついて沖縄に帰りたかったって、あんまりです。ガキか、お前ら(笑)。
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