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告井延隆ライブ・レポート 11/4/19

 しかし、先週は充実した内容の濃い1週間だった。まず4月11日に告井軍曹のワン・アンド・オンリー・ハーツクラブ・バンドのライブに参戦。今年のライブ参戦は1月19日の藤井康一以来。そして14日の日曜日は宮崎国際ジャズデイのメイン・イベントである山下洋輔スペシャル・カルテット・フィーチャリング寺久保エレナのホール・コンサートに主催者側のボランティア・スタッフとして参戦。イベント後の打ち上げでハーフ・デッド状態になることを予測して本日は有給休暇を取得した。お国が音頭を取って行う「働き方改革」とやらを先取り実施、するわけねーちゅうの、何が悲しゅうて、アベの手のひらで踊る必要があるのだ、などと書き始めると話が大きくそれるので、もとい。この2つのイベントはどちらも大変嬉しいことがあり、忘れないためにもエントリーにアップする。先ずは時系列的に告井軍曹の一人ビートルズのライブの話を書いていきたい。

 今年初めてのライブは最初に書いたように藤井康一君のやつで場所は街中のビルの7階にあるガーラムというライブハウス。以前はウィーピング・ハープ妹尾や小林万里子もそこで見た。藤井君のライブ後の雑談の時だったか、あるいはハーフタイムだったかはあいまいだが、ガーラムの名物オーナーのリンダさんから「4月に告井さんがまた来ますよ」とお誘いを受けた。そうなのだ、去年もここで告井さんのライブを見た。その時はいつもの相方のY尾君が実にいい仕事をしてくれて、同じ職場の美人社員のI上さんを連れてきてくれた。ま、その1回だけだったけどな、連れてきたのは。Y尾君のいいわけを書くと、ビートルズ・ナンバーをやるライブだと聞いたから彼女を連れてきた。いつものフリー・ジャズや遠藤ミチロウ等のライブだと俺の職場での立場がやばくなるから、だってよ。

 ま、それはいいのだが実は僕は直接、I上さんにこのライブに行きませんかとメールをしていた。最初の返信は「あれから1年ですね。予定を確認します」で、お、これは脈ありやんけと思っていたら当日に「予定があって行けません」とのメール。うーむ、Y尾君が職場でセクハラかパワハラでもかましたのかもしれないが、残念至極西京極であった。去年の告井さんのライブも実に素晴らしかったのだが、客が僕達3人とネクタイ締めて仕事帰りのサラリーマン4人、そして開演後に何人か来たが10人超えたかどうかという非常に寂しいものだった。いつものオレなら(by Panta)、得意の情宣活動を展開するのだが、何しろ今月はその3日後に山下洋輔コンサートがあり、イベントを来年もやるためにはチケット販売が至上命令。友人、知人、ちょっとした顔見知りに次々声かけしたので、流石に連続の情宣は厳しい。それでも高校時代の友人で昨年の大腸手術の時にアドバイスと差し入れが大いに有難かった友人のS原君夫妻は来ると言ってくれた。

 当日のライブは20時からなので、18時過ぎ位から軽く飲み食いしようとY尾君と打ち合わせて、今回は久しぶりに地元ザキミヤでお父さんたちの強い味方、センベロ酒場の老舗である高砂で待ち合わせることにした。Y尾君の職場から近いので彼は17時30分から飲んで待っているとのことだった。僕は一旦自宅に帰り、バスに乗って街中に出るため、どんなに早くても18時過ぎ。今回、バスがタイミングよく来てジャスト18時に高砂に着いた。自動ドアが開いて店内に入ると、何やら雰囲気が違う。カウンターはほぼ満員だが、客の年齢層が非常に低くなっている。以前は50代から70代くらいがメインで20代や30代の若い連中が来てもけんもほろろの対応だったのに、これはどういうことだ。謎はすぐに解けた。いつもは年金貰い出してから確実に数年経過のおばちゃんが接客していたが、今日は長い黒髪にトレーナー姿がよく似合う若いチャンネーが二人いる。ちょっと驚いてぼんやりしていたらカウンターで飲んでいたY尾君が声をかけてきた。この前、クラプトンの映画を一緒に見たI切さんと二人だ。「ここは店の方針を変えた。客層も若いし店員も若い。その上、BGMに演歌がかかっていない。Jポップなんかが流れている。前は都はるみが一番若い歌い手だったのに」などと憤っている。確かに店の感じは大きく変わっていて、赤い鼻をしたおじさん連中がいない。ど派手な厚化粧水商売の大おねいさんもいない。さらに驚いたのは文庫本読みながらビールを飲んでる旅行者風の若者など、以前は絶対いなかった客ばかりになっている。僕とY尾君はI切さんにひとしきり、以前のこの店は宮崎のアル中天国だったと、この店で体験したエピソードを話して嘆いた。が、実は僕はそれほど悲しく無い。ていうか、若いチャンネーが持ってくるビールや焼酎が美味しいし、やっぱ、あれやんけ、おばはんが持ってくる酒・魚も悪く無いが、若い力と感激に燃えているチャンネーのほうが、な、ほら、やっぱ、うれしいやん。と似非関西弁になるのは何故だ。

 そうそう、お店のカウンターに地元のテレビ局の看板アナで今春からフリーになったK典さんもいた。ロックバーで毎回ストーンズを聴いているロック好きな人なので、取り急ぎ挨拶し、今日のライブを話したが、やはりビートルズ関連はあまり興味がないのか、今日は予定があるといわれた。あ、もしかして予定があるという表現は行きたくないときに使うものかもしれないと一瞬頭をよぎったが、都合が悪いことはすぐ忘れるようにしているので忘れよう。I上さん、次回断るときは予定があるという表現はしないでね(泣)。まあそれでもなんだかんだ言いながら、大いに飲み食いしていたら地元宮崎では珍しい日本酒メーカーの営業マンがはっぴ姿で登場。雲海酒造の初御代というお酒。丁度、焙りしめ鯖を食べていたときなので、美味しく試飲させてもらった。

 開演が近づいたので高砂を出てガーラムに向かった。ビルの前で告井さんのライブ看板を確認し、エレベーターで7階に行く。S原夫妻は既に来ていた。例によって最前列のテーブルを押さえる。隣の最前列のお兄さんがすぐに話かけてきた。YOU TUBEを見て告井さんのギターテクに驚き、そこからセンチの音楽をいろいろ聴いたという。ビリー・ジョエルがセンチの「夏の日の想い出」をパクったとやたら熱く語っていた。しかし、YOU TUBEを見てミュージシャンを知るという時代になったんだなと痛感。あの東北弁のシンガーソングライターの友川かずきが再評価されたのはナイナイの岡村が絶賛したおかげだ。病気で休んでいた時に見たYOU TUBEで友川かずきを見てぶっ飛んだなんてことをテレビでしゃべっていたな。しかし、客が少ない。僕達のグループが総勢5人、YOU TUBEのお兄さんと横に座ったちょっと年齢不詳な人。後は後ろのテーブルに2,3人いたかな。それでも時間になって告井さんはステージに登場した。もちろんギターを抱えて。

看板

 オープニングはサージェント・ペッパーならぬサージェント告井ズ・オンリー・ハーツ・クラブバンド。もちろん間奏部分ではちゃんと拍手を入れて少ない人数ながら盛り上げていく。オリジナルはそのまま「ウィズ・ア・リトルヘルプ」につながるが今回の告井さんは「俺はセイウチ」につなげた。あの幻想的なビートルズ・サウンドが、アコースティック・ギターのみで再現される驚き、いや驚きは初めて告井さんのライブを見てから何度も経験したが、ライブを見るたびにリピート・アフター・ミーである(なんのこっちゃ)。「俺はセイウチ」では卵男の歌詞のところでフー、フーっていう合いの手が入るのだが、その箇所に来ると僕以外にもフーと奇声を上げてるやつがいる。隣のYOU TUBEのお兄さんだ。なかなかしっかり予習してきたようで、ほとんどの曲をギターに合わせて歌っていた。そういえば去年のライブの時は僕も同じように小声で歌っていたのだが、お酒が入っていたせいか結構はっきり周囲に聴こえて引かれていた。ま、オレの歌を聴きに来たわけじゃ無く告井さんのギターを聴きに来たんだから当然だな(笑)。

 セイウチの次は犬というわけで「マーサ・マイ・ディア」の演奏が始まった。ポールの飼い犬の歌が終わってMCに入った。「セイウチって知ってますか?」という告井さんに対して隣のYOU TUBEのお兄さんが「ポールだ」と答えた。「ああ、ポールの事だって歌ってますね、ジョンは。ところでセイウチって何語か知ってます?日本語だと思うでしょ、違うんです」との問いかけに対して「ロシア語」と答えた客がいた。ドクターS原だ。「お、流石よく知ってるね。まあロシア語とモノの本で読んで知ったんだけど、僕が思うにはモスクワとか中心部のロシア語じゃなくてもっと日本から見て西側のカムチャッカあたりの言葉じゃないかと思っている」という話に「昔の日本の領土だ」と答えたのは意外にもY尾君。そういえば中学時代に天才O合に一度だけテストで勝ったことがあって、それは社会だったとか話していたような気がする。「うん、だから日本語と良く似ているところがあると思ってる」。しかし、以前のライブの時はリバプールの人間は奴隷商人の末裔でその奴隷が作ったブルースに憧れたビートルズがいたなどという非常に壮大な歴史の話が出たり告井さんは軍曹じゃ無いときは教授みたいだ。そういえば、このことをネタにコメント書いたら、ガチガチのビートルズファンから「ポールは奴隷商人の子孫ではありません」と逆切れされた。ああいうのは新興宗教の一種だな。いやいやシャレだよ、ネタもとはこれだよとリンク貼ったけどスルーされた。自分の信じることしか信じたくないのが人間なんだが、まあ本当にビートルズを神様にしているやつもいるんだな。当のビートルズはえらいな迷惑だろうが。

 「ところでロシア語、何か知ってますか」という問いかけに「キヨスク」とS原君が答えた。「キヨスク、え、キヨスクってロシア語なの」と質問した告井さんが驚いた。「オーストラリアにもキヨスクあったけど、ロシア語なんだ、じゃ他は?」との質問に再度S原君が「イクラ」と返す。今度は「イクラ、そうですね。イクラは魚卵ですね」と告井さんが話を始めた時に「ハウマッチ」と叫んだ奴がいた、あ、オレだった。「ハウマッチ、ああ、なるほど」と苦笑する告井さん。早速Y尾君から「つまらんこと言うたらいかん、謝れ」といわれお詫びさせていただく。「じゃ昔、ロシア人のことをロスケと言ってたでしょ」と告井さん、思わず「言ってたな、『おろしあ国酔夢譚』だったっけ」とうろ覚えの記憶をたどる僕の後ろで「ロシア人のことはロスキーっていうからね」と再度S原君。告井さんも驚いていたが、何を隠そうS原君はロシア人相手に医者の仕事もしたことがあるので、日常会話くらいは全然問題ないなどと聞かれもしない説明をするワタクシ(笑)。「いやいや、ロスケは小さい頃、爺さんたちがそう呼んでいて、蔑称だと思っていました。英語でジャップというみたいな感じでロスケと言っていると思っていました。でもロスケってあれロシア語なんですね」。「そう一番近い発音」とこれはS原君がフォロー。「まあ多分日露戦争の時にロシア人がロスキー、ロスキーというのを聞いて、ちゃんと発音できないのでロスケになったんでしょうね。蔑称じゃないんだ」。

 「マーサはポールの飼っていた犬で歌詞に”silly girl”と出てくるので雌犬ですね。もうとっくに死んでるけどメスだったから子供、孫、今はもうひ孫の時代かな。イギリスでは相当高額で取引されてるんじゃないかな、マーサの子孫は。血統書付きでマーサの子供って書いてあったら普通の犬の値段の倍くらいするとかありうるよね。犬好きなら飼いたいよね。ポールの飼った犬の子供を連れて歩いて、ポールになった気分で」。「買います。20万でも買います」というバカな奴がいて誰かと思ったらY尾君だった。「犬好きは買うよね、ちょっとした犬でも20万くらいするし」と告井さん。「その辺、誰か調べてくれないかな。イギリスの犬事情に詳しい人いないかな」と笑いを誘う。

演奏中_convert_20190415224419

 「じゃ今から動物シリーズで行きます」といって始まったのは「ブラックバード」。なんとエンディングのSEである鳥の鳴き声は口笛でこれまた完コピ。「ブラックバード、伴奏が素晴らしいですね。これ伴奏部分だけでも歌になってる、アコースティック・ギター売ってるお店で試しに弾かれる曲のナンバーワンらしいです。ちょっと弾けるようになると嬉しくて弾くんです。まあ伴奏部分弾く人は多いけど伴奏と歌と両方弾く人は珍しい」っておいおい自画自賛だ(笑)。しかし、本当にそんな人はいないな。「さ、また動物シリーズ続きますよ」。次は豚だ。ジョージの作った愛らしい「ピギーズ」を弾き始めた。終わりのところではもちろん”one more time”のナレーションとFOの音を再現する。続いてMCなしに始めたのは「ヘイ・ブルドッグ」。あ、もちろんフォーリーブスの♪にっちもさっちもどうにもブルドックではない。当然、RCの「ブルドッグ」でも無い。

 「それではもう一つ、今度は海の生物をやってみます」。ピンと来た瞬間に「タコ庭だ」と叫んだオレがいた。演奏が終わり「オクトパス・ガーデン。このオクトってのはオクターブとも言うように数字の8の意味があります。つまりオクトパス、八本足君ということ。いい加減ですよね。」。そのとき突然客席から「イカはなんていうんですか」とYOU TUBEのお兄さん。「イカはスクイッド(squid)。ただイカ料理はカラマリ(Calamari)。まあイギリス、アメリカはあんまりイカ料理やタコは食べない。ああいうの好きなのは地中海の連中、スペインとか、まあフランスは何でも食うよね、豚足も食うし。それでですね、このオクトパス・ガーデンが8だということを考えていたら、変なことに気が付いた。オクトが8ならオクトーバーは何月?8月じゃない10月でしょ」。「もともとは8月」とここでもまたS原君が正解を出す。「そうそう、じゃなんで8月が10月になったのか」と質問する告井さん。そこはS原君、「年の初めの数え方が違うから」と即答する。ライブハウス内が少しどよめいた。まじか、本当かなんて発言が飛び交う。「そう、その通り。いやローマ暦のせいだけど、このあいだチコちゃんに叱られるって番組見ていたら、あれでやってたんですよ。見ませんでした?ローマ暦では3月が1年の始まりだったって話をしていて、その理由が面白いんです。1月、2月は寒いから戦争しない。3月になると戦争を始める。ローマ帝国ってのは戦争が国で一番大事な仕事で、それであんなでかい帝国になったんですね。まあそういうことで戦争を始める3月が年の初めと決められていたそうです。チコちゃんがそう言ってました。セプテンバーもセプトは本来7、オクトーバーのオクトは8、ノーベンバーのノブは9、12月のディッセンバーは10」ここまで話したところでS原君が「Decade」とニール・ヤングのベスト盤のタイトルを言う。「じゃなんで1月が年の初めになったか」というところでリンダさんがチコちゃん人形を出して場をさらう。さらにどさくさまぎれに「僕はキョエちゃんのファンです」とカミングアウトしたのは普段はおとなしいI切さん。いやもう混乱の世界でしたね。

 「で、何で1月が年の初めになったかというと、これもローマ時代からですが、寒い時期だから戦争しなかったけど、そうなると相手国も戦争の準備をして居ないのでもっと戦争に勝てるんじゃないかと。まあそれで1月が年の初めになったという面白い話でした。あの番組ためになるよね、変な答えすると怒られるし。『ボーっと生きてるんじゃねーよ』、って言いたい人、いっぱいいます。自分もそうかもしれないけど(苦笑)。さあ、それでは動物シリーズ終わりにします」といって弾き始めたのは「涙の乗車券」。「これは『ヘルプ』というアルバムに入ってますが、あの映画を見た人」。当然、ほとんど全員がハーイである。「この曲は映画の中ではゲレンデでかかります。あれは多分、フランスのゲレンデですかね。で、ゲレンデにピアノを置いてます。でもレコーディングでは一切ピアノは使ってない。じゃなんでピアノを置いたか」一瞬の間があって出た答えは「意味は分からないけど、カネが余っていたとしか言いようがない」。一同ズッコケである。「最初の映画は白黒でどこにもいかずに映画撮ってカネもかからなかったけど、次のこの『ヘルプ』はカラーです。ロケ地もバハマやフランスなどに行ってます。で、この曲をスキー場で歌った後、ビートルズはスキーをしています。そのシーン覚えてますか。スキー、へたくそなんですよね。やっぱりイギリスの労働者階級なのでスキーに慣れていない。で、そのスキーやってゲレンデの下で何やってか覚えています?あれ、当時は全然意味が分からなかった。箒を持ってレレレのおじさんみたいなことをやっている。あれ、カーリングなんですよね。当時の日本人は誰もカーリングなんて知らなかったから分かるわけないじゃないですか。最近になってやっとカーリングも知られるようになったけど、初めてカーリングを見たのはあの映画です」

 「まあカーリングが人気になったのは北見の女の子たちが可愛かったからですよね、あれなんだっけ、あ、そうそう、『そだねー』ってやつ。試合中に、そだねーって言って笑い転げてる、あれが可愛かったし、あれを見てまたビートルズを思いだした。演奏しているとき遊んでいるみたいじゃないですか。何か笑いながら、ガム噛みながら、楽しそうじゃないですか。少年が遊んでるみたいで、あれがカッコ良くてね。あんなんでいいんだと思った。あんなふうに生きたいなとあの頃の子供たちはみんな思った。そうみんなビートルズになりたいと思った。決してビートルズみたいになりたいとかビートルズみたいな演奏したいと思ったんじゃ無くて、ビートルズになりたいと思ったんですよ」。この話は今回含めて過去3回、告井さんのライブを見たが毎回話す内容である。そう僕たちはビートルズになりたかった。ビートルズのコピーバンドはジョンのパートを弾いてるんじゃ無くてジョンになりきっていたし、ポールに成りきった人、ジョージに、リンゴに成りきっていたんだという話。「ビートルズって音楽が良くてカッコ良くてだけじゃない、それ以外のものなんです。カルチャーショックでした。ステージでは遊んでいる感じ、ステージ降りてインタビューの場面ではちゃんとした質問にはちゃんと答えて、つまんない質問の時は皮肉交じりのジョークで答える。あれは今考えると相当な大人だったんだと思います。あれがカッコ良くてね、あんな言いたいことを言っていいんだ。」

 「2年くらい前に『エイト・デイズ・ア・ウィーク』って映画がありました。インタビュアーがポールに『あなたお高く留まって無い?』って聞くわけですよ。その時に、ああそういう風に訳すのかと思ったけど、インタビュアーが”You’re so snobby people”って言う訳ですよ。うん、”snobby”、あれが『お高く留まる』って意味なんだな。で、ポールは『いや、俺は全然、”snobby”じゃないよ。あなたの質問にそのまま答えるとそうなるだけだよ』って反論するんです。普通の表情で言うんです。そうすると他に沢山インタビュアーがいるんですけど、全員拍手ですよ。ポールに向かって『お前の言う通りだ』とか『お前を支持する』という拍手ですね。自分の言いたいことを言って場をしらけさせないのが凄いですよね。あ、今思いだした。孔子、七十にして心の矩をこえず、それだよね。それでは『ヘルプ』の中の曲を何曲かやって休憩したいと思います」。こう言って演奏されたのは「おとといの夜(ザ・ナイト・ビフォー)」。自然とステージに向けて全員が手拍子をする。どこかで大きな声で歌ってる人がいる。見ると隣のYOU TUBEのお兄さんだ。あれは歌ってる方は気持ちがいいが周りで聴いているとちょっと迷惑だな。オレも反省しよう。続いて「恋のアドバイス」。このタイトルのエピソードは昨年聞いたので書かない。そしてファーストセットの最後はアルバムタイトル曲の「ヘルプ」。これにて第一部終了。」



 とまあ、こういう調子で書いているときりがないのでセカンドセットは演奏した曲と、これだけはというエピソードだけを書いておく。休憩時間中にYOU TUBEのお兄さんは告井さんのところに行って熱心に話しこんでいた。何かリクエストしたようだ。

 で、以下が後半のセットリスト。
① ノーウェジアン・ウッド(オリジナルタイトルは「鳥が逃げた」。意味は以前のエントリーで確認してください。
② サムシング、ポールのリードベースまで完璧に演奏するんだよな。
③ ドント・バザー・ミー、ジョージが最初に作った曲
④ アイ・ニード・ユー、ということでジョージの曲が続く、哀愁があるんだよな。
⑤ 恋をするなら、このあたりでジョージの作曲術についてMCがあった
⑥ タックスマン、ジョージの記念すべきアルバムA面の1曲目、前も書いたがチープトリックがこの曲に影響されて「税金泥棒」という曲を録音している。ここでは間奏部分の高度なテクニックが必要なところはポールが弾いているという説明アリ。ジョージもトライしたけど弾けなかったとのこと。自分で作って弾けないのは悲しいな。もっとも間奏部分を弾いたポールは家に帰ってしまい、後奏部分は録音忘れ。仕方ないので間奏部分を切って貼りつけたらしい
⑦ ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー、シタールの曲だが、告井さんのギターで改めてこの曲の良さを再認識。チューニングの質問をした客がいて、告井さんが説明。それと同じチューニングで有名なのは「青い目のジュディ」。ギターソロはスティーブン・スティルスだが、あるライブでソロの途中にこの「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」を弾いてるものがあるらしい。YOU TUBEで探してくださいって。
⑧ ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン、リクエストコーナーに入り、最初はYOU TUBEのお兄さんがセンチの「夏の日の想い出」と言ったが後にしますといわれ、僕がリクエスト。去年は「シーズ・リーヴィン・ア・ホーム」だったので、今回はジョンで。
⑨ いちご畑よ、永遠なれ、むろんストロベリー・フィールズ。しかしアコギ1本でやってるのよ、この難曲を。
⑩ シーズ・リーヴィン・ア・ホーム、うわー待ってました、だよ。去年リクエストしたのを覚えて居てくれたんだろうか
⑪ ア・デイ・イン・ザ・ライフ、ペパー軍曹つながりで行ったのかな。フル・オーケストラの部分もギター一本で表現するんだから腰を抜かす
⑫ 夏の日の想い出、センチが77年に出した3枚目のLP収録曲。出た当時、レコード会社から大ヒット間違いなしと言われたけど全然ヒットしなかった。「うちわもめ」はヒットしたでしょうと聞いたけど、ラジオでよく流れたけど3000枚くらいしか売れなかったらしい。学生時代にパンタにインタビューしたことがあったが、その時にも日本のロックは8000枚売れれば大ヒットと言ってたことを思い出した。この曲がビリー・ジョエルの「夜空のモーメント」にそっくりでビリーがパクったとYOU TUBEのお兄さんはしきりに訴えていた。



比較までにビリー・ジョエルの「夜空のモーメント」



そしてここからは再度詳しくレポしたい。実はセカンドセットに入るときに告井さんにセンチの『はっぴいえんど』というカバー・アルバムを持ってきていると見せたのだ。

「じゃ、さっきの『はっぴいえんど』というアルバムの曲をやりましょう」と告井さんが言ってくれた時はうれしかった。「『風をあつめて』をやりましょうよ」と言ったが却下された。「はいからはくち」も却下。「えー、このアルバムは80年くらいかな、全曲はっぴいえんどの曲を全く違うアレンジでやっています。」という告井さんの言葉に辛抱たまらずアルバムを持ってステージに乱入した男がいた。あ、オレや。客に「こういうところを写真に取ってSNSにアップしろ」と情宣活動を強制する。「はい、それでははっぴいえんどやりましょう。大瀧詠一氏、残念ながら亡くなられたけど、僕は大瀧さんとはずいぶん古くから知りあって、はっぴいえんどをやるかやらないかくらいの時に丁度知り合ったんですよ。あの時は大瀧さんじゃなくて詠一さんと呼んでました。で、大瀧という苗字も後ではっぴいえんどのジャケット見て知りました。あの頃の大瀧さんの下宿に遊びに行ったら大家さんが『キクチさん、手紙だよ』って叫んでました。あの頃はキクチさんだったはずです。何やら両親が離婚してから大瀧になったそうです。お父さんの苗字を名乗っていたけど、その後はお母さんの苗字を名乗ったと聞いたけど、それはよく分かりません。とりあえず僕はキクチ詠一さんだと思っていました。」

ステージ情宣


「まあ、そんなこともあって、一度、はっぴいえんどが終わった頃、遊びに行ったことがあります。正月だったですね、あの人、酒は一滴も飲まない人なんですが、『告井君がせっかく来てくれたので酒くらい一本付けてやろう』と言ってくれて、それからどれくらい音楽の話をしたか、それでそのあと将棋を指そうということになって、あの頃、将棋に凝っていたんですね、詠一さんは。そして何局か将棋を指して時間も遅くなり終電も間近なので帰ろうとしたら、大瀧さんが『告井、ちょっといいもんやるから待ってろ』って言うんですよね。で、部屋の奥から黄色い表紙の本を持ってきたんです。見た瞬間僕はそれが何だか分かりました。そしてこれをやるよと言ってくれたんです。それは詰将棋の問題集だったんですね。でも実はその時にですね、コートのポケットにその本を入れてあったんです。僕も持ってたんです。大瀧さんも偶然、その本を買ったんでしょう。そしてその本をくれようとした時に僕がポケットからその本を出して二人で大笑いしたことがありました。『何だ、お前も持っていたのか』って、それは記憶の中で相当楽しい記憶ですね。それであんなに早く亡くなるとは思わなかったので残念です」

「大瀧さんの曲ではっぴいえんどの『かくれんぼ』という曲があります。もちろん作詞は松本隆さん。その曲をやります」



しかし、これだけ感動的なライブなのに客がたったの10人前後。ザキミヤの音楽シーンはどうなっているんだ。

参考までに過去の告井軍曹のライブレポート貼っておきます。

昨年のガーラムでのライブの話 その1
昨年のガーラムでのライブの話 その2
昨年のガーラムでのライブの話 その3

初めて告井軍曹のワンアンドオンリーライブを見た話 その1
初めて告井軍曹のワンアンドオンリーライブを見た話 その2


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最新作ゲットだぜ(ネタバレありだぜ)



『進撃の巨人』の28巻を仕事帰りのコンビニでゲット。発売日をスマホのスケジュールアプリに入れて、天網恢々疎にして漏らさず作戦を貫徹。しかし、このマンガ、一体どこまで行くのか。両親を巨人に殺された主人公の復讐譚として、最初は楽しんでいたが、何と巨人は人間であること、それも同族の人間で、その特性から世界中の人間からその存在を疎まれカーストも最下位で、場合によっては民族浄化という選択肢もありうる悲劇。

ユダヤとナチスの関係で考えることも出来るし、人類の救済のための行為が、新たな憎しみと殺意の連鎖につながっていくあたりオウムなどの新新宗教のストーリーもある。また調査兵団のメンバーの心理は連合赤軍の惨劇も予想させる。

ということは、まだ、ワタクシ、この新刊読んでません。晩飯終わったこれから、じっくり読みます。しかし、この前の27巻の発売日は真夏で入院していたっけ。あっという間の半年。



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というわけで、昨日の話の続きだが



えーと、どこまで書いたかな。そうそう、宮崎大学のジャズ研の演奏からだ。最初に出て来た時はギター、ベース、ドラムにヤノピという、どちらかといえばロックやクロスオーバー、あ、今はフュージョンというのか、そういうスタイル。簡単な挨拶の後、始まった演奏はやはりフュージョンっぽい。ま、でも悪くはない。その昔、ブルースの演奏からスタッフ的な演奏になった塩次伸二グループを観て、伸ちゃんのブルースは死んだ。あんなもんパチモンやんけとボロカスに言った男がいたが、あ、オレだった(笑)。70年代半ばの頃は認めなかったサウンドも今は全く抵抗無く聴けるというのは進歩なのか知的退廃なのか。ま、どっちでもいいか。

その手の演奏をやった後にサックスとトロンボーンが参加。二人とも若いチャンネーだったからではないが、やはり管楽器が入った方がいかにもズージャという感じがするね。また音の厚みも出る。途中ドラムのフロアタムが動いて、叩きにくそうだったが、自分で何とかしたのは立派。音響スタッフに目で訴えたが、誰も来てくれないので自力で固定していた。

去年はジャズデイのアンバサダーを担当しているフリーアナの前田さんがMCをやってくれたが、今年はスケジュールが合わず演奏メンバーがMCをする。途中で14日のジャズデイの話とチケットを今日販売していることを話してくれと頼んだが、何と彼らの誰もジャズデイのことは知らず、単なる山下洋輔コンサートの告知だと思っていた。ここ問題点だな。やはりリレーションが上手くいってないので、せっかくのタイアップも本来の意味を持たない。演奏前の数分で僕がジャズデイのことを伝えて、ぶっつけ本番で告知してくれたが、非常に丁寧に話してくれた。お礼にジャズデイのチケットをメンバー全員にあげた。えーと、まるで僕があげたような話をしてしまったが、実はジャズデイの副実行委員のM原さんの太っ腹な判断。

そのあとはゴスペルの女性グループが登場するのだが、その合間にオレにもソロを弾かせろとなだれ込んできたピアニストがいた。何と8歳の男の子。クラシックの発表会が午前中にあったとかで、蝶ネクタイに半ズボン。ま、こりゃみんなで拍手だわな。しかしクラシックという正統な音楽を学んでいた人間が、ジャズなどという黒人民族音楽にカブれてしまい人としての道を誤るというパターンは多々見て来ただけに、この少年に幸あれと心からの祈りを、するはずがない。第一にオレは無神論者だ。

で、そのあとのゴスペルも無事に終了。撤収作業を手伝った後は、近くのうどん屋で毎度毎度の天かうどんを食べて家に帰った。すでに16時を過ぎていたが、やはり疲労のピークだったので、布団を敷いて寝てしまった。寝過ぎないようタイマーをセットしたのは当然である。爆睡して、ふと目が覚めてスマホを見てクリビツテンギョウ。何と19時30分。本日のロックバー入りは20時なので遅刻すること必定。脱兎のごとく起きて着替え家を駆け足で出た。

バスセンターから今まさに出ようとするバスに猛然とダッシュするが、間に合わず。これはヤバイと思ってたら次のバスが来てギリギリ間に合った。20時から店に入ったが、土曜日なのに街中に人が少ない。昨日は団体の予約もあり、てんてこ舞いだったが、土曜日はスローなスタート。それでブログのエントリーでも書くかと始めたら、常連さんが2人来店。それからポツポツ来店があったが、22時30分くらいに同級生のS原夫妻が来店。

それからはこちらも飲み始め、オーナーももう今日は閉めるかなどと言っていたが、その後もお客さんが続く。気がついたら閉店の26時。よく考えたら夕飯食わずに飲んでいたので、腹も減る。帰りにコンビニでシュウマイとハンバーグを買った。家にあったビールを飲みながらシュウマイ食べたが、これが実に美味かった。が、ふと時計を見るともう朝の4時が近い。久しぶりの夜更かしをしてしまったというお話でした。チャンチャン。



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連日のロックバー



今年初めてのロックバー店番を昨日やって、家に帰ったのが25時前。久しぶりの立ち仕事だったので、足がパンパン。あ、ここでいうパンパンとは戦後焼け跡闇市で蠢いた主に米軍相手の売春を生業にする人のことではなく、足の状態を表す意味だ、などと説明しなくても当然分かることだが、そんな話でもして誤魔化さないといけないくらい疲労していた。

人間、疲れがピークを超えると逆に眠れない。布団の中でゴロゴロしていたが、思い切って睡眠導入剤飲んでやっと寝た。お酒も飲まずに寝たので、翌朝スッキリと言いたかったが、疲れを引きずったままで、起きたら10時近く。週末の雑用を済ませて自転車で街中に行く。宮崎国際ジャズデイのプレイベントでストリートピアノの会場に行くのだ。

以前、テレビで放送されてちょっとした注目を集めたストリートピアノだが、ザキミヤシティのど真ん中、アートセンターという建物の一階スペースにある。上の階が屋根代わりになっているので、天気を気にする必要がない。

毎年、ここで地元宮崎大学のジャズ研とゴスペルグループの無料ライブがあり、そこに集まった人たちにビラを配布し、あわよくばチケットも買って頂こうという腹づもり。去年は観客より前のメインストリートを通過する人たちが多くて、ビラが大量にはけた。今年は一体どういう訳か、人通りが極端に少なくて持参したビラが大量に余った。またチケットが全然売れず残念。演奏はどちらも観ている人を巻き込んで楽しくやっていた。

特に宮崎大学のジャズ研には、ジャズデイの本番のこととチケット販売中であることをMCで喋ってくれと頼んだら、こちらの希望以上にアピールしてくれた。実に有り難いので、とここまでかいたら常連さんが来店。続きは後で。



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久々のロックバー



店番なう。今年初めてか。何だかんだで本業が忙しかったのと、体調もイマイチだったのでヘルプの連絡もらっても断ってばかり。今日は、週末だし体調も回復して来たのと、団体の予約があると聞いて参戦。店に来たらモントローズがかかっていた。片面終わったので、さあ次はと手に取ってしまったのがムーディーズ。ま、ええか。



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